細工は流々仕上げを御覧じろってことでアルビオン行きの準備は整えた。
昨夜はマチルダのお陰で部屋の声はもれないし、部屋を見張らせているのでギーシュやワルドの乱入もない。
せっかくギーシュとは友好的なのにここで波風立てる必要はない。
もちろん水の指輪と手紙を受け取ってあるし、アンリエッタは部屋まで送って行った。
朝もやの中、ギーシュとサイトは、馬に蔵をつけている。
錆びたデルフリンガーを背おい、ナイフをベルトにさし、ギーシュに作ってもらった1サント程の青銅の球を100個ずつ二つの筒にいれている。
マルトー印の燻製圧縮したチーズ等の携帯食料に、対魔コーティングを施した手袋、これが今回の装備だ。
ギーシュとルイズは私服に乗馬用のブーツを履いている。それぞれの杖とマントをつけるだけの軽装だ。魔法使いは楽でいい。
当たり前のようにギーシュがいるが、今回の任務の要なので姫様からの重要な任務を受けたとだけ伝えて連れてきた。
基本女の人の頼みは断れないギーシュだ。しかも姫様の頼みとあらば、なんたる名誉かと二つ返事で了承した。
サイトはルイズを二人乗り用の大きめの駿馬に乗せると、ギーシュが困ったように言った。
「サイト、僕の使い魔も連れて行きたいんだがかまわないだろうか?」
決闘後に和解し能力開発につきあったため関係は良好、今回大幅に戦闘能力の下がってしまったサイトとしては是非とも協力してもらわなければならない。
ルイズも戦力に数えているし、過去英雄と呼ばれたギーシュの伸び代を考えると二人とも今のうちから鍛えたい。
タバサ、キュルケは既にトライアングルであるうえに戦闘能力には長ける。最低でもそこまでは行ってほしい。
「ああ、ヴェルダンテも任務を達成するために必要だからな」
そういうと、ルイズの馬にまとわりつこうとするヴェルダンテを優しく手で制する。
「今回一番重要なのはルイズだ。戦力としても期待しているし絶対に守る。
だから、自分の身は自分で守ってほしいけど、成果はでてるんだろ?」
「あれから、君も特訓の成果をみていないからね、楽しみにしていいよ」
そういうと造花の杖を口に咥える。こういう所がなければ尚良いと思うんだがギーシュの本質でもあるし仕方がない所である。
ルイズは、最初ギーシュなんかを連れていくのかと思ったが、サイトをみると結構信頼しているようなので任せることにした。
今回改めて思ったけれども、本当にサイトは頼りになるわたしも姫様もきっと導いてくれるに違いない。
なにより姫様に頼られ、サイトに頼られ、今まで頼られることのなかったルイズはなにか胸が温かくなるような思いだった。
そして、馬に乗りこもうとしたサイトとギーシュだったが、タイミングを見計らったかのように朝もやの中から一人の長身の貴族が現れた。
朝もやで遠目には分かりにくいが、羽帽子をかぶっている魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ワルドだ。
「誰だ」
ギーシュを手で制し、サイトが尋ねる。
「僕は敵じゃない。姫殿下より、君達に同行することを命じられてね。君達だけではやはり心もとないらしい。
しかし、お忍びの任務である故、一部隊つけるわけにはいかぬ。そこで僕が指名されたって訳だ」
長身の貴族は帽子を取ると一礼した。
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」
アンリエッタにはあれだけ念を入れたので本当に同行だけしか頼んでないのだろう。
今ワルドがいることもアンリエッタに問い詰めた結果だろう、流石に四六時中アンリエッタの近くにいるわけにはいかないから仕方がない。
下手な事をいっても証拠がないため、変に混乱させるだけとあれば、まあ出来る範囲でしか対策は取れない。
前に一度出会いがしらに問答無用でワルドを殺した時は、まったく孤立し処刑されるまでいってしまって悲惨だった……。
ワルドとしても3つの目標を達成するためにも、絶対にここは外せない。
サイト、ギーシュ、ルイズは馬から降り、失礼のないように一礼する。
「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!!」
人懐っこい笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄り抱き上げようとする。
それをサイトは体で制し、ルイズの間にわって入る。ルイズも完全にサイトの背中に隠れてしまった。
「むっ、なんだね君は。失礼じゃないか」
「ルイズの使い魔のサイト・ヒラガと申します。
僭越ながら子爵様、女王陛下から勅命を受けた証はございますか?
