世界は一つ。そこには人が居て、人として生きている。世界を繋ぐ道、などというものは絶対に存在しない。
魔法も無ければ、竜なんて生き物もいない。存在し、その存在が存在するという、抽象的で普遍的な概念に充ち満ちた世界。
それを、『正史』という。
それとは対極の世界として、『外史』というものがある。
正史の中で発生した想念によって、観念的に作られた世界。それは、ひどく不安定で曖昧なもの。
正史の人間によって描かれた物語は、それを支持し、その物語に想念を寄せる。その想念によって、また違う外史が生まれる。
外史は、それに寄せる想念によって枝分かれし、無限に広がっていく。正史の人々の記憶から無くなり、消えてなくならない限り………。
「そして! 『三国志』という物語から派生した外史に『基点』として投げ込まれた凡庸な外史の少年、北郷一刀! 元の外史、そして三国志から派生した外史、そのいずれに於いても理不尽で強引な終端を迎えた少年は今、再び新たな外史に降り立った。別れを拒み、自身の想念を新たな世界に反映させた彼は、何を見、何を感じるのか」
「……貂蝉、お前真面目な顔して何言ってんだ?」
「うふっ☆ 私も剪定者だからねん♪」
何か一人でぶつぶつ言っていた筋肉だるまは、俺が訊いたとたんに、ペロッと気持ち悪く舌を出して、むわっと熱気が飛んできそうな迫力でキャピキャピしたポーズをとった。あくまでもポーズだけだ。
「もう“そっち”系の話は勘弁してくれ。左慈も于吉もいないんだろ?」
気持ち悪いのを突っ込むのを我慢して、かろうじて聞き逃さなかった真面目ワードに釘を刺しておく。
「あらん、やっぱり私の事は信じてくれちゃってるわけねい? 私とっても嬉しいわん☆」
背筋が総毛立つ。筋肉隆々の巨体をのそりと一歩近付けた貂蝉から、俺は自分でも驚くほどの反射速度で距離を取り、剣の柄に手を掛けた。
「何かおかしな真似したら………」
そこまで言ってから、人間とは思えない、斬っても本当に斬れるのか疑わしい鋼の筋肉を見て、
「そのもみあげのトレードマーク切り落としてやる」
標的を、ハゲあがった頭に唯一存在するもみあげの三つ編みに変更した(いや、ハゲてんじゃなくて剃ってるのかも知れんけど)。
「ヒッ……! しどい、しどいわご主人様〜! 髪は漢女の命なにょに〜〜〜!!」
両手でもみあげを隠しながら、貂蝉はよよよと泣き崩れて背中を丸めた。ただし、絵的にはまるっきりただの岩石である。
「……………」
見渡す賑やかな街は、王都・洛陽。前の世界とよく似た、でも違うこの世界で紆余曲折を経て、俺は今、この街をはじめとしたいくつもの領土を治める君主となっていた。
前の世界でも、大陸を統べた後に都として治め、暮らした思い入れの深い街である。
「ほら、いつまで岩になってんだ。お前が変な真似しなきゃ済む話だろうが、まったく………」
何で(一応)一般人のこいつと視察に来なきゃならんのか、激しく遺憾だ。……城に暇そうなやつが誰もいなかったからなんだけど……
「乱闘だぁー!」
「二つ先の通りで、喧嘩だ! 逆上して刃物まで持ち出してるぞ!」
「!」
そんな、ある意味呑気な感慨を吹き飛ばす事件の発生を耳にし、俺はすかさず駆け出した。貂蝉は置いてきぼり。
その、向かう先に………
「悪の蓮花の咲く所、正義の華蝶の姿あり」
もう見慣れた光景が広がっていた。
民家の屋根の上、日輪を背に雄々しく立つ三人の正義の味方。
「星華蝶!」
黄色い蝶の仮面を付けているのは趙雲、真名は星。
「恋華蝶………」
紫の蝶の仮面を付けているのは呂布、真名は恋。
「散華蝶」
緑の蝶の仮面を付けているのは鳳徳、真名は散。
「三人揃って、ただいま………」
三人とも、この世界で俺を助けて、今も一緒にいてくれる、大切な仲間だ。……これは、彼女ら(主に星の)ヒーロー願望みたいなものなのである。
「参上!」
「………参上」
「参上」
微妙に揃ってないけど揃えて叫んだ三人は、同時に屋根から飛び降り、乱闘騒ぎを起こしていた連中の前でビシッとポーズを決めた。
「たかだか喧嘩程度ならば可愛いものだが、それに刃など持ち出すようならば、この華蝶仮面が黙ってはおらぬぞ?」
今まで乱闘もそっちのけで華蝶仮面を見物していた連中は、槍を片手に眼をギラつかせて睨んだ星華蝶(星)に怯み、戦意を削がれているらしい。
しかし………
「どうせ私は馬鹿だよ! 悪かったなぁーー!!」
「そんなん言うとらんやろが! 街中で何考えとんねん!」
その人垣の中心から、華蝶仮面をまるっと無視して、鉄と鉄がぶつかる衝突音が飛び出す。
……何か、聞き憶えのある声だったんですけど。
「おーほっほっほ! おーほっほっほ!」
その正体を確かめるより早く、大気を震わす音……いや、高笑いが響いた。
「愛と勇気の名のもとに、艶美な蝶が今舞い降りる!」
見れば、星たちが飛び降りた事でもはや注目していなかった屋根の上に、再び蝶の使者が立っていた。……筋肉隆々の、だが。
「華蝶仮面二号! ……改め、蝉華蝶、ただいま参上よぉん!!」
要するに、さっき放置した貂蝉だった。空中でぎゅるぎゅると回転しながら、星たちとは違う、人垣の真ん中に飛び降りる。あの巨体で信じられない身軽さだ。
