目覚めなさい。えーじ。私の声が聞こえますか? さぁ、目を覚ますのです―――
どことなく幼いような、そんな甘い響きの声に促され、俺は目を覚ます。
ぼんやりと見えたものは真っ白い天井。はて、俺の部屋はこんな感じだったろうか。未だ夢見心地で働かない頭を動かしつつ、
「よくぞお目覚めになられました。えーじよ。私の声が聞こえていますね?」
ぼんやりと声の方向を見、
「……は?」
間抜けな声をあげつつ俺は固まった。
そこにいるのは真っ白い翼を生やした少女の姿。頭上には輝く輪っかのようなものが浮かんでいて、
俺の驚いた顔にしたり顔で頷き、その天使、そう天使だ。その天使は俺を見て言った。
「初めまして。私はルーエル、貴方のBET者です。あるいは雇い主、もっと違った言い方をするなら契約者でもなんでもオーケーですが」
そしてその少女はにやりと笑った。
「貴方は一度死にました。よって、その命をどう使おうと私の自由です」
……はい?
思考が一瞬止まる。
どこかで聞いたような台詞。それは一瞬にしてとある漫画を想起させ、どくどくと心臓が高鳴り、
「……というのは半分冗談ですが」
と、わざとらしく舌を出した。その仕草はその姿に合っていて、酷く可愛らしい……ではなくて、
「え、半分?」
固まった思考のまま、俺は呟く。
「ええ。……一応聞いておきますと、貴方はここで目覚める前の出来事を覚えてます?」
その少女の言葉に従って、俺は頭を巡らせた。
えっと、確か……あの時は数うちゃ当たる戦法で立ち寄った家の一つで何とか契約を取ることができて、
一心地と立ち寄ったコーヒーショップでアイスカフェオレを飲んで、それからその店を出て、えっと、それから……
「飛び降り自殺です」
「いや待て」
俺は突っ込んだ。如何して俺が自殺せねばならんのだ。
「何をですか。ああ。違います違います。貴方ではなく……」
コホン、とその天使は咳払いし、
「貴方の上に自殺者が降って来まして」
「……え?」
「あ、矢張りその辺のことは覚えてないです? てまぁ、そもそも即死ですし、思い出したくもないよね」
その下敷きになって頭がコンクリートに思いっきり叩きつけられてグシャリだなんて。と、微笑みながら天使。
何この天使、怖い。
つまるとこ、俺の上に自殺者が降ってきて、俺はそれの下敷きになってぺしゃんこ。そういうことなのらしい。
「いやいやいや」 いやいや妖夢。
「なんですか」
首を傾げながら天使。
「いやいや、その、な……いやこれ夢?」
夢……だよな。夢だったらいいなぁ。
「現実を見ましょう」
微笑みながらこちらを見つめる天使。やっぱりこの天使怖い。
「俺は幻覚を見ている気分でいっぱいなんだが」
「天使とかいるし?」
「天使とかいるし」
うんうん、と二人して頷く。
「ところがどっこい、これが現実!……これが現実!」
「あんた、本当に天使か」
随分とフランクな天使だ。
「正確には私天使じゃないけど。言ったじゃない。BET者って」
「ベットで眠れば現実に戻れるだろうか」
「夢の中で更に夢を見ることって結構ありますよね」
「まぁいい」 本当はあんま良くないけれども。 「で、ここは死後の世界ってことか?」
「正確には」 指をちっちっちと動かしながら天使。 「死ぬ前に私が呼び寄せました」
「死ぬ間際の夢?」 と俺は尋ねた。
「それも決して間違っては居ないですけど、ファンタジー的に言うなら新たな世界へようこそという奴かしら」
「わーお」 異世界へようこそですか。
「ゲーム的に言うなら勇者えーじよ良くぞお目覚めになられましたでもいいんですが」
「いやいやいや」
「でもでもでもですよ。本来なら問答無用で新たな世界への説明を始めるところなんだけど……一つ、手違いが」
そこで、天使の顔がむむむっと真剣味を帯びる。
「手違い?」
なんだろう。嫌な予感がしてきた。
「手違いは言い過ぎました。これは仕方の無いことでした。いや、そもそもですね」
むむーと腕を組みながら天使。
「こう、プレイヤーを呼び込んでBETするためには本来死すべき存在でないものを見つける必要があるのです。
で、運良くというか、運悪くというか、とにかく本来死ぬはずの無い二つの存在を見つけました。
一つは貴方、そしてもう一つは、自殺した女の人です」
「ちなみに、本来ならその自殺者を引っ張ってくる予定だったとか?」
手違いと言うのはそういうことなのだろうか。
「いえいえ、自殺者にはこのルールは適用されないのです。そもそも本来の輪から外れちゃってますからね。
