とつぜんあらわれたソイツは、一人でさっさと話を進めて途中でいきなりコントをしだして―――時々妙に泣き出しそうな目をしながら話を終わらせた。あの陰険眼鏡マルクト大佐は顔は笑ってるけど目は笑わないままそいつを見てるし、しかもこっちにもそのままの顔でみやがるし、冷血女は警戒心バリバリにあいつを見てるし。
めんどくせぇと思ったが、黙ってりゃあれこれ言いながらこっちの疑いも晴れるというならいちいち口出しすることもない。導師イオンだとか言う奴が行方不明だって聞いてたはずなのにそこに普通にいることだとか、問い詰めてやりたかったんだが冷血女にすげえ目で見られて止められたんで仕方無しに黙っておくことにした。
まあ、面倒だがあの陰険眼鏡の前で墓穴を掘ったらあぶねぇのもわかってるしここは仕方なく大人しく……って、やっぱなっとくいかねええええええ!
畜生めんどくせー、なんでこんなことになっちまってんだ! ヴァン師匠は導師を探すだとか言ってたんだぞ! 何で普通にマルクト軍とつるんでこんな田舎にいるんだよ! わけわかんねえよ! それより何よりわけわからねえってのが、
「まってくださいですの、ご主人様!」
「うっぜえええええ、もうお前マジでついてくんなブタザル!」
「みゅうううう……」
コイツだ。あのグレンって怪しいのが帰ろうとして、その後ろを追いかけようとしたこのちんちくりんがこけかけて、ついうっかり近くにいたからちょっと足伸ばして支えてやっただけなのに。何を思ったのか突然こいつは俺のことをご主人様ご主人様言いながらまとわりついてくるようになったのだ。うぜえったらねえぜ。
どう言おうとなんというおうとご主人様ご主人様いって離れようとしないこいつに辟易として、とりあえず宿(泥棒に間違えられた分の謝罪とかで俺たちもタダ扱い)でゆっくり話でもということで今に至る。
「ルーク、かわいそうでしょう。ミュウを虐めないで」
「ああ?!」
「まあまあ落ち着けおふたりさん。あとそう怒鳴り散らすなって」
「っつーか、お前が連れてきたんだろ?! 俺にペットを押し付けんなよ!」
「いや仕方ないだろう。説明をするためにつれてきたが、俺はあくまでそいつの保護者でな……そいつが本当のご主人様に会うまではめんどう見るって言って長老に預けられたんだが」
「じゃあまだ預かって他のやつにおしつけ……」
「ダメですの! 僕のご主人様はご主人様だけですの! ご主人様だけですの!」
「っていって、聞かないんだよなぁこれが。……もう勘弁してコイツのご主人様になってくれねえ?」
「いやだっつーの! めんどくせぇし、うざってーしよー」
「まーまーまー。あー、じゃあほら、旅は道連れ世は情け、ミュウのご主人様の座を引き受けたら俺らもついてくるよ? どうよ、今ならエミヤの飯付よ? すっげえラッキータイムだぜ。護衛料金まけときまっせ~、なんかアンタからは金持ちそうな匂いを感じるしな、到着後払いでOKだぜ?」
こっちがいやでいやでたまらないという顔をしているのに、グレンという男はびくともしない。ただ気の抜けたようなへらへらした顔で指を立てて巫山戯たことを抜かしやがる。
「ざっけんな、俺はなぁ「ありがたいお言葉ですが、護衛の件は結構です」
俺の言葉の途中でしゃしゃり出てきやがってコイツ! 睨みつけてやってもこいつもびくともしねえ。
「ありゃりゃ、警戒されてるようだな俺たちは」
「いいえ。……ただ、彼の護衛は私一人で十分ですから」
「ふうん……十分ねー」
「……何か?」
「いや……まず成りからして金持ちそうなそこの赤いのが護衛対象、なんかやたらに気を張ってるほうのあんたがそこの人の護衛。で、あんたは譜術師だろう? みたところロッドは持っていても剣は持っていない。と、言うことは後衛だ。ならば、前衛を担当しているのはそこの赤いのだ。……護衛対象を前線に出すってのは、いささか不思議だなぁと思ってなー。普通なら、あれだ。最低でも二人。前衛を担当する護衛と、万一に備えて対象の側に控えて前衛の補助をする後衛。これが基本だろ?」
「…………」
オイオイオイオイ、何だこの険悪な雰囲気は。ティアのヤツの目つきもやべえけどグレンっつーヤツは何でそんなに楽しそうなんだおい! おかしいだろ! っつーか、さっきからみゅうみゅううぜえんだよこのブタザル!
