アラミス湧水洞にでた。出た場所がいきなり水の中でブタザルなんかは驚いていたようだが、どうやら濡れはしないようだ。じーっと出てきた場所を見ていれば、ティアがなにやらセフィロトが吹き上がる力で弾かれるだの説明をしていたが、さっぱりだ。しかしコイツも生真面目と言うか、もういっそお人好しだな。ついさっきあの言い合いをした相手にご丁寧に説明とは。
無言で足元にいる小動物に目を向ける。首を傾げている。どうやら解らないのは自分だけではないようだ。よし、と頷いていたら背後でエミヤのすごく疲れたような溜息が聞こえた。視線を向ければ、なんともいえない顔をしていたのは二人ともだった。エミヤからは、何故か乾いた笑顔で生暖かい視線を向けられる。
「仔チーグルが分からなかったからと安心するのも……どうかと思うのだがね」
「……一人ではないことは心強い、というのが『感情』ではなかったのか。エミヤ、前言ってたじゃないか」
「いや、まあ、そのだな……対象がチーグル……同レベルがチーグル……グランツ響長、助けてくれ」
「無理です」
何故二人してまた溜息をついているんだ。訳が解らない。しばらく顎に手を当て考える。どこかで似たような情報があったはずだ。チーグルと同レベルだという単語。記憶を検索する。アレはいつだったか、日記を書いていた時か。セントビナーの宿? グレンがくつくつ楽しそうに笑っている。開いた日記を指差して怒っている俺を、ガイとイオンが宥めてる。ティアはミュウを誉めていた。ジェイドは失笑気味。俺はかっかと怒りながら喚いていた。
『ちょっとまて、それって俺がこのブタザルと―――』
しばし考えていたが、やっと分かった。
「ああ、わかったぞエミヤ。俺はチーグルと同レベルかよ、だとか言って怒らなければいけなかったのか」
「ん? ああ、まあそうだが……ルーク?」
「でもさっきの場合は俺が自分で同レベルだと確認してたんだから、その場合は怒るのが適切なのか? それとも情けなさに顔をしかめているのが正しいのか? いや、罰が悪い顔というものをしたほうが適切か……エミヤ、何だその顔は。その表情はどういった感情のときに浮かべるものなんだ」
「いや、なんでもない。気にするな。……ルーク、私は確かに感情を学べといったが……そこまでキッチリきっかり外から計算ずくで入るのではなくてだな、外と触れて、自分の中に浮かんだ感情がなんであったのかを確認して覚えていけと言いたかったのだが……」
「そうは言っても、浮かぶものが何もないんだ。早めに振りだけでも出来ておいたほうが良いだろう。それなら外だけでも貼り付けておけば……」
「やめておけ、それでは不自然だ。勘のいい相手には感情と表情の乖離を気取られて無意味に警戒される。ただの無表情ならまだなんとでもなる。わざわざそこまで外から入ることもない」
「そうか。……リハビリと言うのもなかなか面倒くさいものなんだな」
「面倒くさいからといって、おろそかにするなよ小僧。続けることが一番重要なのだから」
「分かった、努力する」
淡々と答えて、ルークはそのまま歩き出す。その背を見ながら溜息をつき、ちらりと横にいる少女に目を向けた。やはり驚いた様な顔をしていている。グランツ響長、と呼べば困惑した目を向けてきた。
「ルークの感情が減退状況なのは大佐殿から聞いたかね」
「はい……グレンを助けるために色々無茶をしたと後遺症だと聞きましたが」
「全く、わが主ながらとんだ無茶をしたものだ。本人なりに必死にルークを庇おうとしたようだが、巡り巡ってルークもグレンを助けようとしてこの結果だ。……グランツ響長。すまないが、ルークの感情のリハビリに付き合ってやって貰えないだろうか」
「それは……私にできる範囲でなら協力します。ですが、」
「私ではダメなのだ。それなりに取り繕っているが、私もこれで色々と破綻者でね。今のルークはまっさらな状態だ。下手に干渉して悪影響を及ぼしては、流石にグレンに申し訳がたたん。君とミュウに頼みきりというのも心苦しいが……よろしく頼む」
「……わかりました」
話をしている間に少し離れてしまった距離を追う。するとどうしたのか、ルークは洞窟の前で立ち止まってじっと空を見ていた。つられて二人も空を見るが、特に変わった事は無い。特にアーチャーの視力は鷹の目で補正されている。その目で見ても異変など見当たらない。
