「えっ」
呆然としたようにルミウスは自分の右腕を見つめ、
「っあああああああっ!!」
悲鳴をあげた。
咄嗟に懐から試験管を取り出す。
大鎌は振りきられており、若干姿勢が崩れている。
投擲。
「うみみゃっ!」
だが猫娘にとってそれは特に問題なく、試験管は引き戻された彼女の獲物によって切断された。
あれが間に合うのか。そんなことを驚愕しつつも、
*パリン*
しかし問題はない。試験管の中身は猫娘へと当たり、彼女の身体を濡らした。
ふらりと、彼女の身体が傾ぐ。
よし、と心の中で手を握り、
*パァン!*
乾いた音が響く。
猫娘が自分の頬を咄嗟に張ったのだ。
傾いだ身体は元の位置に戻り、収まる。
そんなことで薬の効きを抑えられるのかと驚愕しつつも、
「ね、眠くにゃい」
と、どこか堪えるような声。
まったく効いてないということはなかったようだ。
その眠さをこらえたような声にちょっと萌えつつも、
「逃げんぞ!」
ベレスによって引っ張られる。
確かに。ぼーっとしてる場合じゃない。
「逃げちゃうんですか?殺しちゃうよ?」
「っ、あ、ああああああああっ。足っ、俺のあ」
ルミウスの悲鳴。
咄嗟に振り向く。
ルミウスが血を噴出しながら、倒れている。。
その近くには切り離された手と足が無造作に転がっていて。
「無理だ」
ベレスがそう言って引っ張った。
その通りだ。あれはもう無理だ。そう自分で頷く。
あの小癪な天使も逃げろといっている。ならそうするのが正しいのだ。
俺はその凄惨な光景から目を逸らし、走る。
「おい!待って!待ってくれ!ベレス!トーレル!
仲間だろ!助けっ!たすけてっ」
「リーダーすまん!預けてある報酬は全部やるから許してくれ!」
そう言って俺の手を握りながらベレスは駆け出した。
それに従って俺も駆け出す。
助けを呼ぶ声。
ほんの僅かな付き合いとは言え、一緒に戦った仲間。
その声に耳を背け、逃げ出すように走る。
そこで不意に追従していたトーレルが止まった。
「トーレル?」
俺は足を止めて振り向く。
ベレスに引っ張られ、ちょっと転びそうになる。
トーレルは斧を担ぎ、ルミウスの元へと戻っていく。
「おっさん、無茶だ!」
ベレスが叫んだ。
「わかっとる!」
トーレルが止まり、叫ぶ。
「けどわしは*わしの名にかけて*逃げるわけにはいかん!」
そう言い放ち、にやりと笑う。
「お前さんらは逃げろ。ベレス、達者でな。お前さんは稀有なオークじゃった。
エイジちゃん、ペンダント作ってやれなくてすまんな」
「あ」
何かを言おうとして、
「おっさんの馬鹿め!」
ベレスの声にそれは掻き消される。
「うおおおおっ!!」
トーレルが雄叫びをあげながら走っていく。
咄嗟に俺は試験管を取り出した。
少しでも助けになりたかったのだ。
トーレルを迎え討とうと構える猫娘に狙いを定める。
若干遠い。けど大丈夫だ。当たるはず―――!
そして俺は振りかぶって投擲しようとして、
「え?」
試験管は不意に手からすっぽ抜けるように飛んでいき、
*パリン*
猫娘は目と鼻の先。
今にも斧を振り下ろさんとしているトーレルに麻痺薬は命中した。
トーレルの首が舞った。
迷宮世界
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あなた は重大な失敗をし、それを深く心に刻んだ。
スキル《投擲》を習得しました。
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そんなメッセージを見るも、背筋はこわばり、空間が乾いているかのようなそんな空気。
口は開きっぱなしになり、身体は呪縛のように固まって動かず、俺は空中を飛ぶボールのようなものを目で追った。
「いくぞ!」
ベレスに手を引かれ、身体の呪縛は解除され、走り出す。
それでも走りながらも気分は夢でも見ているかのようなそんな感覚で。
ふわふわ、ふわふわ、と揺れる。
ドアを開け、部屋を出て、
「うああああああああああっ!!トーレル!許してくれトーレ……」
嘆くようなルミウスの声が不意に止まった。
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あなた は罪悪感を感じた。
カルマが1下がった。
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ポップアップが、俺の胸をえぐる。
気持ちが悪い。
どうしようもないほどの吐き気。胸が苦しい。
あの時俺があんなことしなければ、もしかすれば助かったかもしれない。
そんな可能性は無さそうだったけれど、万が一にはあったかもしれないのだ。
ベレスに手を引かれながら俺は走る。
