――― other side in
大広間。広い空間の中にただ一人だけ座って彼を待っていたピオニーは、響く足音に顔をあげた。そして入ってきた彼を見て、悪戯を練っている時のような顔をしてにやりと笑った。近付いてくる彼―――アーチャーに持っていた書類を渡しながら、これからの予定の確認をする。
「よお、エミヤ。頼まれてたことは大体ぜんぶ手配したぜ? 準備はできた。後はどれから実行するかだが……」
「ならば先に陸艦の手配を。ことを済ませば陸艦はそのまま次のあの町に行ってもらいたい。ダアトには……そうだな、私が直接行こう。途中でオラクル兵に襲われでもしたら目も当てられん。他は……まあおいおいで君の采配に任せよう。私がするよりは修正も効きにくいはずだ。お手並み拝見といこうか。それと、あの件のことだが」
「ああ……まあ、なんに使うかは分からんが、お前なら悪用もしないだろうしな。許そう。……後で基地の一番奥の部屋に行け。装置を組み立てたりで時間がかかるが、まあお前が言ってた日にまでは間に合うだろう」
「そうか。……くれぐれも、信用のできる人間でチームは編成してもらいたいのだが」
「わーかってるさ、安心しろ。俺はこれでもひとを見る目くらいはあるつもりでね。で、あいつ等も言ってたんだが……本当にあんなのでいいのか? もっとでっかいヤツのほうが……」
「いや、むしろアレでいってほしいのだ」
「それには何か意味が?」
「さてね、秘密だ」
「……おいおい、ここまで協力してるってのにまだ信用できないか、俺は」
「違う。むしろ逆だ。私もそれなりに王というものを見てきたが……その中でも君は素晴らしい王の部類に入るだろう。頭が固すぎるでもなく柔軟で、しかし無防備なわけではない。信頼できると言っていい」
「だったら……」
「だからこそ、なのだ」
そういって、アーチャーは体の向きを変える。書類の礼を言うようにひらひらと手を振り、静かな言葉をポツリと落とす。
「好奇心は猫を殺す。知ってしまえば言い訳は効かないのだよ。既に王の身でさまざまなものを負っているだろう。ここからは、民の命を預かる王の義務の範囲ではない。……負う必要のないものまで負わずともいい」
ではな、とそれだけを残して大広間から出て行った。
――― other side out
「も、ほんとスンマセン……気づけなくてスンマセン……」
「ぐ、グレン? あのな、大丈夫だって、な? 俺はほら、ぴんぴんしてるからさ」
ずーん。キャツベルトに乗ったときから、グレンはずっとこの調子だった。ジェイドが音譜盤の解析を確認していた時もルークが一般常識を首を傾げながら聞いてきた時もアニスがティアを疑わしそうな目で見ていたときも
ルークが訳がわからんと喚きだした今まで。そういえば、普通ならここでルークが喚いていたら解説に入るだろう人間が一言も喋ってない様な……と見てみればこれだ。
落ち込んでいる。それはもう見事に落ち込んでいる。部屋の隅っこのほうへ向かって膝を抱えて落ち込んでいる。
「書類も盗られちまうし……」
「い、一部だろ? 殆どはあったんだから……なあ旦那!」
「そうですね。盗られた情報が何かはわかりませんが、同位体研究の一部であるということだけは確かです」
「庇ってもらって怪我させちまうし……」
「怪我ぁ? いや、俺は怪我なんてしてないけど」
「…………」
宥めるように笑うガイの顔が見れない。分かっていたのに、防げなかった。自分のバカさ加減に泣きたくなる。熱くなるまぶたを無視しようと俯いた。イメージは甲羅に閉じこもってしまった亀だ。
そんなグレンの様子を見て、ルークの目が半眼になる。ガタリと無言で立ち上がった彼に周囲の視線が集中するが、それに気を配るでもない。そのまま何も言わずに背中を丸めるグレンの背後に立ち―――がつん、と思い切り背中に蹴りを入れた。
「ぐふぁ!」
「おい、ルーク?!」「ルーク!」「ルーク様?!」「おや」
見ていた周りがギョッとしたような顔をしているが、蹴られた本人は結構痛かったのか背中を押さえてふるふる震えている。何度か深呼吸をして痛みを堪えたのだろう、グレンはすごい勢いでルークのほうへ振り返った。
「……っの、痛えっつーの! マジで痛いなおい! 何すんだルーク!」
