赤ばかり。(嫌な色だ)
皆が動かない。(皆ってだれだよ)
駆け寄りたいのに動けない。(どうして動けないんだ)
心に満ちているのは絶望。(こんな気持ち、俺は知らない)
―――砂嵐がひどくなる。ざあざあと嫌な耳鳴りが
始まる崩落。(地面が割れる?)
落ちていく。(どこへ?)
どれだけ手を伸ばしても。(届かない? 何に?)
―――視界が。黒い滲みに侵食される。砂嵐はハウリング現象を起こしたように反響して頭が痛い。音が、聞こえなくなって
喉の痛みを無視して叫ぶ。(泣いてるんだろうか)
笑う赤い瞳。(恐い)
振り下ろされる刃。(目が焼ける)
―――白い光に呑まれて消えた
突然船室の扉が殴り飛ばすような勢いで開かれた。他愛もない話をしていた人たちが驚いた様な顔をしてその突然の闖入者に視線を向ける。そこには、どこか呆然とした風に突っ立っていた赤い髪の王族殿。
バチカルにつくまでちょっと休んでる、と言ったグレンと同じく、グレンがいないなら昼寝でもしてると言い出して寝ていたはずなのに、一体どうしたのか。彼はどこかふらふらとした足取りで部屋の中へ入ってきた。
「ルーク、どうかしたの?」
ふらふらとしながらも、なぜか真っ直ぐこちらに歩いてくるルークにティアは軽く首を傾げるが、彼は何も答えない。どうにも様子が変だ。いつもは傲慢なまでの輝きを宿している緑の瞳は茫漠としていて、どこか弱弱しい。顔色も悪いように見える。これは尋常ではない。ティアが怪訝そうに眉を寄せ、ガイが不審そうにルークの名を呼ぼうとした時。
がしり、とティアの両肩をルークが掴む。え、と思わず目を丸くする彼女の顔を覗き込むようにルークは体をかがめ、そして突然がくんがくんと彼女の肩を前後に揺すりだしたのだ。
突然の坊ちゃんご乱心に一同は目が点だ。
「ちょ、ルー、なに、やっ…………ああもう!」
「おいおいおいおいおいおいおい、ちょっと待てルーク! 何してんだお前?!」
いかん、このままじゃコイツ殴られる! 真っ先に正気に戻ったガイはそんな確信のもと、大慌てでルークの肩に手を置いた。その瞬間、ルークは今まで散々脳味噌シェイクを食らわせていたティアのことなど放ってくるりと体の向きを変え、今度はガイの両頬に向かって手を伸ばし、
「…………痛た! おーい、ルーク? 何や……痛! おい!」
みょーんと引っ張って伸ばし始めた。訳が解らない奇行だ。そして彼の奇行はこれだけではなかった。しばらく皆の無言の注目の中みょんみょんとガイの頬を引っ張っていたかと思えば、今度はジェイドのほうに近付き無言でぽすりと軽く一発拳を入れるし、イオンの方へと歩いていたルークの前に咄嗟に出たアニスはぐるぐる回されるし、全く以って訳が解らない。
終始無言で奇行を行った彼はやがて満足したのかずるずると壁伝いにへたり込んだ。
「…………ゆめ?」
ポツリと小さく呟かれた言葉を耳ざとく拾ったイオンが、少し考えこむ。そして一応止めようとするアニスに大丈夫ですよと笑いかけ、ひょこりと体を屈めてへたれ込んでいるルークと視線を合わせ、口を開いた。
「ルーク、どうしたんですか。嫌な夢でも見たんですか?」
「…あ?」
イオンの言葉にルークの緑の目に光が灯る。やっと正気が戻ってきたらしいルークはキョトンとしていたが、あれ、と呟き辺りをくるりと見回して、なにやらポカンとした顔で、
「……俺、なんであんなことやったんだ?」
などと、とんでもないことを仰った。冗談かと思ったが、真面目に本気らしい。自分がやったことを覚えているのに、本当にどうしてあんなことをやったのか自分でも解らないといった顔をしていた。
どうしたと言うのだろう、ファブレ公爵の息子には別に夢遊病の気はなかったように思うのだが。そんなことを思いながらも、今はもういつものルークだということに少しほっとして、ガイは苦笑しながらぼやく。
「いや、それはむしろ俺らが聞きたいんだが」
「大丈夫ですかぁ、ルーク様ー」
「夢、と言っていましたね。何か変な夢でも?」
ジェイドの言葉にルークはしばし考え込み、思い切り眉間にしわを寄せ、半分唸り声混じりに答えた。
「夢……そうだ、なんか嫌な夢見たんだ」
「嫌な夢……ですか?」
「ああ。っかしいな……妙にハッキリした夢だったのに、もう何にも思い出せねーや」
本気で訳が解らなさそうにがりがりと頭をかいて、ルークは首を傾げる。
「……誰の夢を見てたんだっけ…?」
船がバチカルの港に入る。ゴールドバーグとセシル少将の出迎えを受けて、それぞれが自己紹介をしていく段になってグレンはしまったと思った。
マルクト皇帝の懐刀、ローレライ教団の導師、その守護役、大詠師直属の情報部旗下、そして坊ちゃんはこの国の王族。よくよく考えてみたら実はこいつら結構すごい顔ぶれだ。そのなかでぽつんとただの旅人です、とくればこれはもう……目立つじゃねえか! いやまてよ、一応ガイはまだマルクト貴族だって気づかれてないんだから大丈夫、か?