「うわぁーーっ!」
「キ、キモい……!」
「助けてくれぇ!」
乱闘騒ぎをしていた連中も、仲良く肩を並べて逃げ出した。
人垣の晴れた先に、騒ぎの正体が姿を現した。
「やっぱりあいつらか………」
俺は額を押さえて頭を振る。……まったく、何をやってんだか。
「うっふっふ♪ オイタはダメよん。二人とも、平時くらいは女の子らしくしなくっちゃねん☆」
両者の間で、戦斧と偃月刀をその豪腕で掴み、押さえている蝉華蝶。その両側にいるのは………
「はなへ! 私だって……私らってなぁ!」
華雄、真名は舞无(ややこしい)。どうやら、酔っ払っているらしい。
「ううう、ウチが悪かった! 悪かったから放せ! 距離近いねん距離が!」
張遼、真名は霞。こっちは酔ってはいないらしく、偃月刀の間合いより近い位置にまで接近している貂蝉に恐々としていた。
「(つまり………はぁ)」
俺は大きくため息をついてから、三人(霞たち)の方に近づいていく。
「か、一刀!? ちゃうねん! 別に街中で喧嘩しとったわけや……」
「大体わかった」
何やら言い訳がましく抗弁する霞を制して、俺的状況判断を下す。
「今日は非番だからと舞无と二人で昼間っから飲みに来たのはいいけど、少し顔が赤くなった舞无を霞が挑発し、二人の負けず嫌いな性格も災いして飲み比べに発展。当然のように先に酔った舞无が暴走して、霞がそれに応戦。悪ノリした周りの若者まで巻き込んで、いつの間にやら大乱闘……て所?」
「さ、さすが一刀〜〜! こないなややこしい状況でも見事にお見通しやん〜〜♪」
感動したみたいに手放しで喜ぶ霞だが、重大な勘違いをしている。今の話を認めたという事は、霞にだって非があるのだ。本人気付いてなさげだけど。
「霞ちゃんと舞无ちゃんの今月のお小遣い、半分にしますねー?」
「頼む」
凄いナチュラルに返事してから、気付いた。
「風ぅぅ!?」
「? 何でしょう、お兄さん」
いつ接近したのかもわからないのに俺の真横にいたのは程立、真名は風。
「風だけではありませんよ」
さらに、その横には郭嘉、真名は稟。
「風さん、本当に一流なんですね。わたし達まで……」
そして、稟に隠れるように鳳統、真名は雛里。
「おまえらいつの間に近づいた!?」
「そんな事よりも、あちらを何とかした方が良いと思うのですよー」
そう返し、風がゆるゆると指差す先で、舞无が戦斧を掴まれたまままだ暴れている。げしげしと筋肉の塊に蹴りを入れていた。
「ほら、舞无」
「なんだぁぁっ!」
酔っぱらいの説得は不可能。気絶させるのも可哀想だし、放置は論外。というわけで、俺が何とかしなければならないわけで。
「うあっ?」
「よしよし」
左腕で軽く抱き締めて、右手でその頭を何度も繰り返し撫でてやる。見る間におとなしくなった舞无は、酔いも手伝ってか、気持ち良さそうに目を瞑る。
「少し、おやすみしような?」
「うん………」
俺の勘違いでなければ、舞无は俺に好意を寄せてくれている。もっとも、本人に直接確認したわけじゃないから決定してないだけで、確信に近いものはある。だからこんな真似が出来るわけだが。
「(……はっ!?)」
何か背筋に冷たい視線を感じて振り返れば、何やら皆の様子がおかしい。
視線は冷たいくせに、同時に、全身から炎のようなものを幻視させられる。……何か、怒ってる気がする。
「我らが主は随分と豪気でいらっしゃいますなぁ。こんな街中であのような大胆な行為を平然と行えるのですから」
ニッコリと笑う星の瞳は、全然笑ってない。この丁寧な口調は、大抵の場合は彼女が不機嫌だという合図だ。自分が今、華蝶仮面を演じてる事も忘れてるらしい。
「いや、その……な?」
何が「な?」なのか自分でもよくわからない事を言いながら後退る俺。
星とは、その……そういう関係になったりもしているわけで、怒る理由は俺だって理解出来ている。
しかし、怒る理由はわかっていても、怖いもんはやっぱり怖い。
大体………
『……………』
星や恋はまだ理解出来るけど、他の連中まで様子がおかしいのは不可解だった。
「舞无娘、預かっておきましょうかな、と」
そんな中で、散は一人飄々とした態度を保ち、俺の腕で眠る舞无をふんだくり、俺に、星たちがいるのとは反対側の道を指して示した。
「で、走る」
「了解!」
「「待ぁてぇぇーー!!」」
星と稟のハモった叫びと、それに便乗する皆の気配を背中に感じつつ、俺は駆け出す。
時には辛くて悲しい戦いもあるけど、騒がしくて、忙しくて、でも嬉しくて、楽しい。
これが今の、俺の居場所だった。
(あとがき)
はじめまして、作者・水虫です。
本作は、同掲示板にある『燐・恋姫無双』の続編という形であり、先にそちらを読まないと、まったく話が繋がらないと思います。
はじめましての方、無印の方から読んで頂けると嬉しいです。無印から付き合ってくださっている方、今後ともお付き合いくださると嬉しいです。
再び第2シリーズを再開しようと思い、まずはプロローグから、張り切ってスタート!
(注意)
本作品は、原作キャラの死が内容に含まれます。