「父さん母さん、お元気でしょうか?
そちらのこちらの時間の流れが一緒だとしたら、自分がいなくなってから約一ヶ月が経ったことになります。
一人暮らしを始め、社会人になって二年・・・・・どうやら今年の年末は帰省できそうにありません。
たぶん、これから先も。
ですので、どうか身体に気をつけてお過ごしください。
・・・・・まぁ、こんなこと考えててもしょうがないので、現状を整理しよう。
一月前、目を覚ますと突然別人になっていた。
二十歳になるかならないかで、金髪でかっこいい感じの顔をしている。
自分でもなにを言っているのかさっぱりな感じだが、そうとしか言いようがないのだ。
それで、ベッドから起き上がってうろたえていると、血相を変えた様子の老夫婦らしき二人が入ってきた。
『だれだろう?』なんて思っていると、事態は急変。
見知らぬおじさんは号泣しながら抱きついてきて、見覚えのないおばさんは全身を震わせながらその場で泣き崩れてしまった。
・・・・・なんで?
その後の展開は急転直下に千変万化、ダイジェストにするとこんな感じ。
・ストレートに『だれ?』って言ったところ、二人はぴたりと泣き止み、なぜか可哀想な人を見るような目で見つめてきた。
↓
・有無を言わさず教会に連れて行かれ、神父さんから矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
↓
・診断の結果、『心の問題だろうからとにかく安静に。自然とかと触れ合うといいかも』・・・なんですか、それ?
↓
・家に戻り、二人から説明を受ける。
↓
・二人はなんでも俺の両親で、俺の名前はアンディらしい。記憶が混乱しているのは頭を打ったからとかなんとか。どうも曖昧。
↓
・この辺りで耐え切れなくなった俺がわめき散らすと、二人は優しげな顔で『とにかく休め』とのこと。
↓
・自室として使うように言われた部屋に入って考え抜いた結果、夢に違いないということで心を落ち着ける。
↓
・が、翌日になっても夢からは覚めず、一週間ほど経ってさすがに諦める。
↓
・とりあえず情報を集めるために両親らしい二人に話し掛けるが、どうにも歯切れが悪い。新情報はここがサラボナという町だということ。
↓
・埒が明かず、家の外に出て色々な人から話を聞こうとするも、みな腫れ物を触るような態度で接してくる。
↓
・仕方ないので、町の人が止めるのも聞かずに町の外に出ると、キラーマシン(後で色違いのメタルハンターだと知る)と遭遇。
↓
・命からがら逃げ帰った所で、ようやくここがドラクエ5の世界だと気付く。
・・・・・とまぁ、こんな感じ。
結局その日から約三週間、悪あがきをしたり現実逃避したりして過ごしたが、結局今もどうしたものか悩んでます。
あ、そうそう。
なんでアンディに対してみんなの態度がおかしかったのか、問い詰めた結果ようやく判明した。
『フローラが結婚してしまったことがショックで川に身投げ。一命は取り留めたものの記憶をなくしてしまった可哀想な男』
だそうだ。
俺がアンディの身体に入ったのは、恐らくアンディが昏睡の時だったんだろう。
どうりで記憶喪失なんて都合のいい設定が通じたわけだ。
はぁ。
ほんと、どうしよう・・・・・」
アンディ無双でお願いしたい・・・無理ですか、そうですか。
第01話「スライムナイトかゴーレムか、それは究極の選択か?」
水と緑に囲まれた美しい町サラボナ。
世界的な大富豪ルドマンが住む事でも有名なこの町に、やたらと沈んだ様子の青年がいた。
「はぁ」
噴水の縁に腰掛けて溜め息をつく様子は、何とも陰鬱な雰囲気を醸し出している。
青年の存在は美しい町の景観を完膚なきまでぶち壊しまくっているが、道行く人々は何も言わずに素通りしていく。
何故か?
