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No.18194の一覧
[0] 聖将記 ~戦極姫~ 【第二部 完結】[月桂](2014/01/18 21:39)
[1] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(二)[月桂](2010/04/20 00:49)
[2] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(三)[月桂](2010/04/21 04:46)
[3] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(四)[月桂](2010/04/22 00:12)
[4] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(五)[月桂](2010/04/25 22:48)
[5] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(六)[月桂](2010/05/05 19:02)
[6] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/05/04 21:50)
[7] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(一)[月桂](2010/05/09 16:50)
[8] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(二)[月桂](2010/05/11 22:10)
[9] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(三)[月桂](2010/05/16 18:55)
[10] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(四)[月桂](2010/08/05 23:55)
[11] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(五)[月桂](2010/08/22 11:56)
[12] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(六)[月桂](2010/08/23 22:29)
[13] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(七)[月桂](2010/09/21 21:43)
[14] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(八)[月桂](2010/09/21 21:42)
[15] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(九)[月桂](2010/09/22 00:11)
[16] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十)[月桂](2010/10/01 00:27)
[17] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十一)[月桂](2010/10/01 00:27)
[18] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/10/01 00:26)
[19] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(一)[月桂](2010/10/17 21:15)
[20] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(二)[月桂](2010/10/19 22:32)
[21] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(三)[月桂](2010/10/24 14:48)
[22] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(四)[月桂](2010/11/12 22:44)
[23] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(五)[月桂](2010/11/12 22:44)
[24] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/11/19 22:52)
[25] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(一)[月桂](2010/11/14 22:44)
[26] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(二)[月桂](2010/11/16 20:19)
[27] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(三)[月桂](2010/11/17 22:43)
[28] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(四)[月桂](2010/11/19 22:54)
[29] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(五)[月桂](2010/11/21 23:58)
[30] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(六)[月桂](2010/11/22 22:21)
[31] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(七)[月桂](2010/11/24 00:20)
[32] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(一)[月桂](2010/11/26 23:10)
[33] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(二)[月桂](2010/11/28 21:45)
[34] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(三)[月桂](2010/12/01 21:56)
[35] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(四)[月桂](2010/12/01 21:55)
[36] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(五)[月桂](2010/12/03 19:37)
[37] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/12/06 23:11)
[38] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(一)[月桂](2010/12/06 23:13)
[39] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(二)[月桂](2010/12/07 22:20)
[40] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(三)[月桂](2010/12/09 21:42)
[41] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(四)[月桂](2010/12/17 21:02)
[42] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(五)[月桂](2010/12/17 20:53)
[43] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(六)[月桂](2010/12/20 00:39)
[44] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(七)[月桂](2010/12/28 19:51)
[45] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(八)[月桂](2011/01/03 23:09)
[46] 聖将記 ~戦極姫~ 外伝 とある山師の夢買長者[月桂](2011/01/13 17:56)
[47] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(一)[月桂](2011/01/13 18:00)
[48] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(二)[月桂](2011/01/17 21:36)
[49] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(三)[月桂](2011/01/23 15:15)
[50] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(四)[月桂](2011/01/30 23:49)
[51] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(五)[月桂](2011/02/01 00:24)
[52] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(六)[月桂](2011/02/08 20:54)
[53] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/02/08 20:53)
[54] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(七)[月桂](2011/02/13 01:07)
[55] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(八)[月桂](2011/02/17 21:02)
[56] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(九)[月桂](2011/03/02 15:45)
[57] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十)[月桂](2011/03/02 15:46)
[58] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十一)[月桂](2011/03/04 23:46)
[59] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/03/02 15:45)
[60] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(一)[月桂](2011/03/03 18:36)
[61] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(二)[月桂](2011/03/04 23:39)
[62] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(三)[月桂](2011/03/06 18:36)
[63] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(四)[月桂](2011/03/14 20:49)
[64] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(五)[月桂](2011/03/16 23:27)
[65] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(六)[月桂](2011/03/18 23:49)
[66] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(七)[月桂](2011/03/21 22:11)
[67] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(八)[月桂](2011/03/25 21:53)
[68] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(九)[月桂](2011/03/27 10:04)
[69] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/05/16 22:03)
[70] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(一)[月桂](2011/06/15 18:56)
[71] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(二)[月桂](2011/07/06 16:51)
[72] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(三)[月桂](2011/07/16 20:42)
[73] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(四)[月桂](2011/08/03 22:53)
[74] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(五)[月桂](2011/08/19 21:53)
[75] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(六)[月桂](2011/08/24 23:48)
[76] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(七)[月桂](2011/08/24 23:51)
[77] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(八)[月桂](2011/08/28 22:23)
[78] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/09/13 22:08)
[79] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(九)[月桂](2011/09/26 00:10)
[80] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十)[月桂](2011/10/02 20:06)
[81] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十一)[月桂](2011/10/22 23:24)
[82] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十二) [月桂](2012/02/02 22:29)
[83] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十三)   [月桂](2012/02/02 22:29)
[84] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十四)   [月桂](2012/02/02 22:28)
[85] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十五)[月桂](2012/02/02 22:28)
[86] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十六)[月桂](2012/02/06 21:41)
[87] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十七)[月桂](2012/02/10 20:57)
[88] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十八)[月桂](2012/02/16 21:31)
[89] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2012/02/21 20:13)
[90] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十九)[月桂](2012/02/22 20:48)
[91] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(一)[月桂](2012/09/12 19:56)
[92] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二)[月桂](2012/09/23 20:01)
[93] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(三)[月桂](2012/09/23 19:47)
[94] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(四)[月桂](2012/10/07 16:25)
[95] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(五)[月桂](2012/10/24 22:59)
[96] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(六)[月桂](2013/08/11 21:30)
[97] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(七)[月桂](2013/08/11 21:31)
[98] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(八)[月桂](2013/08/11 21:35)
[99] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(九)[月桂](2013/09/05 20:51)
[100] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十)[月桂](2013/11/23 00:42)
[101] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十一)[月桂](2013/11/23 00:41)
[102] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十二)[月桂](2013/11/23 00:41)
[103] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十三)[月桂](2013/12/16 23:07)
[104] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十四)[月桂](2013/12/19 21:01)
[105] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十五)[月桂](2013/12/21 21:46)
[106] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十六)[月桂](2013/12/24 23:11)
[107] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十七)[月桂](2013/12/27 20:20)
[108] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十八)[月桂](2014/01/02 23:19)
[109] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十九)[月桂](2014/01/02 23:31)
[110] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二十)[月桂](2014/01/18 21:38)
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[18194] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(三)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:cd1edaa7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/16 20:42

