猿飛宗家の前当主であり、里長たる火影でもある猿飛ヒルゼンを筆頭に、御意見番である水戸門ホムラ、うたたねコハルがヒルゼンの両脇に座り、その周りを特別上忍など里執行部が固める。
里の政治中枢部ともいえる顔ぶれから少し下がって座するは、犬塚、油目、奈良家、山中家、秋道家など、里に大きな影響力を持つ大家の当主たち。
しかし、その中に筆頭とも言うべき二大瞳術家当主の姿は無かった。
それは、木の葉権力の集結ともいえる面々である。
この場を襲われれば木の葉を崩すこともたやすいほど、重要な顔ぶれを集める意味を図り、誰もが口を閉ざして重い空気の中思案を続ける。
一刻…… 二刻…… どれほど経っただろうか? 海の底のような沈黙の中では長くも短くも感じる時の中すっと襖が開き、一礼をして夕日紅上忍が告げる。
「参られました」
誰もが息を呑み見守る中入ってきたのは予想外の二人だった。
木の葉創設の功労者にして大罪人うちはマダラを排出し、写輪眼と言われる血継限界を用いた瞳術を有する、木の葉二大家のひとつ『うちは』の宗家当主うちはフガク。
そして写輪眼と双璧をなす『白眼』と言われる、同じく血継限界のみによって伝えられる瞳術と、柔拳と呼ばれる白眼を用いた特殊な体術によって、近接では木の葉最強とも言われる『日向』当主日向ヒアシ。
猿飛、犬塚の仲の悪さと並ぶ、木の葉でも水と油で知られる両家の当主が揃い踏みとは、ただ事ではない。
しかし、二人を従えるように入ってきた男の顔を見て、更なる驚愕に襲われた。
驚愕と言う言葉すら生ぬるい。
予め話を通していたはずの火影や御意見番ですら、口を閉めることすら忘れ呆然としている。
話を聞かされておらず、かつてはその男と親友と呼び合った仲である、奈良シカク、山中いのいち、秋道チョウザに至っては目玉をこぼれ落としそうなほどである。
「な……」
誰もが絶句し言葉を続けることが出来ない。
やがて、男はすべてを見渡せる位置に座り、両脇を侍従のように恭しくうちは、日向の両当主が守るように座ると、誰からかぽつりと呟く声が聞こえた。
「よ、四代目」
ぼさぼさの金髪に碧い瞳。 大型の獣のようにしなやかでありながら、とても力強く鍛え抜かれた体躯。 彼こそが六年前、里襲った災害とも言うべき妖魔――九尾の狐を退けた英雄である、『四代火影』波風ミナトである。
「生きておったのか」
思わずヒルゼンの眼に涙がたまる。
自分の手で埋葬し、また葬儀を出した孫弟子であるが、それすらも忘れただただ胸に熱いものがこみ上げてくる。
それと同時に背に負った重い積荷が降りた気がした。
自分は三代目である。 三代目火影である。
四代目火影である波風ミナトが戻ってきたのならば、この場所に座るのは自分ではない。
年々精彩と力を失っていく己の体に、ヒタヒタと近づく寿命の足音を聞き、六年前に失われた可能性を思い、苦々しく唇を噛んだことなど一度や二度ではない。
残された時間の少なさと、里に抱える問題の数や大きさに絶望する日々。 それでも眉間に皺一つ寄せることも出来ない立場。
年甲斐もなく、ただ無性に泣きたくなる日もあった。
報われた。
ヒルゼンは思った。
(神や仏は居た)
現実主義者である忍者にはあるまじき考えである。 三度の大戦を潜り抜け、つばを吐きかけたこともあった。 しかし、今この瞬間だけは感謝しよう。
よくぞ。 よくぞ、この男を木の葉に返してくれた。
腰を浮かし、今にも抱きつきそうになるヒルゼンはミナトの眼を見て凍りついた。
それは、まるで塵でも見るように、どんよりと薄暗く濁った瞳だった。 それだけではない。 注視してみれば、木の葉の象徴たる葉を象った額宛に、痛々しい一本の傷が付けられてあった。
それは里を抜けた者。 抜け忍が象徴する証である。
「ミナト…… いったい」
奈良シカクの搾り出すような問いかけは、この部屋で目の前の三人を除くすべての者の共通の問いかけだった。
ミナトばかり見ていたが、うちはフガクと日向ヒアシの額宛にも一本傷が入っている。
一瞬にして剣呑な気配に包まれた室内。
迂闊なことを言えばこの場で殺し合いになってもおかしくはない。
相手は三人であるが木の葉最強とも言うべき三人である。
誰もが金縛りにあったように動けなくなる中、ヒルゼンは諦めたようにどかりと腰を下ろし、深く息を吐いた。
「ナルトのことか?」
「俺は自分の子を迫害させるために死んだんじゃない」
その言葉は冷たく響く。
「俺は火影として里を守る。 里を守るために命を捨てる。 なるとすら犠牲にした。 その対価はナルトを守ることだったはずだ。 俺が亡き後、里がナルトを守ってくれると信じたからこそ、俺は嗤って死ぬことが出来たんだ。 約定は破られた。 もはや留まる理由はない」
ヒルゼンは血が出るほどこぶしを握った。
「ちがう」
いのいちだった。
ヒルゼンに眼で叱責されるも続ける。
「俺たちはナルトを憎んでなどいない。 里の者たちも、いまは子を親を失った悲しみに狂っているだけだ。 時が癒してくれれば、いつかは分かってくれる」
シカクとチョウザも同じ想いだと眼で訴える。
シカクの言葉にミナトはうつむき、ゆっくりと言った。
「ここに…… ここに来るまでにお前たちの子供を見てきた。 いの、シカマル、チョウジだったか? 笑いあう子供たちを見て、俺が守った木の葉の平和を知ることが出来た」
