「水と安全はタダ」
水と安全のある星には、双子宇宙人が襲ってくる。そして子供達のヒーローである、紅白模様の宇宙人がやっつけてくれる・・・残念ながら、ハルケギニアにはインスタントラーメンの完成を待てない、せっかちな宇宙人は存在しない。よって、この法則は成り立たない。
安全とは何か?
対外的には軍事的脅威にさらされない、国内的には治安が保たれるということに集約されるだろう。後者は前者の担保があってのこと。逆はありえない。国境線の向こうから、いつ鉄砲玉が飛んでくるかわからない場所で、治安がどうこうという話にはならない。それこそ、38度線のように、極度の軍事的緊張によって「安定」はもたらされるかも知れないが、軍人と外交官以外は立ち入り出来ない場所で、安心して商売は出来ない。
要はその場所が、どこの国に属しているか。国防や治安の責任を負う組織と、責任の所在が明らかであり、共にその実力を兼ね備えているか-この最低限のリスクさえ把握できれば、商人はどこへだって出かける。なにせ、あのエルフの住むサハラにも、密かにキャラバン(商隊)を派遣して、交易を行う商人もいるくらいだ。確かに、あの砂漠のど真ん中で、エルフ以上に、信頼できる秩序は存在しない。それなら・・・異端審問の恐怖より、金への執着のほうが勝った、いい例である。
そんな商人がいるおかけで、某エルフの女学者の部屋は、彼らのいう「蛮人」の装飾で満ちているのだ。
閑話休題
ガリアが大国なのは何故か-それは広い国境線と領土を護る強大な常備軍、そして治安を守る責任の所在が明らかだからだ。この裏づけがあってこそ、ガリアの広大な領土と、そこに住む1500万人は、一つの「市場」たりえる。ガリアの貴族領土で、トラブルに巻き込まれても、最終的にはリュテイスに訴えれば、最終的に責任を持って対応してくれるのがわかってるから、商人たちは安心して商いに集中できる。
現在(ブリミル暦6213年)ハルケギニア大陸で、ガリアに匹敵する領土を持つ国は存在しない。統一国家としてはトリステインが続くが、その広さはガリアの10分の1程度。アルビオンにいたっては、トリステインの2分の1程度でしかない。
唯一、ガリアに匹敵する領土と人口を持ちえるのが、東フランク地域-ガリア王家の忌まわしき伝統原因ともなった、双子の兄を祖とする王国の治めていた地域である。統一出来れば、その領土はガリアに匹敵する、人口2000万人の一大国家-市場が誕生する。
東フランク地域の統一-それは幾度も試みられ、国や都市のエゴによって、ことごとく失敗してきた。4210年のロマリア条約によって、名目上存在しつつけていた東フランク王国が、完全に解体されると(擦り切れて紙屑のようになっていたが)数少ない統一の大義名分さえなくなった。
「人のいく 裏に道あり 銭の花」
コロンブスのアメリカ大陸発見しかり、パナマ運河しかり。誰もが夢物語だと決め付け、無理だと諦め、考えることすら放棄した事にこそ、思いもがけない儲け話が転がっているかもしれない。そして、ヴィンドボナの旧総督府-現在のゲルマニア王国王宮の主である老人も、「東フランクの再統一」という夢物語に、莫大な金の臭いをかぎつけていると、ヘンリーは考えていた。
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ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(御前会議は踊る)
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「そもそも、このような議題を検討すること自体に、意味はあるのですかな?」
ゲルマニアに対する外交政策を検討する御前会議の冒頭。いきなり全ての前提を否定する言葉をぶちかましてくれたアルビオン王立空軍参謀長ジョージ・ブリッジス・ロドニー空軍中将の発言に、参加者達はそれぞれの反応を示した。
アルビオン国王ジェームズ1世は、手元の書類から目だけを上げて、鋭い視線を参謀長に向けた。
