(ブブブブブブブブブ)
ヘンリーです。水のトライアングルである私が『サモン・サーヴァント』で召還した使い魔は「カワセミ」でした。この世界にもいるんですね。羽音がうるさいです。
名前は「ヒスイ」。昔はそう呼ばれていたらしいね。
「どなたに説明しておられるのですか?」(ブブブブブブブブブ)
「・・・妖精さん?」(ブブブブブブブブブ)
「いや、聞かれましてもな」(ブブブブブブブブブ)
「もっともだな、男爵」(ブブブブブブブブブ)
(ブブブブブブブブ「「うるさい!!」」ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ・・・)
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ハルケギニア~俺と嫁と、時々息子~(あせっちゃいかん)
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結婚ラッシュです。
一昨年、へスティーが結婚退職しました。お相手は故郷で酒場を営む幼馴染だそうです。結婚式には出席できませんでしたが、花束を贈ってあげました。仕事の最終日、彼女の目に光るものには、気がつかないフリをしてあげます。
「酒場でメイド服着たら、お客さんがいっぱい来るよ?」と言ったら殴られました。
彼女に殴られるのもこれで最後だと思うと、なんだか悲しいです・・・
去年、弟のウィリアムが結婚しました。お相手はモード大公家の一人娘のエリザちゃん。ウィリアムと同じ年のエリザちゃんは恥ずかしがりやさん。結婚式でモジモジしている姿は、チョー可愛かった!
「・・・」
おおぅ。とうとう弟からも冷たい目線を浴びてしまった。「かっこよくて頼れる兄ちゃん」イメージが崩れちゃったぜ
「大丈夫です。最初っからそんな事考えてませんから」
あぁ。あの愛らしくて素直な弟、ウィリアムはいずこ・・・
先月ジェームズ兄貴が結婚しました。30歳。晩婚です。お相手は俺と同い年のダルリアダ大公国コンスタンティ3世公王が息女、カザリン・コンスタンティ・ダルリアダさん(20歳)。ダルリアダはハルケギニア北東に位置する大公国。外国から嫁さんを迎えることによって、国内貴族の無用な対立を避ける狙いがあるそうです。ちなみに俺の母ちゃんのテレジア王妃も、ベーメン王国出身。去年亡くなった祖母ちゃんはガリアの大公家出身。
祖母ちゃんと言えば、一度だけ怒られたことがあったな・・・たしかメイド服に尻尾付けようとしてたところを現行犯で見つかって、杖を突きつけられながら
「『モエ』とは何ですか?この私に説明してみなさい」
・・・怖かった。まじで小便ちびった。だって祖母ちゃん、風の『スクエア』だから、自分の偏在つくって、俺を取り囲むんだもん・・・
閑話休題
カザリンさんに聞いたところによると、ダルリアダ大公家はヴィンドボナを治めるホーエンツォレルン総督家の外戚にあたるそうだ。
たぶんこの家が後のゲルマニア皇帝アルブレヒト3世の実家だろう。「国王」ではなく「総督」なのは、ヴィンドボナが元々都市国家だったから。ホーエンツォレルン家は元々は貴族であったが、ブリミル歴3000年代に没落して、ヴィンドボナにやって来た。金融業で成功して町の有力者にのし上がり、いつしか市長も世襲するようになったという。いずれはロマリアに献金して「王」の称号をもらうつもりかもしれないが、今はまだその時期ではないとみているんだろう。熟した柿が自然と落ちるように、周囲から推されて戴冠するという体裁を取りたいのだ。強引にでも国王になってくれれば、反総督家勢力をけし掛けることもできるんだろうけど・・・憎たらしいぐらいに慎重で腰が重い。そのくせ、いざという時の行動の手早さと来たら。
