「・・・ふぅ」
ファーストダンジョン五階、その半ばでアズライトは重い溜息を漏らすと思わず壁に背中を預けてしまった、疲労からだ。
と、いうのも今日のアズライトの戦闘回数は22回。
騎士にクラスチェンジする条件に『一度の探索での戦闘回数20回以上』というのがある。が、これは一度でも達成すれば条件を満たしたものとされる。
つまりは、戦闘回数20回ですら気合いをいれなくては達成できないものなのだ。
100回の連続戦闘を達成しているアズライトではあるが、それは準備と心構えがあったために達成できた。
普段は15回前後の戦闘をすれば引き上げるアズライトにとっては、久々の長丁場となっていた。
しかも、今回は二人の観察者が居るため、集中力が切れる事はなかったが、どうしても気疲れはあった。
これがアズライト一人であれば、疲れはあっても壁に寄り掛かるというような事は無かっただろう。
「ああ、すまなかったね」
フリードリッヒは、その疲労感を隠せなくなったアズライトの表情をみると内心で舌打ちをしつつ、そう声を掛けた。
というのも、フリードリッヒは一年以上ニブルヘルムに潜っている。
その為、ファーストダンジョンには全く脅威を感じられず、散歩をしているも同じ感覚だった。
なのでアズライトの疲労に気付けず、その随所に見える洗練された動作と成長に感心しながら見守っていたのだが。
(まったく、アズライト君も少しぐらい弱音を零してくれればいいものを・・・
まぁ、できる内はギリギリまで何とか頑張るヤツだからなぁ・・・)
自分と一緒に潜っていた頃から変わらぬ性格に、今度は見える形で苦笑を浮かべたフリードリッヒは、アズライトに近寄るとその肩に手を置く。
「少し、交代しようか」
そう言うと、アズライトもまだ気付けぬ位置にいる敵の気配を察知し、量産型ドウジギリを抜き放ち自然体のまま先の通路を見据える。
たったそれだけの動作ながらも、空気が引き締まる様に感じたアズライトも、ブロードソードへと手を伸ばすが、肩に置かれた手によって後方へと下がらされる。
「そういえば、報酬とか何も考えてなかったからさ」
アズライトは、思っても居なかったフリードリッヒの行動に驚きの表情を浮かべるも、フリードリッヒは何時もと変わらぬ表情を向けながら言葉を紡ぐ。
「しばらく交代して、その間に得たアイテムと血晶石を報酬にしようと思うんだけど、いいかな?」
「えっ!?そんな報酬なんて!!」
アズライトにとっては、冒険者としての基礎を教えてくれた相手である。
これぐらいの事で役に立つのならば報酬など貰わなくても良い、そう思っていたのだ。
それに普段からしている事に、二人傍観者が増えただけのようなものなのだ。それだけで普段より疲れてしまった自分に、心の中で叱咤している所ですらあった。
「いやいや、ギルドを通してないとはいえ、クエストを受けて貰ったようなものだろう?
少し疲れている様だし、休憩もかねて、ね?」
「えっ!?あ、う、フリードさんがそこまで言うなら、解りました」
そのフリードリッヒの思わぬ言葉に、驚愕した後、嬉しそうな表情を零した後照れくさそうにしながらそう言うと、フリードリッヒに言われていたのだろう。後ろに居たユウキの方へと下がっていく。
クエスト、それはギルド、もしくは馴染みの店より頼まれる『依頼』である。
その内容は様々で、今回の様に初心者の手助けをして貰いたい、もっとも普通はパーティを組むのであるが。といったものや、ダンジョンの中にのみ生えている植物が欲しい。
特定の敵からドロップできるアイテムを何個欲しい。等といった依頼人の願いを叶え、報酬を貰うというものである。
アズライトが思わず嬉しそうな顔をした理由は簡単で、クエストはどんな簡単なものであろうとも、ノービスでは受けられないからだ。
故に、フリードリッヒが冒険者扱いしてくれたことに驚き、その後嬉しくなった為にその喜びを隠そうとしながらも言うことを聞いたのである。
「・・・まったく、本当に情けない」
そのアズライトの表情を見ながら、ユウキは聞こえるか聞こえないか微妙な声でそう呟いた、アズライトはまったく気付かなかったようであるが。
ユウキとしては、フリードリッヒのその行動が気に入らなかったのである。
というか、結局はアズライトにさらに落胆したわけだが。
(初めて迷宮に入った僕でも疲れていないと言うのに・・・普段から体を鍛えたりしていないのか?)
