くそがああああああああああ。
この、これからの世界において、絶対の正義となるはずの俺がああ!
こんなところでえ!
聖杯戦争、始ってすらいないところでえええ!
殺されるなんてえええええ!
うわああああああ、じいさあああああん!
「はっ」
悪夢の中、目が覚める。
気づいたら自分は、広いグラウンドの隅で寝ていた。
周囲には誰もいない。
夢……?
いや、でも俺は確か、青い男に殺されて。
どういうことだ……?
額にたまっていた汗が、制服にこぼれおちる。
そして気付いた。
制服の心臓部分には、赤い血の跡と、穴が開いていた。
その割に、肝心の胸には傷一つない。
さっきの青い男が、夢ではなかったことを思い知らされる。
『おっ? 起きたか』
視界の外にいたのか。
リュークが、上空から声をかけてきた。
「ど、どういうことなんだ、リューク。
俺は確か、青い男に槍を刺されたんじゃ?」
『ん? ああ、そうなんだけどさ。
なんか知らんけど、女が治していったぜ』
「女……?」
どういうことだ?
あの青い男のマスターか?
それとも赤いほうの……?
『いやー、初めて見たぜ。
すごいんだな、魔術って』
「……」
助けられた……?
この俺が……。
魔術師に……?
この世界の、諸悪の根源である魔術師に……?
「……」
『どうしたんだ、シロウ?』
ジクジクと痛み出す胸。
クラクラとする頭。
吐き気と闇、そして目の前の死神だけが今の俺の現実だった。
◆
エミノート
◆
くそっ!
この俺が魔術師に助けられるなんて……何ていう屈辱だ。
『助かったんだからいいじゃないか。
お前ってそんなにプライド高かったっけ』
「……。
キラによって犯罪が極力抑止されたこの世界……。
それでも行方不明者が多いのは何故だ。
気がつけば家一つ無くなってるのは何故だ。
あげくのはてには街一つが死滅させられることもある。」
その背景には―――必ずといっていいほど、魔術師の影がある。
調べれば調べるほど、情報を収集すればするほど。
魔術師というものが、どれだけ社会に、微量ながらも確実に影響を与えているかが分かる。
「奴らの実験のせいで、どれだけの無関係な人間が血を流したか……」
『……。
別に、人間と同じで、魔術師も全部が全部、悪いわけじゃないだろ。
お前だって、それで助かってるじゃん』
「そうだ。
だからこそ、俺は自分で自分が許せない」
自分の中の信念が、少しだけぶれようとしている。
剣が、さびるように。
それが―――自分の中で、屈辱的だった。
絶対の正義になるはずの自分が、こんなにも弱く、もろいのだという事実を、直面させられたような気がして。
「…………帰ろう、リューク」
『お前ってホントに頑固だな……』
◆
「今気付いたが、嫌な予感がする」
『何だ、どうしたんだ』
魔術師のことを忘れ、今のこの状況を考えると。
あることに勘づいた。
家までの道すがら、俺は呟く。
「さっきの青い男―――俺が死んだかどうか、確認とかしないかな」
◆
予想通り。
部屋でデスノートをいじっていたとき、警報は鳴った。
「……リューク」
『どうした』
「俺は今日、泣くかもしれない。」
◆
振るわれる槍。
それをうまいこと避けたとしても、飛んでくる蹴りまでは防げなかった。
吹っ飛んで行く体。
土蔵の壁に叩きつけられ、肺から空気がなくなるくらい、息を吐く。
「り、リューク。
俺は、このデスノートってやつで、知略を挑むつもりだったが―――いきなり肉弾戦でぼこられるとは、思ってもいなかったよ」
呟く。
どこかを切ったのか、頭から血が流れるが、それでもこんな減らず口が叩けられるあたり、頭は冷静なようだ。
「何なんだ、てめえは?
