そしてやっとたどり着いた、後方の甲板へ繋がる扉をアーチャーは蹴り開ける。その瞬間放たれる銃撃と譜術を横とびに避けた。かなり無茶な避け方をしたというのに、姿勢を大きくは崩さないところはさすがと言ったところだろうか。そして次の銃撃が来る前に譜銃で狙いをつけていたリグレットのほうへと切り込んだ。
「チィッ」
リグレットは舌打ちをして、後方へ飛び退りながら銃撃を放つ。咄嗟に撃ったはずのそのどれもが命中範囲だったことに、アーチャーは敵ながらに心中で賛辞を贈る。しかし彼はその全てを見切り、よけられない弾丸はその手に握った双剣で弾ききった。その、まさしく人外といっても遜色ない技術は六神将に驚嘆の表情と声を作らせた。
「なるほど、射撃の腕は一流だ」
「まさか防ぎきられるとはな。見たところマルクト兵でもなさそうだが……貴様、何者だ?」
「なに、『ただのしがない旅人』の従者、さ!」
にやりと口元に笑みを浮かべながら話していたところにふたたび上級譜術が襲ってくる。それを避けて、その譜術を放ったほうへと視線を向けて呆れたような声をあげた。
「全く、人と話しているときに横槍を入れないで貰いたいものだね」
「っは、よく言うよ、思いっきり察知しといて」
シンクが思い切り面倒くさそうに毒づく。
「アンタがここにいるってことは……なに、ここに来るまでのオラクル兵は全滅?」
「さあな。私を倒して自分で確認しに行ってはどうだ」
「なにそれ。いかにもまあムリだろう、って表情浮かべて言うとか性格悪いんじゃないの、あんた」
「なに、心配せずとも自覚はある」
軽口を叩くような調子で返しているが、その様子に隙らしい隙もない。鋭く細められた鷹の目は、冷徹な眼差しで敵の動きを一分の隙もなく観察している。厄介な相手だ。リグレットの譜銃を握る手に知らず力がこもった。
「一つ聞こう。先の接近で、我々をあの距離から狙撃していたのは貴様か?」
「どうしてそのようなことを聞くのだね。私は今双剣を握っているだろう」
「さあな。弓兵だからといって双剣を使わない、ということもあるまい……強いて言えば、戦場を歩いてきてついた勘だ」
「コレだから女性の第六感というものは……根拠もなく真実をつくから、たちが悪い」
はあと溜息をついたアーチャーの言葉を聞きとがめて、シンクは表情を歪めた。
「あの狙撃手が双剣使いでこの腕前? とんだ化けものじゃないか」
「なに、誉めても何も出んぞ」
「あんたやっぱ性格悪いね」
「なに、君には負けるさ」
「よく言う!」
烈風のシンク、という二つ名に相応しい俊敏さで彼はアーチャーの懐に飛び込もうとするが、それを双剣でうまく防がれる。続く連撃にもキッチリと対応し、そしてリグレットの射線上にシンクの体が来るように配置する。そのたびリグレットは何とか狙いを変えていくのだが、まるでその動きを読んでいるかのように動かれては手が出せない。
「まったく、本当に化け物だな」
「いやいや、これでも私は能無しでね。手広く修練を積んだが、すべてにおいて二流な凡才なのだ。私からすれば、君たちのほうが余程才能がある。羨ましい限りだ」
「ほんと、あんた、よく、言う……よっ!」
「いや、本当にな。その若さでここまでやれる人物を見ては、いささか自分の才能のなさに悲しみを覚えるのだが……」
「巫山戯たことを!」
「いや、偽りではなく……」
そんな風にして六神将二人に対して一人で有利に戦況を進めるアーチャーの言葉に、それでもグレンは微妙に本音が混じっていることを見て取った。が、優勢だとはいえ相手も相手だ。ここぞと言う時にはアーチャーの攻撃を何とか回避して、決着はつかない。
彼はルークとイオンを少し後方においてこっそりアーチャーの様子を伺っていたが、やがて困ったようにぼそりと呟く。
「……ヤバイな。確か、アーチャーは包囲されてるって言ってたから……ほっとくと後ろから兵がやってくるはずか」
こいつはいったんどこかに……いや、いっそ先刻の廊下にまで戻ってどこかの部屋にでも身を隠して、アーチャーの決着がつくまで待ったほうがいいかもしれない。そう思ったとき、何故かずうんと鈍い音が響きタルタロスの動きが止まる。
「なんだ?!」
咄嗟に声を出してしまって、慌てて六神将のほうを向いたが、停止時の轟音のせいで声は届かなかったようだ。それにほっとしていたのだが、すぐにそんな場合ではない事に気づく。遠目に、リグレットが笑っているように見えたのだ。この状況で止まるとは、魔物の攻撃の一部が動力部分にでも当たったのかもしれない。
