SIDE: 魔法衛士隊
戦争が近いという噂が、二、三日前から街に流れ始めていた。隣国アルビオンを制圧した貴族派『レコン・キスタ』が、トリステインに侵攻してくるという噂だった。
王宮はそんな噂もありピリピリとしている。
警戒態勢もいつもの倍厳しい。
王宮の上空は、幻獣、船を問わず飛行禁止令が出されている。
その禁止令を聞いていないモノがいた。
王宮の上空にあらわれた風竜。
マンティコアに乗って近づくと風竜の上には五人の人影があった。
しかも風竜は、巨大モグラをくわえている。
怪しすぎる。
ここが現在飛行禁止であることを大声で告げた。
しかし、警告を無視して風竜は王宮の中庭へと着陸したのだ。
五人を確認する。
桃色がかったブロンドの美少女に、燃える赤毛の長身の女、そして金髪の少年、眼鏡《めがね》をかけた小さな女の子、そして黒髪の少年だった。
少年は、身長ほどもある長剣を背負って鋭い目つきでこちらを見ている。
こいつは油断ならない。
一瞬でそう判断して杖を取り出す。
「杖を捨てろ!」
本当は剣を捨てろと言いたかったが杖を持っているモノがいたので仕方なくそういった。
優先すべきはメイジで平民など二の次だからだ。
一瞬、侵入者たちはむっとした表情を浮かべたが、彼らにたいして青い髪の小柄な少女が首を振って言った。
「宮廷」
彼女がリーダー格なのだろうか?
いや、そうではない。
黒髪の少年は私から目を離なしていない。
こちらの油断を誘い攻撃してくる恐れがある。
一行はしかたないとばかりにその言葉に頷き、命令されたとおりに、杖を地面に捨てた。
「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。ふれを知らんのか?」
一人の、桃色がかったブロンドの髪の少女が、とんっと軽やかに竜の上から飛び降りて、毅然とした声で名乗った。
「わたしはラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。怪しいものじゃありません。姫殿下に取り次ぎ願いたいわ」
ラ・ヴァリエール公爵夫妻なら知っている。高名な貴族だ。
俺は掲げた杖を下ろした。名乗った以上、敵対するというわけではないだろう。
「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女とな」
「いかにも」
ラ・ヴァリエール公爵さまの三女を見る。
「なるほど、見れば目元が母君そっくりだ。して、要件を伺おうか?」
「それは言えません。密命なのです」
「では殿下に取り次ぐわけにはいかぬ。要件も尋ねずに取り次いだ日にはこちらの首が飛ぶからな」
困った声でいってしまう。
「お耳ついてますか? 密命だって聞こえませんでしたかー?」
ムカッとするが、流石に怒鳴るのも大人気ない。剣を持っているので貴族ではない。
服装も見たことない。なにより口の聞き方がなっていない。
「無礼な平民だな。従者風情が貴族に話しかけるという法はない。黙っていろ」
「てめぇは黙って中継やってろ」
いかにも軽く見下した言い方にかちんときた。
「なに強がってるのよ。ワルドに勝ったぐらいでいい気にならないで」
今なんと言った? ワルド? ワルドというのは、あのグリフォン隊の隊長のワルド子爵のことだろうか? それを倒した? どういう意味だ?
なんにせよ「ワルドに勝った」とは聞き捨てならない。
俺は再び杖を構えなおした。
「貴様ら、何者だ? とにかく、殿下に取り次ぐわけにはいかぬ」
「ったく、おつむの弱い奴らだ。姫様ももうちょい頭使って欲しいね」
聞き捨てならん。
「連中を捕縛せよ!」
黒髪の少年が初めて私から視線を外した。
「お、姫様発見! おーい。助けて~。おーかーさーれーるー」
SIDE:アンリエッタ
なにやら中庭がずいぶん騒がしい。中庭の真ん中で魔法衛士隊に囲まれたルイズの姿を発見した。
『助けて~。おーかーさーれーるー』
私は確かにそう聞いた。
ルイズが危ない?
私は駆け出してルイズの元にたどり着いた。
「ルイズ!」
私を見たルイズは顔をぱあっと輝かせた。
「姫さま!」
「ああ、無事に帰ってきたのね。うれしいわ。ルイズ、ルイズ・フランソワーズ……」
「よー、こいつが俺らを殺すらしいぞ?」
サイトが恐ろしいことを教えてくれた。
「彼らはわたくしの客人ですわ。隊長どの」
「さようですか」
私の言葉で隊長は納得するとあっけなく杖をおさめ、隊員たちを促し、再び持ち場へと去っていった。
隊長はなんだかすごく怒っている顔をしていたけど、なんだったのでしょう?
