ラグドリアン講和会議の主役が、ガリアとトリステインであることは間違いないが、会議の期間中、最も注目を集めたのは、慰問に訪れたマリアンヌ王女でも、酔った勢いで桃色遊戯を繰り広げたヘンリー夫妻でも、ましてやサン=マール侯爵でもなかった。
クルデンホルフ大公家-旧東フランク王家に連なる名門は、トリステイン王国の大公家として、南西部のガリアとの国境を長く守ってきた。そして、先のラグドリアン戦争における「戦功」と、この大公家を取り巻く様々な政治状況により、「大公国」として独立が認められることが、確実視されていた。
そのクルデンホルフ大公家のハインリヒ大公は、参加各国の使節団からの注目と疑惑、そして嫉妬を一身に集めながら、ある目的の為に、アルビオン使節団のカンバーランド公爵ヘンリー王子との接触を繰り返していた。
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ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(嫌われるわけだ)
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講和会議が始まり10日目。果てしなく続くと思われていたチキンレースに、唐突に決着が付いた。ガリア使節団が、トリステインの条約案(リッシュモン案)を前提に交渉を進めることに合意したのだ。
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(リッシュモン案)
① 国交の回復と同時に、国境線を開戦前の実効支配地によって決定する。
② 開戦前に結んでいた通商条約を再度締結(通商の再開)
③ 謝罪を要求するが、賠償は要求しない。
④ 両国共に軍備制限は設けない。
⑤ 両国の緩衝地帯として、クルデンホルフ大公家を「大公国」として独立させる。
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ガリア首席全権のサン=マール侯爵は、③の謝罪は受け入れを拒否したものの、それ以外の条項(通商の再開、戦前の実行支配地域に基づく国境線の設定、クルデンホルフ大公領の独立)は、リッシュモン案を事実上、丸呑みにした。条約案を取りまとめたトリステイン外務卿のリッシュモン伯爵は「当然だろう」と、笑みを浮かべていたが、前日までの強硬姿勢とは正反対のガリアの対応に、各国使節団は首をかしげた。
何はともあれ、交渉に進展が見えたことで、会場全体を覆っていた重苦しい空気は、華やいだ気配へと一変した。元々、会場のラグドリアン湖畔は、ハルケギニア有数の景勝地。観光や会食を楽しむ使節団随行員らの笑い声が、彼方此方から聞こえてくる。そんな湖畔の空気とは無縁なのが、クルデンホルフ大公家にあてがわれた一角である。独立が認められるのは確実な情勢にもかかわらず、隣接するトリステイン使節団に遠慮するかのように、静かな空気と時間が流れていた。
「シャルル陛下の決断を待っていたということでしょうね」
そして、その静かな時間の中心にいる老人-大公家当主のハインリヒ・ゲルリッツ・フォン・クルデンホルフ大公は、アルビオン王弟のカンバーランド公爵ヘンリーの言葉に、静かに頷いた。
「リュテイスは事大主義者の集団ではありません。そうした傾向が強いのは事実ですが・・・初めから落し所が(リッシュモン案)なのは、ガリアもわかっていたのでしょう」
「釈迦に説法ですがね」と、自嘲を交えながらワインに口をつけるヘンリー。
「シャカ、ですか?」
「あ・・・え、えーと・・・そ、そうです東方(ロバ・アル・カリイエ)の、神です」
「ほう、ヘンリー殿下は博識ですな」
乾いた笑いに、あまり触れてほしくない話題と見て取ったハインリヒは、話題を戻した。
「殿下のおっしゃるとおり、ガリア使節団は、トリステインの譲歩を待っていたわけではなく、リュテイスの意見が落ち着くのを待っていたのでしょう。最初から交渉するつもりであれば、サン=マール侯爵のような中立派ではなく、自分の意を汲む側近を無理にでも押し込んだはずです」
「その側近がいるのかどうかが、問題ですが・・・」
