砂漠を渡って、オアシスにたどり着く。陸艦がついた形跡はない。が、消えてしまっただけかもしれない。砂漠の砂丘は常に風に流されて、誰かが居た痕跡を雪よりも余程簡単にかき消してしまう。
辺りを見回せば朽ちた都市の名残を残す残骸があちこちに倒れていて、その中心に大きな譜石が砂の中にざっくりと突き刺さっていて、その周りに水が湧き出ている。砂漠の中継地点。ここまで来るだけで砂まみれになってしまった服を払いながら、やっと人心地ついた気になってルークは辺りを見渡す。
「へーぇ。砂漠のど真ん中だっつーのに、ここだけは草だの木だの水だのがあるんだな」
「水があるのはあの巨大な譜石のせいですよ。あの譜石が落ちた衝撃で地下にあった水脈が湧き出てきたのです」
「大佐大佐ぁー、じゃあここに色々倒れてるのは何なんですか?」
「これは遥か昔に滅んだといわれている都市の名残……正確には都市の外れの跡、と言ったところですか」
「では、昔はこのあたりにも人が住んでいたということでしょうか」
「確証はありませんが、その昔この辺りは砂漠ではなかったようです。ただ、何らかの天変地異で砂漠になり、風化してしまったようですが……残骸から見てもなかなかの技術レベルです。そうなるまでは恐らくたくさんの人々がいたのでしょう」
ルーク、アニス、ティアの疑問に次々に流れるように答えていく。立て板に水、と言わんばかりのその流暢さにガイは感心したように何度も頷く。
「へぇ、流石は旦那。何でも知ってるんだな」
「マルクト皇帝陛下の懐刀、ネクロマンサーの名は伊達ではない、ということですわね」
「いえいえ、すべて先ほどすれ違った商人に聞いただけの話ですよ」
いつの間に。それまでさすがジェイドだと感心していたメンバー一同が思わず心中でつっこむ。本当に、油断も隙も無いやつだ。そんなジェイドをグレンはやっぱジェイドはジェイドだなぁ、と半ば感心してみていたのだが、このままここでのんびりしているわけにはいかない。
「おい、聞いてくれ。さっきそこらの商人に聞いたんだけどな、なんかでかくて黒い陸艦がここから東の方向へ進んでったらしい。ここから東って言ったら、ザオ遺跡だ。何しに行ったかは知らねえが、ザオ遺跡にいるんだろう」
「ザオ遺跡……なるほど。グレン、貴方はその遺跡の場所がわかりますか?」
「まかせろよ大佐。これでも俺結構いろいろ回ってるんだぜ? エミヤとばっちり行ったぜ、遺跡探検!」
にやりと笑って大嘘をかます。エミヤとこの世界に来たのはこの物語が始まるほんの数日前だ。が、場所を知っているのは事実でもある。時間を確認し、記憶を掘り起こす。最短で砂漠で一泊、魔物だの夜盗だのに狙われまくったとして、二泊。本当に狙われないことを心底願う。
まあ雨さえ降っていなければ魔物の心配はあまりしなくていいのだから、何とかなるだろう。
「水とかしっかり準備しとけよ! 結構距離もあるからな……あ、イオンを助けた後のことも考えて、砂漠用に日よけのフードのある上着とか買っといたほうがいいかも」
「なあグレン、それじゃあ人数分買っといたほうがいいんじゃねーの。自分だけあってもイオン着ねーだろ。絶対にアニスとかに渡そうとするぜ」
「ああ……だな。じゃあ人数分買っとくか。どうせ砂漠越えたらあんま使う機会無いからな、安もん……うーん、タトリン奏長。ルークについてってやって。こいつ安物の基準おかしそうだから」
「了解でーす」
「お前実は俺のこと馬鹿にしてないか?!」
「でもルーク、実際その服の生地高級って知ったの最近なんだろ」
「うぐ……っ?!」
呻くルークにクツクツと笑って、旅費の入った財布をアニスのほうに渡す。財布までアニスに渡されて、ルークの方はまだブツブツ言っていたが「だってお前俺に似てるから買い食いしそうだし。ダメだ」といわれて無言を通した。でも微妙に嫌そうでもなかった。グレンに似てるとこがあるってどこだろう、と真剣に悩んでいるようで、なんというかここまで懐かれたら気分は兄貴だ。
少しへらりとしてしまいそうになって、周りの目を感じてごほんと咳払いをする。まあ奏長が許す範囲のちょっと位の買い食いならいいぞ、と話を変えようとしてうっかり言ってしまって、完璧に親馬鹿認定されてしまった。違う、俺は多分ルークにとっては兄なんだ! 親じゃねえ!
