海が見たいと泣いたことがある。ガイが読んでくれた絵本の中の海を見たいと泣いたのだ。
ずうっと続く、果ての見えない世界を覆う広い海。閉じ込められていても見たくてたまらなくて、泣いて喚いて見たい連れてけと暴れたものだ。結局父からの許可が下りず、脱走にも失敗。
塞ぎこんでいれば、ガイはわざわざ海まで行ってくんできた海水を持ってきてくれて。
小さな海はそれでも塩辛くて、こんなものが外には自然に広がっているのかと憧れた。
『―――お前が成人したら………俺が、どこにでも連れて行ってやるから』
ほんの一瞬だけ、言葉を途切れさせた約束の言葉。その声がどこか苦しそうだったことにあのころは気づかなかった。ただ、いつか外に拡がる世界を彼と二人で見に行くのだと喜んだ。
閉じ込められた自分を見下ろすように飛んでゆく、窓から見える鳥よりも、もっとずっと遠くまで行ってやろうと思った。交わした約束を疑うわけもなく、その笑顔の影に気づくわけもなく―――ただいつか、と。それだけを信じていた。
もう手の届かない、遠い世界の昔の話。
「グレン」
呼ばれてはっとする。どうやらぼけーっとタルタロスの窓から海を眺めていたようだ。振り返れば、その瞬間ぴしりと軽く額を指で弾かれた。思わず目を閉じて、小さなうめき声を上げながら額を押さえる。ちらりと視線を上げれば、そこには苦笑する彼の従者がいた。
「なにすんだよ」
「なに、マスターが朝っぱらからたそがれているようだったのでね」
からかうような響きでそう言った後、アーチャーはふと少しだけ迷うような素振をする。それに、グレンはおや? と思った。珍しい、あのアーチャーがほんの少しだけとは言え、ためらうような様子を溢すとは。彼はいつも迷いなくなすべきことを、そうあるべきだと決めたならばそれだけを見て、真っ直ぐに進む人だと思っていたから。
首を傾げてまっていたら、ふうと小さく溜息交じりに尋ねられる。
「追憶の顔だな」
彼の言葉に、グレンは目を見開く。やがて、エミヤには何でもお見通しか、と小さく笑った。
「……昔の約束をちょっと思い出してただけだよ」
「そうか」
「この世界のルークも、同じ約束をしてるのかな」
「さあな」
「……この世界のルークは、」
あの約束を守れるのだろうか。彼を死なせず、自分も死なず。生きて、成人して、明日も明後日もその先もずっと。生きて。生きて、生きて、生きて、――彼女が、あの時祈りのように呟いた言葉のように。
俺は、今度こそ守れるだろうか。生かせるだろうか。誰も死なせずに守りきれるだろうか。ルークもイオンも皆も。シェリダンの人たちもフリングス将軍も、皆みんな。全てを。
これから起きるうねりの大きさを知っている。知っているからどうすれば良いかわかっている。知っているから、恐くなる。何かひとつでも忘れていて、しくじってしまえばまた喪ってしまうのではないかと。
どれだけ手を伸ばしても届かない。この手から零れ落ちていく、あんな思いを、
「たわけ。天下無敵のハッピーエンド。それを実現させる為に、今ここにいるのだろう」
はっと顔をあげようとしたが、突然頭へ降ってきた手にぐしゃりと撫ぜられる。エミヤの手はごつごつしていて大きくて……それでいて、とても温かい。まるで魔法の手の平だ。どんな困難にも真っ直ぐ正面からぶつかって、必死に足掻いてその壁を打ち壊して進んできた。そんな不器用でまぶしい生きかたが刻まれた手の平は、凝る不安をあっと言う間に溶かしてしまう。
「だいたい、一人では無理でも私もいる。言っただろう、マスター。君の従者は最強だ」
「……そうだったな」
