そういえば俺の2つ名なんだけど「冥土」のヘンリーでいい?ってエセックスの爺さんに聞いたら、小1時間ほど説教されたよ。丸々日本語での当て字なのによく分かったよね。ジョークが通じない人って嫌だね。
結局「水鳥」ってことになったよ。俺は水系統のメイジで、使い魔が「カワセミ」だからだって。普通すぎてつまんないね。
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ハルケギニア~俺と嫁と、時々息子~(人生の墓場、再び)
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(前回までのあらすじ)
原作の展開が修正できない感じに捻じ曲がっちゃいました。
・・・どうしよう
*
「北京の蝶、か」
「・・・蝶がどうかしましたか?」
北京で蝶が羽ばたく→ニューヨークで嵐が起きる。何でそうなるのかさっぱりわからんが、とにかくそうなるらしい。カオス理論だったか?ジュラシッ○・パークでモジャモジャ頭の数学者が言ってたな。確か、少しの行動が、結果的に全体へと及ぼす大きな波紋・・・だったはず。
(原作展開が根本から捻じ曲がってしまったのも、無理はないか・・・)
本来いるべきではない「俺」が「ヘンリー」。蝶の羽ばたきで嵐が起こるくらいだ。「俺」という存在が、この「ゼロの使い魔」に、ハルケギニア世界に及ぼす影響は、一体どれくらいになるのか・・・考えるだに恐ろしい。次に起きるのは一体なんだ?風石が暴走して、アルビオンがハルケギニアに転落するとかか?「杞憂」と笑う事なかれ。大体、空に国土が浮いている事態が非常識なのだ。落ちないほうがおかしい。自然災害レベルになると、最早どうしようもないぞ・・・
ヘンリーは自らの存在によって、行動によって引き起こしてしまった嵐の大きさに、言葉もなく沈み込んだ。
そして
「・・・ま、いいか♪」
「「「「「「「「「「ええわけあるかい!」」」」」」」」」」
「・・・て、声が聞こえた気がする」
「・・・殿下?」
「い、いや、エセックスよ、だ、大丈夫だって、も、もう取り乱さないからさ?」
もう一度手刀を食らわされては敵わない。打ち込む準備をしている侍従を、慌てて制し、自らの正気をアピール。疑いの眼差しを向ける老男爵に、不自然なくらい明るい声で話しかけた。
「し、しかし、ヨーク公のご息女とは、すごいね」
「殿下にはもったいのうございますな」
「・・・」
「ジョークでございます」
エセックス、お前もか。
「真面目な話に戻しますと(今までは真面目じゃなかったのか)殿下はアルビオン王国の(無視かよ爺さん)第2王位継承者なのです。最低でも侯爵家の息女クラスでないと、王家の格が保てません」
「格、ね」
ヘンリーが僅かに顔をゆがめたのを、元家庭教師は見逃さなかった。
「殿下がそういったつまらない格式を好まないことは、この爺がよくわかっております。ですが殿下は王族なのです。王族はすなわち国家そのもの。殿下の言葉で国は動き、殿下の行動で国は揺らぐのです。」
「あぁ・・・」
ヘンリーは昔を思い出した。堅苦しいことが嫌いな俺がパーティに出席したくないと駄々をこねた時、ほかの者はただ困惑するだけだったが、この爺だけは有無を言わさず頭を殴りつけたものだ。そして王族としての心構えを切々と説いた・・・今のように。
「一生の伴侶を選ぶ結婚ですら、殿下に自由はないのです。」
不思議なものだ。他の侍従に同じ事を言われれば俺は反発したが、この爺の言葉だけは、自然と心の中に入ってきた。
「ですがそれは、お父上も、お爺様も・・・始祖ブリミル以来、何千年、何百年とこの国を率いてきたアルビオン王家のすべての方々が味わってきたことなのです。そして・・・」
「『すべては国と平民を守るために。それこそが王族が王族であり、王族たりえる唯一の理由であり、誇りである』だろ?」
老男爵は、一瞬ポカンした顔でとこちらを見た後、顔をしわくちゃにして何度もうなずいた。
まったく、この爺は・・・
「わかったよ」
そんな顔されたら、駄々こねるわけには行かないじゃないか。
*
大公は王(国王)の下にあり、公(公爵)の上、王家の分家の長が名乗る称号である。大公が元首を兼任するのが「大公国」(ジェームズ皇太子妃カザリンの祖国であるダルリアダ大公国など)。