「ルーク、空がどうかした?」
「いや……別に。青いなと思っただけだ」
ティアが声をかけると、すぐにルークは興味がなくなったように視線を空からはずした。
「エミヤ、浮遊機関を手に入れるのが一番だったよな。なら、ダアト港からシェリダンへ向かおう」
「……ああ、そうだな。そうするが良いだろう」
迷いない足取りで歩きだす。何の変わりもない。
ただ、先ほど空を見上げていた表情は、どこか。
「ご主人様、どこか痛いんですの?」
「……急にどうした。別に怪我してるわけでもないんだが」
「でも、ご主人様……なんだか悲しそうな顔してるんですの」
健気なチーグルの子どもの言葉に、ルークは一瞬だけ足を止める。しかしすぐにため息を吐きながら、とてとてと歩いてついてくるミュウの額に軽く指弾を入れた。みゅっ、と声をあげて目をパチパチとさせるその小動物を肩に担ぎ上げ、心配そうにするその背をぽんぽんと軽く叩く。
「―――気のせいだろう。俺は何も感じていない」
その声はいつものように変わらぬままの、淡々としたものだった。
ルークの感情減退というのは、恐らくだが心から零れる感情と自覚の間のラインが途切れているという状況なのだろう。感情がなくなったわけではない。いくら感情が生まれていても、自覚ができない。そして感情と自覚の間に回線が繋がっていない状況では、その心を揺らす感情ですらも本当に微細なものになる。ただでさえ感情というものが分からなくなっていて、そんな状況で微細な感情のゆれなど分かるわけもない。悪循環だ。
それこそユリアロードでルークがあらわしたような、余程強い感情でなければおそらくは彼は感情を実感をできない。難しいものだ。
アーチャーはそう思いながら、睨むように空を見つめるルークに声をかける。
「どうした、小僧。また空を見ているのか」
「エミヤか」
空から視線を逸らさずに呟いた後、こちらを向くでもなく視線を手元の本に戻す。ダアトからシェリダンへ向かう船の上だ。その甲板。日の光の下で本を読むと目が悪くなるぞ、と注意しても聞きもしない。全く、ただでさえ片目を隠しているせいで視力が偏るかもしれないというのに。無言で移動し、わざとルークが影に入る位置に移動する。
邪魔だ、と無表情で訴えられるのだが、こちらとて引く気は無い。
「船室の中でなら、眼帯をとっても構わんだろう。グランツ響長もお前の譜眼を承知済みだ。色違いなど気にはせん。両目で、船室で読め」
「却下だ」
ルークはにべも無く言い捨てる。そしてアーチャーが魔術を使うたびに浮き出る譜陣を少しでも隠そうと、ダアト港で購入した服とともに手に入れた左眼の眼帯をちょいちょいと指差す。
「俺はこの眼帯を取ると自分では上手くつけられない」
「ああ……存外君は不器用だったからな。しかし、それなら彼女に」
「エミヤ。俺は、必要以上に彼女と馴れ合うつもりは無い。……言っただろう、俺は対価に全てを置いていくと。大体俺はアイツに死ねと言った人間だぞ。俺が近くに居れば嫌でもこれからのことを考えるだろう。せっかくミュウを置いてきて機嫌をとったのに、意味がないじゃないか」
ルークも何も感じていない、と言う訳ではないのだ。自覚をしていないだけで、解らないだけで、本当に微かな感情はいつも彼の心で揺らいでいる。殆どの感情を忘れてなくして、それでも最期まで消えずに残っているものこそがルークの本質をあらわしているのだろうと思う。
「ほう。君にしてはまともな気遣いか」
「そんなものじゃない。効率だ。今から怯えられて体調でも崩されようなら体が持つか分からない。大陸降下を成功させるまでは何が何でも生きてもらわねば困るだろう。それに、死なれてはグレンの願いも叶わない」
「…………」
……の、だが、これだ。不器用でも不器用なりに、他人には決して解らないように気遣うくせに、しかしそれに自分ですらも気づいていない。本当に気まぐれのように意図的に気遣うにしても、このコミュニケーション能力0むしろマイナス100は、ぶっ飛んだ気遣い方をするのだからますます人にはわかるわけがなく。変われないままの本質を見ることができる人など、導師イオンやあの仔チーグルなど、ごくごく少数だろう。