 薩摩国 錦江湾


 南蛮軍提督ガルシア・デ・ノローニャの旗艦『カタリナディアス』号。
 その甲板にはじめて倭国の人間の足跡がつけられた時、日はいまだ中天に達していなかった。
 旗艦の周囲は、ガルシア麾下の二十八隻から成る南蛮艦隊が取り囲んでおり、甲板上では甲冑で身を固めた南蛮兵が、陽光を反射して鈍く輝く銃を捧げ持ち、使者を威圧するようにずらりと居並んでいる。
 完全包囲、絶体絶命、四面楚歌、そんな言葉を使いたくなってしまうような光景であった。


 だが、武器らしい武器も持たずに甲板に降り立った島津家の使者は、周囲から向けられる南蛮軍将兵の視線に特に動じた風もなく、しごく落ち着いた様子で歩を進め、ガルシアと相対する。
 島津軍と南蛮軍。両軍の代表者の視線が、つかの間、交錯する。
 最初に口を開いたのは南蛮側であった。
「まずは、ようこそ、と言っておこうか。南蛮軍提督ガルシア・デ・ノローニャだ」
「はじめまして、ノローニャ提督。薩摩島津家の使者として参りました、雲居筑前と申します」


 周囲の将兵がやや戸惑った様子を見せたのは、ガルシアが日の本の言語を用いたからだろう。同時に、つい先ごろまで激しく矛を交えていた間柄であるにもかかわらず、二人の言葉に敵意や憎悪が込められていなかったことに対する驚きもあったものと思われる。
 無論、だからといって両者が無条件に親愛や敬意の念を抱いたわけではない。
 むしろその逆であった。雲居とガルシアは、互いに相手を一目で油断ならぬ相手と見て取り、軽々に内心を示す愚を悟って、礼儀という名の甲冑をまとったのである。


 穏やかな言葉や表情とは裏腹に、二人の周囲はたちまちのうちに緊迫感に包まれていく。通訳という名目でこの交渉の場に席を与えられていたルイス・デ・アルメイダは、膨れ上がる剣呑な気配を鋭敏に感じ取り、額に汗を滲ませていた。



◆◆



(見事なまでに想像どおりの人だな)
 はじめてガルシアと相対した俺は、内心でそう呟いた。
 当然のことながら、俺は交渉に先立ってルイスから南蛮軍の主要な人物の情報を聞き出している。
 俺の眼前にいる人物、ガルシア・デ・ノローニャの過去の戦功についても、大体のところは把握していた。
 そういった情報からおおよその為人は想像していたのだが、まさかここまで想像どおりの人物が出てくるとは思わなかった。


 鋭く整った眉目は秀麗、日に焼けた顔は精悍、その外見からは長きに渡る航海や、幾多の戦いによる疲労がまったく感じられず、見るからに精力的である。くわえて、言動こそ穏やかだが、こちらを見据える双眸には獲物を狙う鷹にも似た鋭い光が灯っており、とてものこと戦に敗れたばかりの人物とは思えなかった。
 おそらく香油かなにかを使っているのだろうが、濃茶色の髪は綺麗に整えられており、美々しい軍装とあわさって、いかにも瀟洒な雰囲気を醸し出している。近づくと鼻をくすぐるこの香りは、かのハンガリアンウォーターというやつだろうか。


(洒落者で切れ者、か……)
 ガルシア・デ・ノローニャ、あらゆる意味で気に食わん。
 われながら身も蓋もないが、それが嘘偽りのない俺の第一印象であった。
 無論、どれだけ気に食わなくても、ここで回れ右するわけにはいかない。
 今回、島津家が南蛮軍に申し入れた交渉――南蛮軍の捕虜を解放する代わりに、大砲、鉄砲、火薬といった軍需物資を島津家に差し出す――は俺の発案であり、歳久らを説き伏せる形で単身ここまでやってきたのだから尚更であった。
 

 実のところ、俺が内城で捕虜解放の話を歳久と家久にしてから、まだ一週間も経っていない。
 これほど話が速やかに進んだのには、もちろん理由がある。
 そもそも、島津軍から持ちかけた今回の交渉は、南蛮軍としては即断即決できる類のものではなかった。
 苦戦の末に捕らわれの身となった将兵を見殺しには出来ないが、大砲も鉄砲も南蛮軍にとっては欠かせないものである。自慢の火力を丸々引き渡した末に、敵軍の強襲を受けてしまえば全滅の恐れさえあるのだ。
 くわえて、この地に着いて以来、補給らしい補給を受けていない南蛮軍は、水や食料にもあまり余裕はないだろうから、千を越える捕虜を受け容れることは少なからぬ負担になってしまうのである。


 南蛮軍としては簡単に応じることは出来ない。かといって無視することも難しい。そして、そういった迷いや、迷いの元となっている内情を敵に悟られることも避けねばならない。
 そのあたりを考慮すれば、南蛮軍は島津軍の申し入れに対し、まずは強気に出てきて主導権を握ろうとするだろう、と俺は予測した。


 そして、この予測は正鵠を射る。
 南蛮軍は交渉自体は拒否しなかったものの、交渉の場をカタリナディアス号――すなわち、今、俺がいるガルシアの旗艦に指定したのである。
 ガルシア率いる艦隊は、現在のところ桜島南方の小島を中心として展開している。そこまで足を運べというのが南蛮軍が出した条件であり、かつ交渉の成否に関してはいかなる言質も与えようとしなかった。
 まずはそちらから出向け、話はそれからだ、というわけである。
 一見、強気に過ぎるように思える条件だが、これは南蛮軍が敗北を認めていないこと、そしていまだに島津と戦い得るだけの戦力と士気を保っていることを、こちらに知らしめる目的も兼ねていたゆえであろう。