「―――知っている歴史から少し外れて不安になる気持ちもわかる。だが、変える為にここにいるのだろう? それに、歴史の枝葉は変わっても大筋は変わらないはずだ。本当に変えたい大筋は何か。それを忘れるな」
「ああ、わかってる……サンキュ」
「なに、従者として当然のことを言ってみたまでのことさ」
「……従者として当然、か。なんかさ、前から思ってたんだけどエミヤの従者レベルってやたらに高くね? 実は昔執事してたこととかあるわけ?」
「…………詳しくは、聞くな」
「うお?!」
遠い目ふたたび。その表情の乾き具合と今までの頼りになるアニキっぷりとの落差に思わずグレンは一歩後ずさる。アーチャーの目の乾燥具合が恐ろしい。なにやらぶつぶつと「あくまなんて赤いの一人で十分だ……」などと呟いている。
はて、アカイアクマは彼自身ではないのだろうか。それとも彼以上にあくまっぷりを発揮する赤いひとがいるのだろうか。聞いてみたいが、恐かったのでやめておく。自身を最強だと言い放つヤツにこんな目をさせるような話など、恐ろしくて聞けやしない。
仕方無しに何か話を変えようとして、
「そういえば……ルークたちは何してんだ?」
「ああ、いや…………氷河期に突入している」
「は?」
返ってきた、ワケワカラン言葉に固まった。
ビュオオオオオオオオオと。陸艦の上だというのにひどく寒いブリザードが吹き荒れている。発生源には二人の姿。
一人は、あの傍若無人で世間知らずで何より傲慢この上ないお坊ちゃんでさえ「黙って立ってりゃ結構美人」と言うほど整った顔の少女だ。少し表情を緩めでもすればあっと言う間に色々なひとから声をかけられるようになるだろうに、ただいまの彼女の表情は絶対零度氷点下突破の無表情だ。はっきり言おう、顔が整っている分この無表情ぶりは、恐い。
そして彼女に対峙するもう一人は、夕焼け色の長髪と緑の瞳、ものを買うには金を払うということさえも知らない箱庭育ちの世間知らずの青年だ。こちらも黙ってきりっとした顔をして様相を整えればそれなりに気品のある顔立ちをしているはずなのに、ひたすら不機嫌そうな顔をして腕組みをして少し目線の低い少女を睨みつけて、もはやこの状況ではふてぶてしさと子どもっぽさしか漂ってこない。
本日快晴、雲もなし。タルタロスはただいま海沿いに東ルグニカ平原を南下中。異常なし。ただし所により局地的に大吹雪が通り過ぎるでしょう。視程100m未満、風速25m/s以上、A級ブリザードです、命が惜しいなら近付かない方がいいかもしれません。
実況するならそんな感じだった。
「妹だと? お前がヴァン師匠の妹だぁ? ざっけんな、じゃあなんでお前あん時師匠を殺そうとしたんだ!」
「だから、前にも言ったでしょう。あなたに話しても仕方ないことだと思うし、理解できないと思うわ」
「ってめぇ、ひとのこと馬鹿にしやがって……っ!」
「私の故郷に関わることよ……貴方が知る必要もない」
「ああ? 故郷がどうだがしらねぇが、それで自分のアニキを殺そうとするなんざとんだ冷血女だなぁてめえ」
「………………」
ビュオオオオオオオオオオオ。ブリザードはますます勢いを増しております。結論、見て見ぬ振りして回れ右、が一番賢い選択なのだろう。
「アーチャー、あれ何? ルークは確か昨日、朝一でイオンに行方不明だったことについて聞きに行くーって言ってたんじゃなかったけ」
「わからん……私が見たときには既にもうアレでな」
「……すみません、僕のせいです」
「うお? あ、イオン……じゃなかった、導師イオン、サマ。悪い、ルークの言い方が移っちまった……みたい、デス」
「いえ、そちらのほうが呼びやすいなら名前で結構ですよ、グレン殿」
「そっか……ああ、じゃあ俺のほうも呼び捨てでいいぜ、イオン」
