・Seane 4-2・
「それで、どうなのかしら」
聖機人格納庫、その一角に存在する管制室の中で、フローラは眼前のつなぎ姿の技術者に問いかけた。
時は夕暮れ。錬兵場での訓練を終え待機状態に戻された幾つものコクーンに、整備士達が群がって調整作業を行っている。
そんな中、朝から一つの機体のデータ解析に注力していた技師が、フラリと格納庫を訪れたフローラに問われていた。
問われた技術者は、手元の端末を操作して壁面に嵌められた大型モニターに聖機人の骨格を意味するであろう三面図を投影する。
三面図は待機状態の第一素体を意味するもので、正面、背面、側面、その何れの図においても、幾つもの注釈が脚部に集中しているのが解った。
「ごらんのように例の変形をして見せた機体を待機状態に戻した上で検分してみたところ、骨盤より下の下半身に酷い形質劣化が発生している事が判明しました。―――当然といえば、当然の様な気もしますが」
その技術者は自身が精査したデータをまったく信用できないものでも見るような目で見ながら、肩をすくめた。
優秀な技師であるその技術者の態度を誤解する事も無く、フローラも同意するように頷いた。
「脚じゃ、無くなっていたものねぇ」
「―――ええ。起動状態で投影図を撮影したときには、脚部は完全に竜骨状の骨格に変形していました」
全身で遺憾の意を表現する技術者が手元の端末を操作すると、三面図を移していたウィンドウが縮小し、その脇に3Dモデルを表示したウィンドウが広がった。
そこには背骨から繋がる下半身の骨格が、完全に蛇を思わせるものに変形している聖機人の骨格モデルが映し出されていた。
その特徴的な下半身の全長は、通常の聖機人の全長の二倍に匹敵しようかというくらいの長大なものだった。
始点から末尾に至るまで、蛇腹上の装甲の下に完全に骨格が存在している。
「内部質量を算出してみましたが、骨盤以下、通常の脚部二本の質量を合計したところでどう考えても間に合いません。明らかに増加しています。外部装甲に関しても同様です。コクーン・シェルの形状記憶装甲の質量をはるかに超える量が装甲材として存在しています」
「特殊な放射線でも浴びせられたのかしらねぇ……」
「その可能性は否定できません」
かつて異世界人が語ったという質量保存の法則を打ち破る特殊な宇宙放射線の眉唾話を広げてみせるフローラに、生真面目そうな技術者は肯定の態度を見せた。
あら、と珍しく驚きを態度で示してみせるフローラに、技術者は作業机の顕微鏡の脇に於いてあったシャーレを手に取り示して見せた。
そこには塗装の無い地金を思わせる鉛色の金属がガーゼに包まれて置かれていた。
「……これ、あの聖機人の装甲かしら」
「はい。起動状態の折に採取しました。ご存知のように聖機人の装甲は待機状態の時に素体の周囲を覆う亜法波に反応して変化を起こす極めて収縮性の優れた形状記憶型擬似生体装甲を用いています。それは搭乗者の亜法波の波長によって色素が変質する効果を秘めているのですが―――どれだけ色が変わろうと、素材そのものが機体ごとに変化する事はありません」
技術者はそこで一旦言葉を切りフローラの反応をうかがったが、彼女は閉じた扇子を口元にあてたままシャーレの中の金属片をじっと見つめるだけだった。
技術者は一つ息を吐いて言葉を続ける。
「ですがこの―――何といいますか、仮称・蛇の機体とでも呼びますか。この機体の装甲は―――」
「龍機人」
「は?」
説明を続けようとする技術者をさえぎって、フローラは金属片から目を離さずポツリとつぶやいた。
「龍機人よ。今後我が息子の聖機人を示す時は”龍機人”と呼称する事とします」
手のスナップを効かせて扇子を開きながら、フローラは確信的な態度で技術者の疑問に言葉を返した。
「はぁ……龍、ですか。確かに、コレの形状は御伽噺で語られるような”龍”に見えない事も無いですからな。……では、さしずめ聖機師は龍機師という事ですか?」
「龍機人の龍機師。―――そうね、そう呼びましょうか。いかにも衆目を引きやすい、特別な存在に聞こえるものね」
若干投げやりな態度の入った技術者の言葉に、フローラは満足げに頷いた。
そんな主君の態度を見て、また何かろくでもない未来を思い描いているんだろうなと、熟練の技術者は推察したが言葉には出さなかった。この王城で長く働くコツと言えるだろう。
技術者は軽く首を振って気分を切り替えた。
「ではこの蛇―――いえ、龍機人の装甲に関する説明に戻ります。事実を簡潔に説明しますと、この装甲素材は、通常の聖機人に展開しているはずの形状記憶装甲から大きく逸脱―――いえ、変質でしょうか。未知の物質となっています」
壁面モニターに生物の細胞を思わせる画像が映し出された。顕微鏡で映された装甲材の粒子モデルなのだろう。
二種類存在し、二つともにハニカム状のパネルが画面いっぱいに張り巡らされているのは同様だが、そのパネルの一枚一枚の形状が、パネルとパネルの間の隙間が、大きさが、二枚の画像でそれぞれ違っていた。
「装甲の位置によって粒子密度にこそ変化は現れますが、粒子そのものが変質するという事はまず有り得ません。仮に周囲空間に存在する微粒子を取り込んだとしても、このような変化を引き起こす事は不可能と断言させていただきます」
