SIDE:ワルド
かつては名城と謳われたニューカッスルの城は、惨状を呈していた。
彼は生きておるまい。最後までバカにした忌々しい使い魔を思い出した。
しかし、城壁の様子。
度重なる砲撃と魔法攻撃で、瓦礫の山となり、無残に焼け焦げた死体が転がっているのを見て流石の彼でも死んだと思う。焼け焦げた死体の中には雇ったフーケの遺体もあるだろうが、誰が誰だかわからない状態だ。
攻城に要した時間は長かったがついには我々レコンキスタが勝利した。
反乱軍『レコンキスタ』は、すでにアルビオンの新政府である……。
損害は想像の範囲を超えていた。三百の王軍に対して、損害は二千。怪我人も合わせれば、四千。戦死傷者の数だけみれば、どちらが勝ったのかわからないぐらいであった。
しかし、所詮は多勢に無勢。時間の問題であった。
均衡は破れ、一旦、城壁の内側へと侵入された堅城は、もろかった。
王軍は、そのほとんどがメイジで護衛の兵を持たなかった。王軍のメイジたちは、群がるアリのような名もなき『レコンキスタ』の兵士たちに一人、また一人と討ち取られ、散っていった。
敵に与えた損害は大きかったが……、アルビオンの革命戦争の最終決戦、ニューカッスルの攻城戦は、百倍以上の敵軍に対して、自軍の十倍にも上る損害を与えた戦い……、伝説となった。
伝説の象徴プリンセスウェールズは消息不明。
戦が終わった二日後、照りつける太陽の下、死体と瓦礫が入り混じる中、僕はウェールズの遺体を探す作業をしていた。
どこからともなくウェールズ皇太子は生きてゲルマニアに亡命したという噂が流れている。
手を打とうにも後手に回りすぎていた。
ゲルマニアにもトリステインにもされるがままであった。
アルビオンの新政府は、兵は先の戦いでままならない。内政も整っていない。
なにせ、ニューカッスルの攻城戦が終戦して一日程度で噂は広がったのだ。
瓦礫の山を見る。いくらガンダールヴとはいえ、僕と戦って、力を消耗していたのだろう。
攻城の隊から、それらしき人物に苦戦したという報告は届いていない。しかし、彼がそう簡単に死ぬかな?
二日前まで礼拝堂であった場所、今ではただの瓦礫の山だった。
戦場を駆け抜けてアルビオンを脱出するのは不可能に近い。だとしたら籠城戦で戦うはずだ。
もしくは、礼拝堂に身を潜めて頃合いをみて脱出。いずれにしてもここに何かあるはずである。
僕は呪文を詠唱し、杖を振った。小型の竜巻があらわれ、辺りの瓦礫が飛び散る。
徐々に、礼拝堂の床が見えてきた。
僕はルイズとサイトの死体を探した。 しかし……、どこにも死体は見つからない。
代わりに手紙が見つかった。おそらくアンリエッタが、ウェールズにしたためたという手紙だろう。
「ふ、どうやら幸運は僕の方にあったな」
遠くから声をかけられた。
「子爵! ワルド君! 件の手紙は見つかったかね? アンリエッタが、ウェールズにしたためたという、その、なんだ、ラヴレターは……。ゲルマニアとトリステインの婚姻を阻む救世主は見つかったかね?」
「は、こちらに」
やってきた男、『レコンキスタ』総司令官を務めている、オリヴァー・クロムウェルに手紙を渡す。
「おおお! 同盟阻止の救世主かね。理想は、一歩ずつ、着実に進むことにより達成されるぞ」
「閣下、内容をお確かめください」
「どれ」
閣下は手紙を読み始める。すると見る見る顔が歪んでいく。そして私を見て声を発せられた。
「これは、どうゆうことかね? どうやら君に当てた手紙のようだが」
「は?」
アンリエッタがウェールズに渡したはずの手紙がなぜ僕に当てた手紙になるんだ?
閣下から手紙を受け取り、内容を確認する。
"やっぷー。この手紙を読んでいるどこかの誰かさん。"
"実は君にいいことを伝える。これを読んでる君!できれば多くの人に広めてくれ!"
"トリステイン女王陛下魔法衛士グリフォン隊隊長ワルド子爵は実はホモだ。"
"奴の姿を見たら尻を隠せ。あいつはいい男なら誰でも構わず襲う狩人だ。君も気をつけろ"
汚い字でそう書かれていた。
「ワルド子爵、君の性癖は理解した。私以外なら好きにするといい」
憐れんだ顔で俺を見ている。
「違います。閣下! 決してそのような性癖はありません」
「皇帝だ、子爵」
クロムウェルは笑った。しかし、目の色は変わらない。
「手紙の内容は嘘です。どうやら一杯食わされたようです。同盟阻止の手紙ではなかったようです」
「食わされたって、イヤ、そんな。子爵は受け? 私にはずぶりとする趣味もされる趣味もない」
そういってクロムウェルは後ずさった。
「違うって言ってるでしょ? ああもう、あの使い魔め!」
僕は瓦礫を吹き飛ばした。
「男のヒステリーはみっともないよ。おや? その穴は?」
ぽっこりと開いた直径一メイルほどの穴を見つけた。風が吹いている。空に通じているようだ。
「どうやら逃げられてしまったようです閣下」
ふつふつとたぎる感情を抑えて報告した。
「どんまい! だから獲物を見る目で見るのは止めて」
「ホモから離れてください」
「いいのかい? ああ、じゃあここには要はないし帰るとする」
そう言ってクロムウェルはそそくさと逃げるように、走って帰っていった。
「く、はははは。殺す! 絶対にあいつは殺してやる!」
忌々しい使い魔を思い浮かべて復讐を誓った。
SIDE:サイト・ヒラガ
魔法学院に帰還してから三日後。ウェールズは相変わらず消息不明のままであった。
噂はいい感じで一人歩きして今や平民の間にも知れ渡っている。
俺は個人的にウェールズの消息を確かめるために暗躍中である。
一方、アンリエッタは、帝政ゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世との婚姻を発表した。
式は一ヵ月後に行われるはこびとなり、それに先立ち、軍事同盟が締結されることとなった。
同盟の締結式に何故か俺に出席の招待状が来たが、骨からの誘いだったので断った。
アルビオンの新政府樹立の公布が為されたのは、同盟締結式の翌日。両国の間には、すぐに緊張が走ったが、アルビオン帝国初代皇帝、クロムウェルはすぐに特使をトリステインとゲルマニアに派遣し、不可侵条約の締結を打診してきた。
同盟の締結式を断ったはずの俺にそう報告する骨からの手紙が来た。
ついでに噂のおかげでアルビオン新政府は余計な金を使わされて涙目みたいなことも書いてあった。
追伸には、ハルケギニアに表面上は平和が訪れが、私たち政治家たちにとっては、夜も眠れない日々が続くだろうと追記されていた。
骨がかわいそうだが普通の貴族や、平民にとっては関係のない話である。
それは、俺でも例外ではないはずだ。
だからつかの間の平和を楽しむさ。