「ふむ」
と俺は呟き、多少突っ込みどころのあるマニュアルに一通り目を通した後、ヘルプ窓を消した。
にしても核ミサイル発射ボタンときたか。使った瞬間転移スクロールでも破けば凶悪攻撃できるんじゃね? 等と妙案を浮かべること暫し。
もっとも普通に比喩表現だと思うので、それを行おうとした瞬間、普通に死ぬだろうけど、と自問自答しつつぼふっとベッドへ倒れる。
ごろりごろり。ごろごろ。
流石に二度寝する気にはなれなかったので、起き上がり、昨日中途であったバックパックの整理を再び開始。
とそこで昨日取り出したローブの存在を思い出し、スーツを脱いでローブを装着。
これしわにならないかな、とそんな考えに自身でも苦笑しつつ、スーツをバックパックへと仕舞う。
にしてもまだかなぁ。と俺は思った。
まだかなというのは昨日の約束のことである。
未だこの辺の地理がわからないので待ち合わせはどうしようかと言ったところ、ミュレンさん曰く、では私が朝方迎えに、とのこと。
そういうわけで宿から出るに出られないわけである。
何しろ、何時来るかわからない状況なわけで。
再びぼふっと仰向けにベッドへと倒れる。
「コマンドタウンガイド」
暇つぶしに町専用のコマンドを実行。その項目の中の一つ、『提示版』を実行する。
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1.依頼
2.募集
3.雑談
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「2」
更に選択実行。すぐさまウィンドゥが複数に分かれ、様々な募集情報が書き込まれた後、俺の周りに表示される。
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急募)不帰の迷宮内にて、魔法耐性を持つゴーレムと遭遇。対抗できる攻撃力の高い近接職を至急求む
求む)こちら冒険の塔探索程度の実力です。同じくらいの方、初心者の迷宮に飽きてきた方、一緒に如何ですか?
急募)一週間後のパーティーのために、とにかく美味しいお菓子をつくれる職人を探してるんだ。我こそはと思う方連絡を
募集)とある迷宮内において、意思を判別するためのルーンを鍵とした扉を見つけた。おそらく40以上で開くと思うが定かではない。
40以上且つ、一緒に潜ってくれる方連絡を。
募集)迷宮内において数分の間幾つかの敵を無力化する技術――所謂クラウドコントロールの可能な術者を探している。
実力は不問だが、迷宮内に何度も潜った術者であることが望ましい。
急募)イエーイ!のってますか? 私はいつになくハイテンションですわよ!
近く開くパーティーの席で楽しませてくれる芸人を募集してるわ!
見事パーティーの席を盛り上げることが出来たら幾つかの報奨金を支払いますわよ!イエーイ!
(次
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最後のテンションの高い書き方は何だと思いつつも、他の募集要項へと目線をずらし、
コンコンとノック音。
「私です、ミュレンです。えーじさん起きていらっしゃいますか?」
「あ、はい」
そう応えて、俺はベッドから跳ね起き、ロックを解除し、ドアを開ける。
「お待たせしました。……あら、それがえーじさんの探索用の服装ですか? 昨日今日ですというのに随分と新鮮な感じを受けます」
開口一番に、ミュレンさん。
「可愛いです」
「こちらこそ、随分と予想外というか新鮮な感じを受けますよ」
苦笑しつつ、俺は応える。
というのも、ミュレンさんの全身は頭以外頑丈な鎧に包まれていたからであって。
にこっとミュレンさんはその格好にそぐわない柔らかな笑みを浮かべると、
「それじゃあ行きましょう。迷宮の方は迎えに来る途中予め調べてきました。そういえばえーじさん食料の方は?」
その質問に、はっとヘルプ項目の一つを思い出し、
「そういえば忘れていました。迷宮内は食料の問題もあったのですね」
「そうです。冒険者の中である程度場数をこなした人でも、場合によって苦しむ事が決して少なくないのが食糧問題ですからね。
……と言っても、今回に限るならば駆け出しの冒険者のための迷宮なので階層はそんなに多くないですし、大丈夫かとは思いますけど」
そう言ってウンウンとミュレンさんは頷き、
「余分に持ってきましたから私のを分けてもいいんですけど、こういうのは最初が肝心ですからね。適当に買いだしに行きましょう」
その提案に俺はこくりと頷き言った。
「はい、よろしくお願いします」
迷宮世界
食料はなるべく腐りにくいものを選ぶと良い等と幾つかのご教授を得、食料を買い込み店を出た後、
「コマンドマップ」
と、ミュレンさんが呟いた。
「初心者の塔、るーとかく……ってあら」
「どうしたんですか?」
俺は尋ねた。
「あ、えっとえーじさん。そのですね」
コホンと咳払いをしてミュレンさんが言った。
「見つけておいた迷宮ですけど既に踏破されちゃったようです。ちょっと検索しなおすから待っててくださいね」
そう言って、なにやら呟く。
「検索条件初級、迷宮。グラフーイン近辺」
「コマンドマップってそんなこともできるんですか?」
少し驚きつつ俺は尋ねた。というのも、そんな検索機能があるとは思ってなかったからで。
くすりとミュレンさんが笑い、
「便利でしょう? この地図拡張機能もナヴィ様の恩恵でして。検索した後そこの場所への案内もしてくれるんですよ」
もしかしてナヴィって名前はナビゲーターからきてるのかなぁ等と今更思い当たってみたり。
「近辺該当までのルートを……ってあらやだ。これも踏破済みじゃない。えっと検索条件初級、未踏破、迷宮……」
等と呟くミュレンさんを眺めていると、
「あの……」
「ん?」
突如かけられた声に振り向く。
「お姉さん冒険者ですか?」
見ればそこにはとても綺麗とは言い難い身なりの男がいて、
思わず触れられたくないと半歩後ろに下がり、
「あ、まぁ」
と、戸惑いながらも応じる。
「お願いです。お金が無くて今日食べる食事も無いんです。どうか、どうか少しでもお金か食料を」
さてこの人はなんだろうかと、少し考える。おそらくでもなく乞食だろうなと認識。
にしてもわざわざなんで俺に向かってきたのだろうか。お人よしそうな顔でもしていたかしらん?
