筑前国 宝満城
宝満城には徐々に兵が集まりつつあった。
といっても、これは俺が画策した援軍ではない。先に毛利軍の計略によって城を落とされた際、力及ばず城外に逃げ延びた兵たちが、大友軍が宝満城を奪還したことを知って帰参しつつあるのだ。
これに先の戦いで返り忠した兵を含めると、なんとか一千を越える軍ができあがる。
岩屋城で最後まで戦い抜いた四百を加えれば更に増えるが、さすがに彼らを今すぐ用いることはできないので数には含めていない。
中には紹運どのや萩尾大学のように進んで戦力になろうとしてくれる奇特な人たちもいたが、それはあくまで例外であった。
この戦いが始まった当初、宝満城と岩屋城にはあわせて五千を越える兵が立てこもっていた。
それが今や一千たらず。むろん、ここにいない将兵がすべて戦死したわけではないが、岩屋城だけを見ても戦死者の数は千を越えている。この短い期間にどれだけ激しい戦いが繰り広げられたのか、この一事だけでわかろうというものであった。
しかも、今なお戦いは終わっていない。今後、どれだけの数の将兵が倒れることになるのか、今の時点では推測のしようもなかった。
「――ところで師兄、ひとつうかがいたいのですけど」
「む、なんだ?」
先刻、道雪どのから届けられた書状に改めて目を通していると、長恵がなにやら思案顔で問いかけてきた。
場所は城内の一室で、俺の隣には吉継と長恵の二人が控えている。
ここにはいない人たちの動向をいっておくと、紹運どのと、紹運どのの家臣である尾山種速、萩尾大学の両名は兵の再編成に取り掛かっている。
もうひとり、秀綱どのには城外に出てもらっていた。これは毛利その他の諸勢力の動きを警戒してのものであるが、危険を分散する意味もある。
宝満城は古処山城と同じく山の頂きに位置する城である。標高も古処山と似たようなもので、つまり長所も欠点も古処山城と酷似していた。立てこもって守る分には良いが、いったん山頂に閉じ込められてしまうと身動きがとれなくなってしまうのである。
今、たとえば毛利あたりが一軍を派して宝満城を急襲してくる可能性は否定できない。その時、俺たちは否応なしにこの城で防戦しなければならないわけだが、そうなると各地から集まってくる援軍を統括する者がいなくなってしまう。それでは各個撃破の良い標的である。
そんなわけで、もしも敵軍が襲ってくるようなことがあれば、秀綱どのは城に戻らず道雪どのの軍に行ってもらい、預かっていた軍配をお返しする旨を伝えてもらうことにしていた。
まあ道雪どのであれば、たとえ俺からの使者が来なくてもなんとかしてのけるだろうが、俺が打った幾つかの手を伝えておく必要もあるのだ。書状だけでは伝えきれないこともあり、そのあたりを秀綱どのから道雪どのに伝えてもらえば、俺が宝満城に閉じ込められたとしても、その後の動きはスムーズに進むだろう。
それはともかく 長恵が訊きたいこととは何だろうか。
だいたい想像はつくけれども。
「立花山城と古処山城の交換、どれほどの成算がおありなのですか?」
「やっぱりそれか」
「訊かないわけには参りません。戸次さまと師兄を仲良しにするという我が野望、まだ果たし終えていないのですから」
「……なんとも遠大な野望ですね」
ぼそりと呟いたのは俺ではなく吉継である。
俺はといえば、高千穂遠征からこちら、長恵が俺と誾のことを何かと気にかけてくれているのを知っていたので何とも言いようがなかった。
気にかけてくれるのはありがたいが、その方法はといえば、いきなり試合を挑んできて、それを隠れている誾に見せるとかいうよくわからないやり方だったりするので、素直に感謝もしづらいのである。
まあ長恵の理由はどうあれ、城交換自体については吉継も気にしているっぽいので、簡単に説明しておこう。