「件の手紙は、無事、このとおりでございます」
ルイズはシャツの胸ポケットから、そっと手紙を見せた。
私は大きく頷いて、ルイズの手をかたく握り締めた。
「やはり、あなたはわたくしの一番のおともだちですわ」
「もったいないお言葉です。姫さま」
「友達、じゃなくて使える駒の間違だろ?」
私は、顔を曇らせる。私のやったことは彼の言葉の通りなのだ。
「ごめんなさい。ルイズ」
「姫様、頭を下げないでください。こいつの言う事なんて無視すればいいんです」
それができればどれほど楽なことでしょう。彼の言葉は胸に突き刺さる。
「あと、てめぇが差し向けたワルドだが、裏切り者の上にレコンキスタ所属だったぞ」
「あの子爵が裏切りものだったなんて……。まさか、魔法衛士隊に裏切り者がいるなんて……」
「はいはい、その前に移動しようぜ。ここじゃ色々まずいだろ? それくらいすぐに思いつけ」
確かに彼の言うとおりである。
「わたくしの部屋でお話ししましょう。他のかたがたは別室を用意します。そこでお休みになってください」
彼の引き連れた協力者を謁見待合室に残し、私はサイトとルイズを自分の居室に入れた。
小さいながらも、精巧なレリーフがかたどられた椅子に座り、私は机にひじをついた。
ルイズは、私にことの次第を説明した。
道中、キュルケたちが合流したこと。
アルビオンへと向かう船に乗ったら、空賊に襲われたこと。
その空賊が、ウェールズ皇太子だったこと。
ウェールズ皇太子にサイトさんが亡命を勧めたが、断られたこと。
そして……、ワルドと結婚式をあげるために、脱出船に乗らなかったこと。
結婚式の最中、ワルドが豹変し……、ウェールズを殺害しようとしたこと、ルイズが預かった手紙を奪い取ろうとしたこと……。
このように手紙は取り戻してきた。『レコンキスタ』の野望……、ハルケギニアを統一し、エルフから聖地を取り戻すという大それた野望はつまずいたのだ。
しかし……、無事、トリステインの命綱であるゲルマニアとの同盟が守られたというのに、私は悲嘆にくれた。
「まさか、魔法衛士隊に裏切り者がいるなんて……」
「それ、さっきも聞いた。裏切りって役職高い奴がやるから意味があるんだぜ? 俺がレコンキスタならマザリーニに裏切らせるけどな。そしてらトリステインは自滅。後はすき放題やるだけさ。よかったねマザリーニが裏切らなくて」
それを聞いて私は恐ろしくなりました。確かにマザリーニ枢機卿が裏切り者ならこの国は終わります。
「わたくしが、ウェールズさまのお命を奪ったようなものだわ。裏切り者を、使者に選ぶなんて、わたくしはなんということを……」
「おーい、聞いてなかった? ワルドにやられてねーし。ウェールズは戦場に行っただけで死んだわけじゃねー」
戦場に行っただけ、ですか。
「ならば、ウェールズさまはわたくしを愛しておられなかったのね」
「いい加減にしろっ」
ゴチンと頭に衝撃が走る。
「あああ、あんた、姫様になんてことするの?」
「気に食わなかったから殴った今でも反省はしない」
殴られた。私、初めて殴られました。
「愛してなかっただぁ~? 言っとくがウェールズはお前を愛してたぞ。亡命しなかったのもトリステインに攻め入る口実与えるからってしなかった。全部あんたのためだ。なんでそれをわかってやらねー? このままじゃウェールズは……」
私は泣いていました。嬉しくて、悲しくて。
SIDE:サイト・ヒラガ
ウェールズよぉ。女を見た目で選んだんじゃねーよな?
とりあえずヤッていい? いいよね!
「泣ーかした。サイト死ね!」
「アンリエッタが死ね!」
ルイズのラッシュを避ける。
「ルイズ、いいのです。ウェールズさまが亡命しようがしまいが、攻めてくるときは攻めよせてくるでしょう。攻めぬときには沈黙を保つでしょう。個人の存在だけで、戦は発生するものではありませんわ」
「……それでも、迷惑をかけたくなかったんですよ。きっと」
アンリエッタは、深いため息をつくと、窓の外を見やった。
「あ、ウェールズからの伝言あるわ」
アンリエッタは俺を見つめた。なんか小動物みたい。
「どのような伝言でしょう?」
「教えない」
( ゚д゚)
そんな顔しても駄目だ。
(´・ω・`)
絶対に教えんぞ。
「意地悪しないで教えてあげなさいよ」
「ダメだね。俺はウェールズが死んだら必ず伝えると言ったがウェールズは死んだのか?」
「あ」
貴族派『レコンキスタ」がアルビオンを制圧した。という噂はあるがウェールズが死んだという報は聞いていない。
「ウェールズ様は生きていると?」
「少なくとも死んだという事実がわかるまでは伝言はお預けだ。死んだなら必ず伝えに来る」
約束だしな。
「姫さま……。わたしがもっと強く、ウェールズ皇太子を説得していれば……」
「いいのよ、ルイズ。あなたは立派にお役目どおり、手紙を取り戻してきたのです。あなたが気にする必要はどこにもないのよ。それにわたくしは、亡命を勧めて欲しいなんて、あなたに言ったわけではないのですから」
「大体、てめぇーの頼み方が悪いだろ。そんなに愛してるならウェールズを連れてこいって頼めばよかったろ? そう言ってれば拉致ってきたのに」
アンリエッタはそうですね。といってにっこりと笑った。
なんだ、そんな顔もできるのか。
「わたくしの婚姻を妨げようとする暗躍は未然に防がれたのです。わが国はゲルマニアと無事同盟を結ぶことができるでしょう。そうすれば、簡単にアルビオンも攻めてくるわけにはいきません。危機は去ったのですよ、ルイズ・フランソワーズ」
それを聞いて、ルイズはポケットから、アンリエッタにもらった水のルビーを取り出した。
「姫さま、これ、お返しします」
アンリエッタは首を振った。
「それはあなたが持っていなさいな。せめてものお礼です」
「こんな高価な品をいただくわけにはいきませんわ」
「忠誠には、報いるところがなければなりません。いいから、とっておきなさいな」
ルイズは頷くと、それを指にはめた。
「あ、姫様、報酬よこせ。二億五千エキュー」
「なんだか十倍くらい水増ししていませんこと?」
「ばれたか、二千五百だ。さあ、だせ」
ふふ、とアンリエッタは笑顔だった。嫌な予感がする。この女まさか。
「出します。出しますが、サイトさんはその時と場所の指定まではしていません。
そのことを思い出してください。
つまり、私がその気になればお金の受け渡しは十年後、二十年後ということも可能ですわ」
「オーマイゴッドォォ!!」