預言(スコア)。
それは星の誕生から消滅までの記憶を有する第七音素(セブンスフォニム)を利用し、未来に起こるであろう様々な出来事を見通したものである。
今から二千年以上前の創世暦時代。
ローレライの始祖ユリア・ジュエは、人類に未曾有の大繁栄をもたらすべく、惑星オールドラントが歩むであろう歴史の預言を詠んだ。
惑星預言(プラネットスコア)と呼ばれるこの特別な預言は、その後の人類の歴史を大きく変える事となる。
惑星預言がもたらすのは未曾有の大繁栄。預言を守る事こそが、約束された未来を掴む最良の方法。
長い年月を経て、預言への敬虔な思いはいつしか強迫観念へと変わり、人類を救うための預言が人々を支配し始めた。
そして、新暦2011年。その不自然な摂理に疑問を覚えた一人の男によって………
世界に小さな焔が灯る。
「………………」
長く伸びた鮮やかな朱色の髪を無造作に広げて、少年は寝返りを打つ。
ぼんやりと見開いた翠の瞳が窓を捉え、その先に広がる世界に向けられる。
彼……ルークの住むキムラスカ王国の公爵家であるファブレ家の屋敷は、一般の人々の物より遥かに大きい。しかし、ルークにとってはこの屋敷の中が世界の全て。あまりにも狭い世界だった。
「(たりぃ………)」
そう思いながら、ルークは再び目を瞑る。常の習慣として二度寝を決め込もうとして……
「いつまでそうやって寝てるつもり? もうお昼近いわよ」
これもまた常の習慣として、呆れたような声がルークの耳に届く。
「……るっせーなぁ。どうせ起きたってやる事なんかねーんだし、いくら寝てたっていいだろ」
その声の主に背を向けるように布団を掴んで寝返りを打ったルークに構わず、窓枠に腰掛けていた少女は部屋に踏み込む。
「やる事がない、か。それは残念ね。今日は兄さんが来てるのに」
「ヴァン師匠(せんせい)が!?」
栗色の長い髪を揺らし、長い前髪で右目を隠した少女……ティアのその言葉に、今まで無気力な態度を崩そうともしなかったルークが弾けるように飛び起きた。
目を爛々と輝かせるルーク。そのあまりの態度の変わり様に、ティアは「はぁ……」と溜め息をついた。
「うっおー! 何で!? マジで!? 今日って稽古の日じゃねぇだろ!?」
ルークの剣術の師であるヴァンは、ティアの実の兄でもある。自分の兄がここまで懐かれているという現実は、ティアにとっては嬉しいような嬉しくないような、そんな複雑な気持ちを抱かせる。
「ルーク、今日はよっぽど退屈だったのね。いつもはここまではしゃがないじゃない」
「う、うっせーな。大体、暇なのはお前だって同じだろーが!」
「あなたと一緒にしないで。戦いが無い時でも、やらなきゃいけない仕事なんていくらでもあるのよ」
自分としては改心の嫌味を言ってやったつもりだったのに、ティアに全く平静に返されたルークはつまらなそうに剣を腰に帯びる。
「俺だって好きでこんな生活してんじゃねえっつーの」
「……そうね、ごめんなさい」
「……そこで素直に謝んなよ。調子狂うな」
それだけ言うと、ルークはもう我慢出来ないとばかりにドアノブに手を掛けて……
「あっ、兄さんなら会議中だからもうしばらくは会えないわよ」
背中に掛けられた言葉に、額を扉に強く打ち付けた。
所変わって、とある使用人の一室。
「くっそーあの女! あれでも本当にヴァン師匠の妹かよ」
『ここに来てるのは秘密だから』と言って再び窓から姿を消したティアに、ルークはぶつぶつと陰口を叩く。
「まあまあ、別にティアだって悪気があるわけじゃないだろうし、許してやれよ」
苦笑いでそれを宥める金髪、長身の男……ルークの使用人のガイだ。
「あいつ偉そうだし、すぐ俺の事馬鹿にするし、ひでぇ時にはあの変なハンマーぶつけてくるし、うぜー」
自分の言葉など聞こえていないかのようにぶつぶつ呟くルーク。ここ半年で見慣れた光景に、今さらガイは大した感慨を抱かない。
「そこでティアの素行を旦那様に言わないあたりがお前の良い所だよ。大体お前、今さらティアに『ルーク様』なんて呼ばれたいのか?」
ガイに言われ、ルークは思い浮かべるように数秒沈黙して………
「………キモい」
すごく嫌そうな顔をした。
もちろんティアとて、いつでもルークにあんな態度を取るわけではない。ルークの父であるファブレ公爵や、執事長のラムダスの前ではルークに敬語を使うし、『様』もつけている。
「ほどほどにしとけよ? お前にはナタリア様っていう婚約者がいるんだからな」
「なっ、何がだよ!? つーかナタリアもうぜー! ガイ、お前も俺の使用人なら何とかしてくれぇ……」
「……お前、俺の女性恐怖症知っててそれ言うか? 大体、一使用人の俺がこの国の王女や『白光騎士団』をどうこう出来るわけないだろ」
七年前、敵国マルクトの手によって誘拐されたルークは、その時のショックで全ての記憶を失っていた。
それからはずっと屋敷で軟禁生活。ルークの世界では話のタネは極端に少ない。こういった会話ももう何度目か。
「会議、まだ終わんねぇのかなぁ……」
そんなルークの唯一の趣味が、剣術の稽古。そして、定期的にファブレ邸を訪れてルークに剣の手解きをしているのが、ティアの兄、ヴァン・グランツなのだった。
強く、優しく、カッコいい。おまけに『神託の盾(オラクル)騎士団』の首席総長。ルークにとって、ヴァンは憧れのヒーローだ。