 最初の使者が持ち帰ったこの条件に対して、島津家中からは激しい不満が噴出した。
 それはそうだろう。
 かなりの損害を受けたとはいえ、先の海戦で勝利した側が、どうして敗北した側の陣営に赴かねばならないのか。南蛮軍と交渉するにしても、出向くのは南蛮側であるべき、と島津の家臣たちが考えるのは当然のことであった。


 本来であれば、ここから両軍の駆け引きが始まるはずだった。
 だが、あいにくと今の俺に駆け引きに時間を割いている暇も、気の長い交渉をしている余裕もなかった。時間的にも、精神的にもである。
 ゆえに俺は、南蛮側がはね付けられることを覚悟の上で口にしたであろう条件を、そのまま呑むように島津側に請うたのである。


 島津の家臣たちを納得させるのは非常に骨が折れたが、結論から言えば何とかなかった。
 といっても交渉が成功すると納得させたわけではない。むしろ大多数の者たちは、どうせ失敗するに違いないが、成功したらもうけもの。やるだけやらせてみよう、という感じであった。最悪の事態になったとしても、失うのは使者一人(俺)だけなので、島津家にとっては何の損もないのである。


 理由はどうあれ、島津家の許可を得られれば後は簡単。
 無理難題と思ってふっかけた条件をこちらがあっさりと受け容れた以上、南蛮軍は内心はどうあれ交渉の席につかざるを得ないのだから。

 





 一人で敵中にやってきたにもかかわらず、至極落ち着いた態度の俺をどう思ったのかは定かではないが、ガルシアは特に表情を変えることなく、手ずから俺を船長室に案内してくれた。
 船長室に入ったのは俺とガルシアの他、副長らしき壮年の男性とルイス、さらにもう一人、黒衣を着た女性のみ。女性の服装を見るに、南蛮神教の宣教師か何かだろうか。


 甲板と同じように周囲を兵に囲ませて威圧してくると思っていたのだが、その予想は外れたようだ。さすがに若くして提督の称号を帯びるだけのことはある――と言いたいところだが、これはことさらガルシアが豪胆であるというわけではなく、たんに俺が警戒されていないだけだろう。
 ルイスによれば、ガルシアは将としてだけでなく、剣士としても一流であるという。軍内の序列だけで言えば、長恵が警戒していたトリスタンをも上回るらしいから、それは俺程度を相手に護衛なぞ必要とはしないだろうと納得できる。


 そのガルシア以外で気になったのは、部屋の中でただ一人の女性である黒衣の人物だった。射るようにこちらを見据える瞳は敵意と、そして嫌悪に満ちており、いっそ清々しいまでにはっきりと俺の存在を忌んでいるのが感じとれる。
 ルイスから聞き出した南蛮人の中に、この女性にあてはまる名前は出てこなかったように思うが、一体誰なのだろうか。この場にいるということは、宣教師ではなく艦隊の従軍司祭なのかもしれない。相手の視線を受け流しながら、俺はそんなことを考えた。


 ちなみに島津側の人員は俺一人であり、島津家の家臣はおろか長恵もここにはいない。というか、長恵にいたってはすでに薩摩にさえいなかった。
 ついでに付け加えると、ルイスは今日の交渉に先立って、すでに捕虜の身から脱している。 
 無論、これは歳久らの許可を得た上でのことで、最初に南蛮軍に交渉を申し入れる際にルイスを解放したのである。
 これには幾つかの理由があるが、その最たるは、現在の南蛮軍の捕虜の様子や、ペレイラ元帥が間違いなく討たれたこと、さらにエスピリトサント号の航海日誌等の機密書類がことごとく島津軍の手に渡ったことを、南蛮人であるルイスの口から伝えさせるためであった。
 島津家の人間が声高に主張するよりは、同国人であるルイスの口から聞いた方が南蛮側も耳を傾けやすいだろうと考えたのである。




「お互い、無益に時を費やすことは望むまい。すぐにも交渉をはじめたいところだが、先の戦いについて一つだけ言わせてもらいたい」
 さして広くもない船長室の中ほどには、今日の交渉のために据えられたとおぼしき机と椅子が置かれていた。
 そこに座るや、ガルシアは精神の骨太さを感じさせる深みのある声でそう言うと、にやりと笑った。
「所詮は東のはずれの蛮人。陸の上なら知らず、海では相手にもならぬと思っていたが、どうしてどうして見事な戦いぶりだった。第三艦隊が設立されてから今日まで、異国人にここまで叩きのめされたことはかつてない。まして元帥殿を喪うなど想像すらしていなかった。その智、その勇、敵ながら称さざるを得ん」


 ガルシアの声に皮肉や自嘲がまったくないわけではなかったが、それでも本心からこちらの勇戦を称えているのは間違いないようである。
 お褒めにあずかり恐縮、とでも返すべきだったかもしれないが、あいにくと南蛮軍に誉められたところで、こちらは嬉しくも何ともないのである。
 ゆえに、俺は率直にその旨を口にした。
「それはどうも、と言いたいところですが、布告もなく、名分も掲げずに攻め寄せた蛮族の群れを退けた程度の武功、誇る者などこの国にはおりませんよ。まして当の蛮族から勇戦を称揚されたところで誰が喜びましょうか。その賛辞は無用のものです」


 かちゃり、と鉄と鉄がこすれる音が響いたのは、副官が腰の剣に手をかけたからである。どうやら、ガルシアだけでなく、こちらも日本語が理解できるらしい。
 その副官の動きを、ガルシアは軽く片手をあげることで制する。その顔はどこか愉快げであった。
「そうか、俺たちは蛮族か」
「こちらから見れば、それ以外に形容のしようがありません。もしあなた方の故国に私たちが攻め入ったら――しかも何一つ害を与えたわけでもないのに。そう考えれば、こちらの気持ちは容易に理解できるのではありませんか?」
「ふむ……一応こちらには、布教を邪魔された、という名分があるのだがな」
「宣教師や信者の命を奪ったわけではない。ただ、これ以上教えを広めることを止めよ、と命じただけです」