必死に主張したら生暖かい眼差しを喰らってしまった。何故だ。何故そんな目で俺を見る。散々疲れた思いをしながら、砂漠を出る。方向はここから東、ザオ遺跡だ。
砂漠へ出て東へ進行中。日差しは相変わらず厳しい。けれどオアシスに行くまでの砂漠越えの辛さに比べれば格段に余裕があって、ルークは感心したように自分が被っているフードを掴む。
「へぇ。本当に違うんだな、こんなの着るだけでも。これならイオンも大丈夫か」
「さあなあ。六神将とかに無理させられてなかったら大丈夫だろうが……」
グレンの脳裏にダアト式封呪をといて倒れるイオンの姿が思い浮かび、自然と表情が暗くなる。せっかくここまで封呪を解かせないようにしてきたのに。まだ解かされているとしたら体への負担はどれくらいになっているだろうか。せいぜいがこのザオ遺跡のみだろうが、それでもダアト式譜術の使用は医者に止められているくらいなのだ。
首を振って、暗い気持ちを振りはらった。違う、ルークに俺と同じ思いをさせないために、イオンをあんな目に合わせないために、あの世界と違う未来にするために、俺は今動いているんだろう。ならばここで暗くなるより先にすることがあるだろう、グレン。自分自身に言い聞かせて、少し歩みを早くした。からりと明るい声をあげる。
「ま、どっちにしろ早く助けるに越したことはねえってな」
「ねぇグレン、遺跡ってまだぁー?」
「そうだなぁ……まだもうちょっとかな、タトリン奏長。イオンが心配なの分かるけど焦んなって」
「分かってますぅー。でも……」
「まあ、次からは簡単に攫われないようにな。いっそ同じ部屋に泊まれば? 流石に物音で起きるだろ、そうしたら」
「ダメ! それはダメ! そうなったらアニスちゃんの玉の輿計画がご破算になっちゃうでしょ!」
「だってイオンに限って問題なんて起こさないだろ」
「私のじゃなくてもイオン様の外聞が悪くなるからだめ!」
「え、それが本音? なんだ、タトリン奏長って結構真面目に導師守護役なんだな」
「…………ぐーれーんー?」
どろどろした声で名前を低く呼ばれた。ギクリ、とグレンが肩を強張らせる間に何か仕返しを考えたのか、アニスはにっこりと可愛らしく笑って、
「今日の食事当番はアニスちゃんが請け負っちゃおう! それでニンジンフルコー」
「すっませんっしたーーー! 勘弁してください! すんません、本当にスンマセン! ごめんて!」
「ふーんだ、きのこフルコースにしてやろーっと」
「えええええええ! あ、いや、ちょっと待て! 確かきのこはルークも嫌いで……っ!」
「じゃあグレンだけ特別大サービスで別口で作ってあげる。感謝してね?」
「奏長! 頼むからそれはやめてくれって!」
砂漠越え中だというのに元気なものだ。余計な体力を食うばかりで良いことなど何もないのに、ぎゃあぎゃあ言い合う二人を見てガイは小さく口元を弛める。
「やれやれ、ルークといたら兄貴みたいなのに、アニスといたらまるで弟だな」
「……そーだな」
「あらルーク、どうかしまして? 不機嫌そうですわよ」
「別に!」
「ふむ、自分にばかり構っていてくれた人が他人に取られたみたいで面白くない、と……こういったところですか」
「違うっつーの! 俺はただ、」
そのまま言いかけて、ルークはふと口を噤んでしまう。不機嫌そうな顔をして、口をへの字に結んで開こうとしない。
「ただ……なに?」
「……お前らから見て、今のグレンって体調悪そうに見えるか?」
