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No.17964の一覧
[0] 【ネタ】厨二な俺らの漂流記【現実→異世界】[中の人](2010/09/23 01:29)
[1] ボーイ・ミーツ・ボーイ[中の人](2010/04/17 22:23)
[2] Welcome to this crazy world[中の人](2010/05/15 00:40)
[3] Metal Wolf[中の人](2010/05/18 16:13)
[4] In The Deep forest[中の人](2010/05/31 03:11)
[5] Boy meets girl[中の人](2010/07/03 03:12)
[6] 《楽園》[中の人](2010/07/03 03:34)
[7] それぞれの夜[中の人](2010/09/08 05:21)
[8] Monster on the road[中の人](2010/09/16 04:14)
[9] 姫君と騎士[中の人](2010/09/23 01:31)
[10] 厨二病症例集[中の人](2011/03/16 09:26)
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[17964] Monster on the road
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:80779154 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/16 04:14
 アテナイ人をドーマ人が評していわく。
「百の都市があり、百の意見がある。そして、決してひとつにならない」
 都市国家を基本とし、都市同士での抗争が絶えないアテナイ人たちはドーマ人の言葉のとおりに史上一度も一致団結したことがない。
 東方諸国を統一し、中央世界へと侵攻してきた大フェザーンに対してすら彼らは団結できなかった。
 当時、パルタクスを盟主としたパルタクス同盟とアテナイを盟主としたアテナイ同盟の二陣営に大きく分かれて争っていたアテナイ人はアテナイ同盟がパルタクス同盟の邪魔をしないという形で一応の団結をみせたのが限界であり、アテナイ人が民族としてひとつに団結したことはない。
 大フェザーンに位置的に近かったがゆえに、直接的な脅威に晒されていたパルタクス同盟は無数の英雄を生み出しながら抵抗を貫き、相手が遠征軍であることと征服された諸国の混成軍であることの弱みをついた戦術で三度にわたる侵略をしのぎきった。
 事が終わると、パルタクス同盟諸国には、いざという時に助けてもくれなかったと恨み節がアテナイ同盟諸国に対して残り。以前にもまして、アテナイ同盟諸国との対立が深まる。
 直接的な脅威に晒されずにすんで、戦力を温存できたアテナイ同盟はというと、余裕があるからこそ政争に耽った挙句に内部分裂で勢力を低下させてしまい。パルタクス同盟を共通の脅威とすることで、辛うじてまとまることに成功している始末。
 以後、延々と同盟間で毎年のように小競り合いを繰り返し。同盟内部の都市国家間でも、利益対立や感情的問題から衝突が絶えず。どちらの同盟にも所属してない都市国家群との紛争は毎年の恒例行事。
 毎年のようにどこかで軍がぶつかり合うことが当たり前になってくると、傭兵が職業として成立しやすくなってくる。
 共和制を基本とし都市ひとつがひとつの国家として完結する傾向を見せるアテナイ人の政治家は人気取りに走りやすい。税として軍務に就くことを嫌がる市民の為に、金銭で代納することを認めている都市国家は多く、収められた税で必要に応じて傭兵を雇うようになってくるとますます傭兵は職業として成立しやすくなり、大小無数の傭兵団がアテナイ人の都市国家間を仕事を求めてうろつくのが気がつけば当たり前となっていた。