「そうだな、成算はある。五分五分よりも少しは良いだろうな。六分四分といったところか」
「して、その心は?」
「理由は幾つかあるが、まず城の価値はいうまでもなく立花山城が優る。立花山城を支配することは博多津を支配することと同義だ。これを交渉で手に入れられるわけだから、向こうにとっても悪い話ではない」
俺の言葉に長恵と吉継が同時にうなずいた。
続いて、吉継が問題点を挙げる。
「気になるのは毛利軍がどれだけ城攻めを進展させているか、ですね。すでに立花山城を落とす目算が立っている場合、毛利が交渉に応じる必要はありません。自力で立花山城を落としてしまえば良いのですから」
それを聞いた長恵はおとがいに手をあて、自分の考えを述べる。
「姫さまの仰るとおりかとは思いますが、以前にうかがったところでは、先の戦いで毛利の両川は危険をおかして秋月の当主どのを救いにいらっしゃったのですよね。敵中に孤立した秋月どのを放っておくことができますか?」
大友軍はしばらく前まで古処山城を支配していた。当然、城内の防備や周辺の地形を把握しているわけで、いくら城の守りが堅くても相応の兵力を投入すれば落とすことは不可能ではない。そして、毛利との決戦を控えた大友軍が古処山城の奪取に注力することは十分に予測できるはず。種実を失いたくない毛利軍が交渉に応じることは十分にありえる、と長恵は言った。
それを聞いた吉継が軽く目を瞠る。
「……長恵どのらしからぬご意見ですね」
丸目長恵という人物、以前はもっと事態を簡明に割り切って捉えてはいなかったか。
そんな吉継の疑問に対し、長恵はしれっと応じた。
「姫さまほどではありませんが、私もそれなりに師兄の影響を受けているのです」
「なるほど、納得しました」
え、納得するの? と驚く俺に吉継が一言。
「何か仰りたいことがおありですか?」
「……いえ、何にも」
言いたいことはあったが、どう言えばいいのかわからなかった俺は、話を先に進めてごまかすことにした。
「二人がいま言ったことはいずれもしかり、だ。付け加えるなら、毛利は他にも気にしなければいけないことがある。将軍家の動向だ」
その言葉に吉継は眉をひそめ、長恵は目を瞬かせた。
「お義父さま、今この時、毛利が将軍家の動向を気にする理由は何でしょうか。先に毛利は『大友と和睦せよ』との将軍家の意向に逆らいました。その意味では確かに将軍家の動きを気にかけてはいると思います。しかし、此度、毛利はそれを承知の上で大軍を催して攻めてきたのです。これは将軍家が動かない、ないしは動けないと見切った上でのことでしょう。その毛利が今さら京の動きを――――いえ、まさか」
途中で不意に言葉を途切れさせた吉継は、唇に繊手をおしあてるようにして何やら考え込んだ。
そしておもむろに上目遣いで俺を睨むや、棘を含んだ声で詰問してくる。
「もしや、先に私と長恵どのに豊後で勅使の件を触れて回らせたのは、このためもあったのですか?」
「はじめから意図していたわけではないが、結果としてそうなったのは事実だな」
「……そういうことをなさるから、お傍にいる私たちが影響を受けざるを得ないのだと自覚していただきたいものです」
そういうと吉継は、はぅと小さく溜息を吐いた。
どういうことかというと。
以前、俺は吉継たちにこう命じた。筑前に赴く際、豊後を通って勅使の到来を触れて回るように、と。
これは将軍家と大友家の繋がりを強調するためだった。将軍さまはムジカを建設した宗麟さまを許し、今なお深く信頼している――そう広めれば、動揺する大友家臣団を静める一助となるだろうと考えてのことである。
この話は大友と島津の講和という事実(正確には、話を広めた段階ではまだ講和は結ばれていなかったが結果的に事実となった)を元にしているだけに、上下を問わず豊後の人々の口に膾炙したことだろう。
