二層目の入り口。
それはこの洞窟内の何処よりも異質で。成程、これは本当に自然のものではないのだなと改めて納得させるものだった。
階段は開けた場所の真ん中にあり、しかも洞窟を掘って階段の形にしたというよりは、階段そのものをどこからか持ってきたかのようなそんな造りだったからだ。
「二層目から」
と、ミュレンさんが言った。
「モンスターの種類も大幅に増えます。一層目と同じだと思って進んで死んでしまう探索者も結構多いと聞きます。
……かく言う私もその、ちょっと危ない目に遭いまして」
「そんなに違うんですか?」
俺は尋ねた。
「かなり。……あ、そういえばえーじさんはあの後モンスターに?」
階段を降りながらミュレンさんが言った。
「はい、二足歩行の蜥蜴と蝙蝠と、あと蛇かな」
俺は思い出しながら言った。
「ちょっと酷い目に遭いました」
ふぅんとミュレンさんは頷き、
「それでもちゃんと撃退できてたみたいですね。最初に潜った探索者はスモール・コボルトには結構苦しめられるのですが」
俺は頷いた。てかあの蜥蜴はコボルトであったのか。
「むしろ蝙蝠に苦しめられました」
一番苦しんだのは呪いの剣だった気もするけれど。
「すばしっこいですからね」
ふふっと笑ってミュレンさんが言った。
「攻撃は駄弱ですけど」
「ですか」
苦笑しながら俺は言った。結構痛かったのだけど。
「です」
と、ミュレンさんが断言した。
「迷宮の中には同じ蝙蝠でも鋭い牙を持ってたり、耳障りな強い音を発したり、こちらの血を吸うような蝙蝠もいるんですから」
俺は呟いた。
「迷宮怖い」
「慣れれば平気ですよ」
くすっと笑いながらミュレンさんが言った。
ぽっかりと広い空間に出る。
階段を降りきった後、後ろを振り向く。随分と大きく立派な階段だなぁ。そんなことを考えつつ、
*ポン*と音。
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あなた と その仲間 はこの迷宮の最深階へと到達しました!
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「はぁ」
と、ミュレンさんが呟いた。
「攻略早いわけだ」
「通常はどんなものなのですか?」
俺は尋ねた。
「4~5くらいですかね。冒険者に成ったばかりの人向けですと3階ってことも珍しくはないのですけど」
と、少し間を置き、
「2階層っていう迷宮はあまり……てか私自身初めてかもです」
「成程」
俺は頷いた。
「レアですね」
「そうですね」
何故か苦笑しながらミュレンさんが言った。
「確かにレアです」
うん、とミュレンさんはこちらを見て頷き、
「よし、それじゃあ地図を埋めてきましょう。
たった二階で踏破済みとは言っても最深階ですし、倒し損ねやアイテムの取り忘れもあるかも」
期待はしないようにしよう。と冷めた思考で俺は考えつつ、
「はい」
と、返事をした。
迷宮世界
階段のある広間を後ろに、通路へと進む。
通路は階段の正面と右横に二つほどあったが、
「とりあえずこちらから行って見ましょうか」
と、虚空を見つつ(きっと地図をみてるのだろうなと思いつつ)、正面を指した。
俺は頷き、ミュレンさんに続いて通路へと入る。
その通路は随分と狭く、並んで歩くことはできそうにも無い。
ミュレンさんの背中を見ながら歩く。
道は少しずつ広くなっていき、窮屈な感じでもなくなったかなと思った後、ぴたりとミュレンさんが足を止めた。
どうしたのだろうかと思いつつ、口を開こうとして、
「厄介なのが居ます」
と、ミュレンさんが言った。
俺はその声に前方へと目を凝らす。
何やら黒い靄のようなものがあるのを確認。
「引き返しましょう。地図的には迂回できそうですし」
良くはわからないが、迷宮探索の先輩であるミュレンさんが言うならそうなのだろうなと思いつつ、俺は後ろを振り向き、
「きゃっ」
*ガチャン*と金属が地面に当たってこすれるような音がした。
俺は振り向いた。
「不覚」
とそんなことを呟き、こけてしまったミュレンさんが立ち上がり、
ふと黒い靄のようなものが近づいてくるのが見えた。
「なんか迫ってきてますけど」
俺は言った。
「え? あ、えっと一応言っておくけど私が転んだのとあのモンスターが近づいてきてるのは関係ないですから」
と、少し慌てたようにミュレンさん。
とりあえず追求はしないようにしようとそんなことを思いつつ、
「で、あの黒いもやもやなんですか?」
