早朝。俺はデルフの声で起きる。
目覚まし時計もないこの世界で俺は最高の目覚まし時計を手に入れたのだ。
「デルフって寝ないのか?」
「しらね。寝てるような寝てないような」
「不思議だな」
「不思議だーね」
謎の仕様だが気にすることはない。便利な剣と思っておこう。
早朝トレーニング。誰にも見られないのが良い。
ガンダールヴの力は基礎体力を上げることで底上げされる。
ストレッチ、ランニング、筋トレ、素振りが早朝のメニューである。
「ふぅ、いい感じ」
「おでれーた! ずいぶんと体力ついたじゃねーか」
しゃべる剣、デルフは意外にもトレーニングメニューを考案してくれたのだ。
『使い手』が現れないので腕のいい強者に媚を売って使ってもらっていた。そいつらのやっていることを律儀に覚えていたのだ。
「近代スポーツ学無視してね?」
ランニングは学院の周り十週以上だし、筋トレは百回は当たり前。素振りなんて千回ですがなにか?
「一ヶ月も続ければ慣れるよね。人体の不思議」
よっぽどのことが無い限り早朝トレーニングは続けている。
じゃないと死ぬし。
「相棒、センスあるぜ。普通はへばっちまうもんだ」
「そりゃどうも」
タオルで汗をふく。
「何してるの?」
タバサが現れた。
「うわっ! タバサか」
いや、見てたの知ってるけど驚いてみた。
「初めから見ていた。驚くのはなぜ?」
「なんとなくです」
そんな目で見ないで。
「いつもしてるの?」
「まあね」
タバサに早朝で会うのは今日が初めてである。というかこんな早起きしないで。
「タバサはなんでこんなところに? それもこんな時間に?」
ここは風呂場の近くである。つまりは人目のつかない場所なんだが。
「たまたま」
嘘である。たぶん。
「ふーん。何か用でも?」
じゃなきゃトレーニングを終わるまで見ているはずが無い。
「強くなりたい」
「十分強いじゃん?」
風系統のトライアングルメイジなのにまだ強くなりたいって、戦闘民族か?
「私は私自身を強いとは思わない」
「というと?」
「今の私ではあなたには勝てない」
「俺に?」
コクリとタバサは頷いた。まさか命令がきたか?
いや、命令があったら問答無用で攻撃してくるはず。
鍛えてやると言っても魔法の事はさっぱりだし、そもそも強くなられると襲われた時に困る。
「魔法ではなく、戦術を知りたい」
俺の考えを読んだのかそう答えた。
「戦術? うーん、教えれるものなんてないぞ?」
マジで教えることなどない。むしろ俺に教えて欲しいくらいだ。
「そんなことはない。あなたは『平民の賢者』」
「いやいや、賢者じゃねーし」
「謙遜」
「そんなことないヨ?」
「謙遜」
こいつはヤベェー、無限ループの匂いがプンプンするぜぇ。
「んなこと言っても、戦術って戦い方のことでしょ? ハゲ、じゃなかった。コルベール先生に聞けよ」
「なぜ?」
あー、そういやハゲはここじゃマヌケ装ってんだ。
「だって、先生の二つ名って『炎蛇』なんでしょ?」
「そう」
「二つ名のつく由来は?」
タバサは考え込む。
「人物の特徴?」
「ルイズは魔法成功率ゼロだからゼロ。キュルケは微熱、タバサは雪風、さてコルベール先生はなんで炎蛇なんでしょうね? 結構怖い二つ名ですな」
タバサは確かにという肯定的な顔になった。
タバサは知らない。コルベールの過去を。
そして俺は知っているコルベールはタバサの申し出を断ることを。
「断られたら?」
「一緒に風呂入ろう」
「わかった」
あっるぇ~?
