水の音がする。きれいな町だとルークは思った。海の上に浮かぶ水上の帝都、グランコクマ。
空の青と海の青と町をめぐる水の青。白を基調とした壁の建物が多くその屋根も青色の系列で統一されていて、ぐるりと周りを見回すだけでも精密な譜術の活用で町中を水が巡っている。時折町中に設置された噴水の周りにはベンチが置かれその傍らには木々が埋められ、所々に緑が見られた。
譜業技術で栄えたキムラスカ。譜術が盛んなマルクト。空に高くそびえるように荘厳で厳格な町並みを誇っていたバチカルと、そこに住む人を癒し落ち着かせるような町並みのグランコクマ。本当に、何から何まで対照的だ。
小さく風が吹けば、どこか遠くで響く鳥の声と草木のざわめきを連れてくる。噴水の周りで遊ぶ子どもの声も、人々が談笑する声も。
―――そうだ、ここが。何度もあいつが言っていた。
声に出さずに心中で一人呟く。
「ルーク?」
町へ入った瞬間に足を止めて、辺りを見回すように視線を巡らせたルークに気づいて、ティアが振り返る。どうしたの、と問いかける声に何も答えず、ただルークはかみ締めるように一つ一つその音を口にする。
「……グランコクマ」
彼がつぶやいたのは町の名前。確認するには今更な都市名で、彼が何を言いたいのかティアにはさっぱり解らない。ルーク、と問いかける少女から視線を逸らす。目に入る町並み。町中に流れる水が太陽の光を弾いて少し眩しい。
目を細めたルークのその表情が酷く穏やかで、どこか嬉しそうで。ティアは少し驚いた顔をする。そんな彼女に気づくまでもなく、町並みを見渡しながらルークはポツリと小さく呟いた。
「――――グレンが一番好きな町、だ」
ルークは微かに口元を緩めたまま呟き、目を閉じた。一瞬だけだった。小さく笑っていた彼の表情は次に瞳を開けた時、瞬きの合間に掻き消えてしまっていた。
この町なら少しは馬鹿な夢見なくなればいいんだがな。ぼやくように呟かれた声はいつもの淡々としたものに戻っていって、ティアはついさっき自分が見たものがはたして現実だったのかと首を傾げたくなるくらいだ。
「ところでエミヤ、俺達は先触れも何も出して無いだろう、すぐに皇帝に謁見できるものなのか?」
「安心したまえ。ここに滞在していた間に、少々厨房あたりに出入りしたりしてね。兵の間にはそれなりに顔が売れているし、信用もある。それにシェリダンを立つ時にそろそろグランコクマに行くと鳩を飛ばしておいた。顔パス、までは行かずともそこまで時間がかかることもあるまい」
アーチャの言葉にルークは感心する風に頷いて、そうか、それなら安心だな、流石エミヤだ、と言いかけて、アーチャーの方に振り返りかけた形でその動きがぴたりと止めた。それはもう面白いくらいぴたりと停止していて、どうかしたのかね、とにやりと笑うアーチャーにルークは少し怒り気味に言い募る。
「……待てエミヤ。その担ぎ方は何だ、グレンはお前のマスターなんだろうが小脇に荷物抱えとはどういうことだ? おい、血色悪くなってるんじゃないのか」
「む? では小僧、お前は私にグレンを横抱きにしろというのかね? それこそマスターは起きていれば泣いて嫌がると思うのだが」
「普通に肩に担げばいいだろ」
「それでは面白味が無いではないか」
「人を運ぶのに面白味なんていらないだろうが! もういい、俺が担ぐ!」
「お前が? いや待て小僧、無理だろう。体格が同じなのだからふらふらするに決まって……」
「無理じゃない、ユリアシティでも連れて行っただろう、貸せ!」
無理やりアーチャーの腕からグレンを引ったくり、肩に担いで―――時々よろけながら歩き出す。その後姿がなんと言うか、間抜けというか、すごく頑張っているように見えるというか。
「あの、ルーク?」
「無理してない。さっさと行くぞ!」
ティアの気遣うような声に振り返りざまにくわっと言い張り、ルークはずんずんと(よろよろと)進んでいく。……体格的に担いで歩くにはすこし距離に無理があるのでは、という至極当たり前の忠告もどうやら聞いている気配はないようだ。
「グランツ響長、諦めたまえ。グレンに関するときだけは『ルーク』に戻るのだ、てこでも引かん」
「……ですが、躓きでもしては危ないのでは」
「あやつがグレンを担いでいる時に蹴躓くとでも思うかね?」