そしてきっとさっきの言葉も、自分の感情がわかないから、自分が何故そうしたのかを後付けで考えて、それらしい理由を思いついて納得しているのだ。『それらしい理由』など、今のルークの状況でまともなものなど思いつくわけもない。結果、自分で自分に気づくこともないまま過ぎていく。
悪循環だ。悪循環過ぎる。グレンよ。この小僧相手で私はどうすればいいのだ。思わず先ほどのルークのように空を見上げる。頑張れ、とだけ爽やかに言い切って親指を立てる姿を幻視した。待て。お前まだ死んでないだろう馬鹿マスター。
「しかしだな……浮遊機関を借り受けてグランコクマにグレンを連れて行ったあとは、早急にパッセージリングの操作をせねばならん。超振動制御は早く覚えてもらわねばならんのだ。……本を読むだけでは解らないところがあるなら、さっさと聞くなり教えを乞うなりしてはどうだね」
「なあ、それだけど、チーグルって第七音素操れないのか。ユリアの縁者で、喋ってるし、火を噴いてるだろう」
「は? いやまさか、チーグルに弟子入り……? いや、待て流石にそれは待て小僧。シュールにも程がある!」
「ダメか」
「それはそうだろう! いや、まあアレが教えるのが上手いというなら何も言わん……言わんが、アレが果たして君に第七音素の制御を教えられるのか……? 否だ、絶対に否、彼女に素直に教わるほうが速い。大体何のためにグランツ響長を連れてきたと思っている、超振動の制御訓練を教わる為だっただろう!」
「何のためって、パッセージリングとユリアロードの起動の為……っと、痛いなエミヤ。何をするんだ」
「……教育的指導だ」
突然ぽかりと頭を叩かれたというのに淡々と聞いてくるルークに深く溜息をつき、アーチャーは再び空を見上げる。ヘルプだグレン。手に負えん。とは言っても、今のルークにしたのは自分のせいだ。放り投げるわけにはいかない。ちらりとルークを横目で見る。
そうすれば、別に真似をしていたわけでもないだろうが彼もアーチャーと同じく空を見上げていた。表情は特に変わりは無い。ただ、じっと空を見ている。
ただ、その表情が、どこか。
「なあエミヤ」
「なんだね」
「俺さ、やっと最近になってなんとなく分かってきた。感情減退ってやつの代償」
「何?」
「それでも俺は、あの時になったら何度でも同じ選択をするんだと思う」
感情は揺らがない。それでもはっきりと言い切り、ルークは空から視線を戻す。本を閉じて、じゃあちょっとコツでも聞いてくると言って去っていく背に声をかけた。呼ばれた名前に振り返るルークに、アーチャーは小さくだが苦く笑う。
「そうするしかなかったとは言え……君の感情を減退させてしまったのは、私だ。恨み言ならいくらでも受けるぞ」
「何言ってるんだよ、エミヤ。アレは俺が馬鹿だったからおきたことで、グレンは俺を庇おうとしてああなった……俺の感情減退は自業自得だ。お前に恨み言を言うのは筋違いだし―――」
たとえ恨み言を言おうとしても、そもそも感情自体が今の俺には存在しない。
それは違う。存在しない訳ではない。自覚できなくなっているだけだ。それでも彼にとっては全くの事実を言い切って、ルークは船室へと戻っていった。
その背を見送る。よく似た背中を知っている。己よりも余程小さな背中の癖に、決して振り返ることなくまっすぐ前を見つめて歩く。迷いがないわけではない。無様なまでにいつも迷って、何度も何度も立ち止まろうとして振り返りそうになるのを、それでも歯を食いしばって拳を震わせ、立ち止まらずに歩いて進む。前へ、前へと。
―――何度も何度も後悔して、生きてる限りずっとあの選択を後悔し続ける。傲慢だって分かってる。身勝手だって百も承知だ。助けられるかもしれない人を見殺しにしたのと同じで。でも、それでも、俺は何度あの時に戻っても、この選択以外をしないんだろうな。
いつか、溢すように苦く笑った主の姿を思い出す。
「全く……どれだけ別人になろうと結局根幹は同じだな、君たちは」
