日向国ムジカ港
大友宗麟によるムジカ建設が始まって以来、活気の絶えないムジカの港であるが、今日この日ほど人が溢れたことはなかったであろう。港に集った人数は優に一千を越え、港湾部に入りきれなかった者たちも数に入れれば、二千に達していたかもしれない。
現在、大友家当主、大友フランシス宗麟はみずから港に足を運んでおり、これだけの人数が集まった一つの理由となってはいたが、今日に限ってはその宗麟も主役とはなりえない。
今日の主役となるべきは、宗麟の前に畏まって頭を垂れている十人の少年少女たちであった。
白を基調とした衣服は、その一つ一つが聖職者の手によって織られた聖なる品であり、これを纏うことが許されるのは南蛮神教の信者の中でも一握り、本当にごく限られた者たちのみ。
今、宗麟の前にかしずく彼らは、その栄誉を生来の容姿と自身の努力とによって勝ち取った者たちであった。
上は十三、下は八歳で構成される彼らはいわゆる『遣欧使節』であり、南蛮の進んだ文化を学び、教養を深めるために異国へと渡ることになる。おおいなる神の栄光に満ちた地をその眼に焼き付けた彼らは、帰国後、その経験を日の本の各地に広めることになるであろうと思われていた。
宗麟の代になってから、この種の使節団が派遣されるのは初めてではない。これまでも片手では数えられない回数の使節団が南蛮本国に差し向けられている。最初の派遣からまだ三年も経ってはおらず、いずれの使節団もまだ帰国してはいないが、彼らの評はカブラエルを介して宗麟の耳に伝わっていた。
東の果てからやってきた少年少女たちは、ゴアでも本国でも、その聡明さと純真さをいたく愛されており、南蛮人の間でも日本に対する認識は大きくかわりつつあるという。
これは宗麟にとっても喜ばしいことであり、同時にこの国にとっても喜ばしいことであるはずだった。そのため、宗麟はカブラエルの勧めるままに信者たちの中から優秀な子供たちを募って異国へと送り出しているのである。
無論、強制してのことではない。
南蛮に派遣されるということは、より神の膝元に近づくということである。くわえて、使節団に選ばれるということは、その能力と人柄が宗麟とカブラエルらの南蛮神教に認められることも意味し、帰国の暁には重職に就くことがほぼ約束されたようなものであった。
幼い子供たちは信仰から、年を経た者たちは我が子の立身、あるいは自家の功利を求めて、すすんでこの使節団への参加を望み、人員の選定は常に大変な労力を必要とするほどであった。
亡き角隈石宗などは、優秀な人材が他国へ流出してしまうことを危惧したのだが、本人や親たちが望む以上、強いてこれを制止することは出来ない。また、彼らは見聞を広めた後は帰国して、その知識を大友家や南蛮神教のために役立てるのだから、とカブラエルに言われれば、あえてそれ以上反駁することは不可能であった――先に派遣した者たちが戻らないことも、彼ら自身がより長期の滞在を希望しているといわれてしまえば確かめようもないのである。
今、群集の視線の先に立つ子供たちは、幾多の審査を経た上で選び抜かれた者たちであり、その顔は見に積もる誇りと栄誉で上気していたが、幼い身で親元を離れ、異国に旅立つとあって、不安や恐れを滲ませる者も少なくなかった。否、多かれ少なかれ、彼らは皆、これからの旅路に対する不安を胸中に抱いていたに違いない。
過去、幾たびも羨望の思いと共に子供たちを送り出した宗麟は、そんな彼らの思いを十分に察している。
一人ひとりに親しく微笑みかけ、人の温もりを感じられるように彼らの髪や頬に手を添え、その眼差しから不安の色が消え去るまで優しく語りかける。
この時の宗麟は大友家当主ではなく、目の前の子供たちと同じ、一人の南蛮神教の信徒として振る舞い、結果としてそれが子供たちから過度の緊張を取り除いていた。
「これより海を越え、神の膝元に赴く子供たちに神のご加護があらんことを。この尊き旅路が主の祝福で包まれますように。そして、今ここにいる子供たちと、送り出すわたくしたち、その誰一人として欠くことなく、やがて来る帰国の日を迎えることが出来ますように」
