「‥‥‥D級? 私の耳がおかしくなっていなければD級って聞こえたんですけど‥‥」
何処にでもあるような喫茶店、そこで私は紅茶を飲みながら首を傾げた。
「君の耳はおかしくなってなんかないよ、D級の能力者を捕獲して欲しい」
目の前の銀髪の少女‥‥沙希はケーキをパクパクと食べながら先程と同じ言葉を口にする。
「って‥‥D級なんて最低ランクの能力者じゃないですか‥‥私も安く見られたものですね」
「いやいや、SS級能力者‥‥その中でも十の指に数えられる君を安く見るなんてとてもとても‥‥」
演技がかった口調で首を横にプルプルと振る沙希。
「‥‥史上最年少SS級の貴方に言われると嫌味にしか聞こえませんね‥‥」
「沙希は天才だから仕方ない、比べるのが間違ってるよね」
自分で自分の事を天才って‥‥ここまで来ると逆に腹が立ちませんね。
「‥‥もう良いです、その依頼受けましょう‥‥こうなったらD級能力者だろうがS級能力者だろうが何だって捕まえてあげますよ」
「おおきに♪これがその能力者のプロフィールやその他もろもろね」
沙希が差し出してくる書類に眼を通す。
(‥‥家族構成、経歴、学校での態度‥‥下着の色まで‥‥良くここまで調べれるものですね‥‥‥あれ?)
「能力不明‥‥って‥‥‥‥」
「ん、ああ、D級だからウチの方も確認しなかったんじゃないかな?」
「それにしてもカテゴリーすら不明と言うのは‥‥‥」
能力者は大きく分けて4つの種類に区別出来る。
『肉体作用』『物質作用』『精神作用』『法則作用』
しかしこのD級能力者の資料にはそれすら書かれていない。
「む~、怠慢だね、でも所詮はD級だろ?君に頼んだのだってサービスのつもりだし」
「確かにD級能力者の捕獲依頼にしては金額の方が‥‥‥」
「素直に喜びなよ♪しかしD級能力者に人権無し、何も悪いことをしていないのに研究用に定期的に捕獲って‥‥なんだかなぁ」
苦笑いのように微笑む沙希『SS級、S級、A級、B級、C級』これらの能力者は基本的に罪を犯した者や能力を制御できない
者だけが捕獲対象になる。
しかしD級と呼ばれる最下位能力者は何も罪を犯さなくても突如として捕獲の対象にされてしまう。
半端に力を持ったばかりに何も能力を持たない一般人以下の扱いを受けながら生きてゆくしかないのだ。
「この世界の”当たり前”って奴です、ルールがあるから世界が周るって事ですよ」
「何だかんだで君も冷たい奴だよね、このコップの中の氷のように冷たい」
カランカラン
コップの中の氷をストローで遊びながら沙希は私を軽く睨みつける。
「私よりこんな非道が許される世界が冷たいのですよ、しかし喫茶店でこんな真面目な話なんて馬鹿みたいですね」
「確かに♪そんじゃよろしくね、っと!そういえば忘れてた、捕獲対象者の顔写真ね」
その小柄な体格に似合わないブカブカのコートを着込んだ沙希は大きな袖から一枚の写真を取り出す。
「それじゃあ、僕は仕事があるからこれで♪」
そう言って手を軽く振りながら店を去ってゆく沙希‥‥貴方のケーキの代金は私持ちですか。
「‥‥私よりだいぶ年上見たいですね‥‥‥‥これも仕事ですからごめんなさいね”お兄さん”」
そう呟いて私は写真の中の青年にキスをした。
○
「そんな事しなくても一緒に帰るから‥‥離してくれ」
ベターッと背中に張り付く人物を振りほどきながら俺はため息を吐く。
