「棺桶のふたが閉まる時、始めてその人物の評価が定まる」スタンリー・スラックトン侯爵はその典型であろう。老宰相の葬列には、貴族・平民、老若男女問わず、多くの人が並んで途切れることがなかった。国葬だったからではない。この老人だったからだ。
30にして妻が亡くなった後は、妾を置くこともなく独身を貫いた。宮廷貴族でありながら、職を利用した蓄財をすることもなく、宰相になっても側近集団や派閥を作ることも権勢を振るうこともなく、それまで通り変わることなく働いた。遺言書には「家は継がせないように」とだけあり、4千年以上続く侯爵家の歴史に、自ら幕を下ろした。これも一つの、貴族の終わり方に違いない。
「去り際まで、出来すぎだよな」
教えてもらうことはまだまだあった。早過ぎる、そして見事な散り様だった。
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ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(漫遊記顛末録)
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「・・・惜しい人でしたな」
「あぁ」
デヴォンシャー侍従長の使節団が帰国したのは、ちょうど宰相が亡くなった日。帰国報告をしたその足で国葬の準備に走り回った。そのため、ヘンリーが、デヴォンシャーやパリーから直接帰国報告を受けるのは、これが初めてとなる。話題は自然と故人に関するものとなった。葬儀で慌しい時は思い出さなかったが、一週間もすると、亡くなった人の存在が大きければ大きいほど、その喪失を思い知らされ、次々と思い出がよみがえって来る。
「妙に愛嬌のある人でしたね」
「いやいや、殿下はご存じないでしょうが、あの爺は若いときはそれはもう嫌な嫌なやつでしたぞ!あの「宮中弁」も、そりゃあ、話は長いし、粘着質で・・・」
故人について話す事が、最大の供養というのは、異世界でも変わらないようだ。
話題が尽きると訪れる、静かな沈黙も
*
「さて、早速だが『越後の縮緬問屋の隠居一行、お忍びゲルマニア漫遊記』について、聞かせてもらえるかね」
ヘンリーは前世で、小・中・高・大・社会人と、「あいつにだけは、命名を任せるな」と言われ続けた実績(?)の持ち主だ。何故だろう。こんなにナウくてイカすタイトルなのに・・・
「それがダサいと思うのですが」
うるさいぞエセックス。
「大体、その『マンユーキー』というのは何なのですか?」
デヴォンシャーよ、聞けば必ず答えが返ってくると思うのは、大間違いだ。
「いや、そういうことではなく・・・」
「伯爵、聞いても無駄だと思います」
パリー、お前ね・・・まぁいい。
侍従長デヴォンシャー伯爵率いるサヴォイア王国への使節団は、アルビオンのメアリー王女と、サヴォイア王国のウンベルト皇太子との結婚延期を交渉するために、サヴォイア王国の首都ジェノヴァに赴いた。ラグドリアン戦争からまだ半年。ガリアとトリステインとの緊張状態が続く中で、ガリア南部と国境を接するサヴォイア王国と、トリステインの同盟国たるアルビオンとの婚姻締結は、その気が無くとも、波紋を呼ぶことは明らか。昨年初頭に先代国王エドワード12世がなくなったこともあり、メアリーには悪いが、どちらにしろ、延期せざるを得なかったのだ。
メアリーから、無言の重圧を受けながら、軍艦「キング・ジョージ7世」に乗って出国した使節団には、もう一つの目的があった。
船舶の航行をガリア・トリステインが規制していることを口実に、ジェノヴァからラ・ロシェールまでの帰途として、堂々とゲルマニア領内を通り、国情を視察させる-使節団には、スラックトンやデヴォンシャーの推薦した、軍人や若手官僚を多数同行させた。アルビオンの次代を担う彼らに、旧東フランクの一王国ではなく、将来の仮想敵国(になるかもしれない)ゲルマニアを、体感として実体験させるためである。
報告する際、パリーには、その中でも特に見込みのありそうな軍人を連れて来るように言っておいたのだが、彼は近衛魔法騎士隊の、体格が良く、やたらに眼光の鋭い若手士官を一人だけ連れてきた。特段、一人だけだといったわけではないが、それでもパリーやデヴォンシャーの眼鏡に適った人物が、ただの木偶の坊なわけがない。
そして、その予想は当たった。
「アルビオン近衛魔法騎士隊第1師団第2連隊長のホーキンス子爵です。例の、ガリアによるトリステイン侵攻作戦を事前に予想していたのが彼です」
「ルイス・アレクサンダー・ホーキンスであります!」
緊張した面持ちで、見事な敬礼を返すホーキンス・・・ん?ほーきんす?どっかで聞いたことあるような・・・当たり障りのない質問で、場を繋ぎ、その間に、思い出そうとするヘンリー。はて、どこで聞いたのだったかな・・・
「ホーキンス子爵、君の階級は?」
「陸軍中尉であります!」
「6205年に士官学校をトップクラスの成績で卒業。参謀本部作戦課を経て、外務省に出向。駐在武官としてロマリア諸国を転任。3年前に近衛隊の士官候補として引き抜きました」
ヘンリーは、カチコチのホーキンスも、パリーの説明も全く聞いていなかった。
ホーキンス?ホーキンス、ホーキンス、ホーキンス・・・
・・・・って・・・ホーキンスって、あのホーキンスか?!