宗麟のその言葉が響きわたると、港は千を越える人数がひしめき合っているとは思えないほどに静まり返り、厳粛な雰囲気に包まれるのであった。
◆◆
その一方で。
使節団が乗り込む南蛮船の一室からは、厳粛とは程遠い笑い声が零れ出ていた。
「つまり、いいようにしてやられた、ということか。貴様らしからぬ不手際だな、カブラエル」
「申し訳のしようもございません、殿下」
そう言って、カブラエルは深々と頭を下げる。
「なに、そう何もかも思い通りに進んでは何事も面白くない。その意味でいえば、私にとっては良い余興だ。それに貴様が使節団の方に赴いていたことを考えれば、別段、貴様だけの責というわけでもあるまいが――」
しかし、とフランシスコ・デ・アルブケルケは、自分と同じ名をもつ宣教師に皮肉げな笑みを向ける。
「父上がそう考えるかは、私の知るところではない」
「……は」
カブラエルは首筋に汗が伝い落ちるのを自覚した。
季節は冬。フランシスコの部屋は暖がとってあるとはいえ、汗ばむほどではないのだが……
カブラエルとしてはすべてが順調に進んでいると考えていた。
ゴア総督が執心する吉継にしても、ムジカに招きよせた時点で籠中の鳥に等しい。さらに、それを守る者がみずから敵国へと赴くことを承知した以上、カブラエルの意図を妨げる者は誰もいないはずであった。
それでも万一に備えて高千穂への道には人数を配し、島津家への使者の中に紛れ込むことがないようにそちらにも注意を払っていた。まさか危険が大きい島津への使者に義理とはいえ娘を同行させるとは思わなかったが、薩摩へと向かう途中で使者の一行から抜け出す可能性もあったからだ。港も無防備にしてあったわけではない。
それだけの手を打った上で、カブラエル自身が、豊後からムジカへとやってきた使節団を迎えに出たのは、ゴア総督は知らず、その子であるフランシスコにとってはむしろ彼らの方が本命だと考えたからであった。
元々、第七次の使節団派遣の話は日向侵攻の前からあったのだが、カブラエルは聖都計画と重なることもあって、使節団派遣は延期するつもりだったのである。
にも関わらず、それを強行させたのはフランシスコであった。フランシスコが旗艦バルトロメウを動かしたのは、日向侵攻のためではなく、彼ら使節団を迎えるため。フランシスコにとっては父が執心するドールや、カブラエルが知略の限りを尽くして築こうとしているムジカはあくまでついでに過ぎなかったのである。
フランシスコが聡明と従順を兼ね備えたこの国の人間を、様々な意味で重宝していることをカブラエルは承知していた。顔をあげれば、フランシスコの膝にすがるこの国の少女の姿が目に入る状況であれば、承知しない方がおかしいだろう。
宗麟がこの場にいれば、その少女が第二次使節団の一員であったことを知るだろうが、カブラエルにとってはそれはどうでもいいことである。
問題なのは、カブラエルがムジカを離れたわずかな隙に、肝心要の人物をムジカの外に逃がしてしまった事実であった。
経過を見れば、ある意味でフランシスコのせいともいえるのだが、まさかそんなことを口にするわけにもいかない。
このまま計画を進め、島津と戦端を開いてしまえば、間違いなく大友家の使者は島津に殺される。その中にドールが含まれていれば、ゴア総督の怒りは雷挺となってカブラエルを撃つだろう。それを避けるためには使者を呼び戻さねばならないのだが、下手に時間をかけてしまえば、艦隊の方にも影響が――
カブラエルが眉間に皺を寄せる。すると、そのカブラエルの内心を読み取ったようにフランシスコが含み笑いをもらした。
「とはいえ、使節団の派遣を急がせた私にも責がないわけではない、か」
「とんでもございません。殿下に責任などあろうはずが……」
「おためごかしはよい。異国の者に、わが国が侮られるのも面白くないしな。我らを謀った輩には、相応の報いを与えてやるべきであろうよ――トリスタン」
「――はッ」
それまで無言で部屋の片隅に控えていた聖騎士が、フランシスコの呼びかけに応じて、すっと前に出てきた。