ジェームズの実弟にして、長らく空位となっていたカンバーランド公爵の称号を相続したヘンリーは、会議の波乱に満ちた幕開けに頭痛を覚えたのか、こめかみを押さえていた。
外務卿のパーマストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプルは、細い顔に不似合いな、その大きな眼をさらに見開いていた。驚いているのではなく、この若い空軍中将の意図するところを探るためである。その形相はまるで出目金だ。
王立空軍司令官のチャールズ・カニンガム空軍大将は、参謀長の暴言はいつもの事だと、平然と鼻毛を抜いていた。船の上では鼻毛の伸びが早いのだ。王族を前にしていい根性である。
そんな空軍大将に眉をひそめているのが、侍従長代理のエセックス男爵と、外務次官のセヴァーン子爵。内務卿のモーニントン伯爵に至っては、参謀長の発言に「ぽかん」と口を開けるばかり。
王国宰相のスタンリー・スラックトン侯爵は、各々の反応を、少しこけた頬まで覆う、見事な顎鬚をしごきながら、面白そうに眺めていた。
そして、そんな部屋の空気を、いっそすがすがしいほど無視するロドニー参謀長。
名門出身でも、閥族の後ろ盾もなく、若干45歳にして、王立空軍の軍事作戦の全てに責任を負う参謀長となった彼には、朝から晩まで、膨大な嫉妬や羨望の感情が向けられている。この程度の反応では、蚊に刺されたほども感じない。人を人とも思わぬ言動で、兵は勿論、下士官や、カニンガム以外の空軍将校の殆ど全てから嫌われているロドニーは、悪感情を差し引いても認めざるを得ない、その明晰で冷徹な頭脳から、会議の議題についての疑問点を列挙していく。
「そもそも、何故ゲルマニアなのです?確かに、ゲルマニア王国が、わが国の準同盟国たるトリステイン王国の仮想敵国なのは間違いありません。ですが、それはあくまでトリステインの話。わが国とゲルマニアの間には、何の外交問題も存在しません」
立て板に水、流れるように、そして無駄なく要点だけを的確に述べるロドニー参謀長。セヴァーン外務次官がかすかに頷きならが、同意見だと表明する。
外交とは(特に問題のない限りにおいては)現状の維持が目的となる。問題が起きなければいい-悪く言えば「ことなかれ」なのが、大方の外交官の心情だ。特に、通商こそが国家の生命線であるアルビオンにとって、大陸諸国-例え相手国どんな小国であっても外交問題を抱えたくないという全方位外交-八方美人外交こそが正しいという見解に至るのは、ごく自然な流れであった。ラグドリアン戦争でも、外務省は、準同盟国トリステインへの軍事行動への支援を渋り、セヴァーン次官が、国王ジェームズ1世直々に叱責されるという事態を引き起こした。
確かに、超大国であるガリア王国に睨まれることは、避けるべき事態ではある。通商的にも、最大の貿易相手国でもあるのだから。だからといって、同盟国の危機に知らんふりをする国は、最終的にはどこからも信頼を受けることは出来ないという、ある意味当然な主張を、パーマストン外務卿や、今はサヴォイア王国からの帰途にあるデヴォンシャー侍従長が声高に主張したため、トリステインへの後方支援活動は決定された。
とはいえ、何もトリステインへ同情したことや、同盟国を見殺しにしたという外聞をはばかったことばかりが理由ではない。アルビオンからの貿易船は、その多くがトリステイン領のラ・ロシェールで補給を行ってから、大陸各国の目的地へと赴く。目的地まで補給無しに航海出来るほど、風石や食料を積載できる船は限られている。港湾使用権をちらつかせながらの補給要請に、アルビオン政府はしぶしぶ認めたというのが実情であった。そんなアルビオンで、わざわざ特定の国を対象にした外交戦略を検討するというのだから、外務省だけではなく、軍とて面白かろうはずがない。確かに、様々な可能性を考え、事前の戦略を検討しておくことは大事だが、むやみやたらに検討する必要はない。
そして、最大の懸念にして、ロドニー参謀長やセヴァーン子爵が抱く、最大の疑問-「何故ゲルマニアなのか」確かにゲルマニアは、準同盟国たるトリステインの仮想的だ。まともな空軍も存在しない中規模国家のゲルマニアなら、敵に回してもたいしたことはない。武力衝突が起きれば、アルビオンは間違いなくトリステインに付くだろう。わざわざ検討するような国ではない