必然的に、豊後の情勢を探っていた毛利家の耳にも入ることになる。
長恵がパチンと両手を叩いた。
「なるほど! 将軍殿下が勅使を遣わされたのは越後の方々の御芳志あってのこと。けれど、毛利家はそんなこととは知らないわけですから――」
長恵の言葉を、疲れた顔の吉継が引き取った。
「当然、別の解釈をしますね。将軍家が大友を助けるために本腰をいれてきたのではないか、大友と島津を講和させた勅使はその魁なのではないか、と。そこにきて竜造寺軍の撤退です。大友を嫌ってやまない竜造寺が、窮地にあるはずの敵にとどめをさすことなく、かえって兵を退いた。内実を知らない毛利が、そこに将軍家の意思を感じとっても不思議ではありません」
将軍家は大友家を助け、かつ意に従わない毛利家を討伐するために包囲網を築きつつあるのではないか。
毛利家は強大であるがゆえに敵も多い。出雲の尼子家や備前の浦上家、瀬戸内の海を介して伊予の河野や近畿の三好らとも利害関係を持っている。
彼らにしてみれば、毛利が北九州を制してこれまで以上に強大になられては困るのだ。そこに将軍家が毛利討伐のお墨付きを与えれば、事態はたちまちのうちに血の色を帯びてくる。
毛利軍の主力が遠征中とあれば尚のこと、野心をかきたてられる者もあらわれるだろう。
――まあ、実際には毛利も遠征にあたって背後に注意しているはずなので、そこまでひどい事態にはなるまい。主力部隊の大半が不在とはいえ、当主である毛利元就は安芸本国で周囲に睨みを利かせているわけだし。
しかし、である。
俺は一連の話をまとめにかかった。
「ただ、将軍家が動き出せばそうなる可能性がある。これは無視できることじゃない。毛利としては筑前制圧に時間をかけたくはないだろう。城の交換がこれに寄与すると思えば、強いて拒むことはしないんじゃないかな」
なにしろ、毛利軍が兵力でこちらを圧倒しているのは動かない事実である。城を交換すれば、こちらには立花山城の守備兵が加わるわけだが、向こうにも秋月勢が加わるから戦力比はほとんどかわらない。
その上で一箇所にまとまった大友軍を野戦で叩き潰してしまえば、古処山城はもちろん宝満城もあっさり取り返すことができるわけで、毛利としてはむしろ願ったりであろう。
「そういった判断にくわえて、立花山城の有用性や秋月種実の存在を思い合わせると、毛利隆元が城の交換に応じてくれる可能性はあると俺は踏んでいる。それが成算ありと答えた理由だ」
俺が話を終えると、長恵はぺこりと頭を下げた。
「話していただき、ありがとうございます。そうそう、あと師兄が毛利軍に赴く際には是非ともお連れくださいますよう、ここでお願いしておきますね」
「……あれ、それについてはまだ一言もいってないはずなんだが?」
俺が首をかしげると、吉継が溜息まじりに教えてくれた。
「これまでのお義父さまの行いをかえりみれば誰でも予測できます。道雪さまがお着きになったら、そこで腰の刀をお返しして、その足で毛利軍に赴くおつもりだったのでしょう?」
「をを、そのとおり。城交換の時といい、最近の吉継の洞察力は目を瞠るものがあるな」
「以前よりもお義父さまの性向が理解できるようになっただけです」
「俺の性向とな?」
「飛んで火に入るなんとやらではありませんが、お義父さまは一番厄介なところにこそ飛び込んでいかれます。しかも自覚してやっているあたり、余計に始末に負えません」
吉継はそういうと、俺を見て困ったように笑った。
「そんなお義父さまに救われた身としては、そこをつつくのは天に唾するようなものなのですけれどね。長恵どのもしっかりと見抜いてらっしゃいましたし、私と同意見なのではありませんか?」
吉継に水を向けられた長恵は、うーんと首をひねった。
「私の場合、姫さまと違って『こうしてくれれば面白いな』と思うことが、師兄の行動とよく重なるんですよね」