 俺はそう言った後、小さく肩をすくめた。
「まあ、布教をやめるように命じただけ、と言うのはあくまでこの国の人間である私の見方。ただ一柱の神を信じるあなた方にとっては、決して許せないことだったのかもしれませんが……」
 だが、たとえそうだったとしても、ここは南蛮ではなく、日の本という一つの国。文化も習俗も異なる場所であるからこそ、とるべき手段、とるべき態度というものがあったはずである。


「たとえ南蛮国から見れば取るに足りぬ小国であろうとも、小国には小国なりの歴史があり、文化があり、誇りがあるのです。それが南蛮神教と相容れぬ結果を生むこともあるでしょう。神の教えをもってこれを教化せんとするならばともかく、武器を手にとって神の教えを押し付けようとする者たちの器など知れたもの。まして他国の騒擾に付け込み、宣戦布告もせずにいきなり兵を差し向けてきたあなた方南蛮人を例えるに、蛮族以上に相応しい言葉はないと思いませんか?」



 その俺の言葉が終わるよりも早く激発した人物がいた。
 ガルシアの副官ではない。ガルシアの制止を受けてから、副官は落ち着きを取り戻したようで、すでにその手は剣の柄から離れている。
 足音荒く俺に詰め寄ってきたのは、黒衣を着た女性であった。
「黙って聞いていれば好き勝手なことを! 調子に乗るのも大概になさいッ!」
 絹を裂くような、甲高く、鋭い叫び声だった。
 一瞬、室内の調度が揺れたように思えたのは、果たして俺の気のせいであったのだろうか。


 驚くほど滑らかな日本語を口にしているところを見るに、この女性、やはりこの国に来た宣教師の一人なのかもしれない。
 俺はそんなことを考えつつ、怒りをあらわにする女性を冷めた目で見返した。
「別に調子に乗ってなどおりませんよ。私は事実を事実として述べたまで。それともそちらの国では、我意を通すためにいきなり殴りかかるような人物を紳士淑女と呼ぶのですか? だとしたら、やはり蛮族と呼ぶに相応しい国柄であるといえますが」


 俺の言葉に対する反応は、ある意味で予想どおりのものだった。
「黙りなさい! 相手が人であればいざ知らず、神の教えを知らず、知ろうともせず、あまつさえその教えを排斥しようとする猿どもに、どうしてこちらが人としての礼儀をもって接する必要がありますか?! 猿を躾けるには、まず懲罰の鞭をもって叩き伏せ、その愚かさを身心に刻み込む必要があるのですッ!」
 俺には相手の価値観を糾す義務はなく、その意思も持ち合わせていない。この人物と友好を育む必要も、そのつもりも、ない。
 ゆえに、俺は女性の暴論に対してあえて反論をせず、ただ事実を指摘するにとどめた。


「その挙句、猿に負けていれば世話はないな」
「あなたはァッ?!」



◆◆



 激昂して手を振り上げた女性――コエリョを、慌てたように副官とルイスが左右から取り押さえる。
 その光景を見て、ガルシアは苦りきった。
 コエリョはなおも声高に騒ぎ立て、落ち着く様子を見せない。困惑した副官がガルシアの顔をうかがってきたので、ガルシアは苦い茶でも飲んだ気分で頷いてみせる。
 心得た副官がコエリョを半ば抱きかかえるように室内から連れ出すと、ようやく室内に静寂が戻った。


 しばし後、ガルシアは半ば独白するように、何とも言いがたい表情で口を開いた。
「ガスパール・コエリョといってな、薩摩における布教の責任者だった者だ。戦の術など何も知らぬ身で、ここまで逃げ延びてきたあたりは大したやつなんだが……」
 もともと、コエリョは先遣隊のニコライ・コエルホと共に薩摩の地を踏んでいた。
 錦江湾の戦いではコエルホに守られて海上へと逃げ延び、そのコエルホが島津家久に捕らえられると、今度はガルシアの下までやってきたのである。逃げる先として、近くのロレンソではなく、遠方のガルシアを選んだあたり、戦を知らぬとはいえ、ある種の嗅覚は備えているのだろう。
 また、薩摩の地理に通じ、この地の信徒たちの協力を得られるコエリョでなくては、敵地を突っ切ってガルシアのもとに来ることも出来なかったに違いない。


 当初、コエリョは今回の交渉の話を聞きつけるや、異国人と話し合う必要などない、と騒ぎたてた。それでもガルシアが折れなかったので、是非にも、とこの交渉に加わることを望んだのである。
 ガルシアにしてみれば、何事につけコエリョに引っ掻き回されるのは御免被りたかったのだが、この女性宣教師、為人はともかく信仰心の篤さと教会への影響力は侮れないものを持っている。あまりその進言を無視していると、今度はガルシアを敵視してこないとも限らない。
 まかり間違って、ガルシア提督に謀反の恐れあり、などとゴアや教会に報告されてはたまったものではなかった。


 それゆえ、ガルシアはコエリョの懇請を断りきれず、この場に席を設けたのである。
 だが、そこにはガルシアなりの思惑も秘められていた。
 端的にいって、コエリョを雲居に対する当て馬にしようと考えたのである。
 コエリョが交渉に口を挟んでくるのはほぼ確実。南蛮側の出した無理難題をあっさりと呑んだ相手が、コエリョに対してどう反応するか。それを見てみたいと思ったのだ。


 そのコエリョが、まだ交渉が始まらない段階から激発したのはガルシアにとっても予想外だった。まさか雲居があそこまであからさまにこちらを嘲弄してくるとは、ガルシアも考えていなかったのである。
 しかし、結果として早い段階でコエリョを交渉の席から追い払うことが出来たのは、ガルシアにとっても悪い話ではなかった。
 しかも、コエリョを激昂させたのは雲居であって、ガルシアは一切関与していない。それはつまり、ガルシア自身がコエリョの恨みを買う恐れがないということである。
 ある意味で幸運だった。
 そう考えたガルシアは、ふと脳裏に引っかかるものをおぼえた。
 本当に、今の一幕は『幸運』の一語で片付けて良いものなのだろうか、と。





