どうしよう。
どうすればいいのだろう。
正直頭の中はいっぱいいっぱいである。何しろ手から剣が離れてくれないというのは現代人であった俺にはより焦りを呼び起こすもので。
左手を開けたまま軽く手を振る。だが剣は左手に吸い付いているかのように離れることはない。
ひんやりとした冷たさが、左手へと伝わる。
一応、柄を持つ位置は変えることができるらしいが、左手から右手に持ちかえるということはできない。
剣の持ち方的に、左手に装備されたと認識されたのだろうか。両手から離れないという事態にならなくて良かったと少しほっとする。
鞘に入れてみればなんとかなるかもと思いつつ、腰に差してた鞘へと入れてみようとしたが、合うわけも無く(服は縮んだのでもしやと思ったのだが)、
無論、例え入れることが出来たところで手が離れる保障などどこにもないのだけど。
ちなみにこのアイディアはアヌビス神のワーンシーンが頭に過ぎったので、もしかしたらと思ってやってみたのである。そもそも鞘が合わなかったのだが。
閑話休題。
「どうすんだよ……これ」
あまりのことに俺は呟いた。
洞窟から出た後もこのままなのだろうか。抜き身の剣を見ながら俺は考える。
だとすると日常生活で不便を強いられると言うのは想像に難くないわけで。
「コマンドヘルプ」
呟き、マニュアルを開く。前見た時と文面は同じようで呪いへの対処法は書かれていない。
マニュアルの最後の書き込み欄へと人差し指を触れ、「呪いの解き方」と呟く。
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「呪いの解き方」 この文面をマニュアル管理者へと送りますか? Y/N
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「『Y』」と俺は言った。
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送信は無事行われました。
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そんなポップアップを見つつ。そこでようやく落ち着きを取り戻す。
まぁ、やってしまったものは仕方ない。性能は習得が3下がるってこと以外ならそれほど悪くはないのだし。
勿論、習得の重要性がよくわからんってのもあったけれども。
等と前向きに考えつつ、俺は溜息を吐いた。「コマンドステータス」
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所持金 15G 45S
カルマ -2
筋力 5 Great
耐久 6 Great
器用 7 Great
感覚 5 Good
習得 8 Great
意思 5 Good
魔力 0 Nothing
魅力 10 Good
クラス アイテム師
獲得スキル 交渉Lv.2 剣技Lv.0 言語Lv.Max アイテム鑑定Lv.1 アイテム効果上昇
状態異常 なし
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おや、装備の呪いは状態異常として表示はされないのか。
ちらっと右手に持つ銅の剣を見る。
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祝福された銅の剣(2d5)
それは銅で出来ている
それは酸では錆びない
それは祝福を受けている
それは(2d5)のダメージを与える(貫通率5%)
それは運勢を2上げる
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軽く両手の剣を振ること暫し。叩きつけることはできそうだが、どうにも威力は心細いもので。
流石に二刀流は無理だなぁ。やったことないし。重いし。
銅の剣を鞘に収め、バックパックの中へと仕舞う。
まぁ、呪いのことは後で考えることにしよう。考えてみればこういうのは教会で治せるものだと相場が決まっているものだ、等と楽観的に考えつつ、
何はともわれとりあえずミュレンさんと合流しなくては。
地図を見たところ、マップが埋まってるのは入り口から少し歩いたところまで。