ヘンリーは文字通り「まいったな~」と言わんばかりに、あごを撫でていた。「帝政ゲルマニア」の成立を知らないのであれば、彼らの懸念や疑問はもっともである。帝政ゲルマニアが出来ることを知っているのは、原作展開を知っている自分と、妻のキャサリンしかいない。これが百歩譲って「未来を知っている」のなら・・・それでも電波扱いなのは間違いないが、それなりに説得力のある事を言えるのだが、これはあくまで小説の話。しかも彼は結論しか知らない。どうやって帝政ゲルマニアが成立したのか、まるでわからないのだ。
結論は知っているけど、過程は知らない。カレーの味は知っているが、どうやって香辛料を作るのか知らないのと、同じ理屈だ。「スパイシーで、辛くて、茶色い」これだけでカレーを作れといわれても、魔法でも無理というものである。その無理を承知で、ヘンリーは会議の開催を訴えた。スラックトン宰相は「まぁよろしいでしょう」と後押ししてくれたが、この爺さんの「いいでしょう」は「手伝うけど、責任者はあんただからね」という、究極の丸投げだということを、最近ようやく知った。
完全に任せるということは、最終的には共通して責任を負うのだという、絶対の信頼の裏返しということも。
カレーの味だけでカレーを作れというような話だが、それでもやらなければならなかった。少なくとも原作ではカレーの注文(帝政ゲルマニアの成立)があったのだ。同じ共通認識を持つことは無理でも、いきなり注文されるより、「注文あるよ」と知らせておくことは意味がある。会議を開催したことだけでも、ヘンリーの目論見は、ある程度達成されていた。
さて、どうやって説得するかなと、ヘンリーが考えていると、先にパーマストン外務卿が口を開いた。
「検討すること自体は必要だ。ガリアとの冷戦状態がしばらく続くだろうと仮定した場合、武力衝突が起きる可能性が最も高いのは、かの国だ。その国について検討することは、意味はあると思うが?」
先代国王の時代から19年の長きにわたり、アルビオン外交を主導してきた子爵の発言に、納得はしていないが、ロドニーやセヴァーンも耳を傾ける。亀の甲と年の功の両方を、そして実績を積み重ねてきた老外交官だからこその芸当だ。
その老人にしても、ヘンリーの考えに全面的に納得しているわけではない。特にゲルマニアだけを主眼におく事には反対であった。パーマストンにとって、ゲルマニアは旧東フランク地域に出来た、新興の一国家でしかない。この国だけを重視することは、かえって外交戦略全体にゆがみをもたらすという、国家間の勢力バランスを重視しながら、アルビオンの国益を追求するという、きわめて彼らしい考え方からである。
あぁ、せめて、スパイスの種類ぐらいわかってればなぁ・・・と、ないものねだりをしても仕方がない。とりあえず、現状でわかっている事から、検討できることを列挙し、可能性のあることを述べていくしかない。
ヘンリーは会議の前に、あらかじめシェルバーン財務卿に、その可能性の一つを話しておいた。やらせというわけではないが、自分だけが目立つことは好ましくない。もしこの会議の内容が漏れて、王族である「自分だけ」がゲルマニアを警戒しているということがわかれば、両国関係に無用な緊張をもたらしかねない。その点、閣僚とはいえ、シェルバーンはアルビオンの一貴族に過ぎない。替えだってきく。
ずるい?作戦といって欲しいですな。作戦と
どうせまたろくでもないことを考えているんだろうと思いながら、シェルバーンは綺麗にそった頭を光らせて、発言の許可を求める(余談だが、彼のあだ名は「逆さホタル」である。無論、名づけ親はヘンリーだ)
「まず、ゲルマニア王国に関する動きですが-つい先月『ヴィンドボナ通商関税同盟』が締結。参加国は、主導したゲルマニアを始め、ダルリアダ大公国、トリエント公国、バイエルン王国、そしてヴュルテンベルク王国の5カ国が参加しました」
「・・・旧東フランク地域南西諸国か」
