やぁやぁ皆さん、こんにちは。ご機嫌いかがですか?
毎度おなじみ、アルビオン王国第2王子のヘンリーだよ。
実はご報告があるんだ。
それはね
子供が出来たんだ♪
仕事の合間にやることはやってたんだよ。てへ?
現在妊娠10ヶ月目の臨月。母子ともにきわめて健康。けっこうけっこう!
女の子だと、なおけっこう!
*************************************
ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(男か女か、それが問題だ)
*************************************
ヘンリーは生まれたばかりの赤ん坊を抱いている。この世界では初めてとなる自分の子供だ。山上憶良の歌を引用するまでもなく、自分の子供を抱くのは、他の何物にも代えがたい喜びであることを、彼はしみじみと実感していた。
だが、その顔色はどこか優れない。
彼の目線は、赤ん坊の一箇所に釘付けとなっている
赤ん坊の股間
そこには紛れもない
「しんぼる」(by松本人志)
「男・・・・」
「そうよ?やっぱり子供っていいわね」
息も荒く、顔に玉のような汗を浮かべたキャサリンが、誇らしげに胸を張る。
「なんで?」
「え?何が」
「どうして?」
「・・・何の話?」
ここでようやくキャサリンは夫の異変に気がつく
しかし、時すでに遅し
「なんで女の子じゃないの?!あれだけいろんな食べ物とか、ちょっと名前の出せないマジでやばめの薬とか飲んだのに?!あの行商人、だましやがったな!!あ~!!毎晩毎晩あれだけ女の子が生まれるって言う『た・・・
バキッ ドカッ ゲシッ ミシッ ・・・
まだ起き上がれる体力がないはずのキャサリンが、突然真っ赤な顔をして立ち上がったため、産婆のジェシー婆さんや女官達は驚いて腰を抜かした。いつもの彼女なら女官達を気遣うところだが、あいにく今は、この大馬鹿亭主の口をふさぐことに忙しい
「痛い やめて ごめん まじで」
バキッ ドカッ ゲシッ ミシッ
「黙れ、しゃべるな、くちを、閉じろ!」
バキッ ドカッ ゲシッ ミシッ
「ごめん まじで だから ゆるして」
バキッ ドカッ ゲシッ ミシッ
「エロ、バカ、ヘンタイ、スケベ!」
言葉の合間合間に、鈍い音と、男のうめき声が混じる。
「本当に、悪かったって(ボキ)何かいやな音したんだけど?!」
「ヘンリー、ヘンリー、ヘンリー、ヘンリー!」
「それ悪口?!」
「見ちゃいけませんよ殿下」
「あ~?」
いつの間にかヘンリーから赤ちゃんを受け取っていたジェシーは、赤ん坊の顔を手で覆った。
***
父親は転生者です
母親も転生者です
じゃあ息子は?
だぁ?
ばぶ~ぶ~
びええええ~ん!
「・・・ちがうな」
「・・・ちがうわね」
一度子育てを経験したことのある2人の目には、目の前の赤ん坊が、前世での自分たちの一人息子-すなわち転生者でないことは明らかであった。キャサリンは言うまでもなく(おなかを痛めたわが子なのだ。わからないはずがない)、ヘンリーも(一応は)元親。息子かどうかぐらい、気配や行動を見ればわかるという自信があった。
念のために妻の意見を聞く。
「芝居してる感じはしないか?」
キャサリンがこっちの世界に転生してきたのは、生まれたばかりの赤ん坊のとき。元演劇同好会会長の彼女は、それから十数年間、ヘンリーに出会うまで、芝居を続けてきた。
その君から見て、この赤ちゃんはどうだ?
「それはないわ」
「なぜ断言できる?」
「あの子は貴方に似て『馬鹿』がつくほど不器用だし、思ったことがすぐ顔に出る『バカ』正直な性格だから」
・・・まだ根に持ってます?
