まずはイオンに地核の振動に対する創生暦時代の禁書の捜索を頼み、モースの元へと返した。……それはそれはとんでもないフローリアンの大反抗にあったが、それでも気合でやりきった。外殻大地のことについてはこちらで請け負うことと、パッセージリングの耐用限界と暴走についてジェイドにも伝えておいたから、アッシュ達は戦争の停戦の呼びかけとベルケンド方面での地核の振動についてのことで動いてくれるはずだ。
バチカルでは漆黒の翼辺りに頼んでいることもあるし、わざわざルーク自身が助けに行くまでもない。モースには能動的に動いてギンジを人質に、ということにはならないだろうから……いや、モースの動きが鈍くなるとその下の第二、第三のスコア狂信者が動きだすだけか。
ルークにとってのモースは、スコア狂信者達の頭であるからこそ価値がある。
ある程度スコアスコア煩く言っておくようにモースに言い含めると、彼はそれはそれは自虐的かつ皮肉げな笑みを浮かべて了解した。その表情に何かを思うでもない。もとより彼我の関係は思いやり合うような感情を持っているわけでもない。
モースが教団内のスコア狂信者の武力派を大掃除するために、起こした戦争自体を利用したように、ルークもモースの地位と実権を利用して彼を『スコア信望者の頭』に仕立て上げているのだから。必要な情報を交換するだけで、それ以上は言葉をかわすこともない。
そして今。ケセドニアの地盤沈下を確認しザオ遺跡でパッセージリングの操作した後、地核振動周波数の測定器を受け取るためにシェリダンへと向かっている。
* * *
町に行くにしても、必要なものを受け取るだけだ。すぐに終わるからと一人でアルビオールから降りたルークは一人寄り道もせずに真っ直ぐにシェリダンの集会場へ行く。いつものように集まっている元気な老人三人はあらわれたルークを見て嬉しそうに笑い、そして視線は彼の背後に行く。
出てくる言葉はエミヤはおらんのか、だ。なんというかもう本当にマシンドクターはこのシェリダンではモテモテらしい。ただの便利屋なだけかもしれないが。
「とりあえず必要なものを受け取りに来ただけだから、エミヤはアルビオールで留守番中だ」
ルークがそう言えば、なにやらシェリダンめ組みのご一同は一斉にがっくりしている。なんて正直なんだ。思うと同時に、アーチャーをアルビオールに残してきて正解だったとルークは心から思った。万が一でもアーチャーを連れてきていれば、こちらとていろいろと彼らに物を頼む身だ、あれこれ言われてエミヤを一日ほど拘束されていたかもしれない。
こちらも時間が惜しいもので、はっきり言ってそれは避けて通りたい事態だ。
「振動周波数の測定器と……頼んでいた封印術もどきはもう出来ているか?」
「うむ、測定器のほうはもうとっくに出来ておるわい! じゃが……」
「まだ出来ていないなんて冗談は聞きたくないぞ」
「……お前さん、なにそんなにマジな顔になっとるんじゃ」
「何を言うんだイエモンさん。俺はいつでも大真面目だ」
「いやそういう『マジ』じゃなくてじゃのぉ」
「……坊やも随分必死だけど、この封印術もどき。何に使うつもりなんだい?」
些か腰が引けているイエモンの横で、小さな四角い箱型のものを弄るタマラが問いかける。その問いに答えず、ルークは目をぱちくりとさせた後何だ出来てるんじゃないかと手を伸ばすのだが、その手は軽く避けられた。
むっとして目を眇めれば、タマラは溜息をついて腕をくむ。
「あのねえ、あたしら技術者はね。知っておかなきゃいけないんだよ。自分たちが作った技術がどう使われているか、ね」
「アルビオールも、使いようによれば最新鋭の破壊兵器や戦略兵器に早代わりできるものじゃしのぉ」
「……ましてや、一時的なものにしろ数回使える封印術もどきじゃ。本来の封印術と同じく量産は出来んものじゃが……危険物には変わりない。まあ、お前さんたちなら妙な使い方はせんと思うが」