もんもんと考え込み、一人だけ黙って自己紹介をしようとしないグレンをゴールドバーグが目に留め、その髪の色をみて怪訝そうに目を細めた。ああもう目ざといな、気付いてくれなければいいのに。
「……ルーク殿、そちらのお方は?」
「ああ、コイツか? 旅先であった俺のダチ」
「は……?」
ルーク! それ答えになってないって! ついうっかりびしっとつっこみを入れたくなったが、キムラスカの首都バチカルで、何のバックも持たないただの旅人状態が、よりにもよってキムラスカの将軍二人の前でそんなマネをしたら確実に不敬罪に問われるだろう。
こういうときはどうするんだっけ。ああ、大概は礼を取られる側だったからどうすれば良いかなんてよく分からん。しかたなしに、連絡線でみたキムラスカ兵の伝令の時の礼を思い出し片膝をつく。変な動きになっていないかとグレンは結構どきどきだったのだが、実はなかなか流麗な礼の動作だった。
その流麗さに将軍は少し目を大きくするが、頭を俯きがちにたれているグレンは気づかない。
「私は旅先でルーク殿と会い、バチカルまでの護衛を頼まれた雇われの護衛です。わざわざ閣下のお耳に入れるほどのことではないと思い黙っておりましたが、私の名はグレンと申します。どうぞお見知りおきを」
「さようですか……失礼ですが、出身を聞いても……?」
「ご安心を。たしかによく似た目と髪の色ですが、偶然です。私はマルクトの生まれですので」
探るように声をかけてくる将軍に小さく笑いを溢して、安心させるために相手の目を見て話した。ああしかしどうしようかエミヤ、俺お前とあってから相手の目を見て嘘をつけるようになっちまったよ。
ジェイドあたりに見られたらにやにやした顔で笑われるだろうなぁ。人間日々進歩、頑張りやですねぇとか。ティアは、うーん……誉めるに誉められなくて困った顔でもしそうだ。アニスは面白がってガイは苦笑してナタリアだったら……逆に怒られそうだな。嘘がつけない王族って致命的なのに。良いことなのか悪いことなのか……まあナタリアみたいな生き方なら誠実って点では敵国だろうが信用はしてくれるだろうし、信用ってのが国には大事だからやぱナタリアの怒りもあながち間違いでは……いやでも嘘をつかない、じゃなくて嘘をつけない、っていうのはどうだろう。難しいな。
心中で複雑な思いを抱きながらも出された彼の解答に、己が問いたかったことを察せられたと解ったのだろう。ゴールドバーグはグレンの目をしばし見て小さく頷き「そうですか」と言った後はそれ以上の追及は諦めてくれた。
「ではルーク様は私どもバチカル守備隊とご自宅へ……」
「待ってくれ! 俺はイオンから叔父上への取次ぎを頼まれたんだ。俺が城へ連れて行く!」
「ありがとうございます、心強いです」
「ルーク、見直したわ。あなたも自分の責任をきちんと理解しているのね」
「うぐ……うん、まあ……」
イオンの礼とティアの言葉に、なんとも言えない声をあげるルークの心境をしっかり知っているグレンとしては、少し溜息をつきたい所だったのだが。まあ、ある意味仕方ないとも言える。ルークの頭の中にはヴァンを疑うということ自体が生まれないのだから。
できることならアクゼリュスも降下でどうにかしたいのだが……どうしたものか。せめてエミヤがいれば魔術とやらの暗示の重ね掛けなどでどうにかできたかもしれないのだが、今はいないのだから仕方ない。……まあ、暗示の重ねがけという器用な真似などできない、とも言われそうだが。
「承知しました。ならば公爵家への使いをセシル少将に頼みましょう。セシル将軍、行ってくれるな?」
「了解です」
「……ではルーク。案内をお願いします」
「……おう、行くぞ。っつーかさ、グレン。もうあいつら行ったぞ。いつまでその姿勢してるつもりだ?」
ルークの声にはっとする。相手は去ってしまったというのに、未だに片膝をついて礼をとる体勢だった。立ち上がって、ついていた膝の土を払う。
「いやぁ、とちっちゃやべえと思って緊張してな」
「ふーん……お前が緊張ねぇ」
「まて、ルーク。俺を何だと思ってる?」
「おっしゃ、行くか」
「おいこらルーク! 心なしかお前俺の扱いぞんざいになってねぇ?!」