そんなグレンの言葉にイオンは少し驚いた様な顔をして、すぐにとても嬉しそうに笑う。
ひどく懐かしい、ぶっちゃけオールドランド一癒し系の笑顔だと常々思っていた笑顔を久しぶりに見て、グレンは内心じーんとしていた。の、だが。
「驚きました。グレン、あなたはルークと同じことを言うのですね」
「うっぐぅ?!」
一番触れて欲しくないところを何の悪意もなくのほほんと言われてしまって、思わずうろたえる。
「そ……そっか? は、はは。あー、いや、うん、あー、えっと……」
「導師イオン。先刻のことなのだが、私が来た時にはもう彼等二人はああでね……何があったのか説明してもらえるか?」
ナイスフォローだ、エミヤ! 思わずイオンに見えないように背中で親指をぐっと突き立てる。それに対し彼は苦笑しながら軽く主の背を叩くだけで返し、二人のほうへ視線を向ける。
その視線を追って、なんだか更に冷たいブリザードを散らしている二人を見つけてイオンは困ったような顔をした。
「僕が、余計なことを言ってしまったようなんです。ティアのフルネームを聞いたとき、ついヴァンの妹だと確認を取ってしまって」
「なるほど、そして小僧がそれに噛み付いてああなった、と。そういうことかね?」
「はい……まさかああなるとは思わず……すみません」
「い、いや……イオンがすまなく思う必要はないだろう。うん、お前のその反応は普通だよ。ただ、あの二人にのみはたまたまああなっただけで」
いちいち大声出さないで、周りに迷惑でしょう。ああ? 周りのことなんざしったこっちゃねえっつーんだよ! 呆れた、あなたって本当に自分勝手なのね。っは、そう言うお前こそ冷血女だろうが! だいたいあんなすっげえひとを殺そうなんざてめえのほうこそ大馬鹿じゃねえか! ……あなたに兄の何が判ると言うの。てめえのほうこそ師匠の何がわかってるってんだ! 以下エンドレス。
マルクトの兵隊さんたちも遠巻きに見て見なかったことにして通り過ぎていくようです。ブリザードは収まるところを知らない。
何故だ。確かにこの頃はそれはもう仲が悪かったが流石にここまでは、と考えていたグレンははたと思いつく。
そうか、チーグルの森の中のときは先に優先すべきことがあったからなんともなかったけど、今この状況ではとことん追求しなければルークの気がすまない、というわけか。あちゃあ。
「うーん、いつもは冷静な方まで熱くなってるなありゃ……エミヤ、あれ止められる?」
「そうだな。問答無用で後方から一撃を加え昏倒させれば可能だろうな。ただしそのやり方ゆえに女性ではなく一応小僧のほうにせねばなるまい。……起きた後、癇癪を起こしたやつを宥めるのをマスターがしてくれると言うのならやらんこともないが―――お勧めはできんな」
「…………そーだな」
今すぐにではないだろうが、恐らくは今日明日のうちに来るはずのことを考えれば、ルークを昏倒させるのはあまり得策とはいえない。流れは覚えてはいても、何日の何時に何があったか、そこまでは流石に覚えてはいない。
さてどうしようかと考えていた時、ふと廊下の扉が開き―――入ってきたジェイドをみて、グレンは頬が引きつるのを感じた。ヤバイ。それは直感だ。そんなグレンの心情をわかっているのかいないのか、この陸艦の総指揮官である男は部屋中にブリザードを撒き散らす二人を見ておや、と声をあげた後、
「おやおや、痴話喧嘩ですか?」
ビュゴオオオオオオオ。カテゴリー5 、風速70(m/s換算)。本日未明、とある陸艦内にて世紀に未曾有の大型ハリケーンが突如生まれました。ふくむ、A級ブリザード。熱帯低気圧と吹雪がなんで一緒になってるの? なんて聞いてはいけない。要は、それくらい凄まじいというイメージなのだ。
