とんでもなく用意のいいアーチャーのおかげで、ハンバーグは一人に一つずつ用意されていた。目玉焼きは絶妙な半熟。完璧だ。そして嫌がらせのように添えられている花形に切り取られたニンジンに顔を青くさせたのが三人全員だったことに小さく笑いそうになるのを堪える。グレンが嫌いなのだからルークもにんじんが嫌いだろうとは思っていたが……まさか、あの真面目そうな少女までにんじんが苦手だったとは。中々の予想外だ。
そして現在、三人の皿の上にのこるは花形のニンジン、固まる三人、流れる沈黙。そんなににんじんが嫌いか。
「さて、この私が手抜きなく完全完璧に作り上げた夕餉だ。食わず嫌いは許さん、諸君、しかと味わって食べたまえ」
「……エミヤの鬼アクマ。あの二人には花ひとつで何で俺にはてんこ盛りなんだ!」
「なに、マスターへの日ごろの感謝をこめてだね……誉めても何もでんぞ?」
「ほめねえよ!」
熱く、それでいて微妙に半泣きでつっこみを入れる主の様子にアーチャーはそれはそれは楽しそうに声をあげて笑う。因みに声に出してはいないが、後の二人もグレンに心中で同意しているようだ。目元に手を当てクツクツと笑いを抑えながら、まるで親の敵のような目でニンジンを睨みつけているグレンの頭をぐりぐりと撫ぜる。
いつもなら餓鬼扱いすんなよなー、とぶつくさ言うものなのだが、今は対ニンジン戦線でその余裕もないらしい。……いったいどれだけにんじんが嫌いなのだろうか。
これは絶対にこの腕にかけて主のニンジン嫌いを矯正せねばなるまいと誓いつつ、彼はふと笑みを消し宿屋の窓から暗くなった夜の村の方を向く。
「さて、マスター。君が奮闘しつつニンジンと戦う姿を見るのも一興なのだが……気づいているかね?」
「ん? いや、何のことか……いやまてよ、次は……そっか。チーグルの森じゃなくなったから、今なのか。何人くらいだ」
「そうだな、具足の音をとるに……ざっと40前後か、まったくなめられたものだ」
「いや、結構用心深いと思うんだけど……頼めるか」
「どの程度だ」
「そうだなぁ、これ食い終わるくらいまで、ついでに戦力としては使える印象をもたせるくらいで。可能?」
「誰に向かって言っている?」
「……じゃ、いってらっしゃい」
軽く手を振るだけの送る言葉に、アーチャーもにやりと笑って軽く手を振るだけで返す。出際に椅子にかけていた赤い外套を引っつかみ出て行く後姿は颯爽としていて、男ながらにルークも惚れ惚れするくらいだった。そして何より、あの、主従としての阿吽の呼吸をみせたグレンとエミヤ。
それにあれだ、あのエミヤってヤツ。背中がちょっとヴァン師匠に似てねーか、格好いいなぁと思いながらも彼らが何の話をしていたのかが解らない。
わからない、ので、早速聞いてみた。……別に、ニンジンと対決するのが嫌で拒絶反応をしているわけではない。
「なあグレン、あいつ、どこいったんだ?」
「ん? 多分だけどな、あの眼鏡大佐がお前らの正体にあたりをつけて、身柄確保しようと兵を引き連れてやって来たみたい。で、エミヤに足止め頼んだんだよ」
「ふーん、あの陰険眼鏡…………はあああ?!」
がしゃがしゃと金属同士のこすれあう音が夜の村に響く。陸艦から降りた40名前後をつれて、彼らが昼の間にとまるといっていた宿屋に向かうその道の途中。
馬車も通れぬくらいであろう道の間に、背の高い男が一人ぽつんと立っていた。
空に月。雲はない。
「こんな田舎に物騒なことだな、マルクトの大佐殿」
「おや、気づかれていましたか」
「こんなに騒がしい気配を撒き散らしておいて、気づかぬとでも思ったか?」
軍として隠密行軍の訓練も受けているマルクトの精鋭兵の行動を『騒がしい』と評した彼の言葉に、ジェイドは一つ感心したように溜息をついた。とんでもない耳をしているのか、それともあらかじめこう来ることが解っていて待ち構えて言ってみたのか。