「っはは! さーてな!」
「あ、まて!」
「あ、ルーク様! ……って、あーあ、行っちゃった」
「やれやれ、お二人はお元気ですねぇ」
「ルーク! 他のお客さんに迷惑ならないように……だめだ、聞こえてねーや」
「本当に子どもなんだから……」
「僕たちも行きましょう」
賑やかな二人を追って、皆もおいおいで乗り込んだ。丁度人数に達したらしい天空客車の扉ががたんと閉まり、ガラガラと滑車の回る音がする。出だしは少し揺れはするが、登り始めればその揺れは少なくなって安定してきた。流石は風に吹かれても揺れないようにと職人たちが額をつき合わせて悩みながら設計した、といわれる客車なだけはある。
不動の如く安定し出せば、いくら高いといっても下を見たくなるのは人のさがということで。客車はぐんぐん上にまで張られたロープを登り、そうすれば眼下に広がるのはバチカルの町並みだ。
「……すっごい町! 縦長だよぉ」
「チーグルの森の何倍もあるですの!」
アニスとミュウが目を輝かせて町並みを眺めている。
客車の高度が上がれば上がるほど見えてくる、バチカルの雄大さ。光の王都と呼ぶに相応しい大きな町だ。巨大な譜石が落下してできたクレーターにそって作られたため、その町自体の高度が恐ろしいほど高い。高く天に向かって建築されたその頂上には王城がそびえ立ち、そこに行くには昇降機を乗り継ぎせねばならないほどだった。
高度が上がっていくごとに見える町並みは本当に大きい。それを見ながらも、しかしルークの表情はだんだんとしかめっ面になっていく。
「ちぇ、これがバチカルか……ちっとも帰ってきた気がしねえや」
「そうか……記憶を失ってから外には出てなかったっけな」
「大丈夫。覚えてなくてもこれから知っていけばいいのよ」
「僕もティアの言うとおりだと思いますよ、ルーク」
「これからねぇ……家に帰ったらまたどーせ軟禁生活再びー、ってのに」
ルークがぼそっと呟いた言葉だったが、恐らくは真実だろう。ジェイド以外はおおむね表情を曇らせてしまったのを見て、慌ててグレンがフォローに入った。
「まーまーまー、拗ねんなって。じゃあさルーク、王城に行く前にちょっとバチカル回ってみねえか?」
「あー、そりゃ行きてーけどさ…………母上が心配してるかもしれねーし、今度かなぁ。さっさと顔見せとかないとなー。でも、その今度がいつになるか分かんねーのがしゃくだけど。あーあ、マジでたりぃ」
「そっか、それじゃあしょうがない……ってか、何気にルークって孝行息子?」
「だっからなんでそーなるんだよッ! 普通だろ!」
「いやいや、照れるな照れるな」
「照れてねーっつの!」
ぎゃあぎゃあ言い合っているうちにルークは元気が出てきたようで、いつもの彼の調子を取り戻している。やがて客車の動きが止まった。ごうん、という駆動音の後にガシャリと扉が開く。高所だけあって風が強い。上層の方に掲げられた国旗は常に垂れ下がることなく風にはためいている。
ルークは真っ先に客車から出て伸びをし、なんだかんだいいながらも感心したように町並みを見下ろしていた。びゅうと吹き上がる風に前髪が揺れ、その風の強さに目を細めた。
「分かってたけど、高いなー」
「はは、さすがバチカルってとこ……お? あいつらはもしかして」
「どうしたガイ……って、ああああ! あいつ、もが!」
「静かにしろってルーク。気付かれて無いなら、こっそり近付くまでだ。またスリでもしてるようならとっ捕まえりゃいいんだからよ」
聞こえた言葉に振り向き、視線を追えばその先にいるのはケセドニアで出くわした三人組。漆黒の翼の三人がオラクル兵と会話していたところを目撃して、思わず声をあげてしまいそうになったルークの口を塞ぎながらひそひそとグレンが囁く。
グレンの言葉にそりゃそうだな、と納得したルークの顔は悪党を捕まえなければという義務感よりも悪戯っこのような色のほうが強くて、生真面目なティアは眉をひそめているがガイあたりは笑っていた。
「……なるほど。ソイツはあたしらの得意分野だ」
「報酬は弾んでもらうでゲスよ」
「しかしコイツは一大仕事になりますね、ノワール様」