任務の特性上、その場で勅命を確認したわけでもないので……。
例えそれが自分の親であれ信用できません」
ふむっと困ったように頷きながらワルドは答える。
「なんともしっかりした使い魔くんだね。最初見たときはどこぞの貴族かと思ったが……
まさか、人を使い魔とするなんてね。流石僕のルイズといったところかな。
たしかに君のいうとおり保証は出来ないが、同行を頼まれたのも確かだ。今から姫様の元に向かうかい?」
これがブラフだとしたらそうとうな胆力だ。まあ本当に同行は頼まれたのだろう。
「そうでしたか、わかりました。失礼な行為をしてしまい申し訳ありません」
ワルドは気さくな感じでこたえた。
「いやいや、こちらもいささか配慮に欠けていたよ。学生といえ少し侮っていたかな。
本当にぼくの婚約者がお世話になっているようだね。
しかし、安心してくれたまえ。どんな困難な任務であれ、私がルイズを護り必ずや成功させることを誓おう。
それに久しぶりの婚約者との再会だ。長く離れた時を埋めるように語らうのもよかろう」
ルイズに近づこうとするワルド。
「ごめんなさい、ワルド子爵様……」
さらにサイトの後ろに隠れるルイズ。
それを驚いたように見るワルド。
「もうしわけありません、ワルド子爵。アンリエッタ姫にもルイズにも口を酸っぱくして教えたのですが、
今回の任務の詳細は三人しか知りませんし、今後増える予定もありません。
婚約者であろうと今回に限って言えば、全面的にまかせられないのです。
そして仮にも任務の最中です、語らうのはまた平時にしてはいただけませんか?時間はあるのですから。
主人を護るのもお任せください。その為の使い魔なのですから」
なるほど、それでいくら聞いても詳細が分からなかったわけだ。
任務内容の予測はついているからいいが、この使い魔正直やりにくい……。
「そうか、それでは仕方ないな。くれぐれも頼んだよ、使い魔くん」
ワルドは内心の思いを微塵も出さずに、残念そうな顔をしながらグリフォンにまたがった。
三人も予定通り馬にまたがりアルビオンに向けて出発した。
アンリエッタは出発する一行を学園長室の窓から見つめていた。
「彼女たちに加護をお与えください。始祖ブリミルよ……」
目を閉じて、手を組んで祈る。困難な任務に向かう一行の無事を願い一心に祈った。
その祈りを破る様に扉がどんどんとたたかれ、ミスタ・コルベールが飛び込んできた。
「いいいい、一大事ですぞ!オールド・オスマン」
「きみはいつでも一大事ではないか。どうも君はあわてんぼでいかん」
「慌てもしますぞ!なにせ、城からの知らせですが、チェルノボークの牢獄から、フーケが脱獄しました」
「ふむ……」
オスマンは口髭をひねりながらうなった。
「門番の話では、さる貴族を名乗る怪しい人物に風の魔法で気絶させられたそうです。
魔法衛士隊が、王女のお供で出払っている隙に、何者かが脱獄の手引をしたのですぞ!