アーチャーの言葉に、ティアは大いに納得した。納得はしたのだが。
「…………」
「…………ふむ。またよろけたな」
「エミヤさん」
「なにかね」
「……あまりルークをからかわないでください」
頑張ってグレンを担いでよろよろ進むルークの後姿を見ながらティアがぼやけば、アーチャーはやれやれと肩をすくめる。
「しかしだな、グランツ響長。今の小僧が感情を大きく揺らしやすいのはグレンに関する時だ。グレンに関するときだけは未だにはっきりと思い出していない感情ですらよく揺れる。感情を実感させるのに利用しない手はあるまい?」
「それは、」
町並みを見つめていたときのルークの表情を思い出して、ティアは咄嗟に反論ができなくなる。
「……そう、でしょうけど…」
「これはまあ助言もどきでしかないのだがな、グランツ響長。今の小僧には思い出している感情が酷く偏り気味だ。無表情ばかりの相手と会話をしていては君も疲れよう。無表情の小僧と会話をするのが少し辛くなりだしたら、グレンの話題を出せば良いのだ」
「……はい」
間違いない、一撃ではしゃぎだす。上手くいけば笑いもするだろう、そうやって何度も笑わせていればもう少しまともな感情も思い出すやもしれん。
うむうむと頷きながら話す言葉にティアは気の抜けたような返答を返すだけだったのだが、ふと疑問に思ってアーチャーの名前を呼ぶ。どうしたのかね、とアーチャーは首を傾げていた。
「ですが、それならグレンの話をするのはエミヤさんのほうが良いのではないですか? 彼の話を私よりも知っているでしょう」
ティアの質問にアーチャーは一瞬だけ目を見張り、しかしすぐにいつもの冷静な表情に戻る。けれど完璧にいつものとおりと言う訳ではなく、どこか苦笑交じりの表情だった。ちらりとルークを見やって、彼には絶対に聞こえない音量の声で、ティアには辛うじて聞き取れるだけの音量で、小さく答える。
「ああ……まあ、それはそうなのだがね。しかし―――私は、あまり彼の内面再生に関わらないほうが良いのだ」
「どうしてですか?」
「ルークの願いとグレンの願いでは、ただ一つだけ真っ向からぶつかり合うものがあってね。私は、グレンの従者だ。その時が来たならばルークの隣にはいない。グレンの願いを叶えるためだけに行動するだろう」
そう言い切ったときのアーチャーの表情は、苦笑いだった。けれどその瞳に迷いは無い。その時が来れば彼はなんの躊躇いもなくグレンの側につく、そう目だけで語っていた。
「わかるかね? 私はルークを裏切るつもりは無い。敵対もしない。が、立ち回りによってはアレの思惑を防ぐ立場になることもあるだろう。いずれは離れねばならんのだ。……それを、小僧自身も知っている。
しかしいくら承知済みだとはいえ、必要以上に親しくなれば小僧とて裏切られた感覚がするだろう。既に一度、手酷く裏切られているのだ。……そんな感覚を何度も味わうことも無い」
「……」
「ああ、勘違いしないでくれ。あくまでも謡将の野望を阻止する、と言う点ではルークとグレンの意思は一致している。それについては私も手抜きはせんさ。全力で叩き潰すまでだ。ただ、問題はその謡将についてのいざこざを終わらせた後というかな……まあ、いずれ君にも分かるだろう」
話していて、ルークとの距離が少し開いてしまった。二人を呼ぶ声を聞いて、アーチャーは軽く片手をあげて声を返す。頷いた彼がまたよろよろと歩き出したのを見たあと、ティアの方を向く。
「グランツ響長。勝手なことだとはわかっている。それでもどうか、ルークを頼む」
「……分かりました」
グランコクマの王宮の前にたどり着く。周り中を滝のような水の壁で覆われて、さすがは水上の帝都のその王宮だと誰もが納得するような荘厳さだ。その城の前で兵に何事か話している身なりの良い人物を見つけ、アーチャーは軽く声をかけた。
その声に顔を上げ、その青年将校はアーチャーの顔を見て穏やかに笑い、今まで話していた兵に何事かを言付けてどこかへ行かせる。
「久方ぶりだな、フリングス将軍。しかしすまない、何か仕事中だったかね?」
「いいえ、報告を聞いていただけでしたので大丈夫です。エミヤ殿、お待ちしていました。そちらの方が手紙にかかれていたお連れの方々ですか?」
「そうだ、彼らが例の者達だ。ピオニー陛下に謁見の旨伝えてもらいたい」
