さて、皆さんこんにちは。
昨日はジャスティンの豹変に振り回されっぱなしだった勇者(仮)こと北条透です。
今日は練成関係はジャスティンに任せて90式戦車の訓練を眺めています。
それにしても、鋼のボディに1500馬力のエンジンを得た精霊たちは無邪気に走り回っています。いや~癒される。
『ユウシャ、遊ボウ、遊ボウ』
いや、ちょっと待って。50tの車体で迫らないで! あーーー!!
「団長。今、馬車にひき潰されるカエルみたいな声が聞こえませんでしたか?」
「大丈夫よ。今はギャグパートだから大事には至らないわ」
「は?」
「何でも無い。それより、マガジン一つ使い切って的に15発以上命中させられなかった者は、戦車と綱引きさせるわよ!」
「ちょ、あの鉄の塊に勝てるわけ無いじゃないですか!」
「ええ。綱引きという名の引き回しだからね」
「うぉぉぉ、野郎ども、絶対外すな!」
ジャスティンの渇が利いたのか、透指揮下の騎士団と国防軍はめきめきと実力を上げて行った。だって、
「止まるんだ! キュウマル~」
『楽シイネ、ユウシャ、楽シイネ』
視界の隅に戦車に追っかけまわされている勇者が見えるから。
時速70キロで走る90式戦車から逃げられているあたり、やはりこの空間はギャグ仕様のようだ。
(((ああはなりたくない)))
騎士団の心は一つになった。
ちなみに、この日から勇者(仮)が精霊と遊んでいる日は命中率が普段の五割増しになったという。
俺が召喚されてから一週間が経った。
ジャスティンの第一重装騎士団と国防軍は少なくとも200m先の固定目標に当てることは出来るようになった。
硝煙で真っ黒になった顔と、そこだけ爛々と光る目に写る戦車に追っかけまわされる俺は無駄ではなかったと言うわけか。
「で、そんなある日に俺はあのウッゼ~貴族どもに呼び出されて王城を歩いているわけです」
「誰に言ってるの? トオル」
「気にするな。ただの現実逃避だ」
「まぁ、orzされるよりはマシだから良いけど」
会議室
見るからに我こそは貴族であるって感じのオッサンたちがふんぞり返って座っている。
大物ぶりたいのかもしれないが、せめてその狸染みた腹は引っ込めろ。
「さて勇者(仮)君。君はいつになったら魔王討伐に向かうのかね? 歴代の勇者は召喚の三日後には酒屋で仲間を見つけて旅立っていたぞ」
…酒屋で仲間見つけるとか、いつの時代のRPG?
つうか、チート能力で俺Tueeする人と現地勢力の協力が不可欠な俺を一緒にしないで頂きたい。
知ってるか? 歩兵部隊の随行の無い機甲部隊はあっと言う間に全滅するんだぜ?
「人は人。俺は俺だ」
「それでは困るのだよ~。世界は魔王の侵略に怯えながら暮らしている。一刻も早く安心して暮らせる世を作るのが勇者の使命なのではないのかね?」
言ってることは間違ってないが、完全な他力本願ここに極まれり。
「一つ聞くが、何でどいつもこいつも、目が¥のマークになってんだ?」
「そりゃ、勇者が立つとお金になるからね~。討伐に使われる武器、食料、その他諸々。直接儲かるのは商人だけど、そこから税が入ると思えばね~」
そう冷笑しながら言い捨てるジャスティンに貴族達は口角泡を飛ばして反論する。汚ねーな、おい。
「第一重装騎士団長! 何を言っているのかね!?」
「我々は市民の安全を願って!」
「金の事しか考えていないように言われるのは心外だ!」
「じゃあ、資金提供してもらえます? 魔王討伐軍の編成は今現在、騎士団の予算から抽出して行っております。指揮下の軍は我が第一重装騎士団と国防軍一個中隊のみ。今代の勇者は配下の兵が多ければ多いほど強力になります」
「むぐっ!? そ、それは」
「しかしだね、それは本来、騎士団が負担すべき…」
「ええ、ですから負担しています。しかし、騎士団の予算内からの抽出では現状以上の兵力動員は出来ません。勇者が発った後に国家を護る騎士団の予算がなくなってしまいます」
「それを何とかするのが騎士の役目だろう!」
「いいえ、違います。そこで何とか予算を捻出するのはアナタ方、貴族の役目です」
「むぐぐ…はっ! そうだこうしようではないか。今現在、アルデフォン地方を荒らしている魔王軍を討伐してきたまえ。そうすれば、勇者の実力を認め、我々も資金提供をしようではないか」
「確か、アルデフォン地方はアナタ方の直轄地で騎士団派遣の要請が何度も出されているのにも関わらず、あ・な・た・が・た・が! 財政を理由に却下されていたと記憶していますが?」
「うぐっ!?」