残念ながらお金は逆に貰いたいところではあるのだし、この食料自体大事なものであって。
等と考えつつも目線をずらせば、道行く人に何かを言いながらついていく小汚い人をぽつぽつ見ることができ、別に俺だけではないみたいだと確認できた。
「ごめん、悪いけど」
そう断りつつ、未だ虚空に向かって操作をするミュレンさんへと目線をずらし、
「お願いです。少しで……少しでいいんだ」
等とローブを掴んでくる乞食の男。
面倒くさいことになったなと思いつつも、ほんの少しの食料ぐらいなら……と、思い直した直後、
「お待たせしましたえーじさん……って何を遊んでいるんですか?」
俺に縋る乞食を見て、首を傾げるミュレンさん。何時の間にやら長い槍を手に持っており、
「いやーそのー」
見てその通りの状況かと。
「お姉さんお願いします。ほんの少しです。ほんの少しでいいんだ。ほんの少しのお金で……」
そう言って、乞食の男は俺のローブから手を離し、矛先をミュレンさんへと変える。
まぁ、ミュレンさん雰囲気柔らかいし、なんとなく恵んでくれそうなオーラでも感じ取ったのだろうか等と考えつつ、
ミュレンさんは少し困ったような顔をして、
「あの、邪魔です」
眉一つ変えずにその槍の柄部分で乞食の頭を払った。
「ぎゃっ」
見た目より込められた力は強かったようで、吹っ飛ばされ、乞食はそのまま倒れ、動かなくなる。
うわー。
ちょっと予想外のことが起こった為、少々思考停止しつつ、倒れ伏した乞食を見つめる。
「んー、少し遠いですね。馬でも借りていきましょうか。そういえば、えーじさん馬にはのれますよね?」
何事も無かったかのようにミュレンさんが言った。
「え?あ、あーあー、えっとすいません。乗れないです」
と、戸惑いつつも俺は答えた。てかなんなの。この世界ってああいうの普通なの?怖いよ!
ところが俺の言葉に少し不思議そうな顔をして、
「それでどうやってここへ? 少なくともえーじさんの私服姿って少し遠出してもみないものでしたけれど」
どうやら、馬に乗れないというのは非常に予想外であったらしく、
もっとも謎の魔法使いのバックパックを丸ごと分捕ってきたとは言い辛いわけで。
「あー、えっと、その」
俺は少し考えて、
「バイクってわかります?」
さて、バイクをどう説明したものかと考えていると、
「あ、成程。えーじさんはそちらの出身ですか」
何やらわかったのかにこっと微笑み、
「生憎グラフーインではバイクは流通していませんので……仕方ないですね。ちょっと力のありそうな馬を借りて二人乗りで。行きましょうか、えーじさん」
それに頷き、ちょっと心配になって目線をずらしたところ、
ふらふらしながらも離れていく乞食の後姿を見て、ほっと胸をなでおろした。
* * *
顛末。
「もう少しでつくっぽいです」
そんな声の後、パカラッパカラッという音と大きく激しい揺れは次第に緩やかになった。
想像以上に馬って振動が激しいのだなぁと思いつつ、ぎゅっとミュレンさんの固い鎧にしがみついていた自身の身を少し起こし、景色を眺めた。
するとそこには低く露出した崖のようなものがみえていて。
その崖沿いにゆっくりと馬が足を進める。
はたして少しばかりざりっざりっと音を聞きつつ馬に乗っていると、ぽかっと空いた迷宮の入り口を見つけることが出来た。
迷宮とはどんなにおどろおどろしいものなのであろうかと色々想像していたのだが、
その入り口といえば前から存在していたかのような、特におどろおどろしさは感じない普通の洞穴であって。
ただこの世界の迷宮はふとした瞬間にいつの間にか現れるもののようで、
だからきっとこの洞穴も最近、それこそ先ほどミュレンさんが検索した数分前にできたものなのかもしれない等と不思議な気持ちに浸ること暫し。
「それでは早速行きましょう。準備はいいですか?」
そんなミュレンさんの言葉に頷き、洞穴へと足を踏み入れようとして、
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ここ は 初級の洞窟です。
この迷宮 は 既に踏破済みです。それでも構いませんか?
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「あ、あら? もー折角馬まで借りたのに……」
そんなことをミュレンさんが呟き、
「仕方ないなー。ま、目的は地図埋めとえーじさんの迷宮講座ですし」
そしてにこっとこちらをみて微笑み、
「踏破されちゃったのは残念ですけどでは改めて頑張りましょう。えいえいおー」
「え、えいえいおー」
なんて可愛らしい激に応じつつ、俺は迷宮へと足を踏み入れた。
後書き
技(ネタ)を借りるぞ天津飯!
もとい、次回迷宮探索です。