「うっせぇ! もう過ぎちまったことにうだうだうだうだ言ってんじゃねえよ、うっとーしいな!」
振り返ってくわっと主張すれば、がおうと吼え返された。え、誰これ。俺ってこんな顔して怒れたっけ。グレンがついそう思ってしまうくらいの表情だった。背後に虎でも見えてきそうなそのあまりの剣幕に、思わずグレンも顔が引きつる。
「ル、ルーク?」
「お前がぐじぐじしてんのは気に食わねえんだよ、俺が! 見てて苛苛するからやめろよ馬鹿!」
「おまえ言ってることめちゃくちゃ…」
「グレンは、いつも無駄に自信満々でへらへらしてりゃ良いんだ!」
「……なんじゃそりゃ」
「無駄に落ち着いてて、俺に知らねーこと馬鹿丁寧に教えて、妙に大人みたいなこと言うくせにそれでも時々は俺よりも餓鬼みたいに遊びまわって、イオンも巻き込んで、グレンはいつもそうしてりゃ良いんだ! いつまでも暗くなってんじゃねーよこのバーカ!」
散々罵倒して少しは鬱憤が晴れたのか、ふんと顔を逸らして「外の空気を吸ってくる」といって部屋から出て行ってしまった。しばらくの間みんなと共にぽかーんとしていたグレンだったが、やがてくく、と小さく笑いはじめる。がりがりと頭をかきながら、声をあげて笑い始めた。
「ははは! ったく、本当に不器用なヤツだなぁ、ルークは」
笑いながら立ち上がったグレンは、もういつものグレンだ。口元に緩い感じの笑みを浮かべてガイの肩を軽く叩き、「庇ってもらって助かったぜ」と言ってきたのでガイはああと頷く。本当はグレンとしてはもう今ここでカースロットを解いてもらいたかったのだが、まだカースロットが発動していない状況でそれを指摘してはジェイドあたりに怪しまれてしまう。
やはりテオルの森でか、と溜息をつきそうになるがそれは綺麗に押さえ込む。船室から出る扉を開けて、みんなに向かって手をひらひらと振った。
「…………んじゃ、ちょっくら宥めに行ってくる」
甲板に出る途中の廊下。腕組みをしながら睨みつけるように海と空を眺める赤い髪を見つけて、グレンは声をかけた。
「ルーク!」
「…………」
「やー、見つけた見つけた。さっきは悪かったな。確かにいつまでもぐずぐず落ち込んでても何にもなんねーよ。……ありがとな」
「…………ふん」
「しっかし、ルーク……お前慰め方が壊滅的に下手だなー。解るやつならいいけど、解らないヤツならただ罵倒されてるようにしか聞こえなかったぞ、さっきの」
「っへ。どーせグレンは俺が言わなくても解ってるんだろ」
「ん? まあな。ルークは不器用だって知ってるからなぁ」
「………………」
礼を言うようにぽんぽんと背中を軽く叩くグレンをじろっと横目で見やって、すぐにそらす。視線は窓へ。窓越しに見える青い海。それをぼんやりと眺めながら、ルークはポツリと聞いてきた。
「……グレンはさ」
「ん?」
「グレンは、どうして俺のこと解ってくれるんだ?」
「どうした、急に」
「俺、俺のこと解ってくれるのってずっとヴァン師匠だけだと思ってた」
その言葉に、ああそうだなとグレンは内心で頷いていた。
そうだな。そう思ってた。世界で一人だけだと思ってた。でもな、ルーク。そうじゃないんだよ。そうじゃない。解ってくれるのは、一人だけじゃない。
必死になって、がむしゃらになって、みっともないとこばかりでも見捨てずにずっと見ててくれた人。
前に進めると信じて待ってくれていた人。
もう一人の幼馴染だと言ってくれた人、落ち込んだときに背中を叩いて励ましてくれた人、いつも後手に回ってしまう旅の中で、それでも常に解決策を指し示してくれた人。
いつもいつも優しいといってくれた人、また遊ぼうねと無邪気に笑っていた人、命を懸けて背中を押してくれた人達も。
何人も何人もいる。俺にだってできたんだ。俺よりも随分マシなお前なら、きっともっとできるはずだ。解ってくれた人、解ろうとしてくれる人、生きていればこれからも何人だって増えていく。
「なあ、ルーク。世界ってさ、結構広いんだぜ」
「……知ってる、それくらい」
「そうだな。でもさ、本当に広いんだ。お前の世界は今までバチカルのあの屋敷の中だけだったから、ヴァン謡将しかいなかったんだよ。世界にはきっと、まだまだたくさんいるぜ? お前を解ってくれる人ってのはさ。お前が会ってないだけで、気づいていないだけで、きっといる」
「……そう言うもんなのか?」
