――― other side in
「ジェイドの名刺とマクガヴァンのじーさんからの紹介状?」
「はっ。確認したところ、確かに本物のようです」
「そうか……今日はもう俺の仕事は終わってるよな、アスラン」
「……いえ、まだまだやらなければならない懸案事項はそれこそ…」
「なーに、『どうしても何がなんでも今日しなきゃならん事項』は、ない。そうだろう?」
「………………」
真面目で実直な将軍が困ったような顔をして、はいともいいえともいえないような質問をする。そんな彼の反応をみて、マルクト皇帝ピオニー九世陛下はクツクツと笑った。ひらひらと手を振って、フリングス将軍をからかうような口調で話す。
「おいおい、お前相変わらず固いなぁ。毎度毎度真面目にそんなに困ったような顔をするな」
「……性分ですので」
「ああ、そうだな。まあ俺はお前のそう言うところも気に入ってるんだ。で、アスラン。俺が直接見てみよう。あの二人が俺に会わせようとする人間だ。ここにつれてきてくれ」
「はっ! 承知いたしました」
そしてしばらく。フリングス将軍に連れられてこちらに歩いてくる彼に、ピオニーが彼に感じた第一印象は『刃』だった。
彼は刃の色をしていた。髪も、瞳も、きっと魂の色合いさえも。
戦うたびに折れて、砕かれて、ずたずたになって、それでもそのたびに打ち直して起き上がって血を吐きながら進んできた、そんな凡百の刃の中の輝き。
彼は、刃だ。
「紹介状と名刺は読んだ。お前が二人が俺に紹介したいといっていた『エミヤ』か?」
「いや、一部訂正させていただこう。私が貴公に会ってみたかったのだ」
「ほう?」
マルクトの皇帝に対しては尊大な態度だ。周りの臣下たちがざわめくのを、コツンと椅子を一つ指で叩くだけで納める。その力量に、顔には出さないがアーチャーは内心感心した。求心力というか、統率力というか、カリスマと言うか。
なるほど、流石はあの食えない大佐殿の幼馴染であり主人であるというだけはある。
「それではエミヤ。聞かせてくれるかな? お前はどうして俺に会いたいと思ったのか」
「―――この世界の未来の為なのだよ、ピオニー陛下」
「なに?」
「マルクト皇帝ピオニー九世陛下、人払いを願いたい。これは貴方の腹心殿と元老元帥にも話していないことでね……私がこれから話すことを信じるも信じないも貴方の自由だ」
――― other side out
うらぶれた城の前に立つ。城の中を吹きぬける風がどこか嘆き声のように聞こえた。廃墟じみた朽ちかけの城。もう長い間人が住むことがなかったはずなのに、どこか人の手が加えられているような印象を受ける城だ。
城壁に伸びる蔦はそれでもまだ辛うじて城を侵食しきってはいない。城の奥でざわめく気配がする。魔物もいるのだろう。
息が切れてのどの奥が熱い。今すぐにでも城に入ってしまいたいのだが、この状況では駄目だ。ここまで駆け通しだったせいで体力が根こそぎ落ちている。しかし時間がない。あと一分だけ休んで、そのまま突撃してしまおう。深呼吸をして、目を閉じる。
「……もう少し上手く立ち回れてるつもりだったんだけど、なぁ…」
『落ち込んでいても何もできないわ。そうでしょう?』
意図的に開いた記憶の扉から零れる声。いつか聞いたままの声に苦笑を返す。
「できることをやる、か。……でも、俺はどれだけ変えてこられたんだろうな」
死人は確実に減っている。それは自信をもって言える。けれどたどる道筋は、続く歴史は何がどれだけ変わっているのだろうか。変えることができるのだろうか。この世界に生まれたものでもない存在に。
『あなた馬鹿?』
「卑屈反対、ってか。……しかしどーも窘められてる、というか叱られてる時の声のほうがはっきり思い出せるってのは……情けないような気が……」
苦笑交じりに首を振る。
なあティア、俺はお前が見ててくれないとすぐにへたれちまうみたいだぜ。本当にどうしようもないヤツだよな。俺がもっとずっと強ければ、お前も皆も、あの時死なないで済んだんだろうか。そんな、もうどうしようもできない過ぎたことをいちいち考えてしまうんだ。