タマラもアストンもイエモンもルークやアーチャーを信用していて、それでも技術者としてのけじめとして問うている。なるほどこれが技術者か、とルークは感心する。
これが、新たな技術を作り出すと言う人間の覚悟だ。作り出した技術を何に使われるか、それを留めるすべのない、生み出したものとしての覚悟。引かないならこちらが折れてしまうほうが早い。ルークはしぶしぶながら内容を話した。
「…………パッセージリングの起動時に、起動者の体はフォンスロットを通して障気が流れ込む。だから封印術に目をつけた。時間限定でいいから回数制にしてくれと頼んだのはそのためだ」
「障気じゃと!? いや、まさか……そうか、そういえばあの時あの嬢ちゃんも顔色が急に悪く……」
「なんだいイエモン、心当たりがあるのかい?」
「……なるほど、エミヤがパッセージリングの……うむ……」
「こりゃ、イエモン! 自分だけ納得するではない!」
「アストン、タマラ。恐らくじゃが、ルークの言っていることに嘘は無いじゃろうて」
そう言って、イエモンはひょいとタマラの掌中からできたての封印術もどきを手に取って、ぽいっとルークのほうに放った。それを受け取りまじまじと見ていると、使い方は普通の封印術と変わらんが分かるか、と問われて頷く。
咎めるように名前を呼んでくる仲間二人に心配ないとだけ返して、イエモンは眉毛に隠れた目で、ルークの緑の瞳をじっと見つめた。
「……ルーク。アレからそれなりにパッセージリングを回っているのじゃろう……実際のところ、あの嬢ちゃんの体の調子はどうなんじゃ」
「さあな。この後はベルケンドに行く予定だが、そこでまた検査してみないとわからないが……もうそこそこ危険域なんじゃないのかな」
「……その封印術があれば、少しは障気も防げるんかの?」
「確認は取った。完全とはいえなくとも、何もないよりはよほどマシなくらいにはなるはずだ」
「それならいいぞい。存分に使いおれ」
「……礼を言う」
封印術もどきを懐にしまいながら、扉を出かけた途中で、ふとルークは振り返る。しばし迷った素振をした後、しかし確実にする為には、と小さく呟き顔を上げた。
「……すまないが、イエモンさん。あんた達に、これは俺個人で頼みたいことがある」
* * *
アーチャーは一人アルビオールの甲板の上に出ていた。軽く唇に指を当て、息を吹き込む。高い指笛の音が鳴り響き、まもなく羽音が降りてくる。アーチャーの目の前に降り立ち頭をたれるグリフィンの前に、手紙が入っている筒を置く。
「グランコクマのピオニー陛下に渡してくれ」
グリフィンは一声鳴き声をあげて、手紙が入っている筒を脚で掴み空へ舞い上がる。飛んで行くその背を見送り、アーチャーはふと後方を振り返った。周りを見回しながら、おっかなびっくり、と言った風にアルビオールの甲板の上に登ってきたのは緑の髪の子どもだ。
おそるおそる、落ちないようにゆっくりと歩いてくる少年へとアーチャーは声をかけた。
「どうした、フローリアン」
「……ルークが、ベルケンドに行った後は僕をケテルブルクに預けるって」
「なるほど。それで膨れているのか?」
「膨れてないもん!」
そう主張しているフローリアンは、ただいま現在進行形で頬を膨らませてアーチャーを睨んでいる。しかしながらここでそう指摘してはなにやら子どもを虐めているように見えるだろうと、アーチャーも多少は自制を働かせて何も言わないでいた。
とりあえずよしよしと宥めるように頭を撫でる。フローリアンは頬を膨らませたまま、ルークがひとりで行ってしまったシェリダンの町並みを遠目から見ている。
「ねえ、エミヤ」
「なんだね」
「いつになったら泣き止んでくれるのかな。アリエッタも、――――ルークも」
アーチャーは驚いてフローリアンを見下ろす。フローリアンは背伸びをしてシェリダンの町並みを見ていたが、溜息をついて甲板の上に座り込んだ。膝を抱えるようにして座り込んだフローリアンは驚いた気配を感じたのか、自分を見ているアーチャーを見返した。