机に広げられた、縦横7メイルにもなるハルゲギニアの大地図を見下ろしながら、カニンガム大将がつぶやいた。
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(ブリミル暦6213年の旧東フランク地域)
ボンメルン大公国
北
部
都
市 ザクセン王国
同
盟
ハノーヴァー王国
トリステイン王国 ベーメン王国
ゲルマニア王国
ヴュルテンベルク王国 バイエルン王国
ダルリアダ大公国
トリエント公国
ガ リ ア
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クルデンホルフ大公国は未だ国として確立していないが、トリステインに属する大公として、大公国時代と同じ領土を、ガリアとの国境に有しており、先のラクドリアン戦争でも最前線で奮戦した。ヴェルサイテイル宮殿を護衛する傭兵で有名なベルゲン大公国は、ガリアとヴェルデンベルク王国の国境に存在するが、外交権はガリアに属するため、ここには書かれていない。同じように、外交権を保有していない公国や侯国も未記載だ。
領土の規模で言えば、ゲルマニア・ザクセン・ボンメルン・ベーメンの4カ国が、トリステイン領の約2倍、バイエルン・ハノーヴァー・北部都市同盟が、トリステインと同じ規模の、ヴェルデンブルグ王国がトリステインの4分の1で続き、ダルリアダ大公国・トリエント公国がクルデンホルフ大公家領と同じ規模の領土を領有している。
ヘンリーは何十年前に見た、ウ○キペディアのハルケギニアの地図を思い出して比べてみる。ガリアがいかに桁違いか、帝政ゲルマニアの領土が、どれほど広大だったかがわかる。
ってか、よくこれでトリステイン滅ぼされなかったよなぁ・・・ジョセフがその気になれば「プチ」でやられちゃうよ、「プチ」で。帝政ゲルマニアとなら、塵のように吹き飛ばされるって。よくゲルマニアを「成り上がり」って馬鹿に出来たよな。俺なら怖くて出来ねえよ。無謀と勇気を履き違えてるよな・・・いつまで大国気分なんだか、まったく・・・
ヘンリーの思考がいつものように脱線する中でも、会議は続く。
「私は経済には疎いのだが・・・その、関税同盟とは何だね?」
エセックス男爵の疑問は、大方の参加者の共通した疑問であったようで、カニンガム大将などは「よく聞いてくれた」という感謝の視線を送っている。聞きたいことやわからないことを素直に聞けるのが、スラックトンの長所である。塩爺曰く、「戦場では、知ったかぶりは死を招く」という、現場の人間らしい台詞だ。こういう人間がいる限り、アルビオンは大丈夫だ。
シェルバーンは、さてどう説明したものかと頭を撫でながら、言葉を選びながら言う。
「そうですなぁ・・・まず、関税は、その国が、物の輸入にかける税金です。この関税同盟が締結された国と国の間では、その関税を一定の割合で下げる、もしくは完全に0にするということです」
財務卿は出来るだけ、噛み砕いて説明したつもりだったが、参加者の頭上には「?」が飛び交っていた。
シェルバーンがそれを見て笑うことはない。自分も経済概念を理解するために、何年も実地で学び、本を読み漁ったのだ。今それを聞いて、すぐに理解できるほうがおかしい。もっとも、ヘンリー王子は、言われるでもなく理解しておられたようだが。いつもの事だが、この王弟には、感心するやら、悲しくなるやら、呆れるやら・・・
こちらもいろいろと思いを巡らせながら、シェルバーンは説明を続ける。
関税は、文字通り「関」でかかる税金。国境の港や関所で、国内へ持ち込まれる物資に応じて徴収される。元々は、間接税の一つでしかなかったが、ディドロ商会代表にして、ハノーヴァー王国財政顧問だったジャン・ディドロ(6070-6120)が「保護貿易関税」を訴えたことで、一躍その税としての価値が高まった。
ディドロは関税に「国内産業の保護育成のために、海外製品に税をかけて、国内での競争を有利にする」という、新しい政策的意味合いを見出した。それは、まず将来性が見込める未成熟な産業の育成と保護に重点をおき、関税機能を強化。貿易を統制することによって、金銀貨幣の流出を防ぐことで、物価の安定をはかり、経済成長と産業育成を両立させようというものであった。
