・Sceane 15-3・
戦場は、あらかじめ用意されたもの。
罠が仕掛けられ、狩人が待ちうけ、策を練るに有り余る時間があったことだろう。
だがそれはアマギリも同じだった。
罠を推測し、それを食い破るために策を寝る時間は、存分に確保できた。
故にアマギリはなんの躊躇いも無く、眼下に見つけたコクーンに飛び込んだ。そして素早く機体を起動させながら、同時に手動による機体調整を行っていく。
外部からの介入が可能である通信系には、案の定幾つかのロックが掛かっており、今すぐには解除が不可能である事を発見して、眉をひそめる。可能な所だけ封鎖しておくが、役に立つかどうか微妙な部分だ。
機体各部に異常なし。整備不良のせいか、多少の重量バランスの乱れが気になるが機動自体に問題は無いだろう。
そもそも、龍機人はコクーンシェルを構成する形状記憶素材ではありえない質量で再構成される異形の機体だから、重量に関しては、気にしても無駄と言う部分がある。
腰元に円周上に配置されたコンソールパネルの中の、外部索敵センサーを覗き込む。
自機を中心にして、それを囲うように光点が12個。即ちそれが敵の数だ。そして、円形の索敵センサーの半径ギリギリのところを走る赤いラインが、戦闘可能領域、とでも言いたいのだろう。
数分と掛からずに其処までを理解して、アマギリは外部からの通信接続を知らせるインジゲーターが明滅している事に気づいた。
「……何か用ですか、何処かの誰かさん?」
『いえ、そろそろ殿下のご準備が完了した頃かと思いまして』
スピーカーから響く声は、機械的な合成処理が施されていたが、声音そのものは相手の顔が見えそうなくらい、いっそ衒いの無いものだった。
当然だろう。
こんな大仰な仕掛けを張ってくる人間が、今更恥じを覚える筈も無い。
それにしても、本人が出てくるとはとアマギリは少し意外な思いだった。こちらを”信用”しているんだろうに、それでも不安は拭いきれないらしい。
だが、最早不安がっても止めようが無いところまで事態は進行している。
後は、結末までただ進むのみだ。
そうとも、売られた喧嘩は全力で買叩く。
何時か何処かで、そういう風に教育をされた。―――そのままに振舞う。
アマギリの心は既に決まっていた。
それ故に、煮え切らない相手の態度にいちいちイラついてなんか居られなかった。
大きく深呼吸。す、と。本人でも気づかぬほどに冷徹な表情を形作り、口を開く。
「全く根本的にやる気が沸きませんけど、準備は完了です。ルールは、こちらが把握している通りで良いんでしょうね?」
『ええ。始めからその姿でいらしたと言う事を、殿下が我々のご招待に応じてくれたと理解します。ですので、僭越ですがこの演習の仕切りに関しても、当方にお任せいただきたく存じます』
「さっきのお姉さんとの話を聞いてたんだから、その辺解っているでしょう?」
『さて、何の事でしょうか?』
少し探りを入れてみても、スピーカーから響く声はよどみ一つ見せない。
その事実にアマギリは、仕込が有効に働いているのだろうと内心笑みを抑え切れなかったが、今はその気分を楽しんでいる場合ではない。
言葉の主はきっとどこかで、言葉の主はきっと見ているのだろう。アマギリの構成した、半身蛇の異形の聖機人、龍の化身の姿を。無理かと思うが、探れないかを試みてみる。
索敵センサーには表示されない。―――表示されていないからと言って、索敵範囲内に居ないとは、限らない。
単純に考えても、この機体は敵が用意したものだから、その辺りの小細工は平気で弄することもあるだろうから。
アマギリの無駄な努力を確認したかのようなタイミングで再びスピーカーから声が聞こえてくる。
『我が方の全滅、もしくは殿下の機体の限界稼働時間がオーバーした場合が、演習の終了となります。終了した場合は、機体を乗り捨てて、そのままお帰りいただいて構いません―――ああ、コントロールコアの救急ユニットの中に、殿下が森で廃棄した発信機を入れておきましたので、それをお持ち帰りくだされば、学院側と素早く合流できるでしょう』