俺は尋ねた。
「むしよ」
と、ミュレンさんが言った。
「むしよ?」
はて、と頭を捻りつつ、*ぶーん*とどこか耳障りな音が耳に届く。
「あれは見た目こそ群体だけど、一つの生き物って認識でね」
そう言って、ミュレンさんが槍を構えた。
黒いもやが近づいてくる。そこで、俺はそのもやの正体を知った。
成程。虫か。
沢山の蚊のような虫が、編隊を組み、こちらへと近づいてきたのだ。俺は唾を*ごくり*と飲んだ。
*ひゅん*と風を斬ってミュレンさんの槍が振るわれ、もやの中心へ。
その衝撃に虫達はのけぞるように後退し、それから空中で再び編隊を組み直し、ミュレンさんを飛び越え、俺へと向かってきた。
それはどことなく嫌悪感を及ぼすもので、
「くんな!」
俺は叫びつつ、袈裟懸けに剣を振るう。
しかし虫達はするりと空中で形を変え、それを避けつつ、俺へと迫る。
斬れたのはわずかにその一片であり、
これにまかれては溜まらないと、俺は仰け反るように後ろへと後退し、
*ビュッ*と風を斬る音。
ミュレンさんの持つ鋭い槍が虫達の中心を貫き、
次の瞬間、多量の虫が地面へと落下。一部俺の身体へと降りかかり、それを手で払う。
そして一斉に蒸気のようなものを吹き上げ始めた。
成程、一つの生き物ね。俺は心の中で納得しつつ、
「えーじさん!」
と、強く呼びかける声に、ミュレンさんへと首を動かす。
「あの、私の髪とかに虫の死骸とかついてませんよね?」
「いや、死んだら消えるんじゃ?」
「甘いです」
と、強い声でミュレンさん。
「全部が全部消えるわけじゃありません」
そして座り込み、地面を指差す。
俺も座り込み、指の方向を見れば確かに少しだが、蚊のような小さな虫が、ぽつぽつと地面に落ちている。
とりあえずミュレンさんの髪をみつめ、そういうのはいなさそうだなと思った後、
「大丈夫です。てか、俺の髪にむしろついてませんよね」
ちょっと降り注いだし。少し気になって自分の髪を弄った。
とりあえず大丈夫だったらしいので先へと進む。
てか厄介ってのは虫の死骸が髪につくからってことじゃあるまいな。なんてことを考えつつ。
ちなみに虫の大群は速度が速く、中級者程度の探索者でも全速力で離脱しないと追いつかれるのらしい。
まかれたとしても死ぬことは無いらしいが、非常に鬱陶しく、刺されるとじくじく痛むのだとか。
それは勘弁だなと思いつつ歩いていると、
視界が開ける。どこか広間のような場所に出たらしい。
「チュー」
と、鳴き声。
見れば人間の足くらいはある大きな鼠がこちらを伺っている。
あれもモンスターだろうか。てかあのでかさ的にそうだよなと思いつつ、俺は剣を構える。
と、そこで伺っている大鼠は一匹だけでなく、もっと多いことに気がついた。
更にその後ろから、二足歩行の蜥蜴――スモール・コボルトが、二匹、唸り声をあげつつ走ってくる。
「下がって!」
ミュレンさんが一声。
俺はその声に応じて、先ほどきた通路へと避難。
襲ってきたスモール・コボルトと同時に、「チュー」と声をあげ、5匹の大鼠がこちらへと突進。
ミュレンさんの身体がくるりと回転し同時に*ヒュン*と槍も回転。一匹のコボルトを斬り払い、そのまま突進してきた一匹の大鼠も同時に斬り払わられた。
遅れて突進してきたコボルトを柄の部分で一突きし、動きを止め、更にもう一匹の鼠をどすっと貫く。
大鼠を貫いたまま動きを止めているコボルトへと向きなおり、そのまま刺し貫かれた大鼠ごと突き出し、コボルトの胸を突き通す。
槍が引き抜かれ、大鼠とコボルトの身体が地面へと落下。
「うふふ」
と、ミュレンさんが笑い、大きく跳躍してきた鼠を振り向き様斬り払う。
そんな無双をしながら微笑むミュレンさんに少し見とれつつ、
こりゃたまらんとミュレンさんをすり抜け、こちらへと向かってくる大きな一匹の鼠。
俺は刀を構える。
跳躍し跳びかかる大鼠。俺は半身ずらし、胴を打つ要領で斬り払おうとしたが、若干軌道がずれていたらしい。
互いに攻撃が当たることなく、すれ違う。
地面に着地した大鼠はこちらへとひるがえり、再び突進。
今度こそは、と俺は刀を下段に構え、迎えうつ。
跳躍。
ここだっ。と俺は真っ直ぐにジャンプしてきた大鼠へと手首を締める。
振った距離は僅かであったが、それは見事に当たり、大鼠は地面へと落下。
弱弱しく立ち上がろうとしたところを、俺は急ぎ刀を振ってトドメ。「チュー!」と断末魔の鳴き声をあげる。
鼠の癖に生意気だとそんなことを思いつつ、
