――― introduction in
コツコツコツと床を踏みしめる音がする。階段を昇り、教会の大扉を開けて廊下を進む。歩いている影は二人。先を歩いている男は後ろへついてくるように控えている女に一言だけを溢した。
「リグレット。どういうことだ」
「分かりません。ただ、閣下を連れてくるようにと。……そうでもせねばベルケンドヘ情報部の内偵調査も辞さないと急に言い出しまして」
「ほう……? 何を掴んだかは知れんが、あのスコア中毒者も私を怪しんでいるようだな。まあ今さらだとも言えるが、ずっと気づかぬよりはマシか」
くつくつと笑うヴァンにリグレットはただ一言申し訳ありません、と目を伏せ謝罪するが構わないというように一度だけ手を軽く振る。あちらが握る手管は情報部、こちらはあくまで軍兵だ。
情報部の人間が今まで一度もヴァンの挙動を探っていなかったとは思っていなかったが、怪しまれるような行動を取っていたわけでもなかった。それでも怪しまれたという点では再評価をしても良いかという気になっている。
今までは、これだけ動いても誰もが目立って怪しむ素振を見せなかったダアトの情報軽視をあざ笑っていたものだ。
使える人間は一人でも多いほうが良い。できればその情報部の人間を引き抜きたいものだ。ただし、使えるのなら、だ。こちらでは使えないなら、今後の憂いをなくす為にもいっそ殺してしまったほうが良いだろう。
冷酷に思考を回しながら、一つの扉の前に立つ。軽くノックをすれば入れとの声がして、口面だけは慇懃に失礼いたします、と声をかけてはいる。今からバチカルにでも出る準備をしていたらしい。書類をあらかた片付け終えた様子の大詠師モースは今まで捺印を押していた書類を整え机の隅に置き、決裁済みの印に蓋をしてその書類の上に置いた。
そして、はいってきたヴァンに向かって一瞥を向ける。その瞳をみてヴァンは些細な違和感を感じた。だが、それがどんな違和感なのかが解らない。気づかれない程度に目を細めて、こっそりと観察をしながら恭しく一礼した。
「オラクル騎士団総長ヴァン・グランツ。大詠師の緊急の招集により参上いたしました。どのようなご用件でしょうか?」
「ああ、待っていたぞヴァン・グランツ謡将。何、これから私が一つ聞くことに正直に答えてくれればいい」
「正直に、とは?」
「ヴァン・グランツ……いや、」
ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。
今では知る人間よりも知らない人間のほうが多いその名を、知るはずのない人間が口にする。驚きを簡単に表すような人間ではない。それでも一瞬だけモースの言葉に驚き、すぐに動こうとしたリグレットを視線の一瞥だけで止めた。
何故、知っているのか。どうやら情報部を過小評価していたようだ。誰がその情報をモースに流したのか、それを吐かせなければ殺すわけにはいかない。
「……随分と懐かしい名です。大詠師モース、どこでその名を聞かれましたか」
「教えて欲しいか」
「ええ、できれば参考までに」
「ならば交換条件だ。ユリアの血族、ホドに住まうフェンデの末裔。……貴様に聞きたいことがある」
「どのようなことでしょうか?」
「ホドに隠された第七譜石。その内容を知っている、と聞いた。正直ガセだとしか思えぬが、貴様が真実知っているなら今すぐここで吐いてもらう」
リグレットが譜銃を握る瞬間と、モースがコツンと机を叩く瞬間は同時だった。譜銃の照準がモースと扉に向かうと同時に扉がけり開けられて、オラクル内でもモース子飼いの情報部の兵が室内へとなだれ込む。囲まれたが、どうやらすぐに剣を向けられるわけでもないようだ。
油断無く状況を探るリグレットに後ろの兵を任せて、ヴァンはじっとモースを見る。
醜悪な瞳だ、と思っていた。スコアに踊らされスコアを疑うことも無く妄信し、それを守るためならいくら血を流しても厭わない。スコアは道具だ。それが真実であるというのに、道具に人間が支配され破滅に向かって直進している、その事実にも気づかない、気づこうともしない愚かな人間。だが。
今、目の前に居るこれは誰だ?