呼び止める暇もなくタバサはどこかに行ってしまった。
シエスタ確変中の猛追を捌き、ルイズの萌攻撃になんとか耐えて俺は気づいたらテントにいた。
風呂場近くに作りそこにフレイムとモグラを引き連れてきた。
一人ではつまらないのでペットを引き連れる感覚で連れてきたのだが余計なものまで捕まえてしまった。
「ヴェルダンデ! ここにいたのか!」
「ギーシュか、何しに来たんだよ?」
話を聞くと見慣れないテントと自分が関わった大釜があるので気になって来てみたとのことだ。
「モグラ、おいで。俺とお前はおともだちだろう?」
「なにをしてるんだね? きみは」
「ちょっとやんごとなき事情が」
「君でも困ることがあるのだね」
俺が女性の怖さを話したら思うところがあるらしく結構盛り上がった。
「はっはっは」
「いや、笑い事じゃねーし」
「ぼくはねー、モンモランシーにだって、あのケティにだってなにもしてないんだ。ケティは手を握っただけだし、モンモランシーだって、軽くキスしただけさ! それなのに君は……、ちきしょー!」
魂の叫びだった。
それから酒を片手にギーシュとは夜まで語り合った。
胸のこと、おっぱいのこと、女性の神秘のこと。
「ああ、サイト。今日から僕たちは友人だ」
「そうだな。ギーシュ」
「相棒、熱くなってるとこ悪いが客だぜ」
テントの入口を見るとキュルケがいた。
「楽しそうね。あたしも交ぜてくれない?」
「そのでっかいおっぱい、見せてくれたら、入れてあげてもいいよ?」
ギーシュが立ち上がり、拍手をした。
「断然同意だ! トリステイン貴族の名にかけて! 断然! 同意であります!」
キュルケは返事をする代わりに杖を抜くと、呪文を詠唱した。
「酔いは冷めて?」
キュルケがそういうと、正座をしたギーシュは頷いた。
俺は酒は初めの一杯以降飲んでいなかった。
「じゃあさっさと出かける用意して」
「出かける用意?」
ギーシュは聞いた。
「そうよ。ねえサイト」
「初めて名前で読んでくれたんじゃね?」
「貴族になりたくない?」
「きき、貴族?」
ギーシュが、呆れた声で言った。
勧誘か? それとも俺を貴族にして結婚しようとでも?
「キュルケ、彼は平民だぞ? メイジじゃない彼が貴族になれるわけないじゃないか」
「トリステインはそうよね。法律で、きっちり平民の『領地の購入』と『公職につくこと』の禁止がうたわれているわ」
「そのとおりだ」
「でも、ゲルマニアだったら話は別よ? お金さえあれば、平民だろうがなんだろうが土地を買って貴族の姓を名乗れるし、公職の権利を買って、中隊長や徴税官になることだってできるのよ」
「だからゲルマニアは野蛮だっていうんだ」
ギーシュが、吐きすてるように言った。俺はゲルマニアの考えには肯定的だ。
「あら『メイジでなければ貴族にあらず』なんつって、伝統やしきたりにこだわって、どんどん国力を弱めているお国の人に言われたくないセリフだわ。おかげでトリステインは、一国じゃまるっきしアルビオンに対抗できなくて、ゲルマニアに同盟を持ちかけたって話じゃないの」
キュルケのいうとおりである。
「サイトだってそう思うでしょ?」
「だから、俺に金の力で貴族になれと? お前の国で」
「その通りよ」
「そんな金、ねえよ?」
「嘘おっしゃい、知ってるんだから色々やってること」
ばれちょりました。手元には二百ほど金はある。それに事業の利益の金もそろそろ入ってくる。
アンリエッタの報酬は小遣い制で支払われている。俺は一括払いと渋ったが無駄だった。
キュルケは手に持った羊皮紙の束を、見せてきた。
「なにこれ?」
「地図か?」
ギーシュと俺は、その束を見つめた。
「宝の地図よ」
ゼロ戦回収ミッションである。
乗りたかったんだよね。アレ。
キュルケは、優しく俺を抱きしめた。胸当たってます。言ったらたぶん、当ててんのよって言い返されると思うので黙っておく。
「ねえ、貴族になれたら……、きちんと手順をふんで、あたしにプロポーズしてね? あたし、そういう男の人が好きよ。平民でも貴族でも、なんだっていいの。困難を乗り越えて、ありえない何かを手にしちゃう男の人……、そういう人が好き」
「本気?」
「本気よ」
真剣な顔で俺の顔を見つめている。やっべ、いつものノリもいいけどこういう真面目なキュルケもありだ。