簡単だ・・・関わり合いたくないからだ。
「はぁぁぁぁあ」
もっとも、再び大きな溜め息をついたこの青年には、町の人々の様子が目に入っていないかもしれない。
男の名前は如月 仁(じん)。
ついこの間までは普通の会社員をやっていた、これといって特徴の無い男である。
だが、今は以前の面影はまるで無い。
何の因果かこの男、ドラゴンクエスト5でフローラの幼なじみ、アンディの身体に入ってしまったのだった。
仁は思考の海に溺れていた。
「(どうすればいい?)」
ここ最近ずっと考え続けているが、どうしても答えが出ない。
アンディとしての生活を続けて一月。
アンディとして生きていかなくてはならない事については無理矢理自分を納得させたが、今後どう生きていくかは迷い続けている。
「(元の世界に戻りたいのならどうすればいい?
ゲームクリアとなるミルドラースの撃破か、マスタードラゴンにでも頼めばなんとかしてくれるのか?)」
戻れる保証など何一つ無いが、覚めない夢が覚めるのを待つよりはまだマシと言った所だろう。
だが、その道を進むには大変な危険が付き纏う。
「(喧嘩一つしたことない俺に、魔物との殺し合いができるとは思えないよなぁ。
せめてなにかアドバンテージでもあれば別だが、アンディか……)」
詳しくは分からないが、おそらく潜在能力を期待するのは楽観的というものだろう。
「(たしか、ホイミだかメラだかを練習中とかってセリフがあったようななかったような。
ドラクエ5に吟遊詩人の職業技なんてなかったし…………あったら、学生時代ちょっと楽器をかじってたから期待したいんだけど)」
あまり期待しない方がいいだろう。
レベルを上げまくれば何とかなるかもしれないが、ゲームのように一時間もレベル上げをすれば数レベル上がるようには出来てないだろう。
それで何とかなるなら相手を選んで二・三年もレベル上げをすれば楽々レベルMAXだ。
「(まぁ、そもそもレベルなんていう概念があればの話だけど)」
セーブ&ロードが使えない以上、石橋を叩きすぎて損をするという事は無いだろう。
「(となると、大人しくアンディとしての人生を送るほうが無難か。
連中がラスボス倒してくれれば、万が一ってこともあるし)」
ここで仁は意識を外に向ける。
すると、周りからの視線を感じた。
人々は顔を背け、目線をずらしていたが明らかに“見ている”・・・・・そう、仁は強く感じた。
「(引っ越したほうがいいかな、だれもアンディのことを知らなくて安全な所に)」
不愉快な視線も今の仁にとっては他人事のようなものなので、耐えられない程では無いが気分の良いものでは無い。
とりあえず仁は重い腰を上げ、視線を避けるように噴水から離れる事にした。
∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽
仁の足は、自然とルドマンの屋敷に向かっていた。
「(まるで映画のセットだな)」
豪奢な屋敷に、湖と美しい花に囲まれた離れ。
まさに、金持ちここに極まれりというやつだ。
「(可愛くて金持ちの親がいて強力な攻撃魔法が使える予定の幼なじみのフラグが、始まる前から折れてるってのは……なんだかなぁ)」
あまりの間の悪さに渇いた笑いしか出てこない。
カーストアップのチャンスを失った仁に、一体どうしろというのだろう?
仁は俯き、再び思考の海に沈んでいく。
「(あんまり変なことして主人公達の邪魔する訳にもいかないし)」
「ねえ」
仁の背後から女性の声が聞こえてきた。
「(魔法の鍵とか最後の鍵とかがあると便利なんだけど、恐らく連中の行動に支障をきたすだろうなぁ)」
だが、仁は全く気付いていない。
「ちょっと、聞いてるの!」
「(でもあれか、たとえ鍵を手に入れたって城の宝物庫を開けていい理由にはならないよな)」
「………あ、そう。
このわたしを無視するなんていい度胸してるじゃない」
若干低くなった声のトーンからは、女の不機嫌さが伝わってくる。
「(そういえば、他人の家に勝手に入ってタンスとか開けるのってどうなんだ?
自分でやるのは嫌だから主人公が開けてるのとか見てみたいなぁ)」
「………」
相変わらず気付く気配の無い仁に、女は無言で傍に近寄っていく。
真後ろまで近寄ると、仁の耳を掴んで顔を近づけ、
「(あれ、そもそも主人公の名前って…)いっ!!!!!