 さすがに、軍事力を全て傭兵でまかなうような思い切ったことをする都市国家は少数派だが、アテナイ同盟全体を見渡してみれば必要に応じて、必要な戦力を確保するというスタイルで、傭兵を主体とした戦略を採用するのが基本となっていた。
 対するパルタクス同盟も、その傾向を見せてはいたが大フェザーンの侵略の記憶が軍事を重視する思考を植えつけていて、男子は全て兵士であるという国民皆兵戦略を取った上で不足する戦力を傭兵で補うというスタイルが基本となっていた。
 自然、アテナイ同盟とパルタクス同盟の戦争は、練度と士気には劣るが数には勝る傭兵部隊主体のアテナイ同盟と数には劣るが幼少の頃から兵士として鍛え上げられ練度と士気に勝る正規軍主体のパルタクス同盟という構図を描く。
 後に、パキス街道の戦いと呼ばれる戦いもその構図から外れていなかった。


「親分、逃げましょうぜ」
「逃げれるわけないだろうが。次からの仕事、なくなるぞ」
「ですが、こちらは百。向こうは三千て聞いてますぜ?」
 ぼりぼりと頭をかきながら、こそっと囁いてきた部下に親分と呼ばれた男は振り返った。
「別に、敵さんに勝てとかそういう事じゃないんだ。三日、街道を封鎖すればいいと言質は取ってきたんだぜ? そうすりゃ、こっちの増援も来るはずだって」
「三千相手にですぜ。一日だって持たねえと思うんですが……」
「だから、ここに陣取ってるんだろうが。左右は湿地帯で軍の展開は難しいし、騎馬は動けねえ。街道さえ押さえていればいいし、戦場が街道に限定されるなら一度に大軍相手にはならねえよ」
「そうは、言いますが。相手は三千ですぜ。ひとり頭、三十は相手しないといけないなんて無理ってもんです」
「お前、計算できたんだな」
「茶化さねえでくだせえ」
 感心した様子で口笛など吹いて見せた親分に、部下の傭兵は顔をしかめる。どう考えたって、敵の数が多すぎる。このままでは負けて殺されると思えばこそ必死になって、親分に食い下がる。
「こんな無茶な仕事なら、投げ出しても分かってもらえますって」
「こんな無茶な仕事をやり遂げたら、次からはふっかけられるな」
「なっ……」
 飄々と返された言葉に、口をぱくつかせる部下を面白そうに眺めると親分は気にするなとばかりにその肩を叩いて告げる。
「古参の連中は肌で感じてるし、うちの魔術師はぶるっちまってる。俺達の切り札にな」
「は……? 切り札?」
「お前、確か去年入ったばかりだったな。経験浅いから感じられねえかも知れねえな」
「さっきから、何の話を?」
「ほれ、この前に入団した新入りの話だ」
「あのキラキラしてほそっこいのと、装備だけは大層な坊ちゃんですかい?」
 切り札というほど凄い奴らだったかと、首を捻る部下に苦笑する。
「キラキラの方はともかく、ご大層な黒い鎧の坊やはヤバイな。首筋に剣を突きつけられてるような、危険の匂いがぷんぷんする。魔術師殿の話を信じるなら、どちらも相当にヤバイ」
「はぁ……。そういうのなら、信じることにしやすが」
「ああ、信じてくれ。そういうわけで、あのふたりは街道に出張って陣取ってるはずだ」
「はぁっ!? ふたりだけで、ですかい?」
「俺の勘だが、ふたりだけで事足りそうな気がするな」
「いくらなんでも無茶な!」
「だが、あいつらはこう言ったんだぜ? 『足止めするのは構わんが、全滅させても構わんのだろう?』ってな」
「言っちゃあなんですが、正気ですかい。そいつら?」
「ん~、どうなんだろうなぁ。正気か狂気か、どちらにせよ自信はあったようだぜ」
 どうでもいい事のように投げやりに言葉を返すと、親分はそこで会話は終わりとばかりに視線を先ほどまで見ていた街道の先へと戻す。