「わかりました、ではすぐにでも―――」
言いかけて、フリングスの目はアーチャーの後ろ、ぜいぜいと荒い息を吐きながら自分と同じ体格の人間を担いでいるらしいルークを確認し、その笑顔が微妙に変化する。ちらりとフリングスはアーチャーに視線を向けるが、彼はにやりと笑うだけで何も言わない。
「……いえ、私が陛下に謁見の申し込みをして準備を整えている間に、その、お連れの彼を医務室に寝かせておいたほうがよろしいでしょう。医務室の手配は私がしておきますので……エミヤ殿、それでよろしいですか?」
「ああ、了解した。それでいいか、ルーク」
「……任せる」
もはや喋るのもいっぱいいっぱいといった感じだった。確かにユリアシティで運んだ距離と比べればとにかく遠距離だ、肩を貸して歩くならともかく担いで歩くには少しルークには無理がある。
息は荒いし汗はだらだら流れているし歩くのはフラフラだしと、途中で我慢ならずにティアが手伝うというのも跳ね除けて、もはや意地になって一人で運んでいたのだ。それでも根性でこけたりしないのは流石といったところか。
ティアも諦めて万が一でも躓きかけたらフォローできるような位置で待機しているのだが、どうもルーク的にはそれが面白くないらしい。恐らくだが身長にコンプレックスをもっていたらしいルークのことだ、こういうことに関しては些か意地になってしまうのだろう。
* * *
グレンを医務室に運んだ後、ルークは少し顔を洗いたいといって部屋から出て行った。それは当たり前の流れで、だからアーチャーも疑問に思わなかった。医務室にティアとアーチャーを残したまま、ルークは迷いのない足取りで進む。
何度か宮殿内の人間に道を聞き、たどり着いた部屋に入る。驚いた顔をして部外者は立ち入り厳禁だと言って入るのを留めようとする人間達に、己は当事者の完全同位体のルークレプリカだと宣言すれば彼らは何も言えなくなっていた。
そして目当ての研究書の必要な部分だけをざっと読んで、その内容にぎりぎりと奥歯をかみ締める。いくつかの質問をそこにいる研究員にして、そしてその返答で彼は確信する。
くそったれ。道理でグレンがふらふらになってたわけだ。しかし、いずれは確認しなければならない。また接触することを考えたら憂鬱になるが、やむをえない。けれど、確認をしたとして。
――それから、どうする?
ぐしゃりと研究書を握り締めた後、こちらを伺うような顔をする研究員に困ったような笑顔を浮かべた。記憶の中のグレンを思い浮かべて、その表情を表面だけでもトレースする。複雑な表情だ、上手くいくか不安だったがどうにかなったのだろう、研究員は不審な顔はしていない。
「すみません、俺がここに来たことはエミヤには言わないでください。あいつ、俺には過保護だし」
渋っていたが、最終的には頷いてくれた。ここで頷いたなら大丈夫だろう。この部屋にいるということは、ピオニー皇帝じきじきに信用できる研究員を任命した人物達のはずだ。
医務室に戻る。遅かったなと問われるが、ルークは迷子になったのだと言っておいた。すぐの距離で迷子になるのかねとアーチャーは呆れ気味だったが、眉間に皺を寄せると苦笑された。
丁度いいタイミングで現れたフリングス将軍に呼ばれて、先導する彼について行く。
感情が無いと楽なこともある。
嘘をつきやすい。何も、感じないのだから。
* * *
「よう、そいつか? 俺じきじきの仕官依頼を断ったエミヤがたった一人だけ仕えるご主人様ってのは」
「違います。俺はエミヤの協力者です」
「ほほう。じゃあなんだよまさか後ろの可愛い娘ちゃんのほうか? エミヤ……お前羨ましすぎるぞ!」
「……いえ、あの、私は……」
くうううと本気で羨ましがっているようなピオニーは、ティアの言葉を聞いていない。
ずるいぞ俺だって自由に動けるならきれいなお姉さんをマスター呼ばわりして忠誠を捧げるのも悪くないと思ってるんだ俺だってお前みたいにやってみたいよ全く、などと己の願望まるだしの独り言をブツブツと溢している。
そんな皇帝にどう接すればいいのか分からない若輩者二人は行動停止状態だが、アーチャーはくっと笑った後、それはそれは禍々しい笑みを浮かべてピオニーを睨みつける。それはもう危険な目つきで、だ。