な、なに…」
耳を掴まれてようやく気付くが既に遅く、女は大きく息を吸い込んでいた。
「話を聞けって言ってんのよ、このバカアンディィィィぃぃぃいぃぃぃっっっ!!!!!」
ルドマン家の長女デボラの不意打ちによって、仁の意識は彼方へ飛んでしまった。
∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽
数分後、ようやく仁の耳鳴りが収まってきた。
「鼓膜が破れるかと思った……」
「わたしは謝らないわよ」
二人は今、ルドマン邸の離れを囲む湖のほとりにいる。
仁は、横にいる女性がデボラである事は顔を見た瞬間に何となく分かった。
印象が薄いために半信半疑だったが、やたらとゴージャスな感じと、モブキャラとは違う輝きのようなものは流石にメインキャラといったところか。
仁が座り込んで湖を眺めていると、横から視線を感じた。
ちくちくと刺すような視線が気になったのでそちらを向くと、立ち尽くしたままのままのデボラが不機嫌そうな顔を隠す事無く仁を睨んでいる。
「ん、なにか?」
「…………なんでもないわよっ」
デボラは暫く迷う素振りを見せていたが、やがて勢いよく腰を下ろし、何も分かってない様子の仁をキッと睨みつけた。
こうなると、仁は途端に焦り出す。
主人公の親類と関係が悪化するような事態は避けたい。
とはいえ、こうしてデボラと会話するのも初めての事で、仁にとってはいまいち勝手が分からない。
DS版でデボラを嫁に選ばなかったので、印象がとにかく薄いのだ。
とりあえず、仁は当り障りの無い所から攻めてみる。
「あ~、なにかまずかった………でしょうか?」
「わたしの機嫌が悪いのは、別にアンタが敬語を使ってないからじゃないわ」
「あ、そう。
んじゃ……」
「別にタメ口で話してもいいとは言ってない。
アンタ、わたしより年下じゃない」
「……なるほど」
仁はどうやら初手から躓いたらしい事を理解した。
「(そういや、歳とかよく分からないな)」
たしかビアンカが主人公の2コ上、仁のあやふやな知識ではこの程度が限界だった。
どうでもいい事を仁が考えていると、隣に座っているデボラがぽつりとつぶやく。
「やっぱり、アンタはもう私の知ってるアンディじゃないのね」
「えっ!?」
デボラの、どことなく寂しげな声に仁は思わずデボラの方を向く。
しかし、デボラは仁の方を見ずに、ぼんやりと湖を眺めていた。
「なにも覚えてないの?」
「あ、いや……そんなことは。
デボラさんの名前と顔ぐらいは覚えてますよ、一応。
他にも、わずかですが覚えてることもあります」
少し考えながら仁は答えた。
この辺り、ボロを出す前に予防線を張っておいた方がいいだろう。
「そう。
でも、少なくともレディーの扱いは忘れてるようね」
「へ?」
分かってない仁に対し、デボラは自分の臀部の辺りを指差す。
「……なにか?」
「…………ハァ」
あまりに鈍すぎる仁に、デボラは軽く溜め息をついた。
元々デボラはアンディに対して好意的では無かったが、ここまで鈍いと救いようが無い。
雀の涙ほどの好感度も、現在進行形で下降中だ。
「服、汚れるでしょ」
「ふく?
副……福……吹く…………服、あ~っ服!!」
仁はようやく気付いた。
確かにデボラの着ている高級感たっぷりのワンピースが、草むらに座っているせいで少し濡れてしまっていた。
「やっと気付いたの。
ボンクラね」
「……なるほど」
仁は何も言い返す事が出来なかった。
正直、それの何所が汚れてるんだと一瞬思ったが、それはこちら側・・・男から見ての話だ。
鈍いと言われれば、正にその通りだろう。
「少なくとも、前のアンタは礼儀とレディーの扱いぐらいはできてたってことよ」
「すみません、気付かなくて」
「いいわよ別に。
お気に入りのヤツって訳でもないし、今のアンタに言ったってしょうがないでしょ」
「いえ、それもあるんですけど……やっぱり、すみません」
「だからいいって……」
自分がいいと言っているのだからそれ以上謝られてもただ不快なだけだ。
デボラが、再び謝罪の言葉を口にした仁の方を向くと、
「すみません、忘れてしまって」
真剣な表情をする仁がそこにはいた。
真実を話していない事に対する負い目。
その思いを込めて、仁はもう一度謝った。
「……フンッ」
真剣な表情のアンディに、デボラは何も言う事が出来なかった。
その後、暫く無言の時間が過ぎ・・・静寂を破ったのはデボラだった。
デボラは世間話でもするかのように仁に尋ねる。
「アンタさぁ、自分が記憶を失った原因は知ってるのよね?」
「え……ああ、はい」
仁にとっては関係ないような気がするが、それでも複雑な表情を浮かべた。
どこまでが真実かは分からないが、何とも言い様の無い話だ。
「どう思う?」
「どうって?」
「バカだと思う?