「貴様は適当な人数を連れ、高千穂とやらいう邪教の巣窟に赴け。たしかかの地には五千近い十字軍兵がいるという話だったな、カブラエル。そして大友の兵は二千に足らず、と」
「は、確かにそのとおりでございます」
「五千の人数にトリスタンの武威を併せれば、邪教徒と大友、双方を制することは容易かろう。カブラエル、貴様の配下の宣教師も何人かトリスタンにつけよ。牙を抜かれたかの地の者たちを今一度煽り立てるためにな」
そのフランシスコの命令を聞き、なるほど、とカブラエルは内心で頷いた。
戸次誾が筑前へ去り、雲居筑前が薩摩に赴いた今、トリスタンが高千穂の五千の十字軍を率いれば、それを止めることが出来る者はいない。あの地に残った大友家の者たちは、雲居や誾の今後の行動について何らかの報告を受けていると考えられる。少なくとも、危急の際の連絡方法くらいはあらかじめ打ち合わせているだろう――
「この国の民は己よりも、近しい者を傷つけられることを忌む。留守居の将の首をとり、それをもってドールを釣り出せ。こちらに来なければ、高千穂に残った残余の将兵をことごとく同じ目にあわせるとでも伝えてな。情報がもれた場合はカブラエル、貴様が握りつぶすなり、この地の王を説き伏せるなりするがいい」
「かしこまりました」
カブラエルは即座に返答する。
一方、トリスタンはかすかに首を傾げ、口を開いた。
「布教長を手玉にとった人物が、なにやら小細工をする恐れもございますが、そちらはいかがなさいますか? 此方への対応を見るかぎり、すべてとはいわぬまでも、こちらの動きを予期しているようにも思えます。あるいは艦隊の件も察しているかもしれません」
そのトリスタンの言葉に、カブラエルは失笑をこぼす。
「まさか、そのようなことは考えられません。たしかにドールを手中にせんとする狙いは勘付いていたようですが、それは大方、わたしの前任者の悪魔騒ぎからの推測でしょう。この国の人間に、今回の計画の全容を見透かすことなど不可能ですよ」
それこそ、あの石宗が生き返りでもしない限りは、とカブラエルは内心で呟いた。
「確かにトリスタンの言うように、我らに対して無知ではないようだ。だが、カブラエルの言うとおり、すべてを見透かしているとも考えられぬ。もしそうであれば、まもなく火の海と化す地にのこのこと出向くなどありえないだろうからな。それに――」
仮に艦隊のことを察していたとしても、とフランシスコは微笑する。
「八十八隻から成る我が艦隊を独力でどうこうできると考えている程度の相手だ。ならば、恐れるに足るまいよ」
とはいえ、自由に泳がせておくほど親切にしてやる理由もない。こちらを謀り、侮った報いは与えねばならぬ。
フランシスコは少しの間、目を閉ざして考え込んだ。無意識の仕草なのだろうか、その手は膝にかしづく少女の頬をなで、少女は恍惚とした表情で怜悧なフランシスコの美貌に視線を固定させる。
やがて、フランシスコが目を開けたとき、その顔には再び皮肉げな笑みが戻っていた。
「護衛艦を一隻、油津の港に差し向けよ。そして十ほども砲弾を撃ち込ませるのだ。無論、大友の軍旗を掲げた上でな」
そうすれば、大友家の使者が何を口にしようと、島津家が耳を傾けることはないだろう。それどころか、良くて牢屋、悪ければ刑場行きであろうか。
フランシスコの言葉にトリスタンは、それと気づかれないほどに目を細め。
カブラエルは狼狽した。
「しかし殿下、それではトリスタン殿が高千穂に赴く前に、ドールが殺されてしまう恐れが……」
「この国の民は礼を知る。そう申したのは貴様ではないか、カブラエル。油津を陥としたのならともかく、たかだか十発ほどの砲弾を試射したところで、いきなり使者を斬るような真似はしないのではないか?」
そう言いつつ、やはりフランシスコの口元からは微笑が去らない。
仮に使者が皆殺しにされたところで構わない。高千穂まで無駄足を踏むのはトリスタンであり、ドールを手に入れ損なって憤慨するのは父であり、その怒りを浴びるのはカブラエルである。フランシスコ自身はいかなる損害も被らない。そう考えていることは明らかであった。
それは同時に、失態を犯したカブラエルへの処罰でもあるのだろう。
