「マスター」
冷静な声に、水底から引き上げられるように意識が浮上する。見ていた夢の内容は、今日ははっきりとは覚えていない。ただ、どんな夢だったのかは分かっている。小さくうめき声を上げながら起き上がり、頭を振る。いやな汗をかいて、それを吸い込んだらしい服が気持ち悪い。
「セントビナーに到着するらしい」
「後二日はかかるんじゃなかったのか?」
「さあな。計算ミスか……それともかあの大佐殿なら敵を騙すならまず味方から、とでも嘯きそうだが」
「うーん……納得しちまうなぁ」
乾いた笑いを溢しながら立ち上がり、顔を洗おうと部屋から出ようとしたときだった。グレン、と名前を呼ばれて立ち止まる。振り返れば、しかしそれ以上何も言おうとはせずじっとこちらを見て黙り込む己の従者の姿。訳がわからなくて、首を傾げる。そんな主に溜息をつきながら、アーチャーは苦笑交じりに忠告した。
「いや……くれぐれもルークにはばれないようにするんだぞ。さもなくば、君の願いを蹴飛ばしてでも自分も戦おうとするだろう」
「ああ、分かってるよ。はぁ……オラクル兵が襲ってこなかったら良いんだけどなぁ」
「グレン」
「んー?」
「君は……戦うには、いささか優しすぎるのではないのかね」
優しい? 言われた言葉に笑いそうになって、首を振る。違うよ、と呟いた声は自分のものにしては静かなものだと自分でも思うくらいだった。優しさなんかじゃない、これはただの弱さだ。己の願いのために人を殺して、それでも命を奪った罪悪感に苛まされている。
「知ってるだろう、アーチャー。俺は自分勝手で傲慢なだけなんだって」
どこか頑なな様子でそれだけを言い切り外に出て行く主の背を見送って、アーチャーは心中で呟いた。
弱さと優しさはコインの裏表のように表裏一体なものなのだよ、マスター。
「さて、では私はセントビナーの責任者にタルタロスのことについて交渉しますので、皆さんは自由に……」
「まて、大佐殿。私も行かせて貰おう」
「……どういうことですか? 今回は私が一人で行って交渉するだけでことは済みます。わざわざ人外殿がついて来てまで私を護衛してくださるような荒事は、まず起きないでしょう。……何が目的で?」
「ふん、以前に言っただろう? 貴様のかつての上司ということはだ、首都に行かずしてマルクト皇帝の元手足の一部を、実際この目で見れるということだろう。こんな機会を棒に振るなど、私は主ほどのんきではないということだ」
どきっぱり。なんだか主を大切にしているのか見下しているのか微妙に迷うような発言だ。声を低めることなくごくごく普通に言い切られた言葉に、なんとも言えない顔をしてルークはグレンのほうを向く。
「なあ、エミヤってお前の従者、だよな?」
「あー、まあそうだけどむしろ相棒っていうか……共犯者? 主としては立ててくれてるんだけどさ。だからそんなに目くじら立てるようなことでもないっつーか。でも、俺たちみたいな感じがいい、なんてガイに言うなよルーク。エミヤはなぁ、それはそれはもうくどくどとやることなすこと」
「私がどうと? マスター」
「いいえ! 何でもありません!」
びしっ、と背筋を伸ばして元気よく返答をするグレンを見て、ルークはなんともいえない気持ちになる。主従。彼らは主従、グレンが主でエミヤが従者のはずなのに、関係が逆転しているように見えるのは気のせいなのだろうか。
そして主に釘を刺し、アーチャーはふたたびジェイドと向き合っている。陸艦内にブリザードを呼び寄せる二人はいつものように食えない表情でなにやら話していて、別に会話に混じっているというわけでもないのに疲れることこの上ない。
……なんでこの陸艦内にはこうブリザードばかりがやたらめったら吹き荒れるのだろうか。戦艦タルタロスではなく戦艦ブリザードにでも改名してしまえばいいのに。