あ~!憎たらしい!!金貸しが嫌われるわけだ!ヴィンドボナ周辺での総督家支配は揺らぎそうにない。となると、将来でっかくなる前に、周りの勢力をけしかけて、統一を妨害するっていうのもありかね?要はトリステイン北東の勢力が1つにまとまらなきゃいいわけだし。
ちなみに一体誰がホーエンツォレルン家に「総督」を任じているかというと、なんとトリステイン王国なのである。話せば長くなるのではしょっていうと、元々ヴィンドボナ周辺はトリステインの領地だった。それがブリミル歴4000年頃に実質的支配権を失ったという経緯がある。トリステインからすれば(たとえ今は1サントも持っていなくとも)、今でも自国の領土と思っているし、対外的にはそう公言している。わざわざ「うちは領有権を放棄しました」だなんて簡単に宣言したら、「トリステイン与し易し」と、あっちこっちから攻められることは火を見るより明らか。だからトリステインからすれば、口が裂けても「あそこは俺の領土じゃない」とは言えないのだ。
そんなトリステイン側の事情など百も承知のホーエンツォレルン家。3代前のトリステイン国王アンリ6世(現国王フィリップ3世の父)に対して「ヴィンドボナ及び周辺6都市の総督」に任じるように嘆願書を提出したのだ。莫大な貢物を添えて。喜ぶ臣下に、アンリ6世は手に持っていた杖を投げつけたという。
なんちゅうか、もう、悪辣すぎる。さすが金貸しだ。
ホーエンツォレルン家は、トリステインが軍事力でヴィンドボナを取り返す意思も、その実力がないこともわかっている。外見上はトリステインの統治を認めるような格好でありながら、内実はホーエンツォレルン家が王になるための踏み場でしかない。「嘆願」という形でありながら、内実、その足元を見ているのだ。
アンリ6世のお怒りもごもっとも。だからといってトリステインにはこの提案断ることは百害あって一利なしなのだ。もしこれをトリステインが断れば、ホーエンツォレルン家はガリアやロマリアに話を持っていけばいい。ガリアやロマリアからすれば領有権を主張できる好機だから、もろ手を挙げて歓迎するだろう。トリステインからすれば領土紛争の火種を自分からまき散らすようなもの。もとから「拒否」という選択肢は存在しないのだ。
そんなトリステインにとって屈辱的な話なのに、宮廷では表面上の「ヴィンドボナ領有権の回復」に歓迎ムードに包まれたという。アンリ6世にはただただ、同情するしかない・・・
そんな昔話は置いといて。いま大事なのは、ダルリアダ大公家を通じて、アルビオン王家とホーエンツォレルン総督家が縁戚関係になったことだ。アルビオンからすれば、ホーエンツォレルン総督家など大したことないと思っているんだろうが、いずれ「帝政ゲルマニア」という一大勢力に成長するとわかっているヘンリーからすれば、この結婚が吉と出るか凶と出るか、判断がつきかねていた。
・・・ま、あとで考えよう(ヘンリーはこの世界に来てから「問題の棚上げ」を覚えた)
ところでカザリン義姉さん
「大公家っていうと、やっぱり時計塔に指輪をはめると、秘密の財宝があらわれるという伝説があるんですか?」
「・・・何を言っとるのだ貴様は」
昼食会の席で俺が突拍子もないことを言い出したので、ジェームズ兄貴はあきれている。「大公家は地下で偽札作りしてませんよね?」と尋ねなくて、本当によかった・・・
「おもしろい弟さんですね」
兄貴の横で、はにかんだように笑っているのが俺の義姉になるカザリンさん。茶色掛った金色の長髪。泣き黒子がキュートな人だ。こう、出るところは出てて、しまるところがしまって・・・てててて!!兄貴、痛いって!やめて!わき腹は殴っちゃ駄目だって!