その瞳は暗い。陰鬱だと言ってもいい。自信にあふれ傲慢で、それでも真実世界と人の繁栄を願っていた、笑えるほど愚かな喜劇の主。ヴァンがそう仕立て上げていた操り人形がするような目ではない。
「これは、どういうことですかな? 大詠師モース」
「なに、今日ここに君を呼んでいることは教団中に知られているがね。まあそれでもただの保険だ。私はお前が殺そうとすれば簡単に殺されてしまうだろう。お前のやり手によってはもみ消されかねんからな、これだけの教団兵を用意した。私直属の情報部ばかりだ。それが今この場でことごとく殺されたとして―――そうすれば、いかにお前の地位と手腕といえども教団からは逃げ出してダアトからは追われる身となるだろう」
「これは異なことです。私がそのようなことをするとでもお思いですか」
「するだろう、お前なら。邪魔をする者なら殺して進む」
人間など、どうせお前にとっては遠からず殺しつくす存在でしかないのだから。それだけは声にせず唇だけで呟くだけだったが、その動きだけで言葉を読み取ったヴァンははっきりと表情を険しくさせた。凍てついた眼光と、はっきりと撒き散らした殺気に情報部の人間たちが体を強張らせ一歩後ずさる。
それでもなおモースは表情を変えず、ただ能面のような変わらぬ表情でヴァンを見ているだけだった。
「もう一度問うぞ、ヴァン。第七譜石はホドにあったのか。その内容を、貴様は知っているのか」
「なるほど……確認を問う形ですが、ホドにあったということは確信がおありのようだ。ベルケンドから無理やり召集されたことにも納得がいく」
「閣下、」
「ですが残念ですね大詠師。ホドが崩落した時には私はまだ幼かった。……第七譜石の位置も、その内容も、私は存じません」
「そうか……ではもう良い。私はバチカルへ行く。後は好きにしろ」
「お待ちください、大詠師。……私がホドの末裔だと、ましてや第七譜石がホドにあるなど一体誰におききになったのですか」
「貴様に言っても信じるまいよ」
「いえ、私の名を知っていたということは―――ともすれば、たどれば同郷の人間にたどり着けるかもしれぬではないですか。叶うのならば、同郷の人間と酒を飲み交わしたいと思うのが人の性でしょう」
その言葉に、モースは口元を歪める。
「酒を飲み交わす、か。残念ながらそれはできんだろう」
「それは何故ですかな」
「知れたこと。私がそれを知ったのは、夢の中だからだ」
「夢……?」
「まさにユリアのお導きだな、まさか人の身を取ったローレライに夢の中で会うなど、スコアにも詠まれていなかったが」
淡々と紡がれるモースの言葉が偽りであろうことは誰でも分かる。いくらなんでも夢の言葉を鵜呑みにしてこのようなことをする馬鹿などいない。それでもモース自身が夢だと言い張るなら、そうですかと納得し引くしかないのだ。彼はあくまでも大詠師。教団では導師に次ぐ地位にあるのだから。
「ではな、グランツ謡将。君にはユリアの祝福があることを願っている」
――― introduction out
大詠師。その地位はローレライ教団においては導師に次ぐ地位とされているが、今のローレライ教団においては実質導師イオンよりもその影響力は強い。教団内部では実質的なナンバーワンだ。
そのローレライ教団が誇る大詠師、モースは。
今現在身体中を縄で縛られ猿轡を噛まされ床に転がった状態でもごもごと声にならない声をあげてじたばたと暴れている真っ最中だ。
場所は、どこかのあまり使われていない物置だろう。窓は小さく採光の状況を考えていないようなつくりで薄暗く、そこら中に乱雑に物が置かれていてしかも床は埃っぽい。突然後ろから殴られたかと思えば、気づけばこの状況。モースは怒りもあらわにぎりぎりと、かまされている布を食いしばる。
何たることだ。賊め、私を誰だと思っている。大詠師だぞ。私はローレライ教団大詠師だぞ! 私は一刻も早くキムラスカへと行かねばならぬというのに。スコアために。スコアの通りの世界にするためにキムラスカへと行って、戦争を起こさねばならないというのに!