自身だけでは如何ともしがたい状況。カブラエルは南蛮神教を拒絶し、排斥した島津家に対し、使者を処罰しないように祈らなければならない。それこそ、神に祈るにも等しい必死さで。
野心や欲望はあっても、カブラエルの神に対する思いに嘘偽りはない。余人の目にどう映ろうと、カブラエルにとってはそれが真実である。ゆえに、これからおとずれる状況はカブラエルにとって耐え難いものになるであろう。
土気色に変じたカブラエルの顔に、フランシスコの愉しげな声がぶつかって弾ける。
そんな二人の姿を、トリスタンは瞳を閉ざすことで視界から閉め出した。
◆◆◆
薩摩国大口城
今、俺が座しているのは軍議の際に用いられる部屋であるらしい。少なくとも、長恵がこの城に居た時はそうしていたそうな。
そのことを教えてくれた長恵は、すでにこの場にはいない。吉継も同様である。
それゆえ、俺はただ一人で四人の姫武将の圧迫に耐えねばならなかった。
無論、その四人とは名高い島津の四姫。
末姫殿を見た時から予測はしていたのだが、上の三人も家久に劣らぬ美姫ぶりであった。
今、俺の正面に座っているのが長姫の島津義久。
容姿については、さすがは姉妹というべきか、家久が年齢を重ねればこうなるだろうな、という感じの――まあ要するにえらい美人だった。
もちろん相違はいくらでもある。切れ長の眼差しには、相対する者の敵意さえ包み込むような深みが感じられ、落ち着いた物腰とあいまって、邪な心を持っている俺はどうにも居たたまれない思いに苛まれてしまう。
ちなみに邪な思いとは何なのかといえば。
これは義久と家久との一番の違いになるのだが、その豊麗な身体つきに求められた。無論(?)豊麗といっても、あくまで胸や臀部あたりの話、腰の細さというかくびれは、正面に座っている俺が思わず息をのんでしまうほどである――もちろん着物越しなのだが、それでも十分にそれとわかるのだから、どれだけスタイルが良いかは推して知るべし。
そんな邪念に苛まれている俺と異なり、義久当人が俺に向ける視線に敵意は感じられない。だが、だからといってこちらを歓迎しているわけでもないだろう。
義久の内心を、俺は今ひとつ計り知れずにいた。というのも、先刻から義久はずっと口を閉ざしたままなのである。あえて黙したまま、俺の内心を見抜こうとしているのだろうか。そんな風にも思うのだが、真摯な表情からにじみ出る、そこはかとない人の好さはこれまた末姫殿と似通っており、そういった細工を弄するようにも見えない。
義久に関しては、どうにも調子の狂う御仁だ、との思いを俺は早くも確かなものとしていた。
そして、その義久の右斜め前――俺から義久を守るように座っているのが二姫の島津義弘である。
こちらは姉の容貌から柔和さを薄め、凛々しさを加えたような感じである。もっとも笑顔になれば、案外、姉君に劣らない人の好さを見る者に感じさせるかもしれない。
だが、今はひたと俺の顔に視線を据え、わずかの隙も示さない。
といっても、絶えず敵意をぶつけてきている――というわけではない。多分、義弘本人は己の責務を果たすべく、ただ油断なく座っているだけなのだろう。
しかし、その凛冽な眼差しは、ただそれだけで俺に緊張を強いてくる。先刻からかいた汗の半分くらいはこの鬼姫のせいであ――
「……今、何か失礼なことを考えませんでしたか。具体的には鬼島津、とか」
「……いえ、そのようなことは一切考えておりません」
具体的に鬼姫とは考えましたが。
「ならば結構です。失礼しました」
どこか疑わしげな眼差しながら、義弘はそう言って矛を収めた。
こんな調子なので、スタイル云々に関しては視線を向けることさえ出来なかった。まあ別に島津四姫のスリーサイズを調べるために来たわけではないので、全然問題ないだろう。
あえて付け加えるなら――鬼という異称が重なっているからでもあるまいが、義弘はどことなく道雪殿を思い起こさせる。歴戦の驍将としての覇気を、人としての器量で覆うようなその在り方が似通っているためであろうか。
しみじみと思う。この人と、戦場で相対したくはないものだ、と
その義弘の傍らに座る家久については、これ以上詳しく語る必要もないだろう。