ご主人様は空を見上げてる時悲しそうにしてるんですの。顔は変わらないけど、それでも悲しそうな顔してるんですの。ミュウの言葉にティアは首を傾げる。悲しそうな顔。思い出す。表情を何も変えずにただ空を見上げている姿を。確かに何か違和感があった。けれど、とてもではないがミュウが言っているように悲しそうな顔には見えなかった。気のせいじゃないのかしら、そう尋ねれば、それでもミュウは必死に首を振って訴えてくる。
「違うですの、悲しいんですの。ご主人様は、きっと何も感じないから悲しそうな顔をしてるんですの」
「――――ミュウ。余計なことを言うな」
何も感じないから。その言葉に引っかかってふと考え込もうとしたティアのすぐ後ろで声がして、一人と一匹は慌てて船室の扉のほうを見る。そこにいるのはやはり無表情。……ながらも、どことなく不機嫌そう……というか、そうとは言い切れなくともどこか面白く無さそうな顔をしているように見える。
ご主人様、とティアの腕の中で申し訳無さそうに小さく呟くミュウに溜息をつき、持っていた本で軽く小突く。それ以上は何もせず、そのまま歩いて彼女の横を通りすぎた。ごそごそと自分の道具袋の中に本を納め、左目の眼帯をほどく。現れたのは、髪の色と同じ赤橙色。明るい夕焼け色。右目の緑とあまりに違うその鮮やかな色彩に、ティアは我知らず息をつめる。
ルークはそんな彼女に何を言うでもなく、しれっとしたまま眼帯をティアに―――否、その腕の中にいるミュウへと放り投げた。受け取ってきょとんと首を傾げるミュウに、ルークはぼそりと呟く。
「後で結びなおせ。チャラにしてやる」
「……は、はいですの! 頑張るですの!」
「ああ、せいぜい頑張れ。……ところでティア・グランツ。音素学の本で読んだが、音素を聞くという項目が解らない。音素は音を発しているもので、耳で聞こえるものなのか?」
「え? いいえ……そうね、この世界の音素を聞くというのは、耳で聞くというよりも全身のフォンスロットで感じる、そういう感覚でやったほうがいいと思うわ」
「全身のフォンスロットか……」
なるほど、と納得したように呟いて、ルークは腕を組み背中を船室の壁に預けて目を閉じる。そして視界が閉ざされた時、聞き覚えのある、けれど何かが違うような声が記憶の底からふわりと浮かんだ。
『ただ目を閉じるんじゃないの。この世界に流れる音素を聞くのよ』
『……聞こえる訳ねえよ』
『耳で聞くんじゃないの。全身のフォンスロットで―――』
――――――ああ、だめだ。これは、グレンと『彼女』の記憶だ。俺が勝手に覗いていいものじゃない。
ごん、と突然無言で背後の壁に頭を打ちつけたルークを見て、ティアとミュウが驚いている。
「……ルーク?」
「いや、なんでもない」
がりがりと頭をかいた。それは既視感に似ている。いつかこのような風景を見たことがある、そう思った瞬間にふわりと湧き上がる、掠め見てしまった記憶の欠片。これは彼の、あの世界の二人だけの記憶なのだ。あの時はどうしようもなくて見てしまったが、それでも何度も何度も覗くようなまねはしたくなかった。
一度深呼吸をして、頭を切り替える。音素を全身のフォンスロットで感じる……
「ルーク、そんなに焦らなくても……」
『焦らないでね。まだ特訓は―――』
「……っ!」
「ちょっと、ルーク?!」
ごつーん、と。再び自分から壁を後頭部をぶつけることになってしまった。大慌てで打ちつけたせいか、力加減を誤ってしまったらしい。両手で後頭部を押さえて蹲る。地味に痛かった。生理的に涙が滲みそうになるくらいの痛さだった。
もう、何やってるのよ、とぼやきながらこちらに近付く気配がする。煩い誰のせいだと言ってしまいたかったが、墓穴を掘るわけにはいかない。たんこぶでもできていないか見ようとしてくれたのだろうが、ルークとしてはあまりティアに近付きたくない訳で。仕方無しに適当に手で振り払って、二三歩よろよろ遠ざかり、その場で後頭部を抑えながら壁伝いにしゃがみ込む。
「……ルーク?」
なんだかちょっとむっとしているような声が聞こえた気がするが、あまり気にしないでおこう。深呼吸を一つ、二つ。ああ、よし、ちょっと落ち着いてきた。ティア・グランツ、ちょっとお前黙っててくれるか。そう言おうとして、目を開けた。そして、それが三度目。
「はっ?! 痛っづ……!」
