――― introduction in
ベルケンド。ティアはシュウ先生に薬を処方してもらっている。必要も無いと思ったが、一応アーチャーは第一研究所の前でヴァンが帰ってこないかの監視だ。そしてルークは当初の目的どおりにヴァンの私室へ行きめぼしい本を数冊抜き取り部屋を出る。
そしてそのまま向かう先は出口ではない。病室でもない。研究室。ヴァンの研究に力を貸した物理学者を前にして、ルークはただ一つの結果を尋ねた。
そうすればその物理学者……スピノザは驚いた目をして、一瞬哀れむような目をして、しかし彼の言葉に首を傾げた。
それはそうだろう。スピノザにとっては考えるまでもないことで、そもそもそのような可能性など考えるわけも無いのだから。ルークはもう一度尋ねる。求める回答は可能か不可能か。ただそれだけだ。
「そのような状況がまず起こりえぬと思うが……ふむ、おまえが仮定した条件が成り立てば、そのようなことになるのかもしれん」
「そうか。可能不可能でいえば、不可能だとは言い切れない、ということで良いんだな?」
「そうじゃな。絶対に不可能だ、とはいえんだろう。だが、そもそもその前提条件がそろうことが……いや、まさか、」
「それは杞憂だ。そうほいほい完全同位体が作れるような事故が起きると思うのか」
「あ、ああ……そう、じゃったな」
今になって、目の前に居るのが自分が作り出したレプリカだという意識が働いたらしい。今更になって気まずそうに目を逸らす老人にこれ以上かかずらうつもりもない。下手に長居すれば怪しまれてしまう。いや、あの嘘吐き屋なら既に何もかもを知った上で泳がせているだけなのかもしれないけれど。
「邪魔をした」
挨拶はしないままそこからでていく。回答を思い返す。そのような条件がおきるのならば。ならば条件をそろえれば良いだけだ。
「接触する前に……構成音素を……なら……を…くべき……いや、先に……」
――― introduction out
「ルーク!」
「おっと」
ルークがアルビオールへ戻りとある一室へ入ると、部屋の隅で蹲っていたフードを被った子どもがすごい勢いでタックルしてきた。よろめく程軟弱ではないが、それでもかなりの勢いだ。顔を隠せと教育を散々受けてきたせいなのだろうか、子どもは世界から顔を隠すようにフードを深く被っている。
何度かここでなら顔を隠さずともいいのだと言ってみたのだが、それでもまだ慣れていないらしく怯えてフードを被ってしまうのだ。慣れるまで好きにさせたほうがいい、そう判断してのことだったのだが……まあ、ある意味助かったとも言えるかもしれない。
なんせ、このアルビオール内にはルークとアーチャー意外にも乗組員が二人いるのだから。……因みにモースからこの子どもを奪って連れて帰ってきた時にはついつい「拾った」発言をして、犬猫じゃないでしょうとティアにはしこたま怒られたが。
しかしこんな子ども相手にどのような態度をとれば良いのか分からずに、ルークは無表情ながら困惑する。ぽんぽんと背を軽く叩き落ち着かせようとするのだが上手くいかない。
「どうしたフローリアン。ミュウに虐められたか?」
「ご主人様、違うですの! ミュウはフローリアンさんを虐めたりしないですの!」
「はいはい分かってるよ……ったく、言ってみただけだ。……フローリアン?」
「……ルークがいないの、やだ。僕を置いてかないで」
「ベルケンドに用事があっただけだ。すぐに戻ってきただろう」
「一人ぼっちはやだ!」
「ミュウもノエルもいただろう? それに俺が帰ってくる前にエミヤもティア・グランツも帰って……」
「ルーク、いないの、嫌だ!」