振り返るとミュレンさんがこちらを見ており、にこりと微笑む。
「お見事です」
「まぁ、鼠ですし」
苦笑して俺は言った。
「そんなこと言うならあんだけのモンスターを一瞬にしてやっつけたミュレンさんのほうが凄いと思いますけど」
「えーじさんも潜ってればすぐこうなりますよ」
「だと良いんですけど」
そうかなぁと思いつつ、俺は言った。
「あ、落ちてるお金はえーじさんどうぞ」
「有難うございます」
感謝しつつ落ちているお金を回収し、
「あれ?」
そこでふと人影。
その声にミュレンさんが首を動かし、同様に確認すると、こちらへと振り返り、人刺し指の先を自身の口へとあてる。
少し怪訝に思いつつも、まぁ迷宮の中で冒険者同士が遭遇することもあるだろうななんてことを思いつつ、
そのまま無言で歩く。向こうも気がついたのか、こちらへと近づいてくる。
慎重は低く、子供のようだと感じたが顔は随分と大人びているように見える。小人という種族なのだろうか。マニュアルを思い出しながら観察。
靴を見るとしっかり履いており、残念ながらホビットではないようだった。
随分と軽装だな、そんなことを考えているとその人物は剣を振りかぶり、
「ウオアァァァァア」
と、どこか獣を感じさせる声で、その小人は走ってくる。
「え?」
と、俺は一声。
ミュレンさんが槍を構え、*ビュッ*と風ごとその人の胸を貫いた。
「グ…ガ……」
と、パクパクと口をその人が開ける。
「う」
と俺はその光景を見て、少し気分が悪くなる。
ミュレンさんが槍を引く。
血がどくどくと空いた穴から流れ出し、その人は剣を持ったまま崩れるように倒れた。
「わぁ」
と、俺は一声。何と言っていいものか。胃の辺りがムカムカし、俺は軽く右手で胃の辺りを抑える。
蒸気のようなものが、その人から溢れ出した。というか、
「これもモンスターですか……」
俺は呟いた。
「えーじさんはまだ人を斬ったことが?」
と、ミュレンさん。
「ええ、無いです」
正直に俺は答える。いやあったら逆に問題のような気もするなと思いつつ。
「迷宮内では見てすぐわかるようなモンスターだけでなく、
このように小人だったりコボルトだったり、あるいは私達のような姿を模したモンスターも出現します。
ただ彼らは基本的に人語を解しません。獣と同じです」
その言葉に俺は頷く。先ほどの小人も剣を振りかぶったとはいえ、どこか獣のようであった。
「だから姿だけで油断しないように。それに、」
とミュレンさんが続けた。
「冒険者の中にも同じ冒険者だと知った上で攻撃を仕掛けてくる輩も居ます。
特に…えーじさんみたいな可愛らしい人だと」
「いや、えっと…」
俺はどう否定するべきかと少し考えつつ、
くすりと笑いながらミュレンさんが言った。
「だから決して迷宮内で会ったばかりの人を信用しては駄目です。
そんな目に合わないためにも属性アライメント判断の魔具あるといいんですけど……ちょっと高いのが問題なのよね」
「それ聞いたことあるのですが」
と、俺は続けた。
「高いんですか」
「まぁ、暫く迷宮潜ってれば溜まるぐらいの値段ですけど」
と、ミュレンさんが続けた。
「持っとくのは一個だけでいいですし、お金が溜まったら買うことをお奨めします。なのでどうぞ」
「勉強になります」
俺は頷きながら先ほどの小人が倒れていた場所に転がっていたお金を回収する。
「てことで次人型のモンスターが出たらえーじさんにお任せしますね」
「えー」
俺はやだなーと思いつつ言った。
「潜りたての冒険者が同種族のモンスターへの攻撃を躊躇して殺されるってこともあるんですよ。だから、ね?」
と、宥めるようにミュレンさん。
「いえ、わかってます。大丈夫」
にしてもミュレンさんのその宥め方は子供に言うかのようで。
「時にミュレンさん」
「はいはい、なんでしょう」
俺は少し考えた後尋ねた。
「お姉ちゃんみたいって言われたことありません?」
ぷっとミュレンさんが吹き出し、
「なんですかもぅ……」
何故かそわそわと落ち着かなくなる。
「いえ、そのなんとなく」
何処となく過保護のようなそんな感じが。
「も、もぅ。変なこと言ってないで行きましょう」
と、早歩きで前を行くミュレンさんを可愛いなと思いつつ、
「あ、ちょっと待ってくださいよ」
と、俺はその後姿を追いかけた。
後書き
一部の行動(敵と対峙した時の戦闘風景とか)は考えるの面倒なのでサイコロ振って決めてるのですが、
虫からの離脱の時、真逆ミュレンさんがファンブル出すとは思ってもいませんでした。