「ねぇ、カリーヌ」
「何?私、こう見えて忙しいんだけど」
女官長の不満はいつもの如く無視して、マリアンヌは尋ねる。
「あの人、私を見ていたわよね」
「えぇ、見ていたわね」
「見ていた」「あの人」とは、先ほどまで夕食を共にしていた、アルビオン王弟ヘンリー王子夫人のキャサリン公女のこと。職業柄(?)マリアンヌは、見られることには慣れている。キャサリン公女のものは・・・そう、貴族達が、自分に向ける視線に似ていた。
しかし、何かが決定的に違う。
それが何かがわからない。貴族達が自分を観察するのは、結局は彼らの利益や出世に結びつけるため。当たり前だが、キャサリン公女は、そんな事をする必要はない。ならば、彼女の個人的興味ということになる。公女とは、初対面のはず。近い縁戚関係というわけでもなく、ましてや国も違う公女が、何故自分に興味を持つのか?あの視線に「敵意」が含まれていたかどうか、魔法衛士隊で一隊を率いる友人の意見を聞いてみたくなったのだ。マリアンヌですら気が付いた視線に「烈風のカリン」が、何も感じなかったわけがない。
紐で縛っていたピンクブロンドの髪を解きながら、カリーヌがひやかすように答える。髪を解く仕草が妙に色っぽい。
「何か恨まれる様なことをしたんじゃないの?王女様ともなれば、色んな所で妬み嫉みの種を撒き散らしてるでしょうから・・・特に貴女だと」
「何よそれ」
こちらは真剣に相談しているのにと、頬を膨らませるマリアンヌ。とても21の女性の態度とは思えないが・・・これはこれでいいものだ。冗談よとひらひらと手を振りながら、カリーヌは言う。
「ともかく、気にしてもしょうがないんじゃない?『なんでこっちを見てたんですか』なんて、本人に聞くわけにもいかないし。気に悩むだけ無駄よ、無駄」
「そうかしら・・・」
「そうよ。ただでさえ貴女は、色々と一人で抱え込んじゃうタイプなんだから。余り抱え込みすぎると潰れちゃうからね。いらない荷物は横に置いておこうよ」
荷物を横に置くジェスチャーをするカリーヌ。口調こそおどけたものだが、目は真剣そのもの。女官長でもマンティコア隊隊長でもなく、一人の友人として心配してくれる彼女に、マリアンヌは「ありがとう」と、一言だけ返した。
(だけど、気になるのよね)
「あの人」の、---な目が
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ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(宴の後に)
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こちらも用意された部屋に帰ったヘンリーは、入るや否や、勢いよくベットに飛び乗った。
「あ~終わった、終わった!」
「今日の予定が、でしょ」
「水を差すような事をいってくれるなキャサリンよ。人間は今日一日を精一杯生きれればいいんだよ」
「いい事いうなぁ」と、自分の言葉にうんうんとうなずくヘンリー。仰向けに寝転がりながら「うい~」と呟き、腹をさするその姿は、オッサンそのものである。ステテコと腹巻が似合いそうだ。(何で私、これを選んだんだろう)と、割と真剣に悩み始めたキャサリンに向かって、オヤジと化したヘンリーが、ようやく今日の予定を消化し終えたという解放感から、のん気な事を口にする。
「それにしても、マリアンヌ王女は」
キャサリンの眉がかすかに動く
「可愛かっ(ブオンッ!!)・・・って、うおわぁ!!」
忍者のような身のこなしで飛びのいたヘンリー。それまで彼がが寝そべっていた場所には、石製の灰皿が転がっていた。有に5キロはあるそれを、片手で投げつけたキャサリンの腕力に震えながら、ヘンリーは食い掛かった。
「な、何をするんだ、お前は!」
「あら御免なさい。手が滑って」
ほほほと笑うキャサリンだが、目が当然の如く笑っていない。さすがのニブチン大魔王のヘンリーも、これはヤバイと気が付いた。以前・・・というか、前世の学生時代、こいつがこの目をしたときは、4人のチンピラが宙を舞った。
「い、いやね!無論、君のほうが可愛いよ?!」
泡を食って、水の精霊の交渉役である某伯爵もびっくりな、ご機嫌取りを始めるヘンリー。彼の辞書の「威厳」という文字は、黒の油性マーカーでぐりぐりと、ご丁寧にページの裏面まで塗りつぶされていた。
「でも、ほら!・・・何ていうの?可愛さの種類が違う?・・・そう、そう!違うんだ!君は彫刻の様な美しさで、マリアンヌ王女は野に咲く・・・」
自分の亭主を、冷たい目で見下ろしていたキャサリンだが、しばらくすると、諦めたように息を吐いた。
(何で私が怒っているかなんて、わかっていないんでしょうね)
