さて、皆さまこんにちは。
もう忘れた方が大半だと思いますが、私はセバスチャン。
クライトン家で執事をしています。そんな私のとある一日の物語です。
私の朝は誰よりも早くございます。
夜明けと共に起き、乾布摩擦で心身を研ぎ澄ます。私の日課でございます。
次に、メイド長であるキャサリンの怒声が響きます。
「くぉら~! エイミー! ソフィー! テメエら、仕事を交換するなって、何回言ったら判るんだ!? 朝っぱらから余計な仕事増やしやがってー!」
表向きは優雅で非の打ち所の無いキャサリンですが、身内しか居ない場合はいつもこんなものです。
ジャスティンお嬢さまの使用人には個性的な面子が揃っているのです。
「でも、料理って楽しい。複数の食材を化合させてどんな味になるのか。でも、最近、試食係のマウスが減っちゃった。また捕まえてこないと」
何をするにも無表情、無感動のエイミーが唯一、興味を持ったのが料理なのです。
しかし、その才能は逆の方向に天元突破でございます。
その破壊力はジャスティンお嬢さまがしつこく交際を迫る貴族への最終兵器に使うほどでございます。
見た目は美味しそうに見えるのに、どうやったらあの味が出せるのか。
世界中の料理家を逆の意味で追い込んでしまいます。
「テメエのは料理じゃなくて実験ってんだ! このアホンダラが! ソフィー、テメエもテメエだ。掃除するのかガラクタ増やすのかどっちかにしろ!」
「不思議ですわ~。何故、私が掃除をするとガラクタが増えてしまうのでしょうか?」
「箒をかけるのに、火の魔法を応用したマジカルジェットローラーとかほざいて変なスケートを履くからだ! 器物を片っ端から吹き飛ばしやがって! 妙なモンこれ以上増やすんじゃねえ!」
基本的に器用なのですが、それを間違った方に発揮するのが得意なソフィー。
私は彼女が真面目に掃除をしたところを見たことがございません。
何時も、面白アイデアを用いては屋敷内の器物をガラクタに変換します。
結果、キャサリンから掃除禁止令が出ているのですが、守っていませんね。
ははは。今日も皆、元気で何よりです。
さて、屋敷に関してはキャサリンが居れば問題ありません。
私はお嬢さまから仰せつかった任務をこなすとしましょうか。
…私は、とある屋敷に潜入しています。そして、丁度今、私から1mと離れていないところを見張りが通り過ぎました。
しかし、私には気付きません。何せ私にはトオル殿から頂いた万能スニーキングツールであるダンボールがあるのですから! 某蛇の戦士もこれを愛用していたとか。
…いえいえ、言っておきますが、今回はギャグパートではありません。
本気でダンボールを被るだけで気付かれないのですよ。
それは何故かって?簡単です。屋敷の廊下にダンボールが溢れかえっているのです。
しかし、今はトオル殿の世界で言うところの中世ヨーロッパ。当然ながらダンボール何てありません。しかし、ここには現実に存在しています。
では、このダンボールは何か? 答えはトオル殿が魔物に悩む国境付近の町々に支給した戦闘糧食なのです。
最初にアルデフォンで配布してからあっと言う間に王国全土に広まった戦闘糧食。
しかし、その流通量は雀の涙程度でしかありません。
トオル殿がこれを流通させることに危機感を抱いているからなのです。
何せ、無限に呼び出せるので、大量に流通させた場合、従来の食料流通がどうなってしまうのか?