アルビオンには、王家が絶えた場合、跡を継ぐ家(すなわち王家の分家)が4つ存在する。すなわちウェセックス伯爵、コーンウォール公爵、モード大公、そしてヨーク大公。王位継承権の順位はこの逆で、ヨーク大公→モード大公→・・・という順になるが、現在のモード大公家は、現国王ジェームズ12世の4男・ウィリアムが相続しているので、王位継承権はジェームズ皇太子、ヘンリー王子につぐ3番目を確保している。ウェセックス伯爵、コーンウォール公爵両家は、すでに没落して領有する土地もなく、宮廷の家禄を食む存在に過ぎない。王位継承権を有しているとはいえ、爵位も劣ることから、大公家よりは一段下に見られている。
話が脱線したが-要するにヨーク大公家は、モード大公家と並んで広大な領地を持つという有力な王族であり、なおかつ本来ならばモード大公家を押さえて、王位継承の権利を持つ、とてつもないビックな家なのだ。
その歴史はブリミル暦3546年、当時のアルビオン国王ハロルド2世の3男であるエドガー・ハロルドが、アルビオン西部ペンウィズ半島の中心都市であるプリマスと「大公」位を与えられたことに始まる。「歴代の国王に忠誠を誓ってきた」というエセックス男爵の言葉は、決して過大なものではない。実際に大公家は何度もアルビオンの危機を救って来たのだ。中でもブリミル暦4544年にトリステンが領有権を主張してアルビオンに侵攻したことに始まるアルビオン継承戦争(通称・四十年戦争)では、国土の半分がトリステインに制圧されてもなお、ペンウィズ半島に立て籠もり抗戦を続け、アルビオンの勝利に貢献した。国王ヘンリー5世はその功績を称え「国家永久の守護者」の称号と、「アルビオンが続く限り、大公家の存続を認める」という言葉を与えた。
そういう経緯から、ヨーク大公家領はきわめて高い独自性を保持している。また本拠地であるプリマスは大陸出兵の際には派遣軍集積拠点となる軍事・交通の要所であり、ペンウィズ半島がアルビオン屈指の穀倉地帯であることから、歴史上幾度となく大公家の独立が囁かれ、ロンディニウムの肝を冷やさせたものだ。
しかし、ヘンリーが今気にかかっていることは、そういった大公家の独自性の問題などではない。
「大公家に婿養子に入ったら、国政に口出しできなくなる・・・」
現在のヨーク大公家当主であるチャールズ・ハロルド・ヨーク公は59歳。学者肌の温和な人物。生物研究-特に鳥類の分野では学会でも知られた存在で「鳥の大公様」として親しまれている。彼には1男1女がいるが、息子のリチャードは体が弱く、29歳の今になっても独身。(ちなみに彼も父親と同じく鳥類研究で知られる。ジェームズ皇太子とは昔から馬が合い、今でも親友である)
となると残った娘-キャサリンの婿となるものが、ヨーク大公家の跡継ぎになるだろうというのが、宮廷内でのもっぱらの観測であった。そしてその結婚相手に決まったのが、誰あろうこの俺、ヘンリーなのだ。俺は次男だし、大公家なら養子先として不足はない-国王である父はそう考えたのであろう。
しかしそれは俺にとって好ましい事態ではない。アルビオンには「国王とその王子以外は、国政の意思決定に関わらない」という不文律が存在する。四十年戦争の際、トリステイン側に王族の一部が加担し、戦後も国内対立を長引かせたという苦い経験から、誰が言うとは無しに、そういった慣習が生まれたのだ。
つまり「ヘンリー王子」なら口出しは出来るが、「ヨーク大公ヘンリー」では出来ない
「拙い・・・」
俺は焦った。
改革はまだ道半ば・・・というより、入り口から2・3歩入った段階。これから、これからが大事な時期なのだ!官僚組織の専門化、農業用水道の整備、街道港湾整備・・・やることは山ほどある。そのどれもがまだ未着手なのに・・・そんなヘンリーの思考は、エセックス男爵の発言に遮られた。
「しかし、大公家は思い切った決断をなさいましたな」
「・・・ん?何のことだ」
「?殿下はお聞きでないので・・・あ、そういえば私が気絶させたのでしたな」
そうだよ爺さん。痛かったんだぞ
「大公家はこの婚姻と同時に、大公家領を王家に返還するそうです」
・・・爺さん、今何て言った?
「ですから、領地を王家に返還すると。ペンウィズ半島南部が王家の直轄地になるのです」
・・・マジ?