 緩やかな弧を描きながら、地平線までずっと延びていく街道の彼方でぽつんと小さくふたつの影が佇んでいる。
 街道に切り分けられて広がるのは、一見すればところどころに木の生えた草原のようにも見える湿地帯だ。足を踏み入れれば、膝まで埋まってしまう泥濘に足を取られて歩くことすらままならない。
 こんなところに街道を通そうと思った発想も、実際に通してしまった行動力も凄いとは思うが今は軍の移動を阻む湿地帯は巨大な障壁として存在し、そこを抜ける街道を封鎖すれば迫り来る軍勢をしのげるというのが何よりも重要だ。
 湿地帯ごと迂回すれば、街道を封鎖した意味はなくなるがそれはないと踏んで間違いない。
 出している斥候は、相手が街道を直進していることを告げているし、相手自身も彼我の戦力差を知っている。
 普通に考えるのならば、地理的優位は数的優位に踏み潰されておしまいだ。
 三百の兵で大フェザーン三万の軍を防いだという逸話がパルタクスのほうにはあるらしいが、その逸話でも結局は三百の兵は全滅しているし、やったことは軍を編成するための時間稼ぎの足止めでしかない。
 顎をなでて、ざりざりとした無精ヒゲの感触を感じながら親分――アラムは部下達がその逸話のような状況でも逃げずに自分に従っているのはあのふたりの存在が大きいのだろうと思った。
 キラキラの方はともかく、もうひとりは確実にヤバイ。
 呪われているとしか思えない禍々しい漆黒の全身鎧。見ていると引きずり込まれるような、奇妙で恐ろしい気配を漂わせている。あんな物を身に纏ってる奴がまともであるわけがない。刀身まで黒い、身の丈ほどもある幅広の巨剣も似たような物騒な気配を感じさせる。
 どちらも、一級品の魔法装備だろうが絶対にまともじゃない。
 漂わせる気配にふさわしい凶悪さがあるのであれば、進軍してくる連中を怯ませ足止めさせることぐらいはできるだろう。
 戦いもせずに逃げ出したというのであれば論外だが、そうでなくても契約を遂行するために戦い、敗北して逃げたというのであれば元々の無茶な戦力差もあって団の信頼にさしたる傷はつかないだろう。
 入団に際して見せられた実力からすれば、一流の傭兵を名乗れるが三千の軍勢を相手にするには足りない。
 たったふたりでどうするのか。何か策でもあるのかと思ってもいたが、そんな様子も無く馬鹿正直に街道に立ち塞がっているだけ。背後で陣を構える部下達の様子をちらりと確かめ、街道の先のふたりへと興味深く観察の視線を注いだ。


「なあ、相棒。俺達、なんでこんなところで三千の兵隊相手にする破目になってるんだろうな?」
「分かってるくせに聞くな、相棒。団長が言ってただろう。本来なら来る増援が、到着してないからだ。おかげで、三百ぽっちで三千相手。俺達ふたりで千人切りの伝説を作ろうぜ」
「なあ、相棒。お前、絶対に鎧か剣に影響されてるって」
「ふっ、相棒。お前の設定した装備は凄いぞ。体の芯から力が湧いてくる感じだ。くっくっくっ、今宵の虎徹は血に飢えておるわ」
「なあ、相棒。人の話を聞けよ」
 新藤拓海は、深々と溜息をついた。
 自分が望んだのは、悪魔を素材に鍛え上げられた強力無比な魔剣と鎧。それを身に着けているのは、自分でなく一緒にこの世界へとトリップしてきたクラスメイト。
 他人が装備しているのを見て、遅まきながら気づいたわけだが悪魔を素材にしているだけあって思いっきりカースド・アイテム。妖刀が使い手を破滅に誘うとか、妖刀を手にすると人を切りたくなるとかそんなノリで見事に装備者を呪ってくれる。
 なにせトリップして最初にすることが、剣を振りかざして斬りかかってくる桐崎から逃げ回ることだったのだから。
 鎧や剣の設定語りをすることに夢中になっていて、装備に使いこなせるように使い手の心身を強化するのを忘れていた設定ミスを命がけで身をもって悟った。