ティアがこちらを覗き込むようにずいっと顔を近づけていたせいだ。これ以上も無く不機嫌そうに青い目は細められている。それにしても近付かれてるなんて気づかなかった。さすが現役兵士。しかし予想外のその距離に、感情云々は抜きにして、ルークの体は条件反射で後ろへ仰け反った、という訳だ。
ついに今度はうめき声を抑えきれずに溢してしまう。
「だから、さっきからあなた何やってるの? ちょっと見せなさい」
「うるさ……誰のせいだと……っ」
「暴れないで! もう、見せなさい!」
「いい! 放っておけといってるんだ、離れろ!」
「みゅうううー、ご主人様も、ティアさんも、喧嘩しないでくださいですのー」
「あら、大丈夫よミュウ。これは喧嘩じゃないから。暴れてる怪我人を取り押さえてるだけだから」
「誰が怪我人だ、本人が平気だっと言って……おい、聞け!」
「ばか、同じところを三回も打って何言ってるのよ。もう、いい加減見せなさい! 暴れないで!」
「だから……っと!」
「きゃ?!」
ぎゃあぎゃあ喚きながら暴れていると、不意に船が大きく揺れる。二人はバランスを崩して倒れるのだが、その倒れる方向が問題だった。とてとてとこちらに近付いていたミュウを思い切り潰してしまう方向だったのだ。咄嗟にルークはティアの腕を引いて体を捻り、倒れる方向を逸らせる。
がたーんと受身もろくに取れず、四度目。ルークはいい加減意識がとびそうだった。顎の下辺りに彼女の頭があって動かしにくいが、それでもなんとかのろのろと首を回す。ご主人様ーと泣き出しそうな声が聞こえて、一生懸命額を叩いている元気そうなチーグル。どうやら潰してしまわずに済んだようだ。それにほっとしていたら、なにやら小さい声で名前を呼ばれる。
先ほどの威勢のいい声はどこに言ったのだろう。というか、そういえば彼女はいつまで俺の上に乗っかってるつもりなのだろうか。
「あの……」
「なんだ」
「そろそろ、離してくれない、かしら……」
「なに?」
改めて状況を見る。どうやら、倒れる時に引き寄せた勢いあまって抱きしめて倒れこむ形になってしまったらしい。ルークの腕がしっかりと彼女の腰辺りを抱え込む形になっていて、ああなるほど、だから先ほどからなかなかどこうとしなかったのか。なるほどなるほど道理で納得だ、しかしこれで今俺がいるポジションがガイだったらそれは面白いことになるのだろう。きっと悲鳴を上げて震えて挙句には気絶だな、うん間違いない間違いない。
ルークは感情が波立たない故に冷静だが、それでもわりと冷静に錯乱していた。
そして、間の悪いことに。
「ルーク、そろそろシェリダンに―――」
「………………」
「………………」
「失礼した。どうぞごゆっくり」
「待てエミヤァァァ!」
「ちょっと待ってください違います、違うんですっ!」
この時にルークは『焦る』という感情の大部分を一気に思い出したそうな。
久々の没ネタ。
(ルークは淡々としたままの口調で想像してください)
「全身のフォンスロットか……だめだ、よく解らないな。……なあ、チーグルはユリアがローレライと契約する時に力を貸した、っていうんだろ。何かないのか、第七音素を操るコツみたいなの」
「あなたチーグルに聞くって……いえ、でも考えてみればユリアもチーグルに協力してもらったんだから、そんなにおかしいことではないのかしら」
「聞くだけ聞いてみても損は無いだろう。ミュウ、何かないか」
「みゅうう~ボクには解らないですの」
「じゃあお前の火を噴くときの感覚でも良いからさ、教えてくれよ」
「びゅーっとなってひゅーっと集まってぶわーって吹くんですの」
「ミュウ、それは説明になってない気がするのだけど……」
「そうか、分かった」
「……分かったの? ねぇ、今ので分かったの? 本当に?」
「よし、人体の最大のフォンスロットは目だから……目から火を噴くイメージか」
「………………」
「頑張ってですのご主人様!」
「目から火を噴くイメージ、目から火を噴くイメージ、目から……無理だ、できない」
「頑張ってくださいですのご主人様! ご主人様ならできるですの!」
「無理だ。いくらなんでも俺の目から火は出ない。というか、人間には無理だ」
「みゅうううう~」
ついにティアは我慢できずに噴き出してしまった。