とりあえず頭から引っぺがして小さい赤いほうに思い切り放り投げた。がしっとナイスキャッチ。畜生、ぶつける気満々だったのに。
「あと、一応ミュウのことを長老から頼まれたし? まあそんな感じじゃないけど密猟者とかそう言うのに仔チーグルを売り飛ばすような人じゃないかを確かめたいってのもあるんだけど……」
「ああ?! 俺がそんなせこいまねするわけねーだろ!」
「……うん、まあ良くも悪くもそう言うのを知りなさそうだからな……でもちょっと暴力的なのが心配っつーか」
「確かに、それは否定できないわね」
「っせえなあ、んじゃこいつが俺以外のヤツに仕えるようにゴシュジンサマ探しでもすりゃいいじゃねえかよ!」
「嫌ですの、だめですの! ミュウのご主人様はご主人様しか嫌ですの!」
「……って、ミュウがなんでかやたらにお前になついてるからさぁ、俺も困ってるわけよ。確かに小動物を金の亡者に売り払うようなヤツには見えないけど、でもやっぱり少々性格がな、心配だからさ。っつーか、むしろ売るつもりは無くても騙されて盗まれそうだ。ちょっと二三日くらい見とかないと安心できないっての、わかるだろ?」
「……それは、納得できますが、ですが護衛の件はやはり私一人で十分です」
「オイちょっとまて。そこで納得できるってどういうことだコラ!」
「自分の今までの言動を踏まえて胸に手を当てて考えてみたら?」
「んだと!」
「やー、なんつーか、本当に……わけあり? 護衛とその対象にしては敬語もへったくれもないし、護衛がつくくらいの金持ちにしては護衛が一人ってあたりもやっぱりどー考えてもおかしいし。そうだなー、それにその髪と目の色」
ぎくりと肩が強張る。思わず無意識のうちに自分の剣の位置を確認するように手が伸びて、空気が凍る。
「珍しいよなぁ、赤い髪と緑の瞳だって。聞いたことあるぜ、確かキムラスカの―――」
グレンの声が途切れた。ふと気づけばティアの手に握られたナイフがグレンの喉下に当てられている。ほんの少しでもティアが力をこめれば、血が吹きだしてしまいそうな距離。噴出す赤を幻視して、ルークの顔色が悪くなる。
「お、おい!」
「……あなた、なんのつもり?」
首筋に刃をつきたてられているというのにソイツはほけほけと笑っていたときと変わらない目をしている。口元はにやりと歪められて、額の布に隠れがちの緑のひとみは怯むことなくこちらを眺めている。ゆっくりと、俺たちを見やって―――ほんの一瞬だけ、なんだかひどく懐かしいものでも見るような目をしたように見えたのは、きっと気のせいなんだろう。
だって、さっきから俺よりも近くであいつに刃を突きつけているティアは少しも揺るがず動きもしないんだから。
わかってはいたが。わかってはいたが、彼女の融通の気かなさというか頑固さというか真面目さに、グレンは少し溜息をつきそうになった。そして、やはり懐かしく感じてしまう。本当は優しいくせに、兵であろうとして感情を押し殺し、強いて冷静に振舞う。一部の隙も無く、完璧であろうとする。
そうあろうとする、いつも強がりな少女だった。グレンのよく知る彼女も。たとえそれが彼女の真面目さからであっても、ここまで必死になってルークを守ろうとしてくれているのが、ひどく嬉しい。あのころの自分は、そのまま表面だけしか見えずに彼女のことを誤解ばかりしていたものだが。
そして、散々口であれこれ言いながらも、今首に刃をつきつけられている自分をどこか心配そうに見つめる彼も―――ああ、彼はやはりまだ人の血に濡れていないころの自分だ。
できるのならば。……可能である限りは。たとえ無理だと知ってはいても、彼には人の血の匂いなど覚えて欲しくはないのだけれど。
「何のつもりかって? だから、言ってるだろ? 護衛の売込みだよ。キムラスカの王位の血統の証は赤い髪と翡翠の瞳。今のキムラスカでこの年齢であたるのはただひとり。そんな重要人物がなんと護衛が一人でマルクトに来てる。が、アンタらの関係を見ても予定を立てて計画的にこっちに来たようじゃない。なによりどう考えてもあんたらの間に主従関係が見て取れない。よくわからんが、不測の事態で仕方なしにバチカルへ帰国中、ってところか。どうだ、今までの俺の状況把握に何か間違いでもあるか?」
「……全部、あなたの推測に過ぎないことよ」
「んー、堅いな。まあ護衛としての心構えとしちゃ当然か。いや、むしろあんたの性格をかんがみるに……そうだな、アンタが無茶しようとしてそれに巻き込まれたのがそこの男、って図式か? なるほどね、あんた真面目そうだからそりゃあ必死になって家に帰そうとするよなー」
「うわ、すっげ、何で俺が巻き込まれたってわかるんだあんた」
「ルーク!」
