皆さんこんにちは。異世界に召喚されて勇者(仮)やっている北条透です。
遂に我が無双の現代兵器が活躍する時が来ました。
現代兵器の火力、とくと思い知れ、なのです。
「今回の作戦の目的は敵群の確実な殲滅である。進軍速度より索敵を重視せよ」
特化部隊を呼び出して砲撃をガンガン加えても良いんだけど、今回の作戦の目的は敵軍の無力化ではなく、敵群の殲滅である。
軍事行動というよりは害獣駆除に近い。
そもそもマケドニアの森はジャングルと言うほどではないが、それでも木が生い茂っている。
ここに砲爆撃を加えても確実な殲滅は期待出来ない。
ナパームなんかを使えば出来そうだが、火の始末が面倒すぎる。
街が近いから火事になられても困るし、そもそも余計な熱源を与えると赤外線映像が使えなくなってしまう。
結局、森林の敵を確実に排除するには歩兵部隊の投入をするしかないのだ。
ベトナムの米軍が実証している。
太平洋戦争の総使用量を超える爆弾を叩き込んでもベトコンを殲滅出来なかったのだ。
現代兵器も大自然の前には無力…とまでは行かないが、大きく威力を割かれてしまう。
それに敵殲滅より森が焼け野原になる方が早そう。
作戦通りに上空にOH-1を飛ばして、その情報を82式指揮通信車で受けながら指揮をしています。
今回、第一重装騎士団と国防軍の分隊長以上の指揮官には無線を配備しているんです。
尤も、あちらからの通信は原則緊急時のみですが。
「現時刻をもって状況を開始する。各部隊は所定の方針に従って行動を開始せよ。繰り返す…」
魔物の集団を広場に追い立てるように半円状に展開した部隊が一斉に動き出す。
これからはOH-1からの情報を元に各部隊の足並みを整えさせないといけない。
しばらくすると半円を描いていた部隊の形が段々と歪になってくる。
「第一小隊、遅れている。前方600m以内に熱源反応無し。行軍速度を上げろ。第六小隊、突出しすぎだ。その場で再度指示が出るまで停止。第三小隊、前方に熱源。確認せよ」
『こちら第三小隊。魔物と接敵、交戦します』
無線の向こうではタタタタという銃声が聞こえてくる。
「了解。深追いはするな。目的は森林部での殲滅ではない」
『了解』
OH-1から送られてくる赤外線映像を見ながら指揮をする。
時々偶発戦闘を行いながらもじわじわと魔物包囲網が狭まっていく。
従来どおりに部隊が点になって移動していたならば奇襲も出来ただろうが、今、俺の指揮下の部隊は線で動いている。奇襲などさせんよ。
結果、じりじりと追い込まれている。
そうだ、魔物ども、そのまま進め。
その先には魔法部隊が作成した各種トラップと十字砲火が待ち受けている。
「全部隊、包囲網が狭まった。左右から友軍が合流するが、注意せよ」
それにしても魔物も一方的に逃げてばかりだ。
完全包囲網で奇襲が出来ないと理解しているのか? それとも初めてみる銃に怯えているのか?
