本日は快晴。久しぶりに宿屋でぐっすりと休眠をとったせいか、慣れない旅で蓄積されていた疲れも取れた。思い切り伸びをして、ベットから飛び起きる。ルークは出発する準備をしていたらしいジェイドに行き先を問う。
「なあジェイド、これからどこへ行くんだ?」
「……一応昨日言ったはずなんですがね。もうすぐセントビナーがオラクルに封鎖されるそうです。その前にこの町を出て第二合流地点、カイツールへと向かいます。カイツールに向かうにはここから南西に行けばいいのですが、橋が壊れていますのでフーブラス川を直接渡ることになるでしょう」
「あんだよ。直接渡れって、靴汚れたりズボンびしょびしょになったりすんのか? たりぃー……いつになったらバチカルに帰れるんだよ、ったく」
「元気出せよルーク。ローテルロー橋も落ちちまってるし、アクゼリュスへの道も災害で通行禁止。どっちにしろキムラスカに帰るにはカイツールにいかないとどうにもならないわけだし、そこに行く為にはフーブラス川を渡らないといけないんだ。それにこれは最短ルートなんだぞ?」
「へーへーへー、わかったよ。早く帰れるんなら少々のことは我慢しろってことか。しょーがねえな……って、何だよガイ。人の顔急に凝視して」
「…………ルークが、我慢を、納得……? ルーク、お前熱ないか?! 大丈夫か?!」
「オイ。そりゃどういう意味だよガイ」
「そのまんまの意味じゃないですか?」
「なんだとぉ?!」
「まーまーまー……スマン、俺が悪かったよルーク。なんだ、ルークもこの旅で成長してるってことだな。旦那様やナタリア姫が知れば喜ぶだろうぜ」
お人好しそうな笑顔を浮かべて謝るガイにルークは不機嫌そうに鼻を鳴らし、腕を組んでそっぽを向く。
「ご主人様、すごいですの! せいちょうしてるですの!」
「うっぜえんだよ、お前はいちいち! ちったぁ黙ってろ!」
「みゅうううううー」
思い切り耳を引っ張られて仔チーグルは痛がっているのかと思えば、なにやら嬉しそうだった。しばらく構ってもらえなかったから、構ってもらえれば何でもよかったのだろう。しかし耳を引っ張られて、傍から見れば虐められているとしかみえない状況で嬉しそうな声をあげている、という図を見るのは……シュールだ。
ミュウの嬉しそうな様子を見て、いつかこの小動物が「ご主人様に蹴られて嬉しいですの~」とか言い出さないか、ガイは半ば本気で心配になる。
しかし彼の主はそこまでで気が済んだようで、今までびょんびょんとひっぱって伸ばしていた耳からぱっと手を離す。そのままぼとりと床に落ちたチーグルには目もくれず、先に降りてるからな、と宣言して部屋から出て行ってしまう。
「まってくださいですの、ご主人様!」
ふわふわと飛びながらついていく小動物の背を見やって、ガイは思わずと言う風にため息をついた。
「健気なもんだなぁ。チーグルは恩を忘れない、ってのは本当だったのか」
ルークが降りてみれば、そこには一種異様な光景が広がっていた。
「よ、よう……グレン。何してんだ?」
「いやあ、ははは、自業自得と言うか」
乾いた笑いを浮かべながら目の前に広げられた光景にげんなりとしている人間が一名。オレンジ。オレンジオレンジオレンジオレンジ、オレンジ一色の朝餉の風景。ルークの髪の色によく似た食材一色で作られたフルコースに絶句していると、宿屋の台所の奥から出てきたエミヤがああ、とルークに気づいたように声をかけてきた。
「小僧、安心しろ。そのにんじんフルコースはグレン専用だ。君たちの分の朝食はそちらに準備してある」
「あ、ああ、そりゃありがたいんだが……」
「さてマスター、私が腕によりをかけてニンジンの風味と味とその他もろもろを最大限引き出した、ニンジンのニンジンによるニンジンのための料理たちだ。一つも、一滴も、微塵も残さず! キッチリきっかりしっかりばっちり、食べきってくれたまえ」
「………………………………い、いただきます……」
いまだかつて聞いたことのない様ないただきますだった。これから戦地に赴く兵が家族と別れを交わすような風景を幻視してしまったのは何故だろう? かたかたと小さく震えて涙ながらに朝食を食べる姿は、アレは間違いない、拷問だ。