「えーっと……どこに忍び込むんでしたっけ、で、げす」
「まったく、あんたの頭はすっからかんなのかい? 明日、」
「「ノワール様!」」
「おやん?」
子分二人分の必死そうな声に、今にも説明しだしそうだったノワールの口が止まる。もしかしなくても結構このひとも変なところでアバウトなのかもしれない。グレンはしみじみそう思った。
対して漆黒の翼の後方辺りで屈んで話を伺っていたグレンとルークをみて、ノワール達の気配がぴんと張り詰める。ノワールがさっと子分二人に目を配るが、二人ともそろって小さく首を振るだけだ。一体どこから聞かれていたのか。それを問うために口を開こうとして、
「ち、ばれたか」
「なあグレン、お前少しは声真似くらいしろよ。ばればれだろ」
「でもあのねーちゃん言いそうだったぜ。それに声真似って言うならルークやってみろよ。あれ結構難しいんだから」
「ええ? えーっと……ゲス、ゲス、弾んでもらうでゲス、なんか違うな。じゃあえーっと、あー、あー、あー……俺たちは漆黒の翼のー……うわ、うまくいかねー」
「なあルーク、きもいぞ、その声」
「なんだとぉ?!」
「き、貴様等! こんなところで何やってんでゲスか!」
「ノワール様……俺の声って、きもいんでしょうか」
「バカなこと言いってんじゃないよ、ヨーク! あんた何真面目にショック受けてんだい!」
なんだかシリアス雰囲気が馬鹿らしくなる感じの反応だった。
お前ら何俺の真似してるんでゲス。えーっと真似してるんでゲス……どうだグレン。駄目だな、すぐ分かる。えー? 難しいなぁ。ノワール様正直におっしゃてくれても……。あんた地味にダメージ受けすぎだよ!
カオスなコントじみたやり取りに、漆黒の翼と話をしていたオラクル兵は内心ほっとする。こんなバカ騒ぎをできるくらいなら、話は聞かれていないだろう。聞かれていたとすれば即座に後ろに控えているあのネクロマンサーにでも言って、自分達を捕まえようとするだろうから。
「で? あんたら、なーに企んでんだ? またスリでもしようってのか? ああ?!」
声真似をあきらめたらしいルークに不機嫌そうにじろりと睨みつけられ、オラクル兵は慌てて顔を背ける。八つ当たりかよと小さく舌打ちをしたくなったが、その視線の先に小さな導師守護役に護られるようにしてこちらを伺っている導師の姿をみて、内心にやりとしながらここから逃げ出した。
「では頼んだぞ。 失礼いたします、導師イオン!」
「あ、コラお前っ! ったく、逃げ足はえーな。……おい、あんたら何やろうってんだ」
「はん、そんなこと言うわけないだろう。それにしても……」
ルークを軽く流しながらノワールは個性的な歩きでイオンに近付こうとするのだが、一定の距離でアニスがその進行方向を塞ぐように立つ。その目つきは十年と少ししか生きていない少女にしては強いもので、ノワールは感心するのだがそれを表には出さない。あくまでもにやりと笑いながら、アニスの背後、ジェイドたちに護られるようにされる一人の少年を見る。
「その警戒よう、そちらのおぼっちゃまが導師イオン様かい」
「何の用ですか、おばさん!」
「……つるぺたのおチビは黙っといで」
「なんっ……!」
「楽しみにしといで、坊や達。行くよ!」
「へいっ!」
憤慨して、ぶるぶると拳を震わせるアニスを無視して漆黒の翼の三人は去っていく。……っていうか、漆黒の翼って分かっててどうして捕まえないんだろう。あれか、ジェイドが捕まえられるのはあくまでもマルクト領内でだけってことか。平時ならともかく今みたいな状況、更にこれから和平の使者としていくって時に確かに敵国領で越権行為は危険だよなぁ。
それに盗難は現行犯逮捕が原則だ。それで無いならば確実な物的証拠が必要だろうが、盗賊として名を馳せているなら盗品をいつまでも身近にもっているということは無いだろう。マルクトでの盗品をキムラスカにまで持ってきているとは思えない。下手を打って冤罪とでもなってしまっては目も当てられない。何だ、ジェイド。面倒くさいからだけで見逃してたわけじゃなかったのか。
ふむふむと一人頷いていたグレンだったが、結局漆黒の翼が何をしたかったのかが分からずルークは首を傾げていた。