「あのホーキンスといわれましても、ホーキンスは一人しかおりませんが・・・」
困惑するパリーやデヴォンシャーの反応は、普通の対応だが、当のヘンリーは原作キャラと出合った興奮で、まったく気付いていなかった。
ホーキンスって言えば、アルビオンのレコン・キスタ側の将軍で、サイトが一人で突っ込んだ7万の軍を率いてた奴じゃん!あ~なるほど。トリステインやゲルマニアの将軍よりも、よっぽど将軍らしかった、あいつね。どおりで眼力が半端じゃないわけだ。そうか、あと30年あるから、今はまだ20代の後半ぐらいなのか。こんな男が敵に回ったら、そりゃ王党派駄目になるよね。なんであんなクソ坊主に味方したんだろう・・・やっぱり、アルビオンの内乱って、単に王党派対貴族派じゃ、説明付かないよな。
それにしても、こんなところで原作キャラに会えるとは。類は友を呼ぶ・・・とは少し違うが、原作キャラ(パリー)は、原作キャラを引っ張ってくるものなのかね。しかし、こいつがあの・・・う~ん、何だか感慨深いなぁ・・・
ヘンリーがそんな事で感慨に耽っているとは、知るはずがないホーキンスは(私ごときの名前を、ヘンリー殿下がご存知とは!)と、感動に身を震わせていた。知らず知らずのうちに、レコン・キスタの将軍を、心情的に王党派寄りに引き込んでいたのだが・・・ヘンリーもそれを知るはずがない。
美しきかな「勘違い」。そして、指摘するものがいない限り、勘違いは「真実」となる。
「じゃ、報告をお願いするよ」
「はっ!」
大いなる勘違いを続けながら、ホーキンスは張り切って報告を開始する。
「ゲルマニアの軍事力と、それを支える工業力は大した物です。その気になれば、数年で、2・3個艦隊程度は配備することが可能になるでしょう」
ある程度は予想していたが、実際に視察してきた者の口から語られると、やはり衝撃が大きい。ヘンリーは静かに、その報告を聞いた。
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現在のゲルマニア王国の中心地域であるザルツブルグ地域は、古くから製鉄業が盛んなことで知られる。領内にはこれといった目立つ鉱山は存在しなかったが、南の火竜山脈からは、少数の火石のほかに、鉄鉱石に銅や石炭など、多くの鉱物資源が産出した。ザルツブルグは森林地帯が多く、製鉄に欠かせない燃料としての薪材や木炭が豊富に取れることから、これらの鉱物は、ハルケギニアを南北に貫くライン河によって、川沿いの村々に運ばれ、鉄に精製された。
そうした村々の中から、ダルムシュタットやマインツといった、製鉄を生業とする人々の都市が誕生した。この地域に集まった職人達は、初期の-莫大な鉄鉱石や砂鉄、木炭に、燃料として使う薪材の割には、僅かしか精製できないタタラ製鉄から、長年の試行錯誤と数え切れない失敗-そして、声高にはいえないが、聖地回復軍の引き上げ兵が持ち帰ったエルフの技術を研究しながら、何百年もかけて技術革新を行い、地球で言えば産業革命前の製鉄レベルまで引き上げた。
当然、この地域を支配する東フランク王国は、製鉄法を門外不出としたが、王国崩壊(2998年)と同時に、その技術は、職人と共に、ハルケギニア各国に流出した。そのため、それまではハルケギニアで貴重品だった鉄が、農具に使われるまでに、一般に普及することになった。ところが、そこでハルケギニアの製鉄の技術革新は停滞した。技術者の流出により、ザルツブルグ地域の独占体制は崩れ、各国に流れた技術者達は、それぞれ「ギルド」を作って、作り上げた既得権の維持という守りの体制に入った。聖地回復運動が行われなくなると、エルフの技術も流れてこなくなり、技術の革新は、それまでとは比べ物にならない緩やかなものとなった。