無理やり縄をほどこうとしても、余程きつく縛っているらしくこの忌々しい縄はびくともしない。喉の奥で呪詛の言葉を吐きながら苛々ともがいていると、不意に扉のほうから音がした。立て付けの悪い扉がぎいいと耳障りな響きを上げて開かれる。
睨み付ける勢いで視線を向けて、しかし光を背負ってその扉から入ってきた人物を見たモースは少しだけ驚いた後、すぐに忌々しそうに顔を歪めた。もしもここで猿轡さえなければ死に損ないめ、とでも吐き捨てていたかもしれない。
そんなモースをみた闖入者はにやりと口の端を釣り上げて、腰に差していた剣をモースの喉下につきたててから猿轡を外す。
「久方ぶりだ、大詠師。とはいっても、お前は俺に会いたくもなかっただろうが」
「貴様は……ええい忌々しい、ルークレプリカかっ!」
「ご名答。スコアにその存在を詠まれていないイレギュラー、スコアを狂わすレプリカ様さ」
「死に損ないおって……貴様さえあの時死んでいればスコアはここまで狂わなかったものを!」
「本気で言っているのかな、大詠師殿は。スコアはとっくに狂っているだろう。ヴァン・グランツが俺を作ってバチカルの屋敷へ俺を送ったその瞬間から」
「巫山戯たことを言いおって、それがどうした!? ユリアはスコアで繁栄を詠んだのだ! スコアの通りに生きれば繁栄が約束されているのだ! それを狂わせるだと!? 私は監視者だ、そのための大詠師だ、私はスコアを守りその通りに世界を回し人類を守り導く義務があるのだ! レプリカによって狂わされた? ふざけるな、貴様のような人間もどきに何ができる! 貴様がどれだけスコアを狂わせようと私が必ずスコアの通りに世界を回して未曾有の繁栄をこの地に築いてみせようぞ!」
「未曾有の繁栄、ねぇ……は、馬鹿馬鹿しいな」
「なんだと!?」
「大詠師。貴様は今まで一度も考えたことがないのか。今ある世界が読まれているのは第六譜石。では何故ユリアの詠んだ譜石は第七譜石までしかないのだろうか、とな」
「……愚問だな、そんなこと、永年の繁栄だからに決まっているだろう。終わり無い繁栄、だからこその未曾有の繁栄だ!」
「『それ以降世界は永遠に繁栄しましためでたしめでたし』と書かれてるとでも? っは、は、ははははは! これはお笑い種だ。本気でそんな馬鹿げた御伽噺のような、幸せなだけの世界が待っているとでも思っているのか、貴様は!」
「何がおかしい!」
吠えるようなモースの言葉に、今まで天井を見上げながらけたけたと哄笑を上げていたルークは声を抑えてのどの奥で笑う。そしてそのまま馬鹿にしたように、縛られ床に転がる大詠師を見下しながら答えた。
「何が? ああ、ああ、そうだなお前にはわかるまい。全部だよ。お前の考えもお前の願いもお前の求める世界の姿もお前の信じるその存在も、これほど馬鹿馬鹿しいことは無い」
「貴様ぁぁ……っ!」
「大詠師よ。貴様は本気で信じているのか? なあ、本気であると思っているのか? 終わることのない永遠を。結末のない未曾有の繁栄を。本気で、そのような存在がありえると思っているのか?」
「何が言いたい!」
「よかろう。大詠師よ」
いいことを教えてやろう。赤い髪の間から覗く緑の瞳が冷酷な色を宿してモースを見る。口元には笑みを浮かべているが、それは見るものに背筋をぞっとさせるような酷薄な笑顔だった。
猿轡は外されているが両手両足を縛った縄はそのままだ。ルークはモースの傍で片膝をついて、その襟元をぐいと乱暴に持ち上げる。首周りが締め付けられてルークの拳がモースの喉下を圧迫する。顔を歪めながらも睨みつける瞳に嫌悪をずっと滲ませるモースを見て、ルークの口元がさらにつりあがる。
「第七譜石はホドにあった。ホドに脈々と受けつがれるユリアの血筋。八人の弟子の内の一つ、フレイル・アルバートがユリアと結ばれ作った家の名をフェンデ。かの家がユリアの血統と第七譜石を守り続けてきた。そして彼の弟、ヴァルター・シグムントはユリアと兄、その血族を守るためのカモフラージュとしてあえて主従を逆にしたフェンデが仕えるための家としてガルディオスという血筋を作った。