別にルールは遵守しなければいけないということもあるのですが、対面的に。後自殺するような人は何かと……いやまぁそれはいいでしょう。
それで完全に死ぬ前に貴方を呼び寄せたかったのだけど」
「だけど?」
「そのですね。貴方は即死だったわけなのですよ」
コホン、と天使。
「百聞は一見にしかずという名台詞もあることですし、見てもらった方が早いでしょう」
パチンと指を鳴らす天使。と、同時に鏡の板が俺の眼前に現れ、
「ちょ……」
一瞬呆然とし、それから確認するように自分の胸に手をやる。もにゅもにゅと、柔らかい感触。なんとなく心地良い感触である。
いやいやいや。
そこではっと気がつき、股に手をやる。 真逆! ああ、そんな真逆!
俺は愕然とした。無いのだ!
無い。
ないない。ちんこがない。俺のちんこが……俺のペニスがぁ! …嗚呼……俺のちんちんが……。
「えっと、まぁ、そういうわけでして。でもでもでもですね、そう悲観することでもないですよ。
この世界には女性専用装備と言うものがありまして。男性に比べてそれはそれは様々な恩恵が……」
「うるせぇ、黙れ」
あまりのことに怒気を込めて俺は呟いた。
……ああ。こんな馬鹿な。夢なら覚めてくれ。
数刻。
「えと…その……落ち着きましたか?」 感情を伺うかのような天使の声。
「……ああ、まぁな」 気分は最悪なまでに沈んではいるけれど。
「良かったです。まぁ、生殖器の一つや二つ変わったところで特に大したことでも」
「大したことあるに決まってるだろうが! この馬鹿天使っ!」
あまりのことに怒鳴ってしまった。
「ひっ……ご、ごめんなさいです」
慌てたように謝る天使。
「えっと、その…すいません。配慮が足りませんでした」
「うるせぇ。お前に俺の哀しみの何が分かるってんだ。クソ」
畜生。姿形が美少女でなかったらもっと悪態もつけるってのに。
「えっと……その…続きを話しても?」
恐る恐る天使。
「ああ……」
俺は溜息を吐きながら頷いた。
「えとですね。見て分かるとおり、その身体は貴方のものではなく、自殺したその人の身体を用いています」
改めて鏡を見つめる。鏡には見も知らぬ若い女性が映っている。美人ではないがブスと言うわけでもない。
それなりに可愛い顔ではある。俺の美的感覚では及第点だ。
「でもでも、これも正式なルールからは多少逸脱しているのですよ。ですから、貴方には選択肢があるわけなのです」
「選択肢?」
「そうです。即ち――このままこの世界を冒険するか。それとも元の場所に帰るかです」
「冒険?」 冒険か。それは若干心躍る言葉だったけれども。「いやまて。その戻る場合、俺は元の身体に……」
「即死でした」
無慈悲に天使は言った。
「でもでも、その犠牲のおかげで、その身体は無事です」
「男には戻れない?」
いや、つまりその場合俺はこの身体の主として戻るわけで、
「ファンタジーじゃないんですから」
苦笑しながら天使。
「既にこの状況がファンタジーだろうが!」
俺はおもわず突っ込んだ。
そうでした、と天使。
「とは言うものの、それはここがファンタジーな部分だから多少の無茶も効くわけでして」
戻ってもファンタジーだろうが。……いや、待て。
「ん?てことは、ここに残れば男に?」
戻れるのだろうか。
「然り」
にやりと天使。というかこいつもしかすると悪魔なんじゃないだろうか。
「この世界はファンタジーです。ですからもし機会があればきっと貴方は男になることもできるかもでしょう」
「待て」
「なんですか?」
首を傾げながら天使。
「今、きっと、と言ったか?」 確かめるように俺は尋ねた。
かも、とも言いましたね、と天使。
「確かに、この世界にはその為のものが存在します。しかし、それを見つけられるかは貴方次第と言ったところですかな?」
「ですかな? じゃねぇよ。 大体、今。そう今だ。今性別変えてくれたっていいじゃないか。元は男なんだ」
俺は一縷の望みをかけて言った。結構必死だ。
「申し訳ないですが、それはルール違反に抵触するので」
「いやいやいや。あのー既に逸脱してるって言ってましたけれど?」
「うー、それはそうなんですが。でもでも元々あるものをそのまま使うのと、元々あったものを大幅に変革するのは大違いと言いますか……」
困ったように天使。
なんとなく小さな女の子を虐めているような気がして、大人気ない自分を感じること暫し。