 思えば今回の交渉は、はじめから奇妙なものであった、とガルシアは振り返る。
 島津軍から捕虜解放の話を持ちかけられた時、交渉の場を自らの船に指定したのはガルシアなりの駆け引きであった。
 この交渉が膠着した戦線を打開するための手段であることは明らかである。現在の南蛮軍の状況はお世辞にも良いものとは言えないが、だからといって交渉で下手に出れば、相手は南蛮軍の窮状を悟り、嵩にかかって攻め寄せてくるだろう。
 ゆえに最初に強い姿勢を示し、屈服はもちろん譲歩するつもりさえないのだと相手に知らしめる心算だったのである。


 だが、島津軍はこれをあっさりと呑んでしまう。
 これにはガルシアも目論みを外されたことを認めざるを得なかった。そして同時に訝しく思った。
 島津軍にしたところで、事情は南蛮軍とさして異ならないはず。なりふり構わずに交渉の成立を求めたりすれば、それだけ余裕がないことを相手に――この場合はガルシアたち南蛮軍にさらけ出すことになる。それは向こうにとっても望ましいことではないだろう。


 ゆえに、まずは互いに強気の姿勢をぶつけ合い、そこから交渉のための交渉が始まる、とガルシアは考えていたのである。
 だが、その推測はあっさりと外れてしまった。
 一体、島津軍は何を考えているのか。ガルシアは相手の思惑を忖度しようとして果たせず、困惑を禁じえなかった。
 また、交渉に先立って解放されたルイスの口から聞かされた事実は、ガルシアの困惑をさらに深めるものだった。


 ルイスによれば、島津軍に捕らわれた南蛮兵の中で処刑された者は一人もいないらしい。反抗した者には相応の処罰が下されているようだが、それも精々が強制労働に過ぎず、反抗をしない者たちにいたっては虐待はもちろん、労働に扱き使われることもなく、水も食事も日に二回、きちんと与えられているという。
 少なくともルイスが話した捕虜たちは全員がそう言っていたそうだ。顔にはっきりと戸惑いを浮かべながら。


『ぼくは倭国の言葉と南蛮語を話すことが出来ますし、教会にも席を持っています。だから捕らわれていた間は、おもに島津軍と、虜囚となっている方々との話し合いの仲立ちをさせてもらっていたんです』
 ルイスはガルシアにそう言った。
 具体的にルイスが行ったのは負傷者の手当てであり、処刑を恐れる者たちを宥めてまわることであり、両者の通訳を務めることであったそうだ。
 おそらく島津軍はルイスをずいぶんと重宝し、またその働きを認めていたのだろう。だからこそ、交渉に先立って真っ先に解放されるという特別扱いを受けることが出来たに違いない。
 だが、それはそれとして。
 ルイスの話を聞いたガルシアは内心で唸った。
(ありえん)
 捕虜に対する扱いがぬるすぎる。いつ反抗するかもわからない敵国の兵に、どうして水や食事を日々与えたりするのか。
 この地は島津の領土であり、補給に関しては南蛮軍のような苦労はないだろうが、それにしたところで千人を越える捕虜を食わせる費用は決して廉いものではないはずなのに。


 第三艦隊の内だけにとどまらず、ゴアにおいても智将といえば真っ先に名を挙げられるガルシアであったが、この敵の真意を見抜くことは容易ではなかった。
 それゆえ、コエリョのような、ある意味で南蛮人の典型ともいえる人物と相対した時、使者がどのような対応をとるのかを見てみたくもなったのである。
 その結果が今しがたのやりとりであるならば――これは思っていたよりもはるかに厄介な相手が出張ってきたのかもしれない。
 ガルシアは心ひそかにそう考えた。




「失礼したな、使者殿。互いに時間は有限、そろそろ交渉を始めようか」
 ガルシアは内心の警戒を綺麗に拭った表情で、雲居に向かってそう語り掛けた。
 それに対し、雲居は特に気を悪くした様子もなく、あっさりと頷いてみせる。
 そして、こう言った。
「たしかに、具体的な段取りを決めるに早いに越したことはないですね。こちらは人、そちらは物。時を経れば経るほど、負担が大きくなるのは私たちですから」



◆◆



 あたかもすでに交渉が成立したかのような俺の言葉に、ガルシアはかすかに目を細め、ルイスは驚きの表情を浮かべた。
「あ、あの雲居殿。ぼく……いえ、私は今回の件については何も提督には言っていないのですが……」
 ルイスの顔にどこか焦りが見えるのは、俺の発言を聞いて不安に思ったからだろう。
 もしかして自分を解放したのは、ガルシアを説得させるためだったのではないか、と。


 無論、俺にはそんなつもりは欠片もない。あわあわと慌てているルイスに苦笑を返す。
「何を心配しているかは大体わかるが、その心配は不要だよ。使者の用件について、君をあてにしたりはしていない」
 その言葉に安堵の表情を見せるルイスを見て、今度は別の意味で苦笑がこぼれる。
 この少年にとって、俺は義父を目の前で殺した仇である。憎んでもあまりある相手だろうに、以前も今も、ルイスが俺を見る目に憎悪は宿っていなかった。


 内城にいる時、一度だけ、それについて訊ねたことがあった。訊いても詮無いことだとはわかっていたのだが、恨みも憎しみもあらわさないルイスの態度があまりにも不可解だったからである。
 あの時、ルイスは俺の問いに対し、透き通るような青の双眸に悲しみを湛えつつ、こう返答した。
『憎しみに憎しみで応じてはならない。それは更なる憎しみを広げるだけだから。ぼく……私は、師であるトーレス様からそう教わりました。そして、私自身、たくさんの信徒たちに同じように説いてきました。お義父様を失ったことは悲しく、雲居殿や瀬戸口殿、丸目殿に遺恨がないといえば嘘になります。でも、だからといって報復を望めば、私はこれまでの私を否定することになってしまいます。それは私の言葉に耳を傾けてくれた、たくさんの人たちに対しても不実な行いであると思うのです』