そして、トオル殿が元の世界に帰った場合、即座に元の流通ルートが復活できるのか判断出来ないとのことです。
売ればとんでもない金になる。しかし、トオル殿は中々流通させない。
ならば、どうするか? 貴族どもはトオル殿を国境付近の町々に派遣させ、そこで支給した戦闘糧食を税として絞り上げたのです。
しかし、それでも、その町々に的確なフォローがあればお嬢さまもこんな強硬手段を取りはしなかったでしょう。
しかし、貴族どもは奪うだけ奪い、代替の食料を送ることすらしなかったのです。これには普段飄々としているお嬢さまもキレました。
で、私は今現在、その証拠集めと言う訳ですね。
デジタルカメラという掌サイズの機械で次々と撮影。
いや~、便利な世の中になりましたね。
次は、ウッゼ~貴族の部屋に侵入します。そして、盗聴器という物を設置します。
こんなに小さいのに会話を盗み聞きしてくれるとか。元々は密林などで敵軍の展開状況を調べるために設置するのだそうです。
「発セバスチャン、宛キャサリン。盗聴器の感度はどうですか?送れ」
『発キャサリン。宛セバスチャン。感度良好。問題ありません。送れ』
部屋の中で普通の声量でしゃべりましたが、イヤホンから無線を通じてキャサリンの声が聞こえました。どうやら設置場所や電波状況などは問題ないようです。
では、次に帳簿でも探しましょうか。悪役は必ずこれを残すお約束ですからね。
金庫に聴音機をあてながらダイヤルをカチカチカチと回します。ふふふ、こう見えても昔は色々とやんちゃをしたものです。
その時の技能がこうして役立つんですから世の中分かりませんね。
カチカチカチ ガチャ
お、開いたようです。では失礼して。
ギィィィ
見つけました、見つけました。これでもかという金貨の横に立てかけられています。それを机に広げて写真撮影。
カシャカシャカシャカシャ
撮影完了です。では、脱出しましょう。
ウッゼ~貴族の屋敷から色々と証拠品を手に入れた私はその足で大聖堂に向かいます。
ここには勇者一行の出発式で見事な演説を行った神官長どのが居るのです。
クライトン家の名前で面会申請をすれば割とあっさり通ります。
「お待たせしました。ハウル・ラタヒノットです」
「クライトン家で執事を務めているセバスチャンと申します」
「そうですか…。あなた様が伝説の」
「昔の話です。今はしがない一執事なのですよ」
「そうですね。それで、今日はどういったご用件で?」
「ジャスティン・クライトンからある貴族の調査を命じられていたのです。今代の勇者どのが国境の町々を救うために召喚した食料が貴族どもの懐を温めるのに使われていると」
「あの戦闘糧食という物ですか?中々に美味でしたが」
「恐らく神官長殿が食せられたのも不法に流通させた物でしょう。勇者殿は、あれを魔物のせいで流通が途切れた町々でしか配布していません。本来ならば首都にあるはずが無いのです」
「何と!?」
「貴族どもはあれを欲しいが為に勇者殿を流通の途絶えた地域に派遣し、そして配布した戦闘糧食を税として徴用するのです。しかし、お嬢さまも流通が戻り、市民が普通に生活できるのならばそこまで目くじらは立てません。問題なのは、流通を戻す事より戦闘糧食を集めることを貴族が優先しているが為に、魔物討伐前よりはマシ程度にしか市民の生活が回復していないのです」
そう言ってウッゼ~貴族の家に山積みにされたダンボールと帳簿の写しを見せる。
「何と言うことだ。貴族が勇者を金儲けのネタにすることはいつも苦々しく思っていましたが、それもまた必要と黙認して来ました。しかし、それが市民の生活を脅かすという事ならば話は別です。我がマケドニア国教の神に誓ってウッゼ~貴族を処罰すると約束しましょう」
…このウッゼ~貴族という名詞、神官長にまで広まっていたのですか。
「よろしくお願いします。勇者殿もお嬢さまもマケドニアの行く末を案じています。今のままでは魔王を倒したとしても内側から倒れると」
「…お恥ずかしい限りです。今回の勇者殿の急な出立も貴族が強引に決めたこと。異世界からこちらの都合で強引に召喚した勇者殿に更にこちらの都合を押し付けてしまった」
「元々は魔王の圧倒的な戦力を前に滅びに瀕したマケドニアが異世界に助けを求めたのが始まり。当時は貴族も非常に協力的だったと聞いております。それが何時から困ったときには勇者を呼べ。勇者は魔王を倒して当たり前、といった風潮が根付いてしまったのか」
「全ては教会の不手際のせいでございます」
