昇降機で降りていく。大きな音叉の形をした音機関。ルークは一度アクゼリュスで見た覚えのあるもの。パッセージリングだ。イエモンと、若い技術者がパッセージリングについてあれこれ調べている。まだ起動していないので操作盤から読み取れる情報はゼロ。
いろいろと専門器具を使って調べているようだが、そこまで多くのことは解らなかったようで首を振る。どうやらやはり一度起動させなければ詳しい調査もできないらしい。仕方ない。どうしようもないのだから。
ルークは血中音素の計測器をティアに渡して、腕につけるように指示する。
「イエモンさんたちが調べている譜石があるだろう。そこにユリアの血族が近付くだけでいい。ユリア式封呪が解除されていれば、それだけでパッセージリングは起動する。……起動する時に、障気に汚染された第七音素が身体中のフォンスロットから取り込まれることを代償にな」
「そう。近付くだけでいいのね?」
「……………………」
ルークは苛立たしさを隠そうともせずに、ティアの確認に何も言わない。ただ、緑の瞳は一気に温度が下がるは眉間にシワが刻まれるは、腕を組んでそっぽを向くその姿は子どもっぽいのに随分と荒れている。
ルークの代わりにアーチャーがティアの疑問に答え、改めて譜石に近付くように頼む。頷いて歩いていく背を見送り、その背を因縁でもつけるかのような勢いで睨みつけているルークに溜息をついた。
「随分と苛立っているな」
「そうだな。反吐がでる」
「馴れ合うつもりは無い、と言っていたのに随分と気を遣っているようだが」
「そんなつもりは無い」
「グランツ響長の体が心配かね」
「その問いに含みが無いなら肯定する。降下が完了するまでは生きてもらわなければ困るというのは事実だ。ただし、気に食わないとは思うが……俺にそれ以外の感情は無い」
パッセージリングに近付くにつれて機嫌が急降下しておいてよく言う。
やれやれと軽く頭をふり、操作盤を見つめる。パッセージリングの上に浮かぶ操作盤は、対角線上に配置された十個の円でできている。そのうちの五つの円には赤い縁取り。その操作盤全体に浮かぶ赤い警告の文字。
どうやらヴァンの仕事も早かったらしい。いつから動いていたのかは知らないが、もう暗号処理を施し済みとは動きも随分と迅速だ。
「ルーク」
「解っている」
アーチャーの声にぞんざいに返し、大きな音叉型の音機関を睨みつけた。
パッセージリングの操作だ。両手をかかげて、意識を集中する。身体中の譜陣が熱を持って浮き上がるのが自分でも解った。左眼がずぐんと痛み、奥歯をかみ締めてその痛みに耐える。制御を乱してはならない。ルークは心を揺らさず、平常心を保つ。
『ツリー降下、速度通常』の後に続けて、初めから第二ゲート(アブソーブゲート)降下と同時に起動、と命令しておく。
グレンのときは第一ゲート(ラジエイトゲート)起動と同時に降下と命令したが、そうすれば危険になると分かっているのだ。いや、セフィロト同士を繋げる限り同じことになるのは目に見えているが、それでも操作盤から強引に命令変更するよりは安定した降下を期待できるはずだ。
命令を刻み終わって、ほっとしたら膝から力が抜けた。熱が消えていく感覚の直後、一際強く痛んだ左目を押さえる。出力は弱くしそのくせ長く制御し続けるというのは、体中にはありったけの譜陣を、片目には譜眼を刻み込まれたルークにはなかなか重労働だった。
気を抜けば簡単に体内の音素も刻まれた譜陣も暴走する。そんな状況で時間をかければそれだけ大きくなる痛みに耐え、気を張り続けるのは疲労も大きい。眼帯に少し血が滲んでいることを手の平に感じられた。黒なら目立たないから助かったな、と見当違いのことを思いながら息をつく。
起動したパッセージリングについて、アーチャーの指示によりイエモンと若い技術者が真剣な目をしながら調査している。すぐに何か解るものなのだろうか。せめて障気を取り込む時にその量を少なくするように制御でもできれば少しは違うのだが。