 それに、とルイスは俯きながら続けた。
『今回の戦い、私たち南蛮に完全な正義があったわけではありません。いえ、そもそも正義が……神の御意思がわずかでもあったのかどうか……この城に来て、そのことがわからなくなりました。そして思ったのです。私は、お義父様が何を思い、何を願ってこの戦いに臨んでいたのか、それさえ知らないのだ、と。だから、今は報復なんかよりもただ知りたいんです。この戦いが、南蛮国にとってどういう意味を持っていたのか。私自身が強く望んだこととはいえ、お義父様が私をここに連れてきた理由は何だったのか、そのことを』


 肉体と精神、双方の疲労からだろう、ルイスの頬はこけて見えた。だが、その眼差しの強さが、俺に二の句を告げさせなかった。
 あのルイスの言葉が本心からのものなのか、あるいは怨念を遠ざけるための自分自身への適当な言い訳に過ぎないのか、それは俺にはわからない。戦術だの戦略だのならともかく、こういった人情の機微には疎い俺に、真偽を判別することが出来るはずもなかった。
 結局のところ、俺に出来たのはほとんど不眠不休で捕虜たちのために立ち働いたルイスを、真っ先に捕虜の立場から解放することだけであったが、それさえ今回の交渉を成立させるための一つの手段として利用しているわけで、俺は何一つ間違ったことをしていないにもかかわらず、心に忸怩たる思いを抱かずにはいられなかったのである……

 
 


 つい数日前のことを思い起こしていると、そんな俺の内心を知る由もなく、ガルシアが口を開いた。
「……まるで話し合いがもう済んだとでも言いたげだな。俺はそちらの申し出を応諾した覚えはないんだが?」
 先ほどよりも心なしか低くなったガルシアの声を聞き、俺はかぶりを振って気持ちを切り替える。
 今は過去を振り返っている場合ではない。それに、ルイスに対して思うところはあるにせよ、それでも吉継を救うためにはこれが最善であるとの気持ちは少しも揺らいではいなかった。


 この交渉をもって、少なくとも数年の間、南蛮艦隊の脅威を日の本から完全に排除する。
 その意思を両の眼にこめて、俺は眼前の提督に対して口を開いた。
「応諾した覚えはなくとも、応諾する意思はあるでしょう? これほど都合の良い口実はまたとないのですから」
「確かに捕虜となった同胞を解放することは重要なことだが、こちらの切り札を丸々引き渡す、という代償は決して軽いものではないぞ。今回の件、そこまで南蛮軍にとって都合が良い話とは思えないのだがな?」
「さきほどの提督の台詞ではありませんが、南蛮軍にとって都合が良いなどと言った覚えはありませんよ。私が口にしたのは、提督、あなたにとって、この交渉は都合が良いはずだ、ということです」


 南蛮軍にとって都合が良いのではなく、ガルシア・デ・ノローニャにとって都合が良い。


 返答がなされるまで、少しだけ間があった。
「……なかなかに興味深い発言だが、事ここに至って下らん策を弄するつもりなら、相応の覚悟を決めるべきだ、と忠告させてもらおうか」
 ガルシアの眼光は、いまや抜き身の刃にも等しく、低くなった声音に戦慄を禁じえない。
 ここで選択を誤れば、ガルシアの腰の長剣は躊躇なく俺の首に振るわれるだろう。


 だが。
「忠告はありがたく」
 俺は小さく肩をすくめるだけで、ことさらガルシアの反応に注意を示さなかった。正確に言えば、そう見えるように自制した。
「しかし、別に策を弄するつもりはありません。提督が今回の遠征にさして乗り気でないのは、その動きをみれば明らかです。ゆえにこちらの申し出は、提督にとっても渡りに船のはず。そう申し上げただけですよ」






 ガルシアは、俺が反逆を唆すなり、離間の策を仕掛けるなりしてくると考えたようだが、そんな大仰なことをするつもりはない。また、仮に水を向けたところで、異国の人間に反逆行為を唆され、ほいほいとそれに乗る阿呆がいるはずもない。
 ガルシアが南蛮軍を裏切ることはない。それは明らかである。
 だがその事実は、ガルシアが今回の遠征に乗り気であることを意味するものではなかった。


 南蛮軍の書類によれば、今回、ゴア第三艦隊が動かした船は八十八隻。内十八隻をニコライ・コエルホが、二十隻をロレンソ・デ・アルメイダが、同じく二十隻をガルシア・デ・ノローニャが、そして余の三十隻を元帥であるドアルテ・ペレイラが率いていた。
 現在、ガルシアが率いる二十八隻は、もとからガルシアが率いる船に、錦江湾で敗れた船が合流したものであろう。
 ここで特筆するべきは、ガルシアは先の錦江湾の戦いにおいて、麾下の戦力の大部分を保ったということである。
 ガルシアとぶつかった島津軍の梅北国兼によれば、大砲を使い捨てる戦法で沈めたのが一隻、近接戦で拿捕に成功したのが二隻、件の火薬船で吹き飛ばし、あるいは航行不能に追い込んだのが二隻。計五隻がガルシア艦隊に与えた損害のすべてであった。
 つまり、火薬船の爆発で混乱したガルシア艦隊は、元帥の戦死という凶報すらくぐりぬけ、それ以上の損害を受けることなく戦域からの離脱に成功したのである。


 この一事を見ただけでもガルシアの統率力がいかに恐るべきかがわかろうというものであった。
 また、あの戦いの後、桜島南方に腰を据えて敗走してきた味方の船を収容するかたわら、むやみに動くことなく、内城の島津軍に重圧をかけ続けてきたことも見事の一語に尽きる。
 孫子に『四路五動』という言葉がある。四路とは前後左右のことで、四つの動は四路に対応している。では、五つ目の『動』とは何かといえば、すなわちその場にとどまることである。
 動かないことも時に戦術の一つとなる。ガルシアが孫子を知っているかどうかは知らないが、今回のガルシアの動きはまさしくこれであった。