振られたぐらいで身投げするような男」
「でも、詳しくは分かってないんですよね?
たまたま足を滑らせたのかもしれないし」
「そんな真相なんてどうでもいいわよ。
自殺前提で考えなさい」
「はぁ」
随分と物騒な考え方だが、仁はとりあえず考えてみる。
「(どうって言われてもなぁ)」
仁にとってはゲームでの・・・作り物の話であって、どうしても現実感が無い。
とはいえ、そんな考えを言う訳にはいかず、もう少し真剣に考えてみる。
数分後、仁が口を開く。
「少しだけ、羨ましいかもしれません」
「羨ましい?
……どこが?」
デボラは仁の答えに唖然としてしまった。
どう考えても、羨むような結果にはなっていないではないか。
「命を懸けられるぐらい、一人の女性を好きになれたことです」
「……」
「覚えてないんですが、聞きました。
フローラって女性のために、魔物が出る火山に行って死にかけたんでしょう。
あいにく俺はそこまで女性を好きになったことがないので、すごいなあとは思います」
「そう。
そう思えるんだ、アンタは」
「あ、あ~いや。
まぁ、ほら、俺はまだ生まれてから一月しか経ってませんしね……なんちゃって」
流石に恥ずかしくなり、仁はデボラに背を向けた。
おそろしく下手な誤魔化し方をした自分にさらに恥ずかしくなり、頭を抱えてしまう。
そんな仁の背中に向かって、デボラは少しだけ棘を抑えて声を掛ける。
「アンタ、これからどうするつもり?」
「これから、ですか?
そうですね…………まだ決まってません」
「情けないわね。
妹のために命張ったアンタはどこにいったの?」
「さぁ、昼寝でもしてるんじゃないですか。
でも、いずれこの町から出ようとは思ってます。
このままだと、自分にとっても町の人達にとっても微妙な空気が残り続けますし」
「そう」
そう言い残してデボラは立ち上がり、仁から離れていった。
「ん?」
仁が振り向くと、既にデボラは10メートル以上離れている。
そんなデボラに仁は慌てて声をかけた。
「あのっ!!」
するとデボラが立ち止まった。
振り向く事は無く、何も喋らないが、とりあえず話は聞いてくれるようだ。
「どうして花嫁に立候補したんですか?」
「………それ、だれに聞いたの?」
デボラがようやく口を開いた。
どこか喋りたくなさそうな雰囲気を出している。
「え、あ~いや、どこからともなく」
仁は言葉を濁した。
もしかすると、あの場にいた人達だけしか知らなかったのだろうか?