いつもクールなアーチャーの驚いた顔が見れて満足したのか、フローリアンはしししといたずらが成功した子ども宛らに笑う。
「ははは、エミヤ驚いてるー」
「いや……よく見ているな。そう思えたか」
「はじめはわからなかったよ。でも、涙流してなくても泣いてるときがあるんだって、イオンが教えてくれたから。それに、ルークが大切ならルークをよく見てろって僕に言ったのは、エミヤじゃん」
それはそうだ。そうなのだが、まさかここまでだとは正直思っていなかったのだ。ふむとアーチャーは感心した声を出ししげしげとフローリアンを見る。カンサツは得意だよ、と笑っていたフローリアンは、しかしふと表情を曇らせた。
「ルークはケセドニアから帰ってきたときから、ずっと泣いてる。アリエッタが泣いてる理由はわかるよ。分かるから、僕には何も出来ない。傍にいてあげるくらいしかできない。でも、ルークには本当に何も出来ないんだ。どうして泣いてるのか分からないから」
結局僕には分かってても分からなくても、何もできない。
フローリアンは抱えた膝に額を乗せて、しょんぼりとした声をだす。
「ねえエミヤ。泣いてるって分かってるのに、何もできないのは悔しいね」
「……そうだな」
海辺の潮風がアルビオールの甲板の上に吹きつける。少し強めのその風が甲板の上に立つ二人の髪を少しだけ揺らした。アーチャーは目を細め、ゆっくりと瞬きをする。
「己の無力を思い知るのは、悔しいものだ」
* * *
ルークがアルビオールに帰ってくれば、いつもの操縦席にノエルの姿がない。機体の整備をしているのだろうか。自分が出た時間と今の時間を比べて、そこまで待つこともないだろうと適当な席に座る。前面のガラス張りになっている船頭からは遠くシェリダンの町並みと海が見える。海の青と空の青は交わることなく一線を画し、波音が押し寄せては引き返す。
ふと、その波音がルークの記憶の琴線を刺激する。
青い空と海、流れる雲、声、合間に聞こえる波音。
『んー……だって海ってさ、なんか良くね? 俺結構好きなんだよなぁ』
ご機嫌そうな声で、海風にあたりながら紡がれたのんびりとした鼻歌。
いつかのメロディーが口から零れる。ほんの数回聞いただけの、朧気な記憶をもとに口ずさむメロディーはあやふやで、時折ぴたりと止まってはルークも唸りながら音程を思い返す。
何度か音程を換えつつ口ずさみ、結局たぶんこれ外れてるんだろうなぁと思いながらも仕方無しにそのまま進む。そもそもが音程の元となったグレンの鼻歌自体が、俺音痴だからやっぱ少し外れてるなあとぼやかれていたシロモノだったのだ。
グレンでそうならルークはどうかなど、推して図るべし。
『聞いたことない? はは、そりゃそうだろ。だってこれ俺もエミヤに聞いてはじめて知ったんだぜ』
だからルークは元の歌を知らないまま、ただグレンの鼻歌のみで知っているその歌を口ずさむ。
歌詞をひとつも知らない、時折キーが低くなったメロディーだけ。
―――題名なぁ、えーっと……水辺の歌……じゃ、ないか。確か……ああそうだ。確か、
「きれいなメロディーね」
「うおぉ!?」
座り込んでいた座席から落ちかけながら、ルークは後方を向く。砂色の髪と青い瞳。そこにいたのがアーチャーではなかったことにほっとして―――声からしてアーチャーではないと分かってもいいものだが、かなり焦っていたルークはそれに気づかなかったのだ―――彼は珍しくぱちくりと目を瞬かせて驚きをあらわにしていた表情をすっと納めて顰め面をする。
譜歌の歌い手であり音律士でもあるティアにところどころ音を外している自分の鼻歌を聞かれたのだ。気分が良い訳が無い。
「お前な、人を驚かすな」
「……驚かせるつもりはなかったんだけど」
「アリエッタについていてくれと言わなかったか?」
「眠ったわ」