「お前は、人の、この、一度、貴様」
怒りすぎて片言になっている。カザリン姉さんは、そんな俺らを見ながらカラカラと笑っていた。いい人を奥さんにもらったね兄貴。
「カザリン義姉さんは」
「カザリンでいいですよ?同じ年齢ですから」
「じゃあカザリンちゃんで・・・・って、兄貴?!室内で魔法、駄目、絶対!」
ぎゃー・・・
*
「だ、大丈夫ですか?」
「ミリー、いつものことだから大丈夫」
「アルバート。お前結構いい性格になって来たよな・・・って、いてて・・・」
包帯を顔に巻いた俺を心配してくれたのは、後任のメイド長であるミリー。ブロンドのショートカット・・・うん。君に似合うのは犬耳カチューシャだね
「は、はぁ」
「ミリー、無視しなさい」
「アルバート、お前な。一応俺はお前の上司・・・まぁいいか」
ミリーは真面目だから、何でもマジで受け取っちゃうから困る。犬耳カチューシャを付けなさいって言ったら、本当に付けかねない。いや、付けては欲しいけどね。絶対似合うと思うし。でもね、命令で付けて欲しくはないんだ。こう、自分から「付けたい!」って思わせたいんだよ。
「わかるかねアルバート君?」
「わかりませんし、わかりたくもありません」
「貴様!仕事増やしてやろうか!」
「私の仕事が増えると、殿下の仕事も増ます」
「うぬぬッ!」
「え、え?ええ?」
ミリーがかわいそうなくらい慌てているので、心配しなくてもいいと言い聞かせる。
「くだらない事言ってないで、書類決済してください」
「へいへい」
ミリーも何年かたてば、アルバートみたいに生意気になるんだろうかね・・・
ま、それはともかく。ミリーの入れてくれた紅茶で気を落ち着かせてから、手元の書類に視線を落とす。ハルケギニアで紙が使われているとは思わなかった。てっきり羊皮紙を使っているものだとばっかり思っていたんだが。川原や湿地帯に生える繊維の多い草を、洗って、裂いて、脱色。同じ草を水でふやかしてすり潰しペースト状にしたものと一緒に、木の枠型に入れて形を作って水で晒し、乾燥させたのが、ハルケギニアでいう「紙」だ。
アルビオンでは原材料の草が生える湿地帯が少ないために貴重品だが、湿地帯の多いトリステインやガリアではもっと安価に供給されているそうで、庶民も背伸びすれば手が届くぐらいの貴重品だそうだ。まぁそれも都市部に限った話であり、用途は政府関係の公文書、教会関係の本、高価な魔術書や一部の本などに限定されている。農村の平民には羊皮紙=紙だと思って一生を終わるものも多いという。「支払伝票に良質な紙をどれくらい使っている」かが、商人のステータスになるそうだから、その程度のものなのだろう。
どちらにしろアルビオンでは貴重な紙にインクで書かれた報告書は、ロンディニウム官僚養成学校が提出した「教育カリキュラム変更について」と王立魔法研究所農業局の「土壌改良実験結果について」。ロンディニウム官僚養成学校と王立魔法研究所農業局、共にヘンリーが専売所の利益を元手に、国王に願い出て設置されたものだ。
『ロンディニウム官僚養成学校』-そもそも官僚の採用は、現職の官僚による推薦と面接試験の二部制だ。推薦さえ受ければ事実上合格したのも同じであるため、少なからぬ縁故主義が蔓延り、単純な計算も出来ないものが財務局に所属されるといった、笑えない笑い話もある。じゃあ新人教育はどうしていたのかとアルバートに聞くと、曰く「仕事は盗んで覚えろ」
どこの職人だよ!てか何?その体育会系のノリ?!
だからといって推薦制を即座に廃止し、試験制度を導入するのは、あまりに性急に過ぎる。第一、採用試験をしようにも、そういった問題を誰も作ったことがないのだ。新人教育を行うよう命令してみても、ただでさえ仕事の割に官僚の数は少ない。仕事に支障が出かねない。そこでヘンリーの侍従であったアルバートが考えたのが「官僚養成学校」。これは、新人教育と官僚採用を一気に片付けようという、一石二鳥の計画であった。
教育方針は「どんな馬鹿でも卒業時には即戦力」基本的な読み書き計算に始まり、事務処理手続き、報告書・企画書の作成といった日常業務のイロハまでを3年の集中カリキュラムで詰め込む。教員は退職した官僚を中心に集めた。せっかくの経験と知識があるんだ。田舎で楽隠居させるのはもったいないからね。時には現職官僚が教壇に立つこともある。今、自分が取り組んでいる仕事などを話させ、将来の仕事へのイメージを持たせるのだ。採用規定に「養成学校を出たものを優先する」という条文をこっそり挟み込んで、縁故主義をじわじわと減らし、養成学校出身者を増やす。最終的には、養成学校の試験のノウハウを反映させた採用試験に一本化して縁故主義を完全に排除・・・なんとも気の遠くなるような、壮大な計画だ。