立ち上がろうとしたら、名前を呼ばれて肩に手を置かれた。顔を覗き込まれる。深い海の色をした青い瞳は心配そうにしていて、その瞳に苛立ちが募る。馬鹿が。お前は人の心配をしている場合かよ。馬鹿が。今くらい自分のことだけを考えていれば良いだろうに。
ああ、苛苛する。
「大丈夫? 今治癒術を―――」
「いい、放っておけ」
「馬鹿なことを言わないで。……左目が痛むんでしょう?」
「馬鹿はどっちだ。お前のほうこそふらふらの癖に。そっちこそそこらへんで座り込んで休んでればいいだろう」
「私は大丈夫よ。それよりも、」
「うるさい、何がそれよりもだ! あんたこそ休んでろ!」
ティアの肩を押し返そうとして、左眼が焼かれたような痛みが突き抜ける。うめき声は殺す。しかし表情は歪み、彼女の肩を押そうとした手に変に力がはいってしまったようだ。すぐに痛んだことがばれて、左目に彼女の手が伸びる。
その手を振り払おうとして、後ろから急に延びてきたエミヤに腕を掴まれる。
ふと、既視感を感じた。けれどそれがいつなのか思い出せない。
「邪魔をするな、エミヤ。ティア・グランツ、お前もいい加減……っ」
「落ち着け、ルーク。第七音譜術の行使は障気障害の人体に悪影響は無い」
アーチャーのその言葉にティアは驚いたように目を丸くする。宥めるように言ったアーチャーの言葉の内容にも驚きだが、その言葉に苦虫を噛んだような顔をしながらも、動きを止めたルークにこそ驚いた。
ティアのその表情にルークは思い切り不機嫌そうな顔をする。
「勘違いするなよ。アンタには、外殻大地を降下させきるまでは何が何でも生きて貰わなければならないだけだ」
「小僧……」
「エミヤ、また余計なことを言うなよ」
溜息交じりのアーチャーが何かを言おうとする前に先に、ルークがきっぱりと言い切った。その言葉は恐らくユリアロードの時のことにかかっているのだろう。やれやれと嘆きたくなるというものだ。ここにグレンがいればきっと、笑いながらこいつは照れ屋でねと場を和ませていただろうに。
ちらりとティアの方を見た。表情は普段どおりに見受けられる。が、普通に少し元気がなかった。
待て。そんな馬鹿正直にその言葉を受け取るのか。ちょっと待て。確かに淡々とした口調で、あの表情で言われたのなら仕方ない……のか? 結構解りやすいと思うのだが。何てことだ。実はこの娘、人の心の機微と言うのに疎いのだろうか。
グレンの記憶を思い出す。納得した。
……いや、まあ、言ってる本人自身がその自分に気づかずに、本気で自分がそう考えているのだと思い込んでいるらしいことのほうこそ、問題といえば問題なのだが。
結論、どっちも不器用。
果たしてその一言で片付けていいのか、は、深く考えないことにしよう。ヘルプだマスター、私に心のケアは不向きすぎる。手に負えん。ああこれがせめて微笑ましいね、と見守れるくらいのレベルだったら良かったのに。
つい遠い目をするアーチャーに、ルークは考えていたらしいことをぼそりと呟く。
「……しかし、エミヤ。障気は第七音素と結合するんだろう」
「少し違う。汚染された音素を取り込んでしまって、それが汚染されているから上手く体外に放出できなくなって、それが蓄積されて起きる病気だ。汚染されていない第七音素をいくら体に取り込もうが、障気障害の進行を促進させるわけではない」
「取り込んだ障気が集めた第七音素にさらに結合することは、無いのか」
「問題ない。……というかだな、そもそもお前も『見た』のだろう? あの時も直後の戦闘では普通に治癒譜術を使っていたはずだ」
「あー……そうだった、か? なんだよ。紛らわしいな」
「小僧、お前はもう少し……いや、いい。それよりもだ、君の左眼は私の譜眼処置で色々と一杯一杯なのだ。すぐに治癒せねばダメージが溜まるだけで視力が落ちる。剣士の視力低下は致命的だとわかっているだろう。グランツ響長、頼む」
アーチャーは掴んでいたルークの腕を離すが、もう暴れる気は無いようだ。大人しく眼帯を解いて目を診易いようにしている。そして左目に治癒譜術をかけてもらっている間に彼女の腕から血中音素計測器を奪い、その結果をみてまた不機嫌そうにしていた。
いや、本当に解りやすいと思うのは私だけなのだろうか……?