「待て、何故半泣きになってるんだお前は」
「うううぅぅぅ……」
「ご主人様、フローリアンさん泣きそうですの!」
「見たら分かる、というか待て泣くな何で泣く!? その顔で泣きそうな顔するな頼むから!」
ルークはパニック状態だ。ここはただ一言大丈夫だよ、一人ぼっちになんてもうならないよと言うだけで良かったのだ。しかしルークはそれに気づかずあたふたとして、とにかくうろたえながらえぐえぐ半泣き状態の彼の頭をフードの上からぐしぐしと撫ぜることしかできない。
ルークは助けを求めて周りを見るが、フローリアンに割り当てられたこの部屋に他に誰かがいるわけでもない。ティアやアーチャーは他の場所で休んでいるのだろう。
いや、まあ、確かに、ルークとミュウには懐いていたがその他の人間には怯えていたフローリアンの傍にいては逆に悪いから、と気遣っていたのは分かるが。まあ確かにあんなにごついおにーさんが近くに居たら緊張して怖がるフローリアンも簡単に想像できるけれども。
ヘルプだエミヤ、俺に子守の技能はない!(むしろ子守られる側です)
「大丈夫だ、俺がちゃんとお前の仲間に……いや、家族に会わせてやるから」
「か、ぞく?」
「ああそうだ。お前は三番目だろう? まだ六番目と七番目がいるんだ。生まれた順番で言えばフローリアン、お前がアニキなんだから、ほら、そんなに泣いてちゃ格好がつかないだろう」
「僕に弟がいるの……?」
「ああ、そうだ。生きてるって聞いたらきっと末っ子は泣いて喜ぶぞ?」
「家族……弟……」
かみ締めるように呟いた後、フローリアンは嬉しそうに笑って顔を上げた。フードに隠れがちの緑の瞳をきらきら輝かせて、無邪気に笑う。
「ルーク、本当? 僕に家族がいるの? 僕、お兄ちゃん?」
「ああ本当だ。俺は両方知っててね。一人はほえほえしてるし一人は拗ねてツンツンだし、アニキのお前がしっかりしないとダメだぞ、きっと」
「わかった、じゃあ強くなる為にてっとり早くしゅぎょーしなきゃ! 強そうな人強そうな人……あ、怖いおじちゃーん!」
「怖いって……いや、ちょっとまてフローリアン! おま、顔見られたら……!」
ルークがはっとして正気に戻ったときには、すでにフローリアンは室内から走って出て行った後だった。大慌てでフローリアンの後を追う。
どこにいる? しかしこう先刻から嫌な予感がひしひしと。とにかく人がいそうな場所。
ルークはとにかく走って操舵室へと飛び込んだ。そうすれば、やはりというかなんというか。
「……おじちゃん……だと?」
「うん! なんか怖そうだし、すごく強そうだし! しゅぎょーのしかた教えて! 僕お兄ちゃんだから弟たちを守れないと!」
力いっぱい頷かれて、アーチャーは地味にダメージを喰らっている。無邪気は武器だ。これ以上も無く。ずうううんとでも擬音語が聞こえてきそうなオーラを発している。
そんなアーチャーに声をかけるかと思えば、ティアは驚きに目を見開いていて固まっていた。どうやらフローリアンはここに来るまで走っていて、フードが落ちていたらしい。とてもよく見慣れた緑の髪と、緑の瞳。とある知り合いに瓜二つのその顔を見て固まっているティアを発見し、ルークは遠い目をしたくなった。
誰のフォローもなく沈みつづけるアーチャーをみて不憫に思ったのか、ノエルが慌てたように振り返って必死に宥めようとする。
「え、エミヤさん落ち着いてください大丈夫ですよ十分若くみえますから!」
「ノエルまってお願い前向いて操縦して、谷にぶつかるから! エミヤさんも大丈夫ですか?」
「ねえおじちゃん……あれ? どうしたの、おなか痛いの?」