道を塞ぐ男の手には黒白の双剣。月明かりしかない夜の中でも目に鮮やかな赤い外套。
「……とりあえず、こちらとしてはあなたの主のほうには害意はありません。私たちが話があるのは貴方たちではないほうの二人組みでしてね。そこをどいていただけませんか」
「ふむ、それは困るな。実をいうと私の主はあの世間知らずを友人と定めてしまってね、そちらに向かうとあればなおのこと私はここを退けんのだよ」
「……随分と物好きなひとですねぇ」
「同感だ。反論はできんな。―――私には真似できないことだ。だが、だからこそ流石は我が主と言ったところか」
男は静かに笑いながら、片腕を上げる。その切っ先を向けられた兵にかすかに同様が生まれる。放たれる殺気。それは、仮にも戦場に出ることを目的とした職業の軍兵が思わず後ずさりしたくなるほどの。
「ひっ……!」
向けられる瞳は研がれた刃の色だ。鋭い鷹のような目つきのそれに標準を合わされて、先頭を進んでいた兵達にひるみが生じる。一度生まれた怯えはゆっくりと広がり、後ろのほうへと―――
「落ち着きなさい。あちらは一人、こちらは何人いると思っているんですか?」
拡がってしまう直前、落ち着いた声がその雰囲気を鎮めてしまう。
「た、大佐!」
「圧倒的にこちらが有利です。浮き足立って指揮が乱れては、いくら訓練を受けた兵といえどもただの烏合の衆とかわりません……冷静になりなさい」
「……は! 失礼しました!」
「ふん……よく訓練された兵だ。優秀だな」
アーチャーは槍を構えて戦意をあげだした兵を見て、あせるでもなく感心したような声を出す。そして場所を動くでもなく―――村の中でも特に道の狭い場所で陣取って動かない。
それを見て男の意図を察し、ジェイドは眼鏡をかけなおす。その眼鏡の下で赤い瞳が細められたのに兵達は気づかなかった。もしかしたらこの月明かりだけの下でも、対峙しているあの男だけは気づいていたのかも知れないが。
隘路は寡兵で大軍を防ぐ時によく使われる、有効かつ基本的な地形だ。兵法では基礎中の基礎だというだけあって、その基礎をしっかりと守る相手は下手に奇策を弄する勇将よりも手堅い。ましてや相手はライガの女王とぶつかり合って殺さずに収めたほどの相手だ。
兵たちの手前余裕な表情を崩してはいないが、どうなるか解らない。
これは簡単に行きそうにはない。面倒だと溜息を付きたくなって―――それと同時、楽しそうだと思う自分に内心辟易としそうになった。民家に囲まれたこんな村の中で威力の大きい譜術などぶっ放せるわけもない。
ジェイドはコンタミネーションで槍を取り出し、その切っ先を驚いた様な顔をしている男に向ける。
「こちらも仕事なので……最後にもう一度言います、大人しく引いていただけませんか」
「なるほど、貴様はなかなか油断ならんといっていたマスターの言葉の意味が解った気がするな。天才の匂いがする……が、答えはノーだ」
「……怪我をしてから後悔しないでくださいよ」
「生憎だが私が受けた敗北は一度のみでね、二度目はない。永劫だ」
その時の笑顔の鋭さに兵達は臆しそうになるが、それでも一向に彼だけは怯む様子もない上官の言葉を思い出し、兵達は気合を入れる。
「我が名はエミヤ、グレンの従者だ。主の命によりこの道は通さん。この身に刃を届ける自信があるものは、せいぜい臆せずかかってこい!」
「総員、戦闘配置。目標は対象の排除、可能なら捕縛……いきますよ!」
「おお!」
「どういうこと?!」
フォークに突き刺さったニンジンを睨みつけながらサラリと答えたグレンの返答に、うっかり流しかけてその内容を理解した瞬間驚いて二人が立ち上がる。うわあ視線が、驚きの視線よりも疑惑に満ち満ちた冷たい視線がものすごく痛いぜ。