魔術師でも何でもねえ一般人のわりに、どうして生き返ってやがる」
目の前の男が、暴力的な口調で悪態をつく。
くそ……こんな全身タイツにここまでやられるなんて。
何て無様だ。
『デスノートには顔と名前が必要……こんな奴に、名前を聞くなんてできないなあ、シロウ』
俺にだけ見えるのだろう、リュークが、青い男の背後から言う。
まったくだ。
こんなにも問答無用でフルボッコにされるような奴に、名前なんて聞いても一蹴される。
っていうか、名前を書く暇なんてない。
「ふざけるなよ……この、絶対の正義の味方である俺が―――」
それでも、どうにかしなければならない。
二度も黙って殺されるのはごめんだ。
命乞いでも何でも、どうにかして、名前を聞きださなければ。
「ま、待て。
待ってくれ、話し合おう」
懇願する。
男の眼には、さぞや自分は無様に映っただろう。
「あぁ?
お前と何を話せっていうんだ」
「……俺は正直、何故自分がこんな目にあっているのか、さっぱりわからない」
「―――」
「だが、自分がお前に殺されるということは分かる。
その前に、名前を教えてくれないか?」
「名前だと?」
「そうだ。
俺は……名前も知らない奴に、殺されたくなんてない」
「―――」
押し黙る男。
くそっ。
だめか……。
そうだ、サーヴァントにとって真名というのは重要な意味を果たす。
俺のような見ず知らずの奴に、教えてくれるはずが―――。
「―――クー・フーリンだ」
◆
!
!?
「クー・フーリンだ。
覚えておけ」
何を思ったのか、青い男は自らの真の名を、自ずから名乗った。
これが英雄。
なんという義理堅さ。
それがどういう意味を持つかも、分からずに。
『くっくっく、言ってみるもんだな。』
ああ、本当だ、言ってみるものだ。
まさか本当に素直に教えてくれるとは。
クー・フーリン……後はこれを、ノートの切れ端に書けば……。
「おい、もういいか?
そろそろ、お前を殺したいんだが」
「い、いや、待て! 待ってくれ、タンマ!
その名を、メモしておきたい。
俺は書かないと覚えられないタイプなんだ!」
「……注文の多い野郎だ。
じゃあ、1分待ってやる。
これも情けだ……何も知らねえ野郎を殺すなんて、寝覚めが悪いからな。
ただし、時間になったら確実に殺すからな」
!?
一分……だと。
一分もくれるのか。
一分あれば書きこんでから45秒まで、ギリギリ間に合う。
何て馬鹿な奴だ。
その油断と慢心、義理堅さが、お前の命取りだ。
ズボンのポケットに入れてあった、デスノートの切れ端を取り出す。
……!
やべえ、ペンがねえ!
俺は馬鹿か!
切れ端だけいつも持ってても、書くものがなければ意味がない!
何でこんなこと、今まで気づかなかったんだ、くそが!
ちくしょう!
やむをえん!
俺は、右手の親指を噛む。
そしてそのまま―――表面を噛みちぎった。
力を入れすぎたか、親指から勢いよく血が噴き出した。
「おい……お前、そこまでして俺の名をメモりたいのか……」
青い男は言った。
くそ、俺だって好きでこんなことをしているわけじゃない!
さっさと名前を書かないと。
たとえ血であろうが。
うわ、書きにくい。
『クーフーリン』
切れ端いっぱいを使いながらも、なんとか書きあげる。
血というのは、予想以上に書きにくかった。
書きだすまでに13秒……心臓麻痺までの時間を考えると、本当にギリギリだった。
『くっくっくっくっく』
リュークの笑いが、妙に耳ざわりだった。
◆
「そういやお前、何で生き返ってんだ?
魔術師じゃないのか?」
「違うよ……気づいたら何故か生き返ってたんだ。
俺にも、よく分からない。」
いくらか、男と雑談をしながらも、40秒が経過した。
―――あと五秒。
死ぬかとも思ったが、どうやら何とかなりそうだった。
危ないものだ。
さすがは聖杯戦争か。
3、2、1
「一分だ。
じゃあ、殺すぜ」
――――――。
…………。
……。
!?
!?
え……えええ!?