「ああ、そーゆーもんだよ。でもな、ルーク。解ってほしい、だけじゃ駄目なんだよ。解ってほしいなら、相手のことをわかろうとしなければいけない。そう言う気持ちで相手と接して、相手も同じ気持ちになってくれてはじめて『解って』くれるんだ。理解しあう、ってのはそう言うのじゃないのかな」
「俺には難しすぎるっつーの……」
「ははは、まあお前って結構不器用だからなぁ」
笑って、もう半分癖になっているようにぐりぐりと頭をなでる。エミヤに頭を撫でられて嬉しかったからか、どうやらその時から癖になってしまったようだ。
「でもさ、俺はお前のそういうお前らしいとこ、結構気に入ってるんだぜ。そりゃあ、ちょっとコミュニケーションレベルが低いところは努力するとして。……でも、本質的にはルークはルークのままでいいよ」
「……んだよ、それ。俺に変われって言ってるのか変わらなくていいって言ってんのか、わけわかんねえよ」
「んー……だからさー、円滑なコミュニケーションを結べるようになって欲しいけど、不器用な優しいルークのままでいて欲しいって言うかさー」
「だから……ん? なんだ、兵が走って……」
「報告いたします!」
しばらく同じことの言い合いになりそうだったとき、がしゃがしゃと鎧が擦れる音がしてキムラスカの兵がこちらにやってきた。息を切らしながら臣下の礼をとり、早口でまくし立てる。
「ケセドニア方面から多数の魔物と……正体不明の譜業反応が!」
その声が終わったと同時、グレンは窓にかじりつく。視認できる距離に見える点を確認し、舌打ちをすると同時にルークに口早に伝える。
「ルーク、この廊下は俺が防ぐ! お前はすぐみんなを呼んできてくれ!」
「解った! ……またへまして怪我すんじゃねーぞ、グレン!」
「はいはい解ってるよ! ……伝令兵、ここの兵力は?」
「は、連絡線ですのでさほどは……要人護衛とはいえせいぜいが20人くらいです」
「……ったく、そんなんであの魔物の量さばけねーだろ。ルークとイオンは俺たちが護るから、下手に出てくるなっていっとけ! 自分の身は自分で護れってな!」
「ですが、我々はキムラスカ兵で……!」
「だああああ、命が一番だっつーの! 俺らが告げ口しなきゃいーんだろーが、ぶっちゃけ足手まといだって言ってんだ! 俺これでも色々といっぱいいっぱいなんだよ! 助けてやれねーから自分の身は頼むから自分で護ってくれよ! 解ったらさっさと行け!」
「は、はい!」
ばたばたと走っていく後姿を見やってほっと息を吐く。優先順位以下を、もう命をかけては護れない。やらなければならないことがあるから、それまでは何があっても死ねないのだ。それでも死んでほしくないと思ったら、自分の身は自分で護ってもらうまでだ。
左手に剣を握る。前衛は魔物。とは言え狭い船の廊下は飛行の魔物には向かないので、恐らく後衛のオラクル兵が出てくるのだろう。しばらくすれば予想通り、雄たけびを上げながら突撃してくる人間を見て、グレンは苦々しく顔を歪める。
「悪いな、」
一人。心臓部分を深く突く。次の一人は袈裟切りに、次の一人は顔面を鎧ごと。
手際よく捌かれた仲間をみて、オラクル兵も流石に一瞬躊躇する。そんな彼らに、グレンは一言宣言した。
「切り捨てるぜ」
イオンがいたら、きっと泣きそうだと評した表情で。
しばらく廊下で奮戦していれば、背後から足音。加勢に放たれる譜術でいくぶん楽になる。血まみれの死体が並ぶところだというのにイオンとルークまできていたことにグレンは厳しい表情をしたのだが、タルタロスのときのようにいきなり船室の窓をぶち破って兵がなだれ込む、という可能性も考慮して、二人を連れてきたようだ。
そういわれてしまっては、文句も言えない。
「ルーク、ムリすんなよ」
「……っ、平気だっつーの」
「青い顔して言えたセリフじゃねーが……まあいい。ここに来ないってことは、総大将は上だろう。とっとと終わらせるに限る」
「……でもー、どうしてオラクル兵が襲ってくるの?」
軽く走りながら、ほとほと疲れたような声でアニスがぼやく。タルタロスにしろセントビナー封鎖にしろフーブラス川にカイツール、コーラル城。延々と続くオラクルとの追いかけっこにいい加減うんざりしているようだ。
そのボヤキに少し考えて返したのはティアだった。