「あのさ、俺ちくってないからそう殺気立つなって。だって俺でも予想がついたことだろ、あのいかにも切れ者そうな、あの年で大佐やってる軍人だぜ。やつの目は欺けなかった、ってだけだろ? そうだなー、例えばルークが頭にタオルでも巻いて髪を隠して目元を包帯でぐーるぐるにして護衛のあんたがルークの手を引きでもしてればば、まあ怪しまれてもばれなかった……いやあの陰険眼鏡ならバレそうな気もするな。まあどっち道そんな格好じゃ魔物に襲われたとき対応できないから却下か……」
「何をのんきなことを……」
「そーだそーだ、人質にされるかもしれねーんだろ?!」
「いや、その必要はないと思うんだが……よし、二人ともそれがどうしてかわからなさそうだから、ここは一つ連想ゲームといこうか。落ち着けおふたりさん、まあとりあえず座れよ。大丈夫だいじょうぶ、エミヤはそう簡単には負けないって。しょうがねえからいざとなったらあんた等は俺が逃がすから、まあ待て。さてルーク、ふたたび考える練習だ」
「ああ?」
っつーわけで、答え途中からわかってもアンタは先に答えないでくれよ? ティアがきびしい目で見てきた後、しばらく無言で目だけで攻防。やがてしぶしぶ頷き腰を下ろしたのを見届けてから、切りがよかったのか覚悟がついたのか、グレンはやっとニンジンを食べる。途端に嫌そうな顔をするのだが、吐きはしない。
グレンが落ち着き払って座っているのと、ティアがしぶしぶながらも座ったのを見て、ルークも仕方なさそうに腰を下ろす。対してグレンは不機嫌そうにもぐもぐと租借しながら、指をぴんと立てた。
「まず一つ。ここにどうして導師イオンがいたか。二つ、あの導師はマルクト大佐の名前を呼んでいた。三つ、あの大佐はダアトにいるはずのローレライ教団の導師がこんな田舎にいたことに驚いても居なかった。さてルーク、ここから何か思いつくか?」
「んん? そうだな……あいつらは知り合い、っつーか……あんときの会話的になんかつるんでそーだったな」
「その通り。次に考えるのは、どうして導師イオンがマルクト軍の大佐と行動を共にして、ここにいるのか。もひとつヒントをいえば、軍の大佐が何の意味もなく軍服着て導師と一緒に旅行です、なんてありえないからそれはなにがしらの任務を帯びていることは予測される。ここまではOK?」
「まあ……旅行じゃあなさそうだったな」
「……じゃ、更にヒントな。中立であるダアトの導師をともなっての国から下された任務といえば予想がつくのは外交上の交渉ごとだ。今の状況なら大きく分けて二つ。ひとつは宣戦布告、もうひとつは修好か和平工作」
「宣戦って……そんなにやべぇのかマルクトとキムラスカは」
「うん、マジでやべーよ。国境とかもうピリピリしてやばいくらいだぞ。……で、それを踏まえ考えて、だ。今回はどっちだと思う、ルーク」
「そうだな……どっちかってーと……和平、か?」
「お? 意外だな、どうしてそう思った」
「いや、だってさ。あのイオンっつーやつが導師なんだろ。あいつ、戦争をとめようとはしそうだけどその逆には協力するの嫌がりそうじゃん」
「そう、そのとーり! うん、上出来上出来。俺もそう思うんだよな。で、和平工作だと仮定して。じゃあ、何でお前らをあのマルクト大佐が捕まえようとしてるのかは、あれだ。ルークを王族だと思ってのことなら多分お前の地位でとりなしてもらって、確実にキムラスカ国王へ和平の密書だの修好の親書だのを届けたいんだろうさ。だから捕獲と言うよりは保護だろうし、迎えが来るとは思っても丁重に来るだろうと思ってたんだが……鎧装備40人か。なあ、まさかとは思うけどお前らやばい方法で密入国やらかしたとかじゃないよな?」
「「………………」」
本当は知っていることをさも知らないことのようにして、予測と推理により仮定しているようにみせるためにはその予想が百発百中であってはいけない。事実とは違うことを知っているくせにわざと誤予測を入れる、と言うのはひどく白々しい気がする。
気がするが、しかし流石は自分をフェイカーだというアーチャーの言葉だ。