ノエルの声に我に帰ったティアが大慌てで前を向かせて、アーチャーに声をかけた。そしてアーチャが反応する前にさらに突き刺さるフローリアンの無邪気な声。蓄積され続けるダメージに彼はますます肩を落としてがっくりきていた。
「フローリアンは精神年齢は二歳だからな……確かにその年齢の子どもから見ればなるほど私のこの肉体年齢を考えるともう既におじちゃんでも文句は言えなくも無いというかそれでもやはりおじちゃんといわれるのはそれなりにダメージがでかいというかというかそのなんだあれだこれはもうかなりダメージがでかいわまじで遠坂駄目かもしれん。すまないセイバー、心折れそうになる俺をどうか許してくれ……」
「ねえノエル。私の気のせいだったらいいのだけれど……エミヤさん性格変わってないかしら」
「えーっと、エミヤさんも順調に人外ですけどそれでも人間ですから落ち込む時だってあるんですよ! ……多分」
「心は硝子なのだ……」
「「何の話ですか?」」
「おじちゃん、元気出して!」
「………………」
カオスでした。そしてフローリアンは最後の止めを放ちなさっておりました。合掌、回れ右をしようとしたルークの服の裾をがしりとつかみ、アーチャーはふっふっふっふと不気味な笑顔を浮かべながらうな垂れていた状況から立ち上がる。
はっきり言おう、不気味すぎる。
「ルーク……」
「な、なんだよ」
「お前には私は何歳くらいに見えるのだ……?」
「年齢不詳じゃないかあんたは。でも、そうだな、あえて言うならヴァン師匠の実年齢と同じくらい……?」
「そうか。それではやはり二歳児にはおじさんか。ああそうだ、そういえば俺も切嗣をじーさんと呼んでいたな。まさに業だ、因果は巡る、世界はそう言う風にできているのかなるほどそうか……」
「おじ……もご!」
「フローリアン、ちょっと待て。ちょっと待ってくれ頼むから! なあフローリアン、お前が兄弟を助けたいと思うならまずは勉強だ! 勉強するんだ。あいつらは組織のなかの人間だからな、組織と地位というものがあるなかでの立ち回りを知っておいた方が単純に腕力鍛えるよりも効果的だし、何よりお前は多分そっちのほうが向いてるぞ」
首を傾げて見上げてくるフローリアンに、ルークは何度も頷き力説する。とにかく話を逸らさねば。うーんと考え込んでいたらしいフローリアンがそっかあ、と納得したように頷いたのを見てほっとして口を塞いでいた手を離した。
次の町に寄った時にでもフローリアンが好きそうな本でも何でも買っておいたほうが良いかもしれない。そんなことを考えながら、ルークはアーチャーの方を指差しフローリアンに言い聞かせた。
「それとな、フローリアン。人は代名詞じゃなくてちゃんと名前で呼んでやれ。あの赤いのはエミヤだ。で、そっちのヤツがティア・グランツ。操縦してる人がノエル。覚えたか?」
「名前……そっかぁ、そうだよね。僕もルークに名前貰ってすごくうれしかったもん、名前で呼ばれたほうが嬉しいよね! えっと、エミヤ。元気出して!」
「ああ……ありがとうよ、フローリアン。そうだな、まあ実際問題そう見えても仕方ないものだ、受け入れなければならないことだろう」
しかしできればせめてお兄さんまでがよかったな。その発言はどうよ、全然受け入れれてないじゃん、とは言わないのが慈悲だろう。溜息をついた後、簡単にノエルとティアに声をかけて、それからアーチャーはルークを一瞥。いかにも元気のない表情でルークは少し引きそうになるが、アーチャーは途中でそれはそれは質の悪そうな笑顔を浮かべた。
おいまて。八つ当たりか? 何をしようとしてるんだお前は!