「そもそも領地の治安維持は領主の責任でしょう。自前の戦力で治安維持ができないのなら早急に援軍を依頼するのが筋のはず」
「地方の財政は厳しいのだ!」
「厳しいのは貴方達の財布の紐でしょう! 中身はガッツリ入っているんだから偶には緩めなさい!」
「何を!?」
「何よ!?」
いかん。脱線してきた。話が進まないな。俺は生憎と政治については疎い。ここは早々に片付けるか。
「まぁ、そう言うな、騎士団長。さて、貴族の皆さん。今回の遠征ですか、我が部隊はお世辞にも練成を終了しているとは言えません。しかし、アナタ方が騎士団と国防軍の遠征費用を負担してくれるなら、我が部隊は、あ・な・た・が・た・の! 直轄地へ魔物討伐の遠征に赴きましょう」
「うむむ、仕方ないかの」
「そうじゃな」
「早々に行きたまえ」
会議室を出て、廊下を歩く。
通り過ぎる人は全てビシッと直立不動で道を譲る。
これは、俺じゃない。ジャスティンへの敬意だ。
「良かったの? この条件で。本来は領内の治安維持は領主の部隊が行うものなんだし、騎士団や国防軍が遠征するときに領主が資金を負担するのは普通なんだよ? 領内に資金がないって言うなら考えるけど、あいつら普通にケチってるだけだし」
「問題ない。俺が従来型の勇者とは戦法が違うと言ってもそろそろ動かなくちゃならない時期に来ているのは確かなんだ」
なまじ勇者への期待が大きい分、中々動かない俺への風当たりは強くなりつつある。正直、一ヶ月は練成したかったがな。だが、仕方ない。過去の勇者どもは召喚された当日に既に戦果を挙げていた奴だって居たのだ。
演習場に部隊を集めて訓示する。
部隊は大隊規模の第一重装騎士団と一個中隊の国防軍。
騎士団が240名に国防軍が120名。合計で360名。
現代装備の練度こそ不安が残るが、元々、精鋭部隊である。
「さて、俺たちの初出撃が決まった。アルデフォン地方の魔物討伐が今回の任務である。諸君はまだ、銃に触れてから日が浅い。そこで、今回の任務では銃はあくまで予備として扱い、従来どおりの少数には通常攻撃、大群にはトラップによる戦法を用いる。
現地到着後、魔導部隊は即座に展開、トラップの作成に入れ。騎士団と国防軍は周囲を警戒。トラップ陣地の設置が終了し次第、魔物との交戦を開始する。何か質問は?」
「銃の携行はどうするのですか?」
「基本的にしてもらう。AK-47は壊れにくい銃だが、まともなメンテナンスを行えないため2丁配布する。前に教えたとおりコッキングしても使えない場合はその銃は使用を諦め予備を使用すること」
「移動手段は?」
「こちらで車両を用意する」
「指揮は誰が執るのですか?」
「最終決定は俺がするが、基本的にはジャスティン団長と、ジョン・スミス国防軍中隊長にとってもらう」
『僕タチハ、僕タチハ?』
「道中森が多く道は高機動車が通るので精一杯でしかない。戦車は一旦、返還し、現地でまた来てもらう。また、戦場も森林部が大半となる。平野部も狭く機動戦闘は難しい。固定砲台として運用する」
『分カッタ。マタネ、マタネ』
「さて、森林部というのは現代兵器に限らず、攻める側にとって鬼門である。今回の作戦は可及的速やかに敵を平野部に誘き出し、トラップと銃砲撃にて殲滅することである他に質問は?…よし、では出動だ!」
アルデフォン地方
俺が召喚された首都マケドニアから北へ200km程行った所に有る。
普通なら5日は掛かる道中だが、我が部隊の展開能力を侮る無かれ。
夜間の移動を制限してでも2日で着いてしまった。
いや、これ以上は無理よ? 生い茂った森の中の林道みたいな道を走ってるんだから。
「良く来てくださいました。勇者殿!アルデフォン地方駐留軍一同、心より到着を歓迎いたします!」
うん。トップがあのウッゼー貴族でも現場に責任は無いよね。
この地の守備隊が涙ながらに喜んでいる。
つうか、ここ街じゃねぇし。明らかに街の外です。
街の外周には堀が掘られて壁が立てられちょっとした要塞になっている。
「いえ、この位しないと防ぎきれないんです」
そうか、大変だったんだな。
あの貴族が俺を急かしたのはテメエの懐可愛さだが、言っている事は間違っていなかったということか。
この国は限界に達しつつある。下手に長引かせると内部から瓦解する。
「守備隊長。この地の地図が欲しい」
「はっ、こちらに」
天幕の中に入ると守備隊の幹部達が一斉にビシッと起立する。
どの顔も連戦で疲れきっている。人と魔物では人は常に苦戦する側だ。
そこで出された地図。何じゃこりゃ。白紙に街と道と川が書かれてるだけじゃん。
