さて、皆の衆。こんにちはじゃ。
我輩はマケドニアでも有数の大貴族である。
名前はまだない。勇者からはウッゼ~貴族と呼ばれておる。
特に名前を考える必要も無いようなのでこのまま行くそうじゃ。
で、ワシ達、ウッゼ~貴族は現在、とある貴族が持つ王都の屋敷に集っておる。
これからの事を考えなければならんのでの。
「正直、あの地味勇者がここまでやるとは予想外じゃった」
「うむ。これまで国境の町々に魔物の討伐に赴いては成功させておる」
「お陰で国内の治安は回復しつつある。国境の町々にも流通が戻った。それは良い。…だが!」
「そうじゃ! 問題は、奴らが大半の装備を自前で揃えてしまう事じゃ!」
「買うものと言えば新鮮な野菜や果物といった軍事食に向かぬ物ばかり! 肝心の剣にしたところで異常なまでに売れ足が悪い!」
「折角、行軍に備えて、軍馬を大量に揃えたのに大赤字じゃ!」
「ワシも保存食を大量に揃えたのにトンと売れん!」
「王都に集めた鍛冶屋に全く仕事が来ない!」
「これは忌々しき事態ぞ!」
「今代の勇者に投資しても見返りが全く無い!」
透やジャスティンにしてみれば配下の部隊が続々と増えているのに予算が全く増えない現状の方が問題なのだが、黒字か赤字かでしか判断出来ないウッゼ~貴族達には分からない。
透たちが買い物をしないのは、貴族達が普通に投資をケチっているため、透たちが深刻な予算不足で本来支給すべき剣や槍をケチり、銃剣突撃に適した38式歩兵銃と銃剣を支給して槍の代わりにしろ、何て無茶をしているからである。
しかし、自動小銃が普通に支給されるので、敢えて38式歩兵銃で銃剣突撃したがる者は居なく、接近戦の為に持つ程度である。
しかも、接近戦用のサブウェポンがメインウェポンのAK-47より大きくなってしまうので、大半の者は剣を自前で調達するのだが、あくまで予備なので殆ど磨耗しないのだ。
食事にしたところで遠征中は戦闘糧食を食べているので下手な保存食を用意する必要が無いのだ。
ただ、糧食には野菜や果物の類が足りないので、これを調達する程度である。
ジャスティンや騎士団、国防軍の幹部あたりはお陰で王都の商人達が大損していることは知っているが、無い袖は振れぬ状態なので如何ともし難いのだ。
予算不足解消のために戦闘糧食を売ろうなんて話も出てきているが、それには幹部陣は慎重である。
勝手に食料の流通を作ってしまったら、それが消えた時の影響が読めないからだ。
結局、貴族側・商人は早く魔王を倒せとか物買えと騎士を突っつき、騎士は騎士で練成が足りない、金が無いと突っぱねるという循環が出来ている。
「もう我慢できぬ! 早々に勇者には魔王討伐に赴いてもらおう!」
「そうじゃ! 現代兵器だか、何だか知らないが、歴代勇者の中には召喚されて三週間で魔王の討伐を成功させた者もおるのじゃ!」
政治家が軍事に口を出すと碌な事にならない。
軍人が政治に口を出すと碌な事にならない。
何時の時代でも変わらぬ真理である。
「はぁ~!?『残り一週間で準備を済ませて魔王討伐に出ろ』だ~!?」
「ええ。貴族が騎士団の反対を押し切って国王に認めさせたそうよ」
「ウッゼ~! マジウゼッ!」
「流石に国王からの命令には逆らえないわ」
「あれか? 今の国王は暴君か!? それとも、貴族の言うことを鵜呑みにする馬鹿殿か!? 人が必死に滑走路造ったり、OH飛ばして魔王城の所在探している時に何を無茶言ってくれるんだ!?」
「不思議ね。何で歴代勇者は簡単に魔王城を見つけることが出来たのかしら?」
それはねっ、マップどおりに進めば必ず魔王城に辿り着けるって言う修正力のお陰なんだ。詳細な場所も分からないのに、伝説だけ頼りに魔王の討伐に赴く勇者って凄いよね。
「あら? トオル、何か言った?」
「オノレ、貴族ども。そんなに金が欲しいなら、空から世界一高価な鉄屑を降らしてくれるわ! 単位重量当りの価格は金以上のYF-23舐めんな!野晒しにするくらいなら日本に寄越せってんだ!」
ユウシャは、サクランしている。
「う~ん、確か右斜め45°から、えい!」
ガツン!