止まった陸艦には侵入も難しくはない。もし近くに万一の為の予備兵力としてオラクル兵を配置していたとしたら、援軍が来る可能性がある。そう判断して、とにかく二人の下に戻ろうとして、背筋が凍った。
何か祈りのような言葉を死んだオラクル兵に送っているイオンとは少し離れた場所。呆然と、倒れたオラクル兵の死体を眺めているルークのその背後。死んでいたと思っていたオラクル兵の腕がピクリと動き、ゆっくりと起き上がり、側に落ちていた剣を手が探り当て―――
「ルーク、後ろだ!」
「え……」
咄嗟に振り返ったその動作分だけ体が動いて、振り下ろされた刃はルークの髪の先をかすっただけだった。だが、それだけだ。次の攻撃は避けられない。まさか死体だと思っていたものが動いているという状況に思考がついていかず、相手が剣を握っているというのにポカンと固まっている。
しかしすぐにはっとして腰の剣を握るが、圧倒的に間に合わない。
「くそっ、たれえええええええ!」
グレンは思い切り走りこみ、相手の剣の軌道の上に右手を突き出した。オラクル兵の刃が手の甲から肘にかけてまでをぱっくりと切り裂く。飛び散る赤にルークが目を見開いているのもそのまま、体を捻ってその勢いのままコンタミネーションで左手に掴んだ剣で、相手の肩から胴を切り裂いた。
「「―――――――――グレンッ!!」」
イオンが駆け寄り、ルークが倒れ掛かるグレンを受け止めようとした瞬間、
「まともに反応もできねえなら剣なんざ捨てちまえ。この出来損ないが!」
そんな声が聞こえてきて、ルークは突然頭の横を思い切り殴り飛ばされたような衝撃を受けた。勢いを殺せなかった体ごと壁にぶち当たり、そしてそのまま昏倒する。
「ルーク!」
イオンはその突然現れた男に腕をつかまれ、ルークにもグレンにも駆け寄れない。後ろ手に捕らえられて身動きがままならなかったが、それでも後ろを確認しようとして、思わず、と言ったふうに声をあげた。
「あなたは―――」
主の名前を悲鳴のような声で聞き取り、アーチャーは何事かがあったのだと察知する。突然厳しい顔をしてシンクとリグレットを力任せに後方へ吹きとばすように力任せに押しやる。そしてそのまま踵を返して駆けつけようとするのだが、その進行方向を上から降ってきた大柄な魔物にふさがれた。
魔物の種族はライガ。聞いた覚えのあるおどおどとしていたはずの声は、ひどく怒っているように聞こえる。
「あなたたち、絶対、ゆるさない……です!」
「くそ、こんなときに! ……そこをどけ!」
裂ぱくの気合と殺気を放てば一瞬アリエッタの体も硬直するが、それでも引く気もないらしい。ライガが襲い掛かりシンクもふたたび距離を詰め、アリエッタは譜術を唱えリグレットが譜銃を構える。それだけの手練を一人で相手にして、それでも互角以上に戦うその様に三人は内心戦慄する。だというのに、アーチャーの顔ははれない。
「くそ、マスター……!」
「まさか、鮮血のアッシュ……?」
「ほう? まさかこの名を導師も知っておられたとは、光栄だな」
倒れこんだルークにむかって剣の切っ先を向けるアッシュに、イオンが驚いたように声をあげる。
「待ってください! 一体彼に何をするつもりなんですか?!」
「ふん、そんなの決まってるだろう? 殺すんだよ!」
「そんなこと―――っ」
「ソイツは、見過ごせねえんだよな」
カチャリ、と首の背後に切っ先を突きつけられたことに気づいて、アッシュは不機嫌そうに鼻を鳴らす。目だけを向ければ、右腕から景気よく血を流しながらそれでも左手で剣を握りこちらに突きつけるグレンの姿。
「よう。イオンとルーク、はなしてくんね?」
「断る、と言ったら?」
「えー……ちょー困る」
グレンは実際のところ血を流しすぎていっぱいいっぱいだったからこそのその反応だったのだが。その、なんともふざけた感じの答えにカチンときて、アッシュは首の後ろに突きつけられた剣を無視して勢いよく振り返り―――驚いて、少し固まる。
「お前……なんで笑ってやがる」
「はい?」
「……っんだ、その顔は! ふざけてんのか!」
驚いた顔も一瞬で、あっと言う間に不機嫌全開の顔をするアッシュの言葉に自分の顔を触ってみようとするのだが、どうにも右手が動かない。仕方無しに彼へ突きつけていた剣を降ろして左手で触れる。そうすれば、自分では気づいていなかった、口元の緩み。