「「「「は?」」」」
ティアの質問に何故かルークも質問で返して、しかしその内容に皆が目を丸くする。改めて少し前を行く彼の姿を見る。騒がしそうにアニスと言い合う姿を見ても、どこも悪そうには見えない。
「別に、特に変わったところは見えないと思うけれど……」
「元気なもんじゃないか?」
「……だよなぁ」
「……どうかしましたか?」
「いや、なんつーか……あいつ、本当は歩くたびに頭が痛くなってて、それを無理やり抑えてザオ遺跡に進んでるように感じるんだよ」
前を見る。とても賑やかだ。
「……どこらへんでそう思ったんだ、ルーク」
「知るかよ! 勘だよ! なんかこう……あ、今グレン頭いたそう、って感じで分かるんだよ!」
「ふむ……では少し確かめてみましょうか。アニース」
がっくりと肩を落としているグレンの隣で腕を組みながらふふんと笑っていたアニスだが、ジェイドが呼ぶ声に気づいてたたたと駆けてくる。どーしましたぁ? と尋ねてくるアニスにごにょごにょと耳打ちして、アニスは面白そうににんまりと笑うと、敬礼のポーズをして了解しましたーと返した。
そしてすぐにグレンの隣に戻り、何事か話していたかと思えばそろーっと彼の後ろに回りむ。
そして、いきなりグレンの膝の後ろを自分の膝で押したのだ。俗に言えば膝かっくん。いくら油断しているとは言え、鍛えている剣士であればふらつくだけで―――
「え? あれ? ぐ、グレン?!」
笑って何をするんだよ、とアニスに返すだろうと誰もが思っていたのだ。だが、当のグレンはがくりと地面に膝をつき頭を抑えて呻いている。その表情はひどく苦しそうで、そこで初めて皆はルークの言葉が真実だったのだと理解した。真っ先にルークが正気に返りグレンのすぐ側にすっ飛んで行き、それを見て残りの仲間も慌てて駆け寄る。
「おい、グレン!?」
「ちょっと勘弁……アニスに入れ知恵したの誰だ? なんで分かったんだよ」
「アニスにこれを指示したのは私ですが、貴方の体調不良に気づいたのはルークですよ」
「ルークが……どうして分かったんだ?」
「知るか、っつーかやっぱ無理してたのかよ! なんか分かんねえけどそんな感じがしたんだ、勘だっつーの!」
「…勘? まさか……」
「……グレン?」
「いや、なんでもない。しかしばれたなら仕方ないな。ちょっと、頭がね……痛いんだ。歩いときゃ治ると思ってたら、どんどんひどくなる一方でな、困ったもんさ」
ルークの言葉にふと険しい顔をした後、すぐにいつもの笑顔に戻る。そして茶化すように自分の現状を話すのだが、ジェイドだけはずっと何かを考え込むようにグレンのほうを見ていた。ああこれ確実に俺もレプリカだって思われたな。多分、三人目だとでも思ってるんだろう。この体調不良は劣化ゆえ、とか。ルークがどうして勘で体調に気づいたか、は同じ被検体のレプリカ同士だからか? とか。本当はグレンは異世界のルークで、すこし違うのだが。
しかし、ルークが勘で気づくとは。ルークの同調フォンスロットを閉じたとは言え、完全ではない。対してこちらは全開状態で、意識的にしろ無意識的にしろオリジナルルークからの干渉を散々受けている身だ。元々が同じ存在だ、やはり近くだと何かしら伝わってしまうのだろうか。
本音を言えばザオ遺跡、もっと細かく言えばアッシュに近付こうとするだけで頭の痛みは増していっているのだが、どうしたものか。
「なあグレン、きついなら今のうちでもオアシスに帰ったほうがいいんじゃないのか」