隣の机で食事をしているティアとイオンの方へ行き、声を潜めて尋ねる。
「なあ、アレどうなってんだよ。なんかエミヤめちゃくちゃ怒ってねえ?」
「……右腕の痛覚のことを言ってなかったそうよ」
「それを、僕たちとの会話で気づかれて、そんな話はきいてないぞマスター、ってエミヤ殿が言い出して……結果が……」
「ぐうっ! ニンジンの、ニンジンの匂いが……っ!」
「食べ残しは許さん。食え」
命令形になっている。ことあるごとにおちょくっていたとは言え、それでも主として立てていたというのに。つまりこの度はそれほどの怒り具合だというわけだ。エミヤは、絶対、怒らせちゃいけない。ルークは深く心に刻み込む。
おとなしく席に着き、こちらはとても普通の食材を使用して作られたものとは思えないほど、最高の味を引き出している朝食を食べるのだが。隣から味がーだの匂いがーだの食感があああだの、聞こえてきては気にしないほうがムリと言うもので。ちらりと隣を見る。グレンは死にかけだ。
ルークは散々逡巡して、思い切り大きな溜息をついた後、突然ガタリと立ち上がった。突然立ち上がったルークをイオンとティアは不思議そうにみていたが、今はそれにどうこうする暇はない。
覚悟だ、覚悟を決めるんだ、俺!
「あー、エミヤ」
「何だね」
ぴしゃりとした、ティアのものよりも余程硬質で冷たい声が返ってきた。内心ではびくびくしつつも、ひたすら表面上は怯んでいないように見せかける。
「その、あー……グレン、の右腕は……俺を庇って、斬っちまったもんなんだ。だから」
「だから?」
「だから、その……えーっと、ああ、くそ! あんたが怒るのは」
「いや……違うぜ、ルーク」
そのまま言葉を繋ごうとしたルークをとめたのは、とうのグレンだった。彼はニンジンを睨みつけながらいやそうな顔をしていたが、ふとルークのほうを向けば口角を釣り上げてにっと笑った。
「エミヤが怒ってるのはさ、そうなった原因とか無茶についてじゃなくて……そうなって起きた結果を俺が隠してたからなんだ。別にそんなに逼迫したもんじゃないから、って黙ってたのを、怒ってるんだよ」
「グレン……」
「ま、庇おうとしてくれたことは嬉しいよ。ありがとな、ルーク」
「…………」
憮然とした顔のまま、舌打ちをして机に座る。そして朝食を再開しようとして……さっきからじーっと見られているのに気づいてイヤイヤそちらを向く。
「おい、なんだよ」
「え? あ、ごめんなさい。まさかあなたが誰かを庇おうとするなんて思ってもなかったから」
「っんだよ、くそ、お前もかよ!」
「ティア、ルークは優しい人ですよ」
「イオン! お前は変なこと言うな!」
ぎゃあぎゃあ騒がしい机を見やって、アーチャーはちらりとグレンの方を向く。その視線に気づいたのか、グレンは口元だけで小さく笑いながら呟く。
「随分まともだろう?」
「君の教育はなかなか効果的だったということか」
「さあね。ただ、ヴァン師匠と比較されたら圧倒的にまけるだろうし……どうしたもんかねー」
「ふん。まあ、何もしないよりははるかにマシだったということだろう。せいぜいこれからも頑張りたまえ」
「へーいよ」
そう言って、ふたたびニンジンとの激闘に励む。ひと口食べては青くなり嫌そうな顔をするのだが、それでも自分の非を実感しているのか、最後まで食べきるつもりのようだ。これならわざわざ見張る必要もない。アーチャーは台所の奥へ引っ込み、手に本のようなものを持って戻ってくる。
そして彼はそのままグレンの横を通り過ぎた。
「グランツ響長」
「? はい」
「これは私が昨日書き溜めたレシピ集でね。野戦にしろ宿にしろ使えるものをなるべく検索して作っておいた。私はこれから主から離れねばならんのでな、グレンの偏食にはほとほと手を焼くだろうが……どうかよろしく頼む。ああ、それと。我がマスターがとんでもない馬鹿をやらかしてしまった時は、遠慮なく最後のページに乗っている『お仕置きレシピ』を活用してくれたまえ。皆で回し読みしてもらって構わん。おなじみニンジンフルコースと問題児専用きのこフルコースだ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「ちょっと待てその会話ぁぁぁぁ! 待てってこらエミヤこのやろう!」