溜息を一つ、それだけで大切な約束を心の深いところにそっとしまいこんで鍵をかけた。柔らかな思い出を閉じる。感傷はこれまでだ。
深呼吸をして目を開く。鼓動の速度は大分戻っていた。
「立ち塞がるなら、」
切り捨ててでも。
自分に再度言い聞かせるように呟いた後、彼は剣を握って城の中へと走っていく。
「……な~るほど。音素振動数まで同じとはねぇ。これは完璧な存在ですよ」
「そんなことはどうでもいいよ。やつらがここにくる前に、情報を消さなきゃいけないんだ」
「そんなにここの情報が大事なら、アッシュにこのコーラル城を使わせなければよかったんですよ」
「あの馬鹿が無断で使ったんだ。後で閣下にお仕置きしてもらわないとね。……そろそろこっちの馬鹿もめざめるんじゃないの?」
「良いんですよ。どうせこの話を聞かれても分かりはしないんですから。それにもうコイツの同調―――」
影が降ってきた。その影はシンクを装置の下へと叩き落したかと思えばそのまま音もなくディストの真後ろに下りてきて、彼を問答無用で椅子から蹴落とした。ガタンと派手にいすが倒れる音がした次の瞬間、横倒しに倒れたディストの首下に刃を付き付けて床に押し伏せる。
埃と砂が頬に当たって気持ち悪いが、ディストは喚くこともできずに引きつったような声をあげるしかできなかった。
「ひぃっ……」
「なんだ?!」
「六神将の死神ディストと烈風のシンクだな。答えろ。―――――同調フォンスロットはもう開いたのか」
低い声だった。抑揚が無い。受身をとった体勢から持ち直したシンクがルークのほうへ動こうとすれば、ディストの首に突きつけられた刃が彼の首筋に少しだけ食い込み、彼は思わずごくりと唾を飲み込む。首筋に刃を突きつけられるというのは、それだけの動作でも首を突き破られてしまいそうな感覚だ。
「お前、なんで……」
「な、なんで貴方がそんなことを知って、」
「質問を許した覚えは無い。答えろ」
ルークの同調フォンスロットは、もう開いたのか。
呟く詰問は先ほどと同じもの。見えるのは何の感情も浮かんでいない、氷のような緑の瞳。ああ、この瞳に似た目をした何かを見たことがある。ディストは唐突にそう思って、けれど何に似ているのかが思い出せなかった。
いくら待っても答えない二人に郷を煮やしたのか、グレンは首筋に突きつけていた刃を思い切りディストの首の真横につきたてる。タン、と軽い音の割りに軽がると石作りの床につきたてられた刃の切れ味に、一気に血の気の下がる音が聞こえた気がした。
ゆっくりと床から引き抜き、再び刃先を押し当てる。今度は、それこそ唾でも飲めば簡単に喉が割けそうな場所を。
「次はないぞ、答えろ。…………同調フォンスロットを、開いたのか」
「ひ、開きましたよ、ええ開きました! それがアッシュとの交換条件だったのですからね!」
「ディスト、お前!」
「煩いですよ、いま殺されかかってるのは私なんですから! 私はやるべきことがあります、それを叶えるまでは死ぬわけには行かないんですよ!」
「―――――――――遅かった、のか……?」
ふと、感情が揺れたような声がした気がして視線を突然の侵入者のほうへと向ける。今まで何の感情も映していなかった緑の瞳に、一瞬絶望が過ぎった気がした。しかしすぐに立ちなおしたようで、剣を握った左手に力がこもったのが分かる。
グレンの瞳に湧き上がるのは気炎に満ちた激怒と憤怒。畜生、と呻いた後、ディストの襟元を掴んで持ち上げその後頭部を機器のほうへと押し付ける。がん、となんとも痛そうな音をたてて頭をぶつけられ、かわいそうに白髪の男は色んな意味で涙目だった。
「よくもやってくれたな……っ! 閉じろ! 今すぐあいつの同調フォンスロットを閉じろ、今すぐだ!」
「なん……」
「閉じろといっている! できないとは言わさん、できないというならここで死ね! 俺がこの手で殺してやる!」
「貴方は、何を言って……」