「エミヤ」
「なんだね」
「アルビオールを手に入れたら、グレンをグランコクマに連れてく前にベルケンドに寄っておく。シェリダンからならついでの距離だ。この調子じゃ後一つ起動でもさせたらぶっ倒れる。薬は早いうちから貰っておいたほうが……おいエミヤ。なんだその目は」
不愉快だぞ、と睨みつけてくるルークにいやなんでもないよ、とだけ返して流すことにした。心配しているのかね、など聞いたらまた同じ理由が帰ってくるだけだとわかっている。もう好きなようにしてくれと言ってしまいたい。こんなに解りやすいのに何故だ。なぜ当事者は解らないのだ。
疲れた溜息を一つ。君達はここで休んでいろといい置いて、アーチャーはシェリダンの技術者達のほうへと歩いていった。
「ご老体、何か分かったか」
「むう……いや、これはなんというか……暗号がのう。何をやっても反応せんでは、流石に調べられん。わしらは音機関には自信があるが、第七音素の暗号はさっぱりじゃ。わざわざ連れてきてもらえたというのに、何もできずすまんのう」
解ってはいたが、想像通りと言ったところか。まあこれだけの短時間で調べられるような音機関なら苦労はしないだろう。元から昇降機の動力のために連れてきたようなものだったのだから、目的は果たしている。
「そうか。いや、昇降機の動力を換えてくれたのだから、そこまで消沈せずともいい」
「パッセージリング……ああ、パッセージリング! このような大物音機関が目の前にあるというのに暗号で調べられんとは……惜しい、悔しい、悔しすぎるわい……っ!」
「分かりますイエモンさん、僕も同じです。創世暦時代の音機関、こんなにいかにも大物ですってヤツが目の前にあるのに何もできないなんて……!」
「そっちかね。ああ、ご老体。そういえばエレベーターの動力だが、ここでの作業は終わったので動力をまたエレベーターからとって機械人形に入れれば、」
「いざ! いざ帰らん! きっとノエルも準備もできておるはずじゃ、帰るぞエミヤ!」
「そうだな、起動が終わったパッセージリングの前でずっと時間を食うわけにもいかん。さて、帰ろうか」
なかなか帰りそうになかったが、やはりちょろいな。心中でニヤリとしながら頷いた。
ベルケンドの第一研究所。そこから深い深紅の髪をもった男が先頭に出てきて、その後ろに続いて出てきた金色の髪の女性が考え込むように呟いた。
「ヴァンはレプリカの情報を集めてどうするつもりなのでしょう」
「そりゃ、情報を集めてるんなら、やっぱりレプリカを作るんじゃないの?」
答えたのは髪を両サイドで括っている、背中に人形を背負った幼い少女だ。ぞろぞろと研究所から出てきたのはアッシュ達一行だ。ヴァンの動向の手がかりになれば、と立ち寄ったベルケンドで手に入れた情報を皆がそれぞれ頭の中で洗いなおすが、何がしたいのかは結局はっきりとは分からなかった。
とりあえず、今は立ち止まって今後の行動指針を立てている。
「スピノザのヤツを問い詰めて分かったのは、ヴァンがレプリカに関して何かをやろうとしていることだけか……レプリカについて調べるしかない。ワイヨン鏡窟へ行く」
「ワイヨン鏡窟……そうですね、ラーデシア大陸はキムラスカ領です。マルクトには手が出せない。ディストは元々マルクトの研究者ですから、フォミクリー技術を盗んで逃げ込むにはもってこいだ。何かしら研究結果が残っている可能性もある」
「……決まりだな。行くぞ」
「ぶー。行ったほうが良いんですか、イオン様」
「そうですね。ヴァンの意図を僕達も知っておいたほうが良いでしょうし、ついて行きましょう」