ああ、だって、仕方ないじゃないか。
生きてるんだって、頭では知っていても。
もう一人のルーク・フォン・ファブレ。ナタリアとガイのもう一人の幼馴染。オリジナルルーク。あの世界の彼が居なければ、自分はいなかった。こいつがいなければ、ここにいるルークはいなかった。
「ああ……わりいな。もう会えない知り合いに似てて、つい、な」
できるだけふてぶてしい笑みを心がけるのだが、うまくいっていたかどうか。そしてアッシュが怪訝そうに眉をひそめた時だった。綺麗な声が響いて聞こえたかと思ったら、アッシュの足ががくりと落ちる。その隙を見逃さずに読まれる譜術の詠唱。
「炸裂する力よ……エナジーブラスト!」
「っち!」
下級譜術とは言え至近で炸裂されてはそれなりにダメージをくらう。咄嗟に避けて離れるが、イオンを離してしまった。ティアが駆け寄ってイオンを後ろへ庇うが、イオンに訴えられてすぐにグレンに駆け寄り右手に治癒譜術をかける。イオンはルークへと駆け寄っていた。
そしてアッシュがあげた顔を見たジェイドは顔を強張らせた。
「やはり……あなたは―――」
「……これ以上長居は危険か」
呟きながら、アッシュは止まっていた陸艦から飛び降りていく。柄にもなく動揺していたからか、動きがにぶいジェイドは追いかけることもしなかった。
「ジェイド」
かけられた声に、はっとする。イオンの方を向けば、その腕にいるルークがいやでも目に入った。
「いえ、すみません……しかしイオン様が捕われるところだったとは。あの人外どのはどちらへ?」
しかしその声に答えたのはイオンの声ではなく。
「って、あああああ! 忘れてた! 大佐、あっちで今エミヤが六神将と二人と交戦中なんだよ! 応援にいってやって!」
そうして出てみれば、実際は二人どころではなかったのだが。しかも、不思議なことに一人増えている。金色の髪の青年だ。アーチャーがアリエッタとライガとシンクを相手取って戦っているが、その金髪の青年はリグレットと対峙している。
とりあえず下級譜術を人外ごと敵へぶっ放し、話を聞く。
「これはどういうことですか?」
「知らん、ルークの知り合いらしい。グレンとルークのとこに行かせろとつい気合十分に叫んだら降ってきたのだ……おいところで大佐殿、貴様さっき私ごと譜術を放たなかったか?」
「いやですねえそんなことあるわけないじゃないですか……どうせ避けるだろうと思ってましたよ」
「貴様……」
ブリザード。譜術も何もとなえていないのに、冷気が漂う雰囲気だった。因みにアーチャー、そんなことをいいながらも二人と一匹に対してまた互角以上に渡り合っている。そしてジェイドも口を動かしながら的確に譜術を放っている。相性が最悪なのか合うのか、どっちかと問われれば困るような感じだった。
「くそっ、リグレット! ここはいったん引いたほうがいいんじゃないの?!」
「ああ、そうだな……いったん、」
「リグレット教官?!」
「アリエッタ!」
扉から後部甲板へ出てきた二人の声に、リグレットはわずかに動きを止めティアの名前を呟いた。そしてアリエッタは目に見えるくらい体を固めている。
「イオン、さま……」
「―――――――――引くぞ!」
リグレットと知り合いらしいティアの言葉に一瞬動きを止めたガイの隙を逃さず、リグレットは甲板から飛び降りた。と、同時にシンクとアリエッタも飛び降りて、三人はそれぞれグリフィンの背に乗って飛んでいく。
そして戦闘から解放されたアーチャーは、彼らの逃げ先も見ることもなく真っ先に自分の主のもとへと走っていく。
「アレで案外忠義者ですか。普段のやり取りから見れば面白くはありますが」
以下、NGにするべきかどうか悩んでる流れ。
「おい、マスター!」
「よー……もうマジやばかったんですけど……」
「怪我は! してないだろうな! 音素乖離しかけていたんだぞ、君は!」
「あー……直してもらったけどさ、これ、結構傷残って……」
「………………このタイミングは、アッシュだな?」
「へ? あ、いや違うよ? 俺今ルークじゃねーからね? あの、オラクル兵……」
「アッシュ……ふふふ、そうかアッシュめ……あのシンデレラ(灰まみれ)。次あったら殺……」
「したらだめだ! ダメなもんはダメだ! 泣くぞ、あいつも俺も!」
「なに、安心したまえ殺さずともおしおきくらい」
「頼むエミヤ、正気に戻れーーーー!」