「閉じろといっているんだ!」
閉じろ、と命令しているということは自分ではあのフォミクリーの機械を操れないということだ。そして閉じるまでは、いくら口で殺すといっても殺すことなどできないだろう。閉じろというなら閉じればいいのだ、別に『計画』には閉じられても支障はないのだから。そう言う打算を働かせて、ディストが殺されかかっているというのにシンクは何も手を出さないままにしていた。
今のあいつはある意味無防備だ。何かひとつの事に必死になって、他の事にまで気配の全てが回っていない。今襲い掛かれば簡単に拳のひとつは入れられるだろう。けれど、何故、自分はそうしようとは思わないのか。
「あんた」
「っ?!」
フォミクリーの機械に頭を押さえつけられているディストから視線をはずし、殺気のこもった視線がこちらに向けられる。シンクはその視線を仮面の奥から見返して、ついとフォミクリーの装置の上で眠っている『ルーク』へと意識を向ける。
「同調フォンスロット、って言ってたなら、知ってるんでだろ? あいつがなんなのか」
「ああ、知っている。知っているさ、誰よりもな。だからどうした」
「へえ。じゃあ、あんたは何でそんなに必死になってんの? 代替品だろ、アレは。いなくなった本物の隙間を埋める為だけの劣化品じゃないか!」
「違うな。オリジナルはオリジナル、レプリカはレプリカとしてあいつはあいつだ。劣化品? 馬鹿馬鹿しい、あいつはルークで、あいつもルークだ。それだけのことだろう」
誰かと話していささか冷静さを取り戻したのか。ぐい、と冷静に首の後ろに刃をつきたてられて、仕方なさそうにディストは機械をいじりだす。指が動けば良いと足にでもつきたてられては叶わない。かたかたという操作盤を打つ音と、機械の駆動音。その手が変な動きをしないかを見つつ、グレンはシンクの方へと注意を向けた。
「誰かにとってはただの人形でもな。俺にとってはたった一つ、誰のかわりにもならない本物だ。俺にとっては叶わなかった夢の可能性そのもの」
「はっ……そのセリフをこの馬鹿のオリジナルが知ったらなんていうだろうね」
「さあな、知らねえよ。ただな、言わせて貰えば代替品として生まれたとして、なんでその通りに生きなきゃなんねぇんだ。生まれたからにはその生き方は自分のものだ、自分で選んで自分で決めればいい」
「言うね」
「事実だ。そうだ、シンク。俺の相棒が嫌って嫌って殺したいほど嫌って、それでもそいつの言葉の中で信じたひとつを教えてやろうか」
贋作が本物に劣ると誰が決めた。
偽物が本物にかなわない、なんて道理はない。
その言葉に、シンクの目が大きく開かれる。
「代替品にすらなれなかった? 違うな、代替品ごときにされるんじゃなくて、何にでもなれる自由に立ったと思うべきだったんだよ、お前は。それとディスト、お前に忠告しといてやる」
「忠告? 貴方が? 私の何を知っていると、」
「ゲルダ・ネビリムをレプリカとして蘇らせたとして。一緒に過ごした記憶も、約束も、時間も持っていないその存在を、顔も声も姿も似ているだけのその人をまえにして、お前はお前を知らないそのひとを、本当に彼女の名前で呼べるのか」
かたかたとリズミカルに動いていた指がぴくりと止まる。けれど止まった瞬間に首に感じる剣の切っ先に力が入った気がして、慌てて指を動かし始めた。グレンの言葉に驚いているのは、ディストもだがシンクもそうだ。彼の言葉はまるで二人が誰かを深く知っているような言い方だったのだから。
しかし、二人は彼を知らない。顔を見たこともない。誰かさんによく似た珍しい髪の色なのだから、一度でも会えば記憶に残っているようなものだが、それでも彼を知らない。彼を知らないのに、彼に知られている。それはひどく不愉快で不可解だ。
「アンタ、何者?」
「この間抜けで単純で真っ直ぐなバカの友達だよ。……どうしたディスト、もう終わったのか」
今まで動いていた指が止まって、グレンは刃先に意識を持っていって問いかける。ディストはええ、と答えた後、逡巡するように何事かを考えポツリと呟く。