つまり、城下に裏切り者がいるということです。これが大事でなくてなんなのですか!」
アンリエッタの顔が蒼白になった。
オスマンは手を振ると、コルベールに退室を促した。
コルベールがいなくなると、アンリエッタは、机に手をついてため息をついた。
「城下に裏切り者が!間違いありません、アルビオン貴族の暗躍ですわ」
「そうかもしれませんな……」
オスマンの煮え切らない態度に、アンリエッタは業を煮やした。
「トリステインの未来がかかっているのですよ、なぜそのような余裕の態度を……」
「すでに杖は振られたのですぞ。我々にできることは、信じて待つことだけ。違いますかな?」
「そうですが……」
「なあに、彼ならば、どんな困難があろうとも、やってくれますでな」
「彼というと……ルイズの使い魔でしょうか」
オスマンは、すぐに彼の事を言い当てたのを驚きながら頷いた。
「未だ底の見えない使い魔ですな。途方もない魅力をもち全てを見据えるような眼をしている。
まだひよっこのような年でありながら、このわしをもってしても全てを測りきれない程ですのじゃ」
「オールド・オスマンをもってしてもですか……」
アンリエッタは遠くを見つめるような目になった。
その少年の唇の感触どころか、情熱の芯が自分の体に残っている。鈍い痛みの残る太ももに力を入れて閉じた。
アンリエッタは唇を指でなぞり、目をつむり祈りながら心の中でつぶやいた。
(祈りましょう、異世界から吹く風に)
港町ラ・ロシェールは、トリステインから離れること早馬で二日、アルビオンでの玄関口である。
港町でありながら、狭い峡谷の間の山道に設けられた小さな町である。
人口はおよそ三百程だが、アルビオンと行き来する人々で、常に十倍以上の人間が街を闊歩している。
狭い山道を挟むようにしてそそり立つ崖の一枚岩をうがって、旅籠やら商店が並んでいた。
立派な建物の形をしているが、並ぶ建物の一軒一軒が、同じ岩から削りだされたものであることが近づくとわかる。
土系統のスクウェアメイジたちの巧みの技である、魔法にはこのように色々な使い道があるのだ。
峡谷に挟まれた街なので、昼間でも薄暗い。
狭い裏通りの奥深く、さらに狭い路地裏の一角に、はね扉のついた居酒屋があった。
酒樽の形をした看板には「金の酒樽亭」と書かれている、金どころか廃屋にしかみえないほど小汚い。
所詮は傭兵やならず者がつどう場末の酒場だ。
そんな金の酒樽亭も本日は満員御礼だった、内戦状態のアルビオンから帰ってきた傭兵たちだった。
「アルビオンの王様はもう終わりだね」
「いやはや!共和制って奴の始まりなのか」
「では、共和制に乾杯」
そう言ってがははと笑っているのは、アルビオンの王党派についていた傭兵たちであった。
別に恥じる行為ではない、敗軍に最後まで付き合う傭兵などいないのだ。
職業意識よりも命のほうが惜しい、命あっての物種である。それゆえ命よりも誇りを重きとする貴族とは相いれない存在でもある。
ひとしきり乾杯がすむと、はね扉をががたんと開き、小柄な男が一人酒場に現れた。
こんな場所に一人で来るのは珍しいのか一瞬注目を浴びたが、すぐに興味を失ったのか思い思いにまた飲み始める。
男はワインと肉料理を注文すると、隅っこの席に腰かけた。酒と料理が運ばれてくると、給仕に金貨を渡した。
「こ、こんなに、よろしいんで?」
「泊り賃もはいっている。部屋はあいてるか?」
似合わない自分らしからぬ行動だが、これも仕方がないと割り切っている。
金を持っているとわかると、酒を飲んで気が大きくなったのか幾人かの男が席に近づいてきた。
「よーお、兄弟。一人で飲んでたって楽しくないだろ」
肩を軽々しくたたきにやにやした笑いを浮かべている。
「いや、静かに飲みたい質でね」
そういうと小物らしい笑いを浮かべた。偽フーケだった。
「おいおーい、兄弟、つれねえなあ。んな寂しいこといってねーでよお。
一緒にのもーじゃねーか。ついでに奢ってくれるとうれしいんだけどな」
「そうだそうだ、なあ結構もってんだろ?俺達負け戦についちまってよ。
ちいとばっかし、懐が寂しいんだよ、な、いいだろ?」
そういい下婢た笑いを浮かべ、取りだしたナイフでぺちぺちと頬を叩く。
偽フーケは杖を一振りすると、懐からジンジャークッキー人形のような15サント程のゴーレムが出てきた。
素早い動きでナイフの刃を折り、傭兵の男に破片を投げつけた。それは頬をかすり、はね扉に刺さった。
「き、貴族!?」