「……なんという似た者主従。本当にこの人たちときたら、もう」
吉継はなにやらぶつぶつと呟いた後、地の底に達しそうなくらい深い溜息を吐く。
それを見た俺と長恵は視線をあわせ、わけもわからず首を傾げるしかなかった。
◆◆◆
筑前国 立花表 毛利軍本陣
高橋鑑種による交渉が失敗に終わったことで、毛利軍は立花山城総攻撃の準備に取り掛かった。といっても、攻囲が始まってすでに一月近く。準備といっても、具体的には総攻撃の日時を取り決めることくらいしかすることはなかったのだが。
そんな時、別働隊を率いていた小早川隆景が本陣に姿を見せる。
先触れもなしに姿を見せた隆景を見て隆元と元春はおおいに驚いたが、同時に凶報の兆しを感じ取って眉を曇らせた。
はたして二人の予感はあたり、大友家と島津家が将軍の勅使によって講和を結んだことを知るに至る。
三姉妹は本陣の奥で額をつきあわせ、改めて互いの情報を交換して今後の対策をたてなければならなかった。
はじめに口を開いたのは元春である。
「ここにきて公方が動く、か。隆景、大友と島津が勅使によって講和を結んだという話、どれほど信頼できると見る?」
「ただの噂ってわけじゃないね。はじめは国内を落ち着かせるための策かと思ってたんだけど、しばらく前から豊後の様子がおかしいんだ。これまで進んで情報をくれていた人たちが、急に及び腰になったりとか、色々と」
「ふむ。風見鶏は自身が軽いゆえによく風向きを読む。彼らの中で風が変わったと感じる出来事があり、それが勅使であったということか。となると、もしや竜造寺のことも、これに絡んでくるのか」
元春の言葉を聞いた隆景が首を傾げた。
「春姉、竜造寺のことってなに?」
「竜造寺が筑前から兵を退いた」
「それは筑後に攻め込む準備をするためじゃないの? 岩屋城を落としたんなら、もう筑前に攻め取れる大友領は残ってないし」
「それとほぼ同時に、宝満城が大友軍に奪い返されたのだ」
「はいッ!? それすごい重要なことじゃないか。なんでぼくに知らせてくれなかったの!?」
気色ばむ隆景を見て、隆元が慌ててなだめにかかる。
「あ、あの隆景、落ち着いて。もちろん知らせようとしたよ。ていうか、知らせたよ。ただ、その使者が隆景のところに着く前に、隆景がこっちに来ちゃっただけなの」
「……あ、ああ、そっか、すれ違っちゃったのか。つまり、隆姉たちが知って、まだ間もないってこと?」
「うん、そういうことだよ」
「そ、そうなんだ。ええと、早とちりしてごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる隆景を見て、元春はそれとわからないくらいかすかに肩をすくめた。
今回の戦、元春は隆元と行動を共にしているが、隆景は別行動になっている。作戦上、仕方ないこととはいえ、隆景にとっては面白くなかったのだろう。その不満が小さな誤解に繋がったことを元春は悟ったが、それを真っ向から指摘すれば隆景がふくれっ面になってしまう。
平時なら、あえて妹をからかうことも辞さない元春だが、今はそんな楽しみに興じている暇はない。
そう思い、戦況説明を続けた。
「落ち延びてきた兵によれば、敵はきわめて少数だったとのことだ。はじめは竜造寺が大友兵を装って宝満城を強奪したのかと考えたが――」
「それなら竜造寺が兵を退くはずないもんね。ん? でも大友が城を奪ったなら、かえって竜造寺にとっても好機じゃないかな。大友から奪い返せば、ぼくたちに城を返す必要はなくなるわけだし。ぼくならすぐに宝満城に攻め込むんだけど?」
「今のところ、その気配はない。次の報告でどうなるかはわからないがな」
それを聞いた隆景は与えられた情報を咀嚼するため、しばしの間、考えに沈む。