「ですが……一度開いた同調フォンスロットは―――」
「知っている。それはこちらがどうにかする」
「……っ?! どうにかする? 馬鹿な、そんなことが」
「どうとでもなる。……また相棒には怒られそうだが。おいシンク、お前の懐に入ってる音譜盤よこせ」
「なんで知ってんのさ……というか、そう簡単に飲むと思う?」
「今はな。今はまだフォミクリーの技術的にコイツの協力が必要なんだろう?」
「……本当に、誰かみたいに嫌な奴だね、アンタは」
吐き捨てるような、嫌そうな声でぼやいてシンクは音譜盤をグレンの方へと放り投げる。その音譜盤を受け取って、グレンは口元だけで笑ってディストを解放した。剣は消さないまま、機械の中で眠るルークの近くにまで跳ぶ。ルークがまだ起きていないのを確認して、そして切っ先を再び二人のほうへ向けて宣言する。
「行け。今回だけは業腹だが見逃してやる。今ならまだひとつだけ方法がないわけじゃないからな。俺のことは黒幕には喋るなよ。これ以上俺の願いの妨げになるのなら―――容赦はしない」
緑の瞳の温度が再び凍る。この部屋にやって来たときと同じ無感情な声と表情。むりやり、何か、心を殺しているようにしか見えない。そうまでして、一体。
「アンタは、何がしたいんだ」
ポツリと零れてしまったシンクの疑問に、グレンはなんともいえない顔をする。
半分泣いているような、傲岸に笑っているような、それでもどこか迷っているような、揺れる表情を、一瞬だけ。
「俺は、俺自身のために俺の願いを叶えたいだけよ。……例え、誰かの願いを奪っても」
それでもできればたくさんの人がより幸いになれる、そんな世界にしたいと今でも願っているけれど。
シンクの仮面の奥の表情が怪訝そうなものになっているのが気配で分かる。妙に聡いのはイオンと一緒だろうか。全然似てないのに、やっぱある意味一卵性並に似ている。やれやれと首を振って、遠く聞こえる足音を示唆する。
「ほら、そろそろ来るみたいだぜ。見つかっていいのか?」
「ちっ……アリエッタは屋上に人質といる……ディスト、いくよ!」
「私に命令すんじゃありませんよ!」
引いた二人をみてほっとする。どうしようもなく立ち塞がるなら切り捨てる、そう決めた。
それでも、できるなら切り捨てることなく夢を叶えたいと願っている。欲張りなまでに手に届く限りたくさんの人を幸せにして。エミヤがいれば君は甘いと叱られるだろうか。それともそれでこそ私のマスターだと満足そうに笑うのだろうか。
眠るルークをみて、防げなかった出来事に拳を握った。
一度開いた同調フォンスロットは、閉じてしまっても完璧に開く前のようにはならない。ただの時間稼ぎだ。一度壊れた壁の間に薄い膜を張っているようなものにしかならない。ゆっくり、ゆっくり、水が膜を滲ませてゆくように音素は流れてゆくのだろう。
「俺が、絶対……どうにかするから」
ひとつだけ。ひとつだけ、方法はあるのだ。
ただ、きっと、ルークは怒ってイオンは泣いて、エミヤには叱られてしまだろう方法だったから、考えはしても実行だけはしないようにと思っていたことだったのだが……こうなってしまっては、仕方ない。
なに、これでもなかなかしぶといほうなのだ、気合でこの激動が終わるくらいまでは何が何でも持たせてみせよう。
聞こえる足音に目を閉じて剣を消す。腕を組んで、壁にもたれかかる。
「ルーク! ……っと、グレン?」
誰より早く駆け込んできたルークの使用人にグレンは目を開け、ようと片手を上げて答えた。やや時間を置いて、ジェイドとティア、アニスとイオンもこちらにやってくる。彼らはまずルークが眠らされているだけだとグレンに説明されてほっとして、しかしすぐに何がしかの装置に不安そうな顔をする。
その中でただ一人だけが顔色を変えていた。
「これは……!」
「大佐、何か知っているんですか?」
「いえ、確信が持てないかと……確信できたとしても……」