マントを羽織ってないのでメイジだとは気がつかなかったのである。
「魔法は使うが貴族じゃないな」
男たちは呆気にとられて顔を見合わせた。貴族でないなら命を落とす心配はなさそうだ。
今のような行いを貴族にすれば、それはもう殺されても文句がいえないのである。
この土の少ない酒場で男は器用にゴーレムを作り出していた。
ゴーレムはてくてくと懐から金貨の袋を取り、傭兵のほうへよちよちと歩いていく。
「お前たちを雇いに来た。報酬はそれだ」
そう聞くと年かさの男が人形から恐る恐る金貨袋を受け取り中身を確認する。
「おほ、エキュー金貨じゃねえか」
はね扉を開いて、今度は白い仮面にマントの男が現れた。偽フーケを脱獄させた貴族である。
「おや、早かったね」
その奇妙ないでたちをみて傭兵たちは息を飲んだ。
「連中が出発した」
「こっちもあんたに言われた通り、人を雇ったよ」
白い仮面の男は、偽フーケに雇われた傭兵たちを見回した。
「ところで、貴様ら、アルビオンの王党派に雇われてたのか?」
傭兵たちは愛想笑いを浮かべて答えた。
「へい、先月までは」
「でも、負けるような奴は主人じゃねえや」
傭兵たちは笑った、白い仮面の男もわらった。
「金は言い値を払おう。しかし俺はあまっちょろい王様じゃない。逃げたら殺す」
サイト達は急ぎながらも無茶のない旅を楽しんでした。
サイトの馬術は相当なもので、ルイズはただただ身を任せていればいいのだった。
時折サイトとルイズは会話を交わしては、ルイズは華のような笑みを浮かべている。
それを一人先行するわけにもいかないワルドは少し上空からグリフォンに乗り見ているだけしかできなかった。
歯噛みしながらもすぐに心を落ち着かせた、手はず通りであればラ・ロシェールの入口で襲撃がある。
無理はしてないが長時間の馬での進行である。疲れきっているところで何が出来ようか、
その時にルイズを護り、あの使い魔から引き離す。そうすれば手なずけるの訳ないだろう。なあに時間はあるのだ。
そして、その日の夜中にラ・ロシェールの入口についた。
良い感じに皆の体力が落ちているし、もうすぐ一息つける安心感で緊張も一度ほぐれているだろう。
「使い魔くん達、少し待ちたまえ」
ここだと思い、ワルドは声を掛ける。
「ふむ、こう気の抜けた場面で襲撃があることもそう少ないことでもない。
街の入口とはいえ、山道を利用しているから高低差もあり見晴らしも良くない。
そしてここら辺は治安もよくない、夜盗や山賊でもいるかもしれん。警戒することにこしたことはないよ」
なんだそんなことかとサイトは答える。
「大丈夫です、早く行きましょう」
「むっ、きみも年長者の意見に少しは耳を傾けてもいいんじゃないか」
ワルドは少し気分を害したように言った。
「奇襲だ!」
風の音が聞こえたのか、月に向かってワルドは杖を構えようとする。
月をバックに見慣れた幻獣が姿を見せた。ルイズが驚いて声を上げた。
「シルフィード」
確かにそれはタバサの風竜であった。地面に降りてくると、赤い髪の少女が風竜からぴょんと飛び降りて髪をかきあげた。
「お待たせ」
ルイズがサイトにしがみついたままキュルケに怒鳴った。
「お待たせじゃないわよ、何しにきたの!」
「朝方、窓から見てたらあなたたちが馬に乗って出かけようとしてるもんだから、
急いでタバサを叩き起こして後をつけたのよ」
恐るべきはあの朝もやのなかでも面白いものを逃さないキュルケの目である。
タバサもきちんと着替えたらしく、風竜の背で本をめくっている。目を悪くするぞ。
「ツェルプストー。あのねえ、これはお忍びなのよ?」
「お忍び?だったら、そういいなさいよ。行ってくれなきゃ分からないじゃないのよ」
何とも無茶苦茶な事を言う。
「それより、さっき面白いものをみたのよ。崖の上に首だけ埋まった人たちがいたわ。
何をしてたのかしら?トリステインでは岩の中に埋まるのが流行っているの?」
疑問に答えるようにサイトが言う。
「それは、きっと夜盗だろうねキュルケ。おれの子飼いに先行して此処まで梅雨払いさせたんだよ。
というわけで、港町までは絶対安全な道を通ってきていたんですよ。ワルド子爵」
ルイズは、サイトすごいと一層しがみつくのだった。
キュルケも対抗して馬に乗って背中にしがみつこうとしたが無理があるとサイトにたしなめられていた。
振る場所のない構えていた杖をゆっくりおろしてワルドは、一言そうかと呟いた。
道の向こうに両脇を渓谷で挟まれた、ラ・ロシェールの街の灯りが妖しく輝いていた。