「はあ……なあ、ルーク。二人の事は置いておいて俺らだけでも町いかねえ?」
「でもなー。歩き回るってのもたりぃしよー」
「まーまーまーまー、ほら、見てみろって。この窓からセントビナーの名物が見れるぜ?」
「んー? って、うわ、でっけー……なんだあれ?」
船室の窓から顔をのぞかせてみれば、町のどの建物よりも大きな大樹が、天を緑で覆わんばかりに空をめざして生えている。
「どれどれ……ああ、アレはソイルの木だな。セントビナーの象徴だよ。樹齢二千年って噂もあるくらいなんだぜ」
ルークの思わずの呟きに答えたのはガイだった。その答えに、ルークはギョッとして目を見開いた。
「二千年!? マジかよ」
「噂だよ噂。でも色々面白い話も在るらしいけど……なあルーク、ここはもうアレをするしかねえだろ」
「アレ? あれって何だよ」
「っふ、何を言うんだルーク。決まってるだろう……でっかい木を見たら……登ってみなきゃってんだ!」
「「「は?」」」
あまりにも、あまりにもそれこそそこの我がままお坊ちゃんより子どもらしい発言に、ティアやガイと言った常識人だけではなく、なんと当のルーク本人までもが目を丸くしている。マルクトの軍艦を見て和平の使者だと看破した切れ者にしてはあまりにも想像がつかない一面だ。
特にルークにしてみたら、同じ年頃だが頼れる大人のように感じていたのだから尚更だった。
「高い山ほど昇りたい! 山じゃないけどな。よっしゃ、俺は行くぜ! ルークも来るか?」
もう、うきうきして仕方ないといわんばかりの声だ。その楽しそうな声につられて、ルークもなんだか楽しくなってくる。屋敷では一人で木に登ったことはあったが、誰かと木登りで競争をするということをしたことはない。はじめこそポカンとしていたが、ルークの顔にはじわじわと嬉しそうな笑顔が浮かぶ。
「……よっしゃ、乗った! どっちが先に上まで上れるか競争するか?」
「おいおい……ルーク?」
一応高いところから落ちて怪我でもされてはたまらないと、ガイは使用人として止めようとするのだが……今目の前でヒートアップする二人にはどうにも言葉では届かないようだ。
「ふっふっふっふ……ファブレ公爵の息子さんは木登りができますかな?」
「舐めんなよ? 庭の木なら俺はぜんぶ制覇したんだぜ! そーだ、どうだイオン、お前も来るか?」
「え」
いままでいつものように穏やかそうな笑みを浮かべてみんなの会話を見ていたイオンだが、急に話を振られてキョトンとした目をしている。ルークの話に慌てたのはむしろ周りのほうだ。導師イオンが体の弱いことなど教団なら誰もが知っていることなのだから。ティアはどうにか思いとどまらせようとルークに声をかける。
「ちょっと待ちなさいルーク。導師イオンは狙われているのよ、わざわざ外に」
「だあああ、うっせーな! まだオラクル兵きてねえんだから大丈夫だろーが。それにお前いかにも体弱そうだし、木登りなんてしたことねーんだろ」
「え、あ、はい。そうですね、一度もないです」
「導師イオン、そのように答えては……」
「よっしゃ、じゃあお前もこい! 審判だ!」
「やっぱり……ルーク、どうしてそうなるの」
「む、確かにそうだな、審判もいるな。ついでに競争が終わった後お前も登るか? 俺とルークが二人がかりで引っ張りあげたりフォローしたら登れるだろ。……一番上までは難しいかもだけどなぁ」
「ちょっ……グレン、あなたまで?!」
ティアの中の、落ち着いた常識人、年の割りに大人っぽい、どうにもそこが知れない不可思議な人物、というグレンのイメージが崩壊する。今そこのいるのは、すぐ隣でのりのりで木登りをしたがる赤い長髪男児と同レベルのお子様だ。
「だな。よし、けってー」
「そーそー、決定決定。んじゃイオン、ルーク……行くぞ!」
「え、あの……わ!」