「―――これだけ派手に仕掛けを作れば、とっくに学院側も気づいていると思いますけどね」
『ええ。その可能性もあるのですが―――不思議な事に、学院側の捜索艇は、未だにこちらに気づいてすら居ないようです』
「なるほど、気づいてない、ですか」
そんな訳があるかと、嘲る様にアマギリは唇をゆがめた。
視線を、遥か木々の天蓋が覆う空の向こうへと飛ばす。
―――そこに居るであろう高みの見物を気取る愚物どもにも、相応の報いを与えてやろう。
『それでは殿下、演目の開始といたしましょう』
激闘の合図は、いっそ軽やかに告げられた。
「演習、ね」
『ええ、演習です。貴方の何時もの授業態度の通りで構いませんよ。訓練ですから、死にはしません。―――存分に、全力を出してください』
その言葉が終わると共に、索敵センサーに移された12機の機影が動き出す。アマギリもまた、ゆらりと蛇の半身を蠢かせ、森の中を飛翔し始めた。
幸運にも言質は取れた。―――ならば、後は。滾りに滾るこの狂気を。
轟。
振り下ろされる鉄槌を、横薙ぎされる白刃を、遥か後方から撃ち込まれる弾丸すらも。
避け、往なし、そして、打ち合わせて、アマギリは機体を滑らせる。
一を避ければ二が現れ。防いで見せれば三の手に遮られる。
数の不利と言うのは如何ともし難く、常に途切れることなく複数機による一撃離脱を繰り返され、反撃しようにも距離をとられてしまえば、龍機人の高軌道でも捉えるのは難しい。
そも、龍機人の最大の利点は、今まさに敵が繰り広げている高速、変幻自在の機動による一撃必殺だから、常に機動を封じられるような戦法を取られてしまえば、その利点も失われてしまう。
そのくせ、アマギリの機体にはまだ目立った損傷が無い。
敵の機体にも同様だ。
それは、達人同士の戦いであるから、互いが見事な技量で相手の必殺を避けあっているから―――の、筈は無い。
「遊んでやがる、なっ! ―――やっぱり」
細かく思念伝達盤に意思を伝えながらも、アマギリは呻くように言った。
解りきっていた事。しかし、どうしようもなく腹の立つことでもある。
敵に、アマギリを殺す気は無い。それ故にアマギリは未だに生きていられる。
油断と慢心、判断材料不足と言う状態での戦闘だったこれまでと違い、敵は明らかに―――少ない情報しかなかった事を考えれば見事と言って良いほどに―――龍機人を研究して戦闘を仕掛けてきていた。
勝てないまでも、負けはしない戦い方。常に集団で、鹿狩りでもするように、距離を保ちながら。
互いをフォローしあう三機連携。それが途切れることなく龍機人を攻め立てる。戦闘開始から既に四半時、集中力を保ち続けているアマギリを賞賛するべき場面かもしれなかった。
だが、それは―――お互いがありもしないルールを、本気で信じている振りをしている間だけ。
三機連携。
一機の攻撃の隙間隙間に、二機目の機体が牽制の一刺しを加えていく。龍機人が反撃に移ろうとした瞬間、後衛の一機が射撃により封殺する。
龍機人の限界機動が見えてきてから、それらは更に洗練されてアマギリに襲い掛かってきた。
もしも相手が本気なら、今や絶体絶命と言って他無い状況だっただろうが―――相手は、本気では無いのだ。
故にアマギリは―――哂った。
第一撃、大上段からの鉄槌の一撃を避ける。反撃に移ろうと龍機人の右腕を伸ばす。
当然、それを弾く様に戦斧を持った二機目が、袈裟懸けに切りつけてくる。
これまで通り、アマギリは直撃を恐れて、下がるしかない。最早それは、戦闘とすら呼べぬ確立されたルーチンワークに成り下がっていた。
―――きっと誰もが、この戦闘を見ている誰もが、そう思っていた。
刹那の、心の間隙。
ガオンッ!!