エマージェンシーエマージェンシー、オールレッド。死にたくなければここから逃げろ、アデュー。
ああもう逃げ出したい。
ジェイドの後ろから入ってきた小柄な少女など「はうー、大佐、何が……うわぁ」と引きつった顔をした後、そのまますばやい動きでこちらに近付きイオンの背を押してこの部屋から出て行こうとする。うん、いい判断だ。
「わ、どうしたんです、アニス?」
「いえいえいえ、なんかここにいたら面倒なことに巻き込まれそうですしー、ちゃちゃーっと他の部屋いっちゃいましょ。ね、イオン様! ハイ、いきましょーいきましょー!」
「え、あ……でもあの二人、止め」
「あんな災害に近付いちゃダメです! イオン様なんてあっと言う間にぐるんぐるんになっちゃいますよぅ。ここは大佐に任せとけば大丈夫です!」
「そうですね……確かにジェイドなら年長ですし、あの二人をうまくなだめることができるかもしれませんね」
ああイオン、お前ら本当に同じなんだな。お前にかかれば誰も彼もがいい人になっちまうんだろうな。流石にアニスもその笑顔に罪悪感がわいたのか、あーだのうーだの唸っていたが、ふたたびちらりと絶賛災害中心地を見て決心したように笑顔を作る。
そのとおりです大佐に任せればオールオッケでーす! などと言いながらなんとかイオンを連れて行く。導師イオン、その人の善良さはきっとオールドランド一。
だとすれば、あの眼鏡の腹黒鬼畜毒舌引っ掻き回し属性もオールドランド一なのだろう。
「ど こ が、痴話喧嘩だ!! お前眼鏡の度があってねえんじゃねえの?」
「大佐、笑えない冗談は程ほどにしてください」
「おや、そう熱く反対されてはますますそう見えますが違うんですか?」
「ありえません」
「そうだ、お前もうもうろくしてんじゃねえのか」
「おや、こんなときには結託して……実は仲がいいんじゃないんですか?」
ピシャアアアアアンゴロゴロゴロ。気のせい? 耳鳴り? 雷鳴が! 雷鳴がとどろいてるよ!
もういかん、これはいかん。
「っんの、いいかげんに「ルーーーーク! 海見に行かないか海は広いぞ大きいぞすげえぜ青いしなさあ行こうやれ行こういざ行かんレッツゴー!」って何だ急におい……グレン? ひっぱんなって、おい! 首絞まって……ぐうう……」
「ジェイド、甲板に出させてもらうからな!」
「はいはい、ごゆっくり~」
あいつ絶対いつか殴る。……多分無理だろうけど。
誓うだけはタダだというわけでそれを固く心に誓い、グレンはルークを連れ出した。
甲板に出ると磯の香り。ずっと遠くまで続く空と高く厚い雲。
「どーだ、ルーク。海だぞ、海! 広いだろー……て、お前まだ拗ねてんの?」
「拗ねてねえよ! っつーか、グレンが途中で邪魔したから、あの冷血女がなんでヴァン先生に襲い掛かったのか聞き損ねちまったじゃねえか!」
「あー、それは悪かった。スマン。な、このとーり。ゴメンな、ルーク」
不機嫌全開で喚き散らすルークに対し、こちらはひたすら平謝り。反論も言い訳もせず謝りとおす。そうすれば、
「…………っち」
「本当に悪かったな、ルーク」
「……あー、もう、わかったよ、もういい!」
ほらこの通り。コイツは基本ひねくれやだが、ひたすら謝ってるやつを更にその上から文句を言って虐めるのを楽しめるほど歪んでもいないのだ。ちょろいぜ。
内心では某弓兵のようににやりと笑いつつ、話を切り替える。
「そっか、じゃあ見てみろよ海。ひっろいぜー」
「ふーん……夜に見る海とは、また違う感じがするんだな」
「ん? ルークは軟禁されてたって言ってたけど、夜の海なんて見たことあんのか?」
「バチカルから飛ばされたはじめに、タタル渓谷で見ただけだ。ちょろっとだけだったけど」