ゆえに、義久の左隣に座すのが最後の一人。島津が三姫、島津歳久である。
容姿については、もう「美少女」の一語で十分だろう。上二人の姉もそうだが、詳細に語ると俺の語彙が尽きる。それでもあえて述べるならば。
歳久を見て、真っ先に俺が思い浮かべたのは、空を翔ける燕であった。
人の身では決して届かない速さで宙を疾るその姿。鋭く、流麗に、それでいて確かな生命力を感じさせる飛燕と、歳久が重なったのは何故なのか。
第一声から「ばかですか、あなたは」との叱責を浴びせられた俺が、成す術なく燕についばまれる羽虫のごとき心持になったからだ、とはあまり考えたくない今日この頃である。
まあ、その台詞からも察せられるように、歳久は俺の話に大きな憤りを感じているようで(というか、歳久に関しては他の姉妹と異なり、どうも会う前からこちらに敵意を抱いていたような気がしないでもない)、その頬は上気して朱に染まり、常は冷静さを崩さないであろう表情は明らかに此方へ対する怒りに染まっていた。
あるいは、俺は今、大変貴重なものを見ているのかもしれない。家久のびっくりしたような表情を見るに、それはあながち的外れな考えではなさそうであった。
「もう一度言います。ばかですか、あなたは。私たちがムジカに攻め寄せれば、海を渡って南蛮が攻め込んでくる。だから薩摩の防備を固めよ、などと戯言も大概になさい。そのような確たる証拠もなき偽りの情報で、私たち島津がムジカに投じる兵力をわずかでも減じると考えているのならば、大友家はよほど此方を女子供と侮っていると判断せざるをえません」
このままでは歳久に怒られるだけで、この場が終わってしまう。そう考えた俺は、歳久が息継ぎをする瞬間を見計らって、無理やり言葉をねじこもうとする。
「誤解なきように願いたいのですが――」
「仮にあなたの言に一寸でも真実が含まれているとして」
無理でした。
歳久の舌鋒は、いまや物理的圧力さえともなって、俺の顔面に雨あられとふってくる。俺はそれをいなすだけで精一杯の体たらくである。
「大友家の使者としておとずれておきながら、主家に害なすような言を弄する人物を、いかなる理由があって信頼できるというのです? まあ呆れるほどに謀叛が相次ぐ今の大友家において、忠節という言葉は島津の辞書とは異なる意味で用いられているのかもしれませんが、そんな無定見な有り様を他家に強いるとは笑止千万というもの」
「いや、ですから話には続きがありま――」
「そもそも異教に溺れ、領内のみならず他国の寺社まで打ち壊し、古来より日の本をまもりたもうた八百万の神々を排斥せんとするとは何事かッ。大友家の行動をあらわすには、暴虐という言葉では到底足りぬ。蛮行と称することさえ生ぬるい。大友といえば鎌倉以来連綿と続く誇りある名家。その名を、お前たちはどこまで汚せば気が済むのかッ」
「あー、その、ですね……」
「そも大友家の今代、大友宗麟は幕府より九国探題の重職に任じられ、この九国を戦乱より守る責務を負う身であろう。それがなんぞや、みずから異教に淫し、戦禍を各地に撒き散らすとはッ。あまつさえ南蛮の国をこの日の本に築こうとは何たる愚かッ、偉大なる宗祖に恥じるがいいッ!」
「……」
……いかん、止められん。なんか歳久のスイッチが入ってしまったっぽい。
くわえて舌鋒の鋭さもそうだが、口にする言葉がことごとくこちらの痛いところをついてくるので、反論すらままなりません。
ふと家久を見れば、片手で口元を隠しながら、こちらに向けて何やら囁きかけている。声自体は歳久の嵐のごとき難詰に遮られて届かなかったが、その口の動きから何を言っているのかを推し量ってみた。
(お……あ……いや「あ」ではなく「わ」か。えーと、る……ま……で……が……ま……)
最後に家久はきゅっと唇を引き結び、人差し指を立てて口にあてた。
終わるまで我慢してね
俺は諒承の意を込めて、こくりと頷いた。
頷くことしか出来なかった。
――なお、大友の軍旗を掲げた軍船が、島津領の要港である油津を砲撃したという報告が届いたのは、ようやく歳久が落ち着きを取り戻して間もなくのことであった。