未だ頭はぼんやりとしていて。
「おい、えーじ」
走りながら唐突にベレスが言った。
「もし無事に帰れたら抱かせろ」
「えっ」
……なんだか変な言葉を聞いたような気がした。
あまりに変な言葉だったから、胸を覆っていた吐き気が止まってしまう。
いや、もしかすると聞き間違いかもしれない。
何故ならその言葉はあまりにこの状況に即してるとは思えないからで。
「えっちぃことしようぜって言ってんだよ。いいだろ?」
「え、や、やだ」
咄嗟にそんな言葉が出た。
「はぁ!? おい、てめぇ!そこは承諾するところだろ、普通」
「なんでそう思ったんだよ! やだよ!」
「ああ、うっせぇ! てめぇがなんて言おうが犯してやるからな!覚悟しろよ!」
そう言って、ぎゅっと俺の手を強く握り、足を早める。
その熱を帯びた手は不思議と暖かく安心感を感じるもので。
この手に引かれていけば無事生還できるようなそんな感じがした。
てかこいつ本気かな。だとしたらここから出た後やばいかもしれないなぁ。
なんてことを感じつつ苦笑。
「やってみろよ」
そん時はまた睡眠薬ぶっかけてやればいい。
「おお?確かに聞いたからな!」
ったくこいつは性欲のことしかないんだろうか、なんて思いつつ。
そこでふと気がついた。
先ほどまで自分を襲っていた気持ち悪さはもう感じない。
部屋の扉が見えてくる。
展開してある地図によればあそこが一階への階段だ。
ベレスが体当たりするかのように扉を開ける。
その瞬間、
「危ねぇ!」
繋いだ手を思いっきり引っ張り込んだ。
身体がぐるりと回転する。
瞬間、そこに見えたのは大鎌を振り下ろす猫娘の姿であり、
「っう、あ、べ」
そんな咄嗟に漏れた自分の圧縮言語であり、
遅れて左腕を断ち切られるベレスの姿だった。
咄嗟に試験管を左胸から取り出し、投げようとして、身体が固まる。
何をやってるんだと叱咤した瞬間、猫娘がこちらへと翔けてくるのが見えて、
その瞬間*ビュッ*と風を斬り、大きな剣が彼女の進路を塞ぐ。
*ギィン*
刃鳴りが部屋に響く。
塞いだのはベレスの大剣。
ベレスは右手に剣をぶらさげている。
「べ、ベレ……」
咄嗟に俺は名前を呼ぼうとして、
「逃げろ、えーじ」
声を遮られる。
「で、でも……」
「俺は死なねぇ」
そんな言葉に突き動かされ、俺は振り返り、階段へと走る。
「*誰も*逃がさない」
「うるせぇ!糞猫ォ!てめぇはここで死ねっ!」
そんな言葉を後ろに聞きながら、俺は階段を跳ぶように降りる。
* * *
一階に降りた後も、安心はできなかった。
何時あの子が階段を降り、こちらへやってくるのかわからないのだ。
そのまま後ろも振り返らず、途中のネズミに握り締めていた試験管を投擲し、相手にもせず、出口へと走る。
そうして外に出て、ちゃんと残っていた馬車へと辿り着き、、
「ああああああああっ!! うわああああああああっ!!」
大声を上げる。
逃げ切った!俺は逃げ切った。……けれど、
死なない、とベレスは言った。
でも生きているはずがない。
こんなことなら、抱かれてもいいと、言うべきだっただろうか。
なんてことを一瞬考え、
いや、やっぱそれは無理だ。と、考え直す。
不意にそこでポップアップ。
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馬車を手に入れたようですね!おめでとう、えーじ!
馬車は町へと戻ればちゃんと預かってくれるはずなので安心してくださいね。
それに初踏破おめでとうですよー。これでルーエルちゃんの力がまた一つ戻りました。砂粒程度ですが。
しかし最初は皆こんなものです。
えーじはまだ潜り始めたばかりですからね、この深く果てしない迷宮を。
追伸:フリージアのプレイヤーについては運が悪かったとしか言えません。
でもえーじは助かりました。仲間も生きていますよ。貴女の心の中で。
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「ルーエルぅ…」
天使の姿を思い浮かべ、どうしようもない感情が沸き起こり、ぐにゃぐにゃぐちゃぐちゃと像がぶれた。
後書き
やったね!えーじちゃん!ぶじせいかんしたよ!
今回のノートに書かれてたリザルト。
2以下でフリージア出現。出目2
遭遇判定4以下で遭遇。出目1
奇襲判定ルミウス失敗。
トーレル戻って戦闘。
えーじ投擲。命中判定2d6。9以上で成功。出目1,1。ファンブル。投擲習得。
階段部屋奇襲判定。
ベレス成功。えーじ失敗。
ラスト投擲判定。
2d6。6以上で成功。出目2,3.失敗。
oh,,,
三年前のサイコロのせいです。*私は悪くない*
追伸:ちょっと変愚やるので更新ペース少し遅くなるかもです