「海上で襲われたら逃げ場がないわ。もしかしたら、敵の狙いはそこだったのかも知れないわね」
聞けば、なるほど、と納得してしまいそうな答えではあった。けれどそれをきっぱりと否定したのがジェイドだ。
「いえ……ただ無計画なだけでしょう」
「はれ? 大佐、何だかやたらにテンション低くないですか?」
「気のせいですよ。それこそ面倒なことになる前にブリッジに急ぎましょう」
そうやってアニスの問いを軽く流しながら、ジェイドはこっそり一人でものすごく嫌そうに呟く。
「この一見計画性のありそうな、そのくせ、胡散臭い襲撃……。私の予感が的中しなければいいのですが……」
魔物を蹴散らしながら船尾へ出て、辺りを見ても指揮官らしき人物は誰もいない。キョロキョロと辺りを見回していれば、突然ご機嫌な哄笑が空から聞こえてきた。
一斉に空を見上げる。そこには、血色の悪そうな色素の薄い髪の男が空飛ぶいすに乗って大笑いしていた。はっきり言って、あまり関わり合いになりたくないタイプの人間だ。
子どもがいたら視線を合わせちゃいけません、と親に言われるだろう感じのタイプ。怪しさが爆発だ。
「ハーッハッハッハッハッ! ハーッハッハッハッハッ! 野蛮な猿ども、とくと聞くがいい。美しき我が名を。我こそはオラクル六神将、薔薇の……」
「おや、洟垂れディストじゃないですか」
「薔薇! バ・ラ! 薔薇のディスト様だ!」
「死神ディストでしょ」
「だまらっしゃい! そんな二つ名、認めるかぁ! 薔薇だ、バラぁっ!」
ジェイドの紹介と、アニスの訂正になんだか強気で抗議している。手足をじたばたさせてうっかり椅子から転げ落ちそうになって慌てて体勢を整えて……ああ、必死と言ってもいい。なんだか緊張感が微妙に抜けてしまって、ルークはどういうことだ、と軍人おっきいのとちっさいのに声をかけた。
「何だよ、知り合いか?」
「私は同じオラクル騎士団だから……。でも大佐は……?」
「そこの陰険ジェイドは、この天才ディスト様のかつての友」
アニス問いに、突然ディストの妙な動きが止まった。おもむろに足を組み椅子に腕を置き、やたらめったら自慢げにそう答えた。微妙に嬉しそうに答えてたのは気のせいか? なんて物好きな。
そしてそれに対するジェイドの答えがと言うと、
「どこのジェイドですか? そんな物好きは」
「なんですって!?」
「ほらほら、怒るとまた鼻水がでますよ」
「キィーーーー! 出ませんよ!」
二人でコントを繰り広げている様子……とうか一方的にジェイドがディストをいじくっている様子をみて、ルークは半眼になったり呆れたりだ。間違いない、ディスト。お前のほうが物好きだ。マゾか。
「あほらし……」
「こういうのを、おいてきぼりって言うんだな……」
「つーかさ、ディストの椅子って何で浮いてんの。とかは誰もつっこまないんだな」
「…………まぁいいでしょう。さあ、音譜盤のデータを出しなさい!」
ガイと一緒に溜息をついた後ろでグレンのぼやくような言葉が聞こえた気がするが、まあそれはおいといて。流石にこのままでは埒が明かないと思ったのか、ディストはぜーはー深呼吸をしながら手を差し出した。
とんでもなく偉そうな動作だが、なんと言うか……いろいろ今更だった。
そんなディストにジェイドはごくごく普通に「これですか?」などといって見せる。それを見て、隙あり、とばかりに椅子が急降下してジェイドの手からデータを奪っていく。皆がしまった、と言う顔をしているからかディストはご満悦そうだったのだが。
「ハハハッ! 油断しましたねジェイド!」
「差し上げますよ。その書類の内容は、すべて覚えましたから」
敵味方問わず、思わず一斉にジェイドのほうを見る。解っていたが、エミヤはエミヤで人外だがコイツも結構人外だ。
「! ムキーーーー!! 猿が私を小馬鹿にして! このスーパーウルトラゴージャスな技をくらって後悔するがいい!」
「あ、大佐。譜術でこの床一体を水浸しにしてくれね?」
「は? 何のつもりか知りませんが……荒れ狂う流れよ!」
「いでよ、カイザーディストR!」
ディストの声に呼応するかのように降ってきた大型の譜業。ガイがちょっと目を輝かせたことは見なかったことにして、ルークたちは戦闘体勢を取る。
そしてカイザーディストRが唸りを上げて突撃しようとした時!