アニスの質問に言葉を濁し、ただじっと眠り続けているルークを見て表情を曇らせる。その表情にティアは心配そうにルークとジェイドの顔を見比べた。
「……大佐、何か知っているんですか? ルークは……」
「ルークは寝てるだけだ、ってさっき言っただろグランツ響長。ダイジョーブだよ。それより大佐、俺機械の操作はさっぱりでさ……早いとこコイツをとめてくれねえ?」
「そうですね……すぐに止めます」
かたかたとジェイドが操作盤をいじればヴオオオンと装置が駆動音を立て、その音に目を覚ましたらしいルークが瞼を震わせた。ルーク、ルーク、ルーク、ルーク様、と皆が口々に心配している中、今すぐどうこうなるわけではないと知っているだけ、グレンは冷静だった。
装置が完全に起動停止され、ルークがうめき声を上げながら上半身を起こす。
「うぇ……なんなんだよ、ったく……ってなんじゃこりゃ?! 何だこの機械?!」
「大丈夫? どこか体におかしいところは無い?」
「俺が分かるか? 記憶をまたなんてことは……」
「ルーク様、大丈夫ですかぁ」
口々に心配する仲間達の前でルークは一通り体を動かしているが、特段不審なところも見られない。がりがりと頭をかきながらぶっきらぼうに答えた。
「あー、別にどこも変じゃねえや……しっかし、あいつら俺に何するつもりだったんだ……?」
「その件だが、六神将の一人とやりあってな……妙な音譜盤を拾ったんだ。後でジェイドにでも調べてもらえば、やつ等が何しようとしてたかもちっとは分かるだろ」
「そっか…………んじゃとりあえず、ここどこだ?」
「ルーク、何も覚えてないのか?」
「あ? 確か、カイツールで……魔物に後ろから捕まって、そっからは……」
「そうじゃなくて。ここは、七年前誘拐されたお前が発見された場所なんだぞ」
「え……こんなボロそうなとこが?」
「ああ……何か思い出さないか?」
キョロキョロと辺りを見回して、腕を組んでうーんと考えて、もう一度見回して―――きっぱりと言い切った。
「なんっっっにも、ない! ムリ、思い出せねー。っつーか、何で家の城にこんな機械あるんだ?」
「さあ……旦那は何かあてがあるみたいだが」
「え、まじ? おいジェイド、この機械なんなんだよ!」
「やれやれ……さきほども言った気がしますがね。確信が持てないことは言わない主義なんですよ」
「なんじゃそりゃ。ケチくせーな」
「結構ですよ。それよりもルークは見つかりましたが船の整備士達は一体どこにいるのか……」
「あ……そうだ忘れてた。シンクからの伝言でな、アリエッタは人質と一緒に屋上へいるらしいぞ」
「アリエッタ……」
その名前に、ルークはやっと自分が何でこんなところへいるのかを思い出したらしい。思い出す、赤に染まった港と焔の匂い。かっと一気に頭に血を上らせて、憤怒の様子を思い切り表情に表す。
「グレン、屋上ってのはどっちだ!」
「うん? あっちの方向に真っ直ぐ進んでったら多分そうじゃないかな」
「よっしゃ、わかった。あんの魔物ヤロー、あいつ絶対一発ぶん殴ってやる!」
「あ、お手伝いいたしますよルーク様~」
「あ、こら待てルーク! 一応女の子なんだから殴ったら……!」
「ちょっと、あなたさっきまで捕まって……もう!」
機械から飛び降りて気合十分にかけていくルークと、大義名分の下にタルタロスでの仕返しができると踏んだのだろう、落ちていくときの叫びを実行しようとアニスがノリノリでついていく。そしてルークの発言に慌てた様子のガイが必死になって追いかけて、捕まって何かをされていたはずなのに、それを無視してつっこんでいくルークに呆れたような声をあげてティアも走る。
今まで機械を見て、難しい顔をしてじっと黙っていたイオンもその騒ぎにはっとして、「待ってください、アリエッタを傷つけないでください!」と声をあげながら追いかけていく。イオンと同じく厳しい顔をして機器を見ていたジェイドも、恐らくはみんなより少し離れたイオンの護衛なのだろう、気分を入れ替えたように溜息をついて追いかけていく。