初心者である自分ですら、あまり疲労せずにここまで来ているのに、慣れているはずのアズライトが疲労をあからさまに見せるとはどんな鍛え方をしているのか・・・
そう考えていた為である。
まだ、初戦闘すら体験せず、フリードリッヒが近くに居たために戦闘の空気すら感じなかったユウキは、これぐらいのことで疲れるアズライトにも、そのアズライトに優しくするフリードリッヒにも、大きな憤りと小さな疎外感を感じていたのだ。
そして呆れた様にアズライトを見つめていたユウキだったが、直ぐさま別の方へと視線を向ける。
アズライトの方も、同じ方へと視線を向け、かなり集中している。
「グォ・・・」
「ふむ、これほど柔らかく感じるれる様になっていたとは」
その二人の視線の先には、一撃でコボルドを倒したフリードリッヒが相変わらず自然体のまま立っていた。
フリードリッヒが行った事は単純な事であった。
コボルドを視界に捉えると、走り寄り剣を一閃しただけである。
アズライトでもできる事、それが唯々早く、鋭かったのだ。
「まぁ、それにアズライト君はまだクラス持ちの戦闘とか見たことないだろう?
私のが参考になるか解らないし、それぞれのクラスで戦い方は違うけど見ていて損をする事は無いしね、それに今までは私たちが見学させて貰ってたし、今度は見る側にでも回っててよ」
緊張感や気負うものすらなく、フリードリッヒはそう軽く言い放つ。
「はい、ありがとうございます」
言われた通り初めて見る事となるクラス持ちの戦闘に、まだ気を取られながらも何とかそう返答する。
同じような表情を浮かべて見ていたユウキは、そのアズライトの様子に気付くと我が事の様に得意げな顔をすると、改めて尊敬の念の籠もった眼差しでフリードリッヒを見つめた。
フリードリッヒは、その両者に何も言うことなく、柔らかい表情を浮かべたままアズライトが帰ってくるのを待ってから、五階の探索を再開した。
そこからは見事なものだった。
フリードリッヒは、アズライトの様に時間を掛けること等無く、また素早く敵を察知すると一閃でその命を奪っていく。
「・・・すごい」
ユウキは、そのフリードリッヒの姿に、やはり騎士という物はこうでなくてならないと、否、剣士であるフリードリッヒがこうも戦えるのなら、騎士はもっと素晴らしく戦える物なのだろうと、夢想を始めてしまう。
「・・・・・・・・」
アズライトは、代わり映えしない様な戦闘を全て真剣に見つめ続ける、なにか一つでも自分のモノとする事ができれば自分の何かが変えれるのではないか?
変えれなくとも戦闘がより良いものになるのではないか?と一挙一動を真剣に見つめる。
フリードリッヒは、その二人の様子に、落胆と喜びを感じながらもそのまま敵を狩っていく。
ギルドでは、依頼者にもよるが初心者手助けの報酬は、大体金貨3枚程度である。
だが、アズライトの性格から考えてそんなに受け取る訳がない、と言う事もフリードリッヒは理解していた。
ならば金貨2枚程度・・・つまり薄紅色の血晶石40個が自分の譲れる限界と言ったところだろう。
そんな事を考えながらも、フリードリッヒは敵を探す。
剣士というのは、敏捷に特化するクラスである。
戦士は体力、騎士は他のクラスに比べて全体的に能力が上がるが、耐久力に特化する。
故に剣士であるフリードリッヒは、素早さを活かし一閃一殺を行っていってるのであるが。
その動作を、自分の中に少しでも溶け込ませようと集中している時にアズライトは、フリードリッヒの武器、量産型ドウジギリを見ていて、あることを思い出す。
「そうか・・・スキルで更に敏捷を上げてる訳か・・・」
「え?それってどういう事?」
そのアズライトのつぶやきに、ただただ感心して見つめていたユウキは問いを返す。
「ああ、各クラスにはそれぞれそのクラスだけの専用スキルってのがあるんだ」
ユウキのその問いかけに、今までの態度など気にもせずに返答する。
「剣士の場合は『剣客上昇』って、専用スキルがあってそれは特殊剣を使っていたら敏捷が上がるって効果があるんだ」
『剣客上昇』剣士の専用スキルで、特殊剣を装備していた場合、敏捷が1.2倍になるという効果を持つ。