「いえ、教会ばかりのせいではありますまい。人は一度便利な生活を手に入れればもう元には戻れないのです。そして、一度受けた厚意は何度でも受けられて当然と思い込む。二度目三度目を断れば今度は逆恨み。とことん人は愚かな生き物ですな」
「ジークフリート様……」
「その名は捨てました。私の今の名はセバスチャンです」
「はい……」
「神官長殿。そう落ち込む事もありますまい。貴方は良くやっている」
「しかし、かつて世界を救った貴方様に私どもは…」
「世界を救ったのは私ではありません。先代勇者です。私を含めたパーティーメンバーは偶々一緒にいただけ。魔王討伐時に異能を発動した私達パーティーメンバーを巡って内紛が起こってしまった。メンバーは散り散りとなり、私はクライトン家に拾われた。今はしがない執事です。今はお嬢さまのお役に立てればそれで満足なのです」
「はい……」
「ですが、出来ることなら勇者殿をこれ以上、政治や商売の道具にはしたくないですな。今回の戦闘糧食の事にしても勇者殿には内密に進めております。人間の汚い面を見せるには、勇者殿は若すぎる。流石にマケドニアを見捨てはしないでしょうが、絶対に良い方向には進みません」
「勇者殿の耳に入る前に決着を付けたいものですね」
「頼みましたよ、神官長殿」
「お任せ下さい。セバスチャン殿」
私はそうして教会を後にしました。帰り道、私は勇者殿から頂いた73式小型トラック(新)で移動しております。それにしても、このエアコンというのは快適ですね。余り多用すると身体に悪いそうなので走行中は窓を開けるに留めますが。
『セバスチャン、セバスチャン。前ニ人、沢山居ル。武器ヲ持ッテ隠レテル』
ほう。ボンクラな貴族にしては中々ですね。私が色々と嗅ぎ回っていることに気付きましたか。
『魔法準備シテイル。撃ッテ来ル。撃ッテ来ル』
「構いません。応戦します。MINIMIの餌食にしてくれましょう」
魔法の発動にはそこそこ時間が掛かります。引金を引けば直に弾が出る鉄砲とは違うのです。
タタタタタタタタタ
「ぎゃわ!?」「ぐお!?」「前口上も聞かずに攻撃するとは卑怯なり!」
「盗賊相手に前口上を聞く必要はありません。このセバスチャンの前に出てきたことを不幸と思うが良い」
タタタタタタタ
「くっ!? これが先代勇者の右腕、『呪われし聖剣』の実力なのか!?」
「いえ、ただ引金を引いているだけです。全ては今代勇者の実力ですよ」
「オノレ! こんな事をしてただで済むと思っているのか!? 我らはウッゼ~貴族様の…」
「私が死ねばただの盗賊になるのでしょう? ならば何の問題もありません。撃って良いのは、撃たれる覚悟のある者だけです。死に晒せーー!」
タタタタタ……カチカチカチ
「はーっははは! 弾が尽きれば鉄砲などただの鉄の棒。者共、掛かれーー!」
「ふんっ。このセバスチャン、舐められたものだ」
そういって一振りの短剣を取り出すセバスチャン。
「馬鹿め! たった一本の短剣で何が出来る!」
「覚えておきなさい。武器の差が戦力の決定的な差で無い事を」
そうしてセバスチャンは一陣の風となった。一瞬にして賊の間を駆け抜ける。
「また、つまらぬものを斬ってしまった」
そう言うと、賊が血飛沫を上げて次々と倒れる。マケドニア有数の剣士にして先代勇者パーティーの一員。二つ名は『呪われた聖剣』。それがセバスチャンの正体である。
さて、賊の始末は駆けつけてきた国防軍に任せ、さっさと屋敷に帰還しましょう。
既に表舞台からは消え去った老骨。日の当たる場所に私の出番はのうございます。
勇者殿には日の当たる道を歩いていただきたい。いえ、寧ろ勇者殿が日の当たる道だけを進めば良いようにするのが、この老いぼれの仕事でございましょう。
屋敷に帰るとエイミーとソフィーが木から蓑虫にされて吊るされており、額には『餌をやらないで下さい』と書かれた紙が貼られております。
「あ、セバスチャンさま。お帰りなさ~い」
「…お帰りなさい」
「はい。只今、帰りました」
しかし、普通に挨拶して来る辺り、二人とも慣れたものです。
木から吊るされるのに飽きれば勝手に抜け出して仕事に復帰しているでしょう。この二人にとってこの程度の縄など、簡単に抜けられるのですから。
それでも大人しくしている辺り、反省はしているようです。反省しているならやらなければ良いものを。しかし、二人に言わせれば『反省しても後悔していませんから』との事ですが。
お嬢さま。今日もクライトン家はいつも通りの一日でございました。
余談ですが、勇者殿の言うところのウッゼ~貴族達はお家断絶こそ免れたものの、直轄地の殆どを失い、教会に取り上げられたとの事です。良い気味でございます。
オール・ハイル・マケドニ~ア。