金属と金属が、高速で打ち合わさった音。途切れる事の無い、耳障りな軋む様な騒音。
避けるしかない斬撃。
それが、何故。龍機人が、戦斧を持つ聖機人の腕をひねり上げているのか。
きっと誰もがその瞬間に思っていた。―――哂うアマギリ唯一人を除いて。
なるほど、大仰な仕掛けを組むだけはあって、敵は良く考えて動いている。
集められたデータ、今現在も進行形で集めているデータを基にして、最適な行動を取っていただろう。
聖地学院での成績、アマギリの嗜好的なプロファイルも含めて、敵は安全かつ確実に龍機人の情報を得るために、最善を尽くしていた。
―――それが、仇となる。
「……遊びが、足りないんだよ」
呟く。
予めこれと決め込んで始めた作戦と言うのは、いざ不測の事態が起これば咄嗟の対処に乱れが出るのだ。
成功する事を前提とした作戦は、一つの失敗が致命的な破局を生んでしまうのだ。
捻りあげた聖機人を、強引に引き寄せる。
牽制射撃の斜線上に被る様に、それを盾のように持ち上げる。
丁度、龍機人の顔の高さに、敵のコントロールコアの位置が被った。怯えたような瞳の、きっと熟練の聖機師であろう女性の姿が、透過装甲越しに見えた。
刹那の躊躇い―――否、それは不要なもの。
冷徹な心で狂気を制御し、それを伝播させる事なく恐怖を巻き起こす。
―――待ち望んだ瞬間は、今。
『何を―――ッ!?』
驚愕に揺れる何処かの誰かの声が、スピーカーから響く。
持ち上げた右腕。だから、開いていた左腕で。
躊躇うことなく、アマギリは敵聖機人のコントロールコアを打ち貫いた。
メキリと言う、鈍い音。コアを完全に破壊され液化した聖機人の外殻が、泥濘のように噴出し森を汚す。
それに混じるように飛散する―――紅い、雫。
死。
そうとしか判断しようが無いものが、起こらざるはずの戦場で、遂に発生した。
戸惑い。このような秘密裏に行われる作戦に参加できるほどの熟練の聖機師達にすら走る、一瞬の躊躇い。
敵を理解していたが故に、実際にその通りに動いていたが故に、本当に危険は有り得ないのだと、そう信じ込ませる程度に経過した戦闘時間がもたらした、完全な油断。
それこそが、アマギリの狙いだった。
ここまであえて、見せ掛けの全力―――九割五分の力に抑える事によって作り出した、本当の全力での一撃との、僅かなズレ。それが、痛恨のミスを誘う。回避可能だった一撃は、しかし、見切りのミスにより、致命的な事態を招く。
油断が、眼前の狂気が、心の隙間に恐怖を呼び起こす。熟練の聖機師と言えども行動に逡巡を呼ぶ、恐怖を。
アマギリがこの刹那の隙を逃がす事はなく、まずは今仕留めたばかりの聖機人を、鉄槌を打ち下ろしたまま呆然としている聖機人に叩きつける。
聖機人の超重量を支えきれずもんどりうって倒れるその機体の頭を尾の一叩きで潰しながら、森を縫うように高速で飛翔。
体勢を立て直す隙など、与えようも無い。
何しろ、絶望的な戦力差だから。アマギリは自身が求める勝利のために、容赦と言う言葉を使うつもりが無かった。
狙撃主から銃を奪い取り木から突き落とす。リズムの狂った連携の隙間を縫うようにして、同士討ちを喰らわせる。奪い取った槍を投擲し、大木に縫い付ける。背後から忍び寄り鯖折にする。それら全ての破壊が、即ち搭乗者達の死に直結していた。
残虐なまでに徹底的に、暴力を行使する。紛然と巻き上がる死の演舞。ほんの刹那の前までは、絶対に有り得ない光景だったのに。
『お止め―――お止めください殿下! それ以上は、もうっ―――!! 必要の無い事でしょう、それはっ!』
スピーカーの向こうで、何処かの誰かが焦りと共にアマギリを止めるための言葉を繰り返す。
当然の対応だ。彼にしてみれば。
この仕掛けを作り出した何処かの誰かにしてみれば―――誰も死なずに、苦笑いの一つで終わらせられる、そう信じていた。信じられるだけの根拠はあった。
アマギリ・ナナダンは聡い人間だから。思惑を読み取れば、乗ってくれるだろうと。
だが。
アマギリは、その思惑を理解していた。
相手の思惑に乗ってしまえば、明日からの平穏無事が戻ってくると―――当然、アマギリは理解していた。
「だからこそ、だ」
コントロールコアの中で、アマギリの瞳は狂乱に煌く。
哂う。彼は自分すら知らぬままに哂いながら死を振りまいていた。
愚か者ども。自分の格も弁えずに迂闊な遊びを繰り返した馬鹿どもに、その無知を思い知らさんがために、アマギリは哂い続ける。