「――――俺は降りるぜ」
ガイの静かな言葉に、ジェイド以外のみんなの表情に驚きが浮かぶ。しかし一番初めに平静を取り戻したのはアッシュだった。
「そうか。一応理由を聞いておこう。……どうしてだ、ガイ」
「ルークが心配なんだよ。あの馬鹿、俺に何も言わずにさっさっと行っちまって……あいつが何も言わずに一人で考え込むと、たいてい碌なことにならないんだ。一発、目を覚まさせてやらないとな」
「ガイってばお人好しィ~。……でもね、ガイは見てないから知らなかっただろうけど。ルーク、本当に変わっちゃってたよ。それでも行くの?」
「なら、尚更だ。……親友が感情もなんも分からなくなっちまってるってんなら、そう言うときこそ俺がついててやりたいんだよ」
ユリアシティでのことを思い出しているのか、アニスが悲しそうな顔をする。今のルークの簡単な状態と、その理由は大体は皆ジェイドから聞いていた。グレンを助けるために無茶をしたと。体中に譜陣を刻んで、片目には譜眼を刻んで、余程の無茶らしい。それは、感情をほとんど忘れてなくしてしまうほどの。
なぜ、あの時彼を一人にしてしまったのか。なぜ、あの時みんなの前に顔を出そうとしなかったあいつの様子を見に行こうとしなかったのか。顔を出しづらいのだろうと思っていた。しかし一度も出そうとしなかった、ということのおかしさに気づけなかった自分が悔しい。
あの時はもっと落ち着いてから、何があったのかを聞けるようになってから、ただそう思っていただけだというのに。
「ガイ、貴方はルークの従者で親友ではありませんか。ここにいるルークも、あなたがかつて確かに傍にいた……彼こそあなたが仕えるべきはずだったルークではありませんの?」
「そうだな、こいつももう一人のルーク、だろうさ。それでも……俺が仕えるべきなのは、その賭けをしたのは―――こいつじゃない。あの不器用な馬鹿の方なんだよ」
しかし、まさかあいつが覚えてるとは思わなかったんだがね。言葉の最後に小さくそう言って、ガイはとても小さく笑った。苦笑のように見えるのだがどこか嬉しそうで、けれど明るい笑顔だとは言い切れない。そんな笑顔だった。
その笑顔を見たアニスはもう止めることをあきらめて、励ますように明るく笑う。
「はぁ……本当にガイってお人好しだよね。でも、まあ……そんなガイだったら、ルークもちょっとは心を開いてくれるんじゃないかな。頑張って。女の子に剣突きつけるなんて何考えてんだーって、思いっきりしかってやりなよ? ガイってばルークの育て親なんでしょぉー?」
「……ガイ。本当は僕もルークに会いに行きたいんですが……」
「はぅあ? イオン様、それはダメですよ?!」
「解ってますよ、アニス。だからガイ……僕の初めての友達を、どうかよろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
「……ガイ。迎えに行くのは自由だが、あいつが今どこにいるのか見当はついてるのか? 闇雲に捜すだけじゃ時間ばかり過ぎるだけだぞ」
なんだか良い雰囲気で、今にも手を振って走り出そうとしていたガイの背に、一応とばかりにアッシュが声をかけたのだが。見事に手を振りかけたガイの動きが止まった。それはもうぴたり、と擬音語が見えそうなくらいの停止具合だ。
どうやら決意して気ばかりが急いていたらしい。溜息をつきながら、特に何も言っていないジェイドをじろりと睨む。
「ジェイド。アンタならあのエミヤだとか言う人外から話を聞いたんじゃないのか」
「……そう言われましてもね」