いい感じの笑顔で両脇をがしっと掴まれて、話についていけずにキョトンとしていたイオンは問答無用で連れて行かれる。呆然とする常識人二人の目の前で強制連行されるローレライ教団導師様。傍から見たら誘拐じみていた。
正気に返ったのはガイのほうが早かったようだ。慌てて二人(と連行一人)の後を追いかけていく。それにティアもようやっと正気に返って、大慌てで走っていった。
「って、おい……ちょっと待てルーク!」
「ああ、もう、ちょっと待ちなさい!」
二人三脚でもすればあっと言う間に優勝できるのではないかというくらい息ぴったりに走る二人と、二人に連れて行かれる自分と、なんだか必死そうに追いかけてくる二人と。賑やかで、慌しくて騒がしくて、なんだか楽しい。わくわくするような、そんな気持ちになったのはイオンは初めてだった。
「待てって言われて待つかってんだ、なあルーク!」
「おう、イオンは審判だかんな!」
「…………はい!」
顔が緩む。いつしかイオンもひどく楽しそうな笑みを浮かべていた。
「位置について、よーい…………どん!」
ガイとティアがイオンに追いついたときには、すでに二人の競争は始まっていた。少し緊張気味にスタートの合図を切ったイオンの声を皮切りに、二人はうおおおおおとやる気な声をあげながら木へと突撃していく。
「……っはー、はあ、くそ、遅かったかー」
猿のように器用に木に登っていく二人を見つけて、息を切らせながら走ってきたガイはがりがりと頭をかく。そのガイから少し遅れて追いついたティアも息を切らせていたが、やはり教団員のさがか、息を整えてからイオンに話しかける。
「導師イオン、グレンは右腕が……」
「いえ、僕もそう聞いたんですけど……こんなのハンデだ、って言ったらルークが燃えてしまって……」
「もー……あの二人は……」
ティアは疲れたように溜息をつき、しかし根が真面目なせいかすぐに心配になったらしく登る二人を見やった。進行状況は一進一退と言ったところか。ルークが優勢かと思えばすぐにグレンも追いつき、グレンが優勢かと思えばルークも追いつく。
「なんだ、無駄に白熱してるな……」
「何歳児……?」
「グレンもルークも楽しそうですね。それに、木登りがとても上手です」
誉めるべきところなのだろうか、ここは。
やるな、そっちこそ、なんの、まけるか。ぎゃあぎゃあ騒ぎながら登っていたせいで近くの子供たちが集まりだしている。そしてよく知りもしないが楽しくなってきたのだろう、応援までされている。
人気者だねーとガイはぼやいているが、無性に他人のふりをしてきたくなったティアを誰が責められよう。
「しかし、タルタロスでの調子だとあっちの、展望台じみた一番大きいソイルの木に登るかと思ってたんだが……」
「はぁ……いくらなんでもあっちに登るほど考え無しではなかったようね、二人とも」
「あ、いえ、その……二人はそっちに登りたがってたんですけど、流石に僕が止めたんです。降りれなくなったら困りそうでしたから」
「「………………」」
常識人二人はそろって無言を貫いた。これはイオンを連れて行ってもらえて正解だったのだろうか、と、つい本気で悩んでしまいそうなところだ。いや、狙われている導師イオンを外に出すというのは論外だという理性は残っているのだが、目の前でとても楽しそうにしている彼を見るともう帰りましょう、とはティアもどうにも言えないでいた。
ああ、喚声が上がったと思ったら、応援している子ども達にグレンが手を振っている。そのまま登ろうとしたルークが卑怯者扱いされて怒ってる。そして下にいる子どもと喧嘩してる間にグレンが追い抜こうとして…………もう帰りたい。
「ルーク、グレン、頑張ってください! あと少しです!」
ティアには何故なのかさっぱり分からなかったが、やはり導師イオンはとても楽しそうだった。
そして白熱したデッドヒートを繰り広げ……ついに頂上へたどり着く!