「マジもマジ、大真面目だそうです。無論、大公家は存続しますが、それはロンディニウムの1大公家として。ウェセックス伯爵、コーンウォール公爵両家と同じ扱いですな。いやはや、跡継ぎのリチャード殿下が病弱とはいえ、実に思い切ったことを・・・」
俺は男爵の言う言葉の意味をしばらく理解できないでいた。
「え、えっと。それじゃあ、俺は」
「ヘンリー殿下は何も変わりませんぞ・・・いや、変わりますかな。大公家の跡継ぎはリチャード様のままです。大公家領は「名目上」はキャサリン公女と結婚なされる殿下に譲られます。実際は王家の直轄領になるということなのですか、それを表立って言うと、なにかと不都合が多いもので・・・」
えーと、その、つまり
俺は結婚する
↓
王家直轄領が増える
↓
国政に口出しできる待遇は変わらない
なんという幸運。なんというご都合主義。
「これも始祖ブリミルの思し召しか「違いますぞ」・・・違うのか」
「はい。違います」
俺が珍しく始祖に感謝したというのに・・・
「このたびの大公家領の取り扱いは、キャサリン公女の強い意向で行われたそうです」
「公女が?」
「はい」
エセックス曰く、大公は最初、俺を婿養子にするつもりだったらしい。その父の考えを、キャサリン公女は真っ向から否定した。
「大公領は国王陛下から下賜された、いわば借り物です。それを大公家が統治するのが困難になったのであれば、王家に返還するのが道理ではないですか?」
リチャード公子も(俺に家督をとられるのが気に食わないという感情もあったのか)この妹の意見に賛成したため、ついには大公も了承したらしい。大公親子(チャールズ・リチャード)は学者肌の人間。共に温和な性格で、領民から慕われる領主ではあったが、それだけだといえばそれだけ。むしろ煩わしい領地経営から開放され、学問に没頭できる環境なら、未練はないのだろう。
(生まれつきの貴族だからな)
貴族や王族は、自らの恵まれた境遇ゆえ、かえってその権限や財産にこだわらない場合がある。かつてブラジル皇帝ドン・ペドロ2世は、革命の際、帝政存続を行おうと思えば出来た状況でありながら「ブラジルに栄光と繁栄あれ」の一言を残して国を去った。自ら退くことによって祖国に血の雨が降ることを避けたのだ。日本では明治維新期の殿様達が、かつての家臣たちが行う「版籍奉還」や「廃藩置県」といった、自らの存在意義そのものを否定する改革にも抵抗することなく、甘んじてそれを受け入れた。
逆に、試験で他人を蹴落として上がってきた官僚は、自分で勝ち取った権限や権利を死んでも離さない。どこぞの天下り組織だの、官僚上がりの政治家だのを見てればよくわかる。王族や貴族が自らの権利や財産への執着を持たないがゆえに、結果的には国家に忠誠を尽くすことになり、仕えるべきはずの官僚が国家に仇を為す・・・なんとも皮肉な話だ。
もっとも、そんな高潔な王族や貴族ばかりなら、ヘンリーがこんなに苦労していないのも事実だが。
*
今から考えると、俺はこれからの事を考えることに没頭することで、いろんなことから目をそむけていたのだ。
胸に覚える小さな痛みを、忘れるために・・・
*
そして、キャサリン・ハロルド・ヨークとの顔合わせの日。
(か、可愛い!)
小さな痛み?アンリエッタやマリアンヌへの未練は、2つの月の間を抜けて飛び出し、ハルケギニアのお星様になった・・・
なんていうかもう、半端なく可愛い。流れるような金色の髪に、白い肌とのコントラスト。その知的な目はまるでラグドリアンの水の精の流す涙のごとく。白いシンプルなドレスが、彼女の美しさをいっそう際立たせている。ドレスの裾からのぞかせる磁器の様な白い腕、先端の細くて細いその指が動くと、周りの空気が音を奏で・・・
いつもの俺なら絶対言わない、恥ずかしい言葉も、今この瞬間の彼女になら捧げられる・・・
ヘンリーは体をかがめてキャサリン公女の手をとり、古の騎士の様なくどき文句を口にした
「あぁ、わが女神よ。貴方の名前をお聞かせください」
「・・・なにやってるの高志」
・・・はい?
「しばらく会わないうちに・・・頭に虫でもわいたの?それとも正常運転なの?ま、どっちでもいいけどね」
・・・・えーと
「まさか・・・」
「そうよ。あんたの『元』女房の美香」
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「詐欺だあああぁぁぁ!!!」
「もういっぺん死んで生まれ変われええええ!!!!」
ヘンリー(高志)のアゴに、キャサリン(美香)のアッパーカットが綺麗にはまった。
妻・登場