空賊に捕らえられた俺たちは、船倉に閉じ込められた。
「どうもおかしいね」
「なにがよ?」
看守に聞こえないように船倉の隅に移動する。
俺は剣を取り上げられ、ワルドとルイズは杖を取り上げられた。
ただそれだけだった。目に見える武装だけ押収したのだ。
ワルドは興味深そうに、積荷を見て回っているので俺はワルドにも会話が聞こえないよう小声で話すことにした。
「いやさ、あいつら俺らの武器とったけど、念入りに身体検査しなかったよな?」
「だから?」
「俺の隠しナイフと投げナイフはとられてないってこと」
「あ」
デルフを買ってもらった時についでに購入してもらった武器である。
「じゃあすぐここを出ましょう?」
「ダメだね。出たとしてもやれることがない」
むぅ~とルイズが膨れるがほっといてもそのうちウェールズ来るからじっとしときゃいいのに。
「まあ、飯でも請求しようぜ」
「あんたってホント緊張感ないわね!」
俺は扉の近くによる。
「誰か~、腹が減って死にそうだ~。飯をくれ~」
看守の男が近づいてくる。
「うるさいぞ」
「腹減ってんだ。飯くれるまで騒ぐ」
それを聞いて看守はどこかへいってしまった。
「君は相変わらずだね」
「飯だ」
ワルドの意見は扉が開いたので無視した。
太った男が、スープの入った皿を持ってやってきた。
「これだけ? ここにいるのは貴族だぞ。もっといいもの持って来い」
そう言いながら俺は皿を取ろうとすると、その男は皿をひょいと持ち上げた。
「質問に答えてからだ」
それを聞いたルイズが立ち上がった。
「言ってごらんなさい」
「お前たち、アルビオンに何の用なんだ?」
「旅行よ」
ルイズは、腰に手を当てて、毅然とした声で言った。
「トリステイン貴族が、いまどきのアルビオンに旅行? いったい、なにを見物するつもりだい?」
「そんなこと、あなたに言う必要はないわ」
空賊は笑うと、皿と水の入ったコップを寄越した。
「ほら」
「あんな連中の寄越したスープなんか飲めないわ」
ルイズはそっぽを向いた。
「ガツガツ、足りん」
「もう! 毒とか入ってたらどうするのよ!」
「入ってなかったじゃん。さっさと食えよ」
ルイズはしぶしぶ飯を食った。量が少なかったのであっという間に完食した。
やることもなく、時間を無駄に潰す。
ウェールズ早ーく。
そのときに、再びドアがばちんと開いた。今度は、痩せすぎの空賊だった。空賊は、じろりと三人を見回すと、楽しそうに言った。
「おめえらは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」
「どちらかというと美乳派です。しかし、おっぱいに好き嫌いはありません」
「おいおい、俺は巨乳派だ。って、そうゆう話じゃない。俺たちは、貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。王党派に味方しようとする酔狂な連中がいてな。そいつらを捕まえる密命を帯びてるのさ」
「じゃあ、この船はやっぱり、反乱軍の軍艦なのね?」
「いやいや、俺たちは雇われてるわけじゃあねえ。あくまで対等な関係で協力しあってるのさ。まあ、おめえらには関係ねえことだがな。で、どうなんだ? 貴族派なのか? そうだったら、きちんと港まで送ってやるよ」
お、こいつわかるね。ノリツッコミできるじゃん。
「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。バカ言っちゃいけないわ。わたしは王党派への使いよ。まだ、あんたたちが勝ったわけじゃないんだから、アルビオンは王国だし、正統なる政府は、アルビオンの王室ね。わたしはトリステインを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使ね。だから、大使としての扱いをあんたたちに要求するわ」
「そうだ。貧乳派は数は少ないかもしれないが、その分強力な絆がある」
「あんた、バカ?」
「誰がバカだ。バカはルイズだ! 貧乳派の素晴らしさを教えてやれ」
俺はルイズの方をきっと向いて、怒鳴った。
「うるさいわね! あんたは黙ってなさい。」
そんな様子を見て、空賊は笑った。
「正直なのは、確かに美徳だが、お前たち、ただじゃ済まないぞ」
「あんたたちに嘘ついて頭を下げるぐらいなら、死んだほうがマシよ」
「パットで胸を誤魔化す女は死んだ方がマシだ」
「頭に報告してくる。その間にゆっくり考えるんだな」
空賊は去っていく。
「お前もおっぱい派閥についてゆっくり考えるんだな」
「もう! おっぱいから離れなさいよ」
「断る。おっぱいには擦り寄る」
再び、扉が開く。先ほどの痩せすぎの空賊だった。
「頭がお呼びだ」
狭い通路を通り、細い階段を上り、俺たちが連れていかれた先は、立派な部屋だった。
後甲板の上に設けられたそこが、この空賊船の船長室であるらしい。
がちゃりと扉を開けると、豪華なディナーテーブルがあり、一番上座に先ほどの派手な格好の空賊(ウェールズ)が腰掛けていた。
大きな水晶のついた杖をいじっている。
頭の周りでは、ガラの悪い空賊たちがニヤニヤと笑って、入ってきた俺たちを見つめている。