「―――――――――」
唐突に思い出す。
夜の渓谷。覗き込む少女。白い花。紺色の海。はじまりのばしょ。
そうだ、多分俺も負けず劣らず喧嘩ばかりだった。
「……そうか。じゃあ、改めてじっくり見てどうよ、海」
「なんか変なにおいするんだな、海って。昔、ほんのちょっとだけの海水なら見たことあんだけどよー、そん時にはこんな匂いなんてあんまりしなかったと……いや、したっけ? あんま覚えてねーや」
「はは、なんだ、どうやって海水なんて見たんだ?」
「いや、うちにガイってヤツがいるんだけどさ。そいつが汲んできてくれたんだ。俺が家からでれねーからって」
少しずつずれているとは言え、確かに重なっているところもある。その話を聞いたときに否応なく蘇る記憶に、時々泣きたくなる。ルークとの会話はこういうことがあるから注意しておかないといけないのだ。
なんとか、この湿気た感情から自らを脱却せねばならない。さもなくばいつ表情が崩れて泣き出しそうな顔をしてしまうかわからなかったから。必死に頭を回していると、ふと背後に立った気配にきづいて振り返る。
「……? どうした、エミヤ……って、え、まさか……」
「グレン、警報機はまだなっていないがどうにも魔物が近付いているようだ」
「魔物ォ?! いや、どこにいるんだよ魔物なんて!」
「あちらの方向に、空を飛ぶ魔物……恐らくはグリフィンの大軍が見える」
すっとんきょうにルークが叫んだ後、アーチャーが指差す方向を二人して見つめるが、見えるのはひたすら青い空。魔物の影など微塵も見えず、ルークはどこか疑わしそうだ。
「……見えるか?」
「いや全然。でも、エミヤがいるってんなら、いるんだろう。こいつ、目が半端ねーくらい良いからな。……なあルーク、悪いがちょっと大佐に伝言頼まれてくんねえか?」
「……うげ、あいつに伝言かよ」
「魔物の確認をレーダーで頼むんだよ。そっちのほうが確実だろ? 太陽の方向へ索敵してくれるよう頼んでくれればいいからさ」
「急いだほうが良い、なかなか速度が速い」
「っつーわけだ、ルーク。コイツ弓もできるから、俺はちょっとそこらの兵達に弓あったらもらえるように聞いてくる。頼まれてくれねーか?」
「ったく、へいへい頼まれてやるよ。まあ本当にいたとして、魔物に襲われるなんて俺もごめんだからな」
「ああ、ついでにイオンにあったら大佐の近くに居るように言っておいてくれ! 導師に怪我でもさせたら国際問題だからな!」
走っていく後姿を見送って、魔物がいるはずの方向を向きグレンは厳しい顔をする。
「数は?」
「わからん。流石にこの距離ではな、雲と太陽の影や逆光に隠れて見えずらい。が、やはり大軍だろうな……いささか予想以上の数だが」
「……エミヤ」
「却下だ。魔術は使わん」
「でも!」
「私が宝具を投影すれば、グレン。君の体にガタがくる。却下だ」
「……っ」
ギリギリと歯を食いしばりながら、今にも泣き出しそうな顔をする主に、それでもアーチャーは折れない。
「あと一度くらいなら、大丈夫だ」
「大丈夫ではない。私が干将と莫耶を投影したときのことを忘れたのか? アレは私の投影の中でも一番コストが低い宝具の投影だ。あれで、危なかったんだぞ?! 君の体は私から流れる第七音素で力技にどうにかこうにかぎりぎり保っているようなものだ。何の神秘もないただの刀剣ならともかく、宝具など投影してしまっては君の第七音素を奪って一気に君の体は乖離する!」
「……っでも、ここで船員達に死なせるわけにはいかないだろう?!」
「却下だ」
「エミヤ!」
「……この距離からでも弓で射抜いていれば、敵も引くかもしれん。君は大佐と共に導師イオンとルークの護衛に当たっていろ」