「――― 一つ、良い事をお教えしましょう」
敵機より捻じ切った下半身をだらりとぶら下げながら、アマギリは何処かの誰かに聞こえるかのように呟いた。
『―――何を』
苦悶のうめき声を上げるように、何処かの誰かの声がスピーカーから漏れた。
それを、アマギリは哂う。
きっとその笑顔をみれば、何処かの誰かは、まるで自身の兄のようだと思ったことだろう。
「そもそも、”突然襲ってきた””何処かの誰か”の言う事を僕が信じる理由が―――何処にあるのさ? ねぇ、”誰だか解らない”何処かの誰かさん?」
『なっ―――!?』
スピーカーの向こうで何処かの誰かが息を飲むのが解った。
「本音と建前を、混同しすぎましたね、何処かの誰かさん? まるで僕と貴方が互いを理解しあってるかのような―――”見ず知らず”のもの同士で、そんな事がありえる訳が無い。ルール? 知らない誰かが決めたものを、何で僕が守る必要がある」
『それ、は―――』
「ついでに言えば、僕は今回、自分の命を一点張りしました。―――なのに、他の誰も彼もが安全な場所から代打ち任せで利益だけ得ようなんて、それこそアンフェアでしょう」
龍機人はぶら下げた聖機人の半身に、もう片手を添える。
イ、と人には聞き取れないような鋭い音が森の中で響き、大気中のエナごと聖機人の半身が一点に向かい圧縮されていく。
圧縮弾の精製。
圧縮弾。亜法を用いた聖機人用の弾丸の生成だった。
今まさに精製したばかりのそれを、奪い取っておいた聖機人用の銃に込める。
構える。狙うべき場所は決まっている。
腰から取り出す、受信機。
予め―――朝、屋敷を出るときに監視船に乗るように仕向けた従者に仕掛けておいた発信機の反応を、正確に映し出している。
受信機を手早く操作し、発信機の傍にある大型の亜法結界炉の反応を表示させる。
崖の向こう、森の天蓋の先。その先の空に存在する、愚かな観客たちが乗る―――何隻かの飛空艇。
「……まぁ、直撃は不味いよな」
いっそくたびれたようなやる気の無い口調で呟いて、銃口を少しだけ下にずらして、アマギリは引き金を引いた。
森を突き破り天を切り裂き、摩擦によってエナを煌かせながら、弾丸は奔る。
それは空をゆっくりと浮遊していた監視艇の群れの、丁度中程辺りを通り過ぎ去って天に消えていった。
少し遅れて、真空状態から空費が引き戻される時に発生する轟音が巻き起こる。
今頃、射撃を受けた監視艇の中では、酷い騒ぎになっているだろうと、アマギリは暗い哂いを隠せなかった。
『殿下。―――なんと言う事を』
「リスクは全員で等しく背負わないと、ギャンブルになら無いでしょう? 僕も、貴方も、漁夫の利を決め込んだ、誰も彼も」
『……もともと、それが目的だったという事ですか。―――自分に関わる全てのものに対する、警告。その一点のためだけに』
「見物料としては安いくらいでしょう? 実際に命の危機を覚えているのは、僕だけなんですから。ああ……死ぬかと思った。怖い怖い」
何処かの誰かのうめき声を戯言と共に鼻で笑いながら、アマギリは機体を空に浮上させる。
その刹那、少しだけ戦場後の様子を俯瞰した。自らが巻き起こした死の残滓。きっと消える事は無いだろう。
苦い気分は、当然ある。割り切れるほどに上手く狂えはしない。
だが―――決して、哀れにも思えなかった。
彼らには罪が無いのにと、そう思うのか?
反応炉の爆縮による閃光の華が幾つも煌く銀河の片隅。何処かでそれを見上げていた時に、誰かに確かにそう言われた。
知らなかったから、俺は悪くは無いんだと―――あそこで消えていく命の殆どが、きっとそう言う事だろう。
だが、彼らには知る機会があったのだ。それを知ろうともせず、誰かの言葉に踊らされ、自ら考える事を放棄して―――しかしその結末だけは受け入れられないなど、今更―――そんな、恥知らずな事。
絶対にしてはいけないと、最後はやはり説教じみた事で締められたような。
苦い思い出。いつか何処かでそんな話を、誰かと交わしたのだと、アマギリは唇をゆがめていた。
まぁ良いと、首を振って思考を追い払う。考えるべきは未来であって、追想は後で暇な時にしておけばいい。
「これで、お子様たちがパパたちに報告すれば、後は事情確認とかの面倒ごとは、女王陛下の担当だし……」
少しは快適な学生生活が送れるだろうか、いや、益々面倒な事にもなりそうだが。
事態を自分で動かしたと言う最低限の満足だけは得られる事を、今は幸運と思うべきだろう。