今の自分を客観的に見て、起こる未来を知っている予言者などではなく、ただの切れ者にしか見えないから恐ろしい。
「……わあ、なんで否定してくれないのカナー。まあいいけど、つまりはそう言うことだろうということだ。ま、和平の使者ならキムラスカの王族だからってひどいこともしないと思うけど……ルークはどうしたい」
「へ?」
「あいつに協力してやるもよし、そんなんしったこっちゃねーって逃げるもよし。どっちでもいいぜ? お前は、どうしたいかだよ」
「俺、は……」
考える。苦手ながらも、ルークは必死になって考える。どうしたほうがいいのか、なんてことはわかっている。和平工作に手を貸したほうがいい、戦争なんてものは起こらないほうがいい、それくらいは流石に知っている。けれど、今ここでグレンが和平工作だろうといったのは、あくまで推論でしかないのだ。
なるほど、状況を見れば恐らくは和平工作なのだろう。だが、もしも万が一宣戦布告のほうだったら。
いや、しかしあのイオンが戦争のために協力するようには見えないし。
えんえんとぐるぐる回る思考にいい加減自分でイラついてきて、がりがりと頭をかく。
「……ったく、しゃーねー、協力! 協力する方向で!」
「おっしゃ、オッケー! じゃあそう言う方向で行こうか。んじゃルーク、悪いけどエミヤの弓取ってきてくれねぇか?」
「あぁ? めんどくせーな」
「……とか、言いながらとってきてくれるんだよなぁ、一応。どうよ、意外だろ」
「え? え、ええ、そうね……本当に意外だわ」
ぶつくさ文句を言いながらも二階へとあがっていくルークの背を見てポカンとしていたティアに話を振ってみれば、随分と気の抜けたような声が返ってくる。
和平交渉と仮定して協力しようといったことと、わざわざ頼まれたとおりに荷物を取りにいったことと。
ティアがこんな顔をするくらい驚くようなことだったようだ。いやはや、まあわかるけどさ。昔のわがことながら何だか遠い目をしたくなってしまう。
「あいつは考え無しの馬鹿で猪突猛進で世間知らずで育ちがあれだからとんでもない天邪鬼だけど、根は素直でむしろ人懐っこいもんだぜ? 周りが面倒くさがらずに教えてやれば、ちゃんと考えだってする。アンタの中でのイメージがどんなのかはあえてきかねーけど、あいつはそんなに悪いやつじゃねーよ。……嫌ってくれるなよ?」
「……随分彼を買っているのね、あなたは」
いやあんたにまで見捨てられてたら俺はここにはいなかったですから、ついフォローを。
なんて、絶対に言えない。
まあこの世界のルークがこの世界の彼女をどう思うのかは知らないけれど。ついついフォローを入れてしまいたくなるのは、彼にとってはいた仕方のないことだ。
苦笑しながら肩をすくめていたら、二階から降りてくる足音がする。ルークが持っているのはグレンが頼んでいたものだ。
「グレン、弓ってこれだけか?」
「お、サンキュ。よっしゃじゃあエミヤんとこ……って待てーー! ルーク、お前ニンジン残してるじゃねえか!」
「……げ。い、いいだろ別に! それ以外は全部、」
「馬鹿、エミヤだぞ。ここでニンジンを残しなぞすれば、びっくりするくらい豪勢なニンジンフルコース一週間のたびへご招待だ! しかも連座制でみんなだ、死ぬわ!」
「うえええええええ?!」
「ルーク、食べなさい」
「うおぉ、連座制ってとこから急に他人事って顔つきが変わったな……こえぇ」
「この冷血女ぁ! 無理なもんはむりだっつーの、グレン代わりに食えよ!」
「断る! 俺もニンジンは苦手なんだ、お前が食え!」
「ルーク、食べなさい。私も彼も食べたのよ?」
「いーーーーやーーーーだーーーー! それならブタザルにでも食わせりゃいいだろが!」
「ばかやろうチーグルがにんじんなんて」
「ご主人様、わかりましたですの! ミュウがニンジンたべるですの!」
「「「……え」」」