「何だぁ、あいつら。結局なにするつもりだったんだ?」
「なんなのあいつらぁー……サーカス団みたいな格好して!」
その言葉の後、ぼそりと呟かれたアニスの黒い言葉にグレンは顔を引きつらせてしまうのだが、その言葉が聞こえていなかったのだろう。どこか記憶をさらうような声で、ガイは今思い出した、とでも言うように溢す。
「そっか、あいつらどことなくサーカス団の『暗闇の夢』に似てるな。昔、一度見たきりだから自信はないが……」
「えー、なんだよ! お前俺に内緒でサーカスなんて見に行ってたのかよ、ずっりー!」
「あ、ああ、悪い悪い……」
聞き捨てなら無いと噛み付くルークを、ガイはどこか困っているような笑顔で宥める。それを特に気にするでもなく、ジェイドは考え込むような仕草で眼鏡を押し上げた。
「……彼らの言動、気になりますね。妙なことを企んでいそうですが」
「……そうですね。それにイオン様をきにしていたようです、どうかお気をつけて、イオン様」
「はい、わかりました」
ティアとジェイドの忠告に頷きながら、イオンはルークに王城へ行くことを促した。
城内には大詠師モースが居るかもしれない。もし彼が本当に戦争を起こしたがっているなら、面倒な髪と目の色を持つ俺は居ないほうがいい。そう言って、グレンは王城には入らず近くの壁に背を預けて待っていることにした。ルークは散々渋っていたが、今のお前なら大丈夫だよと背中をおしたらなんだかやる気になってくれたのが微笑ましかった。
そろそろ出てくるころかな。そんなことを思いながら、ぼんやりと辺りを見回す。すぐ視界に飛び込むのはルークの家。ファブレ公爵邸が見えて、グレンは苦笑いを浮かべた。どうすればいいのだろう。本当は、まだ少し迷っている。なるべく王に近い人物にこの髪と目の色を見られたくはないのだが……うまくジェイドの後ろにでも隠れれるだろうか。彼も彼でこの色の厄介さを知っているだろうから、何も言わずとも上手く隠してくれるだろう。
名目を護衛としたからには、それなりの金額が今日中にでも払われるそうだが……というか、ファブレ公爵邸に入るのを躊躇っている自分を見て、ルークがあんなに強く来い来い言うとは思わなかった。
金のことなら約束は絶対に護る、お前のおかげで助かったって父上にも母上にも知らせる、今日中にちゃんと払うからそれ渡さなきゃだお前もこい! などといわれたときにはぽかんとしたものだが……本当に、ここのルークはわかり辛いけれどいいやつだ。
右腕を軽く握って、開く。痛覚はいまだない。傷跡も残ったままだが、男なのだし嘆くでもない。触覚はあるし皮膚の冷点も温点もある。ただ痛覚のみが抜けているだけだし、そんなに気に病まなくてもいいものなのだが。
溜息をついたとき、王城の扉が開いた。そっちの方向を向けば、そこに居るのはやはりというかルーク達だ。
「よ、待たせたな!」
「そーかぁ? 王と謁見するにしては案外早かったと思うが……なあルーク、まさか強引に謁見の間に入っちゃったり……」
「さーあ我が家だ、母上に顔見せなきゃなー」
「……強引に入っちゃったんだな。まあルークらしいというか……」
「ですが、おかげで僕らもピオニー陛下の親書を渡すことができました」
「うあああ、イオン、それ否定してねぇ。むしろ肯定してるじゃねーか!」
「しかたないでしょう、事実なんだから」
「まあ、さすがの身分と言ったところでしたね」
「お前らいちいちうっせーぞ!」
自分でもいささか強引だとは思っていたのだろう、振り返ってがなった後、罰が悪そうな顔をしてずんずんと進んで行ってしまう。その背を見てグレンは小さく笑い、さっさと駆け寄ってその背を軽くぽんと叩く。
「ま、何はともあれ上手くいったんならオーライってところだろ。お疲れさん、よくやったなルーク」
「…………餓鬼扱いすんなってーの…」
「ええ? どこが餓鬼扱い何だよ。頑張ったやつを労うのって普通だろ?」
「ふん」
何だかんだ言いつつ口ほど嫌そうな顔をするでもなく、ルークは家の前に立つ白光騎士団に近付く。そうすれば、ルークが声をかけるまでもなくすぐにこちらを見つけ、お帰りをお待ちしておりましたルーク様、と喜びの声をあげた。