てかこいつ多分見た目だけで実際はババァだようなぁとかそんなことを考えつつも、姿と言うのは重要なわけで。
「ああ、わかったわかった。見つければいいんだろ。見つければ」
もういいや。ああ、なんとかなるだろ。糞。
「はい。そうしてくれると私は助かりますわ」
悪びれなく天使。畜生。でも可愛いな。糞。
「……ではとりあえず、この世界のことを説明しましょうか」
「頼む」
どうでもいーような気持ちで、俺は促す。
頷き、天使は人差し指を立てて言った。
「それではまずこの世界のことを説明しましょう」
始めに迷宮があった。迷宮とは試練の場である。
迷宮には様々な人ならざる怪物――モンスターが住み着き、同時に多くの財宝が埋もれている。
財宝とは金銭だけではない。力自体も得られるものとして迷宮に蓄えられていた。
迷宮は巨大な修練場であり、財宝のありどころなのである。
人々は自然に迷宮へと集まっていった。集落ができ、やがて国が生まれた。
迷宮無き国も存在したが、迷宮を抱える国の戦士達によってそのほとんどは滅ぼされた。
更なる利権を求めようと、迷宮を抱える国同士で大きな戦争が起こったこともあった。
今ではそれは緩やかになり、各国に平和協定のようなものが結ばれているが、迷宮に挑む戦士達の心は変わらない。
数々のマジックアイテムを手に入れようと思うもの、富を得ようとするもの、名声を得ようとするもの、力を得ようとするもの、闘いを切望するもの……、望みは色々あれど、人々は数々の魅力に惹きつけられ、日夜様々な迷宮へと挑むのである。
勿論、その過程で物言わぬ躯となり、生涯を終えるものも数多く存在するのだが。
幾つかの迷宮は踏破と共に消え、そして新たな迷宮は際限なく、世界に生まれ出づる。
世界は迷宮で出来ている。
天使が話したこの世界とはそのようなものだった。
迷宮世界
ギフト。一般に贈り物と呼ばれるそれは、迷宮に置いて得られることの出来る技能のことである。
それは試練を乗り越えた者達に与えられる神々からの恩恵とも呼ばれているが、定かではない。
「ギフトには三種類あるのですよ」
と、天使が言った。
「ある種の条件によって得ることの出来るギフト。条件が分かるだけに容易く、万人が得やすいのです。
次は財宝と共に入手できるギフト。これを見つけるのは運に左右されます。確率はそこらの宝物以上! 非常にレアなのです。
世界一般にはユニークスキルと呼ばれたりもしますね。効果、能力も様々で、非常に強力なのもあれば宴会芸に役立つネタスキル等、様々です」
へそでお茶を沸かせる技能もあるですよーと天使。そんなモノを貰ったら喜びより憤死しそうだなぁとも思いつつ。
「それで三つ目」
天使が人差し指を立てた。
「それは私達案内者やこの世界で信仰されてる神々が与えることの出来る能力のことです。
正直こちらが本来のギフトに一番近いと思うのですけど、そこらへんどうかしら? えーじ」
「知らんよ」
と、俺は溜息と共に答えた。何しろ、そのときの俺は未だにショックを引きずっていたわけであって。
「いけずですー」
と、口を尖らせながら天使。
「うーまぁ、そういうわけで、私は私の一部を代償に、能力を付与するわけですの。
もし貴方がこの迷宮世界で活躍していただければ、私の力も増しますです。逆に貴方が簡単におっ死んじゃうと、私の力は回収されないまま消えちゃいます。
この辺がBET者だとか雇い主だとか契約者だとか自認する要因なのですけど如何?」
「あ? つまり……」
なんだかそれを聞く限り、まるで……
「……なんか俺がお前のゲームの駒のように聞こえるわけなんだが」
そう言うと、にっこり天使が微笑んで、
「言い得て妙なのです! 私は貴方という駒へ助言を与え導いていくプレイヤーな訳ですね! ん……? おお……私って天使っぽい?」
「そうですか……」
なんだろう。このやるせ無さは。
「まぁ、あれだ。その駒を作り出すためには代償が必要で、それを回収するためにはある程度の戦果が必要ってそういうことか?」
「すごいですえーじ! 予想以上に頭がいいです!」
キラキラした瞳で俺を見つめる天使。なんだろう。この褒められてるのに馬鹿にされた気分は。
「つまり…私は貴方に賭けているのですよー。ですから簡単に死んでしまっては困るのです。そのためのギフトです」
「はぁ……」
そのための…ときたか。
「そういうわけで、私は貴方の技能を正確に知る必要があるのですよ」
そういうわけで、と天使がふわっと浮かび上がり、俺の唇に、天使が唇を合わせた。
……は?