思わず感心したように頷いたルークにむかってティアのきびしい叱責がとぶ。彼も一瞬だけしまったという顔をして、しかしすぐにふてぶてしい顔になる。
「うっぜーな、事実は事実だろ」
むしろふんと鼻でも鳴らしそうな勢いにティアのまとう雰囲気が一気に冷点を突破しそうになる。これはさすがにいかん、俺のせいで彼が彼女に見捨てられては何だか遣る瀬無いにも程がある! と危機感を感じたグレンはまあ待てとティアにむかって手の平をむけ、首から注意をそらすのは心臓が冷えるがルークに意識をむけた。
「ルーク、と呼んでもいいかな?」
「ああ、好きに呼べよ」
「そっか、じゃあルーク。突然ですが問題です。どうしてこのおっかない護衛さんは今こんなに必死になっているのでしょうか」
「は? しらねーっつーのんなもん」
知る知らない以前に、シンキングタイムはゼロ秒。遠い目をする。そうだったな、このころの俺ってたしかにこうだったよな。わかってたけどこれ確かにひどいなぁ。つい思わず小さな声であんたも苦労するな、と呟いてしまった。
一瞬だけティアからの殺気が緩まって、しかしすぐ慌てたようにもとに戻る。いや違うよ、油断させる為じゃなくてついうっかり本音が出ちゃっただけだよ。どうしよう、今のルークを見てたらなんだか俺が謝りたくなっちまう。
「よーしわかった、まずこっからだ。ルーク、お前剣を振るうとき考えないか? これが防がれたらこうしよう、これなら入る、こうきたら次はこう来るだろうから防がなきゃ、ってな。意識しなくても、自然に考えてるだろう」
「ん? ああ、まあ」
「それと同じだ。いいか、ルーク。人には理性がある。人には情報を整理し思考する脳がある。だから人は考えることができる。お前も人なんだ、せっかくだから獣みたいに直感だけで生きてくんじゃなくてちょっとは頭働かせて考えながら生きていこうぜ」
「……めんどくせーこと言うなぁ、お前」
「まあまあ……剣に関しては考えることができるなら、他にも応用は可能さ。ただ、剣以外のことに対して考えるということに慣れていないだけだろう。ということでまずは一つ。何故、いまこのおっかない護衛さんはこうまで必死なのか」
「しらねえ」
ふたたびシンキングタイム0秒。自分のことながら途方にくれてしまいそうだ。
「考えようぜ、頼むから。いいか、じゃあヒントだすぞ。まずその一、ここはマルクト領である。二つ、ファブレ公爵はここでも有名である。三つ、お前の護衛は今のところひとりしかいない。四つ、俺の相棒はライガクイーンとやりあって殺さずに説得できるほどの腕前である……五つ、マルクトとキムラスカはいま険悪モードである。……なあ、なんとなーく勘でも嫌な予感がしねえか?」
「………………そうだな。なんか、嫌な感じがするな」
「うん、よしよし。ここでしらねえって返ってきたらどうしようかと思ったぞ。つまりだ、今のマルクトにとってキムラスカの王族が一人でのこのこ歩いてるってのは、とんでもなくおいしい状況だ。とっつかまえて人質にして少し強気に外交交渉すればもしかしたら戦争をせずとも領土が取れるかもしれない。それくらい、王族の直系の血を持つ男子ってのは重要だ。ほかに直系の男がいない今のキムラスカなら特にな。だから、まず第一にお前の身元は絶対にばれちゃいけない」
「へーえ」
「あのな、何だその他人事の返事は……まあそうすれば後に尾を引く緊張状態がつづいて互いに軍備増強し合ってあっと言う間に国庫を逼迫するだろうことがわかりきってるだろうから、手段としては思いついても実行するような馬鹿はいないだろうが。だが、そういう手段がある、と言う可能性があることが問題なんだ。他にも、もしかしたら先の戦争でファブレ公爵に殺された兵士の家族にお前がファブレ公爵の息子ですなんてばれてみろ。多分このエンゲーブにだっているはずだ。それはそれはようきなさった、お茶でも如何ですか~なんて事になるわけないのは、お前でもわかるだろ?」
「ああ……」
「さあ、ここで問題です。俺はルークはそこにいるおっかない人に巻き込まれたのではといいました。ルークはそうだといいました。もしもこれがマルクト貴族でしたら、すぐに近くの村にせよ町にせよに行き、実家に連絡をすれば後は待つだけで十分です。
ですがルークはそうしません。先ほどあったマルクトの大佐に一言実家の名前を告げて連絡を取ってくれといえば言いだけだったのにそういいませんでした。と、いうことは、マルクトの貴族ではないということになります。むしろケセドニアにしろダアトにしろ、マルクトと険悪関係になっていない状態の身分のある人なら大佐に保護を頼んでいたでしょう。ですがルークは頼みませんでした。頼めない人間だとしたら?