喜色を浮かべる三人に、ミナトは冷ややかに続ける。
「そこになぜナルトがいない? 俺たちは親友じゃなかったのか? 親友だと口にする俺を、お前たちは心の中で侮り笑っていたのか?」
天国から一転地獄へ。
三人は絶句した。
「いのいちよ。 おまえはいつか里の者も分かってくれると言ったな? なぜ、分かって貰えるのをナルトが待たなくちゃいけない? 辛い言葉と暴力になぜ耐えなきゃいけない? 俺が九尾を封じて六年だ。 これは短い時間じゃない。 いつ里のものの心は癒えるんだ? 六年もかかって癒えなかったものが、そもそも癒えるのか?」
三人から視線をそらし、ヒルゼンと御意見番を見る。
「ヒザシの件もそうだ。 雲に非があるのに何故ヒザシを差し出す? 戦争回避? バカバカしい。 非もなく里のものを差し出す惰弱なお前らは侮られただけだ。 戦争も辞さぬという強い態度こそ戦争を避ける唯一の手段なんだ」
「そしてお前たちは履き違えた。 里を守るために俺たちが居るんじゃない。 俺たちを守るために里があるんだ。 だからこそ、俺たちは里を守る。 俺が死んでも里が俺の大事なものを守ってくれると信じるからこそ、危険な任務に飛び込んでいける。 命をかけることが出来るんだ」
誰も反論することが出来ない。
ダンゾウなど苦虫を潰したような顔をするが、それでも一言たりとも声を上げることが出来なかった。
沈黙が続き、ヒルゼンは重い唇を上げる。
「この老いぼれの首ならば喜んで差し出そう。 どうにかならぬか?」
驚き割り込もうとする御意見番の二人を手で止める。
「どうにもならない」
「……せめて。 欠片ほどでも木の葉を想ってくれるなら。 かつて木の葉を愛してくれた残照があるなら、十年待ってくれないだろうか?」
いまミナトが木の葉を割り、うちはと日向をつれて木の葉を抜ければ、木の葉は荒れに荒れるだろう。
英雄たる四代目火影、そして木の葉の両翼たるうちはと日向の里抜け。 木の葉にとって致命傷とも言える。 他の四影に侮られ、いい様に食い荒らされることは眼に見えていた。
忍界大戦に続き九尾襲来。 六年経った今でも木の葉が癒えたとはいえない。 決定的に人材が不足しているのだ。
しかし、ここでミナトを引き止めることは出来ない。 力で訴えれば最悪の内戦になる。 恐らくミナトは民の粛清を躊躇わないだろう。 それでまだ勝てればよいが、うちは、日向が付いた以上負ける公算のほうが高い。 ミナトを暗殺も考慮したが、あやつを殺せる忍びなど木の葉には居なかった。
押し黙るヒルゼンにミナトはこれまでで最大の爆弾を投げかける。
「さて、皆も気になっているだろうが、俺が蘇ったわけを話そう。 蘇ったといっても人間ではなくなった。 詳しくは話せないが、あるものの手で仙人として転生したのだ。 妙神山のガマ仙人のようなものになったと思ってくれればいい」
「そして…… これが重要なことなのだが」
「俺以外にお二方も転生を果たされた」
空襲のような爆弾の雨の中、すべてを吹き飛ばして更地にしてしまうほど強大な爆弾を落とされた気分だ。
見渡せば誰もが死人のように真っ青な顔をしている。
御意見番であるうたたねコハルに至っては、口から泡を吹き後ろに倒れていた。
隅に控えていたダンゾウは飛び上がりミナトを射殺さんばかりに睨む。 ヒルゼンもまた手に持ったキセルを落とし、畳を燃えた灰で焦がしていた。
「お二方も俺と同じ意見だ。 それどころか、木の葉の死を嘆き、このまま腐り落ちるより己の手で介錯を望まれたが、ある者の提案でこの里抜けの案となった」
ヒルゼンはフガクとヒアシを見るが動じてはいない。
迂闊だった。
もちろん、自分が師と仰いだ方々の復活を予見することなど出来ない。
しかし、あれほど仲の悪いうちはと日向が手を結んだことに、もう少し考えをめぐらせるべきだった。
ミナトは四代火影で英雄ではあるが、木の葉両翼たる大家の両家を結ぶには貫目が足りぬ。
なるほど。 お二方ならば可能だろう。
「六年だ。 六年待とう」
ゆっくりとミナトは宣言する。
「ナルトがアカデミーを卒業するまでは待つ」
その言葉にヒルゼンは眼をカッと開く。
五年。 いや、重要なのはそこではない。
ミナトはナルトがアカデミーを卒業するまでは待つと言っているのだ。 つまりは、ナルトをアカデミーに通わせる意思があるということである。
これは、ミナトがくれた最後のチャンスなのだろうか?
良くも悪くも今回の話はナルトを中心に廻っている。
ナルトがアカデミーに通い、心から友と呼べる存在を見つけたとき。 ナルトがこの里を許してくれたならば、ミナトは今回の里抜けを撤回してくれるかもしれない。
言うべきことは済んだと、掻き消えた三人。
瞬身の術ではない。
腐ってもかつてはプロフェッサーと言われた忍びだ。
瞬身の術ではないことは分かる。
恐らくは飛雷神の術だろう。
失われた四代火影の秘術。
三人が消えた場所を見つめ、絶望に染まった面々は、取り返しの付かない事をしてしまった事を、今になってようやく理解した。
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続いたのでほめてください。
あと。
二人は兄弟なので名前だけでお願いします。
ちなみに私の衝撃の・あるべる子はあるべるこが名前です。
衝撃の~は称号です。
砂の~とかコピー忍者~みたいな