「なんだよ江島、冷てぇじゃん、もしかして照れてんのか?うりうり~~」
「‥‥棟弥‥‥‥マジうざい‥‥離れろって!」
クラスの奴等は相変わらず俺たちを不思議そうな眼で遠巻きに見ている。
A級能力者の棟弥が俺見たいなD級能力者に構っているのが不思議なんだろう。
「江島‥‥そんなに冷たいことを言うな、そんな冷たいお前の心を俺の愛の炎で溶かしてやるぜ!!」
「‥‥何でそんなにテンション高いんだよ!どーでもいいけど1週間前に貸したアルバム返せよ」
「あーー、帰るとするか‥‥」
(また持ってくるの忘れやがったな‥‥‥)
棟弥は馬鹿だから物忘れが酷い、まあ馬鹿だから仕方が無い‥‥明日こそ返してもらおう。
「江島よぉ、何か俺のことを馬鹿にした眼で見てないか?」
「大丈夫だ、いつも馬鹿にしてるからな、帰ろうぜ」
「‥‥‥お、おう」
学校規定外のリュックを背負う、オレンジ色の派手な奴だが結構お気に入りだったりする。
「しかしクラスの奴等も感じ悪ぃよな、言いたいことがあるなら言えってーの」
「D級能力者が珍しいんだろ、何たって人間の最下位組だからな~」
能力者自体が珍しいのだ、B級やC級ならいざしらずD級能力者なんて滅多にいない。
国自体が『実験動物』と公認しているのだ、何かにつけてちょっかいや嫌がらせをしたいのだろう。
「そんな事言うなってーの、安心しろ!俺が守ってやるぜ」
「‥‥国の‥‥”鬼島”(きしま)が俺を捕獲しに来てもか?」
「おうよ!」
幼い頃と同じようにニカッと笑って俺の頭を叩く棟弥。
「まあ、D級能力者の捕獲なんて1年に一度ぐらいらしいからな、俺以外にも日本全体で見ればD級能力者は
1200人ぐらいいるらしいし、大丈夫だろ、うん」
「‥‥‥く、詳しいな」
「ネットカフェで調べたからな」
下駄箱で靴を履き替える、昔は良く画鋲とか入れられたけど今はそういった事も無く幸せである。
何も無いのが幸せだ。
「ふ~ん、D級能力者ってネットで顔写真も公開されてんだろ?」
「ああ、いつでも捕獲出来る様にってな、誰も逃げないっての」
トントンと爪先を地面で叩きながら外に出る、夕焼けが無駄に濃い色で迎えてくれる。
「そういえばさ」
「ん?」
テニス部の女子がキャッキャッと仲良く会話しながら俺の横を通り過ぎてゆく‥‥テニス部入ろうかなぁ。
「江島の能力って何なんだ?聞いた事ねぇや」
「わからん」
そんな事を言われても困る、本人ですら知らないんだから。
「‥‥わからねぇって‥‥一応はD級でも能力者なんだからよぉ、自分の能力に関心持ちやがれってぇの」
頭をポリポリ掻きながら困ったように棟弥は呟く。
「棟弥はありがちな念動力だっけ?」
「ありがちって言うなよ、これでもA級なんだぜ」
すげぇよなA級‥‥国の仕事にちょっと協力すれば人生が保障されるランクだ、羨ましい。
「A級か‥‥‥でも差異(さい)はSS級だ、お前の負けだな」
「何でここで差異の名前が出るんだよ、あのガキは関係ないだろ?」
「いや、あいつも”俺”だから俺の勝ちだ」
俺は当たり前の事を言ったはずなのに棟弥は不思議そうな顔で俺を見つめる。
「お前のそういう所わけわかんねぇよなぁ、他人を自分の物扱いってちょっと趣味悪ぃぞ」
「??言ってる意味がわからないぞ、あいつは”俺”だから俺の家に住むのは当たり前だろ?」
何か会話が噛み合わない、差異の話になるといつもこうなってしまう‥棟弥が馬鹿だからか?