ということは、もしかしたらルークはキムラスカの人間ではないでしょうか。そういえばキムラスカの王族の血筋には特徴的な髪と目の色がでると聞きます。ですが、たまたま同じだっただけかもしれません。珍しいというだけあって、マルクト国民ですがたまたま偶然同じ色になったという可能性がないわけではありません。
けれど先ほどルークは言いました、事実は事実だろ。護衛の人は真っ青です。ここからルークの言葉がきっかり事実であるということがわかります。
さて問題です、不測の事態によって今の状況になり、だけどマルクトの軍には保護を求められないらしい、敵国の王族の特徴と同じ特徴を持つ金持ちそうな布の服を着たひとは誰でしょう」
「って、やべえじゃねえか!」
「そうだなぁ、やっとわかってくれたか……いいか、ルーク。もうあんまり何も考えずにほいほい口から言葉垂れ流しだったら苦労するぞ、たとえ王族じゃなくてもな。で、ここでなんでお前の護衛が真っ青になったかだ。ライガのクイーンを殺さずに説得した相手がお前の正体にあたりをつけて、護衛をしたいと言い出した。なんで、この姉ちゃんは真っ青になってると思う?」
「……強い護衛はありがたい、が……信用ができない?」
「ごめーとー! ……なんだよ、考えりゃ頭回るんじゃん。上出来上出来。そうだ、この場合信頼できる相手かどうかを見極めることが肝心だ。見極めてもいない状態で、相手に身元がばれた。もしもマルクト軍にでも情報流されたらたまったもんじゃないしな、だから困ってるんだよ、彼女は」
「ふーん……んじゃあ、雇えばいいじゃん」
「「………………」」
グレンは頭を抱えた。ティアはもう殺気を放つのを諦めている。ナイフを喉もとから離しているのは、今から少しでも友好的に接して護衛うんぬんはともかく、この問答が終わった後にでもマルクトに情報を流さないように交渉しようと思っているのだろう。
「あー、ルーク? どうして俺を雇えばいいっておもったんだ? 言っただろ、信用できるかできないかを判断できないから彼女は困ってるんだぞ」
「ああ? んなの、このめんどくせぇブタザル心配してるお人よしだろ、お前。しかも長老との口約束だけでも律儀に守ろうとしてるようなヤツだ。だから誰かを裏切るなんてまねするようなやつじゃねえだろ」
「……いや、それだけじゃ、ほら。演技とか」
「それに、俺に説明するのに面倒くさがらずに俺にわかるまで教えてくれたしな。俺相手にそう言う人間、少ねーのくらいわかってるさ」
だから、多分アンタ悪いやつじゃねーだろ勘だけど。っつーかやっぱお人好しの部類に入るんじゃねえの?