ディドロ自身は、これが自由貿易を求める他の商会や、ハノーヴァー王国に影響力を持っていた北部都市同盟の反感をかって、追放される憂き目を見た。その後、彼の考えに共感したガリア国王シャルル11世に招かれ、王国経済財政顧問に就任。経済構造改革の理論的支柱として、ガリアの中央集権化政策に尽くした。後世、彼のガリア行きは、歴史家に「ハノヴァーの最大の失策」と言わしめることになるが、この時点では、ディドロに高い評価を与えている者は、数えるほどしか存在しない。ヘンリーやシェルバーンは、その数少ない評価する側に入る。
話を戻すと-彼の登場によって、間接税の一つであった関税は、国内産業政策の一環として確立した。各国は競って関税を上げたが、それはガリアのような計画的な産業育成というものではなく、莫大な上納金と引き換えに、商会やギルドの言うがままに上げただけであった。即位当初のトリステイン国王フィリップ3世も、戦費をまかなうために、同じように関税を上げて、かえって国内産業の衰退と、物価の高騰を招いた。
「長々と解説はいらん。要はどういうことだ」
苛立たしげに、カニンガムが頭を掻き毟る。根っからの空の男は、遠まわしな言い方が苦手なのだ。ロドニー参謀長が宥める様に、紅茶のカップを勧めるのを、ひったくるようにとって飲み干す。さすがにこの若い空軍中将は、シェルバーンの言いたい事を、何となく察しているようだ。明確に「何か」とまではわかっていないようだが
「関税同盟は、これを一歩進めたものです」
旧東フランク各国は、共に国内市場(領土と国民)が限られており、その中での産業育成には限界があった。ガリアの様な広大な領土と、ずば抜けた人口がなければ、産業育成など出来るものではない。
そこでゲルマニア王国財務大臣のフリードリッヒ・フォン・リスト伯爵が提唱したのか関税同盟だ。
リスト伯曰く「市場がなければ作ればいい」-確かに、国境という障壁さえ取り払えば、ガリアを越える市場が誕生する。だが、経済の主導権をゲルマニアに握られることを嫌った北部諸国や、北部都市同盟は不参加を決め込んだ。それでも、国境を接する4カ国が呼びかけに賛同し、関税を引き下げること、一部の完全撤廃で合意した(合意形成までに、参加5カ国の代表団は、ヴィンドボナの旧総督府宮で、3ヶ月にわたって言葉の戦争を繰り返した)。
限定的とはいえ、関税が引き下げられたことは大きい。どんな小さな変化でも見逃さないのが商人。どのような商機を見出すのかは様々だが、ヴィンドボナを中心にして生まれた新たな市場に、少なからぬ資金が流れ込むのだろう。
「なんです?それでは、ゲルマニアは金儲けに忙しくて、トリステインなどかまっている暇はないということですか?」
内務卿のモーニントン伯爵が、拍子抜けしたように、間の抜けた高い声を出す。わざわざ御前会議まで開くからには、もっと差し迫った危機があるのかと思ったら、この結果だ。エセックス男爵にいたっては、不機嫌そうな表情を隠そうとしていない。
「短期的に言えばそうなるのでしょうかね」
肩をすくめながらシェルバーンが言うと、視線が自然と一人に集まる。スラックトン宰相が発議したことになってはいるが、この場にいる誰もが、彼が音頭を取って、会議の開催を求めていたことを知っており、どのような意見を持っているのか、興味があった。
その人物は、視線にも気づかず、腕組みをして地図を見下ろしている。
「カンバーランド公」
セヴァーン子爵が、せっつくように声をかけるが、ヘンリーは返事を返さない。
「?」
「・・・ヘンリー、お前のことだ」
機嫌を損ねたかと、戸惑う外務次官に、国王が考えにふける弟のわき腹を小突くことで、助け舟を出した。
「あ、そうでした。私がカンバーランド公でした」
「しっかりせんか」
カンバーランド公爵家は、2000年ほど前のアルビオン国王チャールズ2世の庶子を祖とする公爵家。領地経営に失敗して早くに没落、長く宮廷貴族として活躍してきたが、300年ほど前に当主が亡くなった後は、領地もない爵位を継ぐ者は無かった。