やがて顔をあげた隆景の目には怜悧な光が宿っていた。
「確認なんだけど、竜造寺は岩屋城を落としたの?」
「落城寸前まで追い詰めていたことは間違いない。ただ、宝満城が襲われた時点では、まだ陥落してはいなかった。城が奪われた後、一部の兵は竜造寺に助けを求めようとしたそうだが、その時には竜造寺軍の陣地はすでにもぬけのからであったそうな。そして、岩屋城からは派手に火の手があがっていた」
「竜造寺軍が総攻撃に出たってわけでもないんだよね?」
「うむ、岩屋城には喊声ひとつあがっておらず、ただ静かに燃え落ちていくだけだった、と報告した兵は言っていた」
「…………話を聞くかぎり、大友と竜造寺の間に何かの約定ができてたとしか思えないんだけど、ぼく?」
「まったく同感だ。その約定が我らに不利益をもたらすものであることも間違いあるまい」
元春はそう言うと、だが、と続けた。
「これまで一貫して大友に敵対していた竜造寺が、ここでいきなり態度を翻す理由がわからなかった。毛利の強勢を警戒して、というのであれば、そもそも我らと組んで大友を潰そうとはするまい」
ここにきて、隆景はようやくはじめに元春が口にした「もしや竜造寺のことも、これに絡んでくるのか」という言葉の意味を理解することができた。
そして、その理解は言い知れぬ戦慄を伴っていた。
「……つまり春姉はこう考えたんだ。将軍家は大友と島津を講和させただけじゃなくて――」
「大友と竜造寺をも講和させたのではないか。そう考えた。ただ、だとしても解せない点がある」
元春が隆元に視線を向けると、隆元はこくりとうなずいた。
「公方様が本気で毛利の力を削ごうとしているなら、島津や竜造寺はもちろん、今、わたしたちに協力してくれている国人の人たちのところにも使いをお出しになっていると思うんだよね」
豊前や筑前の国人衆が敵にまわれば、兵力はもちろん、補給その他の面でも毛利軍は苦境に陥ることになる。もちろん将軍家の使者が来たからといって、国人衆全員がいきなり毛利に敵対するはずもないが、それでも使者を差し向けるだけなら大した労力ではない。将軍が試さない理由はないだろう。
だが、将軍がそうした行動をとった形跡はない。宝満城の陥落と竜造寺の撤退を知った国人衆の中には動揺している者も見受けられたが、ほとんどの国人衆はこれまでとかわりなく毛利に協力してくれている。動揺していた者たちにしても、夜陰にまぎれてひそかに陣を離れたりはしていなかった。
腕組みをした元春が、陣幕の天井を睨みつつ口を開く。
「詮ずるところ、公方の使者は国人衆のところには来ていないと推測できる。かといって、竜造寺の不可解な動きが彼ら自身の思惑であるとも考えにくい。島津にしたところで、今の死に体の大友と講和を結ぶ利益がどこにあったのやら。立花どのが居城におられぬことも気にかかる。どうも、なにか得体の知れない思惑が動いているように思えてならん。毛利に大友、島津に竜造寺、はては公方すらも飲み込んでな」
「……例の雲居って人かな?」
「そうかもしれんが、しかし、それにしては動きが大きすぎはしまいか。あの御仁がどれほどの智略の主であろうと、ただひとりの力でここまでの動きができるとは思えん」
「だよねえ。前に会った時から多少出世したみたいだけど、別に加判衆に取り立てられたわけでもないんだし」
むむ、と考え込む元春と隆景。
そんな妹二人を前に、隆元は決意を込めて口を開く。
「問題なのは、この動きが明らかに大友家に利していることなんだよね。実際に動いたのが二人がいう雲居って人なのか、それともそれ以外の誰かなのかはわからないけど、その人の目的が大友家を助けることにあるのは確かだと思う。そして、それは南蛮を助けることにも繋がっている。この動きを画策している人がそれをわかっていないなら大変だし、わかっていてやっているならもっと大変」