 一連の動きを見るに、ガルシアの動きは一切の無駄がなく、一軍の将として敗北を免れるために最善を尽くしていると思える。
 だが、だからこそというべきか、俺はガルシアの動きにずっと違和感をおぼえていた。
 端的に言って、消極的すぎるのだ。
 ガルシアの動きは基本的に守勢である。戦場にあっては被害を最小限にとどめ、戦場の外にあっては戦闘を最小限にとどめ、その上で勝利を追い求めていく。
 それは将軍、提督として一つの見識であろうが、三十そこそこの若さで、しかも傭兵あがりの身で南蛮軍の提督に任じられるような男が、そんな消極的な戦いを事とするものだろうか。


 そして、今日こうして本人と相対するに及んで、疑問は俺の中で確信へと変じた。
 ガルシアは明らかにこの遠征に全力を傾注していない。より正確に言えば、何が何でも勝利をもぎとろうとは考えていない。
 どうしてガルシアはこの遠征に限って『勝つ』ための戦いではなく『負けない』ための戦いに専念しているのか。
 おそらく、そもそものはじめから、ガルシアはこの遠征に意義を認めていなかったのだろう。


 エスピリトサント号の資料によれば、今回、南蛮軍はゴアの戦力のおよそ三分の一をこの地に差し向けている。
 南蛮の東方経略において、日の本が重要な位置を占めることは確かであろうが、だからといってこの数の戦力を投入するのは明らかに過剰であろう。
 ゴアにしてみれば、大軍を送り込むことで一気に決着をつける心算なのだろうが、大友家や上杉家が隣国に兵を送るのとはわけが違うのだ。大海を越えて艦隊を派遣するだけでも費用は莫大なものとなるであろうに、それに引き続いて侵略、征服、統治とくれば、それらにかかる費用は天文学的なものになる。いかに南蛮が大国であり、ゴアが富に溢れていようとも、この負担は決して軽いものではないだろう。


 無論、東方諸国の征服に成功すれば、南蛮軍の府庫には莫大な富が流れ込んでくる。東方の金銀や茶、絹、陶器、刀剣といった産物を手中にすれば、侵略のための戦費を補ってあまりあるに違いない。
 だが、それはあくまで征服することが出来ればの話である。
 南蛮側から見れば十分な勝算があったとはいえ、ガルシアにしてみれば、今回の遠征は無名の師としか思えなかったのではないか。
 ガルシアが常になく守勢で戦に臨んだのもこのためであろう、と俺は考えた。


 ただ、疑問は残る。
 そこまで先が見えていたのならば、どうして遠征そのものをやめさせようとしなかったのだろうか。
 無論、一介の提督に出兵の決定権が与えられるはずもないが、戦略的見地から再考を願い出ることくらいは出来たはずである。
 しかし、押収した記録には、ガルシアがそういった行動に出たという記載はどこにもなかったし、ルイスも耳にしたことはないという。
 ガルシアが今回の遠征に疑念を持ちながらも、武人として己の分をわきまえ、命令に忠実に従った、と考えることも出来るが、だとすると、この遠征に限って戦い方を変えた理由がわからなくなってしまう。



 この疑問の答えは、ガルシアの出自が半ば明らかにしているように俺には思われる。
 傭兵上がりの若き提督。実力と運あってこその立身であろうが、それにはなによりもガルシア自身に上を目指す意思が、野心がなければならない。
 前述したように、ガルシアは自立だの反逆だのを目論んでいるわけではあるまいが、南蛮軍が――というよりも大アルブケルケが実行に移した今回の遠征が、ゴアにおける軍神の権勢を揺るがし、ガルシアの栄達に寄与するような状況になれば、それを見過ごすほど無欲でもないだろう。


 その意味で、大アルブケルケが東方経略に執着を見せれば見せるほど、ガルシアにとっては都合が良いと言えるのである。
 実際、南蛮軍は元帥を討ち取られ、艦隊の半分近くを失うという惨憺たる結果に陥っている。いかに軍神と名高きゴア総督といえど、これに関しては本国の糾弾を避けることは出来ないだろう。
 一方で、ガルシアは元帥亡き後も艦隊を維持し、統率力の高さを内外に知らしめている。その応変の才は、麾下の艦隊を失って捕虜となったニコライや、残り数隻にまで討ち減らされて今なお逃げ回っているロレンソとは比べものにならぬ。
 ガルシアに限って言えば、この戦いでむしろ株を上げたと言えるだろう……





 ――などと仮定と推測が無秩序に交錯する考えを組み立ててはみたものの、こんなことを面と向かって口にすれば、それこそガルシアにぶった切られてしまう。傍で聞けばガルシアの叛意を指摘しているようにしか聞こえないだろうし。
 だから俺は、ごくごく穏当な返答を口にするにとどめた。
「異国人に捕らわれた同胞を救うため、あえて危地に踏みとどまったという名誉は、貴族たちはともかく、一般の将兵にとっては重要なものでしょう。決して部下を見捨てない、という評判は後々まで提督に益することになります」
「……なるほど、な。たしかにそう考えれば俺にとって都合が良い話と言える。だが、それをここで口にするお前さんの真意はどこにある? なにやら端倪すべからざることを考えていると見たが、俺にどんな役割を振るつもりだ?」


 こちらの心底を見透かそうとするかのような、ガルシアの勁烈な視線を受け――
「別にそれほど大したことを考えているわけではありませんよ」
 俺はあっさりとそう返した。
「提督の考えが私の目的に益すると思ったから、こうして交渉の席を設けただけのこと。提督に願うことがあるとすれば、捕虜と火器の交換に関しては誠実な履行を、とそれだけです」
「ペレイラ元帥亡き後、艦隊の総指揮権はムジカにおわす殿下にある。交渉を誠実に履行し、捕虜を取り返してしまえば、これ以上この地に留まることはできん。俺たちはムジカに向かうことになろうが、それでも構わんと?」 


 それを聞いた瞬間、俺は一度だけ身体を震わせた。
 ガルシアがこちらの事情をどれだけ把握しているかは定かではないが、俺が大友家の人間であることはルイスから伝わっているに違いない。だからこそ、南蛮艦隊にムジカに向かわれるのは避けたい、という俺の考えはとうに読まれていたのだろう。
 とすると、今の台詞はガルシアの牽制か。そうそう俺の都合どおりに事を運ばせたりはしない、とガルシアは言いたかったのかもしれない。