救世主、ご光臨。
ギィン、と高い金属音が鳴り響いてくるくると空高く回転した剣が落ちて地面に突き刺さった。その剣のすぐ脇には倒れ伏した兵の姿。一人だけではない。そこにもここにもあそこにも、ごろごろとそこら中に倒れた人が転がっている。
静かな夜の村。今、この場に立っているのは二人のみ。
「やれやれ、ライガクイーンを殺さず説得、といっていたので用心のつもりで多めに人手をつれてきたのですがね……これでもまだ足りませんでしたか」
「なんだ、やはり初めから私と戦り合うつもりだったのではないか、その言い方では。これしきの人数で捕らえられるとでも思われていたのかね? これはまったく甘く見られたものだ、わが主を捕らえたいと言うのなら、私を捕らえねば話にならんぞ。せいぜいこの三倍は持ってきてもらわなくてはな」
「言いますね。言うだけの実力はあるようですが、過信は身を滅ぼしますよ」
「なに、いらぬ心配だ。事実を事実として言葉にしたまでさ」
アーチャーは手に握った双剣をひゅんと一度まわして握りなおす。その剣に血はついていない。
「四十人をすべて殺さず戦闘不能、ですか……なるほど、あなたの主が人外扱いするわけです」
「ふん、剣術だけに抑えられているとはいえ、私を相手に本業の譜術ではなく槍だけでここまで持っている貴様のほうこそ人外なのではないかね」
「それではまるで今でも全力ではないといっているようですが」
「こちらにも都合というのがあってね……それならそれなりの戦い方をするのみだ。貴様も夜の町中で大技をぶっ放せないのだから、おあいこというところだろう」
「こんなに目立つ腕の立つものが今まで噂にもならなかったとは……あなたが今までどこで何をしていたのか、気になりますねぇ」
「取るに足りん瑣末なことだ、喋るまでもない」
「そうですか……さて、これ以上時間がかかってはイオン様が心配して出てきてしまいますので贅沢はいえません、譜術を使わせてもらいますよ」
「おもしろい。この世界の魔術がどんなものか一度見おきたかったのだ」
「―――――――――雷雲よ、我が刃となりて敵を」
「またんかこらぁ! なんでこんな町中ででかい譜術使おうとしてんだ!」
もう、いかにもこれが決着だといわんばかりの場面で急に聞こえた第三者の声に、二人の意識がそちらにそれる。ばっきんと壊れてがらがらとくずれる緊張感。一瞬、このまま術を放ってしまおうかとも思ったが今の人数では今度はあちらのほうが勝っている。
ここは堪えて、ジェイドは大人しく槍を戻した。
「マスター、もういいのか」
「うん、大体方針は決まったかな……おい、そこの大佐!」
「これはこれは、ローズ夫人のお宅以来ですね。確かグレンと名乗っていましたか」
「おう……へへん、どーだ、エミヤは強ぇだろ」
周りに積まれている動かないマルクト兵を見やってにやりとグレンが言えば、対するジェイドも(表面上は)笑いながら言う。
「そうですねぇ、貴方が人外扱いする理由を身をもって体験しましたね」
「うおおお、む、蒸し返すんじゃねえよ! 今度は何地獄にぶち込まれるか……ええい、とにかく! アンタは国民を守るための軍人だろう、なんでこんな風に兵を引き連れてきてんだ?」
「……先日、正体不明の第七音素の超振動がキムラスカ・ランバルディア王国王都方面から発生。マルクト帝国領土タタル渓谷附近にて収束しました。超振動の発生源が彼らなら、不正に国境を越え侵入してきたことになります。これがどういう意図で発生したのかを確認せねばなりません。先の行動は、何らかの敵対行動を目的としてのことに備えていただけのことですよ」
「…………マジで? 超振動で密入国? 下手したらミンチじゃん。あんたら一体何してたんだよ」
「俺は巻き込まれただけだっつーの!」
「……今回の件は私の第七音素とルークの第七音素が超振動を引き起こしただけです。キムラスカによるマルクトへの敵対行動ではありません」