 鎧と剣の強化効果で、装備の重さを苦にした様子もなく剣を振り回し襲い掛かってくるのを必死で逃げ回り、なぜか頭の中にインプットされていた攻撃呪文をダース単位で叩き込み、拘束呪文で押さえつけて封印呪文で鎧と剣を抑え正気に戻すまでに森が更地になってたりと周囲の被害も大きかったけど。
 悪魔の鎧と剣は凄いが、実質戦闘にしか使えない。素直にその戦闘力をいかしていくことを考えたのだが……。
 最初に考えていたチートスペックとチートボディをいかして冒険者ギルドに所属して、あっというまにSランクに駆け上って大活躍。女の子にもモテモテ。
 そんな夢は、まさしく夢。
 そもそも、冒険者ギルドというもの存在していませんでしたというオチ。
 銀髪で透けるように白い肌でほっそりとした体つきで金銀のオッドアイの性別不詳の美形になったおかげで確かにもてるようにはなった。日本も昔は、衆道とか言ってホモが普通だったと日本史で習った事を思い出しながら、自分の尻の穴の心配もしなくてはならないくらいに。
 幸いにも、やたらと豊富に頭の中にインプットされていた呪文のおかげで、たいていの問題は力尽くで解決できたので気にしないことにしているが。
 もっとも、トラブルからの縁で傭兵団へと所属することができたのは不幸中の幸いかもしれない。
 呪文とセットでついてきた膨大な魔力は、相棒の封印の維持に大半をつぎ込まないといけないという問題は頭が痛いが、封印が解けると凶悪装備に身を包んだ狂戦士爆誕。
 封印のせいで、悪魔の鎧と剣は――名前は捻りもなくデモンメイルにデモンソード――ともに能力を封印されて、相棒もスペックダウン。
 たまには、全力で暴れてみたい。
 呪われてる桐崎には獲物を与えておかないと、こっちも危険だが。
「おぉ、敵さんが見えてきたぞ」
 嬉しげな声に、視線を前へと向けると街道の先に行軍してくる敵の姿が目に映る。
 円形の盾と身の丈を越える槍。赤いマントに羽根飾りのついた兜。ぽつぽつ混じる、ひときわ派手な羽飾りは指揮官だろう。
 ファンタジー物のゲームやアニメ。マンガやラノベで出てくるのような見た目のカッコいいデザインではなく、無骨で重そうでカッコいいとは言いがたいのが残念だ。
 その手の装備がまったく無いのかと言えば、儀礼用として存在していたり、実用性を伴った魔法系のきわめて高価な装備として存在してはいるらしい。
 六メートルほどの幅の街道を埋め尽くして統一された装備に身を包んだ軍勢が戦意を伝えるざわめきとともに進軍してくる。そして敵軍は、やがてふたりから二百メートルほど離れた位置で進軍をとめる。
 派手な羽飾りの男が、敵軍の先頭集団から抜け出してこちらのほうへと厳かな足取りでやってくる。
「告げる。我らは、テーノスの兵だ。我らはこの先のクセノンに用がある。貴殿らが無関係ならば、道を明けられたし」
 街道の真ん中に立ち塞がるふたりの前にとやってきて、堂々たる態度で告げる男に桐崎が背負っていた黒い巨剣を抜き放ち、路面へと突き立て言葉を返す。
「我ら、クセノンを守る者なり。この道を通りたければ、我らを屍に変えてゆけ!」
 胸を張り、カッコよく言葉を吐く桐崎に拓海も続く。
「進むとあらば心に刻め。我らが名は新藤。そして桐崎。貴殿らを殺す者の名だ」
 ふたりの言葉に男は頷く。
「心得た。されば、我らテーノスは剣を持って語ろう」
 マントを翻すようにしてふたりに背を向け、男は仲間の下へと帰っていく。
 小さくなっていくその背中を見つめながら、桐崎は闘争の喜悦を宿した声で新藤に求めた。
「封印を解除しろ。さすがに、このままでは千人切りはつらい」
「いいだろう。封印術式二号、三号。敵軍殲滅まで限定解放」
 ぞわりとおぞましい気配が桐崎の鎧から放たれる。路面に突き立てられた巨剣の刀身に無数の苦悶する人の顔のような模様が現れ蠢き始める。