「そうね。
突然あんなことした挙句、あっさり振られたものね。
わたしもちょうどいい物笑いの種かしらね」
デボラは悪い方に受け取ったようだ。
話す声が段々と小さくなっていく。
「いや、そういう意味じゃなく「そうね」……え?」
何とか言い訳をしようとした仁を、デボラが力強い言葉で遮った。
「退屈だったからよ」
「……そう、ですか」
どうやら話す気はないらしい。
それでも、デボラの力強い返事を聞いて、仁はとりあえず安心した。
そして、デボラとの会話は今回はこれで終わりだろうと仁が湖に目を向けると、
「ちなみに、今も退屈なの、わたし」
「………え?」
再び仁は振り向くが、既にデボラの姿は無かった。
∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽
翌日、仁は不自然な振動を感じて目を覚ました。
「…………ん、な、なんだ?」
段々慣れてきた自室では無く、木製の壁で囲まれた空間だ。
しかも、やたらと狭い。
「なんでこんな……って、な!?」
ここで仁は、自分が縄のようなもので縛られている事に気付いた。
解こうとするが、かなりきつく縛られていてびくともしない。
「じょ、冗談じゃない。
いったいなにが……」
「ああ。
やっと起きたの」
何かの事件にでも巻き込まれたのだろうか、と警戒心を高めた所で気だるそうな声が聞こえてきた。
と同時に、今まで続いていた不自然な振動が収まる。
そして、
「いつまで寝てるのよ、だらしないわね」
何故かデボラが仁の目の前にいた。
「デ…ボ…ラ?」
「さんぐらいつけなさい。
刺すわよ」
そう言って、デボラは腰に下げている毒針を手に取ったが、事態がまるで把握出来ていない仁は恐怖よりも先に困惑している様子だ。
「アンタが望むなら様でもいいけど。
ほら言ってみなさい」
「なんでここにいるんだ?」
「デ・ボ・ラ・さ・ま」
「聞けよ!!」
「アンタ、素はかなり野蛮ね」
デボラは軽く仁を睨むが、まあ仕方ないかと思い毒針を仕舞う。
そして、縄を解こうとしている仁にうっすらと笑みを浮かべる。
「おはよう」
「喧嘩売ってるのか?」
「違うわよ。
朝はあいさつからでしょう」
「やっぱ喧嘩売ってるのか」
「わかったわよ、もう。
野蛮でせっかちなんて救いようがないわよ」
そう言って肩をすくめるジェスチャーをやや大袈裟にするデボラ。
余計に仁の神経を逆撫でするが、多分わざとだろう。
「ここはどこだ?」
仁はとにかく心を落ち着けようと努めていた。
敬語を使ってない事など気付いておらず、関係を良好に保とうといった意識は隅の方に追いやられている。
「馬車の中。
で、今は旅の途中」
あっさりと答えるデボラ。
その顔からは、にやけた笑みが時々見え隠れしている。
「なんで?」
「昨日言ったでしょ、退屈だって。
だから、しばらく旅行にでも行こうかなって」
「旅行って魔物はっ!?
護衛とかいるのか?」
「いないわ。
心配しなくても、この辺りの魔物ならわたし一人でなんとかなるわよ」
「そう……なのか?」
仁はいまいちデボラの話が信用出来なかった。
デボラとフローラは最初弱かった気がする。
「もうない?
なら出発するけど」
「あるに決まってるだろ。
ていうか、一番大事なのが残ってる」
「なによ?」
知っていてあえて聞くデボラ。
掴みかかりたいところだが、あいにく仁は動けない。
「なんで俺が連れてこられて、こうして縛られているんだ?」
「二つない?」
「いいから答えろよ!!」
やれやれ、といった顔をするデボラ。
もはや楽しそうな顔を隠そうともしない。
「昨日の深夜、アンタを迎えに行ったの。
アンタを縛ったのは逃げないようにするため。
ちゃんとアンタの両親には了解を取ったからそこは問題ないわよ」
「そんなことされたら、いくらなんでも起きるだろ?」
「わたし、ラリホー得意なの」
「犯罪だそれは!!」
仁は思わず叫んでしまったが、すぐに叫んでしまった事を後悔する。
まだ全てを聞いた訳では無いのだ。
「それ「それで」……ちっ」
デボラは、冷静さを取り戻して先を促そうとした仁の言葉を遮った。
そしてさも、分かってる、とでも言わんばかりにデボラは満面の笑みを浮かべ、
「アンタを連れてきたのは………………アンタが一番ヒマそうだったから」
仁の時間が止まった。
微動だにしない仁の頭の中を、デボラの言葉が反芻していく。
そして、復活した仁は、
「ふざけんなっ、とっとと町に戻れっ!!」
先ほど後悔した事をもう忘れていた。
仁の動きは激しさを増し、痕が付くくらい激しく身をよじる。
「いいじゃない。
どうせアンタ暇なんでしょ?」
「暇だろうとなんだろうと、こんなことされてOKする訳ないだろうがっ!!」
「ちょうど下働きが欲しかったのよ。
人を雇うと当たり外れが大きいしね」
「だれがやるかっ!!!!!