「何のことかしら?」
怒ってる、絶対まだ怒ってる・・・
世間ではこれを「自業自得」という
***
「この世界での赤ん坊は、自分たちの前世での子供の転生者ではない」
この事実は、ヘンリーの心に少しだけ平穏をもたらした。だが、彼の顔色は未だに優れない。ヘンリー自身が娘が欲しかったどうこうという、個人的願望の話ではなく(そういう感情がなかったかといえば嘘になるが)事はアルビオンの王位継承にかかわる問題なのだ。
ヘンリーは今現在(ブリミル暦6211年)の王家の人間-自分の大切な家族の顔を思い浮かべた。
父親で現国王のエドワード12世(66)。若いころは「金の貴公子」とも呼ばれた髪は、今はそのトレードマークである口髭を含めて見事な銀髪に。性格は豪快にして剛直。「王たるもの」という自覚と自信、そして威厳を常に纏っている。強固なる精神は強い体に宿るというが、とても還暦を過ぎた爺さんには見えない。だが今年に入ってすぐに体調を崩した。さすがの親父も寄る年波には勝てないようだ。
テレジア王妃(60)ハルケギニア北西のベーメン王国出身。アルビオンに嫁いできてから、俺と早世した3男を含めて5人の子供を生んだ肝っ玉母さん。性格は一見温和だが、昔親父が一度だけ女官に手を出したときは、杖片手に精神力が切れるまで追い回したという。
長男のジェームズ皇太子(33)。親父譲りのでかい体に、くそまじめな性格。一年中、朝から晩まで政治のことを考えている堅物だ。わが兄ながら、よくあれで息が詰まらないなと感心する。嫁さんのカザリン皇太子妃(23)との間に子供はまだいない。
次男は俺(23)。ヨーク大公家から迎えた嫁のキャサリン(23)との間に子供が生まれた。
3男のマイケルは早逝。はやり病だったという。母さんが命日の度に祈りをささげていることは、宮廷に務めるものなら誰でも知っている。
長女のメアリー(21)。サヴォイア王国のウンベルト皇太子(25)との結婚が来年予定されている。サヴォイア家はロマリア連合皇国の一角を構成する王国で、ガリア南部と国境を接している。ウンベルトとは一度会ったことがあるが、なんというか・・・よく言えば王者の風格、悪く言えば「そうせい」様。戦上手で名高い現国王アメデーオ3世亡き後、彼が大国ガリアとの国境を守りきれるかどうか、正直不安だ。
4男のモード大公ウィリアム(20)。先代大公の一人娘のエリザちゃん(20)と、大公家領でよろしくやっている。こちらもまだ子供はおらず、大公家領とロンディニウムを行ったり来たりしている。
3年前から国政の実権はジェームズ皇太子に移りつつある。エドワード12世は、いきなり代替わりをしては混乱が起きる事を見越して、少しずつ慎重に、しかし確実に実権の委譲を進めて来た。兄貴にとっては、幼少から学んで来た「帝王学」の最終試験。最近では国王はほとんど政庁に顔を出さない。後継者である皇太子を、一種突き放すことによって、自分から自立させることが狙いのようだ。引き際の鮮やかさは、わが親父ながら、さすがというべきだ。ガリア国王のロペスピエール3世が、70の今になってもなお、政治の実権を握り続けている現状とは、好対象である。
次代の王がジェームズであることには、誰も異存はない。問題はその次だ。
皇太子夫妻にはまだ子供がいない。
次男である俺には男の子が生まれた。
弟の大公夫妻にも子供はいない。
兄貴が国王に即位したとしよう。王位継承の順番は、①俺、②俺の息子、③モード大公、という順である。ジェームズ兄貴は33歳。カザリン姉さんがまだ23歳だから、まだ子供が生まれるかもしれない。原作展開なら、ウェールズが生まれるはずである・・・
いや、ちょっとまて。
じゃあ、俺の息子はいったい何なのだ?