鼻眼鏡の奥の目を細めるハインリヒ大公。フルフェイスの髭も含めた総白髪という好々爺の、値踏みするような冷たい眼差しは、ヘンリーも、薄ら寒いものを感じざるをえない。
「シャルル陛下が『皇太子病』に陥っていると?」
「立太子以来、30年近く国政へ携わることを禁止されていたそうですからね。魔法はスクエアクラス。学問も体力も人より優れていると聞きます。なまじっか優秀であるだけに、その状況はつらかったのではないのかと」
「ふむ・・・」
ハインリヒは、よく手入れされた顎鬚をしごきながら頷く。
先々代のシャルル11世(シャルル12世の祖父)以来、国王個人へ権限を集中させるという中央集権化政策を進めるガリアにとって、次期国王たる王太子といえども、国政への干渉を許すことは出来なかった。そのため、現ガリア国王シャルル12世は、15歳で立太子されてから、父のロペスピエール3世が崩御するまで、28年の長きにわたり王太子であったが、国政に携わるどころか、接触すら制限されていた。無能でも無知でもなく、ましてや無策でいることは彼のプライドが許さなかった。シャルルは側近集団を形成したり、若手官僚や貴族と接触しようとしたが、それが父王の怒りを誘い、また国政から遠ざけられるという悪循環に陥った。
今からは想像も出来ないが、昔のシャルルは明朗闊達な性格であったという。グラン・トロワの自室で燻り続けた28年の歳月が、彼を寡黙で慎重な性格に変えたのだ。
「『太陽王』は罪なお人ですな」
「まぁ、あの老人がいなければ、良くも悪くも、現在のガリアはないわけですから」
こめかみを掻きながら、何ともいえない表情で言うヘンリー。とかく政治家の評価というのは難しいものだが、功罪の両方が、計り知れないほど多いロペスピエール3世の様な場合、ますます困難である。ただ「太陽王」が、名実共にカリスマであったことは間違いない。
「本当の大人物というのは、常人の物差しで測ることが出来ないのかもしれませんな」
「評価すること事態がおこがましいのかもしれません・・・殿下も、太陽王と同じタイプの人物なのではないですか?」
「まさか」と手を振るヘンリー。
「私は『英雄王』や『太陽王』の足元どころか、同じ場所に立つ事すら憚られる、ただの小心者ですよ」
「そうかもしれません」
深く頷くハインリヒに、顔を盛大に引きつらせるヘンリー。自分を卑下した謙遜を、そのまま「そうですね」と受け入れられると、立つ瀬がない。顔を顰めるべきか、聞かなかった事にするべきかで悩む王弟の顔を見据えながら、ハインリヒは声に出さずに呟いた。
(しかし、そうでもないかもしれない)
ハインリヒは、傍らに置いた鞄から書類を取り出しつつ、本題を切り出した。
「それで、先の話は検討していただけましたかな?」
「あぁ、あれですか・・・」
すぐに大公の言うことに当たりをつけたヘンリーは、眉間に皺を寄せながら、あいまいな表情で答えた。
「空軍創設のための、指導員の派遣、でしたか?」
ハインリヒ大公がヘンリーに要請していたのは、空軍設立のため、アルビオン王立空軍からの指導員の派遣であった。クルデンホルフ大公家は、ガリアとの南部国境を守る為、地上兵力を持つことは許されていたが、航空兵力-軍船や竜騎士隊を所持していなかった。トリステインが、王家と直接の血縁関係にない、いわば「客人」である大公に「翼」を与えることを警戒したのだ。「ただでさえクルデンホルフ家は、一大公家としては過ぎたる影響力を持っている。そのうえ、航空兵力を与えては・・・」というわけだ。
ラ・ヴァリエール公爵家など、王家と血縁関係にある家や、トリステイン生え抜きの有力諸侯が保有しながら、クルデンホルフ家だけが一騎の竜騎士すら持つことを許されないという状況は、この名門のプライドを酷く傷つけた。そして大公国として独立するにあたり、悲願ともいえる空軍の整備が可能となった。そして、航空兵力運用のノウハウがないクルデンホルフ家が、指導員として選んだのが、宗主国のトリステインではなく、アルビオンだったのだ。
ヘンリーは先ほどとは打って変わり、慎重に言葉を選びながら答える。
「・・・本国に問い合わせました。検討はいたします。ですが、実際に派遣するかどうかは、トリステインの反応を見てからということになります」