フローリアンに声をかけて、何事かを尋ねている。読み書きのことを尋ねられたフローリアンはキョトンとした後首を振る。まあ確かにモースがレプリカ相手にそこまでの教育を施すとはあまり考えられない。
頷いたアーチャはいきなりフローリアンを肩に担ぎ上げた。いわゆる肩車だ。フローリアンはあっと言う間に大はしゃぎして喜んで、嬉しそうにアーチャーの短い白髪を軽く叩いている。そしてルークに後は任せたといって操舵室から出て行った。
何を任せたなのか。内心首を傾げていたルークは、しかしすぐにその意味を察する。
「ルーク。……フローリアンと言ったわね、あの子は」
「ああ」
「どういうこと?」
「…………」
ダアトから連れてきた、性格こそ全く違うが導師イオンと瓜二つの顔の子ども。ルークは溜息をつき、くるりと回れ右をする。ティアの名前を呼ぶ声に軽く振り返り、すっと目を細めた。
「ついて来い。ダアトの重要機密だ。お前はオラクル騎士団の一員で監視者の長の孫娘だ。聞く権利もあるだろうが……いくら協力者とはいえ、民間人のノエルには俺の一存では聞かせられない」
狙われでもしたらイエモンさんに申し訳が立たないだろう。そう呟いて、ルークも操舵室から出て行った。その後ろを追いかける靴音を聞いて、ルークはこれからどこまで話したものかと考える。もともと考えごとをすることはあまり得意ではない。
めんどくさいことになったと思いながら、再び疲れたような溜息をついた。
―――それでも、フローリアンをあの場所から連れ出したことにはこれっぽっちの後悔も無かったのだが。
アルビオール内の一室に入る。椅子に座る気分でもなかったのでそのまま壁に背を預けて、室内に入ったティアを見た。窓から降り注ぐ四角に切り取られた陽光は彼女までは届かず、彼女の足もとまでで途切れている。少し暗いが、表情は見えないというほどではない。
ただ、静かな海色の青い瞳が、問いかけるようにじっとこちらを見つめていた。
「さて、何が聞きたいティア・グランツ」
「フローリアン、は……イオン様のご兄弟なの?」
「お前はイオンに兄弟がいるという話を聞いたことがあるか?」
「それが無かったから驚いているんでしょう」
ティアの言葉をまともに聞くこともなく、ルークは先ほどから同じことを考えていた。レプリカイオンのことについて。果たしてこの情報の絶対的な隠匿によりなにか状況が好転するか。
歴史を変えることと、歴史に変動なく起きてもらわねばならないことと、そのバランスを崩す可能性のある必要以上の歴史改変を防ぐこと。これを念頭に、アーチャーもグレンもルークも歴史を変えずに済む部分はそのまま歴史の流れに沿って進める予定だった。
ルークならグレンのときほど酷い修正がかからないとは言っても、それでも不安要素はひとつでも多く減らしておくべきだ。それゆえの情報非開示だったのだが……はてさて、この情報の黙秘はこれから起こることに何かしら余波を及ぼすか?
組んだ腕を軽く指で叩く。無意識がリズムを取っている間も回り続ける思考。ルークはそのまましばらく考え込んでいたが、やがて小さく息を吐いて目を開けた。
思考の答えは、否。ダアトにとっては機密事項で一般民衆に伝える情報ならば確かに伝える時期を選ぶが、ティアに対して時期を選らばなければならないような情報でもない。
「お前が想像した可能性の内の、お前が否定して欲しかったほうの答えだよ」
「じゃあ、まさかイオン様の……!」
「正確にはイオンの仲間、だな。全てで七度作られたイオンレプリカ。フローリアンはその三番目。シンクは六番目、今の導師イオンも――――七番目だ」
「………………」
絶句している。フローリアンがイオンのレプリカだということはなんとなく想像はついていても、今まであっていたイオンもレプリカだということは想像していなかったようだ。
ルークはグレンの記憶を思い返す。能力はオリジナルと変わらないが、体力が劣化していてダアト式封呪を解けばそれだけ体調を悪くしていたイオンの姿。この世界ではイオンにダアト式封呪をザオ遺跡のひとつしか解かせていないから、あんな姿を見なくてもいい。
来るはずだった流れの中で、それでも確かに変わっていることはいくつもある。ルークはそれに本気でほっとした。