「はぐぅ!?」
ユウシャは、キゼツした。
「あら、失敗したかしら? トオル~。生きてる~?」
返事が無い、ただの屍のようだ。
「まぁ、この空間はギャグ仕様だし直に復活するわよね」
そう言って峰打ちに使った剣を鞘に戻すジャスティン。
…剣って諸刃の筈というツッコミはいけない。何故ならこの空間はギャグ仕様。
その証拠に勇者は血を流さずにタンコブを拵えただけである。
しかし、敢えて突っ込もう。
ジャスティンさん。右斜め45°は普通、チョップでする物です。
所変わって、練兵場。ここに勇者指揮下の騎士団と国防軍が集められた。
「諸君! 一週間後、我々は戦争に赴く! 全てを得るか、地獄に落ちるかの瀬戸際だ! どうだ、楽しいか!?」
「マム、イエス、マム!」
「野郎ども、私達の特技は何だ!?」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
「この討伐の目的は何だ!?」
「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」
「私達はマケドニアを愛しているか!? 騎士団を愛しているか!?」
「ガンホー! ガンホー!! ガンホー!!!」
「良し! 行くぞっ!!」
「ウオオオォォォーーー!!!」
「もう突っ込まんぞ…」
ハイテンションの騎士団とこめかみを押さえる透。
その脳裏には某軍曹と某都立高校ラグビー部が浮んでいた。
部隊は遠征準備に入り、俺とジャスティンは行動方針の決定に入る。
「で、トオル。これからどうするの?」
さっきまでのハイテンションは何処に行ったというくらい冷静に作戦会議をしているジャスティン。
「北の谷だったか? そこに向かうしかないだろ? 幸い、北にはでっかい湖がある。空母でも召喚すれば水上要塞として使うことが出来る。谷の手前の荒野までなら詳細な地図もある。しばらくは荒野手前の湖に拠点を構えよう。荒野手前なら森も魔物が潜めるほど深くは無く、高速で突破できるほど浅くも無い。天然の要塞になれる」
「空母?」
「馬鹿でっかい船さ。それこそ下手な街より大きな。このサイズの湖に出したら全く身動き出来なくなるな。この周囲を切り開いて要塞化するか。それにしても首都郊外に造っている滑走路が全く無駄になったな。いや、それとも部隊を一部残して補給の確保にあてるか?駐機は心許ないが、離着陸は出来るレベルだし…」
「この湖、結構大きいよ? それで身動きできなくなるって…」
「まぁ、全長333m、全幅77m、喫水12m、満載排水量101,264トンの巨体だからな。呼び出すのはニミッツ級三番艦のカールビンソンでいいか。普通に運用しようとすれば五千人以上は必要な艦だし」
「ご、五千って…」
「その空母一隻で運用する航空機だけで俺の世界の小国に匹敵する戦力となる。まぁ、正直な所、頑張って滑走路造るより、これ一隻呼び出す方が楽ではあるな。滑走路も造るけど」
尤も、現代の滑走路みたく2kmクラスなんて造らないけどね。
どう頑張っても1kmですよ。森林を切り開くのは大変なのです。
それだけあれば大抵の戦術輸送機と一部戦闘機が使えるので十分です。
それから一週間、色々と準備を始めたのですよ。
全軍を連れて行くわけにも行かないので基本的には志願制。
そしたら志願したのはおおよそ七割。
残り三割は家族を置いていけなかったり、国防軍で割と重要な地位に居たり、単純に戦闘糧食を食いたくて志願しただけだったらしい。
こいつらで首都郊外の滑走路を維持させ、補給路を確保する。
これから拠点にする予定の湖にSH-60Kを飛ばして湖の状況を調べた。
合計三つの湖が連なっており、上流から面積1.86k㎡、周囲長6.65km、最大水深58m、平均水深29.0m、推定貯水量0.054k㎥。流入量と流出量が計算に合わないので、恐らく湧水があると推測される。
次が、面積0.14 k㎡、周囲長2.20km、最大水深12.0m、平均水深5.7m。推定貯水量0.0008 k㎥。
三つ目が面積1.4k㎡、周囲長6.5km、最大水深29.5m、平均水深17.9m、推定貯水量0.025k㎥。
うん。上流の湖に二隻と下流の湖に二隻。
合計で大型艦を四隻は浮かべることが出来るな。
水系統の魔法使いを使えば津波もさして問題にならずに済むだろうし。
行軍は車両隊を中心で行うが、騎馬隊も連れて行く。
森の中では車両よりも動けて、歩兵より機動力がある。
でも、生き物で行軍するとなると速度は落ちるな。
これだけの大軍が移動するとなると片道二週間は掛かるか?
今まで五人前後のパーティーで魔王討伐に赴いた勇者と違って随分と大所帯になったものだ。
出発の日。魔王討伐軍は国儀を行う広場へと集まっていた。
「太古より続く魔王の侵攻により、我がマケドニアは多大な損害を被ってきた。圧倒的な魔物を相手に我が国の騎士団や軍は幾度と壊滅様態に陥り、その度に復活を遂げてきた。我らを突き動かすものは何か。満身創痍の我等が何故再び立つのか。
それは全身全霊を捧げ絶望に立ち向かう事こそが、生ある者に課せられた責務であり、マケドニアの防衛に殉じた輩への礼儀であると心得ているからに他ならない。
森に眠る者達の声を聞け。荒野に果てた者達の声を聞け。谷に散った者達の声を聞け。彼らの悲願に報いる刻が来た。そして今、勇者達が旅立つ。鬼籍に入った輩と、我等の悲願を一身に背負い、孤立無援の敵地に赴こうとしているのだ。
歴史が彼らを数ある勇者パーティーの一つと忘れ去ったとしても、我等は刻みつけよう。歴史に名を残すことすら許されぬ彼等の高潔を我等の魂に刻みつけるのだ。
旅立つ勇者たちよ。諸君を勇者に祭り上げねばならない我等を許すな。異界より召喚されし若者よ。貴君を召喚してしまった我等の無能を許すな。願わくは、この旅立ちが、最後の旅立ちとならん事を」
愛と勇気の御伽話な基地指令の名演説に良く似た演説を行う神官長。
透の召喚を執り行った最高責任者でもある。
「諸君! これより我々は魔王討伐に赴く! 我々は必ずここへ帰ると手を振る人に笑顔で応えろ! 誰かがこれをやらねばならぬ! 期待の人が俺たちならば! ここに帰ると想い続けろ! 信じる想いは力となる! 諸君! 自分を信じろ! 俺が信じる諸君ではない、諸君が信じる俺でもない、諸君が信じる諸君を信じろ!」
どっかの歌の歌詞と某アニキの名言から引用したセリフをさけぶ透。
「魔王討伐軍一同へ! 捧げ剣!」
マケドニア騎士団と同国防軍から選出された魔王討伐軍三千名。
史上最大規模の討伐軍がこの日、マケドニアを旅立った。