アルビオンにとって、この指導員派遣は、非常に政治的な問題である。同盟国たるトリステインが、クルデンホルフ大公家の独立を快く思っていないことは明らかであり、その上、独自の航空兵力を持つとなれば、心中穏やかでいられるはずかない。おまけにそれに同盟国のアルビオンが協力するとあれば・・・下手をすると、同盟関係にひびが入りかねない。
そしてなにより、ガリアがどう受け取るかである。中立地帯を作るために、大公家の独立を承認したのにもかかわらず、トリステインが同盟国のアルビオンを使って、軍事力の強化に乗り出したと捉えられては、アルビオンが講和会議をぶち壊すという、最悪の結果をもたらすかもしれない。同盟関係の亀裂と、講和をぶち壊す-空軍士官の派遣により、大公家から支払われるであろう、莫大な謝礼を差し引いても、とても割に合わない。それがわからないハインリヒではあるまい。それがヘンリーには気になっていた。
ハインリヒは、鼻眼鏡の汚れを、ハンカチで拭きながら「武装中立ですよ」と答える。
「先の戦争で、銀行家諸君も動揺しましてね。このままトリステインに属していては、ガリアに侵略される恐れがあると。「侵略のどさくさにまぎれて、証文を隠滅するために火をつけるかもしれない」と、真顔で訴えるものもいたくらいです」
(それは貴方が煽り立てたんだろうが)とヘンリーは悪態をつこうとして、止めた。ガリアとトリステインとの対立を利用し、両国の金融界に圧力を掛けて、大公家の独立を認めさせたことは、ハルケギニアの貴族であれば、誰でも知っている。その仕掛け人であるハインリヒ大公の話を、そのまま信じることが出来るほど、ヘンリーはお人よしではなった。
「彼らに安心して、金融業を営んでもらうためにも、独自の航空兵力が必要なのです」
「・・・トリステインが認めますか?」
「認めるかどうかは問題ではありません」
それまではっきりとした物言いをすることがなかったハインリヒが、初めで断定するように言い切った。
「認めさせるのです」
これほど根拠のない滑稽な言葉もないが、ほかならぬハインリヒ大公の口から出ると、確実な裏づけがあるように聞こえる(そして実際にそうだったのだが)。不適に笑う大公に呆れながら、ヘンリーは本国と相談した結果を伝えた。
「とにかく、トリステインが認めるなら派遣しましょう。謝礼が欲しくないといえば嘘になりますが・・・信用は金では買うことが出来ないのです」
その答えに、ハインリヒは再び目を細めた。
***
ガリア使節団がリッシュモン案を大筋で受け入れることを表明してからは早かった。翌日には条約の草案が出来上がり、二日後には両国使節団が合意に至ったことが発表される。ここに「ラグドリアン戦争」は、名実共に終結する事となった。
トリステインで水の精霊との交渉役を務める某伯爵は、久しぶりに「彼女」に、良い知らせを持っていけることに、素直に喜んだ。
「シャルル12世陛下と、フィリップ3世陛下が、直々にラグドリアン湖畔で、条約に調印することになった。随行員はおよそ1000人・・・まぁ、その、なんだ。頑張れ」
旧知の魔法衛士隊長の前で、某伯爵は白く燃え尽きていた。
そんなやり取りがあったことは全く知らない「英雄王」が、魔法衛士隊のグリフォン・ヒポグリフ・マンティコアの幻獣に厳重に・・・洒落ではない。厳重に護衛されながら、ラグドリアンの地を踏みしめたのが、会議が始まってから13日目のことである。
(なんというか、いかにも『王様』だよなぁ)
ヘンリーは、フィリップ3世と握手を交わしながら、そのオーラに圧倒されていた。
アルビオン人は何事もあけっぴろでフランクな性格である。王家もその例外ではなく、先代国王(ヘンリーの父)のエドワード12世も、平民に気さくに話しかけることで知られていたし、厳格な性格のジェームズ1世も、威厳のための威厳を取り繕うことは好きではない。元々は小市民である上に、そんな環境で育ったヘンリーには、人一倍伝統を重んじるというトリステインを体現したかのような「英雄王」と会談することは、荷が重すぎた。遠慮できるものなら遠慮したいところだが、それが仕事なのだから、嫌だの何だのとは言ってられない。
フィリップ3世が、プライベートでは、エドワード12世以上にフランクな話し方をし、子供っぽいところもあり、そして娘を溺愛する父親であることは、これまでの付き合いで知ってはいる。だが、自分が今から会談するのは「トリステイン国王」としてのフィリップ3世であり、その内容が「英雄王」の機嫌を確実に損ねるであろうことを考えると、ヘンリーは、憂鬱な気分にならざるをえなかった。