わかるか、大詠師。あんたら教団が血眼になって捜している第七譜石は、あんたら自身が見捨てると選んだ決定により二度と手に届かない地核の底へと落ちている。おかしいと思わないのか、大詠師。ユリアはホドが消滅することを知っていたはずだ。なんせスコアを詠んだ張本人だぞ? その通りに世界が動くと知っていたなら、どうして第七譜石をいずれ崩落すると知っている己の故郷に隠したのだろうな?」
「何が……言いたい……っ」
「教団にもあるだろう。知りながら言わないこと。知ってしまっても隠して伝えないこと。伝えてはならないと定められている。それは、それを知ってしまうと平静で入られなくなった人間が暴走して、更なる騒乱を起こすことを防ぐ為に、と定められているのだろう?」
ルークの言葉など聞く意味は無い。聞く価値もない。馬鹿馬鹿しい話だ。そう思っているモースの頭の片隅で、それでも警鐘が鳴り続けている。
これ以上聞くな(いや、聞かなければならない)
無視すればいい(それでも知らなければならない)
話をするな(第七譜石を、ユリアの願いを)
モースの意思を無視して相反する声が脳裏に響く。ぎりりと奥歯をかみ締めるモースの様子を見て、ルークはゆっくりと一音一音聞き取りやすいようにゆっくりと呟いた。
「ホドにあった、フェンデ家代々の秘密の場所に眠る第七譜石。それを、消滅預言(ラストジャッジメントスコア)と言う」
「何を……馬鹿な! 出鱈目を言うな、そのようなことがあるわけがない! ありえん、有り得んのだ! そのような馬鹿なことがあるわけがないっっっ!」
「キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる。そのスコアの続きはこうだ。
『そして、やがてそれがオールドラントの死滅を招くことになる。
ND2019 キムラスカ・ランバルディアの陣営はルグニカ平野を北上するだろう。軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を囲む。やがて半月を要してこれを陥落させたキムラスカ軍は玉座を最後の皇帝の血で汚し、高々と勝利の雄たけびを上げるだろう。
ND2020 要塞の街はうずたかく死体が積まれ、死臭と疫病に包まれる。ここで発生した病は新たな毒を生み、人々はことごとく死に至るだろう。これこそがマルクトの最期なり。以後数十年に渡り栄光に包まれるキムラスカではあるが、マルクトの病は勢いを増し、やがて一人の男によって国内に持ち込まれるであろう』」
「ふざけ、ふざけるな! 馬鹿なことを言うな、ユリアが詠んだのは繁栄のスコアだ! そのようなことが詠まれているはずがない!」
「『―――斯くしてオールドラントは障気によって破壊され、塵と化すであろう』」
「戯言をいうな、人間もどきがスコアを愚弄するか、ふざけるな!」
「『これがオールドラントの最期である』」
「そのような戯言を私が信じるとでも思ったか!」
「ならば問おう。大詠師。戦乱の発端となると知って尚、なぜユリアは第七譜石を隠したのか。死のスコアを読むことは教団では禁じられている。それと同じなんだよ。消滅するという未来を詠まれたスコアを知った人間は平静ではいられない。だからかくしていた。第七譜石には世界の消滅が詠まれている」
「……っ、巫山戯たことをいうなああああっ! ぐ、があ!」
「煩い男だ。それ以上大声で喚くな、うっとおしい」
容赦なく腹を蹴り上げられて、モースはげほごほと咳き込みながら床に頬をつける。荒事になれていない体には些か強烈な衝撃だった。唾を床に吐き散らかす無様をさらしながら、それでも眼光だけは鋭く、狂気に染めた瞳でルークを睨みつける。
「……ぐ、お前がなぜ、第七譜石を知っている。出鱈目を言うな、お前が勝手に出任せを言っているだけだろう!」
「やれやれ……モース。俺は誰のレプリカだと思っている」
「なんだと……?」
「ローレライの力を継ぐもの。固有振動数が第七音素、ローレライと同じオリジナルルーク、その完全同位体だ。そして俺の体の組成音素はレプリカであるが故にある意味オリジナルルークよりもローレライに近い。……モース、いいことを教えてやろうか。俺はね、ローレライとコンタクトを取れるんだよ。