「いや、考えてみろよ色男。ここから一人でオアシスに帰る方が危険だろう。それに、ザオ遺跡まで半分はもう過ぎてるんだ。お前らを遺跡にまで連れてって、俺はその出入り口くらいで待機、って方がいいだろ?」
「それは……そうかもしれないが」
「無理すんなよ」
「……じゃ、お言葉に甘えさせてもらおうか。魔物が出てきたら俺戦わずに後ろ下がっとくからさ。上手く護ってくれよ?」
深呼吸をして、立ち上がる。頭痛は一向に治まらず、少し眩暈。軽く頭を振る。東を向いて、目を細めた。
そしてせっせと歩いてザオ遺跡にまでなんとかたどり着く。気分は最悪だ。グレンは自分でもかなり青い顔をしていることを自覚しているが、何とか無理やり一人で歩ききった。気を抜けば地面でのた打ち回ってしまいそうだ。頭の内側から打つ痛みと、外部から思い切り殴られているような痛み。
まさかとは思うがアッシュさん。またか。また試しているのか。だからさ、繋がりかけてるのアンタのレプリカじゃなくて俺だから。でも俺はアンタのレプリカじゃないから繋がらないんだよ、どうやったって。繋がりかけるまでが限界で、繋がらねえんだよ絶対に。流石に痛みで死んじまうぜ、いい加減。
もはや喋る気力もない。震えそうな指で何とか遺跡の入り口を指差し、へらりと笑うと、ついにルークが切れた。
「もうお前休め馬鹿っ! 動くな寝てろ休憩! 俺らがさっさとイオン取り返してくるからグレンここで休憩! そこの影入れさっさと寝ろ! 今すぐ寝ろさっさと寝ちまえこのやろおおおおおおお!」
それでも大声を出したら頭に響く、と同じ頭痛持ちとして気を配ってくれたのか、声の音量は限りなく小さかったりした。ルークにこんな気遣いができるとはちょっと感動だ。ふらふらしながらも感動していると、動こうともしないグレンに痺れを切らしたのか、ルークがぐいぐい遺跡の柱の影の中に連れて行く。
柱に背中を預けるようにしてずるずると座り込む。座り込んで、折り曲げた膝の上に肘を置いて頭を抑えた。やっと人心地ついた気がして大きく溜息を吐く。ルークに礼を言って、そうすれば思い切り感じるのはトゲトゲとした視線だ。
「…………」
「…………」
「……なにか言いたいことでもあるか、ルーク」
「二度とこんな無理すんなよ。次したら殴るからな!」
「えー……頭痛に襲われてるときに殴るとか鬼か、お前は」
「殴るからなっ」
「……わかったわかった、無理する前にちゃんと言う。それでいいだろ?」
「絶対だぞ!」
「ああ、絶対だ。約束するから。ほら、イオン助けに行ってやれ」
ぐしゃぐしゃといつものように頭を撫でる。やはりルークは止めろとは言わない。ただじっとグレンの目をみて、ふいっと顔をそらす。すぐイオン取り返してくるからその間に魔物にやられてんじゃねーぞ、とぶっきらぼうに言って、ずんずん遺跡のほうへと歩いていってしまった。
その背を見送りながら、残りの仲間達にひらひらと手を振る。
「じゃ、あの猪突猛進を頼んだぜ。誘拐されてた時の状況から見て、イオンと一緒にいるのは多分六神将だろう。気をつけてな」
みんなを見送って、どれくらい眠っていたのだろうか。頭痛は引いている。と、言うことはアッシュは引いたのだろうか。ぱちりと目を開ければ空は夕焼け。遠くでキラキラ光る音譜帯が夕焼けの金色を反射していてすごく綺麗だ。ぼんやりと目を開けていたら、すぐ隣から穏やかな声がした。