「くっくっくっ! 力が溢れてくるぞぉぉぉっ!」
 桐崎の上げる声を耳にしながら、封印の維持に費やしていた魔力が戻ってくるのを確かめ拓海は口元を緩める。
 宣告の使者としてやって来た指揮官が隊に戻るのを確かめ、桐崎へと声をかける。
「さて、相棒。敵さんの準備は整ったようだし往こうか」
「ああ、相棒。待たせては悪いし、往くとしよう」
 剣を肩に担ぐようにして構え、前傾姿勢で桐崎が最初の一歩を踏み出し、たちまちトップスピードまでスピードを上げて敵陣へと突き進んでいく。
 パキス街道の戦いはこうして始まった。


 放たれた矢のように一直線に突っ込んでくる黒い剣士を、テーノスの兵たちはたかが一人と数の優位を確信しつつ慣れた動きで隊列を組み待ち構える。
 前衛が片膝をつき左手の盾をしっかりと路面に構えて、盾の陰に身を隠し右手に握る槍を突き出す。
 隣の兵士と庇いあうように隙間なく並べられた盾は即席の城壁だ。盾を構える前列に加え背後の仲間が、さらに槍を突き出して城壁は槍衾で敵を迎え撃つ。
 重量のありそうな全身鎧に身を包んでいながら、人間離れした速度で駆けて来る敵にテーノスの兵たちは賞賛の念とともに注視する。
 あれだけの装備に身を包み、あれだけの動きを可能にするためにどれだけ己の身を鍛え上げたのか。
 それだけの兵士を単騎突っ込ませて捨て駒にするクセノンの民に侮蔑の念を胸に抱く。
 装備の重量と突撃の速度もあって、衝突の衝撃はかなりのものになるだろう。ひょっとしたら、前衛の隊列を崩されるかもしれない。
 しかし、それは同時に突き立てる槍の勢いに相手の速度が上乗せされ威力を増すことを意味する。
 そして、例え崩されても背後で組みなおせばいい。崩された前衛で押し包んでそのまま押し潰してしまえばいい。
 傷を負う者は出るだろう。死ぬ者だっているかもしれない。それでも、勝つのは自分達だという勝利の確信を胸に彼らは相手を待ち受け。

 薙ぎ倒された。

 刺し殺すべく突き出された槍は刺さる事無く弾かれ、突撃を受け止めた盾は鉄塊でも叩きつけられたように砕かれた。
 盾を構えていた兵は衝突の衝撃に、後ろへと弾き飛ばされて後列の兵を巻き込み押し倒す。
 力尽くで前衛の構えた盾の壁を食い破り飛び込んできた黒の剣士は、その勢いのままに手にしていた剣を斜めに振り下ろす。
 その刃の軌道上にいた不幸な兵士は、身に着けていた装備ごと叩き斬られ悲鳴を上げる間もなく即死する。
 刃の鋭さでなく、単純な力技で切断された人体の断片が血飛沫を撒き散らしながらいくつも宙を舞う。
 予想以上のその暴威に、テーノスの兵士たちが呑まれて生まれた一瞬の静寂。
 それを切り裂くかのように、黒の剣士は血糊を振り払うように勢いよく剣を振り払い咆哮する。
「かかってこいやぁぁぁっ!」
「おっ……押し包めぇっ!」
 助走をつけさせたら、またあの突撃が来る。数で押し包んで、身動きを取れなくした上でそのまま倒す。
 とっさの判断で、指揮官が叫んだ命令に兵士達は自らを鼓舞する雄叫びとともに盾を構えて、盾ごと体当たりをするように黒の剣士へとぶつかっていく。
 それに対して、黒の剣士はゲラゲラと笑いながら無造作に剣を真横に振るう。
 空気を切り裂く音を奏でて勢いよく振り払われた剣の間合いに入り込んだ兵士達は、雑草でも刈り取るように薙ぎ払われ、吹き飛ばされる。
「ははははははは! 脆い、脆いぞぉっ! 雑魚どもが、俺様無双しちまうぜ」
 笑いながら、技も何もなくただ無造作に剣を振り回し街道を埋め尽くすテーノスの兵を切り倒し暴れまわる。剣が振り回されるたびに、薙ぎ払われた兵士が宙を舞い、叩き斬られた人体の破片が当たりに飛び散って、生臭い臓物の匂いと血飛沫をあたりに撒き散らす。