「我が国マケドニア全域で言えることですが、森が多く、測量が進まないです。我が国の地図では主要な道路と河川しか書かれていません」
「……軍議一時中断」
俺は外に出て比較的開いた場所で自衛隊年鑑を開く。
「召喚、OH-1」
『ユウシャ、呼ンダ? 呼ンダ?』
「うん。少しこの辺の航空写真撮って来て」
『任セテ、任セテ』
ヒュンヒュンヒュンヒュンとプロペラを回転させ離陸していくOH-1。
それにしても移動にヘリを使わなくてよかった。
全員ヘリで運んでいたら着陸待ちでガス欠が出てたわ。それくらい平地が小さい。
「勇者殿、今のは一体?」
「情報を制するものは世界を制する。戦術の基礎だ。その情報を集めに行ってもらった」
「情報?」
「取り敢えずは地図な」
暫くするとOH-1が戻ってきた。
『ユウシャ、戻ッタ、戻ッタ』
「お帰り。じゃあ、早速」
機体にプリンターを繋いで周囲の航空写真をプリントアウトする。
それを大きな台に乗せて巨大な周辺図が完成した。
『ユウシャ、森ノ中ニ魔物沢山居タ。皆隠レテタ』
そう言って機体のディスプレイに表示されたのは森の中。
しかし、赤外線映像で魔物の周囲だけ赤くなっている。
「あ、そっか。可視光線の他に赤外線の観測装置も積んでたな。つうか、昼間でも使えんだ。そっちの情報も出せるか?」
『出ス、出ス』
周辺図に赤外線映像も加えて、敵情は手に取るように分かる。
「凄い。魔物の位置が予め分かっているなら、平地に追い出すのも簡単になる!」
守備隊長が言うとおりなのだ。
今まで人が魔物に対して劣勢を強いられてきた一番大きな理由。
それはマケドニアの国土の実に七割が森林部だったことに由来する。
視界が大きく遮られる森林部では視覚に頼って行動する人間は簡単に不意を突かれてしまう。
「よし、明日の日の出を待って展開を開始する。この平野、ポイントAに魔物を追い込む様に半円状に展開。包囲網は二重とする。上空にはOH-1を飛ばして戦域管制を行う。各分隊長には無線を支給。部隊の足並みは揃えるので自分より前に動くものが居たら敵だ。撃て」
明日の朝一でOH-1を飛ばし、魔物の場所を再確認。
それを元に部隊を展開させる。
アルデフォン駐留軍は疲労が半端ではなかったので全員休ませた。
何と、今まで街の外の陣地にテントを張って野戦をしていたらしい。
一応、水系統の魔法使いもいるから衛生面なんかは問題なかったらしいけど、この日は全員家に帰らせた。
森の中に複数のセンサーを設置したし、新しく召喚した90式戦車や89式戦闘装甲車がFCSを常時起動させて睨んでくれる。
地図の上に戦車型の駒を置いて防衛体制を確認していた俺のところにジャスティンが暗い顔をして姿を見せた。
「ねぇ、トオル。アルデフォンなんだけど…」
「何かあったのか?」
「うん。ここ最近の魔物の異常発生で流通が途切れているんだ。食料を始めとした生活必需品も満足に出回ってない。それで…」
「騎士団の物資を開放したい…か?」
「うん」
「良いんじゃね? 何か問題があるのか?」
「今現在、騎士団の所有する食料は二週間分。街に充分な物資を行き渡らせるには八割以上を放出しないと…」
「それは流石に問題だよな~」
考えろ、俺の頭脳。俺に出来ることは何だ? 基本的に書の力を使うこと。
……あ。俺は自衛隊年鑑をめくり出す。これに載っているのは戦闘装備だけじゃない。
あった野外炊具。でも食材は流石に無さそう。
ここは素直に戦闘糧食を配るか。
あ、でも戦闘糧食って湯煎が必要じゃん。いや、必要なのは米飯だけか。
でも、この世界じゃ米を食うという習慣が無いっぽいし、洋食だと極端にメニュー減るよな。
でも、まぁ、洋食でも余りの不味さに落ち担当の米軍MRE食わせるよかマシか。
えーと缶詰のⅠ型なら乾パン。オレンジ味の水飴がついていて、ソーセージの缶詰とセットか。…缶切がいるな。
Ⅱ型ならクラッカーか。クラッカーにハムステーキ、ポテトサラダ、卵スープか。こっちはレトルトだから特別な道具は必要ないな。良し、召喚!
ドタドタドタドタ。
目を丸くしているジャスティンを他所に俺はその一つを手にとって食べ方を確認する。
幸いどちらも特に難しくは無さそうだ。パックの破り方だけ教えて高機動車にたらふく積んで街に持って行ってもらった。
これで一安心と地図上での架空演習に戻った俺だが、アルデフォンの住人どころか騎士団や国防軍も大いに気に入ってしまい、しばらく炊事班の仕事が無くなったのは余談である。