―――二人同時に。なんてお約束な。
「おっしゃ。イオーン、どっちが早かった?!」
「俺だろイオン、グレンより俺のほうが一歩早かったよな!」
「なんだと? 俺だよな、イオン!」
「いや、俺だろ!」
「俺だね!」
「えっと……同時でした」
「「なにいいいいいい!」」
至極真面目に見たとおりのことを言ったのだが、どうにも二人は納得がいかないようで抗議している。内容は遠慮することないだの結果は分かってるだの勝負に同点はないだの、俺のほうが早かったいや俺のほうが指一つ分早かっただの、どっちもどっちな言い合い。同時だったのは本当のことなので、イオンは困り果てていた。
まさしく同レベル。間違いない、彼らの精神年齢は十歳以下だ。ティアに確定事項として精神年齢お子様と断定された二人は結論を出すべく、他の観戦者たちに話をふりだした。
「んー、じゃあ色男! どっちが早かった? 俺だろやっぱ!」
「なーに言ってんだ、ガイ、俺のほうが早かっただろ!」
「おいおいグレン……町中で大声で色男はよしてくれよ……」
「おーい? きいてんのかー?」
かなりがっくり肩を落としつつも、そのままいじけていてはまた大声で色男呼ばわりされるのだろう。やれやれとぼやきながら「同点だー」と返しても不服な二人は納まらない。
「じゃあそこの響長! 結果は―――」
「同点よ! もういい加減に二人とも騒いでないで降りてきなさい!」
「「えーーー」」
「『えー』じゃないでしょう! 降りなさい!」
「だってよぉ、せっかく昇ったのに。それに高いとこって気持ちいいしよー、勿体ねーじゃん!」
馬鹿と煙はなんとやら。ルークの発言には頭痛さえ感じてきて頭を抑えるしかない。
「どーだ、イオンも登るかー? ガイもさー。しかたねーからついでにお前も」
お坊ちゃまは高い木の上で広々とした景色を見れてご満悦なのか、妙にご機嫌だ。今まで見たことないくらい無邪気な顔で笑っている。常なら絶対に呼びはしないだろうティアさえ、手を差し出すようにして呼ぶ気になっているのだから、本当に随分と上機嫌なのだろう。
「いや、俺は遠慮しとくよ」
「登るわけないでしょ……」
「えっと、」
「導師イオン。お願いですから登らないでください」
「そうだ、怪我したらどうするんだ?」
「……そうですね。僕も登るわけにはいけません、か。やっぱり」
「「…………」」
なぜそこでかなり残念そうにするのか。一瞬迷っていたイオンを諌めれば彼があまりに寂しそうな顔をしたので、ガイとティアは同時に言葉に詰る。
「あれ、なんだよイオン。登りたくねぇのか?」
「いえ……僕は木登りに慣れていませんから、落ちては危険なので登れません」
「そーじゃなくてさ、登りたくはねーの?」
「それは……」
グレンの言葉に困ったような顔をするイオンを見て、グレンは腕を組んで考えているようだ。が、やがて何を思ったのかふとソイルの気のほうをみて、にやりと笑った。そしてそのまますぐ隣の枝の上で景色を見回しているルークと何事か話している。
ルークが頷いたのを見ると、先刻まであんなに降りたがらなかった二人はあっさり木から飛び降りた。普通なら足が痺れるか下手をすれば骨折するくらいの高所から飛び降りたというのに、やはり一応なりとも鍛えてはいるせいかすぐに彼らはイオンの方へとかけてくる。
飛び降りた時に「すげー」と目を輝かせる子ども達に、鍛えてねーなら真似すんなよーとグレンは返しつつ、イオンの手を引いてどこぞへそのまま連れて行こうとする。
そのまま抵抗するでもなく連れて行かれるイオンを見て、慌てたのはティアだ。
「ちょっと、今度はどこに行くつもりなの?」
「展望台! ソイル木には階段で昇れる展望台があったのが見えたんだってさ。それなら危なくねーしな、イオン、お前だって登れるぜ?」