他に、戦士の『生存特化』騎士の『騎士道精神』といった専用スキルがあり専用スキルはそのクラスになった時に獲得する事ができる。
「へぇ~・・・」
当たり前の様にそう返答するアズライトに、少なくとも知識面は優れているのだな、と少しばかり感心する。
もっともアズライトは、そんなユウキの視線に気付く事もなくフリードリッヒの方をずっと集中していたが。
そして、フリードリッヒが敵を狩りだして、28匹目。
ようやくアズライトは、その武器の扱い方を少しだけ理解できた。
どのように武器を振るい、どのように力を入れ、流し、どのように敵を断つのか。
もちろん剣士どころか、戦士程にも扱えないだろう、ノービスなのだから。
だが、それでも多少は腕が上がるだろう、そしてその『多少』が馬鹿に出来ないこと、下手すれば生き死にの差を別つかもしれない事も、アズライトは理解していた。
もちろん、その様な思惑を別にしても初めて見る圧倒的武力に心が震え、それを真似したいという想いを強い抱いたというのもあるわけだが。
「さてと、報酬としては少ないかもしれないけど・・・これぐらいでどうだろう?」
きっちりと40匹のモンスターを狩り終えたフリードリッヒは、アズライトの方を振り返りながら血晶石と、その課程で得たドロップアイテム全てを差し出す。
「いえ、これで十分です、ありがとうございます」
結局、完全に自分のモノにすることは出来なかったが、フリードリッヒの戦いから得た武器の扱い方をその胸に秘め、自分のモノにすると強く想いながら、差し出されたアイテムを受け取った。
「いや、こちらこそいきなりな頼み事だったのに快く受け入れてくれてありがとう」
フリードリッヒとしては、この血晶石達を受け取らせるのにも一悶着あるのだろう、と思っていたが、アズライトが自分の中に生まれた技術に意識を傾けていた為だろう。素直に受け取ってくれた事に軽く安堵し改めて礼を述べる。
「それじゃあ、今日はこれぐらいで・・・ユウキ君、時間も時間だしそろそろ戻ろうか」
「あ、はい解りました・・・今日は、どうもありがとうございました」
時刻で言えば、夜の七時といった時間になろうとしていた為に、切り上げる旨を伝える。
ユウキもそれに気付き、冒険者としてはともかく、知識と人柄は悪くないな、と評価を付けながら礼儀としてアズライトに頭を下げる。
「いえ、俺の方こそありがとうございました、勉強させて貰いました
ユウキ君、あまり頼りにならないかもしれないけど、何か困ったことがあったら解る事は教えるから、まぁ、フリードさんが近くに居るならそんなことは無いと思うけど・・・」
アズライトの方もそんな二人へと礼を返す、そして狙ったかのようにテレポーターの前にいる為、三人一緒に一階まで行くと、軽く挨拶をしてそれぞれ別の方へと足を進める。
「ユウキ君、私の戦い方はどうだったかな?」
「本当に凄かった!素晴らしかったです!!」
「・・・そっか」
「はい!!」
フリードリッヒは、アズライトが自分の戦い方を見て何かを掴んだことを何となくだが察していた。
そのため、ユウキも何か得る事はあったのかと思い、そう問いかけたが、自分の望む様な返答は返されなかった。
これが経験の差か、と思いながらそのまま帰路へとついた。
「これを、自分のモノにするまで、またダンジョンが楽しくなりそうだ」
アズライトは、自分の中に燻ってる何か熱のような物を感じ、そう呟いた。
いくら自分が行っている行動とはいえ、何回も往復し、各階の道順を暗記できそうなほど通ったファーストダンジョンである、やはりどうしても飽きはあるのだ。
だが、フリードリッヒのお陰で目的が出来た、また、ワクワクした気持ちでダンジョンに挑めるだろう。と、ノルンへと続く道を歩みながら、アズライトは瞳を輝かせていた。
後書き
どうも、K・Yです。
本日は二回目となりましたが、二ヶ月お待たせしてしまいましたので時間がある時に出来るだけの事はしたいと思ったのでw
しかし・・・今回の話はやっぱりフリードさんが主役っぽいなぁw
でも、こういった主人公が教わる、技を盗むというイベントとかも大好きです。