「……恐れ多くもマルクト皇帝ピオニー陛下。二枚と三枚、下ろされるならどちらが好みだ? それとも開きにしてしんぜようか。なに、ご希望通りに調理してやろう。味付けはどのようなものがご希望だ?」
「はーはっは、おいおいちょっとした冗談だろうそんなに怖い顔……うわぁストップ、笑顔で包丁出すのやめようぜエミヤ。あと俺人間だからな、魚扱いはやめてくれ……って言うか待てよ、俺皇帝だぞ。包丁こんなとこで出すとか危ないだろう」
「ふん、皇帝自ら人払いして下さったのだ、人目も無い。覚悟してもらおう。それともあれか、今すぐブウサギ部屋へ行ってそれはもう最高級のブウサギディナーを作ってもらう方が良いというなら分かった私がこの腕にかけてこれ以上無く舌鼓を打つような、」
「エミヤあああああ、俺が悪かった、俺が悪かった! ちょっと待てブウサギはやめて俺を殺せええええええええ!」
「とくにネフリーは毛並みも肉付きも最高級だ。陛下、貴公が絶望の涙を流しながらもついついおいしいと思ってしまうような調理ができるぞ」
「すみませんごめんなさい調子乗ってました勘弁してください」
「私の今の主はグレンだ。男だ。私はマスターを男か女かで判断するような戯けなどではない。君のような女性なら何でもOKな犯罪者と一緒にするな」
「待て! 俺だってなにも全て本気で言ったわけではないんだぞ、犯罪者扱いはやめろ」
「気をつけろ、グランツ響長。ルークか私の影に隠れておけ、危険だ」
「エミヤ、ちょっとまて本気で落ち込む……おい、そこの赤いのも本気で彼女を隠さないでくれ、傷つくだろ?」
胡乱気な目をしながらもいつの間にやらティアを庇うように前に出ていたルークの行動に、ピオニーは地味にダメージを受けている。フリングスの「口は災いの元です、陛下」と言う言葉に止めを刺された気分だ。
ここまですれば反撃の気も晴れたのか、アーチャーは投影で出していた包丁を消す。彼がはあああああと長々溜息を吐いた後、ここからは真面目な話だといえば、ピオニーは今までのおちゃらけた表情ではなく、すっと統治者の顔になった。
その表情をみて、ルークもティアも頭を切り替えたようだ。王に対する表情に変わる。その効果を見ていたアーチャーは一人で「こういう顔ができるなら、いつもこの顔で居ればいいものを」と思いもするのだが、人間らしい王としては今のピオニーのような切り替えのできる人間の方が良いのかもしれない。
「本日は謁見をお許しいただきありがとうございます、マルクト皇帝ピオニー陛下。俺……いえ、私はキムラスカ・ランバルディア王国のファブレ公爵が子息、ルーク・フォン・ファブレ……厳密に言えばそのレプリカです。ですが、今現在アクゼリュスへと親善大使として派遣されたのは私です。どうか、そのことを納得していただいた上で話を聞いていただきたい」
「承知した。それではルーク。本日はどのようなご用件でここに参られたのか」
「はい。先日起こったアクゼリュスの崩落は、私の超振動によって引き起こされた人災です。ですが、恐れながらこの度はアクゼリュスに関する私が受けるべき罰を一時保留にし、マルクト領内を歩く許可を頂きたく参上いたしました」
「ほう?」
ルークの言葉に、ピオニーは意外そうな声をあげた。ゆっくりと指を組み、アーチャーの方を見やる。これはお前の差し金か、と。しかしアーチャーは黙して口元を歪めるだけで、何も言わない。ただ小さく首を振り、ルークの好きにさせているようだと判断する。
「意外だな。俺はエミヤから、これからセントビナーが真っ先に崩落する、と、そこまでは聞いている。だからてっきり俺はお前がセントビナーのことについて何か願い出てくるのかと思っていたが……違うのか」
「はい。本来なら私もそうしたいところではありますが、セントビナーは崩落してもらわなければ困るのです」
「……なに?」
「ユリアのスコアを絶対視する者達に、スコアから外れる覚悟を。それを決意させる為にも、私たちが手を出すまでもなくセントビナーには崩落してもらわねばなりません。……もちろん、民を避難させてセントビナーの領地だけが崩落する、と言う形にすることが前提ですが」
「なるほど。確かに今のマルクトはキムラスカと教団双方から狙い打たれている状況だからな。教団内の流れを多少は変えておかねば骨も折れるだろう」
「失礼ですが陛下、ただいまセントビナー崩落の件についてどこまで動きなさっておられますか」