 だが。
 そんなことは正直どうでも良かった。俺にとって、今のガルシアの発言で重要なのは、いまだに小アルブケルケが――バルトロメウがムジカに留まっている、という一事のみ。
 それはすなわち、まだ吉継は日の本から連れ出されていない、ということを意味するのである。


 吉継と最後に言葉を交わしてから、どれだけの時間が過ぎ去ったのか。とうに日の本の外に連れ出されていてもおかしくない、と半ば覚悟していた俺にとって、今のガルシアの言葉は何にも勝る吉報であった。
 だが、それを面と向かってあらわすわけにはいかない。俺は緩みそうになる表情を、顔の筋肉を総動員して引き締め、務めてそっけなく言い放った。


「島の北側で逃げ隠れしているお仲間を見捨てていかれるのですか?」


 無論、これはロレンソ・デ・アルメイダのことである。
 別にこの事あるを予期して逃がしたわけではないが、利用できるものは利用するべきであろう。相手が勝手に誤解してくれたらしめたものだ。
 そんな俺の態度をどう見たのか、ガルシアはわずかに目を細めた。
「彼らを助けるためと言えば、捕虜を取り戻した後もこの地に留まる理由になります。というより、今、あちらの艦隊がかろうじて無事であるのは、提督がここにいて私たちに睨みをきかせているからです。その提督が去れば、あちらは即座に捕斬されてしまうでしょう」
 それは南蛮軍にとっても、ガルシアにとっても好ましからぬことではないか。
 俺はそう言ってガルシアを見据えた。


「それよりは、ムジカにいる殿下とやらにここまでお越しいただく方が効率的ではありませんか? どのみち、バルトロメウは一度ゴアに帰るのでしょうから、その中途でここに立ち寄ったところで、さして予定が変わるわけでもありますまい?」






◆◆◆





 半刻ほど後。
 カタリナディアス号の甲板で、副官は小船で去っていく島津側の使者を見送りつつ、怪訝そうにガルシアに語りかけた。
「隊長、えらく早く終わりましたね? 一日二日はかかると思ってましたが」
「それは早くもなるさ。向こうが、こちらの条件をほぼそのまま容れたのだからな」
 どこか呆れた様子のガルシアが口にしたとおり、捕虜に関する交渉についてはとんとん拍子に話が進んだ。
 ガルシアとしては、出来るかぎりこちらから差し出す火器を少なくするよう務めるつもりだったのだが、雲居は南蛮軍の出した「引き渡すのはすべての火器の四分の一」という条件を実にあっさりと肯ったのである。ほとんど考える素振りさえ見せなかった。


 無論、雲居が頷いたからといって、それですべてが決まるわけではない。内城に戻った後、島津の君臣にはかった上で決断が下されることになるだろう。
 だが、雲居は南蛮軍の要求が通るように全力を尽くすと口にし、実際にそのとおりに出来る自信があるようだった。
 となれば、これ以上話し合う事柄など何もないのである。ガルシアにしても、雲居にしても、相手に何かの確約を求めるつもりはなかった。
 状況が変化すれば、先のやりとりは即座に意味を失い、すぐにも矛を交える間柄に逆戻りすることを、双方ともにわかっていたからである。


「ルイス君も、なんでまた親の仇についていっちまったんだか。まあ本人の希望なら無理に引き止めることもできんですけどね。なんだか色々と夢でも見ている感じですが、しかしまあ、これでまた存分に船を動かすことができるようになると思えば、やっぱりありがたいもんです」
 無為の滞陣に飽き飽きしていた副官のおどけた声に、しかしガルシアは普段のように反応しようとはしなかった。
 そんな上官の様子に気づいた副官が、先ほどとは別の意味で訝しげな顔になる。
「隊長? どうしたんすか?」

 このとき、ガルシアは副官の声に気づいていなかった。より正確に言えば、声は届いていたが、それが自分に向けられたものであることに気づいていなかった。
 ガルシアの脳裏には、つい先刻、雲居と交わした会話が繰り返されていたからである。




『一つだけ訊かせてくれるか、使者殿』
『なんなりと』
『先ほど言っていたな。俺の考えが自分の目的に益するから、この交渉を設けた、と。それはつまり、この交渉はお前さんにとって目的ではなく手段であった、ということだろう。ならば、お前さんにとっての目的とは何だ? まさか本気で南蛮国を滅ぼそうとしているわけでもあるまい?』
 それを聞いて、雲居は思わず、という感じで笑みを浮かべた。
『はは、その時にこうも言ったはずです。それほど大したことを考えているわけでもない、と。私はただ、奪われたものを取り返したいだけなのです』


 そう言った雲居は、特に語調をかえることなく続けた。
『その邪魔をするならば……あくまで私から家族を奪おうというのなら、たとえ相手が軍神であれ容赦などしません。私の全てで、叩き潰します』
『……元帥の書類をすべて見たのなら、今回の艦隊が、あくまでゴアの戦力の一部でしかないことはわかっているだろう。それでも、その言葉が出るのか?』
『無論です。今回の南蛮艦隊はゴアから見れば一部であったかもしれませんが、これだけの艦隊を遠い異国に派遣するのは、南蛮国にとってもかなりの無理押しだったはず。再び同じ規模の艦隊を組織して攻め寄せるまで、どれだけの時間が必要になるか。一年や二年では不可能でしょうし、今回以上の大軍を動員するなら、やはりそれだけの時間が必要になるでしょう。それはつまり、それだけの時を、私たちは迎撃の準備に費やせるのです。知らないからこその脅威、知っていればいくらでも対処はできる。初手で躓いたのは致命的でしたね』
 そう言うと、雲居は詠うように呟いた。


 ――そちらの神は一柱。
 ――対するこちらは八百万。


『来るならば、相応の覚悟をもってお越しあれ。日の本が誇る戦神(いくさがみ)たちの力、その時までに結集させてみせますゆえ』





 ガルシアは、その言葉の意味を正確に理解したわけではない。むしろ、一体何を言っているのか、と怪訝に思った。
 だからこそ。
 この時、自身の背を滑り落ちた氷塊の正体に、ガルシアは気づくことが出来なかったのである…… 




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