「お前‥‥差異ってガキと一緒に住むようになってから絶対おかしくなったぞ?あのガキの能力精神作用じゃねぇのか?
もしかしてお前洗脳されてんじゃないのか!?」
「言ってる意味がわかんないぞ、あいつの能力は法則作用だ‥‥お前の方こそ誰かに精神弄られてんじゃないだろうな?」
「ムカッ!人が心配してやってんのに!」
「ムカッて口で言う奴初めて見たぜ‥‥やっぱお前は馬鹿だな」
「‥‥‥はぁ、とりあえず差異ってガキは信用すんなよ、いきなりお前の部屋に住み着いて”お前”が何も感じてないなんて
どう考えてもおかしいぜ、当たり前のように受け入れている事実もな‥‥何かあったら俺に何か言えよ、じゃあな!」
何だか意味のわからない事をまくしたてて去ってゆく錬弥。
「”自分”相手に信用するなって‥‥あいつ‥‥馬鹿をついに超えたか?」
○
「ただいま~~~」
「恭輔お帰り、大事無かったか?」
トテトテと駆け寄ってくる差異、淡い金色の髪がそれに合わせて揺れる。
見た目は小学低学年だがこう見えても史上最年少SS級の片割れなんだよなぁ。
「ああ、俺は無かったけど煉弥があぶなかった、良い病院知らないか?‥精神科の‥」
「??言っている意味が差異にはわからんが‥‥もしかしたら差異がこの家に住んでいる事で何か言われたのか?」
「おおっ、良くわかったな‥何か差異を信用するなとか精神弄られたとか‥‥差異は”俺”なのにな?意味がわかんねぇ」
俺の言葉に差異は何か思い当たる事があるのかフムッと小さな顎をさする。
「う~ん、差異にはひじょ~に棟弥殿の言葉が理解できるのだが‥‥まいったな‥弄られたのは差異の方なのだが‥‥」
「お前までおかしくなったか?差異は俺だろ?‥”俺の一部”だから何もおかしくないじゃないか」
「う、うん‥‥そうなのだが‥‥恭輔に無自覚なのが怖い所だな‥‥差異からは何も言えなくなるではないか‥」
先日買ってやった熊の縫ぐるみをギュッと抱えながら差異は困ったような眼で俺を見つめる。
「?とりあえず飯にしようぜ」
これ以上不毛な会話を続けるのもアレなのでこの話題は打ち切ることにする。
「そうだな、今日はサバの塩焼きにニラのおひたし、味噌汁の具は大根にしてみたぞ」
「おおっ!?す、すげぇうまそうじゃん!」
聞いただけで空腹を誘う素敵なメニュー達に思わずヨダレが出てしまう。
「ほれほれ、手洗いとうがいをさっさとして来るが良い」
○
「ふ~~食った食った~~~」
腹をポンポンとさすりながら恭輔は気持ち良さそうにソファーに横になる。
「こら!食ってすぐ寝たら牛になるぞ?‥‥って聞いておらんな」
テレビを見て馬鹿笑いをしている恭輔を見て差異はため息を吐く。
「差異がこの家に来てもう3ヶ月か‥‥‥」
実際もっと長い間ここにいる気がするのは差異の意識が完全に”恭輔”に染まったからであろう。
最初の頃は恭輔に嫌悪感や違和感を感じていたのだがそれを感じていた自分が既に他人のように思えてくる。
”自分”に嫌悪し違和感を感じる人間なんてあろうはずがない。
「‥‥‥何て非常識で非現実で‥‥非認識の能力なんであろうな‥‥‥」
これでは能力の確認のしようがないはずだ、何せ保持者の本人ですら自分の能力の発現に気付かないのだ。
いや、”気付けない”のか‥‥‥もしこの能力を恭輔が意識的に使う事が出来るようになれば‥‥。
「考えるだけで恐ろしいし‥おもしろいとも感じてしまうな‥‥しかし自分以外に恭輔に飲まれる者がいると
考えるだけで腹立たしいとも感じてしまう‥‥嫉妬‥‥一方的過ぎるぞ恭輔‥‥」
何だか考えるだけで報われないな‥‥恭輔の奴め‥‥これでは差異はただの”ナルシスト”ではないか‥い、いや、そうなのか?