「ルーク様!? このような所にいらっしゃいましたか」
公爵家のメイドの一人が、ガイの部屋の扉を開いてルークを見つける(正確にはガイと、庭師のペールの部屋だ)。
「(どうせ身分が違うから使用人と話すなとか何とかラムダスに言われてんだろ)」
メイドの動揺やラムダスの説教なんて百も承知でルークはそれを無視する。こんな窮屈な暮らしを強制されて、この上会話まで制限されてたまるか、といった所である。
そんな事より何よりヴァン師匠だ。
「会議は終わったって?」
「はっ、はい! 旦那様からルーク様をお呼びするようにと仰せつかって参りました!」
急ぎ、走って応接室に向かうルークは、しかしそこで見事に期待を裏切られる。
両親と敬愛する師匠の待つ応接室で告げられたのは、ヴァンとのしばしの別れを告げる言葉だった。
「あ~~あ、剣術の稽古、たった一つの楽しみだったってのに………」
ルークが聞かされた話は、ヴァンの所属している『ローレライ教団』の導師イオンが行方不明となり、ヴァンは『神託の盾騎士団』としてそのイオン捜索の任に就き、しばらくの間ここ、首都バチカルを離れるという事だった。
「兄さんには兄さんの立場があるんだから、仕方ないでしょう? そもそも『神託の盾』の首席総長を道楽の稽古に呼び付けている普段のあなたが非常識なのよ」
本邸の離れに位置するルークの私室の前の石段に座って肩を落とすルークに、ティアもやや寂しげに呟く。
「昔から兄さんは多忙で、実家にもなかなか帰って来れなかったんだから。むしろ今まで定期的にここに通えていたのが奇跡だわ」
それはつまり、ティアもなかなか会う事が出来なかったという事。そして、ヴァンがこの屋敷に来ないという事は、ルークだけでなくティアもヴァンに会えない事を意味していた。
しかし、ルークにそんなティアの心情を察する聡さはない。ただ、ティアの使う『兄さん』という呼称に反応する。
「お前、いーよなー。俺もヴァン師匠みたいなカッコいい兄貴が欲しかった」
「あなたにだって、素敵なご両親が居るじゃない」
「な・に・が、『ご両親』だ。お前、別に父上とは仲良くねーじゃん。大体、こんな屋敷に何年も閉じ込める親のどこが素敵なんだよ。ムカつくっつーの」
「……自分の親をそんな風に言うものじゃないわ。もっと大切にしなさい」
石段に座って振り向くような体制でティアを睨むルーク。手摺りに肘でもたれた体制から冷たい目で見下ろすティア。
二人の視線が衝突点でバチバチと火花を散らす。
しかしやがて、「馬鹿らし」と言わんばかりの仕草でルークが視線を外す。
「お前、何でそんなに突っ掛かってくんだよ。教育係でも何でもねーくせに」
「兄さんもガイも奥様も、皆があなたを甘やかすから、仕方なく私が叱るの。今のままじゃ、成人して軟禁が解けた後に痛い目を見るわよ」
転属して来てからまだ半年程度なのにこうして何度もおせっかいを焼いてくる女騎士に「余計なお世話だっつの」と毒づいて立ち上がろうとした、その時………
「っ…痛ぇ……!?」
もはや日常と化した、しかし決して慣れる事などない痛みが頭を突き抜け、ルークは頭を押さえてその場に片膝を着いてしゃがみ込む。
「ルーク! また例の頭痛!?」
ティアの声も耳に入らない。誘拐されてから頻繁にルークを襲い続けている原因不明の頭痛。
『……ーク、我が……よ。……に……えよ……』
「この声……またいつものやつか……!」
そして、幻聴。
頭が割れるように痛む。格別に強い今日のそれを受けて、とうとうルークは倒れこんだ。
「(ど、どうしよう……)」
ティアがこの屋敷に来てから約半年。ルークが時々こうして頭痛に苛まれる事は知っていたし、実際に何度か目にしてきた。しかし、ここまでその症状が悪化するのを見たのは初めてだ。
「誰か! ルーク様が……!」
叫んだ後に、思い出す。この頭痛は、バチカルの医師に何度見せても対策のわからないものだという事を。
「ぐ、ぅぅ……痛ぇ……!!」
倒れたまま、額に汗を滲ませながら苦しげに呻くルーク。
「(無駄かも知れないけど……)」
その傍に駆け寄ってしゃがみ込み、ルークの額に手をかざして意識を集中する。
「『癒しの力よ』」
治療術を発動させるべく、ティアはその掌に第七音素を集める。しかし、術の発動よりも早く、その異変は起こる。
「(これは……!?)」
大気の揺らぎと得体の知れない力の波動。それと同時に、ティアは自らの失態を悟る。
頭を抱えて倒れているルークの体から発せられているものが何か、今この時になってようやく感じ取ったのだ。
「(第七音素……!)」
だがそれに気付くも、遅すぎた。
ルークとティア、二人の体を、圧倒的な光量の眩しい光が包み込む。
「っーーー………!」
光と、かき消されるような声なき声が途切れた後、そこに二人の姿は無かった。
(あとがき)
一時期TOAのSS読み回っていたのですが、そのあまりのBL物の多さに反発するかのように勢いで書いてしまいました(BL好きの方には失礼な発言なのですが、すいません)。
原作も今二週目やってる最中くらいなので、色々と不行き届きな部分があると思いますが、そういった部分をご指摘頂けると嬉しいです。
前半は基本的に原作沿いに近い流れから、じわじわズレが出てくる形です。一言で言えばスパイスが足りない。
本作品以外にもSS書いてたりするので、おそらく更新は不定期です。