女の子成分ゼロである。
「おい、お前たち、頭の前だ。挨拶しろ」
「美乳派のサイトだ」
俺を無視したルイズはきっと頭をにらむばかり。頭はにやっと笑った。
「気の強い女は好きだぜ。子供でもな。さてと、名乗りな」
「マゾか、どうやら君とは仲良くなれそうだ」
キッとルイズは俺を睨む。その後ウェールズの質問に答えた。
「大使としての扱いを要求するわ」
「王党派と言ったな?」
「ええ、言ったわ」
「なにしに行くんだ? あいつらは、明日にでも消えちまうよ」
「あんたらに言うことじゃないわ」
「そうだ。アンリエッタ姫からの勅命でウェールズ皇太子に当てた手紙の回収という任務なんて死んでもいえない」
シーンと静寂が場を包む。それを打ち砕くように ウェールズは笑った。大声で笑った。
わっはっは、と笑いながら立ち上がった。
ルイズたちは、頭の豹変ぶりに戸惑い、顔を見合わせていた。
「失礼した。私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……、本国艦隊といっても、すでに本艦『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりこちらのほうが通りがいいだろう」
そう言って変装をとくウェールズ。
そして、威風堂々、名乗った。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
ルイズは口をあんぐりと開けた。ワルドは興味深そうに、皇太子を見つめた。
「アルビオン王国へようこそ。大使殿。さて、御用の向きをうかがおうか、といってもそちらの貴族殿が言っていたが事実か?」
「はい、アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」
ワルドが、優雅に頭を下げて言った。
「ふむ、姫殿下とな。きみは?」
「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵」
それからワルドは、俺たちをウェールズに紹介した。
「そしてこちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢とその使い魔の少年にございます。殿下」
「使い魔?」
ウェールズは俺を驚いた顔で見ていた。
「イグザクトリー」
「な、なるほど! きみのように立派な貴族が、私の親衛隊にあと十人ばかりいたら、このような惨めな今日を迎えることもなかったろうに! して、その密書とやらは?」
俺のことをスルーしたウェールズ。無視すんな。
ルイズが慌てて、胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出した。
恭しくウェールズに近づいたが、途中で立ち止まる。それから、ちょっと躊躇うように、口を開いた。
「あ、あの……」
「なんだね?」
「その、失礼ですが、ほんとに皇太子さま?」
ウェールズは笑った。
「まあ、さっきまでの顔を見れば、無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」
ウェールズは、ルイズの指に光る、水のルビーを見つめて言った。
自分の薬指に光る指輪を外すと、ルイズの手を取り、水のルビーに近づけた。二つの宝石は、共鳴しあい、虹色の光を振りまいた。
「この指輪は、アルビオン王家に伝わる、風のルビーだ。きみが嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた、水のルビーだ。そうだね?」
ルイズは頷いた。
「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」
「大変、失礼いたしました」
ルイズは一礼して、手紙をウェールズに手渡す。
手紙にキスとかそういう、性癖ですか?
「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……、従妹は」
「さっさとやっちゃえばよかったっすね。ずぶりと。この無能が!」
そう言って俺は隠しナイフを取り出しウェールズの喉元でピタリと止めた。
「な、なんのつもりかな? 使い魔くん」
「いえね、どこに裏切り者がいるかわかりませんから、身を持って奇襲の危険を体験させてあげたんです」
隠しナイフをしまう。
「ななな、なにしてんのよ! バカ犬!」
「イテーな。寸止めしたからいいだろ」
「そういう問題じゃないわよ。あんた死刑にされるわよ?」
ウェールズは笑っていた。
「はは、愉快な使い魔だ。肝に銘じるよ。ありがとう」
なんと心の広い王子だ。女なら惚れてたぜ。
「しかしながら、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を、空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでね」
ウェールズは笑って言った。
「多少、面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」