「‥‥‥ってうわ!?」
思考の海から戻ってくると私と唇が触れ合いそうな程に顔を近づけた恭輔の顔が!?
「”自分”の顔を見て”うわっ”とは酷いな、ちょっとコンビ二行ってジュース買ってくるわ、リクエストは?」
「い、イチゴ牛乳で頼む」
「りょーーかい」
気分良さそうに部屋を去ってゆく恭輔、確か先ほどまで見てた番組はお気に入りのお笑い番組だったな‥‥。
「‥‥‥一方的過ぎるぞ恭輔‥‥‥」
私は再度そう言ってため息を吐くのだった。
○
「ありがとうございました~~~~~」
夜中のコンビニ店員特有のやる気の無い声を聞き流しながらドアを開ける。
「‥‥買ってしまった‥‥‥調子に乗ってエロ本を買ってしまった‥‥」
俺は意味も無く悲しい気持ちになりながら足早に家路を急ぐ。
(くっ、今月は苦しいのに‥‥俺の馬鹿野郎‥でもそんな自分が憎めない‥ちくしょーー)
そんな事を思いながらふっと人の気配を感じて公園の方に顔を向ける。
「~~~~~~~~~♪」
そこにはニコニコと微笑みながら手招きをする中学生ぐらいの少女がいた。
頭の上でピコピコと揺れているのはどうやら束ねた髪らしい‥‥触覚かと思ったじゃないか‥‥怖ぇぇ。
「えっと、俺に何か用?」
「♪」
とりあえず無視するのもアレなので近寄ってみる。
「えっとですね、とりあえず気絶してくださいますか?」
「へっ?」
背中に走るおぞましいものを感じてその指示のままに彼女から一歩遠ざかる。
シュッ!
「‥‥あ、穴?」
先ほどまで俺のいた地面に小指ほどの小さな穴が開いている。
「お腹に一穴開けて連れて帰ろうとしたんですが‥‥失敗ですね」
「の、能力者なのか?‥‥‥お、俺を殺す気か?」
「殺すなんて物騒な!ちょっと気絶してもらって実験に付き合ってもらうだけですって!」
のほほんとした顔で微笑む少女に言い難い恐怖を感じる、恥ずかしながらも既に涙目だ。
「き、鬼島か?‥‥‥俺を‥‥俺を”捕獲対象”にしたのか?」
「ええっ、その通りです、D級のモルモットさん‥‥このままD級の烙印を背負って世界で生き続けるのは辛いですよね?
優しい鬼島はそんな貴方を”捕獲対象”に指名しました、もう苦しまなくて良いんですよ?笑顔で死ねるって幸せですよね~」
まったく邪気や悪気を感じさせない彼女の物言いに恐怖よりもこみ上げてくる物を感じてそれを吐き出す。
「ふ、ふざけるな!!D級だからって馬鹿にしやがって!俺は今から家に帰ってエロ本をたらふく読みまくるんだ!!
それだけでも幸せだっっーーーの!」
「幸せ?D級の烙印を押されて一般人と能力者の間をプカプカと彷徨うクラゲさんがですか?親クラゲさんはそんな貴方を見かねて
自ら世界に終わりを告げたようですけど?‥‥幸せですか?その‥エロ本とやらで?」
可愛そうなものを見るような眼で俺を見つめる少女‥‥ムカムカする‥‥殴りたい。
「そうやって人を馬鹿にした眼で見る人が昔から大嫌いなんです俺‥‥だから殴らせろ」
「嫌です♪」
相手が少女である事も忘れて本気で殴りかかろうとする俺、しかし少女は軽く横にかわしながら。
「足が動かないと人間なんかただの木偶の坊ですよねー」
「えっ?」
シュッ!