「旦那、何でも良いんだ。何か言ってなかったか?」
「やれやれ……聞いたと言っても、彼らの行動については何も聞いていません。ただ、パッセージリングについて言及していましたから、おそらくはセフィロトを回っていれば会えるかもしれませんね。しかしセフィロトの位置が解らないのでは捜しようもない」
「セフィロトといえば、僕が知っている限りではアブソーブゲートとラジエイトゲート、そしてザオ遺跡と……確証はありませんが、六神将に攫われていた時に『タルタロスで上手く行けばシュレーの丘にも行けていた』とシンクが小声で言っていました。ですよね、アッシュ」
「ああ……そうだな、確かにシンクはそう言っていた。……ユリアロードを通ったとするなら、一番近い港はダアト港だ。そこから行くとしたら……」
「ケセドニア、知っている中ではザオ遺跡が一番近い、か。じゃあ俺はシュレーの丘のほうにでも行ってみるかな。悪いな、アッシュ」
「……フン。お前があいつを選ぶのは、わかってたさ」
「ヴァン謡将から聞きました、ってか? まあ―――もうそれだけって訳じゃないんだけどな」
「どういうことですの、ガイ」
「……何でもないよ。それじゃあな!」
それだけを言い置いて、ガイは去っていく。その背を見送り、同じく小さくなる幼馴染の背を見送るアッシュにナタリアはそっと声をかけた。
「よろしかったの、ア……ルーク」
「その名で呼ぶな。あのレプリカが返すだとか抜かそうがほいほい受け取るつもりも無い。その名はもう俺の名前じゃないん―――」
「あ」
カシュン、と。第一研究所の扉が開いた。聞こえた声に、そういえば扉の前でずっと陣取って話してしまっていたと、彼らは扉の前からどこうとして……その扉から出てきた人物を確認する。
明るい赤色。夕焼け色の長髪。譜眼を隠しているのだろう、左目に眼帯。そして研究所からでたところでたむろっていた五人をみて思わず声をあげてしまったらしい人物は。
「おや」「はぁ?! なにそれ!」「お前は……っ」「どうして……」
「……ルークうわぁ?!」
真っ先に現状を把握したイオンが大慌てでルークに駆け寄ろうとしたのだが、どうやら慌てすぎていたのだろう、何も無いところで転げかけた。
それに思わず手を伸ばし支えて、そしてしっかりとイオンに服を握られたことに気づいた。ルークはしまった、と思った。とはいっても、いくらしくじったなと思いはしても、感情はそこまで波立たず無表情なままなのだが。
しかしそんなルークを見ても、イオンは自分を助けてくれたルークを見て穏やかに笑う。
「ルーク、は……変わってしまったけれど、やはり変わってないんですね。優しいままです」
「お前な。こけかけてまず言うセリフがそれか、イオン。しかもミュウと同じようなこと言いやがって。……お前こそ相変わらずみたいだな」
「はい、すみません」
人畜無害なイオンの笑顔にルークは内心溜息をつく。これだから、イオンには会わないようにしていたというのに。ルークの中ではグレンはとにかく比重が重い。それでも、イオンも大きいのを自覚している。何故なら、彼はルークと同じくレプリカだから、だとかいう理由ではない。
友達なのだ。グレンとイオンと自分と。三人で展望台に登った。寝転がって、青い空を見上げて、手を伸ばした。三人で笑っていた、大切な記憶を共有する友達。あの時のあの場所を知る、もう一人。
「…………」
もう支えた手を離すのだが、笑うイオンはルークの服を放そうとしない。それを、どうにも振り払えないでいる。放せ、と言ってみるのだが逃げるでしょう、と返されて何も言えない。ひたすら無表情で耐えるしかない。