ジェイドは「そうですね」と少し考えていたようだが、ちらりとルークのほうを見た後「確かに敵対行動ならもう少し……」などと呟きながら頷く。
言葉の後ろに消えていった無言になんだか馬鹿にされている気がして、ルークは目に見えて不機嫌そうになった。
「ではルーク、あなたのフルネームは?」
「ルーク・フォン・ファブレ。お前らが誘拐に失敗したルーク様だよ」
「ファブレ家……いや、誘拐? 穏やかではありませんね」
「へっ、知るかよ。お前らマルクトの連中が俺を誘拐したんだろが」
「……少なくとも私は知りません。先帝時代のことでしょうか」
「ふん、こっちだって知るか。おかげでガキの頃の記憶がなくなっちまったんだから」
「―――――――――記憶が、ない?」
一瞬、あの陰険眼鏡がうろたえたように見えてルークは眉間に皺を寄せる。
「あんだよ」
「……いえ、気にしないでください。独り言です。それより」
「そーだ、それよりも。こっちからも聞きたいことがあるんだよな。よし、言えルーク」
「ああ? なんでだよ、お前こう言うの得意そうじゃん。おまえがやりゃいいんじゃねーの?」
「何事も経験だよけいけん。ほれ、こうバーンと啖呵切ったら気持ちいいぞ?」
「そうかぁ? あー、んじゃ、おい、そこの……えーと、名前……「ジェイドだぞ、ルーク」ああそうだ、ジェイド。アンタがイオンと一緒にいるのは、キムラスカに和平工作をするためか?」
人の名前を思い出せずに後ろからぼそぼそとフォローをしてもらっている様子を見て、どこか馬鹿にしているように見ていたのがその一言で少し目を丸くする。
そしてすぐに疲れたような溜息。
「……やれやれ、本人はともかく周りが油断ならないようですね。国家機密ですのでおいそれと口にはできません。が、言っておけば宣戦の布告ではないことだけは約束しましょう」
「そうか。なら、それが和平工作なら俺のほうからも伯父上にくちききしてやる」
「………………は?」
あまりに意外な発言に、ジェイドが固まる。
それを見て、ルークはなるほどと思った。流石だグレン、確かにコイツのこんな顔するのが見れるなら、面倒くさいがあれこれ考えるってのも悪くない。
にやりと笑って腕を組みながら言い放つ。
「条件は一つだ。代わりに俺をバチカルまで送りやがれ」
ボツネタというかNGシーン。
その一
「なあグレン、さっきエミヤと何の話してたん」
「ふ、考えろ…考えるんだルーク。思考停止は忌むべきことだ! どうにかしてこのニンジンを…!」
「聞けよ! 人の話を!」
「ニンジンは…ニンジンだけはダメなんだ! 捨てるのは……いや捨てるのはダメだ、簀巻きの未来しか待っていない。むしろ今度こそニンジンフルコース一週間……っ?!」
「…真面目に食べることからはじようとは思わないの?」
「ええええええ、あんたやっぱ真面目だなぁ……ルーク、やるよ」
「ぬぉわ! いらねえよ馬鹿! 返すぞ!」
「あ、こら! 自分の分まで俺んとこ入れんじゃねえよ!」
「っへっへっへーん、なんのこ……あ、返すな!」
「…………はぁ」
同レベル。ぎゃいぎゃい騒ぎながらのグレンとルークのやることの幼さに、ティアは溜息を付いた。
その二
「どうしたグレン、早いご到着だな。……ニンジンはちゃんと食べきったのかね?」
「う……モチロンサ」
「そうか、一週間努力するように」
「ちょっと待て、食ったよ?! ちゃんと食ったって、なあ!」
「はいですの! エミヤさんのお料理はとってもおいしかったですの~」
「あ、こらミュウおま」
「確定だな。安心するがいい、マスター特権で豪華(ニンジンずくめの)フルコースは君だけだ」
「待て。ミュウが食ったのは俺のじゃなくて……っ」
「どちらにしろ監督不届き行きだ。覚悟したまえ」
「エミヤの鬼アクマああああああ!」
「そうはしゃぐな」
「喜んでねえよ!」