見た目は魔法の方がよっぽど派手なんだが。
騎士団と国防軍による包囲網は直径400mにまで狭まった。
それにしても、上空にいざと言う場合に備えてAH-64Dを待機させておいたが、結局出番なかったな。
味方の包囲網を一点突破で抜こうとしたら鼻先に攻撃して足を止めさせる心算だったが。
「魔導師部隊、戦闘準備。司令部より全部隊へ。前方に向けて一斉掃射を開始せよ。身体は物陰に隠せ。両端の部隊は前方からの流れ弾に注意」
ダダダダダダダダ
来た! 突然の一斉射撃に驚いた魔物の群が森から飛び出してきた。
「魔導師部隊、まだ待機だ。後続が森から出るまで待て」
『勇者殿! まだですか!?』
「まだだ。待て」
魔物の先頭と部隊との距離、200m。
だが、まだだ。まだ森の中に居る。
『勇者殿!』
「待て!」
150m、100m、50m…。
「よし、やれ!」
『了解!トラップ発動!』
その瞬間、地面が沈んだ。
土系統の魔法使いによる地下に空間を作り、それを複数の柱で支え、柱を任意で取り払うことによる巨大な落とし穴。
対魔物集団戦闘の基礎らしい。
土を地面より上に出して操るのは有効範囲が極端に狭い土系統だが、地中を操る分には数百メートル先でも操れるらしい。
「待機部隊隠匿解除! 十字砲火撃ち方始め! 包囲部隊前進開始! 森に残った奴を焙り出せ!」
タタタタタタ ダダダダダダダダ
森から残りの魔物を殲滅するための銃撃が開始され、トラップの前面に設置した軽機関銃が偽装を払って銃撃を開始する。
東京ドームと同じくらいの面積の落とし穴にはまった魔物に容赦無く浴びせられる銃撃と魔法。
そして、止めとばかりに軽油を満載した樽を転がり落とし、曳光弾と炎系統の魔法でで狙い撃つ。
そして、上空に待機させていたAH-64Dも攻撃に参加。
30ミリチェーンガンと70mmロケット弾が身動きの取れない魔物に降り注ぐ。
一発一発は手榴弾よりは威力が有る程度のロケットだが、76発を連続発射すれば結構な面制圧が可能である。
ボアアァァァ
穴の中から燃え上がる炎。
まだ死んでいなかった魔物が上げる断末魔と生き物の焼ける匂い。
血抜きしていない肉が焼ける匂いは饒舌しがたい。これ夢に出そう。
結局機甲戦力は使わなかった。
日本の車両は油圧で姿勢制御できるものが多いが、今回は極端な撃ち下ろしになったので射角がとれなかった。
落ちていないのを狙おうにも90式戦車の120mm滑腔砲は生き物相手に使用するには威力過多だし、89式装甲戦闘車の35mm機関砲にしても多少の木々は貫通して森の中の味方に被害を与えかねない。
やっぱ、森林部だと現代兵器使い勝手が悪いわ。これからもどうやって平野部の野戦に持ち込むかが鍵になりそうだ。
残敵掃討が終った戦場跡を見ながら俺はこれからの兵器運用を考えていた。
周囲では守備隊が魔物の死体に軽油を掛けて燃やしている。
一体二体ならまだしも、これだけの数を放っておくと伝染病を招きかねない。
アルデフォンに流通が戻り、市民の生活が回復するまでにどれだけの時間が掛かるだろうか。
さっさと魔王倒して帰る心算だったが、多少なりとも関わってしまうと情が湧く。
実は街で、既に伝染病らしい物が流行っているのだ。
だが、俺には症状が分からないし、医療キッドの中に複数の抗生物質も入っていたけど、怪我した時に飲む物はともかく、病気に対するのはどれか何か全く分からない。
衛生兵が欲しい。自衛隊年鑑に写っている災害救助中の医官、召喚出来ないかな?……無理だった。
取り敢えず、病人は隔離して医療キットの中からピンポイントで大量のアルコールを召喚。
食器なんかは沸騰したお湯で消毒。シーツなんかは洗って天日干し。病人の周囲は特にアルコール殺菌を徹底させた。
戦闘糧食はかなり多めに召喚。
アルデフォンの住人が三ヶ月過ごせるだけの量を召喚した。
三ヶ月の間に物流が回復するように貴族殿には頑張っていただくとするか。
さすがにそこまでは面倒見切れん。
「トオル、大丈夫? 顔色が悪いけど」
俺に割り振られた天幕内でこれからの戦術戦略を考えているとジャスティンが声を掛けてきた。
そんなに顔色悪いか。さっきの光景が目から離れず、魔物の断末魔が耳から離れず、生き物の焼ける匂いが鼻から離れない。
「あまり、大丈夫じゃ無いけど、問題ないよ。しばらくは菜食主義者にならせてもらうけど」
「あまり強がらないの。手、震えてるわよ?」
言われて気が付いた。
確かに俺の手は小刻みに振動している。
さっきから作戦書の字がミミズがのたくったような字になっていると思ったらこのせいか。
「はは、生き物の死ぬ場面に出くわすのは、いや、生き物を殺したのは初めてだったから。元の世界じゃ生きるためでも食べるため以外で動物を殺す必要が無かった。あの光景が脳裏から離れないや」
元の世界のゲームでは勇者のレベルアップの為に存在しているような魔物だったが、ゲーム内では断末魔など上げない。
火にまかれてのた打ち回ったりしない。
何より、無残な死体を残さない。
火葬した後に土葬したが、ずっと吐き気に堪えていた。
「そっか」
あれ? 俺は今、柔らかくて温かい物に包まれてますよ?