「では、どういうことなのかしら?」
「―――はっきり言って不明です。それこそ、特殊な放射線でも浴びたんじゃないかと言わざるを得ません」
抑揚の無い声で尋ねる主君に、技術者は投げやりな言葉で答える。
「因みにこの装甲材の特性ですが、硬度は通常より劣りますが、弾性、収縮性は段違いに良くなっています。……まぁ、機体の性質に合わせて進化したんだと言っても良いじゃないですかね。案外、異次元から暗黒物質でも引き寄せて、再構成したのかもしれませんが」
この王城に存在する聖機人の整備班長として、それ相応の経験をつんだこの技術者をして、まったく理解不能としか言えない。
「早い話が―――解らない事が解った、と言う事かしら」
「聡明な主君を戴き光栄の至りです」
身もふたも無いフローラの言葉に、技術者はお手上げとばかりに肩をすくめるのだった。
それから、吐き捨てるように投げやりな言葉を続ける。
「率直に言って、この龍機人が見せた最大の特徴に比べれば、装甲部材の変質なんてたいした問題ではありません。この、尾の先端に備わっている亜法結界炉なんて、何処から発生したのかさっぱり理解できませんから」
3Dモデルの尾部先端が拡大され、先端の分銅を思わせる形状をした衝角が大写しと成る。
それが技術者の持つ端末の操作にしたがって、装甲をスライドし形状変化を促し、内部に存在していた亜法結界炉を展開してみせる。
「聖機人に搭載されている亜法結界炉は両腕、肘の位置、及び背部に搭載されている計四基のみです。脚部にそんなものは搭載されているはずがありませんでした」
「でも、あるわよねぇ」
「ええ、あります。上半身に搭載されている亜法結界炉四基と同等の出力を有する炉が、確かに。こいつの存在のおかげで龍機人はエナの喫水外でも活動可能という最大の特性を発揮できるのですが―――ああ、その際に尾部装甲、内部骨格が分割し伸張します。その際の最高全長は通常時の1・5倍。つまり、喫水線から最大六十メートル程度の空間まで飛行可能になる計算ですね。いや、この高さの利は非常に有効です。―――おっと、話が逸れましたな。とにかくこの尾部の亜法結界炉。喫水外で機体を完全稼動させる事が可能な高出力な物なのですが、待機状態の機体には確実に存在していませんでした。起動状態に変化するときに、恐らく装甲部材と同質の素材で作られているのでしょうが、結界式も既存のものとは違い独自のものであり、何処からどのように理屈で生成してるのか正直私には理解できません。小型でありながら先に述べたように通常の四基分の結界炉と同等の出力を維持しています。―――ですがコレが、再び待機状態に戻ると……」
要領を得ない顔でそう言いながら、端末をいじり壁面モニターに撮影済みの動画を表示する。
それは、とぐろを巻いて両腕を床について蹲っていた龍機人が、眩く発光し亜法波を撒き散らしながら待機状態へと戻っていく映像が表示されていた。
蛇を思わせる長い尾が、それを構成する蛇腹上の装甲がドロりと溶けるようにジェル上物質に戻っていき、その隙間に見える内部骨格は、発光しながらゆがみ、捩じれて二つに分かたれていく。それは、エナの光の中でいつの間にか踵、膝、股関節から骨盤までを形成し、本来あるべき聖機人の素体の形状へと変質していく。
数瞬もしない間に、長い尾も、その先端に備わっていた亜法結界炉も見る影もなく消え去って、ただ形質劣化して濁った半透明の卵に包まれた待機状態の聖機人が存在しているだけだった。
その足元で、自身が動かしていたそれを、不思議なものを見るかのような目で見上げているアマギリの姿が映されていた。
「……とまぁ、このように。起動中は確かに存在していたはずの、亜法結界炉はエナの粒子に溶けて消え、未知の物質に変性していた形状記憶装甲は、形質劣化を引き起こしてこそ居ますが、通常時と変らぬものに戻っていました。……ああ、素体脚部の構造は、形こそ保っていますが、教会に戻して取り替えないとまずいくらいにボロボロに劣化しています。試しては居ませんが、通常の聖機人として構成した場合、数歩と歩かぬうちに足が折れるでしょう」
形状記憶装甲が形質劣化しているので、そもそも起動させる事が不可能でしょうがねと続けて、技術者は言葉を閉じた。
フローラは口元を隠していた扇を閉じて額に当てて瞳を閉じる。
一つ息を吐いた後、既に解りきっていることを確認する口調で、技術者に問う。
「―――この変化の原因は、機体の特性によるものでは……」
「有り得ません。まず間違いなく通常のコクーン・聖機人であると確認できています」
主君の言葉に技術者は冷徹な顔で頷いた。
ならば、この変化の理由はやはり一つしか存在せず、フローラは自身の直感に従ったことを正しいと理解した。
恐らくは異世界より訪れたのであろう、龍機師。
あの朴訥で、聡明な、正体不明の少年が、この力を以ってどのような物語を形作るのか。
ああ、私はとてもとても、楽しみだと。
フローラはきっと本人にしか解らないであろう、満面の笑みを浮かべていた。
※ まぁ、コクーンも良い感じにオーパーツですよね、と言う話。
そもそも何故薄着で乗るのか……