かつて始祖ユリアはローレライとの契約により世界を生かす為にスコアを詠んだ。そして俺はレプリカと言う存在により存在自体の近似値で同調し―――アクゼリュスを崩落させた時に世界の終末を知った」
「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 馬鹿なことを言うな!」
「もう一度言おう、大詠師。第七譜石には世界の終わりが詠まれている。ラストジャッジメントスコア。スコアの結末は永年の繁栄ではない。世界の生が息絶える未来だ」
「ふざけ……ふざけるな! ふざけるなよ、人間もどきがユリアのスコアを知るなど有り得んのだ!」
「ユリアは世界を愛していた。だから消滅のスコアを詠んだ時に、その結末を覆すことを願って譜石を隠した。しかるべき時にその譜石を発表し、スコアから人々が脱却するその時を願って。それがまあ世界は皮肉なものだな。覆すべきスコアを妄信し安穏と従うことを善とする人々。
ふん、今のままではいくら真実を知った人間が動こうとも末端までその心が行き届かない。ならばいずれは不満が暴発しスコアへの回帰が始まるだけだろうよ。そして回避しようがスコアの通りに動こうとする人間によって、結局はこの世界は終わる」
「馬鹿、な……」
「それにしても面白いものだな、大詠師。歴史は繰り返すというが……お前はつくづくユリアを裏切る血縁だ」
「……どういうことだ」
「どういうもなにもそのままだ。大詠師、知らぬようなら教えてやろう。お前は始祖ユリアの下に集いし八人の弟子、そのうちの裏切りの一人、フランシス・ダアトのその末裔だ」
驚きに目を見開き絶句するモースの表情を見ながら、ルークは冷静にモースの表情を観察する。嘘が苦手な人間でも、さもそうであるかのように嘘をつくコツがある。必ず真実とまぜて話すこと。そして話す真実は衝撃的であれば衝撃的であるほどいい。
一瞬の思考の停滞。その間隙を縫うようにして嘘の情報を流し込み、その嘘を真実として認識させてしまうのだ。
「ユリアを裏切ったダアトは己の行いに恐怖を覚え、罪悪感に苛まれ自殺した。それを見ていたダアトの息子は父の罪業を償わんとしてスコアの遵守を誓い、人々にスコアを守ることこそが善だと伝え代々の子ども達にもユリアのスコアを守ることを残して死んだ。
そしてその血族は己の祖が行った裏切りを償い続けようと、ただスコアの遵守のみを願いスコアの通りに世界が動くことを願い世界を監視し、時には直接手を出して世界をスコアどおりに動かし続けてきた。
滑稽なものだな。第七譜石を知らぬがゆえの喜劇だ。祖の償いをしようと東奔西走し、それが結局はユリアの願いの裏切りになっているのだから。
お前は両親から言われなかったか? この世界のユリアのスコアは絶対の真実、疑うことも無く信じ遵守することこそが正しいあり方、お前はそのために生まれてきたのだからと」
「なぜ、それを……!」
「言っただろう。俺はローレライの近似体の……そうだな、お前風にいうなら人間もどきだぞ」
大嘘だ。ただ、大詠師になるといわれずとも生誕のスコアで「この子はいずれ教団の要職につくだろう」と言われただろう両親が子どもにかける言葉などたかが知れている。しかしこれで完全に信じてしまったのだろう。
モースの表情には絶望が溢れ、今まで信じてきたものを真っ向から否定されて顔には生気が無い。
上々だ。上手くいくかどうか正直可能性は半々だと思っていたが、後は最後に毒を流し込めば彼はルークの思惑通りに動いてくれるだろう。
「大詠師。お前には、死ぬまで道化を演じ続けてもらう」
貴様は今後の己の一切をユリアの真の願いに捧げて、ユリアの願いのため死ね。
続けてルークが言った言葉にも、モースはもはや逆らわない。そんな気力すら起きないのだろうか。
「――――私に何をしろと言うのだ……」
ああ、始祖ユリア。あなたの真実の願いを裏切り続けてきた人間に、それでも償い贖う道が残されているとするのなら。
ルークが淡々と呟く言葉にじっと耳を傾け、そのすべてを話し終えたとき、モースは一度だけ静かに頷いた。