そうでなければ、自分のご機嫌取りの最中に、王女の名前を出すわけがない。おまけに自分と彼女を同列にして褒め称えるなんてことを・・・いつもの事とはいえ、彼の鈍感さには、怒りを通り越して呆れるしかない。
・・・まぁ、敏感すぎても困るんだけどね。そうなると私が逆に恥ずかしいし・・・
そして、彼女の目の前に正座しているニブチン大魔神は、案の定というべきか、ため息に続く沈黙を、自分に都合のいいように解釈した。
「わ、わかってくれたか!」
とりあえず殴ってやった。
***
「煙草はいいねぇ。リリンの生み出した・・・なんだっけ」
「煙草じゃなくて音楽」
キャサリンのツッコミにも堪えた様子も見せず、ヘンリーは、まぶたを青く腫らしながら、煙草をふかしていた。
前世では1日に3箱吸うヘビースモーカーだった彼は、この世界で煙草を見つけたときに、思わずほお擦りしたものだ。だが、自販機もタ○ポもないこの世界では、煙草は貴重品である。ブリミル教が禁煙を推奨していることもあり、表立って栽培する農家も少ない。そのため、王族といえども、何十本もバカスカと吸える代物ではない。(次は煙草の専売所をつくらせるか)と胸算用をはじいていると、耳の痛い言葉が投げかけられる。ヘンリーの趣味丸出しの行動を止める事が出来るのは、アルビオン広しといえども、今やこの人しかいない。
「血税を趣味に流用しちゃ駄目よ」
「そ、そん、なことするわけナイジャナイデスカー」
語尾がおかしいが、気にしてはいけない。気にしたら負けなのだ。あははと乾いた笑いを続ける夫とは対照的に、じっと何かを考えるように頬杖を付いていたキャサリンが、口を開いた。
「・・・マリアンヌ王女の横に座っていた女官長って」
「あぁ、間違いなく『烈風のカリン』だな。あんなド派手な髪色は、そうはない」
ヘンリーは、自信を持って言い切った。
日本のアニメは、髪の色がカラフルになる傾向があるらしい。「ゼロの使い魔」の世界に放り込まれたヘンリーが、密かに興味を持っていたのが、原作キャラクターのど派手な髪の色である。ガリア王族の蒼髪、キュルケを初めとしたゲルマニア人の赤髪、フーケの緑髪、そしてルイズのピンクブロンド。アニメだと違和感がないが、実際にはどんな色なのか?多少色が薄まっているのか、それとも、目にも鮮やかな原色なのか・・・
「・・・ピンクだったな」
「・・・えぇ。ピンク以外の何物でもないわね」
一言で言うと「ザ・ピンク」。どこかのきゃばくらの名前のようだ。大体、ブロンドって「金髪」ていう意味だろ?ピンクブロンドって、そんな生易しいものじゃねえぞ「アレ」は。気になっていたことがひとつ解決して、すっきりとした表情で、ヘンリー達は満足げにうなずいている。
やはり似たもの夫婦である。
「そういえば、貴方はガリア王と会った事があるんでしょう?」
「あぁ、シャルル陛下か。ラグドリアン戦争の仲介交渉でリュテイスを訪れたことがあるからな」
「・・・どうなの?」
その必要はないと思うのだが、声を潜めて聞く妻に、ヘンリーは首をかしげながら、顎に手をやった。
「・・・蒼だったな。蒼。ブルーといったほうがいいかもしれないが・・・」
「それじゃ解らないわよ。ほら、青空みたいな青とか、海の様な青とか」
「そういわれてもな。とにかく蒼だ。そうとしかいいようがない」
ヘンリーはシャルル12世の顔を思い出そうとして・・・諦めた。靄が掛かったように、顔がぼやける。それくらい、蒼髪の印象が強烈だったのだ。
「交渉の内容は覚えているんだがな」
「また自慢?」
「違う違う」と手を振るヘンリー。
「とにかく口が重いんだ。2、3喋ったと思うと、すぐに黙り込む。全部ひっくるめると5時間ぐらい会談したはずだけどな。シャルル陛下は、そうだな・・・30分も喋っていないと思うぞ」
「何よそれ。殆ど貴方が喋っていたって事?」
「喋らないからしょうがないだろうが」
今のリュテイスでのシャルル12世の立場は、非常に脆弱なものである。30年にも及ぶ王太子時代、国政への関与を許されなかったシャルルは、国内の各勢力に、自分の勢力を築く事が出来なかった。国内での基盤が弱いとはいえ、最高権力者の意向は、国政に与える影響は大きい。最終的には「陛下のご意向である」として押し切ることが可能だからだ。だからといって、毎日毎日「ご意向」とやらを振り回していては、伝家の宝刀が竹光になってしまう。
「おそらくシャルル陛下は、意図的に口数を減らしているんだろう。日頃から口数を少なくしておけば、いざと言うときの重みも増すからな」
「・・・貴方とは正反対ね」
「ほっとけ!」