「もう少し、どうせなら僕の姿がはっきり映るくらいまで近づけば―――」
いざとなれば撃つし、それを隠すつもりも無いことを、はっきりと認識させる。素性の関係でどうしても格下に見られざるを得ない現状を改善するためにも、時には必要な強引さだった。
そして、機体を慌てて方向転換を始めている監視艇へと近づけた―――その時。
ミシリと。はじけるような音が、機体各部―――コアの中でまで、響いた。
火花が散って、コンソールパネルがはじけ飛ぶ。
何を、と認識しかねる刹那、アマギリはスピーカーから漏れる声を聞いた。
『―――っ対、キサマならば檻を破っ―――と思っていた。―――し、わ―――の計画にお前の存在は不要だ。何、キサマが死んだとこ―――叔父―――き任、父上もどうとも言うまい。心置き―――が良い、アマギリ・ナナダン。目障りな程度には印象的だったよ、キサマは』
ノイズ交じりの、しかしそれは聞きたがえる事の無い、声。
嘲笑、歓喜の入り混じった、若い男の声は。
「ダグマイア・メスト―――」
轟音。
機体を構成する外装の内側から、閃光が煌く。爆音と共に煙が上がり、コアの中を粉塵が満たす。
爆裂。機体が、崩壊するほどの強烈な爆発が、内側から湧き上がる。
何故、考える必要も無い。仕掛けを仕掛ける暇は幾らでもある。この機体は敵が用意したもの。そう、重量バランスの乱れ。だが外部干渉は起動時に削除。仕切れてなかっただろう。高出力通信波による短距離操作介入。短距離、接近。ダグマイア・メストは。
「監視艇の、中かっ―――っ!!」
アマギリ自身の油断だ、完璧な。
考えるまでも無い。”遭難したアマギリ”の捜索責任者として、監視艇に各一名ずつ、生徒会役員が搭乗する。
当然、ダグマイアも。一人で、誰にも見られる事はなく、仕掛けを起動させるのも容易い。
そう、一隻だけ、突出して戦闘区域に近い監視艇があった。眼前のそれ。
ダグマイアの仕掛けは他の誰もが気づいていたから、そういう状況であっても回りも察して何も言う筈が無い。
アマギリが近づかなくても、上から外部入力で爆発させる事も可能。
「なんて、考えてる暇は無いな、これ―――っ!」
舞い上がる炎と煙によって視界を奪われながらも、アマギリは機体からの脱出を試みる。
崩壊しながら落下する機体の中。
後方の監視艇の一隻が急接近してきているのは―――おそらく、ユキネが乗っているのだろうと、いらない事まで理解できるほど冷徹な思考を、何故か、アマギリはしていた。
なるほど、ダグマイア・メスト。小物と思っていたが中々に見事。
きっと上の人間に逆らう事も出来ずに燻っていると思っていたが、意外なほど大胆な行動を取ってみせる。
尤も、四月の初めのオデットの襲撃の件を思い出せば、当然か。
―――つまり、あの青い機体は、ダグマイアの物。何かのカードに使えるか?
冷静に、冷徹に、焦りが無いわけが無いのに、思考は呆れるほどに冷えていく。
何故か。
自重に囚われ高速で森へと落下していく機体。確実な死の気配―――確実?
笑わせるなと、アマギリの口元は笑みで歪んでいた。
この程度の危機が、確実な死?
それは有り得ない。そんなにまで腑抜けているつもりは無い。
これでも、こう見えて。血は薄かろうが、僕は―――。
煙ごし、ひび割れた透過装甲の向こう。もはや眼前に迫った林立する巨木。
激突すれば、死。
―――まさか、そんな訳はあるまい。坊やがその程度で死ねる筈が無いだろう。まぁ、もっともねぇ、坊や。この程度の事で” ”に縋ろう何て、未熟もいいところだよ。
ドクンと、心臓ではない、胸の中にある何かが跳ねる。
湧き上がる力は、アマギリ以外のものに違いないというのに、どうしようもなく彼の意思を満たすもので。
だからアマギリは、思考を塗りつぶして有り余るほどの強大な力の胎動に身を委ね、まぶたを閉じた。
白が、視界を満たす。
そこに、自身の望むものが有ると―――彼は遂に気が付いた。
そしてそれを。
其処に居た全ての者たちが目撃した。
爆発する聖機人。あの位置、あの爆発では最早搭乗者は助かる筈もなかった。
それなのに。その内側から湧き上がる、白い閃光。
爆発のもたらす死の気配とは間逆の、生を象徴する意思を持つ光。
花の蕾が、綻ぶ様に。
光り輝く三枚の翼が顕現する様を―――その威容を、見たのだ。
※ 次回は事後の話、所謂第二部エピローグ……では無いですね、第二部はもう少し続きます。