……追いかけていこうとして、いつもなら真っ先にルークを追いかけていくだろうグレンが一人じっとそこで動く気配がないのを見やって、ジェイドはかすかに怪訝そうな表情をする。
「珍しいですね。あなたは行かないんですか?」
「……今行ったら、容赦なくアリエッタ殺す気になりそうだからやめとく。イオンが泣くの、嫌だし」
「……そうですか。ではあなたはここで待機しておいてください」
「ああ……あいつら頼んだぜ、大佐」
「子守は得意ではないのですが」
肩をすくめて走っていったジェイドの足音が聞こえなくなったのを確認して、グレンはゆっくりとルークが眠っていた機械のそばから操作盤のほうへと歩いていった。じろりとにらみつけるようにその操作盤を見て、しばらくはそのままだったのだが……おもむろに左手を振りかぶる。コンタミネーションで出した剣を握り、思い切り振り下ろした。
がしゃん、とガラスの割れるような音がして液晶画面が壊れ、もう一度剣を叩きつけると内部の機械と機械の配線だのが壊れて断ち切られ、ショートしたようにびりびりと小さな火花が上がる。そして最後の止めといわんばかりに思い切り深く剣を差し込んだ。
バチン、と何かが途切れるような音。ここまで壊せば完全に操作不能だろう。
思い切り舌打ちをして機械を蹴飛ばす。不機嫌そうな顔のまま、彼がその装置を壊し始めたときからそこにいた人物に向かって顔をあげた。
「お早いご到着ですね、ヴァン謡将」
「これは……気配を悟られておりましたか。私もまだまだですな」
「いえ、謡将閣下ほどのものなら殺そうとしても殺せぬ気配がこぼれるものです……ルークたちはアリエッタを追って屋上へと行きました。加勢に行かなくても宜しいのですか?」
「そうですね、私も早く行こうと思ってはいたのですが……あまりに貴公が必死になってその機械を壊していたもので、気になりまして―――その機械が何か、心当たりでも?」
腹の探りあいだ。ひとの良さそうな笑顔に一瞬観察者の目が灯り、しかしそれに気づいた素振も見せずにこちらも笑って返してみせる。
「いいえ。ただ、このワケワカラン機械にルークが囚われていました。何かは解らないにしても、また同じことがあってはたまらないので。謡将閣下こそ、何か心当たりはありませんか?」
「いいえ……私にもわかりません」
「そうですか」
不審な点は自分でも自画自賛したくなるほど溢してはいないと思う。いくらヴァンとはいえ、こちらの言葉が嘘かどうかはわかりかねるだろう。
ヴァンの方から視線をそらす。つい今しがた壊した機械を見ながら、屋上のほうから聞こえてくる破壊音にふと苦笑を溢した。
「おいそぎになられたほうがいいですよ、謡将。いくら六神将といえども、アレだけの人数を一人で相手をするには骨が折れる。ましてや、その中には弱体化させられたとは言えネクロマンサーもいる。……導師イオンも必死に庇うでしょうが、彼は彼女を殺そうとするでしょう」
「そうですな……アレはいささかやりすぎた。彼なら相手が少女とは言え容赦はしますまい。では私は行きますが……貴行は?」
「……行きません。俺がここに残っているのも、行ってしまったらルークを攫ったアリエッタを殺してしまいそうな自分がいることを自覚しているからです。行かないほうがいいでしょう」
「そうですか……では、こちらで待っておられてください。すぐに皆も降りてくるでしょうから」
「はい。お心遣い、感謝します」
頭を深く下げるでもなく、目礼だけに済ませる。それに特段怒りを表せるでもなく、彼は寛大な笑みを浮かべながら屋上の方へと歩いていく。
その背を見送りながら、グレンは憂鬱そうに呟いた。
「あー……大佐に頼んでエミヤに鳩飛ばすか。いや、国境越えてたらもう出せないのか? ってことはまた言わないでするって事になるんだから……うわぁ、なんて言い訳しよう……いや、ケセドニアの領事館で大佐に頼んで……」
ルークたちが帰ってくるまで、グレンはひたすらそのことについて頭を悩ませていた。