人それぞれにやり方と言うものがある。どの方法を選ぶかは、結局はその人の性格だろう。ヘンリーが急に無口になったところで「変なものでも食べたか」といわれるのがオチだ。つき合わされるこっちはたまったもんじゃないんだぞと愚痴るヘンリー。よほどシャルルの口をこじ開けるのに苦労させられたようだ。ほうって置くと、延々と不満を言い続けそうな夫に、キャサリンは、気になっていたことをたずねた。
「ねぇ、今って、原作が始まる30年前なのよね」
「・・・逆算すればそうなるな。今がブリミル暦6213年。タバサが産まれたのが6227年で、魔法学校は15歳で入学だろ?2年の時に召喚試験があるから、6227+16で『ともかく30年前なんでしょ!』・・・です」
せっかくいいところ見せようとしたのにといじけるヘンリー。机に「の」の字を書く彼を無視して、キャサリンが続ける。
「ジョセフとオルレアン大公シャルルの兄弟って・・・」
「その2人かどうかはわからないが、シャルル陛下には2人の王子がいる。王太子のジョセフと、シャルル王子だ」
その言葉に顔をこわばらせるキャサリンに、ヘンリーも、渋い顔をしながら頷いた。何せ、原作では、影で暗躍しまくった「無能王」の兄と、にこやかな顔をして、裏では手段を選ばずに王位を狙った弟という、とんでもない兄弟なのだ。
「ジョセフ王太子は15歳。シャルル王子は10歳だそうだ・・・まぁ、普通に考えれば、この二人がそうなんだろうな」
肩をすくめるヘンリー。
「何か打つ手は・・・ないか」
「あぁ。仮にも次のガリア国王だかなら」
キャサリンの黒い提案を即座に否定するヘンリー。相手はハルケギニア一の大国の王族。それも次期王位継承者と、その弟なのだ。確かにジョセフさえいなくなれば、確かにレコン・キスタフラグも、ガリア内乱フラグも潰せるかもしれない。だが、失敗したら目も当てられない。成功したにしても、それが発覚すれば、アルビオンとガリアとの戦争になりかねない。「王弟(俺)の独断」といっても、ガリアは信じないだろう。それに、ジョセフを潰したからといって、レコン・キスタフラグが完全に潰れるわけではない。そんなあやふやな博打に、命を張ることはできない。
ならば、ジョセフが暗黒面にとらわれる切っ掛けとなったシャルルを狙うのはどうか?確かに彼のほうが警備は薄いかもしれない。だがジョセフのときと同じく、発覚時の危険性は変わらない。第一、すでに「ジョセフ王太子は魔法が使えない」という噂は流れてきている。そんな状況で、魔法が使える弟が死ねば、ジョセフから永遠に「弟に勝つ」という選択肢を奪うことになる。下手すりゃ、その時点で暗黒面に堕りかねない。
そこまで言うと、ちょいちょいっと、手で呼ぶ仕草をするヘンリー。何かいい考えが浮かんだのか、それとも重大な相談でもあるのかと、キャサリンが顔を寄せると、ヘンリーはいたって真面目な顔で、一言。
「・・・やっぱり、下のけ「黙れこの大馬鹿野郎」
***
「だってさ、興味あるじゃない・・・ゴメンなさい」
汚いものを見るような、蔑んだ視線に、何も言えずに黙り込む。「るーるるー♪」とという哀愁を誘う音楽が、どこからか聞こえてきたが、不思議と全く同情する気持ちにならない。
「ねぇ、貴方・・・」
腫れた頬を撫でていたため、ヘンリーは、キャサリンの表情に気付くことはなかった。
「貴方は、この世界で何がしたいの?」
「ははッ、何言ってるんだキャサリン」
突拍子もない、しかし、自分の存在意義そのものを問いかける質問に、ヘンリーはいつもの口調で、迷わず答える。父の冷たい手を握り、自分の家族の寝顔を見て決意した想いに、微塵の揺らぎや迷いが、ある筈がなかった。
「ファンタジーだろうと魔界だろうと、俺は俺だ。君とアンドリューと、家族で楽しく生きていけたらいいよ。あと、この世界の俺の知り合いは皆幸せになって欲しいな。あと・・・」
指を折りながら、次々と「幸せになってほしいリスト」の名前を挙げていくヘンリーは
「・・・それは、贅沢というものじゃない?皆がハッピーだなんて、ありえないんだから」
妻の言葉に、断固とした口調で反論した。
「どうやら君は忘れているみたいだけどね。ここはリアルな『おとぎ話』の世界だぞ?」
昔からおとぎ話の結果は相場が決まってるもんだよ「めでたし、めでたし」ってな
いい事いうなぁと、またも自画自賛するヘンリーに、キャサリンは苦笑しながら思い出した。
自分が、何故この人を好きになったのかを
「あ、あと娘がいれば完璧だな!じゃ、さっそくこずく(バキ)
ムードもへったくれもない馬鹿の顔にパンチを食らわしながら、キャサリンは笑った。
夢を見た
そこは、前世の自分の家。
狭いリビングに、自分の「家族」が集まっていた。
美香や、成長した息子、その孫達にかこまれて、皺だらけの顔を、さらにクシャクシャにしながら笑う、自分がいた。
楽しい夢だった