「お仕置きレシピ……ニンジン?! おいティア! それ絶対にガイに見せんなよ!?」
「容赦なくみんなで回し読みしてしまえ」
「お気遣い、感謝します」
「だから待てよその会話! ちくしょう!」
グレンは大いに焦って立ち上がろうとするが、食事中に立ち上がるのは行儀が悪いぞ、終わってから立ちたまえ、とあっさりと押さえつけられる。そしてそのままどこかへ行ったかと思ったら、もう出発準備万全の態勢で戻ってきた。
「はあー……って、あれ? 何だよエミヤ、お前もうでるのか?」
「ああ。ではな、マスター。無茶をするなよ」
「はいはい、努力するよ。そっちこそ……頼んだぞ」
口元を小さく弛めて片手を上げるだけで答えて、アーチャーはそのまま振り返ることなく出て行った。
耳を澄ませば川のせせらぎが聞こえる。そして時折混じる魔物の鳴き声。セントビナーから出発して数日、やっとフーブラス川までやってこれた。橋はやはり落ちていたようでやむなく流れの緩やかな川を渡る。
「ふーん。橋が流されたってわりには、大した川じゃないんだな」
「もう大分水が引いたんだろう。雨が降った後は川の水が茶色に濁って大変だろ?」
「だろ、って言われてもしらねーよ」
「……とと、そうだったな」
ルークは七年前に記憶を喪っていて、それ以来もずっと屋敷に閉じ込められたままだ。雨が降った後の川などみたことがないのだから、ガイの言葉にうなずけるわけが無いの。ガイはルークのその境遇を思い出して表情を曇らせるが、すぐに雰囲気を和らげようと話を続ける。
「とにかくだ、川のに限らず水をなめてかかると大変なことになる。自然をなめるなよ?」
「お前、それをよく言うよな。海は恐い、ってさ……あーあー、やっぱ靴もズボンもびしょびしょだぜ」
嫌そうな顔で足を見るルークに、こちらも対岸に渡りついたグレンが苦笑で答える。
「まーしょうがねえだろ。橋が落ちてるわ通行止めだわでここしか通れないんだからさ。復旧するのを待ってたら時間食うばっかだしな。……早く帰って母上様に顔見せてやんねーといけねーんだろ?」
「うっ……ったく。グレンが言うセリフに、俺っていっつもなんにも言い返せねんだよな…」
「はっはっはー、ルークはひねくれてるけど素直で分かりやすいからな」
「ちぇっ」
「はいはい、拗ねてないでいきますよー」
「拗ねてねえよ!」
「ルーク、大佐の言葉にいちいち反応するなって。遊ばれてるぞ、お前――――魔物だ!」
視界の隅を横切った影に反応して、グレンがいち早く気づいて叫ぶ。目の前に現れたのは四足歩行の金色の獣。ライガ、とティアの声が聞こえて、ジェイドが冷静に後ろからの誰かの接近を知らせる。
ライガ。振り返らなくても誰だか分かっているようなものだ。それでも確認のために振り返れば、そこにいるのはやはりぬいぐるみを持って、こちらを睨みつけてくる―――
「アリエッタ!」
イオンが思わずと言った風に声をあげた。そのまま何かを言おうとしたイオンを手で遮る。
「グレン……?」
「妖獣のアリエッタ、だな……何しに来た?」
「アリエッタの友達、いっぱい、いっぱい……っラルゴまで大怪我して! 絶対に許さない、です!」
「おいおい、そりゃ逆恨みってもんだぜアリエッタ。そもそもあんたら六神将が勝手にタルタロスへ攻めて来たんだから、防衛として戦うのは当たり前のことだろう。こっちは命狙われるのは良いけどそっちを殺しちゃダメ、ってのはアンフェアだ。そもそも攻めるときに反抗されることを考えもしないで戦闘を仕掛けてきたのか? その覚悟も無く戦場にでるのが六神将か? ―――誇り高きクイーンの娘よ。お前は、そんなことも考えずに戦闘に友達を引きづり込んだのか?」
「!!」
ひゅっと喉の奥に息を詰らせるような音を立てて、アリエッタは困惑したように沈黙する。その間隙に、ルークはグレンの言葉の意味が解らないようで小さく繰り返し呟いた。