置いていく、と。全てを置いていく、と宣言したくせにこれだ。全く、意志薄弱で仕方ない。浮かべられるなら自嘲を浮かべたかったが、まだそんな複雑な感情は思い出せていない。イオンから視線を逸らすように周りの状況を見渡して―――ふと、違和感に眉をひそめる。
イオン、ジェイド、アニス、ナタリア、アッシュ。
……一人足りない。
「ガイはいないのか?」
「って、ガ、ガイならアンタを捜すって―――あああああああ! 船、今船乗ろうとしてるんじゃ……っ!」
「そ、そうですわ! 早く追いかけて止めないと!」
大慌てで走っていくアニスの背を見送り、そして妙に焦っているナタリアと相変わらず喰えない表情をしているジェイド、不機嫌全開のアッシュを見て、ルークは一人で首を傾げていた。
本日のNG
(そう言えばルークはアーチャーの生き様を知っているわけではないのでダメじゃん、とカット)
(ルークとアーチャー。ルークが許せない自己犠牲の基準)
「世界のために命を捨てる、という行動が許容できないか。それにしては私には何も言わないんだな」
「エミヤは自分で選んだんだろ。そう目指した理由はあったとしても、義務ではなかった。それ以外の道がありながら、それでも選んだのは自分自身。他にいくらでも歩けたはずの可能性の中で、己の意思により選択し、己の自由により決定した。
……その結末がどうなろうが、それが自身の意思なら結果がどうあれ俺は何も言わないさ。馬鹿にもしない。解ってたくせにめげもせず自分から破滅に向かって一直線するなんて変わってるなとは思うけど」
「ふむ。なかなか耳が痛いな」
「すごいとは思う。でも、そんな化け物みたいな生き方は俺にはできない。俺にはできないことをできるってことには本当にすごいと思う。俺はごめんだけど」
「なるほど。小僧が怒っている点は『義務により強制される己の意思』か、『全てにおいて己で選んだ自由意志』か、という差異か。確かに彼女の選択も自分が逃げれば世界は崩落、という逃げ場の無い義務のようなものが前提になっている。グレンの時の障気の中和も然り、か」
アーチャーは自分の意思でその道を歩き、自分の意思でそれを貫き、自分の意思でそれを守りこれに至る選択をした。その先にある絶望も結末も―――得た答えも、いずれ遠からずそれを忘れてしまうことも。全て己の選択による帰結、彼自身の責任と結末だ。
それ以外の道はあったはずなのに、それでもその道だけを突き進んだ。セイギノミカタになる。それだけのために走っていった。自分が幸せになるということから逃げ出して、見ないふりをして、他者の幸せだけを願って、ただそれだけのために駆けてきた。
そう選んで、選択したのは自分自身。誰の強制でもない。何度も忠告されて、何度も止められて、自分を幸せに出来ない人間が誰かを幸せにはできるわけがない、と何度も言われていたのに。
それでもこの道を選んだのは自分だった。伸ばされた手も振り払って一人で走ってきたのは自分自身。そうあらねばと自分勝手に思っていた己の意思だ。
だから自分を恨んだ。憎んだ。後悔した。絶対に殺そうと。既に現象として存在してしまっている自分は消えないだろうが、八つ当たりだと承知していて、それでもその選択をした己を憎んだ。
―――結局、無様なことこの上ない醜態をさらして、それでも答えを得ることはできたのだが。
「世界に強制された選択を、己自身の意思で自分から決定したのだと思ってる。それで良いと思ってる。その思考回路が苛つくんだ」