がりがりと面倒くさそうに頭をかく姿とは裏腹の言葉に、ティアは少し驚いたような目をしていてグレンはポカンとしていた。の、だが。
「………………は、ははははは、ははははははは! そうか、そうか……俺が、お人好しか」
突然、たまらないとでも言いたげに笑い出してとまらないグレンに、ルークがむすりと不機嫌そうな顔になっている。腕を組んで半眼になって睨みつけてきた。
「っんだよ、笑うなっつーの! 違うってのか?」
「ああ、違うな。お人好しってのは、導師イオンみたいなヤツのことを言うんだよ。俺はね、ルーク。傲慢なんだ。どうしようもなく傲慢だ。それだけじゃない。とんでもない馬鹿で、愚かで、」
この手は既に血まみれだ。俺はね、ルーク。何も考えずに流されるままに行動してとんでもない人数の人を殺しちまったんだ。お人好しそうに見えるのだってきっと、贖罪を求めながら贖い方がわからず、がむしゃらに自分以外の誰かの為に生きることで許されたいと願ってるだけなんだよ。
あのときからはそういう風に生きてきて、そう言う風にしかなれなかった。今でも時々夢に見る。崩壊させた一つの町を。助けられなかった人と、有無もなく殺してしまったたくさんの人。
これから起こるはずの未来で、お前もこんな気持ちを持ちながら生きてゆくのだろうか。もちろん、俺と同じ思いをさせないためにここにいるし、同じ目に合わさせる気も微塵もないのだが。もしも俺の力が及ばずこの手が届かなければ、今俺が抱えるこの痛みと同じものを抱きながら、贖罪を求めて死ぬ為に生きて―――助からなくなってから、手遅れになってからやっと答えをみつけていくのだろうか。
……そんなこと、
「はは……いいだろう、ルーク。俺は、お前を認めよう」
―――そんなこと、させない。
生きる為に生きて、自分を許して自分を誰かと一緒くたに幸せにする、俺とは違う形のルークになればいい。
お前にアクゼリュスは潰させない。アクゼリュスを消滅させる為だけに生まれてきたのかと、そんな思いは抱かせない。お前は幸せになる為に生きて、生きたいと願うままに生きればいい。あんな思いをするのは俺一人で十分だ。
幸い、これから何が起こるか大筋でわかってる俺という存在がいるのだから、どうにかなるかも知れないだろう? そうさ、目指すは誰もが幸せに笑っていられる天下無敵のハッピーエンドだ。
「考えるのが苦手なりに早速考えて、真正面から俺を見てそんな風に信用されちゃぁ流石にぐっとくるね。お前は、本当に、単純っつーか純粋っつーか……そうだな、昔の俺自身にそっくりだけど、きっと俺よりずっと真人間なんだろう。いいね、最高だ! 俺はお前がお前であることに祝福を捧げよう。お前の存在は俺が認めよう」
オレ自身がお前を認めてやるよ。たとえ世界中から寄ってたかってその死を願われるとしても、俺だけはお前の生を願ってその幸せのために動いていこう。
こんな俺をお人好しだといって信じてくれた、俺によく似た、けれど俺ではないお前を俺が認めよう。
お前のほうこそお人好しだろう。とんでもなくひねくれてわかりづらくて表現のしかたが下手すぎるが。
「ルーク。聖なる焔の光。考えろ。考えるんだ。お前にできること、できないこと、すべきことしたいことを、これからのことを。考えて動け。なーに安心しろ、お前ならできる、俺はそう信じてる」
「……お前、何いってんのか訳わかんねえぞ」
「んだよー、そんなしかめっ面するなよルーク」
「いきなりご機嫌だなお前……」
「そりゃあな、ご機嫌にもなるってもんだ! エミヤ、晩飯(ハンバーグ、目玉焼き付き、グレンリクエスト)できたかー!! ルーク、お前にもエミヤの料理を食わせてやるよ、最高なんだぜあいつの料理。ちょっとまってな」
突然ラリったかのようにご機嫌を発揮して宿の下へと走りながら降りていくグレンを見て、ルークはいささか困惑気味に隣に立つティアに問うた。
「……なあ、俺早まったかと思うか?」
「さあ……でも、よくは解らないけれど彼はあなたを気に入ったみたいだし、信用できるできないはまだ解らないけど、悪いようにはしないんじゃない?」
「……『お前ならできる、俺はそう信じてる』か。っは、わけわかんねえ変なヤツだなあいつ」
そんな言葉を吐きながら、ルークは今自分の口元が少し緩んでいることを知らない。
腕を組みながら今しがたグレンが降りていった先を見て、嬉しそうな目をして、緩む口元にも気づかずにポツリと繰り返す。
「変なヤツだ、ばっかじゃねーの」
そんな素直ではない彼の姿を見て護衛の少女は呆れたように溜息を付いた。本当は嬉しくて仕方ない癖に言葉だけが裏腹で。これでは本当に幼い子どもと変わらない。隠しているつもりなのだろうが本人は余程嬉しかったらしく、つい先刻までうざいだのなんだの言っていた足元にまとわり着くチーグルをひょいと抱え上げ、その頭をぐしゃぐしゃに撫ぜている。
嫌がらせのようにも見えるがチーグル本人は嬉しいらしく、みゅうみゅうなんだか楽しそうな声が聞こえた。
彼は確か彼女よりも年上のはずだった。そのくせ、精神年齢はまるで十にも満たない子どものようで呆れることしきりだ。
そんな事を思いながら、相槌を打つ必要もなさそうだったので彼の呟きにも何も言わず、ただ嬉しそうに笑う彼を見ていた。
「ほんと変なヤツだな、あいつ」
夕焼けの斜陽が町を焼く。
夜に沈む直前、のどかな田舎町の夕景はとても綺麗だった。