アリエッタは育ちが育ちのせいか、睡眠時の他者の気配に敏感だ。深い眠りに落ちている時ほど、馴染みの無い気配が近付いてくれば目を覚まし反射的に距離を取る。……泣いてばかりでろくろく眠れていなかったのだ、今くらいしっかり寝かしておいたほうが良いだろう。
ティアの判断も悪くない。悪くないが……目覚めたときに一人きりにしておくのは如何なものかとも思う。頃合を見計らって気配を殺すことが上手いアーチャーに様子を見てもらうか、それとも敵意皆無なフローリアンをつけておくか。
うん、そうだ、フローリアンを付けておこうそうしようと決めて、はたと思いとどまる。そういえば、フローリアンといいアーチャーといいノエルといい、一体どこに行ってしまったのか。すぐに戻ると言いおいてシェリダンへと行ったのだから、それなりにフラフラ出歩かないでほしいものだ。
仕方無しに探してこようとルークは立ち上がり、そのまま操縦室から出て行こうとする。そんなルークをティアが呼び止めた。特に感情が映っていない瞳が静かに向けられ、ティアは確認するようにルークへ声をかける。
「この次は確かベルケンドヘ寄るのよね?」
「……お前の体への障気の侵食が計算上よりもいくらか早いからな。まだ、死なれちゃ困るんだ」
「…………あなたも一度検査してもらったほうがいいんじゃない?」
「何?」
「左眼。いい加減にちゃんとした検査をしたほうがいいはずでしょう、と言ってるの」
「馬鹿も休み休み言え。そこそこガタは来ているが、視力は喪失していない。必要ない」
「それでも、あなたは自分の左目にかかってる負荷を理解するべきだわ。検査して数値化すれば、少しは無茶をする気も治まる……そうなってくれたら嬉しいんだけど」
無茶だと、お前にだけは言われたくないな。ルークはティアにそう言ってやろうかとも思ったが、つい最近自制が効かずに思い切り全開で超振動をぶっ放そうとしたことがあった分だけ言い辛い。
むすりと黙り込むが、以前頼んでいた検査結果を確認しにいくにはそう言う名目でもあったほうがいいかと考え直す。戦場横断中にあった件で見るまでも無いと思っていたが、何事も確認はしておいたほうがいい。そうだ、ルークのやろうとすることを考えれば慎重に慎重を重ねて無駄と言うことは無いのだから。
ティアに背を向けたまま回していた思考でその答えに行きつき、ルークは大きく溜息を吐く。そしてちらりと横目だけでティアを見て、すぐに前を向く。
「分かった。受ければ良いんだろう、受ければ」
ルークがそういえば、まさかこうも簡単に彼が受けるというとは思っていなかったのか、ティアはキョトンとした顔をしている。そう言う表情をしていれば、兵として己を律している彼女も年相応だ。ふんと鼻を鳴らして出て行こうとするルークを、咄嗟にティアが呼び止める。
まだ何かあるのかとルークは振り返るのだが、ティアもティアでルークが検査を受けることを許容したなら特に呼び止める用件もなく、そのくせ何故か呼び止めてしまっていたので取り繕った表情の下では大いに焦っていた。
必死になって回した彼女の頭が出した回答が、
「さっ……さっきの、歌、タイトルはなんて曲、なの?」
話に脈絡もへったくれもないぶっ飛んだ話題だった。
ルークも「は?」と突然の話題展開について行けないようで眉間に皺を寄せていて、その表情にティアは気まずい思いをするが一応気になっていたことでもある。
「……そんなの聞いてどうするんだ」
「今まで聞いたことない曲だから、ちょっと気になっただけよ。メロディーもきれいだと思ったし」
なんとなくルークの目は見れないまま、ティアは早口に言葉を紡いだ。そうすればルークはなぜか罰の悪い顔になり、ティア以上に気まずいと言いたげな表情をした。ティアが不思議に思っているとルークはがしがしと乱暴に頭をかいて、あさっての方向を向いたままぼそぼそと溢す。
「……ど、……よ」
「え?」