「おう、大きくなられましたな、ヘンリー王子。アンドリュー王子は元気かね?」
「えぇ、ここ最近は体調もいいようで」
「それはよかった!」
握手を交わしながら、忙しなく話しかけるフィリップ3世。明瞭で力強い言葉や、自信にあふれた立ち振るまいは、まさに「英雄王」という呼び名に相応しいものであった。(逆立ちしても自分には出来ないな)と思いながら、フィリップの質問に答えるヘンリー
「キャサリン公女はいかがされた?」
「一足先に帰りました。会議は5日間ということでしたので、公務が立て込んでおりまして。ご挨拶も致さず、申し訳ありません」
「いやいや。我が水の国とガリアが意地を張り合っていただけですからな。そんな事に付き合って頂いただけでも、ありがたいことです。そのような言葉は不要ですぞ」
そういって豪快に笑うフィリップ3世。なんというか、見た目どおりの人だ。椅子に腰掛けながら、ヘンリーは、すぐにクルデンホルフの話題を切り出すことは止め、とりあえずは別の話題を振ることにした。題して「ホップ・ステップ・ジャンプ」作戦。
「それにしても、陛下自らが調印式にお越しになられるとは・・・」
「意外だったか?点数稼ぎだよ」
平然と言ってのけるフィリップ3世に、ヘンリーは今度も顔を引きつらせた。どう反応していいかわからず、とりあえず愛想笑いを浮かべようとして、見事に失敗している同盟国の王子の顔を面白そうな顔で眺めながら、英雄王は続ける。
「平民とは怖いものだ。持ち上げるだけ持ち上げておきながら、落とすときは一瞬だ。熱中すればするほど、飽きられた時の反動は恐ろしい」
場当たりな増税で、一時は反乱を招きかけた経験を持つ国王の言葉は、使い古された格言や書物よりも、説得力があった。そして、戦場で後れを取ったことがないとされる英雄王が「恐ろしい」という言葉を口にしたことに、ヘンリーは驚き、黙って二人の会話を聞いていたエスターシュ大公は、にやりと笑った。
「恐ろしい、ですか」
「あぁ、恐ろしい。一見、高等法院が厳重に取り締まっても、それは表面上のこと。一度平民達が不満を持てば、それは燎原の火の如く燃え広がり、止められるものではない」
そういってフィリップ3世は、隣のエスターシュに視線だけを向ける。
「貴様は『政治家は嫌われるぐらいがちょうどいい』と言うが、それはお前が宰相だからだ。王となるとそうはいかん。誰のせいにも出来ないからな・・・それが解らんから、貴様は、この椅子を手にすることが出来なかったのだ」
ポンポンと、自分の座る椅子のひじを叩くフィリップ3世。
「へ、陛下・・・」
思わぬ奇襲にうろたえたエスターシュだが、フィリップとヘンリーが顔を見合わせて笑い出したのを見て、自分がからかわれた事を悟った。
「さて、うちの宰相をおちょくるのも楽しいが・・・」
戦場を駆け巡った者だけが持つ凄みを含んだ、鋭い一瞥をヘンリーに向け、フィリップ3世は「用件を聞こうか」と、どこぞのスナイパーの様な台詞を口にする。(この場合はクルデンホルフ銀行に口座があるんだろうな)と、ずれたことを考えながら、ヘンリーはハインリヒ大公から依頼を受けた、空軍士官の派遣について話し始めた。
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「ホップ・ステップ・ジャンプ」作戦は「ホップ・肉離れ・痙攣」となりました。
ヘンリーから、大公家への空軍士官派遣について聞かされたフィリップ3世を一言で言うと「ザ・不機嫌」。ヘンリーは(言うんじゃなかった)と、猛烈な後悔の念と戦いながら(何で俺がこんな役回りを)と、心の中でハインリヒを罵ったが、そんなことを言っても、何の解決にもならないことぐらいわかっていた。
「・・・というわけでして、はい」
むっつりと口を真一文字に結んで、髭先をねじるフィリップ3世に代わり、先ほどおちょくられていたエスターシュ大公が口を開く。
「それで、アルビオンとしては、どう対処なされるおつもりで?」
「・・・貴国次第です」