あきらかに異質。あきらかに異物。原作に俺の息子は存在しない。存在しないものが生まれて、存在したはずのものが生まれない・・・その可能性が0と言い切れるのか?
ヘンリーは頭を抱えた。
もし仮に、兄貴が子供が出来ないとあきらめて、俺を皇太子に据えたとしよう。
ウェールズが生まれなければ何の問題もない。
生まれたらどうなる?
皇太子である叔父と、現国王の息子
「おもいっきり、お家騒動フラグじゃん・・・」
俺に子供がいなければ問題なかった。仮に子供が出来たとしても、女ならまだ何とかなった。アルビオン王家の家督は、男子優先である。仮に俺が皇太子になった後、ウェールズが産まれたこの場合、従姉弟になる俺の娘とウェールズでは、ウェールズの王位継承が優先される(①俺、②ウェールズ、③モード大公か俺の娘)から何の問題もない。なんなら、娘とウェールズを結婚させて、俺の跡に王位を継がせればいい。
原作でのアンリエッタとウェールズとの関係でもわかるように、ハルケギニアではイトコ同士の結婚はタブーではない。
しかし、俺の子供は『男』なのだ。
じゃあ俺が皇太子にならなきゃいい
・・・というわけにも行かない。
もしウェールズが生まれれば、何の問題もないが、ウェールズが生まれなければ、それは大問題だ。
国政の最高権力者である国王、次期国王である皇太子。「はい、貴方は明日から王様です。がんばってちょ!」というわけにはいかない。心構えとかそういった、精神面での準備もそうだが、一朝一夕に「帝王学」は身に付かない。同じ王族とはいえ、始めから「皇太子」として育てられてきた兄貴と、「一王子」という、いわばスペアとして育てられた俺とでは、受けてきた教育内容がまるで違う。兄貴の側には、次の王になることを見越して、次代の国を担う将来有望な貴族や官僚が付けられる。そういった中から、自分の手足となって働く側近を見出し、国政全体を次第に把握していく。
俺も自分の意を汲む官僚を育てたりしているが、本来ならそういうことはしないし、してはいけない。それこそ、お家騒動の原因になりかねない・・・もっとも「ジェームズ皇太子ではなくヘンリー殿下を我らが王に!」なんて考えるやつは誰も居ないが(それはそれで寂しい)
話を戻すと-皇太子になるということは、1から教育を受けなおすということ。準備は早ければ早いほうがいい。だが、ウェールズがいつ生まれるか-そもそも生まれるかどうかわからない状況で、軽々に動くわけには行かない。
あー、頭痛い。えーと、だから・・・
①ウェールズが生まれたら、皇太子になった俺と、その息子とのお家騒動
②ウェールズが生まれて、俺が皇太子になってなければ-何も問題はないが、絶対にウェールズが生まれるとは言い切れない
③ウェールズが結果的に生まれなくて、俺が甥っ子の生まれる可能性におびえて皇太子になるのが遅れて、継承に手間取ってゴタゴタ
④ウェールズが生まれなくて、俺がその可能性に掛けてさっさと皇太子になる・・・でも彼が生まれないとは言い切れないわけで・・・・
「うぐぐぐ・・・」
内乱フラグを一生懸命叩き潰して、ようやくかすかな希望が見えてきたと思ったら、今度はお家騒動フラグ・・・取り越し苦労ならいいのだが・・・
「始祖よ、貴方は私が嫌いなのですか?」
嫌いです(byブリミル)
「はあああああ・・・・」
ヘンリーはわが子の寝顔を見ながら、深いため息をついた。
そんな父の心労を知るはずもないこの赤ちゃん。名前を『アンドリュー』と名づけられた。
アンドリュー・テューダー
後に「トリステイン中興の祖」と呼ばれることになるアンリ8世は、こうしてハルケギニアの歴史に登場した。
時にブリミル暦6211年。原作開始まで、あと32年。
「私、いつになったら結婚できるんだろう・・・」
ミリーの婚期は、誰も知らない・・・