その責任者としてヘンリーが推薦したのが、自身の侍従であり発案者でもあるアルバートである。
アルビオンには「外人貴族」と呼ばれる貴族がいる。昔からアルビオンは、空中国家という特殊要因もあり、ハルケギニア大陸で政争に敗れた貴族が多く亡命してきた。「アルビオン貴族の系図をたどれば、ハルケギニア全土の貴族の初代にたどり着く」という軽口もあるくらいだ。嘘か真かは知らないが、ガリアやトリステインの現国王より、王位継承権の高い子孫がいるとかいないとか・・・
サー・アルバート・フォン・ヘッセンブルク伯爵-彼の先祖もハルケギニア大陸北東部の貴族だったが、トリステイン王国に終われて、アルビオンに亡命してきた。アルバートは何かと色眼鏡で見られる外人貴族の中でも目立つ存在である。風貌はその辺のパン屋のオッサンとでもいうべき平凡なものであったが、かつてアルビオン国内で暗躍したドクロベェ盗賊団を、幻のマジックアイテム「ドクロリング」が見つかったというニセ情報を流しておびき寄せ、一網打尽にした功績で「サー」の称号を与えられた。同時に優秀な文官でもあり、交渉能力や事務処理能力はその辺の官僚をかき集めても敵わない。官僚養成学校の初代学長に、彼以上にふさわしい貴族はいないだろう。
「・・・授業の中で、実際に仕事をさせるのか?」
「はい。簡単な事務作業-例えば備品伝票のチェックや、書類に誤字がないかどうかといったものを考えています。こういった仕事は、慢性的人員不足の現役官僚にやらせるのは」
「確かに、考え物だな。だがアルバート。どこに鉱脈があるかはわからんものだぞ」
「・・・おっしゃる意味がわかりかねますが?」
魂は細部に宿る。かつて源義家は、草むらから雁の群れが飛び立つのを見て、そこに敵の奇襲部隊が隠れているのを認識したという。こちらが取るに足らないと思う情報でも、敵国からすれば、涎をたらして欲しがる情報かもしれないのだ。
「なるほど・・・」
「案としては悪くはない。だが官僚養成学校が情報漏えいの発信元になるのは笑えん話だ。その点を勘案して、もう一度練ってみてくれ」
「はっ」
きびすを返してアルバートが出て行く。慌てて見送るミリーを尻目に、ヘンリーは王立魔法研究所農業局の報告書に目を落とした。
王立魔法研究所は、文字通り魔法を研究する研究所だ。ヘンリーは自分のあやふやな農業知識を実証するための実験施設として、この研究所に目を付けた。何故魔法研究所かというと。
「農業改革のためには、まず肥料だよな。肥料・・・土壌改良か。土壌改良なら土系統のメイジだな。でも土魔法を使う貴族に「肥料を研究して!」っていっても、絶対やらないよね・・・そうだ!魔法研究所!」
「研究所なら、土系統の魔法も研究しているはず!その派生で土壌改良を研究しても変じゃないよね!むしろ自然。うんうん」
いきなり「係・課・部」の3つを飛び越して「局」扱いなのに、変じゃないと思うヘンリーの感覚は、かなりズレていると思うが、まぁそんなことは今はいい。農業局は、こっそりヘンリーが企画書の中に混ぜた「土壌改良と農作物の関係」を研究課題に掲げている。ヘンリーの理論武装(になっているようでなっていない屁理屈)の後押しもあり、肥料開発や、土壌改造、農業用水の整備、作物の改良と範囲を広げていく。実際、肥料の開発に成果を上げていることもあり(ヘンリーの屁理屈は屁のツッパリにもならなかったが)、特に表立った反論はなかった。
「それにしても、ジェームズ兄貴もウィリアムも結婚しちゃったんだよなぁ。」
兄貴はともかく、ウィリアムに先を越されたのはあせった。ヘンリーも今年で20。いつ結婚しても可笑しくない年齢なのだが、「メイド萌え~!」と叫んでいた昔の悪評が、未だに後を引いているのか、一向にそういった話しがこない。
「まぁ、あと何年かすれば、トリステインから養子縁組の話が来るだろうから、気長に待つかね・・・あせってもしょうがないしな」
人材育成も、農業改革も、結婚も。あせってはいけない。一歩一歩、自分の足で進むしかないのだ。
前者はともかく、果たして結婚はあてはまるのでしょうか?私にはわかりません。
時にブリミル歴6208年。原作開始まであと35年の、ある日のことでした
「・・・なにしてんだミリー」
「え、いや、その。へ、へスティーさんから、『伝統』って、受け継いだんですが・・・」