クルデンホルフ大公の思惑や意図がどうであれ「武装中立」は、選択肢としては悪くない。現状の大公軍の兵力(しかも地上軍限定)では、ガリアがその気になれば、鎧袖一触で蹴散らせる。これでは、わざわざクルデンホルフ大公を独立させた意味がない。かといって、トリステインが兵を駐留させれば「中立構想」という前提自体が崩れる。となれば、独自に兵力を整えさせればいいという構想自体は悪くない。金は腐るほど持っている大公家。航空兵力の指導をアルビオンが行うなら、同盟国経由で、大公領の情報も手に入れることが出来る。
フィリップ3世も、それは理解している。
だからこそ、ハインリヒ大公の手のひらで踊らされているように感じるからこそ「英雄王」は不機嫌なのだ。何もかもが完璧にお膳立てされていて、自分がすることと言えば、ただ承認を与えるだけ。例えそれが気に入らないとして、それ以外に有効な選択肢がないということが、ますますフィリップ3世の眉間の皺を深くしていた。
「本当に、金貸しは嫌なやつらばかりだ。クルデンホルフも、ヴィンドボナの死にぞこないも・・・」
ゲルマニア王国国王のゲオルグ1世は69歳。かなりの高齢だが、未だに矍鑠としている。ラグドリアン戦争の戦塵が色濃く残る時期に、名目上はトリステインに属していたヴィンドボナ総督のホーエンツオレルン家は「ゲルマニア王国」の建国を宣言。それ以来、フィリップ3世を初めとして、水の国は「ゲルマニア」と聞くだけで、激昂するとされていた。
(こりゃ、やぶへびだったかな)と、ヘンリーが考えていると、フィリップ3世はゲルマニアに対する不満を並べ始めた。
「ダルリアダ大公国・・・ジェームズ陛下の奥方の出身国でしたな」
「は、はぁ」
ヘンリーの実の兄であるアルビオン国王ジェームズ1世王妃のカザリンは、ダルリアダ大公国の出身。現大公ヨーハン9世は、カザリン王妃の弟にあたる。
「この会議にも使節団を送ってきたが・・・その中にゲルマニア人が混じっておるのだ」
「なんですって?」
驚きを隠せないヘンリー。ゲルマニアとトリステインは、ゲルマニア建国の経緯から、正式な国交がない。それどころか、トリステインはゲルマニアの不承認政策を掲げ、一歩でもゲルマニア王国の官吏や軍人が入り込めば、処刑にする・・・かもしれないというブラフ込みの、穏やかではないことを公言している。そのトリステインに、堂々とゲルマニアの官僚が乗り込んできているとは・・・大胆というか、無謀というか・・・
「ダルリアダの使節団にですか」
「元々その傾向がありましたが、ゲルマニアと関税同盟を結んで以来、ダルリアダは親ゲルマニア一色ですからね。国庫から平民のサイフまでスッカラカンだったのが、いまでは好景気に沸いているといいます。使節団に紛れ込ますことぐらいの便宜は図っておかしくはありません」
主の言葉に補足を加えながら、エスターシュはヘンリーの様子を伺っていた。それに気がついたヘンリーは、手を振って「気にしないでください」と答える。
「縁戚関係があるとはいえ、それはそれ、これはこれです。第一、そんなことを気にしていたら、ハルケギニアで戦争は起こりませんよ」
ハルケギニアの王家や大公家は、過去をさかのぼれば、その殆どが婚姻関係を結んでいる。ヘンリーの言葉に、フィリップ3世は大きな笑い声を上げた。
「はっはっは!なるほど、閨閥だけが自慢のブレーメンが、臆病になるわけだ!」
英雄王の機嫌が直ったことに安心しながら、笑いが収まるのを待って、ヘンリーは答えを聞いた。
「ハインリヒの思惑に乗る様で面白くないが・・・いいだろう。ジェームズ陛下に伝えてくれ。『適当に強く育ててくれ』とな」
ヘンリーは、硬い造り笑いを浮かべながら頷いた。エスターシュが、自分の顔を見ながら笑っていたので、帰り際に足を踏んでやった。
翌日。ラグドリアン湖畔で、トリステイン国王フィリップ3世と、ガリア国王シャルル12世が、硬い表情で、握手を交わした。両国王は相互に署名を交わして条約を承認。この「ラグドリアン条約」の締結により、2年にも及んだガリアとトリステインの戦争状態に、終止符が打たれた。
両国を初め、各国使節団は惜しみない拍手を送り、訪れた平和を喜んだ。
そして、その夜。晩餐会の会場で、クルデンホルフ大公と談笑していたシャルル12世の下に、王都リュテイスから急報がもたらされる。
グラナダ王国、宣戦布告
ノルマンディー大公-ルイ・フィリップ7世、御謀反