さっさと縄をほどいて「じゃあさ」……う」
急にトーンが変わり、先ほどとは打って変わって真面目な表情になるデボラに、仁の勢いが止まる。
敵意や嘲笑ならばいくらでも抵抗出来たのだが、こうなると次に言うべき言葉が見付からない。
「アンタは、このままでいいと思ってるの?」
「そ、それは……」
仁の顔が歪む。
痛い所を突かれた。
「記憶は当分戻りそうもない。
このままあの町でぼおっとしてて、なにか見つかるとでも思ってるの?」
「それはそうだが……」
「見つかるまで動かない、なんてつまらないこというより、動きながら見つけたほうがいいんじゃない?」
「……」
仁は黙り込んでしまった。
分かってはいるのだ。
このままじっとしても何も変わらない事に。
それでも、明日にしよう・・・もう一日考えてからにしよう・・・などと考えてズルズルと先延ばしにしていたのだ。
「最初の目的地は二・三日もすれば着くから。
とりあえずそこに着くまで考えてみたら?
それでもまだ帰りたいっていうなら止めないわよ。
ていうか、それならもうアンタに興味はない」
「……」
「じゃ、出発するから」
そう言って御者台に戻ろうとするデボラを仁が止める。
デボラが振り返ると、そこには迷いの無い目をした仁がいた。
「下働きうんぬんはともかくとして、ひとまず着いていくよ」
「そう」
「礼はまだ言わないでおく」
「これから先も必要ないわ。
礼を言われるようなことはしてないもの」
そう言って再び御者台に戻ろうとするデボラを、再び仁が止める。
「なによ?」
「いや、縄ほどけよ」
「え?」
「なに真顔で聞き返してんだ。
もう逃げるつもりはないんだから、縛っておく必要ないだろ?」
唐突ではあるものの、旅立ちの日はやってきた。
最初の目的地に着いた時、果たして仁はどうするのか?
再び町に戻り、迷い続ける日々を送る事になるのか?
それとも・・・・・。
答えは、この道の先にのみ存在する。
「アンタ、さっきからそれによくもぞんざいな口のきき方してくれたわね。
罰として、目的地に着くまでそのカッコで反省しなさい」
「あっ、てめ、ふざけんな!!
…………おいちょっと待て、なに爽やかにスルーしようとしてんだ。
こんな格好で長時間耐えられる訳ないだろーが!」
目的地はサラボナの北。
温泉で有名な山奥の村だ。
・・・つづく。
◆あとがき◆
この話は原作キャラ憑依ものになります。
最強になる予定はありませんが、オリジナル設定を使って多少は強くなるようにします。
主人公は冒頭で書いてある通り一応社会人ですので、人によって敬語を使うぐらいはします。
なので、デボラに敬語を使うのはこの話だけです。
この話を書き終わってから気付いたことがあります。
「もしかして、アンディって吟遊詩人じゃないかも」
今さら変更も無理なので、アンディは吟遊詩人ということでいきます。
デボラについてはほとんど知らないので性格や口調はなんとなくです。
異性からは言い寄られてうっとおしく、同性からは嫌われることが多いため、一人でよく旅をしていて結構強いという設定です。
・年齢について
この時点で何歳という正確な設定がよくわからなかったので、かなり大雑把です。
主人公とフローラが同い年ぐらいで、ビアンカとアンディが2コ上の同い年ぐらい、デボラがさらに2コ上で考えています。
大体、現時点で主人公とフローラが17歳、ビアンカとアンディが19歳、デボラが21歳って感じです。
なので、仁はデボラより少し年上です。
・移動手段について
ゲームでは、サラボナから山奥の村に行くには船が必要になります。
ただ、いきなり外洋に出れる大型船を手に入れるのもあれなので、ちょっとした川ぐらいなら小さな船をチャーターして渡れるようにしています。
このほか、オリジナルの設定は出次第説明していきます。
冒頭の適当極まるダイジェストですが、かなり迷いました。
当初は詳しく描写しようと思っていたんですが、仁の戸惑いや葛藤を書いていたら、ダイジェストの三つ目辺りでこの話と同じぐらいの文章量になってしまい、思い切ってカットしました。
無駄に文章量だけ増やしても意味がないので、なるべくスリム化をはかっていこうと思います。
もし、削りすぎた結果分かり辛い所がありましたら、どんなことでもいいので感想として頂けるとうれしいです。
最後に・・・
僕は耐性がいいのと最終的に破壊の鉄球を装備できるのでスライムナイトを使ってました。
普通すぎて面白みがないと言われればそれまでですが。
まあ、結局は愛着の問題かもしれません。