ザルツブルグ地域が、他国に比べて優位性を保てたのは、この地域に流れてきた旧東フランク貴族-ホーエンツオレルン家と、それに従ったゲルマン人貴族達のお陰である。
ホーエンツオレルン家は、銀行家時代から、ザルツブルグ地域の植林に取り組んだ。薪材や木炭のため、伐採されて禿山や荒野となりつつあったザルツブルグは、1000年をかけて、元の豊かな森林地帯に戻った。この、呆れるほどの長期的視野に立った森林再生は、結果的に「持続的開発」を可能にした。一時期、イベリア半島のグラナダ王国は、ザルツブルグを越える製鉄量を誇ったが、全土が禿山と化したのと同時に、その繁栄が幻のように消え去ったことからも、ホーエンツオレルン家の正しさが証明され、発言力を増すきっかけとなった。
そして魔法にそれほどの神聖性を感じていないゲルマン人貴族達は、得意の火系統の魔法技術を惜しげもなく使い、製鉄の技術革新に貢献した。ザルツブルグの製鉄業者が、いち早く木炭から石炭に転換したのも、大規模な反射炉を導入したのも、銅の精錬に手を出したのも、全て彼らのアドバイスがあってのことだ。こうして、製鉄業での優位性を保ち続けたザルツブルグ地域は、総督を経て国王となったホーエンツオレルン家の庇護のもと、肝心要な技術は、厚い「企業秘密」というベールに覆い隠し、ますます精力的に活動を続けている。
おまけに、ライン川上流のヴュルテンベルク王国、ダルリアダ大公国、トリエント公国の3ヶ国とは関税同盟を締結済みと来ている。ダルリアダとトリエントは、それぞれ国内に豊富な鉱物資源を抱えており、ゲルマニアと利害が共通する。間のヴュルテンベルク王国を巻き込むことによって、鉱山と製鉄所を一直線に結び、完全に後顧の憂いを断った。
(本当に嫌なやっちゃなー)
ゲルマニア王国の、長期的視野に立つ、堅実で隙の無い-それゆえにムカつく行動は、伝統に基づく嫌らしさだったのか。あー、腹が立つ。完璧な人間は嫌われるって、わかってんのか。味方なら、これほど頼もしい者はいないが、敵に回せば、こんなに嫌なやつはない。
内心ため息をついていると、亡くなったスラックトンの言葉が頭をよぎる。
『2羽のウサギを追う者は、結局1羽も捕まえることが出来ないのです』
・・・俺にとっての「1羽」って何だろうな。
東フランクなんか知ったこっちゃないって、開き直りが出来ればいいんだが、俺はそこまで薄情でも無責任でもない。第一、あの地域がまとまれたら、安全保障上、すっげーめんどくさいからなぁ・・・だからって、ゲルマニアの邪魔をすることは、火遊びではすまない。それこそ命がけで、国運を賭けての「邪魔」をしなければ、止められるものではない。中途半端に邪魔をして、仮に失敗した場合、帝政ゲルマニアの報復を考えると・・・考えたくも無い。
やるならやる、やらんならやらん。どっちにしろ、俺が腹をくくらないとな。俺がふらふらしてたら、アルビオンの国論ですら統一出来ない。
(それにしても、兄貴はすげえよな)
兄-国王ジェームズ1世は、王弟という、ある意味無責任な立場のヘンリーとは違い、その行動の全てが、アルビオンという国の命運に繋がる。あの必要以上の厳粛な態度は、国の反映も没落も、全ては自分の決断にかかっているという覚悟があってこそ。「自分こそがアルビオン」-傲慢ではない。それが事実なのだ。もし自分がその立場になったとして、ジェームズと同じように行動出来るとは思えない。皇太子時代から、その重責と向き合い続けてきた兄-権力の孤独に耐える気分とは、一体どんなものなのか?