「っ……」
突然のことにカチンと固まってしまう。
その固まった思考の最中にも天使の舌が口内を探るように動き回り、何か電気のようなものがびりっと。
「ふむ……」
そんな声と共に天使の唇が離れる。
一方、俺はといえば、
「え……あ……」
と今何が起こったかを考えるのに精一杯なわけで。顔が熱いような気がしなくも。
「うん?……あらあらまぁまぁ。恥ずかしがることは無いのですよ。初心なネンネじゃあるまいし。
まったくこんな姿に欲情するのは趣味がいいとは言えません」
「いやいや……いきなりキスされたら……っと、待った。この身体処女じゃないのか?」
誤魔化すために、ちと聞き捨てならない言葉へと突っ込む。
「非処女ですよ。何しろ、その本来の持ち主は脅迫されて……」
「待て待て待てっ! STOPだ! STOP!」
知りたくないことを知ってしまった感が否めない。
「自身のことを知っておくことは重要だと思うのですけど……」
と、首を傾げながら天使。てかこいつずっと思ってたけど天使じゃねぇ。
「ふむ……童貞と非処女。合わせて半人前と言ったところか……」
「うるせぇよ……」
上手いこと言ったつもりになってんじゃねぇぞ……
「そんな貴方が如何して男に戻りたいのか甚だ疑問なのですけれど……まぁ、いいでしょう」
「うるせぇよ!」
恥ずかしくなって怒鳴った。
「おお怖い怖い」
うぜぇ。
「まぁ、それはいいでしょう。それで、貴方の技能なんですけど……うーん。どうにもルーエルちゃんとはフィーリングが合わないというか」
「は?」
「いやルーエルちゃんの能力は戦闘より知識方面に突出しているわけでして。
それもこれもアリスちゃんの恩恵の賜物でもあるのですけど……うん、それはさておきましょう。考えてみればえーじが新たな私を目覚めさせてくれるかもしれませんし」
厨二っぽい言い方だな等と思いつつ、
「つまり何だ?」
「専門的知識が無いってことです。こういうのは迷宮世界に置いて武器になるのですよ。
他にもこの世界にコンバータされた時に魔力が付与されることもあるのですが、残念ながら貴方にその能力は皆無なわけでして」
「エクセルとワードの資格ぐらいは持ってるが」
後、漢字検定。
「プログラムぐらい組めるようになってから言ってください」
手厳しいなと苦笑。
「でも貴方が剣道と居合いの経験者だってことは唯一の素敵要素ですね。
こういう戦闘技能は迷宮世界ではプラスになりますから」
「そうなのか? 言っておくが、やってたのは中学校から高校までだぞ?」
しかも高校時代はどちらかといえば、打ち合ったりする剣道ではなく、実践の無い型だけの居合いにのめりこんでいたわけなのだし。
「知っています。でもでも迷宮世界では、そういう『経験』こそが何よりも重要なのですよ」
「ということはあれか。型だけしかやってなかった居合いでも十分渡り合えるってことか?」
これがファンタジー補正か。と俺は思った。
「真逆」天使が首を振った。「貴方の実力はそのままです。でもでも、それによって貴方の職の幅が広がるのです」
「職?」
「ですです。とりあえずは職につくことが重要なのです。そうすれば貧弱一般人から屈強な戦士へと進化!」
うんうん、と頷きながら天使。
「とりあえず剣士職にはなれるんじゃないかしら。ただルーエルちゃんのギフトに戦闘技能はないのですよね……」
「職……ねぇ」
成程、ゲーム的だ。
「勿論、職に就き始めはそれほど目に見える効果は無いですけれど、
迷宮にはびこる怪物を倒しているうちに、いつの間にか異常な戦闘力になっているはずです。スカウターボンです」
「スカウターボンもいいんだが」
なんとなく実感も沸かないのだし。
「とりあえず、ギフトというのは?」
「あっ、そうでした」
なにやらポン、と手と手を天使が合わせる。
「先ほども言いましたが、私は戦闘職に必要な技能を渡せないのです。そのための力が無いと言いますか……」
「あー……つまりあれか。あまり能力の高いBET者ではない…と」
「ななな何をおっしゃいますか! えーじっ! ルーエルはBET者の中では結構な地位にはいるのですよ!