「クイーンの、娘?」
「……恐らく、チーグルの森に居たという、ライガの女王でしょう。彼女はホド戦争で両親を失って、魔物に育てられたんです。そして魔物と会話できる力を買われてオラクルに入団した」
「え、じゃあもしかしてエミヤが殺さずに説得したってのは……」
「彼女の育ての親だったようね」
なるほど、と納得する。どうりで六神将の味方として魔物がうじゃうじゃいたわけだ。彼女のすぐ隣にいるライガだけでも大きいが、あのライガはきっとアリエッタの兄弟なのだろう。ではその母は一体どれくらい大きいのか……考えるだけでぞっとする。
そんな相手を殺さずに説得した、と言うのだからエミヤはまさしく人外だ。なんだか今更になってジェイドがひたすら人外連呼をしていた理由が分かった気がする。
そしてルークの視線の先でアリエッタに口先で挑んでいるグレンを見やって―――ああ、なんだかエミヤっぽい喋り方だな、と思った。意図的にそうしているのだろうか。
「クイーンの娘よ。彼女は魔物とは言え誇り高く、野生として戦士としての覚悟は常にあったようだぞ」
「う……」
「クイーンの娘よ。君は彼女に育てられながらそのあり方を見ていなかったのか?」
グレンは一歩一歩アリエッタに近付きながら言葉を発している。アリエッタは彼の言葉に呑まれているのか、それとも雰囲気に動けないのか、硬直したように止まったままだ。そうして、あと三歩も歩けばぶつかるという距離で立ち止まった。
「そして忘れたかなクイーンの娘よ。こちらも君たちの襲撃では何人か死傷者がでていてね……復讐権はこちらにもあるということを!」
言い終わるや否や、グレンの左手には剣が握られていてアリエッタの首筋に突きつけられていた。
「!!」
「お、おい……グレン?!」
「アリエッタ! グレン、お願いです、やめてください!」
体を固めるアリエッタと、やはり未だ目の前で人が死んでいくのに抵抗があるルークと、悲鳴のような制止の声でイオンが叫ぶ。しかしその声もグレンが右手を突き出して止めた。軍属である二人と、外の世界を知っているガイは黙ったまま事のなり行きを見守っている。
彼女の兄弟であるライガが威嚇するように唸り声を上げるが、グレンはそれにも眉一つ動かさない。逆に剣を握る力を入れて黙らせる。温度の無い緑の瞳に見据えられて、アリエッタの目にじわりと涙が滲んできて―――それから、不意にグレンは彼女の首元から剣を退いた。
「分かったか? 殺すってことは、いつも殺されるってことを覚悟してから行わなきゃいけない」
「え……?」
急にガラリと変わった口調と雰囲気に、戸惑ったような声をあげる。
「アリエッタ。アンタはもってる力が大きすぎだ。大きすぎる力を持ってるのに、その大きさを分かっていない。だから、力を振るうならちゃんと自分で考えなきゃいけないんだ。何も考えずに誰かに頼まれたから、言われたから、でほいほい言うことを聞いてたら、とんでもないたくさんの人を殺して―――とんでもないたくさんの人に殺したいと思われてしまうようになっちまうよ」
「…………」
「まあ、俺はアンタのことは知らねーからどうでもいいんだが……アリエッタ。アンタが人を殺したり、あんたが死んだりすると悲しむ人を一人知っててね」
その言葉と、ちらりと向けられたグレンの視線の先をみる。心配そうにこちらを見ている、
「イオン、さま……」
「それに、ライガの女王も悲しむだろうなぁ。魔物なのに、本当に娘として大切にしてたみたいだし」
「ママ……」
「ああ、そういえばそろそろ弟や妹が生まれるらしいぞ。たまには休暇でもとって親に顔見せに帰ってやれよ?」
「…………」
黙りこくったアリエッタをおいて、グレンはくるりと体の向きを変え、今度はイオンの方へと近付く。そしてアリエッタには聞こえないようにぼそぼそと言葉を落とす。
「イオン、今なら多分お前の言葉で退いてくれる。頼むぜ」
その言葉に思わずグレンの顔を見上げて、そして頷きグレンの代わりに前へ出る。