「ああ、それについてだが今は微妙なところだな。確かに地震が多いが、まだ地盤沈下として現状が出ていない。よって、俺が仮説として出した発言はまだ議会には通りづらいのが現状だ。何より、キムラスカがカイツールのほうに戦力を集中する動きがあってな。はっきりとした確信ではなく予兆では、議会も納得しない。動きもしないだろうよ。確かに兵の士気のことを考えても引くこともできんのも事実だ」
「そうですか……」
これからの流れを改めて計算しているのだろう、十数秒ほどルークは考え込む。やがて考えがまとまったのか、顔をあげたルークは真っ直ぐにピオニーの目を見た。
「陛下。それではやはり、私たちにはマルクト領内を自由に通行できる許可を。セントビナーの救出には、地盤沈下など具体的な症状が出だした頃に来るでしょう一団にお任せしたほうがよろしいかと。おそらく王女殿下なら国の枠を越え、民の救出には自ら名乗り出るはずです。キムラスカの王族が直々に救出に向かう、となれば流石の議会も少しは緩和するでしょう」
「妥当だな。その流れならジェイドの師団も使えるようになるか。なるべくエンゲーブではなくグランコクマに受け入れるように準備はしているが、アクゼリュスの民も入れている……全てはさすがに無理だな。アスラン、ケセドニアのアスターにも協力申請の鳩を飛ばせ」
「はっ!」
「さて、セントビナーはそうするので良いとして。……しかし問題はルーク、お前のほうなんだ。実はな、俺とアスラン、ゼーゼマンのじーさんはそこのエミヤから教えてもらっているから多少は知ってるんだが、議会はアクゼリュスで何が起きたのかを知らない」
「崩落の大罪人に領内の自由な通行を許すのは難しい、むしろ処刑すべきとの声がなきにしもあらず、と言ったところですか?」
「端的に言えばな」
「ならば、かの者の罪を許したわけではない、これから続く大地崩落を防ぐ為だけに一時保留にするだけだ、と仰れば良ろしいでしょう」
「何?」
「すべてが終わった時に改めてこちらに伺います。処罰はどうぞその時に」
「待て、お前は何を言っているのか分かっているのか?」
「起こした罪は、償わなければなりません。私は、これからは己の自由で、意思で、選択で、その責を負い、償いをしていこうと思っています。ですが、それは所詮自己満足だ。裁く権限はあくまでもマルクトに、私が殺し尽くしていたかもしれないアクゼリュスの民にある。今は一時預けるとしても、その罪は無くなってしまってはならない。
陛下。その時が来れば議会においてどうか厳正且つ公平な処罰を願いたい」
淡々と、揺らぐことなく言い切ったルークの様子をじっと見て、やがてピオニーはやれやれと首を振る。その様子が呆れているように見えるがどこか困っているようにも見えて、何かをしくじったのかとルークは慌てて思い返すが分からない。
心中で大いに首を傾げるが、交渉の席で首など傾げるべきではないということくらいは分かっている。じっと返答を待っていると、ピオニーは苦笑いを浮かべながらルークに視線を戻した。
「お前さんは潔癖で、おまけに交渉ごとが下手だなルーク。いいか。ここは普通、大陸崩落を防ぐことを条件に罪の軽減を訴えるべきところだぞ。自分に害しかない条件を、人は容易く受け入れはしない。その資格が無いと、どれだけ自分で思っていてもだ。自分の利益をそれなりに提示した上でなければ、逆に交渉は上手くいかないものだぞ」
「は……ですが、」
「わかっている。だから、お前は潔癖だと言ったんだ。……しかしなぁ、いくら公平且つ厳正な処罰を、と望まれても、全てが終わった時にはお前は崩落を止めた大功とファブレ公爵の子息と言う肩書きがある。キムラスカと友好関係を築くためにも、処罰などは……」
「それなら気になされるまでもありません。私はレプリカです。れっきとしたキムラスカ王族のオリジナルルークはバチカルに返しますので、私は身分の無い人間もどきということになるでしょうから、それを公表してしまえば―――」
「待てルーク。それは聞き捨てならない。俺だけじゃない、そこのエミヤも、お嬢さんも怖い顔をしているぞ」
「……ですが、事実です。私を直接よく知っている人間と、知らない人間と。その中でも受け入れられる人と、受け入れられない人と。どちらの比率が圧倒的に多いかなど、簡単に想像がつくでしょう。集団になった民心は、常にはけ口を求める。