「うがぁあああああああああああああっぁぁ!?」
右太ももに激痛を感じて殴ろうとした勢いのまま見っとも無く地面に倒れこむ。
「地面と熱烈にキスですか‥‥いやはや‥ちょっと哀れと思ったり」
「て、テメェ‥‥‥何をしやがった?」
痛みで声が枯れるが瞳だけは相手から外さず睨みつけながら問いかける。
「ただ水鉄砲をして飛ばしてるだけですよ?お子様の遊びとは違うのは何処からでも何時でも何度でも撃てると言う事ですね」
ふふんと自慢げに笑う少女、なるほど‥‥水を高圧縮して撃ってるわけか‥‥すげぇ能力じゃねぇかよ。
「高圧縮して撃つだけならS級が良いところなんですけどね、私の場合は少し違っていまして」
「空気中から水分を圧縮してオールレンジに撃てるって事かよ‥‥‥」
「正解です♪」
今の会話で分かった事だが間違いなくこいつの能力はSS級だ。
「どうせならここで殺してくれるとありがたいんだが‥‥モルモットは勘弁だからな」
「それは出来ない相談ですねー、運が悪かったと思って諦めてください」
「そうかよっ!!」
掛け声と同時に握り締めていた砂を奴の可愛らしくも憎らしい顔面に投げつける。
「はい、残念です♪」
ひょいと軽く首を傾けるだけで砂をかわす、しかしそれが大きな隙だ。
「テメェの眼が届かない所まで行けば!」
こいつの能力は物質作用系、対象が己の視界に納まっていない限り能力は使えない筈だ!
「お客様~~~、出口はそちらではありませんよ」
「なっ!?」
ガッ!?
見えない壁のようなもの‥‥と言うか見えない壁そのものに阻まれて公園の外に出れない。
「水のカーテンですよ、原理は水鉄砲と同じです、高圧縮した水をカーテンのようにしているだけです」
「く、くそっ‥‥‥」
「バンッ♪」
少女が可愛らしく銃を撃つように指を俺のほうへ向ける。
「がぁああああ!?」
今度は左太ももに激痛が走る。
「はいはい、いい子ですからあまり私の手を煩わせないで下さい、それとこれは確認ですが貴方の能力は何でしょう?」
「お、俺の能力?」
「そうです、貴方は今から気絶して二度と眼を覚ますことは無いでしょうから、今の内に聞いておこうかと」
何気ない少女の言葉、ただの確認、そうだ、俺に対する能力の確認、能力の有無、無ければただの一般人。
でも、俺はあるはずだ、いや、あるんだ、D級だろうが、能力は能力、あれ?最近‥最近使ったなぁ、使ったよなぁ。
うん、あいつは使える、使えるから俺にした、綺麗だから俺にした、他人のままでは納得出来ないから俺にした。
そうだ、うん、使える奴は俺にしよう、俺にして”俺”を守ってもらうんだ、自分で自分を守る、完璧だ。
そしたら俺は‥‥昔のように『苦しい思いをしなくてすむんじゃないのか?』
「‥‥目の前にいるお前は使える奴だ、能力はSS級で容姿も綺麗だ、少し幼いのがアレだけど差異よりは育ってるし
何より虫を嬲るような眼で俺を見ているのが気に入った、うん、もう、何でもいいや、お前さ”俺”になってもらおうか」
熱のような太ももの痛みを感じつつ俺は最高の快感が脳を飛び出して世界を染めるのを感じた。
○
最初に感じたのは違和感だった、目の前の青年‥‥江島恭輔の顔から表情が消えた。
何かブツブツと呟きながらゆっくりと立ち上がる。
「とうとう壊れてしまいましたか?貴方の能力を聞けなくて残念ですが‥‥このままでは少し人目につきますね
やっぱり気絶してもらいましょうか?」