「目が覚めましたか」
「……イオン」
と、自分の声ではっとする。そこにいるのは、声の通りに穏やかな表情を浮かべる、人の良さそうな友人の姿。慌てて周囲を見回す。どうやら今日はここで野営をするようだ。
はて、記憶の中では六神将を残して自分たちが出てきて、一刻も早くここから離れましょう、とせっせと離れていったと思ったのだが……記憶違いだったのだろうか。首を傾げていると、起きた事に気づいたのだろう、ルークがばたばたと走ってきた。
「グレン、目が覚めたのか!」
「ああ……今日はここで野営なのか?」
「おう。お前も疲れてそうだったし、イオンも……ダアト……なんたら? とかですっげえ顔色悪かったしな。無理に進むより、今日で一気に疲れとって明日その分進むって感じのほうがいい、ってジェイドが言ったんだ」
「グレンも目を覚まさないでぐっすり寝てましたからね」
「はは……いや、面目ない」
「なーにが面目ない、だよ。お前はちょっとくれー休んだほうがいいんだっつーの……ほれ」
「お? なんだこれ」
「さあな。疲れてる時飲むと良いんだとさ」
「ああ、ありがとう」
礼を言えば、やはりルークはそっぽを向いてふんと言っただけだ。小さく笑って、イオンの方を向く。体は大丈夫かと聞けばもう大丈夫ですと帰ってきて、やはりチーグルの森とシュレーの丘でダアト式譜術を使わせなかったのが功を奏したようだ。
ほっと息をつきかけて、しかしすぐにグレンは眉間に皺を寄せて立ち上がる。
「……グレン?」
「おい、どーした?」
「さっき、小さく金属音がした……アレは剣を下げてる音に似てると思ったんだが……そうか、遺跡は夜になれば盗賊達の格好の根城、って訳か」
「おいおいマジかよ」
「大佐!」
少しはなれたところで地図を広げて日程計算していたらしいジェイドに声をかければ、彼も気づいていたようで口元だけで笑いながら眼鏡を直していた。全く、気づいてるなら早く言ってくれればいいものを。とりあえず一塊になるべきだ。上着についていた砂を払って立ち上がる。なるべく自然な動作でイオンとルークもついてきてほっとする。こういうとき、大慌てで動いてそこにいるということにこっちが気づいたと勘付かれてはいけないのだ。
「で、どうすんだ? とりあえずルークはイオンと居るとして」
「貴方はもう戦闘行為は可能なんですか?」
「爆睡したおかげで完璧さ」
「よろしい、ならどうとでもなるでしょう。相手は正規訓練を受けた兵ではありません。手練が六人も居れば30人くらいどうとでもなります」
「うわぁ、自信満々だな」
「いえいえ、貴方の人外従者ほどではありませんよ」
そういわれると何もいえない。そして目の前の人外と、相棒の人外と。どちらもその自信が実力から来るものだと分かっているからなにも言えないのだ。
「ルーク、イオン、火元に居ろよ。近付かせないようにするが、万が一だが、まあありえないと思うが……」
「わーってるっつーの、グレン。そん時は俺がどうにかするって」
「すみません、僕は何もできないで……」
「ん? じゃあイオンは俺らの無事を祈っててくれよな。見てろよ、無傷で帰ってくるから」
「……はい」
「うっし。大佐、どういうわけ方?」
「北と東はガイ、ティア、ナタリアに。貴方は私と南と西を防いでもらいます。こっちは二人ですから、しっかりと前衛してくださいね」
「はいはい、ご期待に沿えるように努力しますよ、っと」