もごもごとなんとも不明瞭な声で、いくらティアが音律士とはいえ聞こえない音だった。思わず聞き返せば、ルークは一層乱暴に頭を掻く。あー畜生うぜえ、と、言葉のわりにはどこか嘆くように呟いた後、観念したように腕組みをしたままティアのほうへ振り返る。
「メロディーがどうとか言ってるが、俺結構音痴なんだぞ。あんまりさっきのメロディー真に受けるなよ」
「……そうなの? そこまで外れてるようには思えなかったけど……」
「又聞きの又聞きだし、聴いたグレンの鼻歌も大分あやふやだ。絶対にいくつか低くなってるだろうさ。原曲を聞きたいならエミヤに聞け。グレンもあいつから聞いたって言ってたからな」
「……………」
「なんだ、ティア・グランツ。その顔は」
「べつに…なんでもないわ」
彼の話はおおよそ確実に半分以上はグレンで出来ている。
おまけに、ルークはグレンが関わる話をする時だけは他者に対してもいつかのような表情を少しだけ垣間見せる。悲しそうな顔も苦しそうな顔も優しそうな顔も、果ては嬉しそうな顔ですら。
彼の世界はグレンでできていて彼の心はグレンを中心にして回っていて、何をなすにも何を言うにもグレングレングレングレンと……そんなルークの言動がいい加減に目に余ってきて、さすがのティアも小さな苛立ちを感じるようになってきた。
「……じゃあ、機会があったらエミヤさんに原曲を聞くから。題名、知ってるなら教えてくれないかしら」
しかしここで苦言を呈して不機嫌になったルークにじゃあやはり検査も受けない、といわれるのも困る。ティアは小さく頭を振り、溜息ひとつでかすかな苛立ちを吐き出した。
そして誤魔化しに紡がれた言葉にルークはすぐに答えようとして、一瞬だけふと口を噤む。しかし次にはすぐに口を開き、その題名を呟く。
「……『ローレライ』」
この世界からしてみればあまりにも有名なものを題にしている。荘厳で絢爛と言うよりは澄んでいるが素朴なイメージのわくメロディーには似つかわしくない気がする。そしてなにより、そんな表題にしているくらいならもっと周知の有名な歌になっていてもおかしくないと思ったのだが……現実はこの通りだ。
エミヤ、という出自不明年齢不詳のグレンの従者がグレンに聞かせるまで、ティアもルークも知らなかった。
不思議なこともあるものだとティアがぼんやりと考えていると、ついでの捕捉とばかりにルークがうろ覚えの知識で解説している。
「水辺で歌う魔物だか精霊だか……まあ、きれいな声で歌うそういうヤツの歌だとさ。歌詞は知らないけどな」
「……タイトルとあってない気がするのは、気のせいなのかしら」
「さあな。良いんじゃないのか、別に。精霊もローレライも御伽噺みたいなもんだろ、ってグレンは言ってたぞ」
「…………………………そう」
「だから何だその顔は。いいたいことがあるならはっきりと言え」
甘かった。半分なんてものではない。ルークの頭の中はもはや九割九分九厘グレンしかいないのだろう。いっそすがすがしいくらいだが、なんともいえない表情になってしまうティアを誰が責められようか。
「ねえルーク、一つ聞いても良い?」
「話によるが一応聞いておこう。なんだ」
「あなたにとってグレンは何」
「……なんだ、何を言うかと思えばそんなことか」
ティアの疑問を聞いてルークは拍子抜けしたようだ。くっと小さく笑いすらして、迷いなど何もないといわんばかりに、ただ一言。
「世界だ」
それはそれは自信満々にきっぱりと言い切ったその発言に、ティアは頭痛を堪えるような動作をする。聞きようによっては危険極まりない発言とも取れる。経験蓄積年齢七歳児の彼にはそんな気は無いと知っているはずなのだが、こんな勢いではついつい邪推したくもなるというものだ。
ガイ、あなた一体どこでルークの育て方を間違えたの。恐らくはガイ本人が聞いたら俺デスカ!? と自分を指差しぼーぜんとするだろうことを心中しみじみとぼやき、ティアは溜息を吐いた。