イオンの背を押し駆け足になっているルークの言葉に、イオンは目を輝かせた。
「本当ですか?!」
「おう! お前も本当は木とかに登ってみたかったんだろ?」
「はいっ! ありがとうございますルーク、グレン!」
「べっ、べつに礼言われるまでのことでもねえっつーの! なあグレン!」
「気にするなイオン、ルークは照れ屋なんだ」
「おい!」
ぎゃいぎゃい楽しそうに喚きながら走っていくお子様二人(プラス一人)を見て、今度はイオン自身が行きたかったそうなので止めることができず、ティアはまた溜息をつく。なんだか溜息ばかりついている気がする。しかしその隣にいたガイはなにやら考え込んでいたようで、腕を組みながら顎に手を当て、なるほどね、と納得したように呟いていた。
「ルークがご機嫌になるわけだ……あいつにとっちゃ、屋敷の外でのはじめてのトモダチってやつか」
「え……」
「あいつから聞いてるだろ? ルークは記憶をなくした七年前からずっと屋敷に軟禁されてたからな。接するのはぜんぶ顔見知りの使用人たちばかり。そりゃああいつは俺を親友だって言ってくれるけど、俺も人目があるところではちゃんと使用人らしくしなきゃならなかったしなぁ……いつだって思い切り遠慮しないで騒げる、はじめての友達、ってな」
「…………」
「多分、イオン様が喜んでるのも似たようなものなんだろうな。いくらローレライ教団の導師だからって、まだ俺たちよりも年下の14歳の子どもだ。……だから嬉しそうな顔をしてたんだろう」
ガイの考察を聞き、ティアは諦めたような息をつく。
「……怪我をしないのなら、息抜きも悪くはないわね」
「はは……さて、坊ちゃん達はまた高いところか。好きだねぇ、あいつも」
高いところから見る景色は格別だが、展望台から見る景色は更に格別だった。ごちゃごちゃしていて狭そうに見える町並みと、町の城壁の向こうに広がるひろい平原。遠くに山、遮ることなく広がる青い空。
「どーだイオン、気持ちいいだろ!」
「はい! 本当にわくわくします」
「だなー、高いとこに来ただけなのになぁ」
キョロキョロと町を見渡していたルークがセントビナーの基地から出てきた人影をみて、お、と声をあげる。
「グレン、ジェイドとエミヤが出てきたみたいだけど……そろそろ降りたほうが良いか?」
「んー? でもなあ、まだ来たばっかだし。これからは陸路で野宿とかばっかになるし、今日はここの宿に泊るだろうしさ、呼ばれるまでのんびりしときゃいいだろ」
「そうか……あーあ、今までずーっとたりぃだけの旅だったけど、でも今日は楽しかったなぁ木登り。一人でならいくらでもしてたんだけど」
「そりゃそうだよルーク。楽しもうとしなきゃ何でも楽しくなんてなんねーよ。どうせなら楽しんだもん勝ち、ってな 」
「へーえ。そういうもんか」
「そーそー。時にはこんなふうに息抜きでもしねーとな。……タルタロスとかで大変な目にあったり、恐いけどそれでも覚悟とかしたり……張り詰めてばっかだとさ、息が詰って苦しくなるだろ」
グレンの言葉に、ルークがはっとしたようにグレンのほうを向く。
「ずーっと気を張ってると、疲れるだろ。キッチリするところはキッチリ締めて、それ以外は楽しむ! そうやってろよルーク。めんどくせーだとか思わないでさ、世界とか知ってみろ。わかんねえことは誰かに聞いてさ。知らないことを知るのって結構楽しいんだぜ?」
「知らないこと……でも俺、知らねえことなんてとんでもねー量くらいあるぞ」
「そりゃ始まりは誰だってそうさ。誰にだって知らないことだらけだよ、世界は。俺だってまだまだ知らねぇこととかわんさかある。でも、今日お前も一つ知っただろ? 木登り競争は案外楽しい、とか、セントビナーには展望台がある、とかさ。そんなのからはじめりゃ良いんだよ」