「あの? ジャスティン?」
「大丈夫。今は、今だけは弱くても良いんだよ?」
俺の中で何かをせき止めていたせきが切れた。
この世界に来てから一週間と少し。
誰にも弱みを見せることは出来なかった。
だって、(仮)とはいえ、俺は勇者だったから。
何をするにもその肩書きは付いて来た。
元の世界じゃ軟弱大学生に過ぎなかったのに。
男の子としての最後の意地で声は上げなかった。
でも、押し殺した嗚咽が漏れてしまうのは止められなかった。
ジャスティンはただ、黙って頭を撫でてくれた。
「泣いて良いのですよ? だから人は泣けるのです」
「…ごめん、何か色々と台無しなんだけど? あと、本当にジャスティンってこの世界の生まれ?」
「えっ、何で!? 私、今、凄く良いこと言ったよね!? あと、私は間違いなくこの世界の生まれだよ!?」
その台詞を言ったのが、貴女が最初だったならね!
あ~、何かこのまま甘えるって雰囲気でもないし、久しぶりのギャグパートでテンションも回復した。
復活しますか。アルデフォンの再生はウッゼ~貴族どもにやらせるとして、こっちも戦力増強に精を出しましょう。
天幕から出た俺のところにアルデフォン守備隊隊長がやって来ていた。
「勇者殿、今回は真に御助力に感謝致します。アルデフォンの護りを担う我らが不甲斐ないばかりに勇者殿には大変なご迷惑をお掛けいたしました。今後、アルデフォンを絶対に護るべく精進します!」
…ええ人や~。これでトップがあのウッゼ~貴族なんだから可哀相で仕方ないぞ。
「うんうん。頑張ってくれ。出来る限りの食料と医薬品を置いていくから」
「申し訳ありません、勇者殿。魔物の討伐をして頂いたばかりか、物資まで…」
「良いの良いの。この国に必死になって戦っている軍人が居るって分かっただけでもここまで来た甲斐あったから」
主に俺のモチベーション的に。
こうして、俺の初陣が終った。
離れていく車両隊に守備隊と市民は見えなくなるまで手を振っていた。
余談だが、今までのただ戦うだけだった勇者と違い、土木作業や食糧支援を行う我が部隊は着々と市民の支持を集めていくのだった。
「ふんっ。歴代勇者どもよ、ス○クじゃあるまいし、戦術が戦略を上回って堪るか!」
「トオル、誰に言っているのですか?」
「いや、ちょっと現実逃避しただけ」
「orzよりは見てくれが良いですが、今、トオル指揮下の国防軍に志願者が続出しているのです。さっさと書類を片してください」
「だから、その書類から現実逃避してたの!」
何でテレビ第9話で第七使徒の迎撃に失敗したのミ○トさんみたいな量の書類を片さなきゃならんのだ!?
「…ソフィー。今日の夕食だけど、肉汁たっぷりのレアステーキでお願いするわね。ええ、勿論トオルの分も」
何か、俺の渡した無線機で何か言い出したジャスティン。
いや、ちょっと待って。俺、まだ肉は!特にレアはらめ~!
「お仕事してくださいますか?」
「……やらせていただきます」
泣く泣く書類の山に向き合った俺。
指揮下の部隊が増えるのは良いことだけど、志願者が増える→練成に時間が掛かる→国境付近に魔物出現→討伐→新しい志願者が来る。この繰り返し。
いや、確実に指揮下の部隊は増えているんですよ?
でも、肝心の魔王討伐は国境付近で小競り合いを繰り返すばかり。
俺、何時になったら帰れるの?