ジェームズとしては、弟にヨーク大公家を継がせたかったが、リチャードという成人した跡継ぎがいるのに、無理強いは出来ない。ヘンリー自身が無頓着とはいえ、自分を補佐する弟が、いつまでも「王弟」という肩書きだけでは、少し頼りないのも確かだ。国内ならともかく、対外的に、アルビオンの王弟が、ただの「ヘンリー王子」というのは、いくらなんでも見栄えが悪い。ジェームズから諮問を受けたスラックトン宰相は、頭を抱えるデヴォンシャー侍従長を差し置いて、カンバーランド公爵の称号を提案した。こうした「実」はないが、決して馬鹿に出来ない、名目上の政治問題の場合、軍人のデヴォンシャーは、「1000年に一人の宮廷政治家」と呼ばれるスラックトンの敵ではない。
ヘンリー自身は、名を飾り付けることに興味は無いが、肩書きの重要性は理解している。だからと言って、急に「今日からお前は公爵」と言われても・・・この辺が、前世で一市民だったところの人間の悲しいところで。「カンバーランド公爵」と呼ばれても、いまいちピンと来ないのだ。この点、最初から、この世界の王族として育てられ、いきなり4つもの称号を与えられて、すぐに順応してみせた、現モード大公の実弟ウィリアムとの意識の差を思い知らされる。
閑話休題
いつもの事だが、王弟の間の抜けた対応に、会議の場にぬるんだ空気が流れる。わざとらしく咳き込むが、しらじらしいという視線が返されるだけ。
「うん、その、何だったかな・・・そうそう。ゲルマニアだけどね」
ヘンリーは樫の木で作った指棒を手に取り、ヴィンドボナ通商関税同盟の結ばれていた地域をぐるりと囲む。
「この関税同盟によって、旧東フランク地域南部に、トリステインを凌駕する巨大市場が生まれました。いずれこの地域は、経済的利害関係が生まれ、強固に結びつくでしょう。単に商売上にとどまれば、結構なことです。わが国にも経済的なチャンスが生まれるからね」
参加者達がそれぞれの反応で静かに肯定の意を表す。それを見てヘンリーは続ける。
「しかし問題は、それだけにとどまらない場合だ。この通所関税同盟締結において、各国の調停機関がヴィンドボナに設置された事からもわかるように、これはゲルマニアの主導色が強い」
樫の棒で北部地域を指す。
「それを嫌がった北部都市同盟や、その影響化にあるハノーヴァー王国、独立独歩の傾向が強いザクセン王国は拒否しました。彼らの懸念は、ある意味正しい」
参謀長や外務卿が、何かに気づいたように顔を上げるが、両者の反応は対照的であった。ロドニーは困惑の表情を、パーマストンは感心したように頷いていた。
「旧東フランク地域に何かあれば、これら関税同盟の参加国は、ゲルマニアに付かざるを得なくなる。そして、それは時間が経過するにつれ、経済的利害関係が深まるにつれ、ますますその傾向を深める」
日頃冷静な彼には珍しく、取り乱したようにロドニー参謀長が口を開く。
「考えすぎではないですか?いくらなんでも、そのような事が・・・」
「ないとは言い切れるか?確かに前例のないことだ。だが、可能性は検討しておくべきだと思う。少なくとも、この南部地域で、ゲルマニアの主導権が強まることは確実なのだから」
遠まわしな言葉の応酬にたまりかねたカニンガム大将が叫んだ。
「いったい、何の話です?殿下は、ゲルマニアが、何を考えているというのです?!」
再び注目が集まり、ヘンリーは唾を飲んだ。喉がからからだが、紅茶を飲む気がしない。
「・・・旧東フランク地域の、再統一。これを長期的にもくろんでいると考えている」
参加者達が、冒頭のように、それぞれの反応をし、スラックトン宰相は楽しそうに眺めていた。
時に、ブリミル暦6213年。原作開始まで、あと30年
「結婚したーい!!」
「って、こらミリー!珍しく俺がカッコよかったのに、余韻壊すな!」
「だってしたいんですもん!それに最近私の出番ないし!ここで主張せずに、いつ主張できるっていうんですか!このままじゃ私、読者にも婚期にも忘れられちゃいます!だって私、今年で・・・きゃー!乙女の年齢聞かないでくださいよ!」
「いや、聞いてないし・・・ってか、お前、キャラ変わってない?」