――なんとしても、止めないと
そう口にする隆元の顔に紛うことなき戦意が宿り、二人の妹は同時にうなずいた。
大友の強勢は南蛮神教の拡大を意味し、南蛮神教の拡大は南蛮国の侵略を呼びこむ。ゆえに、大友家と和睦するという選択肢は絶対にとれない。
もとより戦力では優っているのだ。策を力で押しつぶす、そういった戦い方は可能であった。
地図を広げた隆景は、まず肥前を指差した。
「まずは竜造寺に使者を出して真意を訊かないとね。共同作戦の最中に勝手に兵を退いたのは、ある意味ぼくらに対する裏切りでもあるわけだし。単に様子見をしているだけならともかく、大友側につくつもりなら、こっちも相応の態度を示さないといけない」
「使者はすでに差し向けている。あくまで事情を問うためであって、過激な末姫どののように脅迫まがいの言辞を弄しろとは命じていないが」
隆景は不満げに頬を膨らませた。
「ここは強気で行くべき場面だと思うけどね。まあそれはいいや。問題は次。古処山の種実くんだよ」
そういって隆景は次に古処山城を指差す。
「宝満城が奪われたってことは、種実くん、孤立しちゃったことになるよね。大友としたらここを落として豊後との連絡を確保したいだろうし、ちょっと危ないかも」
「確かにな。古処山はそう簡単に落ちる城ではないが、大友に支配されていた城でもある。兵力を集中されたら危険だろう。立花山城の攻略を急ぐ必要がある」
元春がそう応じると、隆景が一つの策を提示した。
「いっそ、ここで兵を二手に分けたらどうかな。兵の分散は避けるべきだけど、今のぼくたちなら問題はないよ。宝満城を落とした大友軍は少なかったんでしょ? 一万も出せば楽に包囲できるし、そうすれば種実くんと連携することもできる」
「ふむ、それは一案かもしれんが、ただ、下手に兵を割くと立花山城の者たちが勢いづいてしまうぞ。千や二千ならともかく、一万もの兵が動けば間違いなく気づかれようし、気づけば士気もあがろう。援軍が来た、とな」
「どれだけ士気があがっても、渇いた喉は潤せないよ」
「一刻の延命が一度の雨を招くこともありえる。二兎を追うのは避けるべきではないか。全軍で立花山城を落とし、その上で宝満城に押し出せば大友軍は為す術があるまい。種実には一時的に孤立を強いることになるが、それも長いことではない。あれもれっきとした武将だ、その程度のことで弱音を吐いたりはせぬだろう」
「まあ弱音は吐かないだろうけどさ――ああ、でも大友軍が少ないってことは、種実くんだけで対処することもできないわけじゃないってことか。案外、ぼくたちがどうこうする前に種実くんがなんとかしちゃうかもねー。可愛い子は千尋の谷に突き落とせっていうし」
「そのような格言は初耳だ。まあ、これが並の敵将相手ならば種実の器量に期待するのもよかろうが、やはり気になるのは立花どのの所在が知れぬことだ。我らとて兵数に開きがなければぶつかれぬ相手。種実の手勢のみであたるのは厳しかろう」
妹たちが話し合っている間、隆元は自分から発言することなく、じっと話に耳を傾けていた。
元春と隆景が論を戦わせ、それをじっくりと聞いた隆元が熟慮の末に決断を下す。
毛利の軍議ではめずらしくもない光景であり、このやり方で毛利は多くの勝利を重ねてきた。
今回もその例に倣えますように。
隆元がそんなことを考えていると、妹たちのものとは異なる声が耳に飛び込んできた。
「申し上げます、隆元さま」
「何事ですか?」
兵の声に緊張がないので敵襲というわけではないだろう――その隆元の考えはある意味で正しく、ある意味で間違っていた。
「後陣の桂さまより報せがあり、大友の使者を名乗る者が参ったとのこと。その者、雲居筑前を名乗り、供の者は二名のみ。どのように処するかお指図を願うとのことです」