つるん、と。
その後に続くのはガシャンガリガリガリガリばちばち……がががドカン! だった。音だけであらわすなら。
まず、Rが突撃をしようとして、足の裏のローラーを回したのだが、ご丁寧にグレンの申し出どおりにこれでもかというくらい水浸しだった床の上でコントのようにすっ転んだのだ。そして不運なことに横倒しになった勢いでドリルが跳ね返り自分の装甲に思い切りダイビングし、あっと言う間に突き抜けた。さすがだ、カイザーディストR。ドリルの威力も最高級。矛盾の成り立ちは成立せず矛が勝ったらしい。皮肉すぎる。
そしてばちばち、と怪しげな音を立てて小さな煙と放電をして、それを見たジェイドはいい笑顔で更に譜術をぶっ放し……結果は。
海上に呼んだというのに耐水加工零といううっかりで見事芸術的に爆発しました。
ついでにその爆破がディストを巻き込むように譜術をぶっぱなしていたのはジェイドだったりします。
「うわぁ……」「流石にカワイソー……」「えげつなー……」「…………まあ、こちらの被害は少ない方法だけど」「ディスト、大丈夫でしょうか……」
後ろのぼやきもなんのその、ジェイドとグレンはこのときばかりはいい笑顔でお互いを称えていた。流石だぜ大佐、いい譜術だ。いいえ、あなたも面白い倒し方を考えてくれたものです。目で会話をしている。エミヤとジェイドの相性は最悪だったが、グレンとはそこまで最悪と言う訳ではないらしい。すくなくともディストの不憫な倒し方、と言う点については。
因みにグレン的には切り捨てられるよりは良いだろ。立ち塞がるなら砕くまで! ということらしい。コーラル城のことは結構根に持っているようだ。
一応イオンの心配にジェイドが答えていたのだが、その回答が「殺して死ぬような男ではありませんよ。ゴキブリ並みの生命力ですから」とのこと。本気でディストがかわいそうに見えてくるのは何故だろう。
「さて、私はブリッジを見てきます」
「俺も行こう。残りのみんなはルークとイオンのお守りを頼む」
「あれ? ガイってば、もしかして私たちが怖いのかな?」
悪戯っ子なにんまりとした笑みを浮かべながら近寄ってくるアニスに、散々トラウマじみたものが積もっているのかガイは一気に顔色を悪くする。
「ち、ちがうぞ! 違うからなっ!」
声がひっくり返ってるよ、というつっこみはしないのが慈悲というものだ。そのまま逃げていくガイを見送って、ルークはガリガリと頭をかいた。
「じゃ、カイツールみたいに怪我人いたらティアのとこへつれてけばいいのか?」
「ああ、とりあえずはそんな感じだろーよ。多分殆どはブリッジにいるだろうが、真面目なのが出てたらなぁ……俺はあっち行くからルークはそっち頼む」
「へーいへい。ったく……バチカルまであと少しだってのにハランバンジョーだぜ」
面倒くさそうにぼやくルークだったが、ふと気づけばグレンがなにやら嬉しそうににやにやしているではないか。微妙に引き気味になる。
「おい……なんだよ」
「いや…誰かが言う前にちゃんと自分で考えることが板についてきたなーってな。嬉しくてさぁ」
「な、こ……この前と同じ状況だったら流石にわかるっつーの! 俺を馬鹿にすんじゃねえ!」
「いやー、昔の俺は普通に考え無しに誰かに何すれば良いんだ、って聞くだけだったからさー。それにくらべるとやっぱりルークはすごいよ。うん、それが嬉しいんだ」
「…馬鹿いってんじゃねえよ。俺もう行くからな!」
三十六計逃げるに如かず。重度の照れ屋なルークは逃げるように走っていく。その後姿を見送ってクツクツと笑いながら、空を見上げた。
セントビナーでも見上げた青い空。ずっと遠くに見える音譜帯。白い雲。
「バチカルまでもう少し、か……」
本当に小声で呟かれた彼の言葉に微かに混じっていた憂鬱そうな響きは、誰にも届かず消えていく。