壊れた人形のようにブツブツと何かを呟く彼に恐怖を感じたわけではない、本当に人目につくのが嫌だからだ。
そんな私が彼を気絶させようと能力を使おうと思った時に”ソレ”はキタ。
「‥‥目の前にいるお前は使える奴だ、能力はSS級で容姿も綺麗だ、少し幼いのがアレだけど差異よりは育ってるし
何より虫を嬲るような眼で俺を見ているのが気に入った、うん、もう、何でもいいや、お前さ”俺”になってもらおうか」
虚ろな表情で私を見てニヤリと笑う青年、先ほどまであった大事な‥何かが抜け落ちたような顔。
「ああ、見える、見える、ここが俺とお前の境界線だな、これが俺とお前を他人と示している線だ」
青年は嬉しそうに私の方を見てクックックッと喉を鳴らす。
「本当に壊れてしまったようですね‥‥人間の心理がいかに脆いのかを学んだだけでも貴方の奇行には価値があります」
「脆い?脆いのは俺とお前の境界線だ、こんなに曖昧でさ、それを今から取り払うって事だよ」
「何を言って?ッぁ!?」
青年が手を軽く振り払うと同時に恐ろしいまでの違和感が体を襲った、精神作用系の能力か!?
「これでお前と俺は他人じゃなくなったってわけだな、仲良くしようぜ”俺”」
自分の体の中に何かが流れ込んでくる‥‥例えるならそれは酷く気持ちの良いもの。
「ッぁ、あぁ、ぁぁああああああああああああああああああああああああああ」
汚染されてゆく、これは駄目だ、絶対的だ、抵抗のしようがない、逃げようが無い!
「ゆっくりと俺の一部になってくれ、今は怖いかも知れないが、なぁに、少ししたら何も疑問を感じなくなる
それでもお前は”俺”でありながら俺を”別物”として認知できるが‥俺はお前を”俺”としか感じれなくなる」
彼の言葉が耳に溶け込んでゆく、いや、耳じゃない、その奥の脳だ!脳を食い尽くされる蹂躙される。
「嫌です‥‥勝手に私を‥‥私を‥わ、私・‥‥私は貴方‥でもあるの?江島恭輔の一部‥?‥それで良かったですか?
えっと‥思考がうまく纏まらない‥‥」
先ほどまで疑問に感じていた物事が消えてゆく、シャボン玉のように後には何も残らない‥何を疑問に感じて恐れていたのか‥。
「お前は俺の一部だろ?何を言っているんだ‥‥俺が俺であることに疑問を感じるなんて」
「私が私である事?‥‥私は江島恭輔の一部‥‥だから恭輔の‥‥」
「手が手であることに疑問を感じるか?お前は俺の一部だろ?俺の思考の通りに動かないと駄目じゃないか」
彼はひどく当たり前の事を言う、当たり前過ぎて馬鹿にされているようにさえ思えてしまう。
「そ、そうでしたね、当たり前でしたね‥‥貴方の”能力”で貴方の物にされても私は貴方の一部なんですから!」
自分でもおかしいと思う微かな違和感、それすらもあやふやですぐにでも形を失うだろうと確信する。
「それじゃあ俺はちょっと気絶するから家までよろしく‥‥エロ本もちゃんと回収するように‥じゃ」
そう言って倒れる恭輔‥‥血が少ないのでしょう、うん。
「何て非常識で非現実‥‥‥相手との境界を外すなんて‥」
何て無慈悲な能力なんだと私は心の中でため息を吐いた。
○
ガチャ!
「恭輔か?コンビニのわりには遅かった‥‥‥って鋭利(えいり)!?」
「さ、差異?‥‥まさか貴方も‥‥」
玄関でお互いを見つめながら固まる二人、ちなみに恭輔はまだ寝ている。
「‥‥‥‥どうしようもない能力だったろ?」
「‥‥どうしようもない能力でした‥‥」