しかしティアを見て彼の心情は急転直下する。変わっていることはある。変えられないこともある。
たとえ最終的に彼女の体から障気を除去したとして、それでもその時まで蝕まれていた内臓へのダメージまではゼロには戻せない。治癒術で治るならそれでいいが、治らなければやはり本来の寿命よりは随分と早く刻限が来てしまう。
障気障害。全く持って嫌な病気だと、ルークは苛々と奥歯をかみ締める。これ以上ティアの体の中の障気濃度を濃くするなら、その時間はとにかく短くしなければならない。障気障害は治りましたがダメージ負荷でダメでした、では洒落にもならないのだから。
残りのセフィロトはシュレーの丘、ザオ遺跡、ロニール雪山、タタル渓谷、アブソーブゲートとラジエイトゲート。セントビナーの崩落が起きた後はシュレーの丘へ行かなければならないが、しかしそうすると障気の濃度を三つ分抱えた状態で戦場を突っ切らなければ行けないかもしれない。
はっきり言ってしまえば、その時には既にティアは重病人状態だ。グレンのときはまだ一つ分だけだったが、そのような状態で、しかも徒歩であの危険な戦場を突っ切らせるなど正気の沙汰ではない。
しかし彼女は酷く頑固だから、何を言ってもついてきそうだ。いっそのこと一服盛って、寝こけている間にフローリアンとミュウをアルビオールに残して行動したほうが良いかもしれない。そうだ、ならばこちらはエンゲーブの住民移動に協力したほうが良いだろう。書置きにでもフローリアンの顔を他の人間に見られないようにするために、と書いておけばいい。
そうだ、それがいい。……後が凄まじく怖ろしいが。
ノエルも操縦があるのだからずっとフローリアンについていれるわけではないし、それに何よりエンゲーブの住民はイオンの顔を知っているのだ。フローリアンがずっと大人しく一室に閉じこもっていれるかはなはだ疑問だし、そもそもアルビオールに乗せるのは女、老人、子どもなのだ。探検をしたがった子供がうっかりフローリアンを見つけてイオンと顔が同じだということで大騒ぎ、という状況はごめん被りたい。
そして戦場を突っ切るのを終わらせた後にでも、フローリアンはケテルブルクのネフリー知事の所へ一時預けておいたほうが良いだろう。彼女はジェイドの妹だし、なによりレプリカのことも知っている。協力もしてくれるはずだ。
となると、戦場あれこれの時には一度イオンと接触しなければならない。家族に合わせてやると言ったのだから、それをする前にケテルブルクへ預けてしまえばフローリアンとの約束を破ってしまうことになる。ああ、それとシンクだ。何が何でも地核へ落ちる前にふん捕まえて引きずってでもフローリアンにあわせてやらないと。
約束破りはしたくない。
「オリジナルとレプリカのイオンが入れ替わったのが二年前。どうだ、ティア・グランツ。お前は今までイオンに騙されていたと、教団員としてはそう思うか?」
「……そんなわけないでしょう。例えイオン様がレプリカでも、私が直接会って話したイオン様は今のイオン様だけよ。オリジナルの導師には面識も無いし、イオン様はイオン様だわ」
「なるほど。しかしただスコアを信じ続けているだけの教団員やスコアを盲信している奴等は、お前と同じ答えを言えるか」
「…………それは」
「……やはり今のダアトにフローリアンを預けるのはダメだな。ある程度イオンの地盤が固まってからじゃないと」
となると、やっぱり一人より二人、二人より三人か。三兄弟で頑張ってもらわないといけないなら、やっぱりあの子の協力も必要か……フローリアンも連れて行ったほうが良いか? そのほうが実際信じられるだろうし、しかしなぁ、モンスターが半端なく鬱陶しい奴等ばかりだしな……
ブツブツと小声でこれからの予定を組み立てているルークに、ティアの声がかかる。名前を呼ばれて顔を上げると、こちらをじっと見つめる瞳とあった。なんだよ、とルークが問えば、ティアは何かを言いかけて、やがてやっぱりいいわとだけ答えて首を振った。
その返答に、ルークは眉をひそめる。
「なんだ。そう言われると逆に気になるんだが」
「今までの経験から、あなたが答えるわけが無いと思ってのことよ」