「アリエッタ、見逃してください。あなたなら分かってくれますよね? 戦争を起こしてはいけないって」
「………………」
「アリエッタ、お願いです!」
「イオン様が、言うなら……退きます。でも……許したわけじゃない、です!」
それだけを言って、グレンを睨みつけて―――けれど迷うように視線をさまよわせて、アリエッタはライガの背に乗った。そのまま駆けていく魔物の後姿を見送って、グレンははーっと大きく息をついた。肩を揉み解すように回して、思い切り伸びをしている。
「やれやれ、何とかうまくいったか」
「グレン、お前すげーじゃん! よくあんなぺらぺら喋れるな」
「おう、エミヤのまねするイメージしたらうまくいったけど、でもやっぱ疲れるわあいつの真似。あいつよくいつもあんな感じで喋れるなぁ」
「グレン、僕からも礼を言います。アリエッタを逃がしてくれてありがとうございます」
「どういたしまして。さて、戦ったほうがよかったか? 大佐」
「いえ……生かしておけば命が狙われるのは確かですが……殺そうとしても、イオン様も止めそうですしね。舌先三寸で帰っていただけたなら、最善でしょう」
「旦那の言い方は、なんと言うか……」
「ジェイドはいちいち嫌味なんだよっ!」
「まーまーまー、これが大佐の味なんだよ……多分」
「おやおや。こんなに寄ってたかって虐められては傷つきますねぇ」
……よく言うよ。
そう思ったのは多分ルーク一人だけではないだろう。
「ま、それはともあれいい加減に進み……うおわぁ?!」
グレンがみんなを促そうとした時、不意に地面が大きく揺れだした。それぞれ悲鳴を上げながら態勢を崩している。とりあえずすぐ近くに居たイオンとルークが転ばないように支えつつ、辺りを見回す。吹き出ている紫色の蒸気のようなもの。知っている。嫌になるほど知っている。
それでも思い切りうろたえたような声を出す。
「オイオイ、このヤバイ色した蒸気みたいなのって、なんだよ?!」
まったく、嘘をつくのが苦手だったのは確かなのに。いつの間に自分はこんなに当たり前みたいに嘘をつけるようになってしまったのだろうか。
「障気だわ……!!」
「いけません、障気は猛毒です!」
「おいイオン、猛毒って……吸い込んだら死んじまうのか?!」
イオンの言葉にうろたえたように声をあげるルークに、落ち着いたティアの声が返ってくる。
「長時間、大量に吸い込まなければ大丈夫よ。とにかくここを逃げ……」
「あー、グランツ響長。今まできた道、地震で崩れてマス。ついでに障気がぐるっと囲んでやばいぜこれ」
「何でそんなに冷静なんだよグレンはーーー! おいおいおい、どーすんだよっ!」
「………………っ」
ティアは杖を構え、意を決したように譜歌を歌い始めた。その行動の意図が読めずジェイドは怪訝そうな声をだす。
「譜歌を歌ってどうするつもりですか?」
「――――まってくださいジェイド、この譜歌はユリアの譜歌です!」
譜歌を歌い終わった瞬間、正六角形の対角線を円で描いたような、雪の結晶のような紋を光が描く。そしてティアを中心として光が走る。まぶしさに目を閉じたあと、目を開ければ、そこには紫色の蒸気も何も無い。
「障気が、消えた……?」
「障気が持つ固定振動数と同じ振動をあたえたの。一時的な防御壁よ、長くは持たないわ」
「噂には聞いたことがあります。ユリアが残したと伝えられる七つの譜歌……。しかしアレは暗号が複雑で、読み取れたものがいなかったと……」
「詮索は後にしろよ大佐、さっさと逃げないとだ」
「……そうですね」
「行きましょう」
イオンの声を合図に、みんなはフーブラス川から移動する。
――――さて、アリエッタにああいったならカイツールでは人が死ぬことはないだろうが。
大爆発のことやルークのヴァンへの傾倒を少しでも削る為には、同調フォンスロットだけは開かせてはならない。そのためにはコーラル城でどう立ち回るべきか。この世界に来てからは、いつも何かと力を貸してくれていたエミヤは今ここにはいない。
考えろ、考えろ、考えろ。何が最善なのかを。
どうすればこの世界が変わるのかを。
はたして未来は望みどおりに運べるか否か。