これからスコアは狂い意味をなくす、その元凶になったレプリカ、ですよ? ラストジャッジメントスコアを知らない大勢は許すわけもない。
……あー、それとエミヤ。俺は何もレプリカすべてが人間もどきだ、と言っているわけじゃない。生きるために生きるならそれは人間だ。自分を確立させている存在は、もう人間だ。だからグレンも、あいつも人間だ。けどな、俺は少し違う。だから『もどき』なんだよ」
前半をピオニーに、後半をアーチャーに向けて為されたルークの言葉に返るのは、とにかくとんでもなくドスの効いた低い男の声と、色々なものを押さえつけようとしているような少女の低い声だ。
「………………今は交渉の席だ、何も言わん。しかし、後でじっっっっくり話し合おうではないか。なあグランツ響長?」
「……………………………………そうですね」
おかしい、何か地雷を踏んだらしい。グレンのことについて怒っているのかと思って言ってみたのだが、アーチャーもティアも怒りの表情がおさまっていない。しくじったのか。グレンは人間だといえば少なくともアーチャーの怒りは収まるとルークは踏んでいたのだが、なぜかますます怒っていらっしゃる。
黒いオーラと怒りマークを背後に感じながら、とりあえずルークはごほんと咳をする。落ち着け、まあ何とかなるだろう。それよりも今はこの場をどうにかするのが先決だ。
何とか冷静になり、顔をあげる。ピオニー陛下は生暖かい眼差しだった。多分後ろですごいオーラを背負っている二人にこれから絞られるルークの今後を想像しているのだろう。どうしよう、挫けてしまいたくなってくる。
「……いろいろありましたが、もう一度願います、マルクト皇帝ピオニー陛下。願わくば、私のアクゼリュス崩落の罪を一時預けてもらえませんか。そしてマルクト領内を移動する許可を頂きたい」
「そうだな。大地の崩落を防ぐ為だ、という理由なら十分だろうし、俺が何も言わなくてもあいつらが言うだろうし、許可を出そう。ああ、しかし議会に実際に大地の崩落する様を見せたほうが通りがいいだろうから、正式に許可が下りるのはセントビナーが崩落しきってからだ。下手に暴れるなよ?」
「はい、寛大な処置に感謝いたしま「さて話も纏まったなら行こうではないか小僧」え、ちょ、「そうですね行きましょう」おい、お前もかよ!」
アーチャーに首を、ティアには腕を、問答無用で掴まれてルークはずるずると退出する。一応必死になって御前での無礼申し訳ありませんでした、との言葉を何とかを残して連行されていった。その姿を見やってひらひらと手を振り、ピオニーは傍らに立つフリングスの名を呼ぶ。
「アスラン。お前はどう見る?」
「どう、とは?」
「決まってるだろう? 外交上は無問題だがその他ではいろいろと問題発言していた、あのルークに関してだよ」
「私にはわかりませんが……そうですね、どこか―――自分が定めた終着に向かってのみ、歩みを進めているような気がしました」
「だな、お前もそう見るか。あれの言いようでは、積極的ではないが酷く消極的な自殺志願者だ。死に方を決めてる感じか。ふん、全てが終わったらいくらでも処罰を、か? 嘘だな、あいつは全てが終わった時には死んでるつもりだ。だからあんなセリフがぽんぽん出るんだ」
「そう思っておいでなら、どうしてそれを指摘なさらなかったんですか?」
「あの嘘が俺に対して吐かれたものではなくて、その後ろに居たエミヤあたりにかけようとしていた嘘だったからだよ。しかし、まあ、あいつがそう簡単に嘘に引っかかる質かねぇ」
気づいているとしたら。気づいた上で、知らないふりをしているとしたら。
なるほど、ルークはエミヤの協力者らしいが、完全に最後まで協力者だと言う訳ではないらしい。エミヤの主人はあくまでも『グレン』という存在で、彼はその主の願いのために場を整えているのだろう。
騙しあいだ。あのエミヤと騙しあいなんぞというとんでもないことをしなければ行けなくなったルークに同情しつつ、ピオニーは心から呟いた。
「まったく、俺の半分も生きてない餓鬼の癖して、あんな冷静に死に方を決めた目しやがって。エミヤやあの娘に説教されて、もうちっとまともになれたらいいんだがなぁ」