(まさか兄貴に聞くわけにもいかんしな)と脱線した思考でヘンリーが唇をゆがめると、ホーキンスが困ったような顔をしていた。
「悪い、続けてくれ」
「はっ・・・先ほど述べましたように、ゲルマニアは豊富な森林地帯を抱えております」
アルビオンが大陸1とも呼ばれる空軍を保有できるのは、船に頼らざるを得ない国土で古くから船の建造技術と航海技術が発達した事と、風石技術の民間利用をいち早く認めたこともあるが、大火を教訓とした都市部での建造物への木材使用禁止により、豊富な森林資源を抱えているため。
ザルツブルグでは石炭の利用により、薪材や木炭のために森林を伐採する必要性が減っており、その分を船の建材にまわせば、1個艦隊ぐらいはすぐに出来る。劣る操船技術は、鉄砲や大砲で補えばいい。長所で弱点を補うことは十二分に可能だ。使節団に同行した空軍士官はその事実に一様に顔が青ざめたという。艦隊決戦では万に一つも負けることは無いだろうが、それでも無視の出来ない規模の艦隊が、いつでもハルケギニアの空に浮かぶとあっては、安心は出来ない。
仮にゲルマニアがアルビオンと戦争状態に入った場合、地上を拠点に、片っ端から商船を襲えばいい。艦隊決戦だけが空の戦いではない。ゲリラ戦も立派な戦争だ。歴史上、アルビオンは、それを嫌というほど味わっている。それゆえ、通商航路の防衛に関しては、過敏といっていいほどの警戒を強いている。空賊が出たと聞けば、それが駆逐艦1隻程度であっても、一艦隊を派遣するほどの念の入れよう。「アルビオンを怯えさせるには、空賊が出たと騒げばいい」という戯言があるくらいだ。
ホーキンスの話を聞く限り、若手将校たちはゲルマニアへの印象を改めている。ゲルマニアの現状を実体験させるという思惑は成功しているようだと、ヘンリーはほくそえんだ。
そんな些細な喜びを、真っ向から否定する報告が、目の前のホーキンスから行われようとは、神ならぬヘンリーが知るはずもなかった。
「他に気になることはあったかね」
「はっ・・・」
この発問は予想していなかったのか、考え込むホーキンス。突発事態には弱いのかと思ったが、それは間違いのようで、数秒の沈黙は、考えをまとめるためのものであったようだ。
「・・・新教徒が多いような印象を受けました」
「ほう、新教徒が」
新教徒-ロマリア教皇をトップとするロマリア宗教庁と、ブリミル教団のあり方に疑問を持ち、始祖ブリミル本来の教えに戻るべきだと主張する一派。彼らにとって「旧東フランク」という地域は、国境警備が甘く、歴史的に新教徒に甘いということもあって、いざという時に逃げ込める場所がいくらでもあるという、数少ない安住の地である。
「別にそれはゲルマニアに限った話ではあるまい」
「はい、確かに・・・個人的な話になって申し訳ないのですが、ヴィンドボナ郊外のヴォルムスで、新教徒シンパと噂されるクロムウェル大司教にお会いしたもので。噂どおり、実践教義にも理解のあるお方でした」
「ほう、大司教がねぇ・・・」
まぁ、心あるものなら、誰だって、今の教会のあり方には疑問を持つだろうからなぁ・・・
・・・
・・・あれ?
何か、聞き捨てならん単語が聞こえたような・・・
『クロムウェル大司教』
おーけー、落ち着こう
リピート・アフター・ミー
『クロムウェル大司教』
(ポーン♪)
内乱フラグが立ちました
「き、きたぁぁあああああああああああ!!!!」
「へ、ヘンリー殿下?!」
「ほっとけホーキンス、いつもの事だ」