いいでしょう。そこまで言うならルーエルの役立つ素敵なギフトを渡してやろうじゃありませんか!」
「あ、はい」
その……別に煽ったわけじゃなかったのだけれど。
「なんですか。その態度は。……まぁ、いいでしょう。ということで」
そう言って、天使が拳を振りかぶり、
「てりゃ」
ガン、と俺の顔を殴った。
「痛えっ」
反射的に右頬を抑える。じんじんと頬が熱を帯びる。
「いきなりなにすんだ」
「貴方が悪いのですよ。大体、今のはおともだちパンチです。親愛の証なのです」
よく見れば、親指は四本の指によって包まれていた。それは本来全力で殴るはずの力は微妙に緩和されていることはわかる。わかるのだが……
「痛いものは痛えよ!」
俺は怒鳴った。結局のところどんな名前で取り繕うが、ただの顔面パンチに変わりはないのであって、
「まったく……」 天使が呟いた。
「俺の台詞だ」 と俺は言った。まだ頬が痛い。
「とりあえずギフトは渡したので、ギフトの説明です」 そんな俺に構うまいと天使が言う。
「あれがギフトの渡し方なのですか……」
「貴方が悪いんです。ふーんだ」
天使はそう言って、言葉を続けた。
「渡したのは言語スキルです」
「言語スキル?」
「なのです。この世界は貴方の住んでいた世界とは異なった文化圏なのです。よって、言語も違います」
ここまでは大丈夫ですよね?と、天使が尋ねた。 俺は頷いた。
「ですから、貴方がこの世界でも問題ないよう、私は言語スキルを授けたわけです。勿論、これは必須といってもいいギフトです。
大抵の契約者はこのギフトを授けることを慣例化しています。生存がダンチですからね」
俺は頷き、先を促した。
「ですが……」
と、天使が親指で自分を指した。
「私はそこらの凡百の契約者とは違います。正真正銘ギフトです。貴方は知識ある様々な種族との会話を不便なく果たすことができるのですよ!」
つまりこういうことか。俺は英語や日本語だけでなく、ドイツ語やフランス語、果てはラテン語やらエスペラント語やらまで習得したということなのだろうか。
「確かに……いい能力だな」
俺は頷いた。確かにそれは認めざるを得ない。元の世界でこんな能力があればどんなに良かったことか。
「でしょう? ふふん。もっと私を称えなさい」
「まぁ、でも確かに戦闘には役に立たないな」
俺がそういうと、天使の微笑が凍りついた。
「いいでしょう。そこまで言うなら貴方にもう一つギフトを贈ろうじゃありませんか」
そう言って、何やら剣呑な雰囲気でふわっと浮かび上がる天使。
俺は引きつった笑いで応じた。この能力は素晴らしいと心底思っていたし、別に揶揄しようとは思っていなかったからだ。
「待て、話せば分かる」
「問答無用」
天使のおともだちパンチが、先ほどとは、逆の頬へと閃いた。
後書き
チュートリアルは次の話まで続きます