 石畳の街道は血に濡れて赤く染まり、黒の剣士が歩んだ後には傷つき倒れて呻く兵士と、人間の残骸が残される。
 圧倒的暴力の化身がそこにいた。
 そして、その相手をするテーノスの兵たちはひとつの事に気づいた。
「お、おい……。あの鎧、血を吸ってないか?」
 黒の剣士の鎧は、浴びた返り血で濡れている。その返り血が、染み込むようにして鎧に吸収されていく。乾いた砂地に染み込む水のごとく、鎧を濡らす血が貪られているのに気づいた兵士は震える声でそれを口にする。
 見れば血を啜っているのは、鎧だけでなく剣もだ。
「……悪魔だ」
 誰かがかすれた声で漏らした呟きが、静かに広がる。
「なんだ、びびってるのか?」
 足を止めた黒の剣士を囲んで円形の空白ができる。
 盾を押し並べ、槍を突きつけて囲むテーノスの兵士達の目にはいまだ闘志が宿り、心は折れていない。だが、圧倒的な力を誇る相手に動揺を見せ、攻めあぐねている。
「前の兵、左右に散れ! 街道から離れろ」
 朗々と響く声が命令を下したのはその時だった。
 その声を耳にした兵士達は、日ごろの訓練の成果を見せるように素早い反応でさっと街道の左右に散っていく。
 街道を埋めていた兵士の人垣が割れて、開けた視界の先。百メートルほど離れた場所で、自分へと光を宿した掌を向けた、今までの兵たちと違う軽装の兵の隊列を見て黒の剣士が呟く。
「魔法使いか?」
 無数の掌から放たれた、無数の光弾が回答として黒の剣士へと降り注ぐ。
 着弾と同時に炸裂する光弾の衝撃によろめく黒の剣士の姿に、射線を開けるために街道から退避して見ていた兵士達に期待のざわめきが走る。
「今のはいいな。ちょっと、くらりとした」
 その期待を断ち切るように、光弾の弾幕が終わると同時に愉しげな声があたりに響く。街道の左右に分かれたテーノス兵士ぐるりと眺め渡し、剣を肩に担ぐ。
「ちょいと散らばりすぎだな。後ろに進まれたら面倒だ。支援攻撃が欲しいぞ、相棒」
「いいとも、相棒。まとめて焼き払ってやるよ」
 黒の剣士の求めに応えて、どこからとも無く響いた声。同時に降り注ぐ無数の赤く輝く光弾。それは着弾と同時に炎を撒き散らす。
 一瞬にして、あたりは炎が踊り狂う焦熱地獄と化す。
 炎の壁が視界を遮り、炎の熱が鎧ごと肌を焼き、息をしようとすれば炎の熱気が肺を焼く。炎の海に飲み込まれた兵士たちにできることは、灼熱に焼かれて踊り狂うように悶えて、悲鳴を上げながら死んでいくことだけ。
「な、何たる……」
 一瞬で目の前に生み出された凄惨な地獄の光景に、魔術師隊の兵士達が息を飲む。
 それを目にしながら、魔術師隊を指揮していた指揮官は淡い期待を胸に抱いた。目の前の地獄には黒の剣士も飲み込まれた。
 ならば、一緒に焼かれているのでは?
 そんな淡い期待を踏み潰すように、炎の壁の向こうから足音が近づいて来る。
 灼熱の地獄の中を散歩でもするように、ゆっくりとした足取りで近づいて来る。
 揺らめく炎の壁の中から、禍々しい漆黒の鎧に身を包む剣士が抜け出してくる悪夢じみた光景が、背筋に冷水を流し込まれたような冷たい恐怖を走らせる。
 上空から乙女とも少年とも見える銀の髪の美しい人影が、その傍らに舞い降りる。
「ここから先は足止めだ」
「そして、お前達の行き先はあの世に変更だ」
 ふたりの姿を目にした全ての兵が、ふたりの声を耳にした全ての兵が悟った。
 勝てない、と。


 パキス街道の戦いは三百の兵が無傷で、三千の兵を壊滅させるという異常ともいえる結果を残し。
 三千で攻め寄せたテーノスの兵はそのほとんどが死傷し、わずかな数が逃げ延びて彼らが語る戦いの話から『路上の悪魔』、『街道上の怪物』の異名は諸国に轟いた。


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