対して、今の俺はといえば左端にある入り口から随分と下の位置である。
とりあえず入り口に戻るように歩いていれば合流できそうだ。
そう当たりをつけ、とりあえず方位を確認しようと地図を見ながら少し歩く。
そこでふと地図の右上に、ゆらゆら揺れている4を逆にしたような矢印のようなものを確認した。もしかすると方位磁石のようなものだろうか。
そんな事を思いつつ矢印の位置に身体を向けて少し歩いてみれば、●がちゃんと上のほうに動いてくれた。
それに気をよくして歩き始める。
と、そこへ。
ドン、と何かボールのようなものが身体へとぶつかってきた。
「―――っ」
多少の痛み。それほど強くはなかったものの、びりっと肩が痺れる。
*チチッ*と音。
見れば大きな蝙蝠が俺を見定めるように旋回しており、
再び俺へと向かって突進する。
「ちょ」
一声上げ、それを避けるように半身をずらす。
だがその大きな蝙蝠は起動をずらし、
「うっ」
*ずん*と左脇腹へとぶつかった。
拳で殴られたかのような痛みに、若干顔を顰める。
蝙蝠は再び空中を旋回。
「なめんな!」
再び突進してくる蝙蝠に向かって剣を構える。
突進してきた蝙蝠へと一足踏み込み、叩き落そうと剣を振る。
ジャストミート!そう思った瞬間、
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青銅の剣 は突然軌道を変えた。
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「え、ちょ」
不意に剣が横にずれる。
当然蝙蝠は剣に触れることなく突進し、
がいん☆ と星が見え、尻餅をついた。
蝙蝠が俺の顔面へとぶつかったのだ。
顔を押さえ、立ち上がる。
なにやら鉄の味。見れば赤い液体が手にこびりついてるのを確認した。
どうやら今の体当たりで鼻血が出たらしい。
「のやろぅっ」
と俺は空中に旋回する蝙蝠をにらみつける。
再び蝙蝠が突進。
俺は激情のまま、先ほどと同じように一歩踏み込み、手首を搾り、小さく剣を振るう。
ざくりという感触。そのまま蝙蝠は地面へと落下。
「キキッ」
と蝙蝠が地面でのた打ち回る。
「このっ!このっ!このっ!」
俺はそのまま三回ほど足でその大きな蝙蝠を踏みつけた。
それがとどめとなったのか、ふわりと蒸気のようなものをあげ、蝙蝠は跡形もなく消え去った。
鼻を抑える。
くそっ。ティッシュを。
そんなことを一瞬思ったものの、ティッシュ等というものがないことに気がつき、
あ。
そういえばとローブの右胸にいれてある試験管を取り出す。
栓を抜き、中に入っている液体を顔面から浴びせるように垂らす。
効果は劇的だった。
一瞬にして鉄分の味は消え、心地良い冷たさを感じた。
しゅうっと蒸気。どうにもこの薬は空気にふれると一瞬にして気化するらしい。
慌てて残った薬を右手へとかける。
僅かにすりむき血が出ていた右手は一瞬にして綺麗な手へと戻る。
軽くぎゅっぎゅっと手を握る。
ファンタジーだなぁそんな事を思い、それから左手の離れない剣を苦々しげに睨みつつ、俺は再び歩き始めた。
***
次に遭ったモンスターは大きめの蛇であった。
長細い洞窟を歩いていたところ、その通り道にとぐろを巻いた大きめの蛇が鎮座していたのである。
*シュー*と音を立てながら、その蛇はちろちろと舌を覗かせた。
それはなんとも嫌な感じを与えるもので。
俺は警戒しつつ剣を構えながら足を進める。次の瞬間、
「うおっ」
咄嗟に俺は払いのけるように剣を振るった。
俺へと向かって飛び跳ねるように、蛇が空中を舞ったのである。
だがそれは反射的に振った剣によって切断され、そのまま煙をあげて消え去った。
「てかあれもモンスターか」
俺は呟いた。
ああいうのばかりだと良いんだけれども。
もっとも、毒ぐらいは持ってそうだなぁ……ていうか持ってるだろうなぁ。
そんなことを思いつつ、足を進め、
そこでふと、遠くに明かりが見えた。
この洞窟の中での照明は空中に浮かぶ奇妙なランタンのみ。
だとすれば必然的にそれは誰かが居ると言うことで。
もしかしなくてもミュレンさんだろうか。
俺は若干顔を綻ばせ、僅かに見える明かりへと足を進めた。
後書き
呪われた武器とか装備してるとご飯とか食べずらそうですよね