コンタミネーションで取り出した刃を握って、視線を向ける。ジェイドの方を向けばもう既に譜術の詠唱に入っている。どうやら初撃はでかいヤツをお見舞いするようだ。
「唸れ烈風。大気の刃よ、切り刻め――――タービュランス!」
突風が巻き起こる。まるで小さな砂嵐が生まれたようなその烈風に、賊の何人かが巻き込まれてもんどりうって倒れこんだ。思わぬ先制攻撃に盗賊たちはうろたえる。グレンはその隙を見逃さず、盗賊たちに襲い掛かった。
その動きを見ている。よどみのない動作で敵を殺す動作を。迷いなく振り下ろされる刃のすぐ下で息絶える人間を。吐き気がするのを堪える。震えそうになる手を、腕を組んで押し殺す。見ていなければいけない。覚えていなければいけない。
お前にひとを殺させたくないんだ。どこか泣き出しそうな笑顔でそう言った彼は、ひとを殺すのが恐いと言ったくせに、ルークを守るために身代わりになってその手を赤に染めている。
また一人を切り捨てる。景気よく首から血を吐き出すその死体の返り血を浴びる前に、彼は次の標的に向かっていた。また一人。次、更に次。その動きは洗練されていると言っていい。ルークからしてみても理想的な体捌きだ。
「……ルーク、」
「いや、いい。見ておかないと」
止めようとする声を振り払って見続ける。その動きを。ジェイドの譜術範囲から何とか逃れた一人をまた切り捨てた。鮮やかな手並みだ。そして再びジェイドの譜術。轟音、悲鳴。
音が一瞬途切れて、その後は静寂。今まで動き続けていたグレンも動きを止めて、辺りを見回していた。どうやら終わったらしい。グレンはジェイドと何事かを話していて、笑顔でこちらを向いたグレンの表情が凍りついた。
既視感。ふと、あの時兵が居た場所に顔を向けた。一体どういった偶然なのか、そこに一人だけ生きのびてこっそりと接近していた盗賊が居た。ぐるりと体の向きを変えて咄嗟にイオンを背後に庇う。一気に走ってくる賊との距離に、手を腰の剣に伸ばそうとして―――ふと、ルークの口に小さく笑みが浮かぶ。
そして彼は剣を抜く動作を止めたかと思えば、あろう事か腕組みなどをしたのだ。
偉そうに傲岸に笑う。ルーク、と驚きの声と叱責交じりの声とが聞こえても気にしないまま。
そしてルークの体に切っ先が届く寸前で、横からの衝撃を受けて賊が吹っ飛んだ。どさり、と倒れたその人間の心臓の上に、ざくりと止めの一突き。それを行うグレンをじっと見ながら、しかし瞳に浮かぶ揺れを瞬きひとつの合間にかき消す。
「よう。やっぱ間に合ったな、グレン」
「ったく……信頼されてるってのはわかってるけど、肝が冷えるだろう?」
「へん、お前が俺にひとを殺させたくないって思ってるのは―――十分知ってるつもりなんだぜ」
「……まあな。甘いって言われても、やっぱりルークには人を殺させたくはないよ」
「間に合わないって思ったら、殺す覚悟はあったんだけどな」
「よく言うぜ。間に合うって確信して、途中から武装放棄すらしておいて」
グレンは賊に突き立てた剣を抜いて、血を振り払うように横に薙ぐ。赤い水がぴっと地面に飛び散った。が、完全に血が飛んだわけではない。舌打ちをして適当な布で血をふき取る姿を見ながら、ルークはポツリと溢すように呟く。
「グレン」
「ん?」
「……さんきゅ」
よく考えたら、ルークがグレンに礼を言ったのはこれが初めてだった。やはり嬉しいものは嬉しいもので、表情が緩んでしまうのはどうしようもない。
「ああ、どういたしまして」