「……グレンってさ、餓鬼なのか大人なのかわかんねえよな」
「だーかーら、締めるときは締めて弛めるときは弛めてるだけだっつーの。説教じゃなくてアドバイスだよ。人生なんてどうせ一回、どうせなら楽しく愉快に生きたほうが得だろ?」
くつくつ笑いながら、グレンは展望台に寝転がる。そのまま深呼吸して空を見て、しあわせそうに目を細めた。
「俺、この空の青さがすきなんだよなぁ」
ルークもつられて空を見上げた。バチカルの屋敷から見上げていたときと代わり映えのない空の色。見慣れた青だ。と、そのとき不意にイオンもばたりと展望台の床の上に寝転がる。急に体調が悪くなったのかとルークはぎょっとしたが、けれどイオンもひどく嬉しそうに笑っていた。
「そうですね……この空の色、僕も好きです」
おいおい。何が違うんだよそんなことあるわけねーだろと思いながらも、じゃあということでルーク自身も寝転がったのは一体どういう風の吹き回しだったのだろうか。いつもなら絶対に、服が汚れるだの馬っ鹿じゃねーの、で終わりだっただろうに。
寝転がって、重なり合った緑の隙間からこぼれる光とその背景に拡がる大きな青を見る。
「そうだな……」
不思議だった。それはいつも見慣れている色のはずだったのに。
「この空なら、俺も嫌いじゃないかもな」
セントビナーの展望台では、今日も優しい風が吹いている。
本日のボツネタ。
「あーびっくりした。ったく、エミヤって耳いいんだよなぁ」
「目もいいっていってたよな。本当にあいつって何もんなんだよ」
「というか……俺も気になってたんだが、グレンって言ったか? やたらに旦那と仲悪そうにやりあってる只者じゃない感バリバリだが、あの兄さんって何歳なんだ」
「ん? あー……あれ。聞いたことねーや。エミヤって何歳なんだろう」
「うーん……ヴァン師匠よりもちょっと年下くらいか?」
「だよなぁ、二十後半~三十前半くらい、じゃないかな。多分」
「……兄さんは27歳よ」
「「ええええ?!」」
「おいおいルーク、なんでお前まで驚いてんだよ!」
「だ、だって……ええ?!」
「お、俺は遠目でチラッと見たことあるだけなんだが(嘘だけど)……27歳?! 髭か? 髭のせいなのか?」
(年齢ネタはもう感想で出てるしいいか、ということでボツ)
本日のボツ二
(締めはあっちのほうがいいということで続くはずのこういうかんじの話はカット)
「マスター、ガイから聞いたぞ。今日は大暴れだったようだな」
「げげ!」
「いくら私に『ルークにはばれないようにしろよ』と言われたからといっても……なかなか楽しんでいたそうだな。こちらはいろいろとあの大佐殿とやり合っていたというのに」
「あ、はははは……お疲れさんデース」
「ふむ。まあ老マグガヴァン元元帥の紹介状とついでにあの陰険眼鏡大佐殿の名刺も貰ったからな。マルクト皇帝陛下に謁見は可能だろう」
「わあ、本当にエミヤって仕事完璧だな」
「ああ……近くオラクルがこの町を閉鎖するようだ。君も私も明日には出ることになるだろうが、異存はないな?」
「ああ、頼んだぜエミヤ」
「了解した、頼まれよう。ところでマスター、君宛に老マグガヴァン元元帥から手紙を頂いているぞ」
「え。俺会いに言ってもないのにどうして……なになに、グレン君、次に来る時はぜひとも君も顔を見せるように、こんな傑物の主として君と話してみたい」
それと決して彼とジェイドの坊やの二人だけを、私のところに寄越さないようにしてくれ。決してだ。頼む。
手紙の最後の一文が妙に切実で、グレンは本日の老マグガヴァンの心労を思って涙が出そうだった。