「わからないぞ、聞くだけならタダだ」
「……そうね。じゃあ、あなたがそう言うなら言わせて貰うけれど。ルーク。どうしてあなたは今までも、今回も、簡単に知れるはずの無いことを知ってるのかしら」
「……む」
パッセージリングの位置、己がレプリカだったということ、崩落の秘預言(クローズドスコア)、導師イオンのレプリカという、教団でも恐らく数人しか知らないであろう最重要機密。そして恐らくは、教団員が長年血眼になって探し続けている第七譜石の内容さえ。
ティアの視線の先には、常の無表情が崩れて少し困ったような顔をしているルークがいた。自分から言い出しておいてまさしく上手く言えないことで、もごもごと口の中で小声が絡まって結局上手く音になっていない。
口を開きかけて、すぐに閉じて眉間に皺を寄せている。ガリガリと頭をかいて唸っているルークを見て、ティアは溜息をついた。
「言えないでしょう? もう無理には聞かな……」
「俺は、これから起こる未来の可能性の中で一番起こりやすい道筋を、いくつか知っているだけだ」
まさか答えらしきものが返ってくるとは思っていなかったので、ティアは目を丸くした。そんなティアの表情をみたルークはますます不機嫌そうになるが、それでもあちこちに視線を飛ばしながら質問に対する回答を捜している。
そして再びぼそぼそとした小さな呟きが零れた。
「グレンが、知っていた。その可能性の未来を、エミヤを介してラインが繋がったことで俺は知った。スコアを又聞きしたみたいなものだ。そうなる可能性が高い未来。全てではないし、それが最善だとは限らない」
起こってもらわなければ上手く回らない悪手もある。
これから起こる可能性の高い戦争の事を言ってしまえば、それをルークとアーチャーは起こることを見逃そうとしていると知れば、ティアは一体どんな顔をするのだろう。
「既にいくつか知っている可能性と狂っていることもある。だから、俺の知っている全てを開示はできない。全てを開示すれば、それ以外の可能性が生まれるはずだった未来を殺すことと同じだからだ」
「それは……第七譜石に書いてある未来……?」
「違う、といえるし、そうだともいえる。恐らく一部は含まれているだろうが、しかしどちらかで断言することはできない」
「じゃあ、ルークは……やっぱり第七譜石を知っているのね?」
「………ああ、知っている」
ルークが答えれば、ティアもそう、と一言返しただけで終わる。てっきり内容を聞かれると思っていたので、ルークは拍子抜けをした。その内心が無意識でも表情にうっすらとでも表れていたのか、ティアは苦笑気味だ。
「今はダメでも、いつか時期が来れば教えてくれるんでしょう」
「……そのつもりだが」
「なら、良いわ。言わずに黙っていることに意味があるなら、それ以上を無理に聞き出そうとはしないから」
「随分と聞きわけが良いんだな」
「気にならないわけではないわ……それに、ここで私が無理やり聞こうとしてもどうせ口を割らないつもりでしょう?」
「…………」
ルークが黙り込むと同時に、艦内放送が流れる。どうやらもうすぐで目的地につくらしい。その放送を聴いて、ティアはふと首を傾げるようにしてルークに尋ねてきた。
「でもルーク、目的地ってどこへ向かっているつもり? アルビオールでわざわざ川を上っていくなんて」
「ああ……エミヤがここに引越しさせたって言ってたからな」
「引越し、って……まさか」
「これから起こることについてな。ライガクイーンとその娘にちょっと用事があるんだよ」
モースに話を聞けば現在アリエッタは母親に会うために有給を使って休暇中だそうだ。フーブラス川でのグレンの言葉に何か思うところでもあったのだろうか。考えても分からないが、とにかくアリエッタをこちらに引きずり込めばなかなか手段の幅が広がることには間違いない。
魔物と会話、使役できる能力。グレンとアーチャーのおかげで、この世界はライガクイーンを殺さずに済んだ。アーチャーがいるのならそれを媒介にライガクイーン経由でアリエッタも説得できるかもしれない、というかその説得が大きな目的のひとつだ。
さてフローリアンを一応連れて行くべきか否か。考えながら、ルークは部屋から出て行った。