「……こんの、石頭!」
なんとも拙い罵倒の言葉を吐きながら駆けていく姿を見送ることもなく、アーチャーは弓を構える。矢を番え、その視線の先、的を見て精神を鋭く研ぎ澄ます。
「さて、誇り高きクイーンの娘よ。何人君の友達を射抜けばその進軍は止まるかな?」
追加コネタ。
グレンがルークを甲板へつれてった後、実は繰り広げられてたジェイドVSアーチャー。
「やれやれ、あれで王族、しかも次期国王に一番近いと言うのですから困ったものです。まあ、マルクト側からしてみれば願ったりかなったりなのかもしれませんがね」
「……それで大佐、一体何故私のほうを見る」
「いえ? そういえば聞いていませんでしたから。ティアは教団、ルークは王族。それは分かりましたが、そういえばごくごく自然に流されていた気がしたんですが、あなたとあなたの主の素性を聞いていないと、今しがた思いましてね」
「先にも行っただろう。瑣末なことだ、語るまでもない」
「いえいえー、そうは言っても聞いておかないと困るんですよ……あなたの主も、よく見れば赤い髪と緑の瞳をしていましたから」
「大して面白みも無いことだぞ」
「はい、面白みのないごく普通の話だったら願ったりですから」
「……眉唾ものの話だが……遠い遠い昔、キムラスカの血が混じっていたのではないかと伝えられている」
「…………大した話ではないですか」
「どこかだ。本番はここからだ……内容がな。はるか昔の大戦の折、指揮を執っていたキムラスカの王族直系の流れをくむ将校が、マルクトに攻め込み敗走した。敗残兵は追跡を逃れとある小さな村をまるで野党のようにおそい、まあ、なんだ……一人の村娘が不幸にも、と……まあ、そういうあまり表に出せない様な話だったかな。嘘かまことかは知らん。もう三百年ほどは昔の話だとかどうとか伝わっているが……」
「なるほど。キムラスカ側からすれば認められない話ですね」
「ああ。よりにもよって、王族の直系が、敗走して、敵とはいえ山賊のような行為を侵し、など。そもそもが真実かどうかも分からん。例えばキムラスカへ行って仕官して、はるか昔の王族ですなどといってみてもその血統の出自が汚点だらけではな、血統に拘るあの国では口封じに誅殺されるのがオチだ。マルクトへ仕官しようとしても今度は逆にその血統の正当性を謳われて戦争の理由にされてはたまらん、とな。力はあるのだが、不運な主なのだ」
「教団は? どうなんですか」
「スコア狂信者とは一緒に居たくもないそうだ」
「そうですか……まあ、では取りあえずはそう言う事にしておきましょうか。ですが一応言っておきますと、マルクトの皇帝はそのような理由で戦争を吹っ掛けるほど愚かではありませんよ」
「だろうな、貴様のようなものを従えているくらいなのだから……だが、皇帝は優秀でもその手足、議会が馬鹿では困るのでな、それを確かめなければ主を危険なところになど送れんさ」
「そうですか……その話が本当なら、ぜひともうちへ仕官してほしいくらいですね、二人セットで。あのお坊ちゃんに気に入られてキムラスカに取られては中々脅威だ」
「誉め言葉、と取っておこう。まあ安心したまえ、キムラスカは絶対に却下だ。しかしマルクトにしても、私がこの目でマルクト皇帝を見て、議会の様子を見てからではないと主を仕えさせるわけにはいかん。……グレンはあれでなかなか抜けているところがあるからな……」
「そうですか……ふふふふふふふ」
「そうなのだよ……ははははははは」
ブリザード、ふたたび。
(アーチャーの話した内容はすべてその場でのでっち上げの嘘です。そして後のほうで名刺やら紹介状やらを貰いやすそうな理由を考えながら即興で嘘をつく。流石フェイカー)